
半透明の夢が顕現している。
部屋の風景に被るように、うっすらと悪夢の映像が浮かんでいた。
ベルトコンベア。人形。首を切る鉈。
そんな風景を切り裂くように、人形が現実へと現われた。
首の無い、等身大の球体関節ドールである。
それまで浮かんでいた悪夢の風景は消え、その夢をみていたであろう女性がうなされて眠っている。
人形は一瞥するように振り返ると、口どころか首もないのに語り始めた。
『あなたはそのまま眠っていなさい。やっと実体を取り戻したのだから、やりたいことが沢山あるのです』
人形は窓を開くと、野外へと飛び出していった。
『沢山首を落としましょう。悪夢のような現実を。悪夢のような光景を……』
隣人の首を切り落とし、通行人の首を切り落とし、悲鳴に飛び出した人間の首を切り落とし。
落として落として、転がしていく。
次に来る誰かに見せつけるように。まるでひけらかすように。
シャドウ、首無し十三番。
今、現実へと顕現した。
●
「シャドウ大戦は無事に成功したみたいだね。タロットシャドウを沢山倒して、勢力をちゃんと削れたみたい。あの後のことを説明するね」
シャドウ大戦後、サイキックリベレイターの影響でデスギガス勢力のシャドウたちが現実世界に実体化しはじめていた。
これがタロットシャドウであったなら、尋常では無い事件に発展していただろうが、大戦時に多くを灼滅したことで力の弱いシャドウたちの方が実体化しているようだ。
「現実に現われたシャドウはね、自由に行動できる状況に浮かれてるみたい。現実を自分好みの状況に塗り替えようとして、人々を惨殺したり恐怖を与えたりしているの。けど、そうなる前に倒すことができるよ」
今回標的となるシャドウ『首無し十三番』。
これが近隣住民を虐殺する風景は未来のものである。
事件が起こる前に、シャドウを倒すことができるのだ。
まずは状況を説明しよう。
夢主である女性から現われたシャドウは、まず近隣住民を虐殺すべく窓から外へと飛び出してくる。
ここが戦闘に適したフィールドとなるので、野外での戦闘を想定するとよいだろう。
近隣住民に呼びかけている余裕はないので、一工夫あれば尚良いといった具合だ。
ちなみに、シャドウは夢主を攻撃しないらしい。いざというときの退路と考えているからだろう。
逆に言えば、夢の中に逃げ込まれると灼滅できなくなるので、そういった意味でも野外での戦闘は適していると言えるだろう。
「『首無し十三番』は文字通り首の無い球体関節ドールだよ。鉈をはじめとした刃物を大量に生み出して、首や腕や足といった部位を切断することを得意としているの。『失う恐怖』に執着しているとも言えるかな」
今回は出現場所や時間が分かっている分ソウルアクセスでシャドウに攻め入ることができはするが、その場合戦闘中にシャドウが実体化して眠っている灼滅者の身体を一方的に攻撃されてしまう危険がある。仮に目を覚ましてもそのままシャドウが撤退しやすい状況となるので、総合的に不利になってしまうだろう。
現実に現われたシャドウと戦い、確実に灼滅するのだ。
「このシャドウを逃がせば、現実は瞬く間に悪夢に塗り替えられちゃう。そうならないように、必ず『首無し十三番』を倒してね」
| 参加者 | |
|---|---|
![]() 聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654) |
風華・彼方(中学生エクソシスト・d02968) |
![]() 皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424) |
![]() 聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863) |
