選択! 正義無き力

    作者:相原あきと

     私の名前は桐咲・美咲(きりさき・みさき)、六畳一間のボロアパートで母と二人暮らしの中学三年生だ。
     父は騙されて作った借金を苦に三年前に自殺した。父を騙した男、それが蛾山だ。
     蛾山は父が死んだ後も家を訪れては私の家からお金を奪っていく。
     この三年間、母は言葉通り身を挺して私を守り育ててくれた。私はそんな母を尊敬するし誇りに思っている。
    「ちっ、もう帰って来たのか。いつも二時間は帰ってくるなと言ってるだろうが」
     時間を潰して戻ってきた私にアパートの前で怒鳴ったのは蛾山だった。蛾山は手下達と共に何かを車のトランクに乗せているようで――。
    「母さん!?」
    「心臓発作だよ心臓発作。お前を高校に行かせる金がどうとか言うから、ちゃんと美咲の就職先は斡旋してやるって言ったら暴れるもんだから……まぁ、いろいろあって心臓発作で、な」
     私はトランクへ詰め込まれそうになっている母に駆け寄り抱きついた。後頭部を支えた手がべっとりと血に塗れる。母は……死んでいた。
    「兄貴、どうするんで?」
    「ああ? ビルに帰ったらバラして山にでも捨てに行け。借金苦に行方不明になるなんてよくある事だろうが」
     蛾山の指示に手下達が頷き、乱暴に私を振り払って母をトランクへ詰め込む。
     私は茫然としたまま奴らが自分たちのビルへと車で帰って行くのを見送った。
    『なぁ、殺したいんだろ? あたいに任せな』
     またあの声が聞こえた。
     私は台所の包丁を手に取ると、通学鞄に投げ込み制服のまま繁華街の方へと走り出した。
     奴らのビルが繁華街の裏路地に立っているのは知っている。
    『よし! さぁ代われ! あたいが殺る!』
    「黙れ」
     私の怒気に、もう一人の声がその言葉のニュアンスを変える。
    『黙れとはずいぶんだな。お前の母さんだってお前に殺人なんてさせたくないって思ってるぜ? だからあたいが代わりに殺ってやるって言ってるんだ』
    「母さんの気持ちを、他人のお前が語るな」
     私の中の声は未だに私を説得しようと喚いていたが、私は蛾山を殺す事しか考えられなかった。

    「サイキックアブソーバーが俺を呼んでいる……時が……来たようだな」
     教室に集まった灼滅者達を見回して神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)がいつもの決め台詞を言い放った。
    「今回お前達に依頼したいのは、六六六人衆へと闇堕ちしかかっている一般人が起こす事件の解決だ。対象は桐咲美咲という中学3年生。彼女は母親を殺され仇を討つためヤクザ達のいるビルへと向かっている……だが、今の彼女は辛うじて自我を保っている状態だ。もっとも、それは『自分の手で仇を討つ』という復讐心のせいだが、な」
     復讐を遂げ一晩も経てば彼女は完全に闇堕ちする。
    「もし美咲が灼滅者の素質を持つのであれば闇堕ちから救い出してほしい。だが、完全なダークネスとなってしまうようであれば……その前に灼滅してくれ」
     それが灼滅者としてやらなければならない事だから。
    「今から向かえば、美咲が蛾山達のいるビルへ向かっている途中で会えるはずだ。その前に――」
     ヤマトは右手の指先だけを額に当てると、間を置いて。
    「俺の全脳計算域(エクスマトリックス)がお前達の生存経路を導き出す」
     ニヤリと笑った。
    「美咲と確実に接触する為には『彼女がビルに到着する前』か、もしくは『蛾山を殺害してビルから出てきた所』で会うかの2つだけだ」
     言葉の後半部分に灼滅者の一人が疑問を投げる。
    「ああ、蛾山の生死は……非情な言い方だが問いはしない」
     蛾山を殺す前は殺人に肯定的だから説得は難しいが、殺した後なら後悔の念もわずかとはいえ生まれる、多少は説得し易いかもしれない。
    「美咲は六六六人衆の番号としては圏外だが、普通に戦ったら無傷ではすまない。難しいとは思うが……説得が可能ならした方が良いだろう」
     説得が成功すれば彼女は完全に闇堕ちするのを止め戦闘力も大きく下がる。灼滅者の素質があったならば彼女を救う事ができるかもしれない。
    「彼女は今、誰かを殺す事に対して肯定的だ。また、彼女の中のダークネスは美咲が手を汚すのはダメだと彼女を説得している――そして美咲を乗っ取るのが本音だろうが――美咲はダークネスの説得を否定して自我を保っている。蛾山殺害前に彼女を説得するなら、ダークネスと同じような説得方法では失敗するだろう」
     そこまで言ってヤマトは「一応」と彼女がターゲットとする蛾山と彼女の間で何があったかの説明を行った。
    「彼女に蛾山殺害を止めるよう説得しなければ……例え闇堕ちを回避しても彼女は蛾山を殺すだろう」
     ヤマトは気持ちを切り替えるよう拳を握り、息を整えると戦いに必要な情報を話始める。
    「美咲は戦闘になると殺人鬼のサイキックを使ってくるが、その衝動からか殺し易いと判断した対象からトドメというか、狙ってくるようだ。狙われそうな仲間がいた場合にどうするか、相談しておいた方が良いかもな」
     ヤマトはそこまで話すと、ふと机の上にあったルービックキューブを手につぶやく。
    「前に誰かに言われたんだ……パズルの悪い所は正解が1つしか用意されていない事だ……って」
     蛾山を美咲に殺させるかどうかは灼滅者の倫理と感情による選択次第。
    「どんな選択をしても俺はお前達を非難しない……ただ、良い結果を待っている」


