闇を誘うプレイ・ハウス

    作者:麻人

     ……中庭の木々が鬱蒼と茂る洋館の中で密室殺人鬼の少女が眠りについている。彼女の周囲に黒い靄がかかった次の瞬間、それを切り裂いてもう一人の少女――シャドウが現れた。
    「今日から厄介になるわよ。私のことはルーとお呼びなさい」
     と、シャドウの少女は目を覚ました密室殺人鬼の少女に居丈高な挨拶をする。全身を真っ黒なドレスと黒いメイクで着飾った、プライドの高そうなシャドウである。
     だが、密室殺人鬼の少女は眠そうな目を擦り、あくびをしただけだ。
    「ちょっと、聞いてるの?」
    「……めんどくさい」
     密室殺人鬼の少女はだぼっとしたスウェットのワンピースにジーンズという、シャドウとは対照的な格好だった。ぼさついた長い髪をかきあげつつ、テーブルの上をぴたぴたと触っている。
    「ねえ、眼鏡どこー?」
    「眼鏡ならそこよ! もっと右! あっ、行き過ぎっ! まったくもう、この私を匿う気があるのかしら!?」
     ルーと名乗ったシャドウは投げつけるようにテーブルの端に引っかかっていた眼鏡を渡して、地団太を踏んだ。
    「……ふふ、匿う気……あるよ」
     眼鏡をかけながら、殺人鬼の少女は笑って言った。
     いつの間にか、彼女の手にはベルがある。
     それを鳴らすと、ほんの数十秒で部屋の扉がノックされた。開かれた扉の向こうにスーツを着た男とブラウス姿の女性が二人、お辞儀をしている。
    「お嬢さま、お呼びでしょうか……?」
    「うん。そこの子の接待をしてあげて。大切なお客様だから、手厚い歓迎をお願いね」
    「かしこまりました、お嬢さま」
     従順な彼ら――密室に閉じ込められた一般人たちの反応にルーは目を瞬いた。
    「あんた、お嬢さまなの?」
     すると、殺人鬼の少女は唇の端を歪めて笑う。
    「んなわけないない。私は小神野っていうの。本物のお嬢さまを人質にとってね、私の世話をさせてんのよ。ほら、何でも欲しいものを言いなさい? エンドレス・ノットの命令ですもの。下にも置かない待遇を与えてあげるわ」
     
    「コルネリウスとオルフェウスの協力もあってシャドウと六六六人衆の企てが明らかとなったわけだけど……」
     村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は灼滅者たちに事件のあらましを説明し始める。
     現実世界に現れることができるようになったシャドウが隠れ家として選んだのが、六六六人衆の創り出した密室である。
    「密室殺人鬼の見ている悪夢を通じて、直接密室内に現れる……確かに、密室殺人鬼の密室の内部は通常、エクスブレインの予知で感知する事は出来ない。なので、これはサイキック・リベレイターの効果によってシャドウに関する情報として得られた予知になる。シャドウだけでなく息をひそめていた密室殺人鬼を倒す絶好の機会でもあるってわけだね」

     密室は今回の作戦のために新しく作られたものらしく、最大で数十体ものシャドウを匿えるような場所になっている。
     シャドウの趣味に合わせたのか、瀟洒な洋館を利用した密室だ。それだけではなく、接待用の人員と称して一般人をも巻き込んでいる。
    「密室の元にした洋館で働いていた使用人たちみたいだね。彼らは本物のお嬢さまを人質にとられた状態で囚われている。彼らを助けるには、密室を作り出した殺人鬼を倒す必要がある」
     ただ、とエクスブレインは続けた。
    「今回は2体のダークネスを同時に相手取ることになる。シャドウは現実に現れていることもあって、強敵。密室殺人鬼はそれより弱いけれど、2人合わせればこちらの戦力を大きく上回る」
     ルーという黒衣のシャドウは戦闘時にドレスの延長上として闇の触手のような戦闘部位を具現化させる。エッジのあるブーツ部分は滑走が可能で、エアシューズと似た性能を持つようだ。
     一方、密室殺人鬼の小神野という少女は気だるい様子でその場から動かず、どす黒い殺気を放って敵を牽制してくる。その手首には契約の指輪相当と思われるブレスレット。
    「シャドウが前衛として攻撃と防御を兼ね、密室殺人鬼が中衛として援護する形……かな。ダークネスとしての単純な力量はシャドウの方が上だけど、直情型のシャドウと違って密室殺人鬼の方が狡猾な分、厄介かもしれないね。よほどうまく立ち回らないことには、両方を倒すのは難しいと思う」
     どちらか片方しか灼滅できないとなれば――と。
     エクスブレインはそこで一拍を置いた。
     