![]() ヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289) |
![]() 氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485) |
![]() 七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540) |
![]() 神無月・優(ラファエルの名と共に願は一つ・d36383) |
●シャドウ、首無し十三番
余事など不要。窓ガラスを破壊して飛び出す首無し十三番の『首』があったであろう場所めがけ、七夕・紅音(狐華を抱く心壊と追憶の少女・d34540)のブーツが通過した。
一瞬遅れて反応する首無し十三番。
空中でムーンサルトをかけると、着地と同時に膝でスライド。地を突いた腕をバネにして倒立跳躍。壁を蹴って反転してきた紅音は膝からつま先までを指でなぞり霊力を最大まで漲らせる。
「首が刈れないなら命を刈ればいい、か。ふふ――!」
踵落とし、と呼ぶにはいささか強力すぎる。
首無し十三番が半秒前までいたアスファルトをクレーター状に粉砕したからだ。
紅音は落とした足を軸にしてスピン。
電柱に両足をついた首無し十三番と『目』があった。
飛び込む首無し十三番。迎撃のハイキックを腕でガード――した途端足の付け根をぐるりと撫でるようにカッターナイフを走らせた。
すっぱりと膝から切断される。紅音は恐怖におののいたような顔をしてその場に転倒した。
片手式連続ロンダートをかけて離脱した首無し十三番と入れ替わるように、紅音を引っ張り上げる神無月・優(ラファエルの名と共に願は一つ・d36383)。
道路標識につかまらせると、逆再生映像のように紅音の足が生え出でた。よく見ればプレートに油性マジックで『どうせはえる』と書かれている。
小声で呟く優。
「演技が露骨すぎるんじゃない?」
「興味を引いた方が戦いやすい……いや」
紅音は首をふって、薄く笑った。
「面白いでしょう?」
対するシャドウはガードレールの上に着地すると、カッターナイフを全開にして大きく振った。
途中でバラバラに分解したオルファ式の刃が紅音たちめがけて飛翔――否、空中でびしりと停止した。一瞬遅れて蒼い炎の壁が広がる。
片手を翳し半身に構えた皇樹・零桜奈(漆黒の天使・d08424)が広げた巨大な炎のエネルギーシールドである。
ガチガチとふるえた刃の半数ほどが盾を掘るようにすり抜け、零桜奈の頬や膝、腕や脇腹をかすって服を裂いていく。
「強い……。けど、ソウルボートに、逃げられると、厄介だし……ここで、倒さないとね」
手を握ると同時に拡散する炎。
まるでそれを目くらましにしたかのように、聖刀・凛凛虎(不死身の暴君・d02654)と聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)が同時に駆け込んだ。
バイオレットカラーのオーラを全身に漲らせ、相手の心臓部を殴りつける凛凛虎。
首無し十三番は両手を重ねて拳の衝撃を吸収――した瞬間、凛凛虎の肩を馬跳びした忍魔が『首』を狩るような蹴りを繰り出した。
衝撃吸収を諦めて緊急離脱を選ぶ首無し十三番。両手を押すようにして後ろに飛び、車道へと飛び出した。
「不死身の暴君の遊び相手になって貰うぜ、貴婦人どの!」
「そして教えろ。いまだなにも得ていない俺たちに……喪う恐怖とやらを!」
ガード姿勢をとった凛凛虎の腕をカタパルト代わりにして地面と水平に跳躍する忍魔。
空中で身体を反転させた蹴りを首無し十三番はクロスアームでガード。
そのまま道路の反対側まで飛び、ガードレールを突き破って民家の間にある小道へと転がり込んだ。
相手を蹴ってムーンサルト着地――した忍魔の足首にどこからともなく出刃包丁が突き刺さっていた。
