生きていてもいいですか

    作者:一縷野望

    ●悪夢 ~双子の兄、有朝の場合~
     僕と夕良(ゆら)は生まれる前から一緒だった。
     アーモンド型のくりっとした瞳はそっくりで、同じタイミングで笑って泣いた。
     いつまでも一緒と信じていた僕たちは、両親が交通事故で死んだ翌日、それぞれ別の大人に連れられ引き裂かれた。
     でも、
     でもね、
     僕は1日だって、夕良のことを忘れたことなんてなかったんだよ?
     夕良が喜ぶと自分のことよりずっと嬉しくて、あの日も夕良があんなに泣いていたから僕だって涙が止まらなかったんだ。
     僕たちは同じ魂を分けた唯一無二の双子、夕良だってそうだろうと信じてた。
     ――信じてたから、あの日の裏切りが赦せなかった。
    (裏切りなんてなかったのに)
    『14歳の誕生日はお家があった場所で誕生パーティしようよ』
     まるで呼吸するように毎日交わすメールの中、言いだしたのは夕良。
    『夕良の伯母さんは良いって言ったの?』
     僕は既に叔父さんから許可を得ていた。以心伝心、いつだってこう。
     誕生日当日――。
     真っ白なポンチョのプレゼントに、僕はいそいそと約束の場所に向かった。
     でも、夕良はこなかった。
     置いていかれた。
     そんなの嫌だ! だったら僕の方から置いてってやる!
    「僕はもう夕良なんていなくたっていいよ! サヨナラ!」
     留守電に叩きつけた心が引きちぎれるような、決別。
     心そのままの土砂降りな帰り道、僕は見る――スマホを耳に宛てて、哀しみに突き動かされるように横断歩道に飛び出す魂の片割れを。
    「ゆ……ら……!」
     !!!!
     直後僕を襲ったのは躰中を引き裂くような、痛み。
     ……ああこれは、夕良が車に跳ねられてしまった、痛みだ。
     …………こんなに痛いと、きっと死んじゃう。
     死んじゃう、死んじゃう死んじゃう死んじゃう! 夕良が死んじゃう!!!

    『そうだね、ゆらは君が殺したんだ』

     少年有朝のソウルボードに忍び込んだ影が、耳元でそっと囁いた。
    『妹さんは、君が手を下して殺したんだ』
    (『そう、僕の元で罪を背負い込んだ『君』のように』)
     受容と覚悟の名の下にあったさくらえの罪ごと欲しがるシャドウ・サイは、有朝の『罪』をねつ造する。
     ……少年と重なるように、同じ年の血のつながらぬ姉妹を得て愛した男が、自分の元におりてくるまで。
     …………その娘とどこか似た『誰かに依存し虚っぽ』な双子の兄を嬲る事で、壊す。
     ………………なによりさくらえを庇った母と同じ事をした双子の兄を殺すという、二重にも三重にも執拗にして丁寧なやり方で。
    「夕良ぁあああああああ! 僕がっ、僕が代わりに死ねば良かったんだああああ!」
     有朝の慟哭に、黒いスーツのシャドウは胸に手を宛て丁寧な所作で辞儀をし、舞台の裏に姿を消した。
     ――さくらえを自分から取り上げようとする彼らの来訪を察知したからだ。
     
    ●崩壊シンクロニティ
    「ガイオウガ決死戦で闇堕ちしたさくらえさんを見つけたよ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)は短く息を吐いた。
     サイと名乗るシャドウは、現在交通事故で重傷の有朝という少年のソウルボードに潜み、悪夢をループさせる事で精神の破壊を試みている模様。
    「まずはソウルボードの持ち主を悪夢から救い出し、サイを引き摺り出す、が手順……ですね」
     機関・永久(リメンバランス・dn0072)に頷き、標はためらい含みの唇で続きを継いだ。
    「有朝さんの『性質』や『状況』と、さくらえさんの抱える『過去』『関わった人々』は、所々似た部分があるようでさ」
     救うためとはいえ、プライベートを晒すコトには相違ないから。
    「故に、有朝さんの心が折れたら、同時にさくらえさんも完全に堕ちる」
     サイのやり口は非常に正しい。
     ただ裏を返せば、有朝の心の苦しみをほどいて救えれば、サイと裏返ってしまったさくらえを救う路ができる、とも言える。
     
