黒く濃い靄が、寝台の周りで浮かんでいる。
幕がかかったような濃さで漂っていた靄は、しかし浮遊を続けることを許されず、次の瞬間、盛大に切り裂かれてしまった。
裂かれた箇所から、ひとりの少女が現れる。
遠い異国の装いをした少女は、大きな伸びを終えると、部屋を見回した。
手入れが行き届いているのか埃っぽさは無く、寝台や机、本棚といった最低限のもの以外、余計な家具が無い。
装飾目的の家具の代わりにか、壁や窓際には等身大の洋風人形が何体も置かれていた。
「君は……」
寝台に横たわっていた金髪の青年が目を覚まし、少女へ声をかける。
すると少女は楽しそうに身体を揺らして、笑顔を向けた。
「ノーノね、ノーノって言うの!」
幼い自己紹介をした少女ノーノに、色白く華奢な青年が頬を緩める。
「僕はロッジ。話は聞いているよ。遊ぶものも用意してあるからね」
「ありがと、お兄ちゃん!」
歓迎の言葉にノーノが明るく答えた。迷いなく向けられた呼び方に、お兄ちゃんか、と呟いたロッジの瞳が寂しげに揺れる。
そんな彼の様子には構わず、窓に両手と鼻先をぺたりと貼り付けて、ノーノは橙色に染まりつつある景色を眺めた。
「出てこれても、お外で遊べないのよね」
彼女が窓から離れた拍子に、座っていた人形が崩れるように床へ倒れ込む。
目を瞬かせたノーノは顔を覗き込み、倒れた人形が寝息を立てていることに気付くと、ふうん、と何かを察したように唸る。
「外、か。中庭なら大丈夫だよ」
「ほんと!? ノーノお庭行く!」
目を輝かせたノーノは、断りもなくロッジの手を掴むと、無邪気に引っ張っていく。
「一緒に遊ぼ! お人形さんにお花の冠とか、首飾りを作ってあげるの」
彼女の誘い文句に、ロッジの口角が吊り上がった。
「……いいね。素晴らしい遊びだね」
シャドウが密室殺人鬼の悪夢を通じて、現実世界の密室内に現れた。
コルネリウスとオルフェウスから入手した情報の通り、シャドウが六六六人衆の協力を得て、現実世界で戦力を整えようとしているのだ。
実体化したシャドウを密室に匿っても、内部について予知されることはないと判断し、六六六人衆側はこの作戦を実行したのだろう。
「たしかに、この作戦が秘密裏に進んでいたら大変なことになっていたよ。でも……」
狩谷・睦(高校生エクスブレイン・dn0106)は目を伏せたまま、静かに状況を紡いでいく。
「それは、サイキック・リベレイターがシャドウに使われていなかったらの話」
そもそもサイキック・リベレイターは、他のダークネス組織への予知が出来なくなる代わりに、対象組織に対して、サイキックアブソーバーでは予知が不可能な段階までの予知を可能にするものだ。
つまり、密室殺人鬼が作った密室。これだけならば予知ができなかったが、今回の照射対象となったシャドウが存在すれば――その密室を特定することができる。
「現実世界に現れたシャドウと、密室殺人鬼を灼滅する機会でもあるよね」
可能であれば、シャドウと密室殺人鬼の両方を灼滅したい。
難しいようであれば、『補足が困難かつ厄介な密室殺人鬼の灼滅』を優先してほしいと、睦は話す。
「早速、密室について説明するね。中庭がある大きな洋館だよ」
おそらく、多くのシャドウを滞在させるために用意したものだろう。
2階建ての館は、1階に応接間や書斎、遊技場に食堂といった施設が並び、2階に寝室やゲストルームがある。
どの部屋からも覗ける中庭は、色彩に富んだ花が咲き乱れている。庭師がいるわけでもないのに花壇も綺麗に整っていて、悠々と駆け回ることのできる広さだ。
「ダークネスは2体とも、その中庭にいるよ」