柄を蹴飛ばすようにして強引にねじ切っていく首無し十三番。
バランスを崩した忍魔の首めがけ、肉切り包丁を振りかざ――した手首を貫通する鋼の矢。
民家の屋根からボウガンの狙いをつけていた風華・彼方(中学生エクソシスト・d02968)は、そばに控えていた彼に呼びかけた。
「ヴォルペ、今!」
「ほいほい! 援護よろしく!」
ヴォルペ・コーダ(宝物庫の番犬・d22289)はコートの懐から物理法則を無視してミニミ軽機関銃を引き抜き乱射。
地面を粉々にしていくバレットレインを首無し十三番はジグザグのバックステップで回避。
ワンテンポ遅れて砂めいた地面に着地したヴォルペは更にM4カービン銃を懐から抜いて全力射撃。首無し十三番は飛来する弾丸を無数の彫刻刀で打ち払いながらバックジャンプ。
「おっといいのかい? 道路へ急に飛び出しちゃあ……」
銃を上げるヴォルペ。
突っ込んできた配達便のトラックに撥ねられる首無し十三番。
が、空中で車のフレームに草刈り鎌をひっかけて急制動。一回転して着地した荷台の上――にはコンテナフレームに爪をたてて上体を固定する氷室・侑紀(ファシキュリン・d23485)が待ち構えていた。
「All mimsy were the borogoves――And the mome raths outgrabe」
侑紀の身体に巻き付いていた白い大蛇が放たれ、首無し十三番の腕へと食らいつく。
捻って掴む首無し十三番。
トラックのフレームごとひっぺがされた侑紀の身体は夜闇を飛び、電灯の一つを破壊しながら民家の壁に激突した。
屋根から屋根へ飛ぶように移動してきた彼方がボウガンを連射。
数本を打ち払い、最後の一本をキャッチした首無し十三番――の足首に食らいついていた『こおり』に気づき、侑紀に続いて夜闇に投げ出された。
「ふいー、こういうのは苦手だぜ。薬指とか切られたらタイヘンじゃん?」
「馬鹿だなあ尾っぽは」
追いかけてきたヴォルペを庇うように立つ侑紀。
「後ろに隠れてろ」
「細すぎて隠れらんねえよ」
「そうかい。じゃあ……」
侑紀は蛇のような舌をちろりと露出させた。
●あるはずの無い首
民家のブロック塀を破壊して庭へ飛び込む首無し十三番。
松の木をへし折ると、砂利道にブレーキをかけ――るのをやめて前方向に飛び込み前転。
頭上の屋根から飛び降りてきた紅音が斧を叩き付け、飛び石と縁石を一斉に砂利に変換した。
顔を上げる。胸にはスクエアノットの印が浮かんでいた。
一拍遅れて着地した霊犬蒼生が浄霊眼を発動させるなか、紅音は一足飛びで斧を叩き込む。
サイドスウェーで回避した首無し十三番が鉈を走らせて紅音の腕を切断――した途端紅音の斧が横薙ぎに打ち払った。
「アハッ……!」
両目を見開き、潤った唇で笑う紅音。
「喪うことが恐いなら、今あたしはここにいないわよ!」
ブロック塀を半壊させ、回転しながら宙を舞う首無し十三番は腕を翳し、自らの周囲に大量の刃物を発生させた。カッターナイフに出刃包丁。のこぎりに草刈り釜に彫刻刀にトーンナイフ。その群れが意志を持ったかのように襲いかかってくるが、紅音は構わず跳躍。
腕や足が次々に寸断されていくが、道すがら優が放った光の槍が胸を貫通。燐光のような手足が生え、紅音は民家の屋根に四肢をついて着地した。
獣もかくやという俊敏さで首無し十三番へ飛びかかり、浴びせ蹴りを叩き込む。
地面に激突。バウンドした首無し十三番はそのまま身体をロールさせて再び路上へ飛び出した。
自動車が数十センチ横を抜けていく。
空中に生まれたノコギリを両手に掴――んだ途端、凛凛虎と忍魔が突撃をかけた。
軽自動車を同時に飛び越え、どこからともなく赤と青のグレートソードを発生させる。
同時に繰り出される斬撃。飛び退いて回避する首無し十三番。