    参加者
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    四童子・斎(ラピスジョーカー・d02240)
    七伐・桜城(もう疲れた・d02851)
    白峰・悠基(高校生殺人鬼・d03723)
    六徒部・桐斗(雷切・d05670)
    リヒト・シュテルンヒンメル(星空の末裔・d07590)
    ラピス・クレイナ(ただの女の子・d08136)
    シレネ・シャロム(ベラドンナ・d08737)

    ■リプレイ

    ●仇討ちへ
     八人の灼滅者達が路地を駆け抜ける。
    (初めての依頼ですが、抜かり無く終わらせたいですね……)
     初依頼に決意を固める七伐・桜城(もう疲れた・d02851)は、そう心の中で気持ちを引き締める。
    「……人を殺す、って。簡単な事じゃないんだけどなぁ」
     笑顔に微妙な差違を含めつつ、嘆息混じりに白峰・悠基(高校生殺人鬼・d03723)が呟く。
    「殺人鬼が人を殺すなと説教しようとするなんてな。ま、人助けの練習をするのも悪くないけど」
     さばさばと言うのは四童子・斎(ラピスジョーカー・d02240)だった。
     もちろん純粋に美咲に殺人を犯して欲しくないと思っているメンバーもいる。ラピス・クレイナ(ただの女の子・d08136)もその1人だし、リヒト・シュテルンヒンメル(星空の末裔・d07590)も美咲同様、親を亡くしている身としては救いたい気持ちも人一倍だ。
     やがて学生カバンを手に持った制服姿の少女が歩いて来るのを見つける。その少女――美咲の前に立ち塞がる灼滅者達。
    「何か、用?」
     美咲は邪魔だと言わんばかりに不機嫌なオーラを放ってくる。
     その視線に耐え一歩前に進んだのはシレネ・シャロム(ベラドンナ・d08737)だ。
    「あたしは夢中になれるモノも、本気で誰かを愛した事も、ない。だから貴女が羨ましい……。あたしは貴女が自分を見失わない事を切に願う。もし自分を、愛を、見失うなら……笑みと哀憫――終焉を」
     シレネのただならぬ雰囲気に、自然、学生カバンの中にある包丁へと手が伸びる。
    「桐咲さん、キミの未来は簡単に棄てれるような安いものじゃないよ。だから……ここから先には行かせられない」
     風宮・壱(ブザービーター・d00909)の言葉に美咲が学生カバンを投げ捨てる。その手には包丁が強く、強く握られていた。
    「つまり……私の邪魔をしに来たんだ」