    「有朝さんは――両親を交通事故で亡くして、双子の妹と離ればなれ。4年ぶりに逢う約束に妹さんが遅れてね」
     運が悪い事にスマホを壊してしまい、修理のため店に立ち寄っていた。
     その間、通じぬメールに兄は苛立った。
     兄との思い出を沢山綴じ込めて帰りたかった妹は、スマホを直したかった。
    「携帯ショップを出て有朝さんのメッセージを聞き、慌てて信号も見ずに飛び出した」
     兄が居合わせたのは双子の幸運。咄嗟に庇われ妹は軽症、しかし飛び込んだ兄は重傷。
    「――でも有朝さんは、妹さんが跳ねられて死んだと思い込んだ。そこをサイにつけ込まれてる」
     妹が死んだという偽りを見せつけられて、サイは「お前のせいだ」と囁きかける。
     有朝という少年は元々危うさを孕んでいる。
     双子という特別性から、依存とも言える兄妹愛へ到った。
     彼の幸せも喜びも『妹が感じた』かどうかが基準だ、自分は空っぽ。もはや病的な感情同調。
     ……それはさくらえが『罪』や『殺したひと』への共感で充ち満ちて、つぶされそうになっているのに何処か似ている。

    「有朝さんの心が救えたらサイが姿を現すよ」
     有朝の心を勇気づけた説得は、サイの中で抗っているさくらえの心にも力を与えるはずだ。
     サイはトラウマ付与を中心としたサイキックとシャウトで抵抗する。また皮肉を連ね、なおもさくらえを『罪』ごと手中にせんと足掻く。だからさくらえに言葉をかけて取り戻して欲しい。
    「そもそも有朝さんを説得できなかったら、サイは逃走するよ」
    「サイを表舞台に引き摺り出しても……さくらえさんの心が、負けてしまったら……」
     どちらにしても、灼滅者・彩瑠さくらえの命運は、尽きる――。
    「これが最後のチャンスだよ。だから、お願い」
     どれだけ「生きて」と願えども、そのために命捧げる者がいようとも――当の本人が望まぬ限り、その魂はいつかは朽ち果て……奈落へ堕ちる。
     


    参加者
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)
    綾瀬・涼子(サイプレス・d03768)
    氷上・鈴音(君の未来を救えるならこの命は・d04638)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    城崎・莉々(純白しか赦せない人・d36385)
    穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)

    ■リプレイ

     もし、おかあさんが生きていたら――片割れに出逢うことは、なかった。
     もし、彼女を殺さなかったら――悔しいけれど今の自分では、ない。


     ――灰色の雨が、降る。
     雨粒は世界を鈍色にくすませる。然れど娘を染める血だけは妙に鮮やかで真実めいて、ソウルボードの主たる少年を嬲り責める。
    「夕良っ夕良ああ!」
     悲鳴の脇を清楚で古風なセーラー服の少女が過ぎた。
     この灰色も白にする、1人で無理なら最善の努力でもって皆を支え其れを為す。
     城崎・莉々(純白しか赦せない人・d36385)は生き様そのものたる真っ直ぐな黒髪を揺らし夕良の傍らにしゃがむ。
    「何を……ッ」
    「応急処置です」
     陽桜の手伝いを受け澱みない手つきで止血する。
    「大丈夫?」
     気遣い掌を包むのは居木・久良(ロケットハート・d18214)
    「夕良は、助かるんでしょうか……」
     応急手当という『現実的な救いの手』は彼の精神を安定へと導いた。
    「夕良さんはあなたが守ったから無事です」
     言い聞かせる若宮・想希(希望を想う・d01722)には激しい否定。
    「妹は僕のせいで……僕があんなメールを送ったから信号も見ないで……」
    「お願い、どうか落ち着いてみんなの話を聞いて」
    「おまえの気持ちはわかるよ」
     諭すアガーテの隣に立ち心を紐解くように穂村・白雪(無人屋敷に眠る紅犬・d36442)は、続ける。
    「自分のせいで失ったから誰かに罰してほしい。そう思うのは償いたいと考えてるからだ」
     自分もそうだから。
    「でも、罪に罰って必要なのかな」
     曇天を見上げ久良は誰かへ聞かせるように心の声をぽろり。
    「罪だって思っていればもうそれでいいんじゃないかって……」
    「私にも兄がいたわ」
     力を貸してくれる白雪の肩を叩き、氷上・鈴音(君の未来を救えるならこの命は・d04638)は踏み込んだ。
    「君の様に何時も側で守ってくれてた」
     懸命に守り育ててくれた兄はもう、いない。
    「誰だって大切なものがありますよね。もしかしたら自分の命よりも大切だと思えるものが」
     想希に頷いた有朝は夕良の無傷な方の腕を握りしめた。
    (「血のつながりの依存か」)
     零れる嗚咽と想希の眼差しを受けたエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)は、持ち合わせた言葉が時期尚早かと未だ見守り。
    「大事だから、きつく抱きしめて離れないようにしてしまうんだよね」
     食い込むように握りしめた指をそっと解し、神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は微笑みかける。
    「けれど近すぎれば見えなくなる、力を入れ過ぎれば砕けてしまう……」
     勇弥の柔らかな声音に有朝は唇を震わせた。
    「でも! 僕と夕良は特別なんです。だって双子だものっ!」
    「そう」
     心を醒ます白檀の香りに有朝ははたと瞳を瞬かせた。
    「君が感じている痛みは君だけの物じゃない。夕良さんも一緒に感じている痛み」
    「……夕良、も?」
     未だ雨は降りしきる。
     でも、
     風向きが変わった。


