悪夢の紡ぎ手

    作者:叶エイジャ

     少女がうなされていた。
     夜も更けた頃合い。
     眠っている彼女の周囲を半透明の映像が取り囲んでいる。映像の中のクラスメイトたちが嘲ったり、笑って指を差してくる光景が映るたび、少女の顔が歪む。
    「心地良イ悪夢ヲ、感謝スル……」
     映像を引き裂くようにして、少女の部屋にシャドウが現れた。
    「オオ、我ガ肉体! 我ノ力!」
     悪夢は消えるが、少女は眠りから覚めなかった。ダイヤのスートを持つ、甲冑兵士の姿をしたシャドウは、兜の奥から笑声のような音を響かせながら少女の部屋を後にする。
     やがて、別の部屋から断末魔の絶叫が聞こえてきた。
     家の中からそれが途絶えた後は、隣の家から叫び声が上がる。
     そうして、夜の間に犠牲者が増えていった。

    「シャドウ大戦への介入は、無事成功したよ! 目的をきっちり果たして敵に損害も与えたから、大成功の戦果だと思う!」
     天野川・カノン(高校生エクスブレイン・dn0180)はそう言った後、今回の話を切り出した。
    「みんなも知っての通り、サイキックリベレイターをシャドウに照射したでしょ? その影響で、デスギガス軍の中で力の弱いシャドウ達が、現実世界に実体化し始めてるみたい」
     しかも現れたシャドウは、現実世界で自由に行動できるという状況に浮かれて、周囲の人間を惨殺したり恐怖を与えるといった行為を始めるとのこと。
    「みんなにはそれを阻止して、現れたシャドウの灼滅をしてほしいんだっ」
     今回察知できたシャドウは、甲冑兵士の姿をしている。戦闘方法自体はシャドウハンター、そして日本刀のものに類似したサイキックを扱う。
     現在の灼滅者の力なら、ソウルボード内ではさしたる強敵でもないだろう。しかし現実世界に実体化した事で強化された為、一体ながら手ごわくなっている。
    「今回は、シャドウが出現する時間と場所がわかってるから、出現するのを待って戦闘を仕掛けることができるよっ。さっき言ったような被害は阻止できるから安心してね!」
     シャドウは、なぜか悪夢を見ている一般人を攻撃はしないようだ。おそらく、いざという時の退路と考えているからだろう。
    「夢の中に逃げ込まれると灼滅できなくなるから、悪夢を見ていた一般人……女の子なんだけど、その子からある程度離れた場所で戦闘を仕掛けるのが良いかも」
     シャドウが出現する家は二階建てで、やや広い庭がある。少女は二階で、両親が一階で寝ている。どのようにシャドウと戦闘するかは、灼滅者次第だ。
    「これから現実世界に現われるシャドウは増えると思うけど……シャドウ大戦でタロット兵をたくさん倒したから、今のところ大事件は未然に防げてると思うよ!」
     加えて、今現われているシャドウ達を順次灼滅していけば、敵勢力の弱体化も期待できる。だからできるだけ灼滅していってほしい、とカノンは締めくくった。


    参加者
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    六藤・薫(アングリーラビット・d11295)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    片倉・純也(ソウク・d16862)
    白石・作楽(櫻帰葬・d21566)

