常緑の異形

    作者:九連夜

     異形といっていいだろう。
     人に似た形をしているが、その肩から高々と天に向かって張り出しているのは紛れもない木の枝、伸ばした腕も肘から先は徐々に植物の枝の色に染め変わり手のひらと指は完全に常緑樹の葉と化している。
     晩秋の緩やかな陽が斜めに差し込む中、人里離れた山の中で動く「それ」は顔に当たる部分をぐるりと回して周囲を見た。
    「ふむ。下草を少し刈っておくか。一緒に育たれると面倒だからな」
     たん、とこれは普通のズボン姿の足が踊るように軽く地面を叩く。と、その瞬間につま先から生えた巨大な木の根が大地を伝い、荒れ狂い、雑草の生い茂る四囲の地表を一気に掘り返した。地表に現れたのが十分な養分を含んだ黒土であることを確認すると、「それ」は満足げにうまずき、傍らの箱の中から何かの樹の苗場とおぼしき者を取りだし、丁寧に一つ一つ植えていった。
    「よし。では我が分身、大いなるクスノキよ、その威を示せ」
     最後の苗木を植え終わり、肩から生える枝と一体化するようにその両腕を上げて言葉を発した刹那。植えられたばかりの苗木は一斉に巨大化し、成木へのその姿を変えた……周囲を取り巻く木々と何ら変わらぬ、立派な楠の姿へと。
     非現実的なその光景をどこか満足げに見終えた「それ」の表情が、そのときふと陰った。
    「しかしこのペースでは遅すぎるな。我が領土、我が神聖なるクスノキの帝国を広げるには、やはり俺一人では手が足りぬか……」
     だが表情の陰りはすぐに歓喜へと変わった。何かを思い出したように。
    「いや、心配はない! どうせ奴らが来るであろう、あの大地の異端どもが! 優れた力を持ちつつも誤りの道を歩むあいつらを、大地に仕える使徒とするのだ!」
     常緑の葉を揺らし、異形は高々と笑い声を上げた。
    「来たいなら来るがよい、勇敢なる灼滅者たちよ。そして俺の植林を手伝うのだ!」
     
    「ガイオウガ決死戦で闇堕ちした『魔壁・てんさい』さんが発見されました」
     五十嵐・姫子(大学生エクスブレイン・dn0001)はゆっくりした口調で、教室に集まってきた灼滅者たちにそう告げた。
     決死戦にて群がる竜種イフリートの前に立ちふさがり、自ら闇墜ちして仲間たちの退路を切り開いた彼は、垓王牙の崩壊と共にそのまま行方をくらませていたのだが。
    「現在はクスノキをモチーフにしたご当地怪人と化していて、樹の生育に適した好みの場所をあちこち探し歩いていたようです。最終的には南に向かったようですね」
     特定された居場所は九州は最南端の鹿児島県。天然記念物もののクスノキが多く茂る場所としても知られるその県の山奥に、彼は言わば自分の王国を築こうとしているのだという。
    「エコロジー的な面からすると必ずしも有害な行動とは言い切れませんが……しかしご当地怪人ですからおそらくきっと何らかの形でその活動は世界征服につながるはずですし、何より学園の仲間を守った功労者をそのままにしておくわけにはいきません」
     そして彼を救出し、学園に連れ帰る手段はいつも通りにただ一つ。
     ダークネスとしての彼をぶっ飛ばして、元人格を取り戻させること。
     ただし、と姫子は柔らかく注意を続ける。
    「植林植樹を目的とした悪の帝国を作る的な野望はもともと闇墜ち前から持っていたようですし、気ままに振る舞える現状を捨てて学園に戻りたいと元人格が思っているかどうかは正直不明です。それなりの変化は見せているものの、やや傲慢で俺様的な気のある性格自体も大枠では同じで……うまく勝てたとしても一つ間違うと『貴様らの思い通りにはさせん! こいつも道連れだ!』というノリに走る可能性も否定できません」
     だから何らかの形での呼びかけが必須となる。戦闘での勝利は大前提だが、それと合わせてダークネスの魂の片隅に追いやられた元の彼に、学園に戻りたい戻ろう戻ってやるぞ俺様はてんさいさまだ、という風に思わせなければならない。説得でも挑発でも泣き落としでもおだて上げでも手段は何でも構わない、とにかく働きかけを忘れないで欲しい。そう話をまとめると、姫子は表情を改め、もう一度灼滅者たち一人一人の顔を見た。
    「最後にこれだけは言っておきます。奇妙な外見に惑わされないでください。説得に気を取られて闘いの手を緩めることがないようにしてください。これが灼滅者としての彼を取り戻す唯一最後の機会ですが、いざとなれば灼滅する覚悟も決めて闘いに臨んでください」
     一呼吸おいて吐き出された言葉は、真剣そのものだった。
    「強敵です」