     猫を思わせる綾瀬・涼子(サイプレス・d03768)はあくまで冷静に。
    「思い出して下さい、その痛みは誰の物か」
     本当に躰が疵だらけなのは誰なのか?
    「君は怒っていたんじゃない、きっと悲しかったんだと思う」
     ――妹のことが大好きだから、裏切りに心が引き裂かれた。
    「あなたの心が感じたような痛みを、きっと今夕良さんが感じてる」
     ……誰かに置いていかれるという、痛み。
     それは彼女が生きているから感じる、痛み。
     久良と想希の寄り添いに、まさかという驚きと期待を孕んだ眼差しが返る。でも、包帯を巻かれた夕良は微動だにしない。
    「……きっと死んじゃう」
    「きっと、なんて要りません」
     ぱちん。
     巻き終えた先に鋏を入れて莉々もきっかり。
    「それ程大切ならば絶望するより足掻きなさい」
     頃合いかとエリノアは――その奥に潜むさくらえへをも聞かせたい意志を有朝へぶつける。
    「思考できるならば死んでいない」
     死んだ人は悪夢を見ない。
    「無駄に絶望してないで動きなさい」
    「それって……痛ッ!」
     不意に有朝の躰中から血潮が吹きだした。
    「失いたくないなら言葉にして」
     横顔から振り返り、莉々は告げる。
    「私たちに『助けて』と」
    「しっかりしろ。俺とおまえは違う」

