放電密室ラボラトリー

    作者:那珂川未来

    ●立体駐車場の密室
     其処は、何処かの駐車場らしい。昼も夜もない、鉄骨とコンクリートに囲まれた、無機質な箱の中。蛍光灯の明かりだけが瞬く世界は、時の止まった世界にも似ていた。
     一角に、フードが開いたオープンカー。シートに身を預け寝ている男。赤い髪を綺麗に撫でつけ、スタンドカラーのスーツにサングラス、近寄りがたい雰囲気は、寡黙なボディーガードのよう。
     男の回りには妙な黒いもやの様なものが漂っていた。そこに稲光の様なものが走るなり亀裂が浮かび、中から獣の仮面を被り、漢服を纏ったシャドウが現れる。
    『久方ぶりの、現実世界よの――』
     優美な四肢をさらけ出し、四つん這いで地に立つ獣めいた動き。唸れば放電し、びりびりと震動する空気。
    『お待ちしておりました電母(ディェンムー)様。エンドレス・ノットより全て承っております』
     先ほど寝ていた赤毛の男、六六六人衆はいつの間にか立ち上がっていて、丁寧に頭を下げると。
    『出来る限りお好みに添えるよう、このフロアーは電気室を改造し――』
     六六六人衆が電源を上げると、フロアー内にぱりぱりと電気が走る。
    『この様に、死なない程度の電流が動くのに邪魔な程度に張っておりましてね。お客様が全員お揃いになるまでの間、退屈しのぎにはなるかと。捕えた人間は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ。しかし滞在期間等御考慮願えますと……』
    『わかっておるわ、ギース殿。儂とて手加減くらいは心得ておる。さぁさ儂と放電から上手く逃げろや人間ども。気を抜くと脳天に稲妻落ちて、儂に丹田喰われるぞ』
     獣の様に車を渡りながら、電母は嬉々と悲鳴を上げる人々を追ってゆく。
     
    ●丹田喰らう雷のシャドウと、炎の六六六人衆
     報告書は入ってきているので、詳しく知っている人もいるだろう。コルネリウスとオルフェウスとの会談から得られた情報もあり、シャドウ達が六六六人衆の協力を得て、現実世界で戦力を整えようとしている。
     その方法は、密室殺人鬼の見ている悪夢を通じて、密室殺人鬼の密室内に直接現れるという作戦。
    「今までなら、密室の中の情報はこちらでは把握しきれなかったんだけど、サイキック・リベレイターは、他のダークネス組織への予知が行えなくなる代わりに、対象とした組織に対して、今まで予知できないレベルまで予知ができるようになったからね。だから六六六人衆の行動がシャドウと絡んだ場合に、先手を打つのは容易になったと言えるね。そこで、危険だけれどその密室に乗り込んでもらいたいんだ」
     机に腰掛けながら、仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は、古賀・聡士(月痕・d05138)へ資料を渡す。
    「空もない、大地もない場所に稲妻ね……でも、シャドウと六六六人衆が手を組むなんて面白いよねぇ」
     嗚呼まるで、自分と相棒の様だ――と聡士が唇に浮かべた笑みは、そう物語っている。
    「放電している駐車場内はまるでテスラの実験室みたいだよねぇ……。密室の中の戦いは電流の海を泳ぐ感覚に近そうかも」
     伝記に見た光景と、雷の魔物、そこに炎の殺人鬼。まさに炎雷――完全に災厄詰め込んだ箱みたいだと聡士は笑って。
     件の密室は、名古屋市郊外のとある四階建ての立体駐車場。現在は併設されていたデパート閉鎖によって使用できないのだが――どうやら地元の若者たちのたまり場と化しているようで、一般人が20人囚われているというのだ。
     侵入は、一階の非常口から簡単にできる。時間帯は夜だが人払いの類はしておこう。
     六六六人衆・ギースは序列を持たぬ密室殺人鬼。弱い部類だ。逆にシャドウ・電母は現実世界に出てきたそれらしく強敵である。
    「非常口は、勿論四階まで繋がっているよ。一階では六六六人衆のギースが再びシャドウを呼ぶ為の準備に取り掛かるところ。三階ではシャドウ・電母が隠れた人間を追いまわしているところ。侵入して接触までの数分は2体のダークネスの鎖を回避できるから、目的のターゲットまでの移動は容易だよ」
     ギースを狙うなら、5分間の猶予。電母は気付かぬまま、人を追いまわしている事だろう。電母は最初の訪問者。滞在が長くなるのは見越しているから殺したりはしない。けれど気付けば何事かと様子は見に行くと思われる。
     逆に電母を狙うなら、ギースがすぐに駆けつけにいくだろう。接触から2分後に合流するので、流石に一度に2体を相手取るのは難しいだろう。
    「ギースに任せとけば大丈夫だろうと思わせれば、客という意識があるから、高みの見物とかになるかもしれないけど……」
     どちらにせよ、2体灼滅は難易度は高い。上手くやっても連戦だからだ。戦術などしっかりしていなければ二兎追うものは――になってしまうだろう。
    「それと、ギースから狙うなら、一般人は命の心配はないよ、皆三階以上に居るし。電母の場合、追いかけているため傍に居るからいかにこちらに気を向かせるかだね。勿論相手が不利になる前に人質などにされないように別階に避難を促さないと」
     一般人をすぐに殺さないのは、のちの暇つぶし用だ。しかし灼滅者なら殺しても、という思考なのである。
    「なるほどねぇ……どっちを倒すか。或は両方か。判断が試されるワケだ」
    「うん。なんにせよ最低限一体は倒しい欲しい。一体だけでも作戦は一つ潰せることになるから。だから無茶はしないでね」
     よろしくお願いするよと言って、沙汰は彼等の背を見送った。