    参加者
    雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)
    九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996)
    神打・イカリ(ナイトオブヒーロー・d21543)
    水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)
    七不死・戯束(護身警固・d33385)
    篠崎・零花(白の魔法使い・d37155)

    ■リプレイ

     日本の南西側に位置し、温暖な気候で知られる九州南部でも11月の半ばを過ぎれば紅葉の季節を迎える。人の手の入らぬ自然林では落葉樹と常緑時が入り交じり、赤・黄・緑と鮮やかな色が風景を華麗に彩ってくれる。だが、なだらかな斜面が広がるある一角だけは、そこだけ切り取ったかのように緑一色に染められていた。
     そこが己の帝国であると宣言した、とある怪人の手によって。

    ●植樹方針について
    「ふうん。なるほど、こんな感じですか」
     紅葉の赤と常緑の緑、その境目となる樹の下で足を止めた雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)は生い茂る木々をぐるりと見回し、それから手を伸ばして緑の葉――クスノキの葉を手に取った。何か妙なものを感じたか、わずかに眉をひそめて細長い葉をしばらく眺めたあと、気を取り直したように背後に続く仲間たちに向き直って声をかける。
    「この先にいるのは間違いないようです。……さてさて、しっかり連れ戻さないとですね」
    「了解だ。気を引き締めてかかろうぜ」
     軽く頷き返したのは神打・イカリ(ナイトオブヒーロー・d21543)。救出対象である真壁・てんさいの知人でもある彼の戦意は旺盛だ。
     そのとき、少し先を歩いていたウィングキャットが足を止め、威嚇の唸り声を上げた。
    「…どうしたの、ソラ」
     篠崎・零花(白の魔法使い・d37155)が足を速めて追いつき、愛猫を抱き上げようとしたときだった。
    「ほう、やはり来たか」
     ふらり、と。
     森が風でざわめき動いた、そんな感じの自然な動きで木々の合間から緑と黒のモノが現れた。黒衣の少年――しかしその肩から先は周囲のそれと変わらぬ枝葉と化しており、その身にまとう気配も明らかに常人とは異なる暗いものだ。そして何よりも、その奇妙な姿にそぐわぬ圧倒的な存在感。
     闇に墜ち、異形と化した元灼滅者、魔壁・てんさい。
     それは一瞬動きを止めた灼滅者たちを見て薄い笑みを浮かべた。しかし口を開きかけた瞬間に、漂うシリアスムードをものともせずに彼の前に躍り出たものがいた。
    「変、身ッ!」
     何か言いかけた少年を完全に無視し、イカリの大音声が響き渡る。突然膨れあがった白光のなかにその姿が消え失せ、一瞬の間を置いて白銀の装甲――全身を覆う変身ヒーロースタイルの――が現れた。さらにお約束の流れを止めずに決めポーズまでとってみせる。
    「!?」
     出鼻をくじかれ、反応が遅れた怪人に向かってさらに凛とした声が叩きつけられた。
    「お初にお目にかかるッ!」
     軍服風の黒装束に身を固め、ある意味礼儀正しく名乗りを上げたのは七不死・戯束(護身警固・d33385)だ。
    「八十八不思議こと米の七不死、武蔵坂学園より魔壁・てんさい救出の命を受け参上した!」
     胸を張っての宣言は堂々としたものだったが、その後に続いたのは微妙な沈黙だった。お互いに初期接触のあとのアクションは考えていなかったらしい。しばしの間を置き、こほん、と軽く咳払いをしてその場を取り繕ったのは水無月・詩乃(汎用決戦型大和撫子・d25132)だった。
    「お久しぶりです、魔壁さん」
     微笑と共に穏やかに挨拶する。
    「男子三日会わざれば、等とは言いますが……貴方は相変わらずのようですね」
    「相変わらず、だと?」
     とりあえず調子を取り戻した少年が枝葉と化した異形の腕を組み、笑みを浮かべた。
