アラベスクは闇に戯る

    作者:

    ●密談
     灯りの落とされた広いホールに、整然と並んだ机と椅子。その椅子の1つに腰掛け、男は1人眠っていた。
    「……、はっ……」
     脂汗を浮かべてうなされるスーツ姿の男の周囲にはやがて、ホールに落ちる暗闇よりも更に深い闇色の靄がかかり――。
     突如、内から飛び出した漆黒の蔦がその靄を切り裂いた。
    「……くだらんな」
     裂け目からずるり、と無数の蔦が流れる様にホールの中へと雪崩れ込む。響いた声は、徐々に一所へと集まり行くその蔦の内部から轟いた様に思われた。
    「……私の悪夢はお気に召しませんでしたか、レディ?」
     芝居がかった声音でそう語ったのは、いつの間にか目を覚ました眠り男。うなされていた先ほどまでが嘘の様にくつくつと嗤い立ち上がると、蔦の塊へ丁寧な礼をする。
     直後、弾け飛ぶ様に散った黒き蔦の中から、女が姿を現した。
    「――不愉快だ。我が名、黒蔦・怜(くろつた・れい)。レディなどと虫唾の走る呼び方をするな」
     スーツの男が恭しくその手を取ると、女はそれを払いのけた。男は肩をすくめると、再び深く礼をし詫びる。
    「これは失礼致しました。……しかし、此度の我らは協力関係。来る時まで私、ゼトの密室に貴女をお守りするのが役目です。お好みと聞き密室全館照明を落とし、飽きぬ様余興も用意致しましたので……何卒、お手柔らかに、黒蔦様」
     喰えぬ笑みに何処か有無を言わさぬ圧を帯びて、語る男が女へ再び手を差し出す。――女は今度はその手を取った。
    「ふん……良かろう。ではゼト。この久方ぶりの現実世界で、余興とは一体何を用意してくれたのだ?」
    「人間を。裂くも殺すも、お好きにと」
    「……ふ、成る程な。実に貴様ららしい贄よ」
     冷笑浮かべ、女はゼトに導かれるまま椅子へ深く腰掛ける。
     その細い肩には、腕や頬にまで至る黒き蔦の刺青の中に――くっきりとクラブのマークが浮かんでいた。

    ●闇に戯る
    「ゼトと名乗った六六六人衆と、黒蔦・怜と名乗ったシャドウ。あなた達に向かって貰いたいのは、このダークネス達が潜伏している密室化したホテルよ」
     唯月・姫凜(高校生エクスブレイン・dn0070)が語ったのは、サイキック・リベレイターの照射によって発覚したシャドウ勢力の動きの1つ。
     コルネリウスとオルフェウスとの会談でも語られた、現実世界へ顕現し始めたシャドウと六六六人衆との接触が、現実のものとなったのだ。
    「密室殺人鬼――予知に掛からない彼らの密室の存在はとても厄介なものだったわ。恐らくは六六六人衆側もそう考えたんでしょうね、現実世界に顕現し始めたシャドウ達をそこに匿うことが出来れば、私達が気付かぬ間にシャドウ戦力は増強する。だから密室殺人鬼の見る悪夢を通じてシャドウ達を密室内に直接招いて匿う……理にかなってるわ。サイキック・リベレイターがシャドウに照射されていなかったら、の話だけれど」
     照射対象に対し、サイキックアブソーバーでは予知出来ないレベルまでの予知を可能とするサイキック・リベレイター。
     今回、シャドウ勢力がその照射対象となったことで――シャドウが現れた密室に限り、その場所や内部を特定することが可能となったのだ。
    「場所は名古屋市近郊の2階建てのホテルよ。本館2階のホールに、ゼトと黒蔦、どちらも居るわ。あなた達は真っ直ぐにホールへ向かって、2体を……難しければ、ゼトだけでも灼滅して」
     姫凜が灼滅対象に敢えて『ゼト』と優先して挙げるのには理由がある。密室化したホテルの1階客室棟には、ホテル従業員や宿泊客が総勢26名捕まっているというのだ。