    ■リプレイ


     少女がうなされていた。
     夜も更けた頃合い。
     眠っている彼女の周囲を取り囲んだ半透明の映像に、片倉・純也(ソウク・d16862)は表情をやや厳しくしながらも周囲に目を走らせる。再確認だ。
     室内にベランダ等の大型の出入り口はなし。部屋を出てすぐの階段を降りると左手後方に両親の寝室、すぐ右手には和室。和室を抜けると庭に出れる――。
    「準備はいいか、花咲」
    「うん……」
     花咲・マヤ(癒し系少年・d02530)が少女の悪夢に顔を曇らせる。この悪夢の真偽は定かでないが、現在の苦しみは想像に難くない。マヤにとって、女の子の心というものは近しいものだった。
    「いま、助けてあげるね」
     シャドウの駆除を、確実に一つずつ解決していく……そう思った矢先、ダイヤのスートをもったシャドウが顕現する。
    「心地良イ悪夢ヲ、感謝……フム?」
    「シャドウが、現実世界に……!」
     甲冑兵士の姿をしたシャドウに、純也が一歩後退る。演技半分だが、半分は危険を感じての行動だった。分かっていても、夢から出てきたことで収束する力は、下位のシャドウといえど侮れるものではない。
    「灼滅者カ! 大方、コノ娘ヲ救ウツモリダッタノダロウ」
    「そうだった……けど、シャドウさんから出てきてくれるなら好都合だよ」
    「ホウ?」
     マヤの言葉に興味を覚えたのか、それとも灼滅者が二人程度では問題ないと感じたのか。甲冑騎士は鷹揚に先を促す。明らかに慢心からくるもので、手応えを感じつつ純也は口を開いた。
    「お前たちは存在するだけでサイキックエナジーを消費する。俺たちは逃げ切れば勝ちというわけだ」
    「ナラバ逃ゲ切レルカ、試シテミレバイイ!」
     兜の奥から含み笑いを漏らし、シャドウが全身からサイキックエナジーを噴出させる。
    「我ガ肉体ト、我ノ力! 尽キル前ニ貴様ラヲ仕留メテクレル!」
    「庭に向かうぞ」
    「うんっ」
     純也とマヤが部屋を飛び出す。閉じられた扉を、シャドウが放った漆黒の弾丸が撃ち抜いた。

    「……現れたようだな」
     上階から響く破壊の音に、白石・作楽(櫻帰葬・d21566)は携帯を手にじっと待機をする。背後では六藤・薫(アングリーラビット・d11295)がパーカーのフードを被ったまま待機していたが、聞こえてきた音に魂鎮めの風を生みだした。少女の両親をより深い眠りへと誘う。
    「ったく、浮かれやがって。好き勝手できると思ったら大間違いだぜ」
    「まったくだな。実体化は想定していたが、行動の下劣さには頭が痛い」
     作楽は基本的にシャドウが嫌いになったため、シャドウの行おうとしていることは嫌悪感に拍車がかかる気持ちだった。やがて端末から何も連絡が来ないまま、戦闘の音は一階に降りてくる。
    「黒斗さんからの連絡はなし。想定した通りのルートで庭に向かっているな」
    「よっしゃ、俺たちもそろそろ行くか」
     居間の方で起きた音に、薫と作楽は気付かれぬようシャドウの後を追い始めた。

    「現れたようだな」
     家の方から聞こえてきた物音に、庭に待機していた天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は携帯端末を手に家を見守った。
     シャドウが一階を経由せず外に出てくるならば、少女の両親を担当しているメンバーに知らせねばならない。
     だが、物事は作戦通りに経過しているようだった。
     戦闘にあたり最もネックだった、ソウルボードへの逃走。それを防いで外へシャドウを引っ張り出すのが、今回の骨子だ。
     予想通り、敵には慢心がある。
    「悪夢見せたり、浮かれて虐殺とか……悪趣味もいいとこだろ」
     迫水・優志(秋霜烈日・d01249)の言葉に、字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)もうなずく。
    「前から思っていたが、ダイヤの連中はアンブレイカブルや六六六人衆に通じる部分ある気がするな」
    「大元のデスギガスからして、悪い意味で純粋というかひたむkだからな……確かにある意味似てるか」
    「ああ、なんとも迷惑な話だ」
    「なら、ここでちゃんと倒して終わらせないとな」
     優志が軽く拳を打ち合わせる。そこで庭に面した居間で動きがあった。
     あらかじめ窓ガラスを開けておいたその部屋を通り、純也とマヤが庭へと駆け出てくる。
    「ドウシタ? モウ追イツイタ……ゾ?」
     力半分、といった様子で二人に続いて現われたシャドウは、潜伏場所から出てきた――そして背後を塞ぐように現れた灼滅者たちに言葉を失った。
    「深夜にいきなりお邪魔します」
     御影・ユキト(幻想語り・d15528)が言葉静かに、しかし眼光鋭く甲冑騎士を見据えた。ハーフフィンガーグローブを嵌めた手で拳を作る。
    「さてさて、被害が出る前にカタをつけましょうか」
    「貴様ラ……!」
    「そうだ。現実に現われることも、そのことに制約がないのも知っているとも」
     純也が伸ばした右腕からは青い細胞が増殖し、殲術道具を取り込んでいく。
    「気分を良くし、これからといったところだろうが……灼滅する」


