instant_outside_music

    作者:空白革命

    「前に近所の中学校を通りかかった時にな、校内放送で音楽が流れてたんだよ。そのへんで流行ってるポップミュージックってやつだ。君に会いたいだの、思う程好きになるだの、そういう内容の無い歌さ。カラオケで誰でも歌えるようにって歌唱力もいらねえ曲調のさ。そいつをな、女の子たちがキャーキャーいってはやしたてんのよ。これイイねって。歌詞がイイよねって。でも何処がいいんだって話は全然しねえんだ。その時思ったんだよ。あいつらはたぶん、味の無い薄っぺらなうどんを一緒に食べて、美味しいねって言い合うことで楽しんでるんだってな。音楽を分かってる必要はねえし、歌がうまい必要はねえ。ただイイねっていってりゃ仲良しになれんだ。そりゃいいんだろうさ。でもそりゃ……音楽じゃねえよな」
     アコースティックギターを膝に乗せ、缶コーヒーを片手に彼は言った。
     私は彼の独白のような語りを、缶コーヒーを飲みながら聞いている。
    「子供は安くて薄っぺらい、インスタントな音楽に溺れてる。そいつを売って大人はぶくぶく太って行く。まあ、昔から歴史ってのはそうやって動いてきた。あっちゃダメとは言わねえよ。今飲んでるコレだって、インスタントな安物だ。コーヒーじゃねえ。けどさ……」
     彼はブラック。
     私はカフェオレ。
     彼はギターをまるでバットのように抱えると、ここじゃないどこかをみて立ち上がった。
    「ぶっ壊してやりてえよな」
    「……うん」
     彼はたぶん、音楽を愛しているんだと思う。
     音楽に、恋をしているんだと思う。
     けれど音楽は、世界は、彼を愛してはいないんだ。
     だから。
    「じゃ、行くわ」
     だから。
     
    ●おててを繋いで生きていくことを
     音楽を愛した男が居た。
     彼の愛は人間への恋愛そのものであり、強い恋と、激しい愛にあふれていた。
     しかし彼はいつしか、自らが音楽に愛されていないことに……世界の音楽が彼を求めていないことに気づいた。
     それは失恋以外の、何物でもなかったのだろう。
     だから彼は、ダークネスへと闇落ちしたのだ。

     音楽室。クラシックギターの弦をはじいて、エクスブレインの女は言った。
    「一般人の闇堕ち事件、見たことあるか? 今回もソレだ。まあ、本来なら元人格が書き換わって完全にダークネス化する所なんだが……なんでだろうな、元人格は残ってるらしい。俺達としては、人間側のまま灼滅してやることができる。仮にそいつに素質があるなら、灼滅者になる可能性だってあるだろう」
     弦の音が、部屋の中を転がる。
     
     レジー・レジスタ。
     これでも日本人だ。音楽を愛した男。そして淫魔のなりかけだ。
     彼はこの日、この時間、ある線路下のミニトンネルを通ることになっている。
     トンネルと言うよりは分厚い壁に空いた穴といった有様だが……まあ、とにかく人目に付きづらいところさ。
     戦うにしろ、引きとめるにしろ、話をするにしろ、この場所でやるのがベストだろう。
     どのみち、戦うはめになるんだろうしな。
     ヤツの戦闘力はかなりのものだ。なりかけとはいえダークネス。それなり以上の脅威になる。しかしやっぱり『なりかけ』なんだろうな。人間としての、彼としての魂を揺さぶる何かがあるなら、ダークネスとしての力を弱める可能性がある。そんなことができるならだが。
    「そんなに多くは求めてない。黙って灼滅しちまったっていい。ただ……やるのはあくまでお前だ。お前が思うように、やっていんだぜ」


    参加者
    森野・逢紗(万華鏡・d00135)
    龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)
    蒼月・冬妃(光の求道者・d02816)
    光苑寺・華鏡(高校生エクソシスト・d03976)
    神無・空(響く音色の・d04681)
    斉藤・キリカ(闇色子守唄・d04749)
    安居院・神那(中学生ファイアブラッド・d09357)
    浜地・明日翔(物理狂騒曲・d10058)