    「助けようにも、密室化している以上ゼトをどうにかしない限り彼らは絶対脱出出来ない。それに、補足が困難な密室殺人鬼であるゼトを此処で灼滅することが出来れば、この先の戦いにそれは必ず生きてくるわ。シャドウだけじゃない――六六六人衆との戦いにもね」
     理由はまだある。今回のケース、密室殺人鬼にとってシャドウはいわばゲストの様なものだ。
     特にも今回標的とするゼトは、使命感か役を担ったプライドからか、黒蔦にはかしずく姿勢を見せているという。その証拠の1つが、徹底された館内消灯。
     黒蔦が暗闇を好んでのことらしいと姫凜は語る。2階のホールに至っては、遮光カーテンで外光を完全に遮断する徹底ぶり。
     そこまでする彼が黒蔦を守り立ち回るとすれば、黒蔦の攻略は簡単にはいかない。それでなくとも黒蔦は――ソウルボードでの弱体化した存在ではない。現実に顕現したシャドウなのだ。
    「黒蔦は黒髪で、容姿は完全に日本人女性ね。でもシャドウはシャドウ。……過去に一度、私の予知にかかったことがあるわ」
     それは、もう2年以上も前になる。幼い少女のソウルボードを蹂躙しようとしたこのシャドウは当時、はっきりとした輪郭を持たない影の様な姿であったのだが。
    「それが今回、明確な形を持って現実世界に顕現してる。つまり――以前より間違いなく強いということよ」
     徒党を組んだ2つの勢力。憂慮すべき事態には違いなく、そしてその脅威に対抗することは決して簡単なことではない。
    「でも、これは現実世界に現れたシャドウと密室殺人鬼を灼滅するチャンスでもあるの。無理はしないで欲しい。でも、……これを好機にして欲しい」
     この先に、戦いは未だ続くのだから――数々の苦難を乗り越えてきた灼滅者達の力を、姫凜はただ信じていた。


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)
    神谷・蒼空(揺り籠から墓場まで・d14588)
    蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)
    永篠・葎(残響・d34355)

    ■リプレイ

    ●闇中の女
     ガコン、と音立て重厚な扉が開かれる。
     暗闇の中に2つの気配を感じた千布里・采(夜藍空・d00110)はスレイヤーカードを紐解いた。現れたのは手に殲滅銃、足元には鬼火従える霊犬。顕現のその瞬間、小さな獣の纏う蒼炎は一際強く灯を放ちホールの全容を照らし出した。
     青白い光の中に浮かんだのは、スーツ姿の美丈夫と――黒衣と蔦の入れ墨を纏った美女。
    「そんな顔だったんだな」
     奥に座す女が放つ気配を、桜倉・南守(忘却の鞘苦楽・d02146)は知っていた。ぽつりと零れたその言葉に、立川・春夜(花に清香月に陰・d14564)も頷き続ける。
    「真っ暗い部屋といい、相変わらず悪趣味だな」
     光盾が甲に宿った手を音が鳴るほど握り締め、春夜はそう吐き捨てた。嘗て対峙したことのある2人――しかし女、黒蔦・怜にそれを認識した様子は無く、不快そうに男へ問う。
    「……ゼト。貴様が用意した余興か?」
    「覚えがありません。黒蔦様、お下がりを」
     怜を手で制したゼトが、ゆっくり前へと歩み出る。
    「招かれざるゲストには――あの世へ退場いただきますので」
     その言葉に生じた殺意に、神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)は即座に手を前へと翳した。