密室への侵入は、1階の正面玄関からとなる。
玄関から入りそのまま突っ切れば、すぐ中庭に出る。特に部屋を回る予定が無いのであれば、中庭へ一直線に向かうのが妥当だろう。
ただ、ひとつ懸念があると睦は付け加えた。
「中庭に、ワンピースやドレスを着た女の子の人形が9人、いるんだけど」
睦は一度言葉を切り、眉根を僅かに寄せる。
「……人間なんだ。9人とも」
年端も行かない9人の少女は、4人を除き、いずれも疎らに座り込んでいるか、横たわっている。
「4人だけ、ダークネスの遊びに付き合わされているよ」
他の5人は、眠っているため動かない。とはいえ、起きてしまう可能性は考慮する必要があるだろう。
「相手は密室殺人鬼、だからね。女の子たちを利用するかもしれない」
洋風人形のような恰好をさせられた少女たちは、館の中にもいた。
2階の主寝室――六六六人衆が使っている部屋にも、9人の少女がいる。
もちろん、ダークネスが中庭にいる間は、室内の少女に危険が及ぶことはない。
あえてダークネスを館内へ誘導する作戦を行うのでなければ、放っておいて良いだろう。
ダークネスの片方は、ロッジという20代前半の青年。
ワイシャツに黒パンツの質素な姿で、穏やかそうな風貌だが、紛れも無く密室殺人鬼だ。
武器は、裁縫ばさみに似た断斬鋏で、人形服や装飾品は、すべて彼の手作りらしい。
もう1体、密室殺人鬼よりも強敵となるのがシャドウ、ノーノ。
青と白を基調とした異国の服を纏い、自身よりも大きい、こん棒の形をした影を操る。
言動は好奇心旺盛な少女そのものだが、シャドウであることを忘れてはならない。
密室突入は夕方だ。そのタイミングでは2体とも、庭の中央付近で、怯えてされるがままの4人の少女を、花冠などで飾って遊んでいるようだ。
「女の子たちを、戦いに巻き込まずに済めば一番なんだけどね……」
うまく作戦を練ることができれば、と睦は難しい顔で呟いた。
2体のダークネスが居る状態では困難だが、作戦次第だろう。
もちろん戦闘に巻き込んでしまっても、敵の手が及ばないよう保護できれば、彼女たちを無事帰すことができる。叶うのなら、一般人の少女たちも助けてほしいと、睦は告げた。
説明を終えた睦は、一旦喉を休め、改めて灼滅者たちの顔を確認する。
「両方灼滅できるのが一番だけど、無茶は駄目だよ。……いってらっしゃい」
見送りは、いつものように柔らかい笑顔を浮かべて。
参加者 | |
---|---|
仙道・司(オウルバロン・d00813) |
奇白・烏芥(ガラクタ・d01148) |
赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959) |
米田・空子(ご当地メイド・d02362) |
刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884) |
秋良・文歌(死中の徒花・d03873) |
アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770) |
エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788) |
●
夕焼けが、洋館の窓から燃えるように射しこんでくる。
中庭を有する洋館は巨大だ。本来であれば、多くの人が行き交う住まいだろう。
しかし今の館には静寂しかない。その寂しさを破らないよう、赤槻・布都乃(悪態憑き・d01959)は軋みにくい床を見定めながら、屈んで歩いていた。
