暗殺武闘大会武闘予選~亡んだダブルイメージ

    作者:菖蒲

     べたりと血が塗り付けられた壁紙は脆く崩れている。足元に倒れたガートル台をからりと蹴り飛ばした男は小さな舌打ちを漏らした。
     破壊し尽くされた栃木県の街の一角、要塞の如く聳え立った那須殲術病院はのっぺりと影を伸ばす。
     入り込んだ招かれざる客は襤褸になったシーツを煩わし気に眺めた後、使い込み古びたナイフを見下ろした。
    「武闘大会だってんだろ……」
     ミスター宍戸が高々に発表した一大イベント。男は――アンブレイカブルは力こそが全てだろうと口元に笑みを湛える。
     濃い死のにおいに心躍らせながら彼は階段を登る。崩れた壁が瓦礫を作り出し足元に不安を誘うが彼にはそれも関係はない。
     隠し要素は『灼滅者の邪魔』だ。それも、灼滅(し)と呼ぶにふさわしいものがそこにはある。鼓動が高鳴り、ナイフの切っ先が古びた白熱灯を照り返す。
    「くだンねェルールだよなあ……灼滅者が来る前にさっさとオレがクリアしてやんよ」
     流浪者は大口を開いて嗤う。この場所に飲み込まれる前に、いち早く『ボス』を倒してクリアしてみせようではないか!
     

     横浜で行われた暗殺武闘大会――一週間の間にダークネスを探し出し屠るというルールに組み込まれたそれは瞬く間に終了していた。
    「完全阻止にはならなかったの」
     灼滅者に倒されず、暗殺を行い一週間生き延びる。不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は予選を通過したダークネスたちがいるのだと眉根を寄せた。
    「本線に行くのは彼らだけじゃないの。あのね、暗殺予選のほかに『武闘予選』っていうのがあるの」
     ――それは、ミスター宍戸によって幅広く情報が周知されていたが為にルールまで把握できている。暗殺予選と同じ状況というわけだ。
    「灼滅者が探索してるブレイズゲートを探索して、ボスを倒して帰ってくるの。
     ええっと……温泉ホテルわかうらとか、慈眼城とか緋鳴館とか……那須殲術病院、新宿橘華中学とか、そう、いろいろあるの。そういう所なのよ」
     指折りブレイズゲートを数えた真鶴は又も灼滅者がルールに含まれているのだと何処か不快そうに息をついた。
    「ルールは、灼滅者の妨害があるのを前提にしてるの。ブレイズゲートの制覇を目指すのが目的なの。ミスター宍戸のプロデュースだから、そんな感じなのね」
     横浜の事件と違って『殺人』は起こらない。無視をしてもいいのだが――
    「暗殺武闘大会がね、もっともっと、大変なことになっちゃうといやなの……。
     できれば本選に出場するダークネスは少ないほうがいい気がするの」
     可能な限り人数を減らしておくが吉だろう。
     真鶴が地図を広げたのは那須殲術病院だった。朱雀門のダークネスが跋扈しているともいわれるそこは、『病院』の名の通り血濡れの病室など凄惨な現場が広がっていた。
    「えっとね、病院の中で迎撃ポイントを設定してほしいの」
     まずは、ダークネスを迎撃する場所をセレクトすることが先決だ。ブレイズゲートは広い――しかし、灼滅者にとって、ブレイズゲートは通い慣れた場所だ。地の利を生かして戦うことが出来る。
    「あ、」
     は、と思い立ったように真鶴は瞬く。
    「ブレイズゲートでね、ボス撃破ルートを完全に塞いでダークネスを迎撃して灼滅し続けちゃうと、予選突破を目指すダークネスが協力してくるかもしれないの!」
     勿論、ダークネスは強い。弱いとされるダークネスとて数が増えれば苦戦を強いられることになるだろう。
    「手を組まれないようにするなら……えっと、ボス撃破ルートは塞がない? それとも、わざと一部のダークネスだけクリアさせるとか……」
     悩ましげな真鶴は、有力なダークネスのみ撃破して、弱めのダークネスを通すという武闘予選の意義を失わせるというのもいいのかと呟く。
    「みんなにお任せするのよ」
     ブレイズゲートは危険地帯だ。エクスブレインである真鶴はそれがよくわかっている。
     だからこそ、言うのだ。
    「ブレイズゲートは勝手知ってる場所だとは思うけれど、それでも、危険だと思うの。でも、がんばってほしいのよ。……今、ここで防ぐことが出来れば次の被害を抑えられるはずなの」
     ――成果と無事を祈っているから。そう口にした真鶴は僅かに指先を震わせた。