     庭を照らしていた月が厚い雲に隠れる。
     灼滅者たちが持参していた照明で灯りを払うと同時に、シャドウも動いた。灼滅者の比較的少ない居間側へと、デッドブラスターを放つ。
    「おっと、通しはしないぜ」
     薫がフードを取り、同時にシールドリングが展開した。薫はポケットに両手を突っ込んだままだが、彼の意を受け、旋回するリングは盾となって漆黒の弾丸を弾く。
    「調子乗ってると足元すくわれるぜ、こんな風にな!」
     辛辣な口調で放つ、レイザースラスト。シャドウは抜き放った剣で斬り払うが、帯の群れに隠れて接近する黒斗には反応できなかった。
     斬――!
     黒斗の手から生み出されたサイキックの光が刃となって、シャドウの甲冑に傷跡を刻む。
     その時には、上空に跳びあがっていた望が足に重力を宿していた。そのままその力を利用して急降下を行い、重い蹴りを甲冑越しに内部へと浸透させる。
    「力を得たのが嬉しいなら、僕たちと腕試しはどうだ? 一般人よりは手応えがあるはずだ」
    「……フン、面白イ!」
     甲冑騎士が望の足を掴み、投げ飛ばした。望はキャスケットから髪をなびかせて着地するが、そこへすかさず衝撃波が土を抉って奔ってきた。
    「やる気になったようですね」
     横合いから割り込んだユキトが縛霊手を衝撃波にぶつけ、相殺しきれなかった分のダメージを背負う。反対の手を銃の形にして、ユキトは狙いを定めた。
    「お返しですよ――」
     BAN!!
     ユキトの指先から漆黒の弾丸が放たれ、甲冑騎士へと突き進む。
    「ナンノ!」
     シャドウは避けなかった。得物である剣を居合のように構え、弾丸を迎撃するべく抜き放つ。
     その、寸前。
    「漆黒の弾丸よ、敵を撃ち抜いてください!」
     マヤの放ったもう一つのデッドブラスターが、騎士に手前でユキトの弾丸と交錯する。
     絶妙なタイミングと角度で触れあった二つの弾丸は、シャドウが予期しえなかった軌道で甲冑を貫いた。
    「…………!」
     シャドウからは呻き声一つあがらない。しかしその胸には憤怒の意を表すかのようにダイヤが輝き始める。
    「気をつけろ、コイツの立ち位置はジャマーだ」
     優志が警句を発した瞬間、シャドウの動きが加速した。
     一足の踏み込みで純也に肉迫すると、剣を薙ぎ払う形で吹き飛ばす。
    「くっ……」
     純也が起きあがるより早く、そこへ騎士が剣を大上段に構えた。
     そのまま両断でもしそうな一撃は、しかし途中で軌道を変更、周囲から飛びついてきた犬のような何かを断ち切るにとどまる。
    「――悪いが、ここはお前らがいる場所じゃないんでな」
     優志の影業がシャドウに迫る過程で大型犬の模した形状となり、飛びかかった。二閃三閃と影の犬が斬られている間に、優志はやはり漆黒の縛霊手をかかげて騎士に迫る。
    「お帰り願おうか……まぁ、灼滅するんだが!」
     繰り出した縛霊撃が甲冑騎士を殴り飛ばす。優志も無傷ではなかった。カウンター気味に放たれた剣の衝撃波が身体を強打し、その口の端から血を流させる。
    「厄介な力は封じさせてもらう」
     作楽から祭霊光を受け、純也が立ち上がった。斬撃をかわすとスートを光らせるシャドウを掴みにかかり、相手が回避不可の態勢からご当地ダイナミックを放つ。
     庭の地面に叩きつけられたシャドウの胸から、スートの輝きが弱まる。
     勝負はついた――かに見えた。


