相反する心の真実

    作者:篁みゆ

    ●遠くへ
     ――遠くに行かなくてはいけない。
     その強い想いが彼を突き動かしていた。
     ――遠くへ……。
     堕ちる前に身に着けていたメガネや髪留めはなく、服は破れていて。身体の所々がセピア色の鉱物――まるで煉瓦のような――に変わった彼は、いまだ人間形態を保っているものの、赤と青の炎に包まれている。
    「ボクは、こンどこそ、シなないと、おねエちゃ、ごめン」
     意識は混ざり合う。一人は元の彼。見えぬ明日と追いすがる過去に怯える彼は、今度こそ『一緒に死なねば』と思っていて。心の奥に相反する思いを抑えている。
    「やめテ、レンガ」
     もう一人は彼の姉。彼の想像にすぎない姉がもう一つの人格となって彼を止め、苦しめる。彼女に懇願されるほど、彼の心は傾いて。いつもの三白眼はなく、彼を美少女の容貌たらしめているのは彼女ともう一人だろうか。
    「コワイコワイコワイ、イヤヨイヤヨイヤヨ」
     怖がりで泣き虫なダークネスの人格。目から流れ出る赤い涙はとめどなく、そして青い炎に変化してゆく。
     そこは深夜の海。彼は冷たい水に構わずに足を浸し、沖へと歩いてゆく。姉の人格は彼を止めようとし、ダークネス人格の彼女は恐怖で錯乱している。それらすべてを内包した彼の身体は海水へと入ろうとしたり立ち止まったりと、はたから見ればおかしな行動をとっているだろう。
     けれども今は深夜。真っ暗な海に青と赤の彼の炎だけが映えて、彼らのせめぎあいを表すかのように揺れている。
     怯えたダークネス人格が泣き叫ぶように吠える。この海辺のすぐそばは大きな町となっていて、万が一ダークネス人格の彼女が錯乱して暴れまわることがあれば、泣きながら発せられる炎で全てがなぎ倒されることだろう。
     

    「来てくれてありがとう」
     少し難しい顔をした神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が教室に集った灼滅者達を見渡して、席につくように促した。
    「イフリートの動きを感知したんだ。おそらくそのイフリートは、ガイオウガ決死戦で闇堕ちした城・漣香(焔心リプルス・d03598)君だろう」
     瀞真のその言葉を聞いた灼滅者たちがざわめく。それでも彼は続けた。
    「漣香君は現在は半人間形態とでもいうのかな、上半身が人間で、下半身がサーベルタイガーのような姿をしてるよ。容貌も変わっていてね、髪留めはないし三白眼ではなく美少女顔になっているし、服はぼろぼろだ」
     彼の中には今、3つの人格が混ざり合っている。ひとつは漣香としての人格。もう一つはいつも守ってくれた彼の姉としての人格、そして怖がりで泣き虫の獣であるダークネス人格。3人とも遠くへいかなければいけないと考えていて、とある大きな町のそばの海岸に真夜中に出現する。
    「漣香君は……お姉さんの無理心中で覚醒したらしくてね、今度こそ一緒に死なねばと思っているようだよ。何かに怯えるように、入水自殺を図ろうとする。けれどもお姉さんの人格――と言ってもそれは漣香君の想像しているお姉さんの人格のようなんだけど、彼女は漣香君の入水自殺を止めたがっている」
     そしてダークネスである雌のイフリートの人格は、恐怖に陥っていて暴れ続けている。このままでは遠からず、近くの大きな町に被害を及ぼしてしまうだろう。
    「漣香君を取り戻すには、説得が不可欠だ。説得の相手と順番、そして内容を間違えると、救出が成功する確率はぐんと下がるよ。だから、よく考えてみて」
     僕よりもっと漣香くんのことを知ってる人はたくさんいるだろうから、瀞真はそう告げて淡く微笑む。そして。
    「……なんとか救出してもらいたけれど、それが無理な場合は灼滅も視野に入れて欲しい」
     瀞真が沈痛な面持ちで続ける。
    「彼はもはやダークネスであるので、迷っていてはそれが致命的な隙になってしまうかもしれない」
     瀞真はゆっくり皆を見渡した。
    「漣香君はファイアブラッド相当のサイキックと、ガトリングガンに似たサイキックを使ってくるよ。ほとんど全てに炎かトラウマを付与する力があると思っていて間違いないだろう。あとはシャウトも使用するよ」
