密室は迷い夢の行く先に

    作者:佐和

     古びたソファに腰掛けたまま眠る少女の周囲に黒いもやが現れた。
     しみは広がって大きくなって、突如、切り裂かれる。
     切れ目からぬっと差し出されたのは、真っ白な繊手。
     そして手を引かれるようにして、真っ黒なドレスを纏った女が出現する。
     いや、それをただの女と言っていいものか。
     緩くウェーブのかかった長い黒髪も、ドレスから見える華奢な肩や細い腕もたおやかで女性らしいが、その顔には笑顔を刻んだ仮面が被さり、ダイヤ柄をあしらったスカートの下に足は見えない。
    「……あー。アナタがエンドレス・ノットが言ってたオキャクサン?」
     かけられた声に仮面が振り向くと、眠っていた少女が伸びをしながら目を覚ましていた。
    「アタシは捺。名前を聞いても?」
    「ディリューと呼んで頂戴。しばらく世話になるわ」
     名乗ってから、ディリューは周囲をぐるりと見回す。
    「それにしても薄暗いところね」
     仮面は笑顔のままだが、その口調には不満が滲んでいた。
     言われた少女・捺は肩を竦めて苦笑する。
    「アタシには落ち着くイイ場所なんだけどなー」
     確かに、どこか男の子っぽい雑な服装の捺は、この雑居ビルに馴染んでいた。
    「気に食わないからって出てかないでよ?
     残念ながら、アタシの密室はこの薄暗いビルの中だけだから。
     あ、密室だから、そもそも出れないケド」
     密室殺人鬼たる捺の言葉に、明らかにディリューは肩を落とす。
     そんな様子に気付かないのか気にしないのか、捺は簡単に雑居ビルの構造を説明する。
     1フロアに4~6部屋がある、4階建てのここは1階。
     階段は1ヶ所。エレベーターはなし。
     大分前に放置された物件で、それぞれの部屋や廊下などに様々な粗大ごみがある。
     捺が座るソファもそんなゴミの1つらしい。
     それを聞いたディリューは、ふぅ、とため息をついて。
    「中を見て回ってもよくて?」
    「ご自由にー。特に何もないけどね。
     タイクツ? 人間閉じ込めとけばよかった?」
    「そうね。私は貴女くらいの子供が好みなのだけれど……
     まあ今更、詮無い事ね」
     言ってディリューは捺にくるりと背を向ける。
    「すぐにお仲間も増えると思うからさー。ちょっと待っててよ」
     足がないから足音もなく出ていくディリューにそう声をかけて見送って。
     扉が閉まる音を聞きながら、捺は再びソファにもたれかかって目を閉じた。
     自分の悪夢を伝って、次のシャドウを呼び込むために。
     
     四大シャドウである『慈愛のコルネリウス』と『贖罪のオルフェウス』との会談により、大将軍アガメムノンが六六六人衆の協力を得る可能性が示唆された。
     その危惧がどうやら本当となったようで。
    「シャドウ、密室に集まる」
     密室殺人鬼の作る密室内に隠れて、シャドウが現実での戦力を整えようとしていると、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)は語る。
     密室の場所や中の様子は、エクスブレインでも予知はできない。
     それを知っている者には恰好の隠れ家ではあったのだが。
     サイキック・リベレイターがシャドウに使われた今は違う。
     シャドウの動きを追うことで、密室を特定することができたのだ。
    「見つけた密室、古い雑居ビル」
     そこには2体のダークネス……密室の主たる六六六人衆と、その悪夢を通って密室内に現れたシャドウがいる。
     1階の最奥の部屋で悪夢から出会い。
     しばしの会話の後、シャドウはビルの中を暇つぶしに見て回るらしい。
    「介入タイミング、任せる。けど、シャドウ現れてからじゃないと、だめ」
     シャドウが現れる前に仕掛けてしまうと、バベルの鎖に触れて六六六人衆は密室を放棄し逃げてしまうようだ。
     だが、出会った以降ならどのタイミングで介入しても問題ない。
     雑居ビルの見取り図を差し出しながら、秋羽はこくんと頷いた。
    「シャドウ、強い。でも、六六六人衆、弱い」
     この力量差も作戦を立てる上で重要となるだろう。
     とはいえ、ダークネス2体と関わることになる依頼。