    「人違いだな。貴様が知る俺などもうどこにもいない。そう、俺はてんさい、偉大なるダークネスにしてやがて来たるクスノキの帝国の王だ!」
    「……」
     詩乃はわずかに眉をひそめた。良くも悪くも自信にあふれた口調はそのままだが、台詞にその特徴であった「さま」付けがない。確かに元のままの彼ではないようだ。
    「帝国、ね。これがですか」
     周囲の緑をぐるりと見回した菖蒲が皮肉っぽい目を少年に向け、盛大に溜息をついてみせた。
    「はぁ、クスノキだけ……剪定もせず陽が届かない森……林業をやってる知り合いが見たら青筋ものですね」
    「なっ!」
     顔色を変えたダークネスに向かって菖蒲はにっこりと笑って見せた。
    「さて、初めましてご当地ヒーロー雪乃城です。何故来たかはわかっているんでしょう?」
    「てんさい君の話は、イカリ君からいろいろ話は聞かせてもらいましたけど……学園に戻る気はないの?」
     菖蒲の脇に並んだ九条・御調(宝石のように煌く奇跡・d20996)が丁寧ながらも油断なく相手を見据えて問いかける。
    「愚問だな」
     一瞬菖蒲を睨み付けたあと、御調に目を向けたダークネスの口の端がつりあがる。
    「貴様らこそ、我が帝国の労働力となるがよい!」
    「はい? こんな不細工な森を育てるのは御免ですけれど?」
     菖蒲がわざとらしく腕組みをして木立を見上げ、少年の眉が寄った。
    「貴様、このてんさいの植樹方針にけちをつける気……」
    「ダークネスの戦闘力は認めますけれど、頭の出来は話が別ですからね。例えばそのあたりの下生えとか、無駄に掘り返し過ぎじゃありません? これじゃ表層のいい土まで台な」
    「腐葉土を入れるための準備だ!」
     少年ダークネスが吠えた。
    「そもそも一般の林業の手順がだな、偉大なダークネスの帝国作りのやり方に合うとでも」
    「あら、何事も基本は同じはずですよ」
     菖蒲は笑顔のまま痛烈な突っ込みを返した。そのまま二人が続けざまにまくし立てる園芸論、森林科学のやりとりを、他の面々は介入のタイミングを失ったままあっけに取られて見守った。
    「……」
    「…………」
     決めポーズと名乗りを見事にスルーされた形になったイカリと戯束は、突っ立ったまま互いの目だけで会話を交わした。
    (「正直、あまりうれしくないけどな……」)
    (「予定外で想定外だが、絶好の機会には違いない」)
     わずかに指の先だけを動かし、仲間たちにそれとなく合図を送る。詩乃と御調が即座に気づき、腰を落として臨戦態勢を取る。
     そして。
    「…あ。ちょっと」
     ひたすら続く会話に退屈したように、零花の周りをうろついていたソラが大きく跳んで木の枝に飛び乗った。
    「む?」
     菖蒲と激論を続けていたてんさいの視線が不意の動きに吸い寄せられたようにわずかにそちらに向く。その刹那。
    「ハッ!」
    「とぅっ!」
     白銀の装甲がノーモーションで宙に舞い、黒の軍服が地を這うように突撃した。とっさに少年が回避行動を取るが、二人の動きのほうが速かった。別にてんさいが――戦闘種族たるダークネスが油断していたわけではない。ただやはり会話に集中していた分だけ注意の度合いが落ち、それを灼滅者たちのチームワークが上回った。ただそれだけだった。
    「ぐっ!」
     頭上からのチェーンソーと臑薙ぎの一刀が上下同時に少年に打ち込まれる。わずかによろめいたところへ背後に回った詩乃の和傘が直撃し、さらに瞬間に異形と化した御調の右腕が脇腹をえぐった。一拍おいて零花が放った魔法の矢をかろうじて両腕を上げて受け止めつつ、少年ダークネスは顔を上げた。
    「ふっ、この俺に不意打ちとはいい度胸だ。だが!」
     奇襲をくらってなお、その傲岸な態度は崩れなかった。
    「そのぐらいでなければ我が帝国の臣民とは言えぬ! 良かろう、あとは力でねじ伏せてくれる!」
    「遠慮いたします!」
     大きく飛び下がって本来の担当位置に戻りつつ御調が叫び返し。
    「…右に同じ」
     表情を変えずに零花が呟き、ソラに挟み撃ちの指示を出す。
     そして戦闘が開始された。