米田・空子(ご当地メイド・d02362)も倣って進みつつ、後ろにいた仲間へ極力窓に近づかないようジェスチャーをする。
アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)と仙道・司(オウルバロン・d00813)が頷く。
灼滅者が向かったのは2階。9人の少女がいる主寝室だ。
少しだけ待っていてほしい、と優しく呼びかけながら、怪力無双で3人を抱えたエアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が、真っ先に主寝室から離れたゲストルームへ先行する。
目を覚ました少女にも丁寧に説明しながら運ぶ布都乃に続き、西洋人形風の服装と化粧をした刻野・晶(大学生サウンドソルジャー・d02884)と秋良・文歌(死中の徒花・d03873)も少女たちを連れて行く。ラブフェロモンを振り撒いた文歌の要請に安心したのか、少女は彼女の服の裾を掴んだままで。少々ぎこちなく、文歌は少女の肩を叩いた。
避難を終えると、奇白・烏芥(ガラクタ・d01148)が彼女たちと視線の高さを合わせて話し出す。
「……もうすぐ、貴方達を攫った鬼がやって来ます。此の部屋からは出ないで下さい」
頷いた少女たちの緊張を解すように、一度目を伏せた後、烏芥は言葉を紡ぐ。
「日暮れと共に、皆で家へ帰りましょう」
そして、灼滅者たちはすぐさま主寝室へ戻ると、密室殺人鬼ロッジを誘きよせるため、琥珀色に塗りたくられた窓ガラスや家具を壊し始めた。
物音が外へ――中庭で戯れるダークネスに届くように。
やがて寝室の物陰に潜む灼滅者の耳朶を、控えめな靴音が打つ。
呼気さえも押し殺したような静かな部屋に、扉の軋みが恐る恐る入り込む。室内の様子を窺うために入ってきた人影が、荒れた主寝室を前に息を呑んだ。
そこで灼滅者たちは目を見開く。入ってきたのはロッジではなく、ドレス姿の少女だった。
助けに来た灼滅者の存在を察することもできず、少女の青白い唇が戦慄く。姿を現すか否か、灼滅者たちは迷った。少女の首筋を這う、冷たい刃物が見えたからだ。
「隠れたままなら、この子を赤く染めてしまうよ?」
少女の背後に佇むロッジは、明らかに『侵入者』に対する声音を発した。
彼の脅しを受け、視線を重ね合った灼滅者たちはゆっくりと姿を現す。
「あんな野蛮な音で僕を誘うなんて。僕の可愛い人形はね、大人しくてイイ子たちなんだ」
ロッジは動揺を微塵も見せずに、物音の件を示した。
「ケド、アンタはこうして来た」
警戒されたとはいえ、結果は変わらない。だからこその布都乃の発言に、ロッジが片眉を上げる。
「そうだね、その通り。……それにしても、どうやって此処を突き止めたんだい?」
疑問を抱いた彼へ思考の暇を与えないよう、アイスバーンがそろりと口を開く。
「えっと、女の子たち、返してもらいますね」
アイスバーンの言葉に肩を揺らしたロッジは、何の前触れもなく、捕えていた少女を布都乃へ向けて突き飛ばした。咄嗟に少女を支えた彼に、ロッジの影がかぶさる。
必死で縋りつく少女に姿勢を崩した布都乃へ、鋏は突き立てられなかった――ディフェンダーの空子が、彼とロッジの間に割り込み盾になったのだ。
空子とロッジを離すためアイスバーンが腱を絶つ一振りを仕掛け、戦場の音を遮断した布都乃が叫ぶ。
「サヤ!」
ウイングキャットのサヤへ少女を託し、避難した少女たちの元へ誘導するよう囁く。
一鳴きしたサヤが少女を連れ出した直後、エアンはすぐに扉を閉め、死の中心点を狙った。
「何を企んでいた?」
