お前も沈め

    作者:飛翔優

    ●水底の悪意
     登りゆく太陽を、雲一つない青空を淡い色へと変えていく、雨上がりの朝の深い霧。おぼろげな木々や街灯を、川への侵入を防ぐフェンスを横目に遊歩道を歩く中、リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)は語りだした。
    「噂を聞いたわ。この川にまつわる、悲しくも恐ろしい噂を……」
     ――雨上がりの水死体。
     雨が降れば、川の水量は増大する、面積、水深、流れの速さ……川を形成する様々な要素が増大し、時には人が踏み込むことを許さぬ場所へと変貌する。
     そんな場所に、彼女がなぜ脚を踏み入れたのか。
     人は言う、男に振られたのだと、酷いことをされたのだと。あるいは大切なものを失ったのだと。あるいは、誰かが彼女を川の中に放り込んだのだと。
     いずれにせよ……とある雨上がりの朝、川に一人の女性が入り込み、流れに飲まれて命を落としてしまった。
     それからだ、雨上がりの川に彼女が現れるようになったのは。
     川の広くなっている場所の中心に、彼女が佇み始めたのは。
     服も髪もずぶ濡れな彼女は、ただただ川のそばを通るものを睨みつけてくる。その唇が、何かを語ることはないのだけれど。
     興味が湧いても、決して近づいてはいけないよ。水の中に足を踏み入れたが最後、彼女が操る不思議な力で川の中へと引きずり込まれてしまうだろうから……。
    「……この川で、女性が命を落としたことはわかったわ。それ以上のことは調べても出てこなかったけれど……いずれにせよ、こんな噂が語られた。そして、都市伝説となってしまったことがわかったの」
     出現条件は、雨上がりの朝。
     今から女性が出現する区域に赴き、戦いを仕掛け打ち倒す。それが、大まかな流れとなる。
    「姿はずぶ濡れの女性ってことは予想できるわね。後、少なくとも近接攻撃を仕掛けるなら、この増水してて流れの早い川に脚を踏み入れることになると思う。それ以外の事……どんな攻撃を仕掛けてくるかみたいな、戦闘能力については不明よ」
     故に、実際に相対してから色々と判断することになるだろう。
     以上で説明は終了と、リディアは目を細めていく。
    「何があったのかはわからない。でも、危険があるのなら……打ち倒さないといけない」
     この遊歩道を歩く人々が、危険にさらされることのないように……。


    参加者
    紅月・瑠希(赤い月の使者・d08133)
    リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)
    ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    白凪・星夜(おそれずかたりて・d27451)
    イサカ・ワンブリウェスト(夜明けの鷹・d37185)

    ■リプレイ

    ●沈みし女を呼ぶために
     夢の中のようにぼんやりとした景色に抱かれながらも、刺すような冷たさが今いる場所が現であることを教えてくれる……濃い霧が世界を陰らせる、冬の朝。下流に向けて激しく流れていく川のそば、フェンスに隔てられた遊歩道を、灼滅者たちは歩いていた。
     朝のランニングや散歩を行う者には声をかけ、偽りの事件を語り遠ざける。通勤や通学のために通っていると思しき者には抜け道を案内し、やはり現場からは遠ざけていく処置を取った。
     たびたび立ち止まりながらも確実に現場へと近づく中、遠夜・葉織(儚む夜・d25856)は畳んだ扇子で掌を軽く叩きながら思いを巡らせていく。
     哀れだと思う。都市伝説の……噂の元になった女性の末路は。
     しかし……生者への手出しは見過ごせない。討ち果たさねばならない……と。
     一方、傍らを歩く白凪・星夜(おそれずかたりて・d27451)は狼の耳を軽く伏せながら小首をかしげていた。
    「それにしても、その女の人はなんだろうね。道連れを増やしたいのかなー?」
     具体的な答えはなく、灼滅者たちは推測のみを語りあった。
     そうしているうちに、戦場と見定めた川辺……遊歩道から降りることができるようになっている場所……へと到達した。
     横幅にしてトラック二台分では少し足りぬほど、深さにしてすねの辺りまでが浸るほど。
     川辺周囲に人がいないことを改めて確認した後、リディア・キャメロット(贖罪の刃・d12851)がゴム製の長靴に履き替えていく。
     仲間たちと頷きあった後、同じく前衛を担う者たちと共に川の中へと足を踏み入れた。
    「わっ……なかなか流れの速い川ね、皆も気を付けてね」
     前日の雨により増水し、勢いを強くした川の流れ。小さな子供ならば抗う事ができず、大人でも足を滑らせたならばどうなるかわからない、自然の脅威。
     ならば、自然非ざるものならば……。