    参加者
    橘・彩希(殲鈴・d01890)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    椋來々・らら(灰被りと論拠・d11316)
    月姫・舞(炊事場の主・d20689)
    日向・一夜(蒼界ラプソディ・d23354)
    ハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)
    鳥辺野・祝(架空線・d23681)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)

    ■リプレイ


     その場所は要塞と呼ぶに相応しかった。
     赤い十字が掲げられた無法の地に慣れ親しんだ様子で踏み入れた鳥辺野・祝(架空線・d23681)は深呼吸をするように胸を上下させる。倒れた植木から零れた土や、皺の寄ったシーツは人が存在していた片鱗を確かに感じさせる。その場に広がる空気はお世辞にも美しいものとは言えなかった。
    「先輩」
     呼ぶ声は、こんな場所でも無邪気そのものだ。武装を携え、重い扉を開いた神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は頬に触れる冷たい空気に小さく息を吐く。ぱちりと海色の瞳を瞬かせた橘・彩希(殲鈴・d01890)は首をこてりと傾げ、左手で黒刃を弄んだ。
    「敵がいた?」
    「いえ、出現ゾーンはまだ――だと思いますけど。『無茶』は禁物ですよ?」
     くすりと悪戯っ子のように笑う天狼は廊下を曲がることなく、すぐ目の前の扉を開く。饐えたにおいが鼻先を擽り、サイキックエナジーが焔のように揺れている。周囲から感じる無数の視線に臆することのない彩希は『絶ち花』の娘らしく凛と背筋を伸ばした。
    「天くんにそう言われると、無茶できないわね……」
     ぞろりと現れる陰に『いつも通り』の探索を行わんと月姫・舞(炊事場の主・d20689)は鞄を指先でするりと撫でる。

     ――貴方は私を殺してくれる? それとも殺されるのかしら?

     唇に乗せたルーティンを崩すことなく、少女は踊る様に一歩前へと踏み出した。
     その場所に無尽蔵に敵が出現するのは調査済だった。目の前の敵を倒し、スイッチを押せば下へ向かう階段への扉が開かれることも承知している。きらりと月色の瞳を煌めかせた日向・一夜(蒼界ラプソディ・d23354)は海の護りを込めた飾りを手首に飾り、宵を奏でる。
     その鮮やかな蒼に誘われる様に前進し、殺人ドクターの攻撃を受け止めた椋來々・らら(灰被りと論拠・d11316)は「こんな所もいつもと一緒なんだね」と呆れた様に呟いた。
    「別にらら達はきみ達と遊びに来たわけじゃないんだよ」
     淡々と、事務的に交通標識を振り上げたららはキャスケットを抑え、一歩後退する。身に染み付いた魔法の残滓を振り払う様に躰を捻った彼女の前へ弾丸が飛び込んだ。
     ぴょこりと耳を揺らし、営業鞄を抱えたイツツバが警戒するようにドクターたちを見つめている。爪先でとん、とフロアを蹴った真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)は影を纏わせ囂々と焔を音たてる。
    「邪魔だよ」
     イツツバと擦れ違う様に櫟が前進し、ドクターたちを受け止める。後方で狙い定め硝子玉の如く光を集めた瞳を瞬かせたハレルヤ・シオン(ハルジオン・d23517)が唇から笑み漏らす。
    「ア、ハ――♪」
     血に濡れた手術衣に突き刺さったバベルブレイカー。杭の勢いを留めぬままに『殺す』ことを厭わぬ殺人鬼は楽し気に笑みを漏らす。
     霧のように掻き消えた姿の向こう、平坦な壁が現れたことに祝は胸を撫で下ろした。殲術病院――ハレルヤの殺意が普段とはいろを変えたことと同じ、祝にとってもこの場所は何もにも代え難い。彼女たちが『人造灼滅者』と呼ばれる由縁だろうか、この場所はどうにも心を惹かれて病まない。
    「うん、次に進もう」
     来た道をくるりと戻る少女が鳴らした下駄の音を追いかけて天狼は背筋に不吉な気配を感じ取る。この場所にはもう直ぐ何かがやってくるのだ。
     階下に降りればいつもと同じくナースや心臓の形をした眷属たちが待っていることだろう。コルクボードに張られたままのイベント案内がこの場所が現実なのだと厭に知らしめるようだった。