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    古賀・聡士(月痕・d05138)
    栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)
    高城・時兎(死人花・d13995)
    蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)
    土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)

    ■リプレイ


     廃れたシルエットに浮かぶ、鈍色の光。シャッターに固く閉ざされ、見た目通り閑散とした様子なのだが。
    「炎と雷。引き籠るそれらを災厄に準えるならば、まさにパンドラの箱みたいですよね……」
     教室で例えられた災厄の箱。羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は、言い得て妙と思う。このままシャドウを大量に囲われれば、いずれ解除された密室から溢れだすものはそのものに等しく。
    「さしずめあたし達は希望、といったところでしょうか」
     口にして、そこまで綺麗な感じでもないのかな、と少し苦笑し首を傾げるなら。
    「そうなりたいものだね。災厄がある事を知っているわたたしたちは、パンドラの過ちは犯してはならないから」
     皆で囚われた人々の希望になれるように。シェリー・ゲーンズボロ(白銀悠彩・d02452)は陽桜に淑やかな微笑を向けて。
     切れそうなほど冷たい北風を頬に受け、土屋・筆一(つくしんぼう・d35020)は小さく息をつく。
    (「閉じ込められる恐怖、もう――」)
     筆一自身、密室というものには思うところがある。二度目の闇堕ちを経て、余計に。

     ――しっかりしよう、僕。

     皆を支える決心を胸に。そして身に喝を入れる様に冷たいノブをぎゅっと握り、
    「行きましょう」
     僅かな鎖の隙間へと滑りこんでゆく。


     階段室の中にまで、電気が弾けるような快くはない音と光。
    「うぅ、このピリピリ。健康には良くない気がするのです……!」
     針が刺さる様な電流の感触に、蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)はしかめ顔。
     電流の渦の中、高城・時兎(死人花・d13995)は古賀・聡士(月痕・d05138)へと顔を向け。
    「ね、俺髪立ってない……?」
     髪の毛が浮いてる気がするのか、希薄な表情で尋ねる相棒の髪の毛を、まじまじと見たあと。
    「久し振りに本気でヤれそうな相手だもんねぇ……」
     時兎そんなに飢えてたんだなんて真面目な顔して言うのだが。
     とどのつまり。
    (「……立ってンだ……」)
     なんとなく髪を撫でつけるのだが、その仕草が、垂れた耳を手入れする兎みたいに誰かさんには見えたとかここだけの秘密。
    「跳ねた感じも新鮮だけど――そうだ、僕も今度オールバックにしてみようかな」
    「……右目の封印、解くの……?」
     隠れている方の髪に触れつつ、ちょっぴり冗談でお返ししたら。それするとビルが壊れるからやめとくねぇなんて、くすりと笑う。
     そんなゆるいやり取りも、二人にはいつもの事で。力み過ぎない姿勢は無駄な緊張感とは無縁らしい。
     一方、精神を統一する様に目を閉じている栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)だが、どうしても彼女には一般人の安否が脳裏にちらついてしまう。
    (「2体一度に相手にできれば、今すぐにでも助けられるのに」)
     そう思うと、自分達力が限られているってことを突きつけられているように感じる。
    (「だけど、この力を全力で使おう。彼らには無いものを以て、挑んでゆこう」)
     私ができることは、それしかないんだから――ぎゅっと手を握る綾奈。ダークネスには無い心強さを、零さないように。
     数分の鎖の隙間に忍び寄る為、身を潜めつつ戸の向こうを伺ったシェリーは、そっと艶やかな唇を開いた。
    「皆、よろしいかな?」
     先ずは手の届く事から――六六六人衆が居るフロアーへのノブをしかと握りしめ、人形の様に整った微笑を湛えながら、視線巡らせれば。
     戸の前にしゃがみ、控えていた柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は、彼女の顔を見上げると、担いでいたブレイブハートをいつでも構えられるようにして。
    「いつでもいいぜ」
     高明は、扉を睨む。
    (「扉出た瞬間が一番危ないからな」)
     突入時の迎撃を予測して、いの一番に矢面に立つ覚悟を以て。
     扉が開かれると同時。室内にアスファルトを叩く音を響かせる。


