ジャラ、ジャラッと闇に包まれた室内に金属音が響く。暗闇の中を蝋燭の炎が灯る。その光に照らされ、右に巻いた白い鎖を引き摺る白ずくめの男がぬうっと姿を現した。
白いジャンバーに白のジーンズ。開いたジャンパーからは灰色のポロシャツが覗く。その胸には大きく『十二』の文字が縦に描かれていた。
「クソッ……どうしてだ? どうして成功しない……これが成功すれば武蔵坂学園を守れるんだ!」
蝋燭を幾つも灯した部屋の床には刃物で抉ったように魔法陣が描かれ、苦渋に満ちた声で男が唸る。
「ベヘリタスの卵を手に入れなくては……それさえあれば力が手に入るんだ。そうすれば、そうすれば……」
頭を抱えうずくまり苦しむ男に、髪で右目を隠したセーラー服姿のビハインドが寄りそう。
「ああ、分かってる。諦めはしない……」
顔を上げた男が感情の無い視線を魔法陣に向ける。
「『オレ』がやらなくては……そうだ、『オレ』がやるしかないんだ……『オレ』とオレの縁(ヨスガ)を守る為に……」
男は一人呟き、左手に持ったナイフを一心不乱に刺して魔法陣の手直しを始めた。その姿は何もかも諦め切った刑死者が現実逃避をしているような酷いものだった。
「先のガイオウガ決死戦では多くの被害が出てしまったね。その中の一人、狂舞・刑の行方が判明したんだ」
集まった灼滅者達に能登・誠一郎(大学生エクスブレイン・dn0103)が、闇堕ちした狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)の情報を提示する。
「今は使われていない廃ビルで、儀式によってベヘリタスの卵を得ようとしているみたいだね。だけどその儀式は成功はしないんだ。もしそんな方法があれば他の勢力が行っているだろうからね」
そこで叶わぬ儀式を延々と繰り返しているのだという。
「今ならその儀式を試行錯誤しているところに接触できるよ。そこで何とかして刑さんを闇墜ちから助けてほしいんだ」
まだ闇堕ちが定着していない今なら助け出す事が出来る。
「廃ビルの大きなフロアで儀式をしているみたいだね。ずっとその場所から動いていないようだよ」
何としても儀式を成功さえようとしているのだろう。
「狂舞・刑さんは六六六人衆に闇墜ちして、ビハインドも連れているよ。息の合った戦闘を行うようだから気をつけて」
戦いとなれば互いにリンクしたように、コンビネーションを仕掛けてくる。
「武蔵坂学園を守る為に力を手に入れようとしているみたいだから、友好的に話しかけてみるのも良いかもしれないね」
戦いは避けられないだろうが、会話する事で灼滅者としての心に呼びかけてダークネスの力を弱らせ、その後に倒せば元に戻す事が可能だ。
「学園の仲間を助ける今回の作戦はわたしも同行しよう。少しでも手助けとなるよう尽力するつもりだ」
隣でじっと作戦を聞いていた貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)が手を挙げ同行を申し出る。
「完全に闇堕ちしてしまう前に、仲間を助けて連れ帰ってきて欲しいんだ。きっとみんななら刑さんの心を動かす事ができるはずだよ」
誠一郎が灼滅者達を見渡す。すると任せておけと、灼滅者は作戦成功に向けて動き出した。
参加者 | |
---|---|
神凪・朔夜(月読・d02935) |
久織・想司(錆い蛇・d03466) |
穂照・海(狂人飛翔・d03981) |
槌屋・透流(ミョルニール・d06177) |
神凪・燐(伊邪那美・d06868) |
イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460) |
阿久沢・木菟(彼女募集中・d12081) |
月村・アヅマ(風刃・d13869) |
●廃ビル
夜の闇に包まれた街路を進み、灼滅者は封鎖されている廃ビルへと辿り着く。
「刑さんもカズミさんも、助けてみせるよ」
目を閉じた神凪・朔夜(月読・d02935)は学園に来てからの思い出を振り返り、何としても元に戻してみせると覚悟を決めた。
「絶望するにはまだ早い」
神凪・燐(伊邪那美・d06868)は眼鏡を外し、ドアをこじ開け人気のないビルへと入る。