     ――おまえの大切な人は生きている。

     白雪の声に有朝は口元を押さえた。
     ……そうはっきり言える強さがキィンには眩しい。
    「横になってください」
     莉々は傷口を洗い綿密な消毒をはじめる、妹へより本格的な処置だ。
    「手当が必要なのはあなたのようです」
     あなたの涙、そして奥に隠れるさくらえの涙を拭うため、私は生きる。主だけが分かってくれればそれでよい。
    「あなたは夕良さんを殺してなんかいません」
     陽桜の傍ら身を起こす夕良。包帯をほどけば出てくるのは掠り傷。
    「それはね、有朝君が命がけで夕良さんを護ったからよ」
     鈴音は誇りある彼の行いを思い出させるように。
    「夕良さんはあなたが守ったから無事です」
     想希も腕をとりもう一度同じ言葉を告げた。
    「現実で其方は一手打てている」
    「夕良ちゃん怪我は殆どないんだよ」
     純也に続き清は破顔。ソウルアクセスの直前に見た祈る夕良。
    「だから、死ななくていいんだよ」
    「そう、あなたは助けたのよ、ちゃんと」
     紅音もバンリも頷き追従する。
    「有明。目覚めて逢いに行こう」
     痛みが現実だと知るからキィンはその身を支えた。
    「君が死んで喜ぶのはな! 君が嫌いな君だけだ!」
     有無が有朝の元へ現実を呼びつける、悪夢はそろそろ終幕。
    「あんなメールをした自分が嫌い……」
     でも夕良は必死に此方へ向かってくれた。
    「僕は、夕良みたいに優しくない……」
     違う、人。
    「そんなに自分の事責めんなよ! 有朝は夕良を庇ったんだぜ!」
    「夢から抜け出して、きちんと謝りましょう?」
     闊達な健に続き愛莉も腰に手をあてきっぱり。
    「違っていいんです。夕良は君の鏡ではなく、一人の人間なのですよ」
     理利の諭しに愛莉が言葉を添えた。
    「たった1度の過ちで壊れる関係も、ないわよ」
    「好きな人のことをいっぱい考えられる、素敵な人なんだねぇ」
     夜音はそっと髪を梳った。
    「必要なのは夢から醒めて夕良さんと話をする事」
    「……俺みたいにならないでくれ」
     涼子と白雪に左右の手を取られた彼へ、勇弥は瞳を眇めた。
    「大事だから、こんな風にそっと握ろう?」
     自己を苛むように瞳眇めるもすぐ顔をあげ、
    「彼女も自分も変わる事を受け入れよう」
     勇介は勇弥に続いた。
     冷静を呼ぶように、その痛みは君のものと靱は包帯の上から撫で擦る。
    「お前が死んだ夕良の絶望の深さは良く分かるはずだ」
    「大事なのはお前がお前として、夕良が夕良として生きる事」
     直哉と咲哉は頷き、疵だらけの有朝の背中を支える。
    「あなたが死ぬと夕良さんの存在も揺らぐ事になりませんか?」
     と、薙。
    「本当にこれは悪い夢なんだ」
     言い聞かせるように、創。
    「強く抗え! 君の愛だけが、彼女を救う」
     摩耶の激励を引き取るように莉々が包帯を巻き終えた。
    「僕が……夕良を庇えた?」
     この痛みは僕が最後の矜恃を護り切れた勲章なのか?
    「『ただいま』それが今、彼女が一番聞きたい言葉よ!」
     皆の願いを集約する形で鈴音が悪夢のドアノブを握らせた。
    「……はい!」
     有朝が明確な抗いを見せた直後、悪夢牛耳る力を鈍らされたサイが足音もなく進み出る。
    「こちらへ」
     理利は幻痛が消えた様子の有朝を手を引き背へ庇う。
     そうして、サイの裏側にて苦しむさくらえを救う――誰もが改めて強く願いを握り直した刹那、