    ●帝王とは
     純粋な闘争は激しかったが長くはなかった。
     零花と御調の援護を受けつつイカリが突撃、詩乃と菖蒲が脇を固めてソラが攪乱し、戯束が狙い撃つ。コンビネーションは見事だったが、しかし本気を出した強力なダークネスを相手にしては不利は否めない。人数的な問題もあり、戦力で正面から押しつぶすのは困難と見えた。しかもそれに加えて。
    「ははは、大地の異端どもよ、クスノキの力を思い知ったか! ほうれ、自然の力の精髄をくらえい!」
    「うっ」
     綺麗な跳び蹴りをぶちかまし、着地した直後のイカリは顔をしかめた。クスノキの葉と化した怪人の両手からばらまかれたのは無数のダニの群れだ。無論サイキックの産物に過ぎないが、吸血ダニに群がられるというのは精神衛生上よろしくない。強引に飛び下がって回避したところで、ちょうど別の群れを避けた詩乃と背中合わせになった。油断無く敵を見据えたまま、イカリが小声で囁く。
    「力押しは無理だな。調子に乗れば乗るほど強いのは……」
    「ええ、元と変わっていませんね」
     ならばこれ以上調子に乗せずに食い止める。幸い最初の連携攻撃がかなりの有効打となっており、ここまでの積み重ねと合わせればもう彼の中の元人格には声が届くはず。そこまで無言で会話した二人は同時に声を張り上げた。
    「いい加減に目を覚ませ、魔壁! こっちにはおまえを必要としてる人間がいるんだぜ?」
    「貴方の志した夢、掲げた野望をただ内に潜んでいただけの闇に任せてしまって良いのですか?」
     ダニの第二弾を撒く態勢に入っていた少年の動きが止まった。一瞬おいて哄笑と共に攻撃を再開する。
    「動揺を誘おうとしても無駄だ。この体はすでに我が物、我が意思の支配下、我が帝国の未来の王!」
    「自然バランスを崩す程度の帝国ですよね。クスノキを乱雑に生やしすぎじゃありません?」
     真正面からダニの群れを受け止め、ものともせずに挑発的に言い返したのは菖蒲。
    「まだまだ習うべき事、習いたい事が学園にあるはずですよ。力だけで無茶苦茶すればどうなるかは見てきた筈じゃないんですか?」
    「まだ言うか、貴様ぁ!」
     激昂した少年の右腕が太く黒い幹状に変じる。強烈な打撃が菖蒲を襲……う直前で、いきなり静止した。
    「なっ」
     自身の動きに少年が驚きの表情を浮かべる。その変化を御調は見逃さなかった。
    「中の魔壁くんも同意見、かな?」
     手にした得物の交通標識、イエローサインをダメだしのイエローカードよろしくわざとらしく振りつつ、あくまでのんびりと語りかける。
    「そう、このまま仲間を少しずつ増やしていくよりも、学園に帰って大々的に呼びかけた方が手伝いは一杯集まるはずよ?」
    「そうそう、昨今ダークネスとの共存を模索することもある学園には君のような天才が必要だ。闇堕ちせずともダークネス並の偉業を成し遂げられると証明するべく、常に悪のすごさを研究しているそうだな! ……何か違ったか?」
     いやちょっと待てと言いたげな周囲の視線を受けて、戯束の説得が止まる。しかし倫道式影刃の一撃で少年の右手部分の葉のダニ室――無数のダニが住まう部分を叩き潰すまで相手の動きが止まっていたので、少なくとも何かの効果はあったらしい。
    「痴れ言をほざくな……帝王はただ一人、自らの力に拠って立つものだ」
    「…そうね、ストレートに言うとあなたのその考え…凄く甘いわ…」
     そろそろ息が上がり始めた少年ダークネスに、零花が淡々と告げる。
    「…本物の帝王なら決して動揺しない。この程度の攻撃なんか気にもしない。それができない口だけ帝王なら」
     掲げた魔導書とソラのリングから同時に強烈な光が放たれ、少年の腕の幹を灼く。
    「…真壁さんを放しなさい」
    「そう、その野望が本物ならば……応えて、名乗りを上げてみせなさい!」
     紫紺色の和傘が広がる。その筒先に火が灯る。くるくると回し渦巻く炎と化したそれを、心臓を射る矢のように飛ばしながら、詩乃は問うた。
    「貴方は誰です? 貴方は「てんさい様」でしょう!」
    「く……いや、違う! 俺はダークネス・てんさい、だ!」
     咆哮。そうとしか表現できない凄まじい絶叫と共に少年の両手が上がった。強烈な風が巻き起こり、凶器と化した木の葉が、残ったダニの群れが菖蒲たち前衛陣をおそった。
    「ニャッ!」
     ソラが悲鳴を上げ、詩乃の膝が地面すれすれまで落ちかかる。
     しかしそこまでだった。そこで全力を使い果たしたように、荒い息をついて頭を垂れた少年の姿を見て、イカリがふっと息を吐いた。
    「悪の帝国は結構な野望だと思うけどさ。おまえが王なら、それに従う者はどこにいるんだ? 仲間は? そういう大切なものをお前は忘れてるぜ!」
     構えを取る。だいたい放送時間の22分前後で見られるポーズだ。
    「格好つけてないでさっさと戻ってこい! アンカード・スマッシュッッ!!」
     ご当地キック。
     舞い散る木の葉と共に、少年は仰向けに大地に倒れ込んだ。