     双方共に灼滅するには相応の対応が必要となることは明白で。
    「1体でも、倒してくれれば、充分」
     だから秋羽は、無理をしないでもいいと言葉を添えた。
     顔を見合わせる灼滅者達に、秋羽は考え込むように少し視線を下げる。
    「シャドウ、現実に現れるの、大変なこと。
     でも、密室、普通だと見つけられない、から、六六六人衆の方が……」
     言いかけた言葉を消すように首を横に振ると、顔を上げて灼滅者達を見やった。
     選択は任せると、その藍色の瞳に信頼の光を灯して。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    羽守・藤乃(黄昏草・d03430)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)
    富士川・見桜(響き渡る声・d31550)

    ■リプレイ

    ●密室
    「放っておくと密室でシャドウが増殖、かぁ」
     使われていない雑居ビルに忍び込んだ彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)は、その静寂を乱さないように小声で呟いた。
     その声には、呆れのような苛立ちのような、苦い感情が垣間見える。
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)も短くため息をついた。
     思い出すのは先日の依頼で倒した黒い影のシャドウ。
    『現実世界に出てきたって言っても、やることは六六六人衆と変わらないじゃない』
     似た者同志かと皮肉りつつ、そんな感想を零したものだが。
    「本当につるんでたとは」
    「分かってはいたけど……手を組まれると、本当に厄介だね」
     肩を竦めてアイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)も苦笑を見せた。
     それにしても、と袖で口元を隠した羽守・藤乃(黄昏草・d03430)は紫瞳を伏せる。
    「密室を隠れ蓑にして、夢から意図的にシャドウを呼び込むとは……
     一体何を企んでいるのでしょうか」
     ソウルボードから現実世界へと次々に現れるシャドウ。
     その戦力を集める場所として選ばれたのが、密室殺人鬼の密室だった。
     普通なら、中の様子どころか密室があることすら知られることはない。
     隠れ蓑としては絶好の条件であるとの判断は分かるし、戦力を集める戦法も理解できる。
     分からないのはその先。
     集めた戦力で何をするのかと。
     そして。
    「宍戸だけでなく、エンドレス・ノットも絡んでるのね。
     これにデスギガス軍とか……酷い連合軍ね」
     鋭い瞳をさらに青く冷たく細めて、エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が呟く。
     六六六人衆とシャドウの繋がり、そして連携の動き。
     絡み合う思惑や意図が垣間見えるけれども、全容は未だ分からない。
     現状にエリノアはもどかし気に奥歯を噛んで。
    「笑えないコラボだけど、見つけられたのは幸いなのかな」
     その肩に優しく手を添えながら、さくらえが小さく笑いかけた。
     振り返りその顔を見たエリノアから、先の見えないもやもやが少しだけ晴れていく。
     この事態を掴むことができて、対処することができる。
     悪い事ばかりではないのだからと思い直して。
     そうね、とエリノアも微笑を返した。
    「今のうちに削れるだけ削るしかないわ」
     やれることをやるだけなのだと。
     頷き合う2人の後ろで、天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)は周囲をそっと伺う。
     廃れ寂れた雑居ビルには何の物音も気配もしない。
    「一般人が居ないのは助かるな。戦闘に集中出来る」
     それは、救いと言えば救いだった。
     密室の中に一般人が閉じ込められているケースは少なくないのだから。
    (「密室は誰の姿をも隠しちまう。
      殺人鬼も影も。もっと言えば其処で消えた誰かの命も、全部」)
     森田・供助(月桂杖・d03292)は強く手を握りしめる。