    ●殺人鬼の説得
    「邪魔しに来たんじゃない」
    「じゃあ……何?」
     美咲の言葉を否定したのは斎だった。
    「忠告だよ。殺すだけが方法じゃない。母親の遺体を取り返すには蛾山から聞きだす必要がある。遺体があれば警察だって動くし、そこから他の事も調べてくれるかもしれない。ここで殺したい欲求に負けたら、アンタは両親に顔向けできない事になる」
     斎はかつて参加した殺人ゲームでの日々を想い出す。だから柄にも無く美咲に説得を行うのだ。これ以上進めば、彼女は戻れなくなる。
    「顔向け? 母さんだって蛾山を殺したがってた。だから私が殺して墓前に報告するの」
    「本当にそれが君の母さんの願いかな?」
     キッと睨まれたのは言葉を発した壱だった。
    「高校に行かせたいって、言ってたんでしょ? それって君の未来を守りたかったのかなって……。あいつを殺したら、君の母さんが命賭けで守ろうとした君の未来、全部なくなるんじゃない?」
    「あなたに何が解るの? 母さんの事を解っているのは私だけ。蛾山は私が殺す」
     美咲の決意は変わらない。壱の説得はタイミングが違えば効果的だったかもしれない。しかし、ダークネスの誘惑すら打ち払う『蛾山を殺す』という強い意志の前には……。
    「その蛾山と同じ事をするのですか?」
     別の角度から声をかけたのはリヒトだった。
    「人殺し、それはあなたが最も嫌う人間のしたことと同じです。それでもここを通りたければ、僕らを倒していって下さい」
     顔を上げた美咲の眼下は殺気が漏れ出すがごとく黒く染まり始めていた。リヒトの足下に寄り添う霊犬のエアが、低く警戒のうなり声をあげる。
     リヒトの言う正論に対する美咲の答えはすでに出ている。今の美咲にとっては『自分』は二の次なのだ。だから答えがくる前にラピスは言葉を繋げる。
    「貴方は殺しただけで満足するんですか?」
     その言葉は今までの否定とは違い、同意の意味を含む。美咲が耳を傾けてくれたことがラピスには解った。だから、ここぞとばかりに彼女は語る。天使のように甘く優しく、死刑囚がどれだけ苦しんで絶望的な最後を迎えるか、美咲の悪意に訴えかけたのだ。
    「ここで殺しても、相手の苦痛と恐怖は一瞬。お母さんや貴方が受けた苦しみには足りません。だから、貴方の手で法の名の元に裁いてやるんです」
    「それは嫌」
     美咲の声は底冷えがするほど冷徹だった。
    「あなたも親が殺されたらきっと解る。もし解らないのなら……それはあなたがソレを経験したことが無いから」
     絶望的な溝が美咲との間に横たわるようだった。美咲の説得は理屈では無い、彼女の感情を納得させる必要があるのだ。少なくとも、蛾山を殺すという激情が燃えている、今は。
    「どうして人を殺したらいけないのでしょうね?」
     全員が、美咲も含め、一斉に六徒部・桐斗(雷切・d05670)を見る。
    「僕も仇討ちが原点なので、仇討ちは肯定です。ただ、これだけは言わせてくれますか?」
    「ええ」
     今までで一番素直な美咲の声は、しかしまったく人の暖かみを感じない。
    「復讐するなら自分の手でやるように。仇討ちの先輩からの助言です」
    「ありがとう、あなたの言うとおり。蛾山は私が、私の手で殺す」
     これ以上は……と、今までの説得を聞いていたシレネは思う。だからシレネは一言だけ伝える事にした。
    「終わった後に……もう一度話をしよう」
     美咲はシレネにチラリとだけ視線を向けるのみ。
     最後に悠基が言う。
    「君のやろうとしている事は君の母を汚す事だ」
     この言葉を言えば彼女は怒るだろう。けれど、だからこそ解って欲しかった。
    「解らない? 君が人を殺せば君の親は人殺しの親。おめでとう、君は人殺しを育てた人間に母親を変えたよ」
     ゾワッ……。
     その怒りが本当はどこに向けられているのか。
    「人を殺す。それは君が大切に思う人を巻き込む。その覚悟が本当にある?」
     その怒りは、自分の間違いに気がついているからこその怒りなのだ。
     だが、今さっき出会ったばかりの他人の言葉に、仇討ちという感情に支配された彼女の心は動かされない。
    「覚悟ならある……でも、あなた達を殺すのを母さんは喜ばない……」
    『安心しな! 蛾山はお前に殺らせてやる。だからこいつらはあたいに譲れ! こいつら殺したらまた代わってやる』
    「約束……蛾山は……私が……」
     ガクリと首がうなだれ、今まで僅かに残っていた美咲の気配が遠ざかっていく。そして――。
    『約束は守ってやるよ! もっとも、お前が起きるのはあたいが倒れる時までありえねー! つまり永遠に来ないってわけだ!』
     美咲の中から六六六人衆が産声を上げた。
    「残念ですなぁ……」
     桜城の呟き。
     説得は、失敗したのだ。