     実際に上記の中からどのサイキックを使ってくるかは、対峙してみるまでわからない。
    「皆は漣香君が深夜の海に入水しようとしているところに到着するだろう。漣香君はまだ太ももくらいまでしか水に使っていない状態で、3つの人格がせめぎ合っているよ」
     灯りの殆ど無い場所だが近くに道路や大きな町があるので、最低限の人払いなどの対処が必要だろう。
    「漣香君は死にたがっているけれど……彼の本心はどうなんだろうね」
     瀞真はそうポツリと呟いて、和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)
    朝山・千巻(青水晶の風花・d00396)
    九条・茨(白銀の棘・d00435)
    八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)
    神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)
    石川・銀(ルプスエクスマキナ・d14887)
    生神・カナキ(クロスクロウス・d15063)
    御前・心也(高校生ファイアブラッド・d29350)

    ■リプレイ

    ●昏い海、昏いこころ
     深夜の冬の海、風も、水も、空気さえも冷たい。遠くの灯りでかろうじて波が揺れているのをうっすら視認することができるだろう。そんな昏い中に、赤と青が混じり合って輝いている。
     そこにいるのが何なのか、誰なのか、ここに集った灼滅者達は知っている。他でもなく、その人物を助けに来たのだから。
     砂を踏みしめ、非武装で一歩一歩その人物に近づく。
    「ダメ、レンガ」
    「おねエちゃ、ごめ」
    「イヤヨ、イヤヨ!」
     肉体はひとつ。だがその中に3つの人格を有した彼、漣香にあと10メートルほどというところまで近づいたとき、彼の中のダークネスが悲しみと恐怖のこもった咆哮を上げた。
    「落ち着いて! まずは落ち着いて皆の言葉を聞いてくれ。きっとそれが、一番の近道だ」
     咆哮を遮るように八重樫・貫(疑惑の後頭部・d01100)が割り込みヴォイスでイフリートの人格へと語りかけた。ビクリ、突然掛けられた声に怯えるような彼女。気がつけば近くに沢山の灼滅者がいる。それは彼女にとって漣香の死とは別の種の死の恐怖だ。
    「コワイコワイコワイコワイ!」
     涙を流しながら、彼女は逃げようとしただろう。だが入水しようとする漣香の人格がそれを許さない。
    「怖がるな、っつーのは難しいと思うけど。まずは話、聞いてくれねっすか?」
     ゆっくりと近づきながら優しく言葉をかける生神・カナキ(クロスクロウス・d15063)。だがそれでも彼女の震えは止まらない。
    「お前の敵じゃない。お前を助ける者だ」
    「私たち、貴女を怖がらせに来たんじゃないの。落ち着いて聞いて。此処には貴女たちのこと想ってる人しか来てないよ」
     神虎・闇沙耶(鬼と獣の狭間にいる虎・d01766)と朝山・千巻(青水晶の風花・d00396)の言葉に、まだ疑っているようではあるが少し彼女の動きが収まる。じりじりち近づく一同。九条・茨(白銀の棘・d00435)が落ち着くようにと口を開いた。
    「お前だって死にたくはないだろう。そんな暴れられちゃ助けられないし、ちょっと大人しくしててな?」
    「俺達はお前を傷つけたいとは思ってない。でもお前が誰かを泣かせたら、それこそ『世界が怖く』なる」
     続いた石川・銀(ルプスエクスマキナ・d14887)の言葉の真意を彼女は汲み取れるだろうか。
    「俺達にお前達を止めさせてくれ」
     祈りのような言葉。集った灼滅者達が一定の距離を保って足を止めた中、御前・心也(高校生ファイアブラッド・d29350)が進み出て、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。
    「何を怖がっているんだ。もしかして家族や親戚と……俺たちか。その姿親戚や親から怖がられたんだろ」