「狂舞殿は悲観的でござるが死にたがりじゃないでござるからな」
阿久沢・木菟(彼女募集中・d12081)は警戒しながら内部を見渡す。
「ま、勝つことができりゃ戻ってくるでござろ」
そしてやる気満々で腕を回した。
「これが最初で最後の機会だ、必ず助けよう」
貴堂・イルマ(中学生殺人鬼・dn0093)も真剣な様子で気を引き締める。
「怪しい儀式の行われる廃ビルか……」
いかにもな雰囲気に、穂照・海(狂人飛翔・d03981)はワクワクしながら薄汚れた階段を上る。
ワンフロアの大きな部屋から蠟燭の灯が外に漏れている。そしてジャラ、ジャラと擦れる金属音が聴こえた。
「さあ、愛を語りに参りましょう」
優雅な足取りで躊躇することなく、イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)が部屋へと足を踏み入れる。
「ボケてもツッコんでくれる相手がいないと、物足りないですから。戻ってきて貰いましょう」
「ツッコミ仲間が居ないと寂しいですからねぇ」
朴訥とした調子で久織・想司(錆い蛇・d03466)が友人の事を想い、月村・アヅマ(風刃・d13869)もクラブの仲間を助けようと部屋に入る。
電気の通っていない部屋には蝋燭がいくつも灯り、薄ぼんやりと辺りを照らしていた。その中央で白い男の背中が目に入る、まるで罪人が贖罪するようにナイフを地面に突き立てていた。
男を守るようにビハインドのカズミが間に入る。
「……アンタを、迎えに来た」
ぶっきらぼうな槌屋・透流(ミョルニール・d06177)の言葉に男が振り向くと、その首に回る千切れた首吊り縄が揺れた。
それは狂舞・刑(その背に背負うは六六零・d18053)が堕ちてハングドマンと変貌した姿だった。
●刑死者
穏やかな表情をしたカズミはまるで影のようにハングドマンの背後に回り、灼滅者に道を開けた。
「……久しぶりに見たと思ったら、また酷い顔してますねぇ狂舞先輩。あーいや、今は『ハングドマン』なんでしたか」
アヅマが気安く呼びかける。だが男は視線を地面の魔法陣へと戻す。
「ま、夢幻でも数少ないツッコミ仲間だからとか、理由なんて幾らでも付けられるっちゃ付けられるんですけど」
まっすぐに相手を見つめる。
「実際の所は単純に、先輩がこのまま居なくなるのが嫌だからですよ。迎えに来る理由なんて、そんなもんで十分でしょ?」
軽い口調ながらも、そこには紛れもない本音が詰まっていた。
「自分も周りからそう思われてるんだって事、もうちょい自覚した方がいいですよ先輩」
アヅマの親しげな声が優しく響き、ハングドマンが痛むように胸を押さえる。
「初めまして……かな、ハングドマン」
海が友好的に話しかけるが、ハングドマンは振り向かずに作業を続ける。
「ここで何をしているの」
「探す……そう、探さなくては……ベヘリタスの卵を。そして力を手に入れなくては……」
地面にナイフで文字を刻む速度が上がる。
「いや、それは成功しない。ベヘリタスは絆を喰らうもの。縁は守れない」
一心不乱に魔法陣を描く相手に、海はそう忠告した。
「真に学園の為を思うなら、狂舞・刑を学園に返すことだよ。灼滅者の絆と強さは貴方も良く知っているのではないの?」
絆の強さこそが人を守る力だと思い出させようとする。
「出来ないはずがない、これをしなければ学園を救えないのだ! そうだ、何としても成功させなくては……」
ハングドマンが苦悶の声を上げる。だがカズミは動かずただ傍で話を聞いていた。
「御機嫌よう、お久しぶりです。愛を語りに参りました」
礼儀正しく一礼したイブが挨拶をする。
「刑さんもハングドマンも、元が貴方ならば、どんなお姿になったとしても愛しております」
胸に手を当てイブが友への愛を語る。
「貴方が――或いは刑さんが、どんな重罪を重ねていたとしても、『刑死者』である貴方が背負った罪ごと、その徒労も、自棄すらも」
まるで相手を抱きしめるように手を広げてイブは愛おしそうに微笑んだ。
「――愛しています、殺させてください」
刺激的な親愛の言葉がハングドマンの心を刺す。
「学園にいると色んな不幸な出来事に会うよね。理不尽過ぎて泣きたい事もある。でも、刑さんの周りは不幸な出来事だけではなかったはずだよ?」