     真赤な髪の男の背を見止めて。ガゼルを具現化させるとともに、飛び出した勢いのまま側面へと滑りこむ。
    「お邪魔するぜ?」
     振り返るギースへと不敵に笑い、先手必勝とばかりに高明の指先が硝煙を生んだ。
    『こりゃあ、また……』
     とんでもないお客様がいらしたもんだ――予測していなかっただけにそこまで告げる余裕など今のギースにはなく。弾丸をすれすれでかわすので精いっぱい。カゼルの突撃が的確にギースの脇腹を穿ってゆく。
    『御招待した覚えはないんですがね』
     しかしすぐに体勢を整えると、冷静に前列へと炎をぶちまけてくる。
    「支えます、任せてください」
     高明とガゼルがせき止めるべく走るなら。筆一が癒しの言葉を朗々と響かせ皆を支え、ギースの回避点を埋める様に迫る、あまおとの斬魔刀と陽桜の放つ桜色の帯。
    「初めまして、ギースさん。お使いも御守りも退屈でしょ?」
     お相手、とんだはねっ返りみたいですから、と。シェリーはくすり笑いかけると、美しい細工のクロックハンドの様な矛先で、舞い散る鮮血を断ち切るかの如き一閃。
    「ねえ、僕たちと遊んでよ」
     悪戯っぽい口調だが、聡士よりうねる薄い刃、咲き綻ぶ。時兎の矛先に瞬く黄昏の灯が闇に微かな色を引き、炎の六六六人衆を彼岸の色に染める。
     速攻・連携を以て相手を圧倒してゆく仲間たちに後れを取らぬように。的確に追い詰めようと、背後に回り込むのは綾奈だ。電流を対消滅させるかのように、雷鳴を響かせて。
    「貴方は既に誰かを炎の海に沈めたのですか?」
     神の風の残り香を纏う爪先で降り立った榛名が、振り返りながら問う。
    『逆に聞かせてもらえませんかね? どうして人を殺していない可能性を考えるんです?』
     ギースは無神経な言い分と共に、長ドスに溜めこんだ気で薙ぐように放出して。
     許さない。そう言うかのように、刃の逆鱗がうねる。
    「許してはいけないと、わたしのこころが言っているのです」
    『おたくに恨まれる筋合いはないんですがね』
     螺旋描く一閃をすれすれでかわしてゆくギースへ。
    「なら、その業ごと斬り裂こうか」
    「一分でも、一秒でも早く、貴方を倒してみせる」
     ついで迫る、シェリーの麗しく伸びる影が踊るなら。綾奈の解き放った神秘の風が、モノトーンのひとひらを散らす様に巻き上がる。
     罪を越えて、戻ってこられたのは、きっと誰かを支える為。けれど、自分一人だけで全てを賄おうとする限界も、筆一はよく理解しているから。
     速攻を仕掛けるものの、いかに連戦へとつなげるため消耗を抑えるか。『そうすべき』だと思った筆一は躊躇わず声を張る。
    「すいませんが、補佐をお願いします。柳瀬さんは僕が支えます」
     頷く陽桜は魂の片割れ、そして護ろうとするねがいのおとを込めたその名を呼ぶならば。すぐにあまおとが浄霊眼を瞬かせる。
     筆一は影で編んだ筆を空に走らせ、円環の障壁を届け。受け取るなりImplacableを大きく展開する高明。陽桜はさくら・くるすを構えて、電脳回路の様に伸びゆく世界を跳ね上がる。
    「ギースさんは、電母さんを護る立場。分が悪かろうと退けないのは分かります。けれど、あたしたちも退けません」