破壊された道路をそのままに追跡する凛凛虎の腕が見えない斬撃で吹き飛んでいくが、ひるむどころか笑ってすらいた。
「足や腕くらいくれてやる。喪う恐怖を教えてくれよ、どうした!」
「凛凛虎、無茶をする。合わせろ」
同じく片腕の吹き飛んでいた忍魔が目配せをした。
回転して飛び、目の前に突き立った二人の剣。そのうち一本を二人で握ると、擬似的な両手持ちでもって構えた。
地面を超高速で走ってカッターナイフを繰り出す首無し十三番とすれ違う。
首無し十三番の腕が切断されて飛び、忍魔と凛凛虎の腕もまた切り落とされた。
無くなった腕を『見て』カタリと震える首無し十三番――を凄まじく巨大な蛇が飲み込んだ。
「もう一度言ってみろ尾っぽ。何が細いって?」
「ムキになるなって蛇女。それより……」
侑紀、もとい蛇の側面が複雑に切り裂かれ、内側から首無し十三番が飛び出してきた。
「人形は焼いちまったほうが供養になるぜ」
首無し十三番の『頭』を掴んで止めるヴォルペ。
拳を握ると、彼の手の甲から複雑な文様が浮かび上がり、炎が肩まで覆っていく。
「ぶっ壊しちまったら悪いな!」
背中を殴りつける。
腕が貫き、胸からヴォルペの腕が生える。
カタカタと震えた首無し十三番はその腕を掴むと、のこぎりによって強制切断。
胸に穴を開けたまま離脱した。
自らの胸に手を当てようとして、その手すらないことに気づき、首無し十三番があるはずの無い『顔』を覆った。
「ころしてやる!」
思えば、初めて聞いた首無し十三番の『声』であった。
ボウガンに特殊な矢をセットし、屋根の上から狙いを定める彼方。
「悪いけど、思い通りにはならないんだよ」
矢が激しく発光し、彼方のエネルギーに共鳴していく。
トリガーをひくや否や奇妙な軌道を描いて首無し十三番の『こめかみ』を貫通。
ぐらりと傾いた所へ、零桜奈が走り込んだ。
ブーツにエネルギーを集めて加速。
全身に巡らせて更に加速。
首無し十三番が咄嗟に放った大量の彫刻刀を炎の盾で打ちはじき、跳躍。
零桜奈を中心に生まれたエネルギーの翼が大きく広がり、ブーツから出現したナイフをぎらりと光らせる。
「……目を覚ませ、夢は終わりだ」
轟音。
爆発。
コンクリートとガードレールが粉砕し、車道に一文字の長いえぐれが生まれた後……。
零桜奈はブレーキ姿勢から身体を起こした。
バラバラになった人形が、まるで灰のように崩れていく。
「……」
瞑目し、零桜奈はきびすを返した。
零桜奈がゆっくりと歩いてくる。
首無し十三番が飛び出した窓の下は、ガラスが散っていた。
踏めばざくりと音がする。
負傷を霊犬や優たちによって治癒された凛凛虎と忍魔が、それぞれゆがんだガードレールに腰掛けている。
「こんな悪夢なんぞ、悪夢じゃねえや」
「お前のほうがデスギガスより厄介だよ、凛凛虎」
一方で、ヴォルペと侑紀が戻ってくる。
「喪う恐怖、ね。僕にはもう……」
呟く侑紀。ヴォルペが何か声をかけようとしたとこで、彼の首にぺたりと彼方の手が当てられた。
「ぴえ!? なにすんだ!」
「あは、ごめんごめん。缶スープあげるから許してね」
平和な、どこにでもありそうな光景だ。
紅音と優は黙ってそれを見つめ、そして割れた窓へと目をやった。
真冬の夜。風にゆれるカーテンだけが、非現実的な光景だった。
夢はもう、夢ではない。
悪夢は現実のものとなり、恐怖の逃げ場を喪うだろう。
だが。
「排除すればいい。それだけの力が、俺たちにはある」
優は開いた手を、ゆっくりと握った。
| 作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2016年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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