学園での事を思い出させるように朔夜が語りかける。
「実際この場には刑さんの積み上げて来た絆の形として迎えに来た人達がいる。刑さんが自己犠牲になったって、悲しむ人達が増えるだけ」
朔夜が左右を見渡すと、灼滅者の仲間たちが力強く頷いた。
「絆……そう、『オレ』は縁(ヨスガ)を守る……何としても、何をしても」
ハングドマンはナイフで力任せに床を抉りつける。それは湧き上がる感情をぶつけるようだった。
「刑さん、すべてを投げ出す前に、もう一度、皆の所に帰ろう。皆、待ってるよ」
手を差し伸べ帰ろうと誘う。それにカズミの腕が一瞬伸ばされそうになって止まった。
「闇堕ちしてまで仲間を守り、その後も仲間を、友人のことを守ろうと力を尽くす。その在り方はダークネスであろうと好意的です」
ダークネスとなっても誰かを守ろうとする在り方に、想司は元の人格の名残を見つける。
「でも1人で頑張ることなんてないでしょう。少しは休みなさい貴方」
ここに共に協力し合う仲間が居るのだと、想司は言葉に気持ちを乗せる。
「私も闇に近い一族の当主です。貴方の苦しみには到底及びませんが、死を多く見てきました」
燐は己の過去を振り返り、苦い思いを呼び起こす。
「確かに辛い事ですが、絶望するにはまだ早いですよ。まだ貴方を待っている方達は沢山います。貴方を諦めてる人はこの場に一人もいません」
集まった灼滅者達は皆、何としても助けようという気持ちを持った者達だった。
「すべてを投げ出して自己犠牲になる事は許しませんよ。さあ、戻ってきなさい!!」
力強く燐が気持ちを真っ直ぐにぶつける。それを受けてハングドマンは脳を締め付けるような痛みに頭を抱えて苦しむ。
「……私がわかるか、狂舞先輩」
片膝をついた透流が相手と目を合わせる。
「どうして先輩がそっちにいる? ただいまを言いたかったのに、どうして」
変わってしまった姿に透流は声を詰まらせる。
「学園を守る、と言ったな。……それはきっと、皆で背負うものだ。ここに来た皆は、アンタのいる日常を守りたいんだ」
一人では背負い切れない事も、仲間とならば背負っていけると語気を強める。
「だから……ただいまと、おかえりを、言わせてくれ。その為に、その闇、ぶち抜いてやる!」
強い意志を瞳に宿し、透流はナイフを引き抜いて夜霧を展開して周囲を包み込む。
「グゥッ……『オレ』がオレが、守る。何をだ……?」
するとハングドマンは痛みに顔を歪めて立ち上がり、震える手でナイフを向ける。
その背後から離れカズミは後ろに下がる。その顔は微笑んでいるように思えた。
「仲間を連れ戻す為の戦いを始めよう」
イルマが仲間に矢を放ち、順番に力を与えた。
●縛る鎖
「助けに来たでござるよ……」
にこやかに木菟が声をかける。
「とでも言うと思ったかぁッ!」
表情を一変させて木菟が跳躍し正面から飛び蹴りを放つと、胸を直撃し壁まで吹き飛ばした。
「甘えんな! 救うとか慰めるってのは格上が格下にする行為でござる!」
着地した木菟は指さし叱るように言い放つ。
「拙者とお主は対等。よって、拙者がお主に優しい言葉で助けてやるよ。なんて言うことは、ない!」
更に追い打ちを仕掛けるように加速して炎を纏う蹴りを放った。
「邪魔をするなら……お前達は学園の敵だ」
ハングドマンの殺意が膨れ上がり、仰け反りながらナイフを木菟に向ける。
「刑さんはきっとこんな事したくないと思ってるよね、だから止めるよ」
朔夜が五色布を伸ばし木菟を守るように巻き付け、ナイフの勢いを弱める。
「仲間と力を合わせる強さ、それを思い出させてあげるよ」
海が周囲に霧を展開し、仲間の魔力を高める。
「さぁ、一緒に愛し合いましょう」
イブが銃口を向け引き金を引いた。連続して放たれる弾丸が足を射抜き歩みを止める。
「……アンタはこんな事をする為に力を求めた訳じゃないだろう?」
「貴方の願いを思い出しなさい!」
その隙に透流がベルトを矢のように撃ち出し、燐も聖布を伸ばして相手の腕と太腿を貫いた。
「ハングドマンに用はないんで、早々に退散してもらいますよ」
踏み込んだアヅマは縛霊手を嵌めた拳で殴りつけ、放つ霊力で相手を絡めとった。
「邪魔だ、『オレ』にはやるべき事がある」