    ●殺し合い
     最初に狙われたのは悠基だった。
     前衛と後衛を分けるように地面からそそり立った黒い壁は殺意が具現化した壁だ。巻き込まれた悠基の霊犬、斎とシレネに皆の回復が飛ぶがとても間に合わない。
     悠基は身体を引きずるように立ち上がる。
    「君には同調も共感もできない」
    「そいつはあたいも同じだね!」
     立ちあがった悠基をダークネスの包丁が連続で切り裂き、最後にトドメと大きく振りかぶる。
     だが、事前に戦いについて話し合っておいたのは間違いではなかった。悠基の霊犬が言いつけ通りに防御を優先して動き、横合いから腕に噛みつき悠基を守る。
    「ふん、犬ごときが」
     今度はダークネスを中心に水面に波紋が広がるように黒き殺意が吹き上がる。悠基の霊犬が消え、さらに近くにいた斎が片膝をつく。
     説得に失敗し戦闘力が激減していない今の美咲の力は、灼滅者の想像を越えていた。
    「次はお前だ」
     ダークネスが斎の足首を切り落とすべく一撃を繰り出す。
     しかし包丁は足首のぎりぎりで止まっていた。包丁を持つ腕に斎の鋼糸が絡みつきその動きを捕縛していたのだ。 
    「戦うのは嫌いじゃないんでね」
     にやりと笑う斎。仲間達がチャンスとばかりにダークネスに攻撃を集中させる。
    「あたいも同じさ」
     ダークネスは包丁を手放すと斎の胸へとその手を乗せる。そして……五指をその胸に突き刺したのだ。
    「ぐはっ!?」
     まるでゼリーの中に指を突っ込むように、ずぶずぶと五指が入り込んで行く。その指が心臓に届けば――。
    「離れろよ!」
     鐘を鳴らすごとき衝撃がダークネスを襲う、壱が橙に輝くシールドでその頭を横殴りにしたのだ。思わずタタラを踏み、その指が斎からずるりと抜ける。倒れ伏す斎。
    「邪魔ばかりする」
     ダークネスが壱に向けて腕を振るうと、半月状に殺意の壁が広がり前衛で戦っていた者達にきつい一撃を与える。
     壱はシールドでその威力を削ぐも、その緑色に変化した防御を貫き殺意は身体を蝕んでくる。しかも、作戦通りとはいえイラだったダークネスが死角から壱を集中して攻撃して来るのだ、壱の周りで緑色の光が幾度となく瞬く。それでもかなりの時間耐えていられたのは防御に徹していたからだろう。
    「ここまでか……でも、俺たちは、負けない」
     シールドの輝きが消え壱が倒れる。
     ダークネスは包丁を拾い上げると次の獲物を物色する……ラピス、シレネ、桐斗、そしてリヒト。
     次の瞬間、姿が消えた。
     リヒトが身構えた瞬間。ダークネスはリヒトでなく桜城の正面に現れていた。桜城は最前線で防御を捨てて戦っていた。壱や斎に対して放たれた殺意の壁に巻き込まれ、かなりのダメージを受けていたのだ。
     ダークネスの繰り出す包丁が袈裟懸けに振るわれる。だが、桜城はその攻撃を利き腕と逆の腕を犠牲に致命傷を回避、そのまま体勢の崩れたダークネスを逆袈裟掛けに切り裂いた。
    「カウンターか、慣れてるじゃないか」
    「これでも殺し家業の生まれでやして」
     前線で戦っていたラピスは幾度と殺意の壁に巻き込まれていた事もあり回復に専念すべく後衛へと下がる。だが、狙われている桜城はそうはいかない。シャウトを行うか迷うが、このデスマッチ状態では回復量がとても追いつかないと判断し攻撃を続ける。足が、腕が、視界さえも半分となり、それでも戦う姿は人を殺す業のみを追求して来た殺人鬼ゆえの戦い方だった。
     ダークネスが桜城を攻撃する間、他の者も攻撃を続けるのだ。特にシレネは桜城以外は眼中に無いとばかりに隙だらけの彼女に、輝く剣で、刃すら見えぬ居合いで、縦横不規則な角度でねじり込む斬撃で、次々に傷をつけていく。だが――。
    「ここまでのようで……」
     桜城が倒れる。
     だがさすがのダークネスも肩で息をし、左腕はだらりと下がり、右足も引きずるように立っていた。満身創痍。
     そしてダークネスはトドメを桜城へ……振り上げずに、桐斗へと向き直った。
    「トドメは後でさしてやる。まずはイラつく貴様からだ」
     桜城へ攻撃する間、挑発を混じらせて戦っていたのは効果があったらしい。
     桐斗との戦いは一進一退だった。ダークネスが踏み込みをフェイントに死角から包丁を突き入れるのを、桐斗は同じ方向に回転しつつ倒れこみ回避、そのまま足の腱を日本刀で切り裂こうとするも、ダークネスはその刀を踏み抜き防御、咄嗟に刀を捨て踏み抜きに来た足を腕で掴みかかる桐斗を、全身から黒き殺意を放出して吹き飛ばしつつ攻撃するダークネス……だが、桐斗はいつの間にか再び手にしていた刀を盾に殺意の威力を最小限に押さえる。
    「こざかしい!」
     ダークネスが桐斗の刀ごと断ち切ろうと大上段に包丁を振り上げた時、甲高い音が連続で響き包丁が宙に舞う。同時、包丁を弾いた六文銭が地面へ散らばる。その隙を見逃す灼熱者達ではない。包丁に手を伸ばすダークスネスの前に鋼糸による結界が張られ、穏やかに響くギターの音と共にオーラの固まりが直撃、苦痛に歪むダークネスを二本の刀がトドメとばかりに貫いた。
    「あ、あたいが……?」
     日本刀をずるりと抜くと同時、どす黒い殺意の気配が美咲の中から消えていくのを灼滅者達は感じたのだった。