    ■リプレイ

    ●バイバイブルース
     ギターの弦がはじける音が、トンネルの中で反響した。
    「音楽ゆうんは、愛してもなかなか振り向いてくれへん。お高い女やなぁ」
     安居院・神那(中学生ファイアブラッド・d09357)はギターネックを抱くようにして、トンネルの壁に背を預ける。
     反対側。
     同じく壁に背を預け、長髪の男は沈黙していた。
     アコースティックギターがケースにも入らずに握られている。
    「でも愛は自由。音楽捨てて人間捨てて、アンタそれでほんまに楽しいんか?」
    「……」
     なおも続けていた沈黙を、男は自ら破る。
    「……お前、俺の知り合いだっけ?」
    「うん?」
    「いや、旧来の仲みたいに語りかけてくるから俺の何知ってんだショットガンで頭ぶち抜いて死ねって思ったけど、誰かに聞いたりしたのか」
    「ああ……? まあ」
     ぼんやりと、曖昧に答える。
     浜地・明日翔(物理狂騒曲・d10058)は爪先をゆっくりと鳴らしながら、事の成り行きを見守っていた。
     同じように腕組みをして見守る斉藤・キリカ(闇色子守唄・d04749)。
     彼女の視線を受けて、神無・空(響く音色の・d04681)が僅かに頷いた。
     ミニトンネル。
     横幅はトラック一台通れるほど。
     縦幅に至ってはワゴン車がやっとと言う高さである。
     距離じたいはさほどない。
     そんな、きえかけの蛍光灯が照らす都会の影を、八人の少年少女が囲っていた。
     トンネルを、ではない。
     男を、である。
     日本人離れした顔つきで、アコースティックギターを野球バットのように担いだ長髪の男である。
     名をレジー・レジスタ。
     淫魔だ。
     眼鏡を親指と中指で覆うように直す光苑寺・華鏡(高校生エクソシスト・d03976)。
    「心より情熱をささげてきたことに裏切られたなら、誰でも深く傷つくだろう。しかし他人を傷つける言い訳にはできないな」
    「……」
     男は再び沈黙している。
     龍海・光理(きんいろこねこ・d00500)は言葉を挟むべきか迷って、結局様子をみることにした。視線で先を促す。
     小さく唸ってから問いかけてみる蒼月・冬妃(光の求道者・d02816)。
    「古来より……存命中に価値を見出されなかった芸術家は大勢居ます。貴方は音楽をやりたいのか、世間に認められたいのか、どちらなのですか」
    「…………」
     またも、沈黙だ。
     見かねた森野・逢紗(万華鏡・d00135)が霞のような声で言った。
    「質問を変えるわ。音楽を壊したいの? 変えたいの?」
    「……はあ」
     漸く、男が返事をした。
     厳密には神那に答えていたのだが、漸く返事らしい返事になった、ように思う。
    「分かってるような口ぶりだから聞いてみたんだが……なんだ、薄っぺらい奴なんだまお前らって」
    「……どういう?」
     男はゆらりと壁から背を離し、ギターをそれこそバットのように構えた。
    「俺は音楽を愛してる。音楽を壊したい。そこに矛盾はねえ。文句があるなら……かかって来い」

