その病院には、ただ1つの気配しかなかった。
院長室の椅子に座り、眠りに就く少女。その白衣は、赤黒い染みに彩られている。
すると突如、少女を黒いもやが包み込んだ。更にもやは内側から断裂され、中から異形が現れる。ダイヤのスートを持つシャドウ……その全身が露わになったのを見計らったかのように、少女のまぶたが開く。
その眼前で、異形は人間の姿に変じた。黒衣をまとう、長髪の青年へと。
少女はそれを確認し、
「……アンタがアガメムノンの」
「そう。僕の名は……」
「……名乗らなくてもいい。シャドウはまだ来るんでしょ。いちいち覚えるの面倒」
「まあ、そうだけど」
少女の無関心な物言いに、青年は肩をすくめた。
「僕だって、友好的に振舞うつもりはないけど、最低限の礼儀として挨拶だけはさせてもらいたいものだね。当分の間、よろしく頼むよ、殺人鬼さん」
だが、少女はシャドウを一瞥すると、再び眠りに就いてしまうのだった。
「コルネリウスとオルフェウスのお陰で、シャドウが六六六人衆の協力を得て、現実世界で戦力を整えようとしている事が判明した。密室殺人鬼の悪夢を通じ、シャドウが密室殺人鬼の密室内に直接現れるという作戦だ」
初雪崎・杏(高校生エクスブレイン・dn0225)によれば、大将軍アガメムノンは、友好関係にある六六六人衆の1人、エンドレス・ノットとコンタクトを取ったようだ。実体化したシャドウをエンドレス・ノット配下の密室殺人鬼の密室の中に匿ってもらい、地上での戦力増強を隠蔽する作戦に出たらしい。
「密室の内部までは、私達エクスブレインの力も及ばないと考えたようだな。もしこの作戦が秘密裏に進行していれば、シャドウの大戦力が現実世界を蹂躙するという未来もあったろう」
しかしそれは、サイキック・リベレイターがシャドウに使われていなければ、の話だ。
「サイキック・リベレイターは、対象としたダークネス組織に対してなら、サイキックアブソーバーでは予知できないレベルまでの予知が可能……つまり、リベレイター発動中の今なら、密室殺人鬼の密室にシャドウが現れれば、その場所を特定できるというわけだな」
今回発見された密室は、名古屋近辺にある。今作戦のために新たに用意された三階建ての病院だ。
密室殺人鬼の名は間遠・彩(まとう・さい)。血痕付きの白衣を着た少女だが、実年齢は不明。白衣の中に隠した暗器を駆使する。
一方、シャドウの名前は不明。黒いコートを着た青年の姿を取っている。シャドウハンター同様のサイキックの使い手だ。
「密室殺人鬼の力は、通常のダークネスの平均より少々劣る。だがシャドウの方は強敵だ」
彩は、密室に他のダークネスを入れるのを好まず、積極的にシャドウと関わろうとはしない。戦闘でもスタンドプレー中心で、シャドウがピンチになっても救いの手をさしのべる事はない。
一方シャドウは、ビジネスライクではあるが、彩には一定の信用を置いている。彩が灼滅されれば作戦が滞るため、彩の命に危機が及んだ場合、自らを盾にすることもいとわない。ただし、彩が先に灼滅された場合は、一切の躊躇なく撤退に移る。
「シャドウと六六六人衆の両方を灼滅するのが理想だが、それが無理なようなら、補足が困難な密室殺人鬼を優先した方がいいかもしれないな」
健闘を祈るぞ。そう言って、杏は皆を送り出したのだった。
参加者 | |
---|---|
鏡・剣(喧嘩上等・d00006) |
泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827) |
片倉・光影(風刃義侠・d11798) |
卯月・愛奈(流すべき血はまるで・d35316) |
篠崎・零花(白の魔法使い・d37155) |
オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448) |
●影殺同盟
院長室への道を急ぐ泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)の表情は、厳しいものだった。
「シャドウ大戦の傍ら……こんな計画を進めていたとはね……」
このタイミングでの実行を考えれば、大将軍アガメムノンは、かねてから水面下で手を回していたのだろうか。
火華流の推測と懸念に、オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)が決意をもって応える。
「今の混迷した情勢下、災厄の芽は可能な限り摘み取りましょう」