     立ち込めたのは死の気配だった。カルテが並んだシェルフの隣にあった扉が開く音がする。
     ひたりと足音を立て、何処からか聞こえたのは何気ない言葉だった。「どうしてこんな場所に」とぼやいたダークネスの声は冷たい壁に反響している。
    「武闘会かぁ……純粋な技術の競い合いならいいと思う」
     あどけない一夜の表情には暗い影が落とされる。ダークネス同士の蠱毒――そう譬えるに相応しいのだと彼女はよく分かっていた。
    「何か目的がありそう……」
    「うん。ミスター宍戸は厄介だからな……警戒しないと」
     神妙な表情を見せた祝は、ひょろりと伸びた手足を屈め、指先で赤い髪紐を弄る。揺らめいた一番星を鎮める様に己の傷や『痕跡』を確認するように視線を揺るがせた。
    「もうすぐかな」
     純白を装うモノトーンのワンピース。籠められた意味を振り返る様に裾を弄ったららは刃で音鳴らす。
     もう直ぐなのだろう。この場所は必ずしも『通らなくてはならない場所』だ。必ず標的と出会えることはその他の存在と鉢合わせる可能性も十分にある。
    (「無茶と思われなければいいけれどね……?」)
     何かを考えるよりも『殺した』方が楽だ。身に染み付いた技法が神経から体を突き動かすうちに絶ってしまえばそれでいい。しかし、大いに釘を刺された後では何かとばつが悪いと彩希は小さくぼやいた。
    「彩希先輩?」
     首を傾ぐ天狼は退屈な子供のようにマテリアルロッドをくるりと投げる。マジックの如き手捌きでロッドを弄んだ彼は「あーやだねー」とぼやいた。
    「灼滅者もルールに入ってるなんてさ。うまく使われてるみたいだよね。
     ……でも妨害もルールってんなら、手加減要らないよね?」
    「ええ。できるだけ『狩れる』ようがんばりましょう?」
     くつ、と喉で鳴らした笑いをこらえる様に舞は息を潜める。消火器の前に固く閉ざされた扉の鍵を幾度も弄る音が聞こえた。鍵を手にしたダークネスもタイムリミットを感じ取り焦燥感に駆られているのだろう。
     勢いよく扉が開け放たれた刹那、ハレルヤがはっとしたように顔をあげた。彩希が息を潜め、黒い刀身を構える。
    (「―――これは?」)
     は、は、と自分の息遣いだけがやけに煩い。ロッカーの冷やかさに掌をぺたりとつけたまま、天狼が唇を引き結ぶ。
     畜生と何度も呟きながら現れた羅刹を見つめる一夜は小さく首を振る。まずは、一体目――この相手は弱いのだろう。

    「誰だ」

     首筋に刃を突き立てられるかのような殺意。それがダークネスのものだと櫟はしっかりと感じ取る。丸い瞳に笑みを湛え「バレちゃったぁ?」と甘ったるく告げたハレルヤは手をひらと振った。
    「ざぁんねんだけど、ボクはキミと遊べないみたいなんだよねぇ」
    「ハァ、」
     何をと言い掛けたダークネスにららは「行っていいってことだよ」と武器を構えぬまま気怠げに呟いた。
    「お互い、構っている暇はないでしょう? 殺戮猟犬に骨までムシャムシャされなきゃ良いね」
    「もう直ぐボスだからね。僕たちは他の用事があるから……」
     柔らかな声音で告げる一夜は次の気配を感じ取る様に身を固くする。扉の向こうに何かがいる――それがこの場所の固有の存在なのか新たな来訪者なのかは分からない。
    「どーぞ、お疲れ。順路はあっち」
     指さす方向には下りの階段が存在している。出口へのエスコートなど願ってないことだがミスター宍戸が公表した情報では灼滅者は障害ではなかったか。ダークネスの表情には得も言われぬものが浮かんでいるが櫟は何も気にする由はない。
    「……お前ら『障害』じゃないのか」
    「本戦で活躍されるの楽しみにしてるわ」
     柔らかに微笑んだ彩希は背を向け階段を駆け下りていったダークネスに視線を溢した後、もう一度ソファーの後ろへと姿を隠した。
    (「近い……ですね」)
     この場所に居ることはリスクと隣り合わせだと舞はよく知っていた。病院の床に響く足音はどうやらもう近くまで来ているらしい。