    「どちらかしか灼滅できない状況であれば、厄介な力を持っている密室殺人鬼を狙った方がよいかもしれないけれど……そちらを倒せれば、囚われた一般人も解放されるだろうしね。ただ、彼女はシャドウをおだてて自分の盾として戦わせるだろうから、優先して攻撃するのは難しいかもしれない」
     場合によっては、シャドウどころか一般人すら盾にするかもしれない。最悪の可能性をエクスブレインは淡々と告げた。
    「いずれにしても、どちらか一方だけでも倒せれば君たちの勝ち。よろしく頼んだよ」


    参加者
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)
    ニアラ・ラヴクラフト(死闇堕渇望之宇宙的恐怖崇拝物・d35780)

    ■リプレイ

    ●プレイ・ハウスへようこそ
     ドッ、と地震のような揺れが館全体に伝わる。身を寄せ合って震えていた使用人たちは悲鳴を押し殺した。焦げ付いた炎の匂いが薄らとここまで漂ってくる……そして、甲高い金属音に複数が揉み合うような激しい足音。
    「ベルは……」
     まだ、鳴らない。
     あれで呼ばれた時、彼らは死地と化した戦場へと踏み込む運命を課せられる。
     しかし――未だそれは沈黙している。

    「影と密室殺人鬼の戯れ。既知だ。奴等の魂は冒涜に値する。強烈な苦痛と暗黒を魅せ、有象無象の一と報せるべき。知らせた事に後悔せよ。我が名は混沌。我が名は愛。愛すべき愚物に。我が灼滅の業を。齎すと誓う」
     滔々とした演説めいたニアラ・ラヴクラフト(死闇堕渇望之宇宙的恐怖崇拝物・d35780)の、多分に苛立ちを含んだ八つ当たりの矛先は黒衣を翻して戦場を駆け巡るシャドウの少女へと差し向けられている。無論、冒頭で『影と密室殺人鬼の戯れ』と指定している以上、のっそりとソファの上に身を投げ出して眼鏡のブリッジを弄っている密室殺人鬼の少女――小神野も宣告の対象に入れられてはいるのだが、未だ彼女は無傷である。
    「ふふん……冒涜ときたかぁ。いいじゃん、私らにとってはそれ褒め言葉よね?」
     白い指先が眼鏡を押し上げると同時に迸る殺気。
     受けてた立つニアラの全身からもまた、領域に踏み込んだ生命を須らく刈り取らんとする鏖殺の気迫が揺らめいた。書斎のテーブルを挟んだ端と端から放たれた殺気は部屋の中央で正面からぶつかり、せめぎ合い、互いに半ば溶け合うようにして部屋の中を殺気で満たす。
     ――息ができなくなりそうなほど、重い殺気だ。
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)はポケットの中の髪留めを無意識のうちに触る。ざらざらとした表面の触り心地は、それが焼け焦げてところどころ溶けてしまっているからだ。その感触に触発されたのか、不意に隣に立つ友人のことが心配になる。
    「治胡、大丈夫か?」
    「ん? ああ……」
     夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)は口元に笑みを浮かべ、表情を隠すように帽子のつばを下げた。
    「心配かけたな」
    「大丈夫ならそんでいーし! 無理すんなよー!」
    「了解」
     応答と同時に前方へ大きく跳躍。
     身を沈め、まるでスケートのように滑走するルーの蹴撃と治胡の振りかぶった縛霊撃が空中でぶつかり合った。
    「このっ!」
     ルーは器用に霊糸の捕縛をかいくぐりながら体勢を整えて着地。
     そこへ、待ち構えていたとばかりにフリル・インレアン(小学生人狼・d32564)の爪撃が襲い掛かる。ルーはこれを後方へ滑走することで回避。
    「あんたたち、本気でやる気ね……」
     デスギガス配下にあるルーは、シャドウ大戦の戦場で灼滅者達とまみえた経験がある。
    「あとちょっとでコルネリウス達をやっつけられたのに邪魔しただけじゃなく、今度もまた横槍を入れてくるだなんて、うざったいにもほどがあるわ!」
     きつく巻いて結った銀髪をかき上げて、ルーは漆黒に彩られた銃弾を無差別に射出――!!
    「ッ――」
     その身を投げ出して仲間たちを庇う、治胡の背中。
     貫かれた傷跡から次々と炎が滲みだして、薄暗い書斎に鮮血の明かりを灯してゆく。
    「治胡!」
    「気にすんな!」
     怒号に近い叫びに康也は頷き、傍に寄り添う影狼を伴って跳躍。
    「ぶっ飛ばしてやる!」
    「くっ……!」
     獣化した康也の爪撃に肩口を抉られたルーは痛みに呻き、後退する。
     だが、そこには夥しい数の目玉を浮かべた大鎌が待ち構えていた。ぎょろりと一斉にこちらを見やる不気味な目玉に息を呑んだルーは、その隙をついたニアラの大鎌による殴打によって床の上を転がる羽目になった。
    「きゃあっ!!」
    「動作が単調で在る。これも所詮既知が奠め」
     間を置かず、ニアラは足元から二枚貝型の影業を起動する。
     ぱっかりと口を開けた貝の内側から無数の腕が生えてくるという奇怪な光景にルーは微かな悲鳴を上げた。