「ったく、めんどくせー連中が手を組んだもんだな。あいつらやり口がせせっこましいから好きじゃねーんだよな」
鏡・剣(喧嘩上等・d00006)のぼやきの理由は、敵の連携より、自分の求める楽しい喧嘩が出来ないことにあるらしい。
その不満を代弁したわけでもないだろうが……オリヴィアがドアを蹴破り、院長室内へと突入する。
卯月・愛奈(流すべき血はまるで・d35316)や篠崎・零花(白の魔法使い・d37155)らが踏み込んだのは、殺人鬼、早津が再び眠りに就く寸前だった。
「密室なんて厄介な能力持ちと組むとはシャドウも考えたもんだが、易々と潜伏させるほど、自分たちは甘くないぜ!」
眠りを覚ます片倉・光影(風刃義侠・d11798)の宣言に、驚いたのはシャドウだ。
「この密室をかぎつけたというのかい」
「……私の密室に問題なんかない」
言外に自分の能力を疑われたと感じたのだろう。早津は、シャドウを睨みつけた。
即席のコンビネーションには、やはり問題があるようだ。ならば、そこに付けこまない手はあるまい。
後は、手はず通りに。アイコンタクトを交わすと、灼滅者達は作戦を開始した。
●二局の戦い
「ご自慢の殺戮何とかという、お遊戯を拝見させていただけませんか? お上手でしたら、拍手をしてさしあげますよ?」
「……お遊戯、って言った?」
オリヴィアの柔和な口調に含まれた毒に、早津の眉が跳ねた。
椅子を蹴って立ち上がると、即座に机の前へと移動する。
早くも頭に血を昇らせる早津を、シャドウがいさめた。
「君の殺人技巧に、灼滅者は嫉妬しているようだね。耳を傾ける必要なんてないよ?」
「……殺人鬼のプライドなんて、シャドウには理解できない」
言うが早いか、白衣がなびく。襲い掛かる早津。
「くっ……! こう狭くちゃ、機動力が発揮できない……!」
渋面を作る火華流。
しかし、早津の手刀をかわした剣が、鼻で笑った。
「はっ、へったくそな殺人してんな。そんなんで俺を殺せるのかよ、三流殺人者」
「……もう一度言ってみて」
早津の殺意のギアが、一段階上がる。
「そんな挑発に乗るとは単純な……どうやら、困った相棒をあてがわれたらしいね」
肩をすくめ、早津をフォローしようとするシャドウを、人影が遮った。零花とウイングキャットのソラである。
「……いかせないわ」
「これは随分と可愛らしい足止めだ。それとも一緒にダンスでも踊るつもりかい?」
シャドウの軽口を封じるように、零花の足元から影が伸びた。自由を奪うために。
だが、影を打ち払ったシャドウが、くくっ、と笑った。
ダイヤの形をした弾が零花を穿ったのは、ソラの尻尾のリングが輝きを放った直後だった。
魂を直接握りつぶすような冷たい波動が、零花を揺さぶる。
「……私は大丈夫よ、ソラ」
ソラが心配げに駆け寄る中、シャドウの身に、無数のダイヤマークが浮かび上がる。自らを強化するつもりだ。
「1人でこの僕を足止めしようなんて勇敢なお嬢さんだけど、無理はしない方がいいね」
「1人? てめえの目は節穴か?」
言葉と同時に吹き飛ぶシャドウ。
拳を繰り出したのは、加勢した剣であった。これから始まる『喧嘩』への期待に、目を輝かせて。
●閉じられた戦場で
院長室のドアが、内側から弾け飛ぶ。
煙をなびかせ、通路まで吹き飛ばされたのは、火華流だ。
「……どう、アンタ達の馬鹿にした技を喰らった気分は」
ドアの残骸を踏み越え、迫りくる早津を、回転蹴りで防ぐ火華流。二者の衝突の瞬間、暴風が廊下に吹き荒れる。
人の形を取って迫りくる死の恐怖に怯え、身を翻す火華流を、殺人鬼は逃さない。……それらが演技だとも知らずに。
「真風招来!」
灼滅者を追って通路を走る早津を迎撃すべく、スレイヤーカードを解放する光影。出現したライドキャリバーの神風が、先行する。
シャドウと早津は分断した。今のうちに後者を追い詰める! その意志と共に、愛奈の指が携帯端末をタップする。呼び出された七不思議の力が具現し、早津を苦しめる。
「……妙な技を!」
言葉を吐いた早津の顎を、オリヴィアのアッパーがとらえた。
あえて打撃に身を任せ、衝撃を殺そうとする早津に、オリヴィアの飛び膝蹴りが炸裂する。
「……全員殺してやる!」
血を床に吐き捨てた早津の瞳が、愛奈を射抜く。
白衣の内より露わになったメスが、十連の矢となる。愛刀で幾つかは弾いたものの、異なる軌道を描き迫る全てを払う事は、愛奈にも出来ず。
だが、矢の雨は光の飛沫をばら撒き、減衰された。光影が自らを守るエネルギーシールドを遠隔操作、展開したのだ。