     ――あたしたちの護る気持は、決して燃え尽きたりしないから。

     至近距離で十字架の先端を押しこむ。呼吸荒いギースは、返す言葉もないのか無言。振るう長ドスの軌道荒々しく。
     即座ガゼルが身を呈してギースの視界を埋めて。その背より翻りながら懐を狙う綾奈。
    「やぁっ!」
     気合いと共に退魔の闘気を練り上げた弾丸を、至近距離で炸裂させる。
    『ちぃ……!』
     まともに受け、踏ん張り効かずアスファルトの上を滑るしかないギースが舌打ちする。
    「シャドウと組むとは下手打ったな、密室殺人鬼。連中を招かなきゃこの密室が露見する事は無かったのによ」
    『そうなんでしょう。こうも簡単に密室を特定されるんですから』
     燃え上がる炎の波を浴びながらも、高明は影の刃が胸元へと突きつけて。
    「恐ろしい密室の実験室なんて、灼滅者(ヒーロー)のわたし達が破ってみせるのです!」
     榛名が容赦なく蓬餅ダイナミックを繰り出し、追いつめる。
     聡士の胸元から響く、時の鐘。
     ちらと二階への昇り口へと視線流し、時兎は黄泉路へ誘う様に死人花の幻影を己が漆黒から生み出せば。其処から地獄の業火連れるが如く、疾走する聡士の爪先がギースの炎の弾丸を圧倒して――。
     火炎、アスファルトに燻る花道を。麗しい上衣を靡かせながら颯爽と懐へと詰めるシェリーは。
    「――さぁ、灰と朽ちて」
     お逝きなさい――。
     艶やかに笑むシェリーのフォーマルステッキ風のロッドの先に灯る炎は、鮮烈に踊る。
     電母の気配に縋ろうとするギースだが、圧倒的前のめりの戦法に、燃え尽きてゆく糸を見送るしかない。
     そして戦闘は、決して止まる事流れている。音も気配もさせぬまま、一階フロアーに躍り出る女の顔貌。
    「あぶねぇ」
     醜悪な弾丸の気配に即座に反応した高明が、筆一への攻撃を、左腕を盾にして遮る。
    「柳瀬さん!」
     肉が溶ける様な臭いとぶす色に変化した腕に動揺を見せながらも、すぐさま障壁飛ばす筆一。
    『これまた活きの良さそうな奴らが入ってきたものだわ』
     漢服から四肢をさらけ出し、獣じみた女のシャドウ・電母は、デッドブラスターを発射し終えた体勢のまま物騒に笑った。


     仕掛けなければ、此処に居る意味もない電母は消えるだろう。
     だが、決断する。
    「人は君達の玩具じゃないよ」
     シェリーは、ギースを討ち終えたその勢いのまま、電母へと翻る。
    「今度は君が、狩られる番――」
     凛々しさを輝かせるステッキの先端が鋭く旋回し、したたかに前足を打って。
    『そうこなくてはのう!』
     正直追いかけっこ等性に合わない電母は、現時点で灼滅者の攻撃など窮鼠猫を噛む程度にしか思っていない。ギースは良い噛ませ犬になった、とも思っているだろう。
     そんな風に電母が余裕ぶっていても、覚悟を決めている灼滅者にとってはリスクとは思っていないのが意識の違いだろうか。
     陽桜とあまおとの連携の間に、ずさりと電母の側面を捉えてゆく聡士と、時兎は刹那の視線を交わし。

     ――いこ、聡士……。
     ――じゃ、先に刃入れるのどっちか競争でもする?