    ●アウトサイド
    「確かに、コイツで語った方がはえぇよ!」
     明日翔のかざしたギターが、放物線を描いて振り下ろされる。
     それを、レジーは下段から掬い上げるように打ち弾いた。
     ギターを弾かれ大きく仰け反る明日翔だが、まるで構わず再び横からスイング。
     レジーはギリギリで屈んで彼のギターを交わした。
     反対側から飛び掛る神那。鈍器の如く構えられた機関銃が炎を纏い、レジー目がけて繰り出される。
     アスファルトの地面を叩き、激しく抉る。
     炎と砂利が混じって飛ぶ中を、レジーは横っ飛びに回避した。
     一度転がり、反対側の壁際まできて停止……すると思いきや、そのまま壁沿いにダッシュ。
     それまで居た場所へ光理のリングスラッシャーが突っ込み、地面と壁に縦方向の跡を刻んだ。
     リングはすぐに浮きあがり、レジーを追うように、地をかけるタイヤのようにロールダッシュをかける。
     振り向きざまにギターを振り込み、リングを壁に叩きつけるが、その微妙な隙を狙って華鏡の魔矢が飛来、腕へと突き刺さる。
    「……そうでないとな」
     ニヤリと笑うレジー。
     光理と華鏡はトンネルの両側を挟むように立ち塞がり、それぞれの武器を構えた。
    「音楽は楽しむものです。それを知っている筈です」
    「それでも止まらぬというのなら、止めて見せるまでだ」
     光理は指鉄砲を構えるように。
     華鏡は眼鏡のブリッジを親指で押し上げるように。
     二人同時に魔矢を顕現、発射する。
     レジーはその二本が己に着弾する直前で跳躍。マジックミサイルがぶつかり合って相殺するのを背に、トンネルの天井を蹴って飛んだ。
     まずは華鏡へ一直線に飛び込み、反転しながら彼の胸を蹴りつける。
     そこからさらに跳躍し、反対側にいた光理の側頭部に回し蹴りを繰り出した。
     慌てて屈む光理。
    「っと、素早過ぎじゃないですか!?」
    「なら私が――お相手勤めさせて頂きます!」
     ガンナイフを後頭部に向ける冬妃。エッジの先端より、距離にして5センチ。
     引き攣るように笑いレジーが振り返る。
     構わずデッドブラスターを発砲。
     咄嗟に首でかわすレジー。鼻先を漆黒の弾丸が通過していく。
     冬妃は休まず腕を僅かに交差。もう一丁の銃でジャッジメントレイを発射。
     ほぼ眼前で炸裂した光条にレジーは思わず転倒した。 
    「っぅ……こんなもんかよお嬢ちゃん。『とりあえず効きそうだからやってます』程度の魂しか感じねえぞ」
    「そんなことはっ」
    「まあ――」
     霞のような声がして、清めの風が吹き凪いだ。
     不自然に色の違う髪をなびかせて、逢紗は瞬きをした。
    「そういう音楽(モノ)ばかりなのは、同感だけどね。けれど」
     指を翳す逢紗。質素な、あまり光の照らない指輪を目の位置まで上げた。
    「あなたの壊し方、原始的だわ」
    「……そうかい」
    「音楽好きは、嫌いじゃないけどね」
     逢紗の横からバスタービームを発射する空。
     レジーは直撃コースにあった光線をギターで打ち弾いた。
     構わず乱射する空。
    「私は音楽が好き。音が身体に響くのが好き。心臓に共鳴する、あの旋律が好き。だから音を生む人は、好き」
     『好き』というたびにトリガーを引く。
     その一発づつが感情であるかのように、彼女のビームがレジーの身体に叩き込まれた。
    「イヴァン、行って」
     風を切って剣を振るキリカ。彼女の背後に控えていたイヴァン(ビハインド)が飛ぶように駆けだした。
     フォーマルなスーツにグローブ。旋風のように繰り出された手刀をレジーは、全く避けなかった。側頭部を横凪に払われ、壁に激突するレジー。
    「これ、あんたの大切な人か?」
    「今はそんなこと、関係ないわ」
     キリカはキッと相手を睨みつける。
    「愛されなきゃ愛せないなんて、そんなの愛でも恋でもないんじゃないの。あんたが本当に愛してるなら、見返りなんか求めないで愛し続けるくらい――」
    「あーあーあー五月蠅えなあお前は、『そいつ』みたいにできねえのかよ」
     丁度、神那や明日翔に挟まれた、元と同じ立ち位置に戻っていた。
     そして今再び、ギターを構える。
    「愛愛愛愛って口に出さなきゃ気が済まねえのかテメェらは。何のための愛だ、何のための音楽だ、何のための魂なんだよ。キレーなコト囀ってガシガシ啄むだけだったら、その辺の機械の方がよっぽど上手にやるぜ。なあおい、何でお前ここにいるんだよ。何しに来たんだよ。用事だけ済ませて帰りたいならさっさと死ね。そうでないなら――!」
     ギターの弦を片手で、それも逆手持ちで引っ掻く。荒々しく、奏法などあったものではなかったが、確かにそれはギタービートであった。
    「ぶつけて来いよ!」