深々と杭で貫きながら尋ねたエアンに、密室殺人鬼の表情は揺らがない。人聞きの悪い言い方をしないでくれ、とだけ囁いて青年はエアンを押し返す。
そこへ休みなく司が飛びかかった。殴打と同時に放射した霊力で縛り上げれば、肉に食い込む音が零れる。動きが鈍ったのを見計らって、ウイングキャットのアリアーナが魔法を放つ。
重なる初撃の後ろでは、空子が斧に宿る龍因子を解放することで傷を癒していた。傍らに浮かぶナノナノの白玉ちゃんも、しゃぼん玉をふわふわと飛ばしている。
家具の欠片が散らばった床を、烏芥の影より生まれた触手が伸びていく。
「……素敵な人形の御召し物ですね」
和国の人形師としての関心があった烏芥の言葉に、光栄だよ、と影に足を絡まれながらもロッジが返す。
少女の衣装は、いずれも丹念に繕われていた。手入れが行き届いた部屋のように、細やかな気遣いと想いで作られた物に違いなかった。
「……ですが。貴方の人形は、其れを喜んでいますか?」
触手を払ったロッジに、問いと、ビハインドの揺籃が放った霊撃が飛ぶ。
「美しくあることを喜ばない人形はいないよ」
盲目にも似たロッジの回答を掻き消すように、晶が手の甲に発生させたエネルギー障壁で殴りつける。だがシールドは鋏に受け流され、すかさずビハインドの仮面が霊力を放ち隙を突く。
晶の装いをまじまじと見つめた密室の主は、後方で神秘的な歌声を響かせる文歌にも視線を転じた。
「目を見張る光景だね。僕の人形と勘違いした。遠くから見たら、すぐには気づかない」
まるで舐め回すような青年の物言いに、晶と文歌が眉根を寄せる。
「人間を、人形のように弄ぶのは感心しないわ」
はっきりと指摘した文歌に、晶も首肯する。
ロッジは冷笑を零す。君たちには理解できないとでも言いたげに。
そして絞り出した裂帛の叫びが、彼の心身を奮い立たせた。
●
館を照らす橙が、戦いの経過に沿って、徐々に色濃く変わりつつある。
燃え上がるような夕陽は、寒々しい主寝室を明るく染め上げていた。
射す眩さが消えぬうちにと、息を吐いて集中し直したエアンの拳がロッジを叩く。触れた箇所から流れ込んだ魔力が、ロッジを内側から痛めつけた。
――逃がすつもりはない。
覚悟を宿したエアンの一打に、ロッジが不快そうに目を細める。
ぴょん、とアイスバーンが跳ねた。磔の首なし騎士が描かれた十字架を振り回す。重みで空気を唸らせた十字架は、しかしロッジが握る鋏に弾かれた。
少女の避難から戻ったサヤが身を翻して猫魔法を撃ち出し、間髪入れず布都乃が殴りかかる。鋏を避けた拳はロッジの胸元を抉り、網状の霊力で縛る。
「アンタ、堕ちる前は兄だったのか」
遠慮の無い軽口に、青年の瞳が揺れる。
「そうだとして、今の僕に何か関係するとでも?」
拳を払った彼に、布都乃もまた唇を引き結ぶ。案外判りやすい奴かもな、と胸の内でだけ呟いて。
今し方、拳に抉られたロッジの胸に、突如赤い逆十字が浸みこむ。司が招いたものだ。
――人間を人形として扱わせるのには、嫌悪感がありますが……。
差し込む夕陽を浴びて、銀の髪が橙を添えて揺れる。司の逆十字が青年を引き裂くのに合わせて、司の横から飛び出したアリアーナが、小気味よいリズムで肉球パンチを繰り出す。
そこへ、声を弾ませた白玉ちゃんが竜巻を生む。風を鬱陶しがるロッジへ、今度は空子の蹴りが入った。メイドの力を発揮させたしなやかさに、ロッジの足取りがもたつく。
「悪い企みは阻止させていただきますよ」
大きな瞳を瞼で隠すように微笑んで、空子は密室殺人鬼へ宣言する。
吐息だけの笑声が、相手から零れた。
「僕からすれば、君たちの方がよっぽど……」