     かつて遭遇した密室を、報告で伝え聞いた事件を、様々に思って。
    (「それは……嫌だ」)
     生を、死を、隠されたくない。
     そもそも、命を失わせたくない。
     決意は硬く握られた拳に強く強く現れていた。
    「嫌な予感がしてるんだ」
     富士川・見桜(響き渡る声・d31550)も自身を抱きしめるように腕に力を入れる。
    「普通の人達を守るためには、この事件はしっかりと終わらせないといけないって」
     身を震わせながらもしっかりと前を見据える見桜に、アイナーは、ああ、と頷いた。
    「被害が出ない内に、退場願おう」
     そして、視線を揃えるように見やった廊下の最奥で、1つの扉が開いた。
     灼滅者達は今まで以上に息を潜め、身を隠し気配を消して、扉から現れた影を見る。
     黒いドレス姿の、真っ白な肌を持つ、足のない女性……シャドウ・ディリュー。
     ディリューは扉を閉め、廊下を音もなくこちらへ近づくように移動すると、手近な別の扉を開けて中へ入る。
     どうやら予知通りに、1階から探索をしているようだった。
     だが、何があるわけでもない、さして広くもない部屋は、探索するほどもなく。
     すぐにまた廊下に姿を現したディリューは、次の部屋へと入り。
     そして、さほどの時をかけずに階段に辿り着くと、2階へと上がっていった。
     ディリューの姿が見えなくなったところで藤乃が振り向くと、供助は手で確認の合図を送って、応えるように向かいにいた黒斗が足を踏み出す。
     それを機に灼滅者達は動き出し、1つの扉の前へと集った。
     ディリューが最初に出てきた、中に六六六人衆・捺が居るはずの扉の前へと。
     さあ、とアリスは皆を見渡して。
    「綺麗に年末の大掃除を始めましょう」
     開始の宣言と共に、扉を開けた。

    ●按捺
    「Slayer Card, Awaken!」
     部屋に入るなりの解除コードで、アリスの周囲に魔法の矢が現れる。
    「飛ばすわよ! マジックミサイル・バラージ!」
     放たれた高純度の魔力の弾幕は、ただ1点、捺へと向かった。
     驚き、矢を受けながらも、捺は床を蹴りソファごと後ろに倒れこんで。
     本来とは違う面を床に付けたソファを盾に、くるんと体勢を立て直す。
     そこにソファを飛び越えたエリノアが槍を穿ち放ち。
     横へと移動した捺の動きを見越した見桜が、ソファの影から飛び出して青白い燐光で鋭い軌跡を刻んだ。
     いてて、と呟く捺を油断なく見据え、アイナーはサウンドシャッターを展開する。
     不自然に大きな音を立てれば、違う階に離れているとはいえ、同じ建物内にいるディリューに気付かれてしまうと危惧しての対応だ。
     続いて飛び出した黒斗の動きも、静音を意識していて。
     壁やソファなどを蹴り宙を舞うかのような普段の大きな動きは控え、シンプルに捺へと接近して縛霊手を叩きつける。
     さくらえの白練色の帯締めは、白蛇のように静かに捺へと迫り貫き。
     藤乃の影は鈴蘭を象り、妖精を誘うように穏やかに、連なり捺を絡め捕えた。
     行止を黄色にスタイルチェンジさせて振り抜いた供助がアイナーの前へと進み出て。
     8人の灼滅者をさっと流し見た捺が、面倒臭そうに顔を歪める。
    「オキャクサンはシャドウだけって聞いてたんだけど」
     呟きつつ血の付いた手をズボンで拭いてから後ろに回し、再び取り出せばそこには鋏が握られていた。
    「予約がないヒトはオコトワリだよー」
     にやりと笑ったその顔を見た刹那、捺は見桜の目の前へと迫る。
     小さな刃が喰らいつくように襲い掛かり、大きく深く傷を刻んだ。
     すぐさまアイナーから癒しの矢が放たれる。
    「まだまだ、大丈夫!」
     その援護に応えるように、そして皆を鼓舞するように。
     見桜は声を出しながら周囲に光輪を生み出し、言葉を証明するように撃ち出した。
     それを追う黒斗は、光輪の軌跡と『Black Widow Pulsar』の太刀筋を組み合わせて。
    「お前に接待してもらいたいわけじゃないんでね。予約外でも受けてもらうぜ」
     斬撃が新たな血飛沫を生み出す。
     休む間も与えないようにとアリスが再び魔法の矢をばら撒き、藤乃が赤黒い鈴蘭の狂い咲いた兇手を振りかぶる。