    ●帝国崩壊
     地面に寝転び、空を見上げる少年に向かって、御調が優しく声をかけた。
    「てんさい君、ですね?」
     しばしの間を置いて少年は薄く目を開けた。唇が開く。
    「違う」
    「「「!!!!!!」」」
     凍り付いた6人を見て、少年は意地悪く笑った。その途中で何かを思い出したように表情が変わり、上体がいきなり跳ね上がった。立ち上がり、肩を怒らせ、真剣な顔で菖蒲に詰め寄る。
    「そうだ、違うぞ!」
     いつの間にか人間のそれに戻った指を、流石に面食らった様子の菖蒲の眼前に突きつける。
    「確かに植樹の間隔については奴様に問題があった! だが剪定に関してはお前様の間違いだ! だいたい剪定というのはクスノキを管理するためで……あるがままのクスノキを良しとするこのてんさいさまの帝国には……そもそも……」
    「おっと。お帰りなさい」
     主張の途中で今度こそ完全に力尽き、倒れかかる少年の体を、前に出た御調がすかさず抱き留めた。
    「何かと思えば最初の園芸の話題への反論かよ。こりゃあ、間違いなく本物だな」
     イカリが苦笑と共に太鼓判を押した。
    「意地っ張りもここまでくれば上等ですよ。可愛いじゃないですか」
     年上の余裕的な答えを返しつつ、御調は己の腕の中で完全に気を失ったままの少年の頭を軽くポンポンと叩いた。
    「お」
     戯束が背後を振り返った。その視線の先で、周囲を覆っていたクスノキが一斉に枯れ始めていた。見る間に萎び、垂れ下がり、朽ちて地面に横たわる。そして地面に同化するように消える。最初からそんなものは存在しなかったように。
    「帝国崩壊か。……む?」
     偽りのクスノキが消えた地面から何かが這い出してきたのを見て、七不死は得心したように頷いた。
    「八百万とかいうビハインドか。察するに、あのクスノキもダークネス固有のサイキックの一種か何かだったようだな。なかなか興味深い技だが」
     その詳細を知ろうと思えば、再びてんさいが闇墜ちするしかないのだろう。だが。
    「謎は謎のままでいいでしょう。仲間が戻ることのほうが大事ですからね」
     詩乃が微笑を浮かべて、てんさいの寝顔を眺めた。
    「園芸の話はもういいですけどね」
     菖蒲が悪戯っぽく肩をすくめてみせる。
    「じゃあ、帰るの。…学園に、一緒に」
     ソラと顔を見合わせてコクンと一つうなずき合うと、零花は表情のない顔にどこか満足そうな雰囲気を浮かべて、踵を返して歩き始めた。
     皆の帰るべき場所、学園へと続く道へ。

    作者:九連夜 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月9日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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