    「益してや件の大戦に於ける諸々。我こそ憤怒の成り行き。然るに滅す。屠る。罪業贖うべし」
     ニアラの独白を代言するとこのようになる。
     あのシャドウ大戦はコルネリウスとオルフェウス及び武蔵坂学園の関係者の救出こそ成ったものの、総大将アガメムノンの暗殺は実行されることがなかった。
     ニアラはその顛末について非常に――限りなく臨界点に近く――苛々しているのだ、と。
    「なっ……」
     急所を狙って迸る康也のレイザースラストとニアラの不気味な二枚貝から伸びる影の捕縛から逃れつつ、ルーは叫んだ。
    「そんなの、ただの八つ当たりじゃない!!」
    「ふーん、なるほどなるほどー」
     踊るスケーターのような動きで必死に攻撃を避けるルーとは対照的に、呑気な態度でソファに寝そべる小神野は面白がるような声色で言った。
    「エンドレス・ノットも妙な私怨がついた勢力に協力するってことになっちゃったのねー」
     ごろごろと寝返りを打ちながら、適当に狙いをつけた相手に呪いの詠唱を投げつける。まるで乱れ撃ちだ。前衛も後衛も関係なく、ただ目に入った相手にぶつけていく。
    「させませんよ」
     仲間達の後方より、フリルの幼い唇がひっきりなしに闇の契約を紡ぎ続ける。治胡は縛霊手を祖霊を弔う祭壇へと変えて仲間の身に溜まった淀みを洗い流していった。
    「ちょっと、ちゃんと援護しなさいよ!」
     自分ばかりが攻撃を受けている状況に怒ったルーが小神野を呼ぶ。
     小神野は肩を竦め、フリルと同様の呪文を紡いだ。
     彼女は薄々気が付いているのかもしれない。灼滅者たちの標的がシャドウに集中しており、彼らが自分を倒すつもりがない――という作戦に。
    「狙われるとすれば、この場所の主である私の方……って思ってたんだけどな。違う?」
     この密室が失われればシャドウの実体化が滞り、デスギガスの作戦に支障をきたす。故にシャドウには密室殺人鬼を守る義務がある。
     という詭弁を弄して小神野はルーを思うまま自分の盾として操っているのである。
    「お洒落なお嬢サン」
     と、女にしては低い声に呼ばれたルーが顔を上げた。
     そこには治胡の苦々しそうな瞳があった。
    「アンタ殺人鬼に上手く使われちまってるな」
    「むっ!」
     白く塗りたくった厚化粧の上からでも、ルーが頬を紅潮させたのが分かる。
    「うっさい! しょーがないじゃない、こいつに頼らないとこっちにいられないんだから! どーせ私は弱みを握られた可哀想な少女よ」
     開き直って、腰に手を当てた格好でルーは言い切った。
     小神野の立てた作戦について、ニアラは厄介な戦法だと一刀両断する。
    「影を有効活用する殺人鬼。ならば我は『盾』を壊す。貴様の盾は縦に灼滅すべき。屠る。屠れ。死の未知に抱かれ、我が絶命を待て。未知こそが至高。貴様等は既知だ。既知なのだ。冒涜すべき既知どもが」
     二枚貝を背後に、不気味な鎌と蟹を連想させる断斬鋏を両手に構え、断じる。治胡の祭霊光だけでは解除が足りず、康也は自らもシャウトによって密室殺人鬼の与える異常を振り払った。
    「利用されまくっててなんかちょっとかわいそうだなとか思わないでもないけど! できるところからボコボコに、って奴だぜ!」
    「あ――」
     眼前に迫る銀色の切っ先。
     ドグマスパイクの一撃が振り下ろされる瞬間を瞳に映したルーは、避けきれない、と悟って身を固めた。だが、康也の視界の隅で小神野が動いた。
    「!?」
     彼女はテーブルの上に置いてあったベルに手を伸ばしている。
     劣勢を覆すため、もうひとつの『盾』を呼ぼうというのか。
    「させるかっ!」
     一般人を巻き込むつもりなら、力ずくでも止めてやる――!
     そう心に決めていた康也は攻撃仕掛けていた体を無理やり捻り、ソファに寝転がる小神野にダイブするような形で体当たりした。
    「わっ」
     もつれ合いながら、二人はソファごとひっくり返る。
    「今のうちだ」
    「承知」
     治胡とニアラは目配せする時間すら惜しいとばかりに声だけを掛け合い、シャドウを左右から挟み撃つ。この人数では半包囲が精一杯。だが、背後に小神野を庇う形のルーを標的とするならば、これでも十分といえるだろう。
     窮地を悟り、ルーは大輪の黒薔薇を咲かせるが如く闇の嵐を巻き起こす。
     前衛の二人――康也と治胡は顔を腕で庇うようにして、暴風を耐えた。
    「落ちついていきます」
     フリルは的確に狙いを定め、薔薇の花芯に当たるルーへとオーラキャノンを撃ち込む。到達点を中心に闇でできた花びらが宙に散った。
     それを目印にして、ニアラの手元で虹色の輝きが一閃する。
     ルーが大きく目を見開いた。
    「塵と化す」
     それは心傷を呼び覚ます拳の流動。
     ニアラはただ、事実だけを羅列する。ルーの黒衣と一体化していた闇が襤褸のように崩れていった。茫然と開いたままの瞳に映ったのは、自らに振り下ろされる縛霊手。
    「あ」
     悲鳴は霊糸の緊縛に潰され、最期は弾けるようにして黒い闇花は散っていった。