     一戦目はまずは相手を見逃した。二戦目を熟し、三戦目になった時に状況は一転した。
    「こんな部屋にずっと居たら気が滅入るよね……し。また来たみたいだよ」
     息を潜め、イツツバがこっちと手招くそれを鬱陶しいと払った櫟が物陰へと滑り込む。
     開いた扉の向こうを側には、
    「……成程、此処が『通路』だからというわけですか」
     呟く舞の表情に暗雲が立ち込めた。朗らかな笑みに陰りを見せたのは複数のダークネスが徒党を組んで現れたからだろう。
     影を揺らし、アンブレイカブルが灼滅者を敵と認識したのと同時、舞は地面を勢い良く踏みしめる。
    「悪を極めんとした男の業(わざ)と業(ごう)を見なさい。血河飛翔っ、濡れ燕!」
     日本刀をぎらりと煌めかせ殺人衝動を胸に抱いた舞が前進してゆく。アンブレイカブルの裸の拳が勢いよく突き出され、体を捻った彼女が僅かに息を漏らす。
    「遅かれ早かれ死ぬんだから、出来るだけ早くくたばって。後がつかえてんの」
     蒼い焔を滾らせて櫟が断罪輪を弄ぶ。眼鏡の奥で金の瞳が不遜に笑い、地面を蹴る彼の背後からイツツバが顔を出す。
    「ほら」
     弾丸が吸い込まれる様にダークネスへと飛び込んだ。苛立ったアンブレイカブルが櫟を狙い飛び込めば、それを好機とハレルヤが刃を鳴らす。
    「決まり、ルール、常識――そんなのはどうだっていい。
     さあコロそう。どんどんコロそう。ネェ、キミの命、聞かせて♪」
     継接ぎの体の中にブリキの心を軋ませてハレルヤは朗々と言葉を謳う。鼻先を擽ったホルマリンの香に、この場所が『病院』だと思い返されて彼女は唇と尖らせた。
    (「懐かしい……わけでもない。知らないトコだもの。けど、沢山仲間がいたんだろうなあ。ボクと同じ『出来損ない』」)
     ヒトを辞めたかったのに、辞められなかった。殺戮機械のようにその身を捻ったハレルヤは疑問を抱いた子供のように首を傾ぐ。
    「ネェ」
    「話す余裕があるってか? 『お人形ちゃん』」
     ダークネスの言葉に彼女は楽しげに笑う。ぐん、と上半身を勢いよく倒し、擦れ違う様に身を擲つ一夜と視線が交わる。
    「おはなし? 僕も混ぜてよ」
     謳う影とリズムに乗せて、舞い散る六花に真白の指先で触れればそれは魔力となって溶けてゆく。頬を撫でた雪色を遊ばせたまま彼女は楽し気に笑みを溢した。
     月色の瞳が煌々と輝きを帯びてゆく。一歩、前進するたびに幼い少女のなりをしてアンバランスな美貌を狂気と変えてゆく。
    「ゲームなら楽しもうよ」
     一夜の華奢な体がアンブレイカブルを受け止める。この場にいるのは二体――十分に勝機が臨める状態だ。
     一夜の唇に笑みが乗る。振り仰げば信頼できる後輩たちがそこにいた。
     くるりと標識を抱え上げたららは胡乱な瞳でダークネスたちを眺めて息を吐く。
    「やる気十分だね」
     対照的なほどに事務的に、淡々と――灰被りは12時の魔法が解けて気怠げに実務をこなす。
     ふと、顔をあげたららは僅かに瞬く。一夜を支援し、回復役に徹する彼女は後方からすべての状況を視認していた。
    「祝ちゃん?」
     苛立ったように祝が地面を蹴る。宵の道行、その灯りをららは知っていた。
    「……この場所は、」
    『病院』の家族が此処で死んだのかは分からない――それでも、此処が自分の気持ちを溢す場所だった。区切りのたびに己の事を報告した、自分にとっての大切な場所。
    「たましいはたしかにあったって、死んだらそれはそこまでだ」
     だから、ここには家族はいない。
     そう知っていても祝の心はざわめいた。突出し攻撃を仕掛けるダークネスの強打が細い腕を叩く。
     複数のダークネスを相手に取るのは、この場にいる歴戦の灼滅者達でも難しかった。からりと下駄を鳴らして祝が後退する。
     その隙間を縫う様に飛び込む天狼は「しつこいなぁ」とぼやきながらアンブレイカブルをあしらった。
     頬を擦ったのは拳だろうか。ちりり、と痛んだそれを癒すららの表情は硬い。受け流し天狼が息をつく。
    「どう? 強敵と戦うって楽しいでしょ? 難易度高いかもよ、俺達」
     前進し、飛び込む天狼の頸元で兎のパーカーが揺れる。地面を蹴り上げ、その勢いの儘に放った槍の穂先が抉る様にアンブレイカブルの腹を穿つ。
     咄嗟の行動に反応した彩希は「天くん」と柔らかに呼ぶ。一方のダークネスが狙いを定めたそれを左を庇い受けた彼女は咄嗟に持ち替えた刃を右の手で突き刺した。
     滴る紅が指先を濡らしてゆく。勢いで蹴り飛ばされた鉢が欠け、周囲に散らばった。
    「俺達と戦うとか無謀だぜ、お嬢ちゃん」
    「あら、貴方強そうだもの、今のうちに戦ってみたいわ、なんて」
     ダメかしらと。朗らかに告げた彩希の表情には余裕が滲む。それは後輩とて同じだった。
    「ワンポイント先取。ほら、踊って見せてよ」
     天狼の横面を定めた拳を滑り込んだイツツバが受け止める。その背後から爛々と瞳を輝かせた櫟が現れた。
     影が躍り、櫟がダークネスの体を凍て付かせればハレルヤが楽し気にその場所へと飛び込んでゆく。
    「ほォら」
     ダークネスの体が霧散してゆく。その様子に、残された一体が苛立ったように雄叫びを上げた。
     は、と顔をあげる一夜の周囲に雪が瞬く。その刹那、華奢な体が投げ飛ばされる。
    「――ッ」
     せんぱい、と呼んだ祝は苛立ったように夕霞を杳とする。
    「ここには、思い出があるんだよ」
     この場所を荒らされるのは業腹だ、と低く呟く祝はの金の瞳がぎらりと輝いた。取り零さない様に、たましいを護る様に、彼女は唇を震わせる。
    「お望みなら殺してやるよ」
     ずん、と前進し振り込んだ槍の穂先。アンブレイカブルが後退したその場所で舞は待っていたと口元に笑みを湛える。
    「背後がガラ空きですよ?」
     影が口を開ける。飲み喰らう様に暗澹に満ち溢れ、獲物を喜ぶように影は嗤った。
     霧散してゆくそれは、この場所では見慣れたものだった。
     ソファーに腰かけ、疲れの目立つ仲間たちを見回しながら櫟はぼそりと呟いた。
    「――ホントお疲れ様だね、勝手に死んでくれるんだから」