     静音と共に目指すのは、捺の早期撃破。
     いずれも、ダークネス2体同時の戦闘を避けるための作戦だ。
     弓を構えたアイナーは、捺の動きを追いながらも入って来た扉の方を時折ちらりと伺う。
     供助も視界の端に扉を捉え、ディリューの姿がないことを確認しながら風の刃を放った。
     さくらえと共に冷気のつららを生み出したエリノアは、作戦としての狙いは皆と揃えているが、加えて個人的にさくらえへと気遣うような感情を向けている。
     彼の実力に不安があるわけではない。
     エリノアより強く、年上で、そして何より信頼する恋人なのだから。
     それでも、さくらえが闇堕ちから帰ってきたばかりという、ごく最近の出来事が、エリノアを心配させる。
    (「まぁ、今度は同じ戦場にいるのだし。護ってみせるわ!」)
     決意と共に妖冷弾を撃ち出すと、揃えたさくらえが優しく微笑んだ。
     思いはそれぞれの胸に、それぞれ違う色を持って秘められている。
     藤乃は捺に加え、密室そのものへと静かに敵意を向けていた。
     こことは違う密室で見捨ててしまった一般人。
     名古屋で何1つ助けられなかった自分自身。
     己に刻んだ許されざる罪を抱いて。
     その手の『咎鳴る鈴』に鈴鳴る鈴蘭の、滴る血のような赤黒さを握りしめて。
    (「密室は、全て、潰します」)
     決して言葉にはしないほどに強く強く、誓う。
     そして捺へと殴りかかったその動きに、異形巨大化した供助の腕が揃った。
     振り向く藤乃に、供助は心配を隠して青空のように笑いかける。
     妹のように想う彼女の背負ったものを、戦い続けると決めた思いを、共に立ち、そして護れるように。
    「潰すぜ」
    「はい」
     短く言葉を交わすと、供助の背に四色の鳥の翼を模した帯が広がり、藤乃の足元で影の鈴蘭が連なり揺れた。
    (「倒さなくてもいい相手なら倒さない方がいいけど」)
     捺の斬撃を受けながら、見桜の脳裏には別の相手が浮かぶ。
     それは捺と同じダークネスだけれども、捺と違い武蔵坂学園へと身を預けてくれた相手。
     戦い合ったけれども、分かり合えたイフリート達。
     でも今回は違うと、見桜は小さく首を振った。
     仲間を、人々を、守るための戦い。
     そのためなら全てを賭けて挑み、立ち塞がろうと。
     見桜は傷の痛みに歯を食いしばって耐え、青白い燐光を纏う『リトル・ブルー・スター』を振り抜いた。
     重なり続ける攻撃に、まともに回復手段を持たない捺はどんどん傷を深めていって。
    「密室殺人鬼は高位の六六六人衆ばかりかと思ってたけど、あなたみたいなのもいるのね」
     事前に聞いていた通りの実力に、アリスは素直にそう思う。
    「うるさいなー。アタシはこういうトコでのんびりするのも好きなの」
     捺は三角定規をばら撒いて、それを牽制としてアリスに突撃。
    「序列がなきゃダメなら、ここでアタシに殺されて?」
     その手の万年筆はアリスに深く刺さり、引き抜く動きで傷を広げるように切り裂いた。
    「その提案は受け入れられない」
     でも、アイナーの帯が守るように展開し、すぐさまアリスの傷を癒していく。
     回復のフォローへと黒斗が飛び込み、死角から捺を切り裂いていくところで。
     アリスも戦線復帰し、黒斗と相対する捺へと光剣『白夜光』を斬り下ろした。
     灼滅者達も前衛陣を中心に傷を負っているが、捺の傷はそれ以上で。
     重なるBSもその動きを妨げてきた。
     だが、息を荒げながらも捺は攻撃の手を緩めない。
     逃走の動きがないのは好都合と、エリノアは槍を強く握りしめ、走る。
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     穿ち放たれた一撃に手応えを感じ、でも油断なく捺から一度距離を取ると、そこにいたさくらえがどこか楽し気な笑みを浮かべていた。
    「……何よ?」
    「ああ、帰ってきたなぁ、ってね」
     そう答えたさくらえは、ふふ、と微笑んで、嬉しそうだけどもどこか怒ったような複雑な表情を見せるエリノアを横目に『叶鏡』を掲げる。
     玻璃に宿るのは、己の深淵。
     そこに込めた、望む未来へと進みゆくその誓いを体現するように、さくらえは前へと進み、一撃を穿つ。