    「あーあ……」
     自らの髪と同じ色の炎を纏い、シャドウの少女が灼滅された場所に仁王立ちしていた治胡は緊張感の欠片もない声に顔をあげた。
    「いたた、もー、無茶し過ぎ」
     康也の体当たりを食らった小神野はぶつけた頭をさすりつつ体を起こした。
    「シャドウはやられちゃったかー。で、どうすんの? まだやる?」
     いつの間に拾い上げたのか、小神野の手にはベルがあった。
     これ以上やるつもりなら、彼女はそれを鳴らして新たな『盾』を呼び出すだろう。戦闘能力はないが、灼滅者たちにとってはこれ以上ない『盾』になるはずの存在を。
    「密室殺人鬼さんは次の機会に灼滅させてもらいます」
     フリルの宣告に小神野が笑う。
    「次、ね。あるかな?」
    「ココから動いちまうのか、やっぱり」
     治胡の問いかけに小神野は首を傾げた。
    「どーかなあ。ま、運がよければまた会えるでしょ。炎のスカーフェイスさんに狼連れた少年に既知嫌いのおにーさん。と、帽子っ子か。覚えといてあげるわ」
     じゃーね、と灼滅者達が撤退してゆくのを小神野は手を振って見送る。
     迅速に退散しつつ、ニアラは深い溜息をついた。
    「現は既知に満ちる。我の無聊は癒えず」

     ……中庭の木々が鬱蒼と茂る洋館の中では今もなお、仮初のおままごとが続けられている。密室の中で繰り返される、それは闇を誘うプレイ・ハウス。

    作者:麻人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月9日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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