妙に力を篭めて発した彼へ、揺籃と共に烏芥が一撃を加える。影を宿した武器に依り、心に潜む傷を引き摺り出され、ロッジの表情に苦みが混じった。
好機とばかりに、仮面も顔を晒して精神的苦痛を重ね、その間に晶がシールドの加護を仲間へ与え、守りを固めていく。
戦闘不能者を出さぬよう、温かな癒しの光を降り注がせてきた文歌は、ロッジの行動に違和感を覚える。
――回復することが多い……それに饒舌……。
文歌の想像を遮るように、戦場をロッジが駆ける。アリアーナの死角に回り込んだ彼は、避けようと羽ばたいた翼ごと切り裂き、消滅させた。
攻撃後の余韻を縫うように、ジェット噴射の推進力に乗ったエアンが、杭打ち機で敵を蹂躙する。
続けて、機動力を損ねる技を重ねてきたアイスバーンが、瞳にロッジを映した。
「えっと、足止めさせていただきます」
やはり選ぶは急所を絶つ斬撃。小柄さを活かして回り込んだアイスバーンの一手が、青年の脚を裂く。
標的を狙い澄まし、地を蹴ったのは布都乃だ。流星の瞬きを灯した飛び蹴りが入る。
「往生際だぜ、家主よ」
着地しながら口にすると、相手から睨みが注がれた。それすら意に介さない布都乃の脇からサヤが突撃し、肉球でロッジを強打する。
祝福の言霊を風に換え、司が戦場を行き来させる。室内に吹く柔らかい風を受け、空子がロッジを投げ飛ばそうと試みるが、避けられてしまった。
白玉ちゃんが浮遊させたシャボン玉が弾けると、続けて揺籃の霊撃が当たる。そこで烏芥が踏み込み刀を構えた。人形は喜んでいるのか尋ねた際のロッジの呟きは、まだ耳に新しい。
「……人形も、主を選ぶのですよ」
一言を寄せて、真っ直ぐに刀を振り下ろした。烏芥を見遣ったロッジの唇が模る。何を言っているんだ、と。
後退ったロッジに、灼滅者たちの意識が揃って刺さる。長引く戦いの最中、戦意を失わずに館の主は再び鋏を掲げた、そのとき。
「お兄ちゃん、おっそーい!」
開いた扉から不機嫌な声が転がり込む。同時に、漆黒の弾丸がビハインドの仮面を撃ち抜き、消滅させた。
部屋の入口を塞いだ少女は、もう1体のダークネス――シャドウだ。
戻りの遅い密室の主を探しに来たのかと目線を流したエアンは、誰よりも驚愕を露わにしたロッジに気付く。
一方で、空子が仲間へ目配せした。示された先を知ったアイスバーンが、息を呑む。
――女の子たちが……!
避難させた少女たちではない。中庭にいる筈の3人が、ノーノの後ろで震えていた。連れてこられたのだろう。
「僕がすぐ戻らなかったら逃げてと言ったのに……!」
ロッジが焦りを隠さず叫ぶ。
彼から滲み出る情を知り、文歌は先程抱いた違和感の正体を悟った。
「シャドウが逃げる時間を……稼ごうとしていたのね」
呟きながら、文歌は柔らかな光で癒しを招く。
回復主体で動くことで、ロッジは少しでも長期戦に縺れ込ませようとしたのだろう。皮肉にも、その思惑をシャドウが砕いてしまったようだ。
「お兄ちゃんノーノと遊んでくれたから、ちょっとお手伝い!」
館主の疑問に対する答えを耳にし、クラブのスートだからか、或いは単なる個体差か。布都乃は思考を巡らせる。
誘き出す段階から、ロッジには警戒されていた。そのため、1体を惹きつけた時点で、もう1体には疾うに逃げられていたはずだ。だがノーノは残った。
唐突にくつくつと笑ったロッジが、エアンの死角へ潜った。しかしロッジの前へ揺籃が割り込み、エアンを庇う。急所を穿つ一撃が、揺籃を戦いの場から消し去る。
「ノーノ、その子たちより私たちの方が、色々遊べるよ」