ハングドマンは左腕を振り、白い鎖がアヅマを捕らえようと伸びる。それをビハインドのヴァレリウスがその身で受け止めた。ハングドマンは鎖を引き寄せ、ナイフを突き立てようとする。
「守るべき相手に刃を向けるつもりですか」
想司が雷を帯びた拳で右腕を打ち抜きナイフを逸らす。
「力を向ける相手を間違うな!」
イルマはヴァレリウスに矢を放ち傷を癒す。
「切っ掛けは作ってやるでござるから自分で何とかしろでござる!」
ハングドマンが拘束をナイフで切り裂いたところへ、木菟は赤い交通標識を振り回しフルスイングで叩きつけ、壁まで吹き飛ばした。
「帰ってこないと悲しむ人がたくさんいるんだよ」
朔夜は腕を鬼のように変化させて殴りつけ、壁にめり込ませる。
「悲しむ……そうだ、『オレ』は悲しませない為に……力を……」
跳ねるようにハングドマンは壁を蹴って接近してくる。
「その想い、全て受け止めてみせましょう」
血が濁ったような闘気を纏った想司が腕にナイフを突き刺されながら、足にローキックを叩き込む。
「いい加減に目を覚ませ」
「この音が目覚まし代わりです」
背後に回った透流はチェーンソー剣で背中を斬りつけ、続けて燐が横からチェーンソー剣を駆動させ、吠える様な爆音を立てながら脇腹を斬りつけた。
「グゥッ、頭が……割れそうだ。思考が纏まらない、べヘリタスの卵を探しに……!」
ハングドマンは体中から血を流しながらも、鎖を伸ばして燐の胴に巻き付けると体が軋むほど締めあげる。その鎖を一筋の矢が断ち切った。
「大丈夫か?」
続けてイルマが癒しの矢を放ち、燐の痛みを和らげる。
「日頃から打ち上げ花火とかになって身に着けたガッツを今見せずいつ見せるのでござるか!」
素早く近づいた木菟が腹を突き上げるように蹴り、相手の体を浮かす。
「この愛は必ず届きます、受け取ってくださいまし」
イブが銃弾を放つ、空中でハングドマンは弾をナイフで弾くが、弾丸が軌道を変えて戻り、肩を撃ち抜いた。
「べヘリタスの卵なんてヤバいだけのものでしょ? どうして拘るんです」
体を回転させてハングドマンが着地するところへ、スライディングするように跳躍したアヅマが足を刈り、相手を転倒させる。
「必要だ、力が……必要なんだ。守る為に……」
ぶつぶつと自分に言い聞かせるようにゆらりと起き上がる。
「安心して。彼がどんな日常を送ったって、殺人鬼でなくなったりはしないから」
海の足元から影が不気味に蠢き、張り付くようにハングドマンの足に絡み動きを封じる。
「なぜなら殺人鬼であることを必要とするのが武蔵坂学園だ。そしてハングドマン、それはあなたを必要とするという意味でもある」
そのまま影が全身を呑み込むように覆いかぶさった。
そこへ刑を助けたいと応援に集まっていた仲間たちも声を掛ける。
「作戦の相談してたら心配してくれはったんでしょうねえ。一緒に来てくれはって。大口叩いてたけど、怖ぁてブルってたオレどんだけ心強ぉ思ったか。ほんで、ほんで……。オレら護って堕ちはったん、目の前で見てました。せやから来ましてん。帰ってきて欲しいんです!」
千本桜・飛鳥が気持ちを込めた言葉を張り上げる。
「槌屋先輩が堕ちた時のことは、僕にも責任があります。先輩の責任じゃない、護り役だったのに最後まで守れなかった……僕の責任だ」
でも今はここに居ると有城・雄哉が透流に視線を向ける。
「狂舞先輩、聞こえていますか? 縁を守るのなら、『ハングドマン』としてじゃなく、『狂舞先輩』として守らなきゃ、意味がない!! 」
その内に沈む人格に向けて強く声をかけた。
「狂舞先輩の帰る場所がここにあるよっ。それにツッコミ不在は寂しいです。みんなそろって帰りましょう。ね」
一緒に帰ろうと桜井・夕月が親しげに話しかける。
「はぁん、藁にも縋るってやつ? 賢くもない癖に気に病みすぎるとは思ってたけど、ここまで来るとお笑い草だ」
ルーパス・ヒラリエスが鼻で笑う。
「他人の人生の決着や弱さが君ら如きの持ち物であっていいはずがないのに償おうなんて思い違いも甚だしいんだ。本来の持ち合わせ分以外、一切合切ここで打ち砕かれて、本来やるべきことに戻りなよ。他人の持ち物を抱え込んで悩んでる暇など人生にありはしないんだ」
厳しくも相手を思いやる言葉を続けた。