     シャドウは、嗤う。
     この上なく嬉しそうに。
     この上なく陰惨に。

    『これはこれは……酷い事をしてくれたね。さくらえも可哀相に』
     と。


    『君達のお陰で、有朝は悪夢から抜け出せたよ、おめでとう』
     気障なクラップハンド。悪夢を祓われたシャドウとは想えぬ余裕綽々、一同横目に歩き出す。
    『有朝の妹は待ち合わせに来なかったけれど、彼が目覚めれば仲直りできるだろう』
     ――さくらえの義理の双子は、待ち合わせの誕生日にすれ違い、闇に堕ちたわけだけど。
    『双子の妹を咄嗟に庇った有朝は、重症ではあるが死んでいない』
     ――さくらえの母は、息子を庇い命を落としたわけだけど。
    『……酷似した状況なのに、過去のさくらえに襲いかかったのは取り返しのつかない不幸』
     サイは胸元に手を宛てて、こんな時だけはさくらえの顔をしてみせる。
    『一方の有朝は救われたなんて見せつけるのは、残酷以外のなにものでもない』
     嘯くサイの足元、膨れあがる影はまずはエリノアを喰らう。
    「さくらえを馬鹿にするのもいい加減にして」
     しかし影が晴れた中輝くは一切の揺らぎなきエリノアの青。
     過去も罪も知らない。
     ただ、2人の間には現在から連なる未来がある
    「好きだと言って私を惚れさせた『今』のさくらえを否定させはしない」
     凍てつき放つエリノアの声は何処までもあたたかくて……想希はほどいた袖でサイを縛り穏やかに口元を崩した。
    「俺は……さくらがエリノアさんの手を取った時とても嬉しかった」
     共に生きる人を、未来を選んだ――過去に苛まれながらもなお。
    「縁結び未来へ続く道、絶対終わらせるわけに行かないぞ!」
     健の声に僅かにエリノアの頬が染まる。でも咳払い、改めて彼へ向き直った。
    『罪ごと全て貰う――これは慈悲だよ』
    「それで、一点の嘆きや苦痛もなくなりますか?」
     治療道具を片付ける手を止めず、莉々は問う。
    「誰かの涙を拭い去る為、まだ生きなければ」
     独り言めいた台詞はさくらえへと忍び込む。
    「そうよ。さくらえ君と縁を結んだ人皆、哀しくて泣きたくて……」
     鈴音は集った人々を示し続けた。
    「それでも信じて待ち続けた」
    「よぉ、俺はダチの付き添いみてぇなもんだけどさ」
     胸ぐら掴み真っ向から翡翠の瞳で白雪はサイの内側にいるさくらえを睨みつける。
    「俺を連れてきた奴はさ、あんたを助ける為に力を貸してくれって頭下げたんだ」
     必死に助けを求め、ありがとうと自分の事のように頭を下げた鈴音の姿――白雪は、胸打たれ力になりたいと心から思った。だから此処に居る。
    「そんだけ思ってくれる奴があんたの仲間にいる!」
     嗚呼、踵から腕からシャドウ燃やす焔そのままの熱い声たちを、聞け!
    『ッ……』
     苦み食む苦悩に涼子は翳した符を虚空に消した。代わりに影と共に彼に近づいていき黒の花で穏やかに、縛る。
    「サイさん、さくらえさんが好きなのね」
    『――』
     ことり。
     なにかが解けて落ちる音が、聞こえた。
     それは、余りにささやかでか細くて儚い――。
     ことり。
     それは、空耳。
     この場にいる全ての者の耳朶をなぞった、空耳。
    『……もう、助ける事なんてできないよ』
     どんなに強くなって運命を辿り直しても、さくらえがゆすらを助けられないように――この魂は、もう堕ちてしまっている。
    『もう、助ける事なんて、できない』
     ぼくをつきとばしたあと、にんぎょうのようにうつろなひとみでこちらをみたおかあさんがはなれない。
     …………忘却という形で、お父さんの中から殺されたお母さんを、どんな形になったって抱えていたい。
     自分ならば抱えていられると、サイは迷いだしたさくらえへ子守歌のように囁く。
     有朝が夕良へ見たように、同一化に伴う感情が『そう』ならば、自分はさくらえが好きなのだろう――潰して飲み干して仕舞いたい程には。
    「ううん。そんなことはない」
     久良はサイが胸にあてている手首をとり、掌をぴたりあわせる。
    「困ったときは無責任に大丈夫って言えばいい」
     この笑顔は決して作り物では、ない。
     家族を滅ぼした時、自分を恨んだ。
     でも、妹を滅ぼした武器で救った命もある。
    「大丈夫、オレなら、神鳳さんなら、彩瑠さんを助けられる」
     人に支えられた久良だからこそ言える真摯な言霊。
     虚を突かれたようなサイ、いやこれはさくらえなのだと信じて「彩瑠さんなら絶対大丈夫!」と言い切り久良は勇弥を振り返った。
    「俺だって自分の闇も罪も傍にある、けどそれ以上に俺は周りの人々との絆を想う!」
     主の叫びにあわせ地を蹴った加具土は、サイの腕を袖ごと切り裂きついでに足跡お見舞い――軌跡を思い出させるように。
    『これを受けてもそう言ってられる?』
     拳より見せられた勇弥の過去は、闇堕ちに引き摺られて母へ刻んだ焔、生半可ではなしに殺しかけた。
     思い出したくない事だ。
     でも灼滅者として忘れてはならない、事。
    「さっきの言葉、聞いてただろう? お前が握る手を緩めなきゃ……」
     喘ぐように息を吐き拳には拳で殴り返す!
    「おばさん達もゆすらさんも輝翠くん達も哀しむだろ?」
     勇弥はずっと言いたかった……独りで抱え込む幼馴染みへ。
    『――でも、忘れたら殺してしまう』
     死者も生者も、等しい絆だ。
    「でもお前だけじゃない」
    「そうよ」
     涼子はまた前へと駒を動かすように。
    「今のあなたは過去にだけ縛られているように見えるわ。それは倖せを願いここに集まった人たちを哀しませる」
     そうして彼らを振り返る――。