    「クク」
     シャドウは突然笑いだすと、純也を振り払う。
    「……ソウルボード内ナラ、コレデ終ワリダロウナ。ダガ、現実世界ノシャドウハ、コンナモノデハナイ!」
     雲耀の剣が放たれ、ユキトや黒斗の装束を切り裂いていく。
    「こんなものじゃない――か。上位シャドウならまだしも、その程度じゃ物足りないぜ」
    「ナニ!」
     薫の放つリングの群れを、さらに加速する剣技が弾いていく。ついに甲冑騎士は衝撃波を放って薫を吹き飛ばす。
    「口ダケカ、灼滅者」
    「は――」
     傷だらけになりながら、薫は笑みを浮かべてそれに応えた。
    「言ったろ、足元すくわれるってな」
     直後、シャドウは何者かに足を引っ張られた。
    「!?」
     足に巻き付いた薫のダイダロスベルト――騎士はすぐさまそれを切り裂くが、崩れた体勢はすぐには戻せない。
    「僕の指輪よ、敵を束縛する魔法弾を放って下さい!」
     マヤの嵌めた、純白無垢の薔薇の意匠がこらされた指輪からサイキックが放たれる。制約の弾丸はスートの部分に命中し、シャドウの絶叫が響き渡った。
    「お前が力を振るうのは今日が最後だ」
     望の身体から風が渦巻き出し、竜巻となったは指向性をもってシャドウへと向かう。
    「自慢の肉体と甲冑ごと砕け散れ!」
     竜巻はシャドウをさらい、そのまま庭の塀へと叩きつけた。
    「オ、オオオオ……」
     塀にめり込んだシャドウの甲冑は、今の一撃で至る箇所が裂けていた。その場所からどす黒い瘴気のようなものを噴き出し、裂傷を塞いでいく。
    「甲冑そのものが肉体か」
     作楽が呟く。敵は立ち位置をメディックと変え、自らを癒し始めていた。灼滅者にとっては攻撃が来ない分楽になったが、戦闘自体が長引きかねない。
    「回復前に畳みかけ、終わらせよう」
     作楽が蒼き偃月刀を構えた。同時にシャドウが動き出す。灼滅者ではなく、悪夢を見ている少女の家へ。
     ソウルボードに逃げる気だ。
    「逃がすか」
     優志と黒斗の立ち回りがそれを阻んだ。剣とシャドウの力が振るわれるが、ここに来て突破されるわけにいかない。傷を負いながらも優志のトラウナックルが、黒斗のグラインドファイアが押しとどめる
    「――此度語るは願いを込めた温かい言葉の話……」
     傷ついた仲間に、ユキトの口から言の葉が紡がれた。
     七不思議の言霊に宿した力は『言霊祈り』。優しき調べがシャドウを阻む灼滅者を癒していく。
     そしてユキトと入れ替わりに、ビハインドの琥界が矢面に立った。両手を交差して斬撃を耐え忍ぶと、両の拳を繰り出しては甲冑に打ち込んでいく。よろめいたシャドウに頭突きを見舞うと、体当たりからの霊障波で敵を後退させる。
     絶妙のタイミングで、作楽が間合いを詰めた。
    「別れの刻だ」
     蒼月が弧を描いた。
     スートの上から甲冑を貫き、作楽が妖冷弾を連続で撃ち放つ。
    「――――!」
     癒す暇もなく、シャドウが内側から氷に貫かれた、そこへ。
    「灼滅完了だ」
     淡々と、純也の影が刃となってダイヤシャドウを両断した。


    「やれやれ、これで下級かよ」
     消滅を確認し、優志は肩から力を抜いた。これで上位の者が出てきたらどうなることか。
    「まぁ、いずれそうなっても倒すだけだが」
    「そうだな。厄介だが……阻止していくしかない」
     微々たる数となろうとも、いずれ総力戦になった時、ここでどれだけ削ったかは意味が出てくるはずだと、望は考える。
    「琥界、今日はありがと……なんだか荒れてるね?」
     シャドウの行おうとしていた行為が気に食わなかったらしいビハインドに、さていつ落ち着いてと言うべきか――頑張ってくれただけに、作楽としても悩みどころだ。
    「ま、被害が出なくて良かったぜ」
     姿を現した月に彩られ、黒斗が笑う。
    「そうだな……あとはあの子の悪夢だけど」
     それまでの仏頂面から一転、薫は心配そうに女の子の部屋のあった場所を見つめる。
    「孤立、してなきゃいいけどな」
    「つらいようだが、あの光景は彼女が自身と向き合う必要がある」
     純也はいったんそこで言葉を切る。
    「……だが、悪夢くらいは消してやりたい」
    「なら、少し様子を見に行きましょうか」
     マヤが言った。ユキトも同意する。
    「戻せる部分は戻しておきたいですし、部屋の扉が開いてたら、風邪をひいてしまいます」
     良い夢になってると良いですね。
     そう言った彼女の目には、綺麗な星空が映っていた。

    作者:叶エイジャ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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