     強烈なビートが大気を揺らし、明日翔の髪をぶわりとかきあげた。
    「キ……ヒヒッ」
     明日翔は思わずギターを構え、どこか荒々しく弦をはじいた。
     揺れた大気がかき混ざり、音の渦になってレジーへとぶつかって行く。
     トンネル内を反響する雑音ともつかぬ荒ぶれた音の中で、明日翔はようやく、彼の言わんとしていることが分かった。
     彼は一度たりとも、自分の気持ちを言葉になんてしていなかった。
     言葉は薄っぺらいもの。
     上っ面なもの。
     だから彼は、『こう』するしかなかったのだ。
    「キヒヒ、なんだよなんだよお前も一緒か! 『なんかもうどうしょもねー』って思ってるクチかよ、なあッ!」
    「イイ音や……」
     破壊的な音に身を任せ、神那は機関銃を構えた。
     弾帯が歯車に噛む音。
     弾が筒の中に入り込み、雷管を叩く音。僅かな火薬が爆ぜ、弾頭が押し出される音。螺旋状の溝を沿って、鉛の弾が回転しながら飛び出していく音。その、圧倒的なまでの連鎖。
     神那はうっとりとした表情でガトリング射撃を繰り返す。
     対するレジーは、飛来した弾丸と音波をまるまま身体で受けると、正面から飛び込んでギタースイング。神那を薙ぎ倒し、そのまま後方にいるキリカへと飛び掛る。
     間に割り込み、腕を交差させるイヴァン。
     その腹に回し蹴りを入れて突き飛ばすレジー。
     キリカは素早くディーヴァズメロディで回復を試みたが、レジーの方がワンテンポ早かった。
     既に標的が切り替わり、華鏡へとハイキックが繰り出されている。
     対する華鏡は中指で眼鏡のブリッジを抑えたまま、影業を纏わせたハイキックで相殺。絡みとるように影喰らいで飲込んだ。
     影に覆われたレジーに追撃を図るべく、光理と冬妃が彼の左右をすれ違うようにダッシュ。両サイドから流し打ちを仕掛けていく。
     全弾命中……と思われたその時。影を内側から破ってギターが飛び出してきた。
     冬妃の腹に命中。凄まじい勢いで弾き飛ばされ、壁と天井にぶつかって落下する。
     咄嗟にリングでガードを試みた光理だったが、竜巻のように繰り出されたギタースイングの勢いに負けてそのまま壁にぶつかった。
    「回復は?」
    「してる」
     逢紗の清めの風が吹き、その中を空が抉るようにビームを連射。
     影を破り、冬妃たちを跳ね除けたばかりのレジーに光線が突き刺さる。
     そしてやがては、彼の手からギターが撥ねた。
     手首を抑えるレジーに、冬妃たちの放った弾が刺さり、内臓をかき分け、反対側から飛び出していく。
     前後左右。四方から貫通する。
    「かは……」
     トンネルの中でありながら、天を仰ぐように上を見上げるレジー。
     そして彼は、仰向けに倒れた。
     歩み寄る足音。
     枕元に逢紗が立っていた。
    「ステージで聴きたかったわ、あなたの音楽」
    「よせよ」
     レジーは笑って。
    「俺、ギター弾けねえんだ」
     目を瞑った。

     もう、開くことは無かった。
     それが、結末の全てである。

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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