    ●殺人鬼とは
     意識を取り戻した美咲は、乗っ取られていたのを助けてくれた件に対して真摯に「ありがとう」と頭を下げた。
     だが仇討ちを止めさせる説得はできていない。動ける数人の灼滅者達は美咲と共に蛾山のいるビルへ向かう事にした。
     傷が深くその場に残った斎、悠基、桜城、壱の4人は、ビルへ向かう美咲達を見送る。
    「人なんて、殺した所で何の得もないんだよね」
     肩を竦めて呟く悠基の言葉が印象的だった。

     ビルに到着するとヤクザ達に向かってリヒトが改心の光を使う。その効果は絶大でヤクザ達は自分から自首すると言い出す始末だった。
    「まずは美咲さんのお母さんの所へ行きましょう」
     リヒトの言葉に、美咲も反論はしなかった。
     そこは浴室のようだった。すでに四肢の半分は分断されていたがまだバラバラというには中途半端だった。美咲と戦わずにここに来ていたら綺麗な遺体にあえていたかもしれない。
     美咲が無惨な姿の母親を抱きしめるのを、灼滅者達は無言で見つめていた。
    「どんな罪でも償われると云うことはおこがましいと私は思います」
     抱きしめている美咲へラピスが言う。
    「許されたり、忘れ去られることはあっても、何をやっても償われることはない」
     それは何に対してだっただろう。少なくとも、美咲にはどう聞こえただろう……。
    「さて、蛾山を殺しに行きますか? すべてが法律で解決できるとは僕は思いません。あなたが復讐を望むなら、僕も協力しますよ?」
     桐斗の言葉にラピスとリヒトが何か言おうとするが――。
    「ねぇ、お母さんならなんて言ったかな……?」
     美咲は素質があった。故にダークネスを倒した後、意識を取り戻したのだ。美咲の素質は殺人鬼の物であり殺人鬼だからこそある一つのサイキックの使用を感覚的に掴んでいた。
     美咲はソレを使う。しかし母親は答えてくれなかった。もう少し早ければ可能だっただろうが、と。同じ殺人鬼の桐斗は感覚的に理解する。
    「あなたのお母さんのことは知らないけど、それでもこれだけはわかる」
     呆然とする美咲に、シレネがとつとつと言葉をかける。
    「あなたのお母さんは、あなたのことをとても愛していた」
     それは戦いの前に灼滅者達が何度も言った台詞。だが美咲には届かなかった想い。
     しかし殺戮を目の当たりにし母を取り戻した今、美咲の脳裏に走馬燈のように浮かぶのは、優しく、朗らかで、いつも笑顔で自分を守ってくれた母親との幸せな想い出ばかりだった。
     気がつけば美咲は顔を手で覆い、その手の隙間からとめどなく涙を流し嗚咽を漏らしていた。
    「もう……私は……こ、殺さない……」
     それは殺人鬼のもっとも根源的な、六六六人衆との違い。
     その覚悟ができたなら、彼女も自分たちと同じ灼滅者への道を進めるはずだ。
    「辛ければ一緒においで。私達は貴女を仲間と受け入れる」
     走馬燈使いは失敗している。だから母親がしゃべる事は無い。
     けれど――。

    『………………』

    「………うん。わかったよ、お母さん」
     美咲の顔に初めて笑みが浮かんだ。

    作者:相原あきと 重傷:風宮・壱(ブザービーター・d00909) 四童子・斎(ペイルジョーカー・d02240) 七伐・桜城(大学生殺人鬼・d02851) 白峰・悠基(殺人装置・d03723) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 9/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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