攻撃のリズムを乱した早津の懐に、神風が突撃をかけた。エンジン全開、響く駆動音。早津の体ごと階段を強引に駆け上がると、屋上へ飛び出した。開ける視界。
「今まで散々好き勝手やってくれたわね……ちゃんとお礼はするよ」
火華流がエアシューズで床を蹴り、高機動戦闘を開始する。
だが、ガトリングガンの射線を遮ったのは、黒衣の男だった。
「シャドウ!」
「……止めきれなかったわ。でも、少しは役に立てたかしら」
肩を押さえ現れたのは零花、そして剣。傷ついた2人と1匹を守るべく、即座に神風が駆け付ける。
「安心して、順調よ」
愛奈の言葉は事実だ。分断されていた間に、早津にはダメージが蓄積している。
「密室殺人鬼のお嬢さん、今はまだ正面から戦う時じゃない。なあに、すぐに君の殺人衝動を満たす機会が来るさ。だから今は退いて態勢を……」
諭すシャドウの足元に、注射器が突き立った。
「……おしゃべりな奴は嫌い。殺すよ」
そう告げた早津の瞳は、昏い殺人衝動で満ちていた。
●殺しと影の領域
衝動に身をゆだね、守りすら捨てた早津を見て、渋々、ガードに回るシャドウ。だが、そうは問屋が卸さない。
「……ソラ、頑張って」
零花が、相棒と共にシャドウを牽制し、早津との分断を継続する。
「……今のうちに早津を」
「全く、邪魔をしてくれるなあ」
やむをえず、狙いを変えるシャドウ。そのダイヤ弾は、しかし、ガードに入った神風のボディを禍々しく染め上げた。
鋼のボディを軽々と吹き飛ばす一撃を見て、犬歯をのぞかせる剣。
「シャドウの方がやるじゃねぇか」
「肉体労働は不得意なんだけどね」
シャドウの口元に、苦笑が浮かぶ。
剣も、無傷というわけではない。しかし、ボロボロになっても……いや、ボロボロになればなるほど、剣の挙動はキレを増していく。その剥き出しになった闘争本能は、早津すらも圧倒する勢いだ。
だが、本来の目的を忘れることはないのが、早津との違いか。炎を帯びた闘気は、あくまで早津のみを焼く。
「く……!」
瞳の残光をなびかせ、振り返った早津の腕が、貫かれた。絶句し射線をたどれば、死角から火華流が急襲していた。
「……よくもォ!」
両目から殺意の圧力が放たれるも、光影の突き出したシールドがしのぐ。しかも、守りを果たした盾は、そのまま早津を打撃する。
「悪いが、三下の遊戯に付き合う時間はないんでな。他所へ消えてくれるとありがたいんだがな」
「……アンタが消えろ!」
束ねた髪をなびかせ告げる光影に、早津が牙を剥いた直後。
オリヴィアの五指が、その顔をとらえた。
「ぐ……!」
万力の如く締め付けるオリヴィアの指の間から、苦悶に歪む早津の表情がのぞく。
追い込まれていく早津を一瞥し、シャドウは遂に距離を取った。見切りをつけたように。
その行動にすら気づかず、なおも戦意を失わない早津へと、愛奈が蹴りかかった。完全に勢いを失った早津に、その一撃を止める術はなく。
更にその好機を逃さず、光影のオーラの奔流が、早津に引導を渡したのだった。
「……そんな、私が、こんな奴らに、こんな所で……!」
鮮血色の闇へと沈む早津。その灼滅を確認しても、なお、臨戦態勢を保ったまま、シャドウに向き直るオリヴィア。
「この密室をどうやって察知したのか……カラクリを聞きたいところだけど、今はこの事実を報告させてもらうよ」
「なら、次にお会いした時は、必ず殺してさしあげます」
オリヴィアの睨みを受け、無造作に屋上から身を投げ出した。落下するそれを追ってフェンスから身を乗り出した時には、痕跡すら残さず消え去った後だった。
気配の消失を確かめ、オリヴィアは拳を握り締めた。
「もっと、強くならなくてはいけませんね……」
シャドウとの決戦においては、きっと今回以上の強者がたちはだかるはずだから。
「……皆、無事……よね?」
困ったように微笑む零花に、当然、と言わんばかりに、どう猛な笑みをのぞかせる剣。
仲間達の頼もしい応答を見て、零花の口元が、わずかに緩む。
「……色々あったけどもお疲れ様ね」
作戦を阻止されたシャドウと六六六人衆が、どう動くのか。
たとえどんな策を仕掛けてこようとも、それを止めるという灼滅者達の意志に変わりはない。
作者:七尾マサムネ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年12月16日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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