     バチン! 刹那、一瞬で華夜へ間合いを詰めたゼトと飛び出した霊犬・神命の刃が交わり、火花を放つ。
    「ホテルにしては、随分と荒いおもてなしね?」
     妖艶に笑んだ華夜に、怜を背に着地したゼトは喰えぬ笑みで構えを取った。
     迎撃と見えるその姿勢から、怜を守る意思が見える――思って森田・供助(月桂杖・d03292)はちら、と怜の姿を垣間見た。
     現実に実体化したシャドウの強さ。その危険性を知ってはいても、灼滅者達が定めた今日の目標は先ずゼトだ。
    (「シャドウが増えるのはきつい。……が、放っておいたら密室はその巣窟になる」)
     だから今日は最低限、ゼトだけは灼滅する――供助がその手に美しき和刀を構えれば、永篠・葎(残響・d34355)の手からは、キュル、と鋼弦が闇中へ広がった。
     攻めの配置に身を置く2人の背を見つめていた蓬野・榛名(陽映り小町・d33560)は――視線と春芽色の睫毛を落とすと、腹部に組んだ両手を見つめる。
    (「わたしの力は小さい」)
     目の前の脅威に、自分は大見得を切って戦えるだけの力を持ち合わせてはいないと思う。思えば震えた手の中に、……然しそれでも決意は在った。
    「……けれど、皆様の助けにはなるのです!」
     叫んだ手には光が収束、みるみる標識の形を成していく。決意の輝きの眩さに、神谷・蒼空(揺り籠から墓場まで・d14588)も心の葛藤と向き合う様に瞳を閉じた。
    (「ダークネスは敵。でも、誰かを助ける為でも……闇堕ちすれば自分も同じだ」)
     榛名の様に、真っ直ぐな気持ちで戦いたい。誰にも傷付いて欲しくないと、その心は確かにあるのに――この戦いに誰かの闇堕ちの危険を思えば、蒼空の胸は余計に重く苦しさを増した。
     ――それでも、今は精一杯。
    「……私に出来ること、それをやりきらなきゃだよね!」
     大切なもの達を守るために――開いた温み色の双眸で最初の標的・ゼトを見つめて蒼空が床面を蹴れば、仲間達もそれに続く。
    「いいでしょう、邪魔者は殺すまで」
     笑みの中に物騒な言葉を吐き出すゼトの背後に――笑みすら浮かべず静かに佇む、脅威の女を見据えながら。

    ●攻防
    「初めまして、黒蔦さん」
     緩く笑む采の視線と声は、女王の様に座した椅子から動かぬ怜へと。構えた殲滅銃の銃口には、鋭い魔力が輝いた。
    「こないな早う気づかれると思わへんかったやろ?」
     放たれたのは、爆炎秘めた無数の弾丸。しかし怜が無造作に左手を上げれば、直後暗闇の中から伸びた漆黒の蔦がばくりと残らずそれを呑み込む。
     そして、瞬時に采の真横へ回り込んだのはゼトだ。
    「美しいレディに逸る気持ちは解りますが、貴方方の相手は私です」
     笑んで上品に語るゼトに、しかし采は視線も照準も怜に定めて動かない。下っ端に用は無い――揺るがぬその対応には、ゼトも声を低く落とした。
    「……少しは反応したら如何です」
    「ゼト、あなたの相手は私よ?」
     刹那――ガチン! 采へ向けられた刃を受け止め、真上へ弾いたのはクロスグレイブ。
     華夜のモノリス――『圖影戲』だ。
    「余所見なんてダメよ? 番外君。貴方はここで果てるのだから」
     勢いにばさりと揺れた髪を払って、華夜が浮かべるは妖艶な笑み。辛辣な言葉を閉じた唇がそのまま聖歌を紡ぎ出すと、応える様に十字架の先端から――装填された冷たき光の砲弾が、ゼトの体を貫いた。
    「! ……これはこれは」