     海に沈もうとする漣香の姿を見て、心也は自分が覚醒した時のことを思い出した。祖母を殺してしまわないようにと逃げた時、漣香が掛けてくれた言葉が染み出してくる。
    「逃げなくて良いんだ」
     切った指先からあふれる炎。
    「ほら、一緒だろ? 炎の仲間だ。俺も、皆も、誰も怖がったりしないから。何も怖がるものはないんだ、落ち着いて話を聞いてくれ。大丈夫だ」
     心也は独りになる前に救ってもらえた幸せを知っている。だからおすそ分けをしないと。
     彼女の瞳が揺れる。しばらくして変化があった。彼女の瞳が揺れ、そして漣香の『表情』が明らかに変わったのだ。
    「ワタシを、レンガをコロすんでしョ、イや、やめテ」
    「! おそらくいま出てきたのは『姉』だろう」
     いち早くそれに気づいたのは勿忘・みをき(誓言の杭・d00125)だった。仲間たちにそれを知らせる。イフリートは今のところ収まってくれた。自分を殺さない、それがわかったのかもしれない。
     供助が殺界形成を展開させる。これまではイフリートを刺激しないよう控えていたが、彼女が引っ込んだのならば問題ないだろう。炎の明るさに惹かれて一般人が来ても困る。
     姉の人格が表面に現れたのならば好都合だ。灼滅者達は漣香自身に語りかけるより先に、姉に語りかけることに決めていたからだ。
    (「おそらくは姉は漣香の死にたくない心。だからこそ彼女の説得は己のエゴとして漣香を傷つける。漣香の説得は彼女ナシでしなければ」)
     茨は警戒し、拒否する姉に一番に語りかける。
    「お姉さん。ここは一つ、オレ達に漣香を任せて貰えないかな。こういう時は友達の言葉がきいたりするもんだし、ね」
    「ワタシから、レンガをトるんでしョ、イや!」
    「違う!」
     誤解されそうになって急いで否定した茨の言葉を引き継ぐように、カナキが口を開く。
    「おねーさん、聞こえるっすか? ……ホントにその人の事想ってなきゃ、ビハインドになんかならねぇんす」
     カナキもまた、ビハインドを連れている。クラブですごく仲がいいと思っている友達、ビハインド仲間としてシンパシーを感じている漣香を釣れて帰りたい、だから、彼女に呼びかける。
    「漣香クンが大切に思ってるおねーさん。んで、おねーさんが大切に思ってる漣香クン。オレ達にちょっと預けてくんねぇっすか?」
    「預けル……?」
    「このまま死なせる気はない。漣香を死なせはしない」
     闇沙耶の、短いけれど強い意志の宿った言葉。伝わる、だろうか。
    「城に生きたいと思って貰えるよう全力を尽くします。だからあなたは……黙し信じて心を強く持っていてくれ。その心の真実に気付けるように」
     自分だったらどんな言葉を掛けられれば信じられるだろうか。亡き兄をビハインドにし、その大切な人のためになれず、共に死ねなかった苦しみをよく知っているみをきは、彼女に最大限の心を砕いて言葉を紡いだ。
     彼女はまだ、検分するように皆を見つめている。それでも最初のようなあからさまな拒絶はなくなっていた。
    「貴女の生きたい気持ち分かるよ。私も漣香くんには生きててほしい」
     そっと、優しく、相手を混乱させぬよう、誤解されぬように言葉を選ぶのは千巻だ。
    「でも、貴女がいると漣香くんは混乱しちゃうみたい。だから後は見守っていて。漣香くんは絶対に助けるから」
     彼女と視線を絡ませて、辛抱強く、信じてもらえるようにと願って。
    「レンガヲ、助けテ……」
    「ありがとう。漣香くんのこと守ってくれて」
     絞り出されるような、縋り付くような言葉。千巻は彼女に感謝を告げて。彼女の懇願、それが意味するのは――。
    「なんで『お前』が生を願う。漣香がそう言ってほしかったからじゃないのか」
     そう発した銀の手は震えている。不安で吐きそうだし苦しい。だが銀は『兄貴分』だ。意地で不安を押さえ込み、隠す。まっすぐに、見つめて。
    「つまり本当は生きたいんだろ。『お前』もあいつ自身、その本音の一つだろ。お前以外の誰も否定してねえんだよ、『漣香』」
    (ここでこいつのために格好つけなきゃどうする!)