     競争する、はジリ損になる前にさっさと致命傷食らわせに行こうの裏返し。すれ違いざま、紅ノ月魄と黄昏の咎の矛先をぶつけ合って鬨を鳴らす。
     赤い月が沈み、彼岸花が天を仰ぐように。聡士の殻を砕く様な斬撃と、ねじくれた幽鬼の爪の様にうねる時兎の矛先が天地に挟むように電母へ落ちる。
     綾奈は闘気を掌へと収縮させる。
     戦って手も足も出ない事もあった。
     悔しい思うを乗り越え、そのために強くなったのだからと、綾奈の願う力は『希望』にも等しく。
    「貴女は、私たちが倒します!」
    「稲妻の悪魔がどんなに強敵であろうと、負けはしません。それがご当地ヒーローのわたしなのです」
     電母の後ろ足を、榛名は蓬の葉の様に逆立つ刃で縫いつける。
    『やれ、面白いことを言うてくれるわ』
     鋭い連携を繰り出す灼滅者に目を見張りながらも。自らの血飛沫すら、愉しむ様な電母の声。カッと瞬く雷鳴。
     ガゼルはエンジンを唸らせる。
     アスファルトを削りながら疾走する相棒と、高明の弾丸が並走しては、電母の槍が降り注いだ。
     時兎の足元から伸びる壱師の色が、雷鳴すら溶かす様に広がれば。鮮烈な黒で喉もと狙う聡士の刃が、電母とつばぜり合う。
     撃ちあい、果敢に迫っては、幾つもの火花が弾ける中。ディフェンダー陣の疲弊は激しい。 
     それを嘲笑う様に槍の如き電光が、初めて隙間を抜けて、筆一へ当たった。
     メディックを狙ってきているのだと、誰もが気付いている。攻撃特化故にそれが生かせなくなった瞬間不利になるのは明らかだから。
     毒が迸る――。
    「……あたしたちが、最後に残った希望になるんです……!」
     信じる力。
     護りたいと願う心。
     弱い自分を乗り越える様に必死に庇い続け。刹那より早くさくら・くるすの先端を電母へと押し込んだ陽桜は、毒の弾丸に血を咲かせ。
     勝てる可能性を仲間へ託す――。


     筆一の目の前で、庇い入ったあまおとは、きゃんっ、と。悲しい音と共に壁まで吹っ飛ばされた。
    「支えます――」
     例え、地面に膝を突こうとも。倒れる瞬間まで、支えると。筆一は血を拭いながら、陽桜の願いを繋ぐべく、癒しの障壁を生みだし続ける。
    『お前も五月蝿いの』
     電母の爪に、ガゼルが砕けて。しかし思いのほかしぶとい奴らと苛立つ電母に流れる血を見るからに。間違いなくダメージは溜まっている。
    「大丈夫、私達は負けないんだから!」
     例え傷だらけになったって、最後には笑って帰ろう。綾奈は自分を、皆を、奮い立たせる様に叫ぶと、穿つ鋼鉄の拳。
    『そろそろ潰れるがよい』
     当たろうとも意に返さず、電母の槍が振り下ろされるが。
    「悪いが、限界まで引く気はねぇよ」
     せき止めた高明は呼吸危ぶむ程の衝撃を受け、口から血を吐いても凌駕して立ちあがる。
    『悪あがきも程々にせんと』
     牙が高明の腹に食い込もうとする刹那、
    「タダではぶっ倒れねぇ――命を弄んだ事をあの世で後悔しな」
     我武者羅に指先押し当て零距離で撃つは誓約の弾丸――。
     喰らって肩に血を散らしながらも、ディフェンダーを全て沈めた事でプレッシャー与えたつもりの電母だったが。
    『さぁさ、つ――!?』
     本来の狙いへと毒の弾丸を放とうとした時。今埋め込まれた弾丸に全身が痺れ。
    『こやつ……!!』
     攻撃出来ぬ事に怒声を上げるが、それを構ってやる必要はこちらにはない。
    「今なのです!」
     ピンチをひっくり返すことこそヒーローらしさとばかりに。蓬餅ダイナミックを繰り出す榛名。そこへ綾奈が風を重ね。
    「痛みを教えてあげる。けれど――」
     貴女がそれを誰かに教えることはできないでしょうけどと、シェリーのステッキはしなやかに空を踊る。
     強烈な追撃が入って、電母は悲鳴を上げた。
    『おのれ……おのれ……』
     逃げ道を作ろうと、牙を剥く。
     攻撃特化の布陣で、筆一が狙われることとなったが――実際筆一が倒れていれば、追いつめられず撤退するしかなかっただろう。けれどそこまで身を張ったディフェンダー陣を彼が支え、攻撃陣は確実に布陣を活かして追いつめたから。
    「――壊れて、おやすみ」
     血と煤に汚れながらも、聡士は地獄の釜を開いた様な、紅い、赫い、月の残影と共に笑い。対なる黄昏と交りて、その醜悪な閃光を刺し砕く。
     断末魔の叫びが、駐車場を揺るがすほどに響く。
    「……行こ、聡士」
     得物に付いた血を払い、時兎は黄泉路に向かいゆるゆると燻る煙を一瞥したあと翻る。
     ただ、ぱちぱちと生き場のない電気だけが、何かを探す様に瞬いていた。

    「よかった……」
     意識を取り戻した二人へ綾奈はほっと息をつき。
    「一般人の方は無事です」
     皆の力があったからと涙交じりに微笑み、そして告げる。
     シャドウと六六六人衆、二体の灼滅を成し遂げた事を。

    作者:那珂川未来 重傷:羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490) 柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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