     咄嗟に後退しながら、肩凍らせた一撃にゼトの表情が驚きのそれへと変化する。しかし一瞬だ。
     再び笑んだ男の視線は、暗闇の中に、最後方で怜へ向け銃を構える少年の姿を捉えた――。

     ――ガシャン! 愛銃のボルト引く音に高揚する南守の心に、嘗ての怜との戦いの記憶が蘇る。
    (「あの時の借りを、……いや、違う。間違えるな」)
     しかし南守の今日の役目は、ゼト灼滅が適うまで怜の動きを妨害すること。未だ椅子に座す怜の胸元に浮かんだクローバーが自己強化だと理解して、南守はそこへ照準を定めた。
    「今日こそお相手願おうか!」
    「やはり女性が良いですか。穿ち肉裂く快感は、確かにレディの方が格段に上です」
    「……!?」
     引き金引く刹那――銃口ギリギリの距離にゼトは突然現れた。
     ドン! 撃った瞬間後方へ吹き飛んだ男の体からは血が噴き出す。しかしその表情は絶やさず笑みを浮かべたままだ。
    「……狂ってるぜ」
     吐き捨てる様な声と同時、中空に舞ったゼトの体を目に見えぬ何かが捕らえた。
     闇に紛れる、葎の鋼糸――部屋中に張り巡らせたそれがゼトを空に縛り付ければ、連携して俊足の何かも飛来する。
    「分かっちゃいたが、な。そもそも余興にひとを使うのが、悪趣味でやっぱお前らとは合わねえな」
     『空を臨む』――供助の四色の帯だ。ゼトの体の中核を突き破ったその一閃に、今が隙と光盾を前列の仲間へも拡げた春夜は、心知る友の名を呼んだ。
    「……神谷!」
    「貴方を倒して、密室を破る!」
     床へと落ちゆくゼトの体へ、真上から重力込めた螺旋の一突き。呼び声に応えた蒼空が槍でゼトを串刺せば、ゼトから余裕の無い声が漏れた。
    「がはっ……!」
     引き抜いた槍に、伴い血が空を舞う。ひゅる、と得物を持ち替え蒼空が着地した時――ふわりと包んだ光は、榛名のイエローサインだ。
    「絶対に、全員無事に帰るのです!」
     誰一人として倒れさせない。榛名の強い思いは、光となって仲間へ渡る。しかし突如冷たい鋭い視線を感じて顔を向ければ――そこには、頬杖をつき冷淡な視線を向ける怜。
    「……どうした。続けろ」
     かたり。ついに椅子から立った女の声はやはり冷たく、語り口調には侮る様な、嘲る様な響きが入り混じる。
    「愉しませろ。――弱き者よ」
    「楽しませてあげるわよ。退屈なんてさせないわ」
     華夜が強気の言葉を返しても、怜はそれ以上応えない。
     この先に戦いは――攻勢に転じた女によって、激化の一途を辿ることとなる。

    ●交渉
     上段から、払う刃は『一颯』――襲った影蔦を弾いた供助は、躱しきれず受けた頭部の傷から目へと流れた血を拭った。
     ゼトと対峙する間も、攻撃は二所から全員へ届き、戦線には未だ余裕など見出せない。
    「神命、紳士のように接待をして来なさい」
     華夜の横たわる三日月型の唇が霊犬へそう告げれば、神命は返事の代わりに怜へ六文銭を射出した。防御のためか蔦が退いたその間に、供助は燃える様な紅の瞳で冷静に敵を見つめ直す。
    (「闇に紛れて影が飛んでくる。たぶん、暗闇好きってのは……」)
     暗闇そのものが灼滅者の戦いへ影響を齎すことは無い。しかし、闇に馴染み、闇に戯る――怜が暗闇好む理由を供助、そして葎も考えていた。
    (「蔦を隠すため。……俺と同じだ」)
     自分が鋼糸を闇中に潜ませその行方を晦ます様に――影蔦の主・怜も視覚の利を考え、暗闇を戦場に選んでいるのだろう。