     正直、その言葉を投げかけるのに不安はあった。どう作用してしまうかわからなかったからだ。結果は――。
    「あ゛あ゛、ゔ、が……」
     下半身のみ变化した状態だった漣香が苦しげに呻き、その身体がサーベルタイガーのものへと変化していく。それは、集った彼らが漣香を殺すのではないと理解した姉が、漣香の中から抜けた証拠でもあった。
     戦闘になる、察知した純也とヴィンツェンツ、サズヤに壱がサウンドシャッターを展開する。闇堕ちから戻すには一度倒さなければならない。けれどもまだ、彼自身に言葉を届けてはいない。そして届けることを諦めてもいない。
     漣香が炎をを宿した爪で銀を引っ掻く。これからの語りかけが重要であることは、誰から見ても明らかだった。
    「城、お前を連れ戻しにやって来た」
    「よっ漣香。探したよ」
    「迎えに来たっすよ、漣香クン」
     みをきに茨にカナキ。獣姿となった漣香に声をかける3人。
    「漣香、か?」
     確かめるように問い、闇沙耶は続けて言葉を紡ぐ。
    「お前が死なないといけない理由が何処にあるんだ? 俺だって消えたいとか思った事がある。でもな、俺は命燃え尽きるまで戦う事を決めた!」
     漣香と距離を詰めい十字架を叩きつけ、その瞳を覗き込むようにして。
    「姉が何故呼び止めるか解るか? 漣香には生きて欲しいと思っているからだ。イフリートの爺さんを守ろうとした時だってそうだろ? 命の重みを知ってるんだ」
     言葉と力で戦っている者たちの後ろで、ヴィンツェンツは前衛の守りを固める手伝いをしていた。漣香とは依頼で何度も一緒になったが、依頼の雰囲気的に彼の過去を知れる機会はなかったため、こうしてそれを知る者たちの助力に専念する。
    「サーベルタイガーのじいさまを何で助けた、自分を重ねたんじゃないのか! 生きたいんだろ!」
     仮面を付けた夜々は、かつて共闘した依頼を再現するかのように標識を黄色に染める。
    「お前は何の為堕ちた! あそこで死んで終わらないためだろ! 何の為『煉の灯籠』を流した! 前に進もうとしてたんじゃないのか!」
     自分に盾を広げた銀は、漣香に掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。かつて家の話を少しだけ聞いた。それを思い出して。
    「そっちは前じゃねえ。『その時のお前』も、お前がいたからここにきた俺達も! 全部無意味だなんて言わせねえ!」
     彼の目を覚まさせるべく、言葉で殴り掛かる!
    「俺が許さねえ! 俺達を見ろ! こっちにこい! 漣香!」
    「ガウ、ウガァァァァ!」
     拒絶のような、けれどもどこか葛藤の感じられる漣香の叫び。貫の眉間の皺が更に深くなる。元々漣香のイフリートとしての見た目や怯えている状態を見て、若干攻撃しづらいと思っていた。人の心の機微を読むのも説得も苦手な貫だが、それでも漣香をこんな形で失うのは納得いかないと思っている。
     彼我の距離を詰めて、相手が人型だったらまるで襟首を掴むような形で拳を突き上げる。
    「ガード下の皆と馬鹿やってる時も、心の底では死にたいって思ってたのか? 全然気付けなくて悪い」
     動物特有のバランス感覚で体勢を保った漣香に、貫はストレートに告げた。
    「けど、俺はお前が死ぬのを全力で止める。勝手はお互い様だ。今年もクリスマスに皆でギン先輩いじるぞ!」
     ちょっと待て、そんな声が聞こえてきそうだったが、こんな時だし許してもらえるだろう、そんな思いは仲間であるからこそ。ナノナノのらいもんは銀にハートを飛ばした。
    「姉さんのこと、何となく察していたよ。愛情と悩みが行き過ぎちゃったんだな。そこにいた『姉』はお前の願い」
     告げ、茨は剣を高速で振った。その勢いが収まるとまた、言葉を紡ぐ。
    「でもさ、人は誰だって生きたい気持ち死にたい気持ち、両方持ってるもんだから。姉さんも、お前に生きてて欲しいと、きっと思ってたと思うよ」
    「おねエちゃ……」
     牙の隙間から絞り出されたのは、紛れもなく漣香の声。
    「お前は生きていていいんだ。そしてオレ達も、漣香に生きてて欲しい」
     茨の言葉はここに集った皆の総意。誰ひとりとして、漣香に死んでほしいなんて思っていやしない。純也が説得に力を注ぐ彼らを補助するように回復の矢を放った。