     供助の翼が、藤乃の鈴蘭が、畳み掛けるように襲い掛かり。
     血塗れの鋏をその身で受け、見桜が捺の動きを止めれば。
     黒斗の斬撃が捺に膝をつかせ、アリスの刃が白夜のような輝きを見せる。
    「まず、ひとり」
     そして捺は倒れ伏し、静かにその姿を消していく。
     アリスはじっと消えゆく敵の姿を眺めて。
    「まだだ!」
     そこに鋭くアイナーの声が響いた。
     瞬時に理解した見桜がアリスと扉との間に割り込んで。
     振り向いたアリスの前で、見桜の背中に鋭く黒い影が、生えた。

    ●迷夢
     見桜の身体を貫いた影の先端は鋭くダイヤを象っていて。
     引き抜かれたそれはそのまま引き戻されていった。
     その動きを目で追った黒斗は扉へと正対する。
     そこにはゆるりと黒いドレスが揺れていた。
     影に見えたのはドレスが伸びたものだったらしい。
     足がないゆえに足音もなく、真っ白な手を口元に添えて、ドレスを纏ったディリューが静かに微笑むのを、さくらえとエリノアが槍の穂先を揃えて睨み据えた。
     見桜は、ドレスが引き抜かれると同時に膝をつき蹲り。
     すぐさまアイナーが、手が足りないと見てとった供助と藤乃が回復を重ねる。
     そんな皆とディリューとを見たアリスは、内心で歯噛みしつつ呟く。
    「……メインディッシュね」
     捺を倒す前に現れなかったのはよかったが、完全なる連戦。
     皆の負傷を、自信にも鈍く残る痛みを感じ、だがそれは顔に出さずにアリスはディリューへと声をかけた。
    「待たせたかしら?」
    「いいえ。そこそこいい暇つぶしにはなったわ」
     笑みを含んで返された言葉に、黒斗は気付く。
     もしかしたら、自分達と捺が戦っている間にディリューは戻っていたのではないかと。
     戦いに気付いて、だがそれを傍観していたのではないかと。
     先ほど、廊下を階段へと向かう時より楽しそうに見える姿に、黒斗は思う。
     だがその想像が当たっていてもいなくても、現状に変わりはない。
    「なら、もっと暇つぶしにつきあってやるぜ?」
     だから黒斗はいつものアクロバティックな動きでディリューに蹴りかかった。
     アリスも輝ける十字架を光輪させ、無数の光線を撃ち放つ。
     エリノアの槍が黒いドレスの裾を貫けば、その漆黒が弾丸に形を変えて、返すようにエリノアを襲う。
     たまらず倒れ込むように後ろへ下がったエリノアを庇うように飛び出したのはさくらえ。
    「僕の姫様目の前で傷つけられるの、黙って見れるかっての」
     全力で叩き潰したげる、と黒塗りに真鍮製装飾を施した『涅槃』で斬り込んでいく。
     供助の風が、藤乃の影が、ディリューへと続き。
     メディックのアイナーは、その帯を広げて皆を守る。
     だが、やはり捺との戦いを経た分、灼滅者達の傷は多くて。
     見桜も燐光を回復に傾け、藤乃の癒しを受けた黒斗が流れる血を気にせず刃を振るう。
     厳しい戦いになる、とアイナーが覚悟を決めたその時。
    「さて、そろそろお暇するわ。
     密室を壊してくれた礼は、もういいでしょう?」
     言ってディリューはふわりと後ろに下がった。
     扉を越え、半分廊下に出ているような位置だ。
    「元気に跳ね回る年でもなさそうだものね。おばさま」
     逃走の意を見て、アリスはそれを止めるように挑発の言葉を投げかけるけれども。
     ディリューは気にも留めず、笑みと共に一蹴する。
    「貴女は好みじゃないの。もっと幼い子がいいわ」
     そしてちらりと部屋の中へと走った視線。
     ふと気づいた黒斗が、捺が消えたその場所へと目を向けると。
    「そうね。嫌いじゃなかったわよ」
     それだけを告げ、ディリューはひらりと手を振り、身を翻した。
    「待て!」
     アイナーが追い、部屋の外へ出るも、廊下にはもう影の姿はなく。
     ただ静寂だけが雑居ビルを満たしていた。
     

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月31日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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