     攻撃の合間、灼滅者達が故意と悟られぬ程度にホールの遮光カーテンを破っておいたのは、正解だったのかもしれない。
    「こんなモンで利を取られてたまるかよ」
     低温の声で呟く葎が、握った両手を強く引く。言葉こそ怜へ向いても、糸はぐん、と撓りを利かせてゼトへ両側から挟み迫った。
    「春夜! 躱せ!」
     呼ぶ葎の声とピン、と糸張る微かな音に、状況を理解した春夜はギギ、と盾打つゼトの刃を弾き返すと跳躍した。
     天地逆転――胸部を軸にくるりと高く空舞えば、弦は複雑に振動しながらゼトへ傷を刻みつける。仰け反った所へ、飾り紐を翻した供助の和刀の一閃が上段から男を引き裂いた。
     舞い上がった血飛沫と共に中空を舞う間に、春夜の視界には怜が映る。
    「あの時のこと忘れたワケじゃねえけど……」
     嘗てトラウマを弄ばれた。怜へ一矢報いたい思いが春夜には当然あったが――ぎり、と力の入る拳を、しかし今はゼトへと向ける。
    「今日はアンタの相手をしに来たんじゃないんでね」
     滞空の頂点まで上げた足を、春夜はそのまま振り下ろした。
     ダン! 重力、筋力、何より思いを乗せた流星の蹴りがゼトの頭を強く叩けば、倒れた体は床面を打って、鋭い音を響かせる。
    「黒蔦! お前らを放置すれば、また誰かが苦しむんだ!」
     そして、春夜の思いと共に怜へ対峙する声は南守だ。手に持った書に魔力注げば、パラララ……と勝手に頁は捲れ、或る所でピタリと止まる。
    「そんな事絶対にさせねぇ!」
     アンチサイキックレイ――熱く強い南守の心を顕す様に、書の内から瞳と同じ春色の魔力が溢れ出す。怜の強化を破る光に、続く采も煌く矢を弓に番えながら――ちらりとゼトを窺った。
    「……灼滅者風情が……!」
     ぎり、と歯を喰いしばるゼトの顔からは、既に余裕の笑みが消えている。
     放置出来ない怜へ最低数の人員は割きながらも、先の狙いをゼトと定め主戦力を集中させた灼滅者達の作戦は、確実にゼトを疲弊させていた。
    (「黒蔦さんを守ることもあって、思った以上にゼトへ攻撃が集中してる。……あと少しやね」)
     確信し、しかし采の行動は変わらない。一貫して狙うは1人――放物線を描いて光の矢が怜の肌と強化を砕くと、退路断つ様に動いた霊犬も背後から怜を斬り付ける。
    (「あと少し……でも、残念だけど黒蔦を深追い出来る状況じゃない、かな」)
     陽色の瞳に微かな悔しさを滲ませ、蒼空は足の駆動輪を滑らせた。
     ゼトの灼滅は自分が仕掛けるこの一撃で成るだろう――しかしその先に黒蔦灼滅を成し得る余力があるかと問われれば、答えは否だ。
     予め決めていた撤退条件と照合しても、ダメージ量でそれを満たしてしまっている。『怜は灼滅しない』――その決定に一層気を引き締めた蒼空は、足元の駆動輪から生じた炎を纏い、ゼトを思い切り蹴り飛ばした。
    「貴方に用はないの。そろそろ密室を解いて」
    「……お、のれ……灼滅者……!」
     身を覆う炎に焼かれて――遂にゼトは怨嗟の声を響かせ、果てた。
    「――黒蔦さん。提案だけどここでお互いに手を引かない?」
     ゼト灼滅とほぼ同時、さらりといっそ乾いた調子で言葉は華夜から切り出された。
    「貴女も興を削がれてまで楽しみたいとは思わないでしょ?」
    「わたし達の目的はあくまでもゼトなのです」
     ここからが、正念場。祈る様に手を組んで、榛名もまた言葉を継ぐ。今に至るまで誰一人戦闘不能者を出さない献身を見せた癒し手・榛名は、その背に仲間と密室に囚われた人々の命を負っていた。