「狂舞。あの相談から此処まで長かった。このままでは帰らないぞ」
桂・真志が強い視線を向ける。
「堕ちて尚、学園の為にと考えるお前の志を否定はしない。だがそれは闇から解き放たれても、出来る事だ。こちらで一緒に、術を探そう。此処で一人でより事は為せるのではないか」
戻ってこいと強い意思を籠めて伝える。
「狂舞くん、遅くなってごめんね……もう、一人で抱えないで……?」
ここに悩みを分かち合える仲間がいると凶月・所在が言葉を届ける。
「僕が……うぅん、僕たちが一緒だよ! 今度は、一緒に護ろう!」
その声にハングドマンは攻撃を受けたように膝をついた。
「戻ってきて刑さん!」
腕を振るい朔夜が風邪の刃を放ち、横一閃に胴を切り裂いた。
「『オレ』は……オレは……何処にも行けない……」
諦めたような表情。そこには苦悩と諦観が混じっていた。
「そんなの関係ねえです。好きだから」
想いを贈るようにイブは光輪を投擲する。それを鎖を絡ませた左腕で弾いた。
「移り気ですが彼女の愛は本物です。光栄に思って逝くといい」
想司は軽手甲を嵌めた腕で殴りつける。同時に霊力の糸が絡みついて動きを封じた。そこへ光輪が舞い戻り胸を斬り裂いた。
「戻るべき場所はここにある!」
イルマの影が獣の形を取り足に噛みつく。
「気付けにきついのをお見舞いしますよ、お目覚めの時間です!」
壁を蹴り上がり跳躍した燐が、頭上から頭に蹴りを浴びせる。
「狂舞先輩を返してもらいますよ」
アヅマが蒼い炎を手に集め砲弾のように撃ち出し、直撃を受けたハングドマンがよろけながら鎖を薙いだ。
「歯を食いしばるでござる!」
低く駆けて躱しながら接近した木菟が、影を纏った脚でハイキックを叩き込む。
「学園を……仲間を……」
ずたぼろになりながら、それでもハングドマンはナイフを振るう。そこに背後からカズミが近づき優しく抱き止めた。
「その纏わりつく闇を、この一撃でぶっ壊す」
透流が地面に手をつくと、自らの伸びた影がナイフを一閃させる。影の刃は鎖を断ち、カズミもろとも体を貫いた。
●帰還
「……あー、迷惑かけちまったみたいだな」
元の姿に戻った狂舞・刑が倒れたまま仲間を見渡し、苦い笑みを浮かべて上半身を起こす。
「ただいま……そしておかえり、狂舞先輩」
「ああ、おかえり、それからただいま」
僅かに微笑みらしきものを浮かべた透流の挨拶に、刑も返事をしながら優しい顔をみせる。
「刑さん、よかった……」
「本当に無事でよかった」
息をつき朔夜が安堵の顔をみせ、イルマも緊張を解く。
「心配させすぎですよ。少しは自重してください」
燐は家族に説教するように指を立てて叱る。
「愛しています、だからもう一度殺させてください」
イブの熱烈な愛情表現に、刑の笑みが引き攣る。
「やはり勝因は愛ですかね」
「こんな痛い愛はもう御免こうむりたいね」
無表情のままボケる想司に、刑がツッコむ。
「いつものツッコミが戻ってきましたね。ツッコミ仲間が帰ってきてくれて嬉しいですよ」
回りがボケばかりで大変だったと、刑の復活をアヅマは喜ぶ。
「ここにロープがあります、復活記念にハングドマン正位置を実演して、記念写真は如何でしょうか?」
「え……」
悪戯っぽい笑みを浮かべて木菟がロープを見せ、刑が焦る顔を眺める。
「と、思ったでござるが今回は許してやるでござる。命拾いしたでござるな。ただし、夢幻に帰ったら打ち上げ花火の刑な」
驚かせて満足するとロープを仕舞い、クラブでの手荒い歓迎が待っていると朗らかに告げた。
「どんな気分?」
「あー、そうだな。殴られて斬られて、ぼこぼこにされた気分、かな」
手を伸ばしながら訪ねる海の質問に、刑はその手を取り笑って応じる。引き起こされた刑は仲間に見守られ、照れたように頭を掻いた。
「みんな……ただいま」
改めて刑が告げると、その言葉が聞きたかったのだと皆の顔が綻んだ。
作者:天木一 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年12月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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