    「この手で、誰かの未来を護ってみせる――って言ったよな」
     それはさくらえの未来もではないのかと日方は手を伸ばせ、と。
    「そんな記憶を抱えた仲間達は此処に有るであります!」
     バンリの言葉を示すように、
    「あなたとの時間は綺麗に色づいて残っているの」
    「さくらえが助けたいと願ったから救われた命がある」
    「少ししか彩瑠の事を知らないが、信頼している」
     紅音、直哉、創が続く。
    「……さくらえくんの優しさが僕の心を救ったよ」
     依頼で見せた振る舞いがと夜音。
    「さくらえさん、辛いときは独りで抱え込まないで」
     あたためるように手を包み、凜。
    「何度苦しみや後悔に押しつぶされそうになっても、みんなで束になって押し返してみせるから」
     どうか聞いて、みんなの声を。
    「ああ、闇に目を塞ぐな耳を塞ぐな」
    「まさか贖罪に逃げ込むつもりではあるまいな?」
     咲哉と摩耶の挑むような声にサイの口元が緩んだ。
    「赦されようのない『ごめんなさい』を言い続けても重いだけですからね」
     それより白蛇さんに逢いたいのだと薙。
    「許しは貴方が自分で与えるもの」
     靱からは生きたいさくらえが、見える。
    「本来進む事に許可など必要あるものか」
     生とは邁進、言い切る純也の脇でジンザは構えた銃を下ろして溜息。
    「僕からすれば。なんとも、羨ましい話で」
     堕ちて堕ちて、いっそ命絶たれた方が……と思えども。
    「彼らに愛想つかされないうちに、彼らに貰った愛を君自身にあげなよ」
     陽桜の歌が流れる中、勇介は口元を持ち上げる。
    「嫌われる勇気を持て」
     ――大切な人たちは理解してくれるって希望は証明された。
    『……ッ』
     潰されそうになる、罪に。
     だから罪ごと奪おうと思ったのに。
     それが……それこそが、この魂の救いだと信じたのに――!
    『――消えない罪はこの手の中に』
     それは生すら赦さぬと鞭打つ言葉か、それとも『手放さない』との決意か?

     ああ、そうなのだ。
     救いをもたらそうとする『闇』が自分の形。
     その方法が罪を重ねるばかりだろうが。

    「さくらえ」
     もう答えに辿りつきつつある『彼』をエリノアはよく通る声で呼んだ。
    「さっさと帰ってきなさい、私を生涯独身にさせる気!」
     強がりだ。
     声が震えてる。
    『……』
     彼女を泣かせたくないって誓ったのに!
    「彼女さんを悲しませたままなんて男が廃るわよ!」
    「約束したでしょう……泣かさないと」
     涼子の影を追うように膨らんだ想希の腕がさくらえ捉え、
    「生きていていいか……だと? そんな事、人に聞くな」
     耳元で怒りを零す。
    「貴方は倖せになる権利があるわ」
    「みんな待ってる! 彩瑠さんがオレを助けてくれたから、オレは『大丈夫』なんだよ!」
     かつて久良が妹の命断った軌跡は今、さくらえの心を引き出す救いの一打となる。
    「そうよ、私達は側に居る、今迄もこれからも」
     地を焦がす焔を見舞った鈴音はその手を握りしめた。続くは白雪の一閃。
    「おまえも男なら、意地見せて帰って来やがれっ!」
     ――死は、楽なことだから償いじゃ、ない。
     重たい枷を腕に絡めなお白雪は生きる。亡くした兄を自分に落とし込み忘れないと。
    『……だめ、だよ』
     自分を痛めつけるような生き方を見出してさくらえはその腕を取った。
     それこそが、彼だ。
    「…………お帰り、さくら」
     赦そうとするから、こんなにも沢山の人もまた彼を赦そうとする……そんな幼馴染みを持った事を、勇弥は心から誇りに思う。
     ぴしり。
     デコピンをするように貼り付けた符が、はらりはらり、落ちて現れた面に涼子は「お帰りなさい」と囁きエリノアと入れ替わった。
    「……かえり、なさい」
     家族を知らぬ金の髪の娘は、未来家族を築きたいと願った人の胸に走り込む。
     さくらえ、と名を呼んだはずなのに涙に潰されて言葉にならない――。
    「…………みんな」
     ごめん。
     抱き留めてそう言いかけたさくらえは止めるように深呼吸。フィニクスで馴染んだ珈琲の香りに、自然口元がゆるんだ。
    「ありがとう」
     誰かを倖せにしていく言葉を紡げるのは、あの日命を賭して救ってくれた母のお陰だ。
     痛みともなおうが未来へ行こうと背中を押してくれたのはゆすらの残してくれたものだ。
     ――重荷だなんて、どうして考えたのだろう。
    「ただいま」
     そんな、たからものをかかえて、いきていく。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