少女たちから分離させたい一心で晶が誘うが、ノーノはニコニコしながら相槌を打つだけで、その場から動かなかった。
●
長引いた戦いの最中、息を整える間など無かった。
エアンが振りかざした得物は、ロッジの鋏に阻害され、仕返しとばかりに鋏がエアンを装飾品ごと断ち切り、喰らう。
「シャドウ。今まで退屈していた?」
エアンの呼びかけに、そんなことないよ、と一笑したノーノは、刃に変貌させた影を解き放ち司を切り裂く。膝を折りそうになった司から、白玉ちゃんと文歌が痛みを拭っていった。
仲間への追討ちを閉ざすよう、アイスバーンが十字架でロッジへ打撃を加えた。そして、よろめいたロッジを見逃さない。
「今ですよっ」
叩き潰した十字架を抱え直して、アイスバーンが振り向かずに声を張る。
ロッジが零していた口数も、治癒に割く手数も減っていた。吹っ切れたように攻勢に転じた敵を、布都乃と烏芥が見据える。布都乃は縛霊手に霊力を、烏芥は武器へ影を灯す。
サヤが微かに鳴いた。尻尾を揺らして放った魔法が、ロッジの鋏を掠め――意識が一瞬、魔法へ逸れたその隙に、布都乃と烏芥の一手が、密室殺人鬼の理想を打ち壊した。か細く、何事か呟いてロッジが崩れゆく。
灼滅者たちは、未だ部屋の出入り口を譲らないノーノを振り返った。
ロッジの死にも動揺せず、興味深そうに灼滅者を眺める彼女のすぐ後ろには、状況を理解しきれず固まった少女たちがいる。下手にノーノへ攻撃を仕掛けると、彼女たちを巻き込む恐れがある。
どうにか話題で気を逸らせないかと顔を見合わせた中で、どうせなら一緒に戦わないかと、思い切ってシャドウへ誘いをかけたのは布都乃だった。
「アンタはクラブ。絆は大事にしてぇのよ」
耳に馴染んだ単語だったのか、ノーノの眼差しは、じっと布都乃を捉える。
司も同調するように話を繋げた。
「どうせ遊ぶならノーノさんもお化粧して差し上げたい、かもですけど」
「ノーノにそんなこと言うなんて、変なのー!」
身と声を弾ませるシャドウからは、相変わらず笑顔が遠退かない。けれど、いつ気が変わって傍にいる少女たちに危害を加えるかも判らない。刺激しないよう、ゆっくりと空子がシャドウに語り掛ける。
「その子たちは人形じゃありません。良かったら解放してあげませんか?」
向けた願に、ノーノが心底不思議そうに首を傾げる。
「解放? ノーノ捕らえてなんかないよ? 一緒に行こって言っただけ」
応じながら廊下へ後退ったノーノは、代わりに少女たちを寝室へ押し込んだ。
眼前が明るく開き、救いの手が広がっていたためか、緊張の糸が切れた少女たちは扉の前で泣き崩れてしまう。文歌や晶が安心させるように接しながら、少女たちを入口から引きはがし、余力のある仲間が廊下へ飛び出した。
しかし密室が解けた館の中も変わらず静かで、遠ざかる靴音だけが廊下に響く。シャドウの姿は、既になかった。
「……お疲れ様。他の少女たちを迎えに行こうか」
細く息を吐いて、エアンが労いの言葉を投げる。
やっとお家に帰れるんですね、とアイスバーンも胸を撫でおろす。
密室に閉じ込められていた少女は、全員無事に帰還が叶った。生きる者に人形の衣装を纏わせ、部屋に置くという、ひとりの青年による悪夢のような世界から、救い出せたのだ。
灼滅者は夜の色が混じりつつある日常へ帰っていった。
自分たちの手で掴みとった現実を、じっくりと噛み締めながら。
作者:鏑木凛 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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