     怜が退き、人々の安全が確かなものとならない限り、例えゼトを灼滅しようと撤退は許されない――守るための灼滅者達の選択は、敵である怜への撤退交渉だった。
     みすみす逃すこと――当然、その悔しさは拭えないけれど。
    「――ほう?」
    「俺らの目的はこの密室の開放だが……あんたは、目的があって実体化したんだろ」
     聞く様子を見せた怜に、更に供助が言葉を継ぐ。終始冷静に戦局を窺い続けた紅蓮の瞳は、言葉掛けながら怜の反応を窺うことを忘れない。
    「ここで遊んでるのが、其れか?」
    「それとも、下らない男の敵討ちでもしはります?」
     全ては、興を削ぐために選んだ言葉。采が閉じた灼滅者からの提案に――動かぬ怜は暫し沈黙。
     しかし、やがて響いた嘲る様な声と蔑む様な冷たい視線は、真っ向から灼滅者達を拒絶した。
    「……まるで『倒せぬから退いてくれ』と言わんばかりの口上だ」
     ――口角を歪に上げて語られる、その言葉が全てだった。
     放置出来なかったとはいえ、ゼトと戦うその間も灼滅者達は怜を攻撃していた。今になって『ゼトが狙い、怜は標的ではない』と告げることは――矛盾してはいなかったか。
     ましてや消耗した今それをすることは――自分達に余裕が無いと弱みを曝すことではなかったか。
    「愚かよな、弱き者よ。貴様らが敵と知る以上、弱気を察して黙って退くと思うのか? ……私を誰と思っている」
     ざわり。怜の背後に、無数の蔦が蠢き出した。まずい――形勢の変化を察して灼滅者達が再び構えた――。
     ……その時だった。
    「黙って見送ると思うか?」
     ズン! オーラを纏った葎の手刀が、怜の右肩を貫いた。
    「……! 貴様!!」
    「……戦う手段は幾らでもある、黒蔦」
     ティアーズリッパー――死角から突如として現れ出でた冬の気纏う少年は、穿つと同時に蔦の刃に胸貫かれ、その姿勢のまま微動だにしない。しかし紡ぎ出される言葉は、明確に攻める意志を持っていた。
    「こうして攻撃は通るし、……俺以外の全員が闇堕ちすれば、お前だってただじゃ済まねぇ、だろ……」
     託す様に自分『以外』とそう語った葎の胸から、鮮血は流れ伝い床面に花の様に散る。
    「……っ永篠さん!!」
     最後に榛名の呼び掛けは聞こえただろうか――ほどなく葎の体は力が抜け落ち、そのまま血溜まりへと沈む。1人欠けた戦場に――しかし闘志は更に強く、灼滅者達の心に燃えた。
    「……そうだ……まだ遣り様は幾らでもあるぜ、黒蔦!!」
     ガシャン! 叫んで南守は三七式歩兵銃『桜火』を構えた。ボルト引くなり即座に放ったバスタービームが怜の左肩を捉えると、ざぁ、と黒い蔦が怜の周囲へ集まり始める。
    「闇堕ち……成る程な」
     ふ、と何かを察した様に笑み、女は黒い蔦を纏った。
    「長引くも面倒なことよ。ならば此処は一度退き、現実に戯れるのもまた一興」
     怜を覆いつくした影は、徐々に小さくなっていく。言葉から客室棟では無く外界へ向かうとみられるそれが女の撤退と、解ったから灼滅者達は追撃の手を止めた。
    「……こないなトコやのぅて、また会いましょ、黒蔦さん」
     穏やかな言葉の中に再戦誓う、采の言葉が怜へ届いていたかは解らない。
     やがてザザ、と蔦が捌けた先に――女の姿は跡形もなく消え去っていた。


    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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