     継続戦闘は危険極まりない。この場所に訪れるまでと、そして、この場所で行われたダークネスとの戦闘。
     心霊手術を行い、次なる強敵を向かい打てば、それは敗走へ一歩近づいたのだと同義であった。
    「四体……」
     呟く舞の声にハレルヤはどこか残念そうに小さく呟く。護り役として前線を交代で戦った仲間たちは気を失っている。これ以上は、と撤退を進言することとなった彼女は不服そうに唇を尖らせた。
    「仕方ないよねぇ。アンブレイカブル二体の後に六六六人衆が来るんじゃ、ボクらも困っちゃう」
     へらりと笑ったその言葉に舞と共に彩希は駆け出した。
     強敵は確かに揃っていた。それでも、この場所に訪れる強者を倒せたことは成果となることだろう。
    (「天くんの方が無茶したんじゃないかしら?」)
     くす、と小さく笑みを漏らしホルマリンの香から逃れる様に階段を駆け上がりながら、一夜の呟いた言葉が反芻される。

     ――何か目的がありそう。
     ――警戒しないと。

     まだ、これは予選なのだ。その先に暗雲が立ち込めているのかはまだ彩希には分からない。
     崩れた瓦礫に地面に叩きつけられたガートル台。その場所に立ち込めた血潮のにおいは、僅かに薄れた様な気がした。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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