    「城、見えない明日が怖いか。迫る悲しい昨日が怖いか。でも、向かおうとする先に、お前の求めるものは、あるのか?」
     供助には漣香の抱えている業はわからない。それでも。
    「依頼で一緒だった時、先が見えないイフリート達に、そのままで、進む未来を共に探そうといってたじゃねえか」
     呼び覚まされるのは共に向かった任務での彼の言動。
    「生きていることが罪なんてことはねえ。過去に何があろうと、それでも進んで出会った奴らが、こんなに呼んでるじゃねえか――帰ってこい」
     未来が怖いのならば、明日が怖いのならば、共に進んでくれる仲間が彼にはこんなにもいるではないか。
    「クラブの皆さんが寂しがってますよ。いい加減帰ってやったらどうです」
    「貴方の帰りを待っている方々がいます。どうかお戻りください、漣香様」
     想司に冷都など、そこまで繋がりが深くないと自認している者達も、言葉をかけたくてやってきているのだ。
    「ここにいる俺もみんなも城が死んだら同じように悲しいし、嫌だよ。それはちゃんとわかってるんだろ?」
    「グル……ガァウッ!」
     壱たちの思いを受け止め、体内の何かとまるで戦うように暴れる漣香が吠える。炎の弾丸が嵐のように撃ち出され、後衛に降り注ぐのをみをきや闇沙耶、カナキのビハインドのカノウが庇い受けた。
    「残された側って辛いよな。自分もあの時、って思うよな。オレ、……だって、思う。思ってた」
     漣香は暴れている――否、戦っているようにみえる。だからこそカナキは落ち着いて語りかけようとしていた。
    「けどさ。死にたくないって、他でもない漣香クン自身に思ってほしい。オレは漣香クンに、まだそっちに行ってほしくない」
     伝われ伝われと、祈るような気持ちで紡がれる言葉。漣香が自分の中で戦っているのならば、少しでも助力となれるように……カナキが放ったオーラを追うようにして、カノウは霊撃を打ち込んだ。
    「無力に大切な人を失った罪悪感……辛かったろう。だが、もし城が死ねば、お前を大切に思う人ら……俺も、皆も、嘗てのお前と同じように悲しみ悔やむ。そんな状況を望んではいないだろ」
     傷を負っているがそんなことよりも今は言葉をかけたい。みをきが示すのは、未来。
    「今年はもっと大きな三段の雪だるまを作るぞ。共に競うカードゲームだってまだ遊び足りない。だから」
     みをきとともにビハインドが漣香に迫る。みをきは葛藤する彼の瞳を捉えることに成功した。それをしっかりと見つめて。
    「俺はお前に生きて欲しい」
     心から告げる。
    「先輩と一緒にこの瞳で同じ明日を見つめたい。生きて良いんだ。過去に何があったとしても友として受け止める。帰って来い」
     ユリアとともに負傷者を癒やす心也は、自分の瞳を漣香が綺麗だと褒めてくれたことを覚えている。だから、こそ。
    「漣香くん。私、怒ってるんだからね。手紙の約束、忘れてるでしょ。本当に忘れちゃったの?」
     泣かないって決めていた。けれども千巻の瞳はすでに潤んでいて。
    「私を助けてくれた時、言ったじゃない。私が悲しいなら泣かないって。次に堕ちることがあっても、また探してくれるって」
     皆の想いを聞いていたら、我慢できなくて。
    「このまま戻らなかったら、私、絶対に闇堕ちしてやるから。闇堕ちして、もう、漣香くんとは会わないんだから! それでもいいの!?」
     涙で視界がぼやける。それでも。
    「……そんなの辛いし、寂しいじゃん。海の底なんてつまんないよ。帰っておいでよ。また一緒に遊ぼうよ」
     それでも千巻の繰り出す影は正確に漣香を締め付ける。
    「あーもう! 泣かないって思ってたのに! 全部漣香くんのせいなんだからねっ」
    「ガァォォォォォォォォ!!」
     ぎりぎりと締め付けられた漣香は、後引く咆哮を残して力なく崩れる。
     貫と闇沙耶が抱き留めた時には、すでに元の漣香の姿に戻っていた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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