    ●川中の決戦
     風が止み、濃霧が堆積し始める。
     変わらず激しく流れ続けていく川の音に、小さな淀みが生まれていく。
     在り処を探し、葉織は左右に視線を走らせた。
    「……そこだ」
     ゆっくりと、葉織は閉じた扇子で前を示す。
     もっとも水深が深いだろう中心部に、いた。
     艷やかだっただろう黒の長髪は濡れそぼり、顔を隠すだけの存在となりはてた。水を含んだワンピースは体に絡みつき、動きの自由を奪っているようにも思われる。それでもなお水流に負けた様子なく、その場に佇み続けていた。
     葉織は仲間たちが都市伝説を認識すると共に腕をおろし、扇子を袖口にしまい込む。
     腰元の本差しに手をかけ、刀身に紅蓮のオーラを走らせながら地を蹴った。
     水流が真っ直ぐに進むことを妨げる。
     歪な水底が足場の自由を許さない。
    「……だが」
     巧みに水深が浅く硬い水底を選択し、都市伝説を間合いの内側に収めていく。
     対応するかのように動きはじめていく気配を感じながら、紅蓮に染めた黒き刀身を抜き放った。
     手首を返して振り下ろし、都市伝説の体を斜めに裂く。
    「……」
     水を切ったかのような手応えを感じ、一時後退のさなかに都市伝説を視界に捉えていく。
     斜めに切り裂いたはずなのに、その体にも服にも傷はなく……。
    「……見えないだけ、だな」
     確かな手応えを証とし、仲間たちに都市伝説の性質を伝えていく。
     頷き、リディアは殺気を放った。
     都市伝説が動きを止めていくさまを見つめながら、落ち着いた声音で告げていく。
    「貴女は既にこの世の者ではないのよ、未練があるのだとしても、あるべき場所へ帰りなさい」
     ――!
     悲鳴と思しき金切り音が響き渡った。
     前衛陣の両足に、より強い圧力がかかり始めていく。
     速度を増した水流が、都市伝説に近づくことを妨げる。
     即座に、後衛を担うために水の中へは入らなかった星夜が炎をたゆたわせ、前衛陣のもとへと向かわせた。
    「みんな、大丈夫? ボク、癒やすよ!」
     炎より生み出されし幻が、前衛陣と重なっていく。
     若干足元が軽くなっていくのを感じながら、紅月・瑠希(赤い月の使者・d08133)は虚空に逆十字を書き記した。
     イサカ・ワンブリウェスト(夜明けの鷹・d37185)は腕を肥大化させ、高く跳躍して都市伝説に殴りかかる。
     胸元に刻まれし逆十字は残り続けた。
     肥大化した拳は一瞬だけ都市伝説の姿を散らしたけれど、次の瞬間には元に戻っていく。
     追撃せんと、葉織は再び進み始めた。
     ――!
     再び金切り音が響くと共に、立ち止まる。
    「……水流を操るか。厄介だな」
     足を掴むかのような水流が、再び絡みついていた。
     仕方ないと肩を落とし、影に力を与えていく。
     影は水流に流される事なく都市伝説のもとへとたどり着き、刃となって脇腹から横一文字に両断した。
     もっとも、影が葉織のもとへと戻ってくる頃には、都市伝説は元の姿を取り戻してしまっているのだけれども……。

     都市伝説操る、水の力。
     足を掴む水流に、凍えるほどの水しぶき……被害は違えど、強き力である事に違いはない。更に、洪水を起こすこともあった。それは、一見ではダメージの他には何ももたらさないように見えたけど……。
    「……」
     おそらく、水流や水しぶきの悪影響を増幅させるためのものだろうと、星夜は拳を握りしめる。最悪を招かないためにも悪影響を取り除き続けると、物語を紡ぎ続けていく。
     概ね万全の状態を保たれながら、ペペタン・メユパール(悠遠帰郷・d23797)は炎の剣を振り下ろした。
     傍らを飛ぶウイングキャットのミートが魔法を放つ中、都市伝説は体を右へ、左へと揺らし始めた。
     それは、水しぶきの前兆だ。
     すかさず葉織が飛び出して、仲間たちの前へと立ち塞がる。
     襲い来る水しぶきを影で弾き、蒼い刀身の小刀型鞭剣で打ち消し、黒き刀身で切り裂いて……なおも襲い来る冷気に白髪を凍てつかせながら、都市伝説に鋭い眼差しを送っていく。
    「……ぬるい」
     その言葉は強がりか、真実か。
     いずれにせよ、影響下であることに違いはない。
    「今、治すよ!」
     星夜は、治療のための符を投げ渡す。
     さなかにはリディアが葉織の影から飛び出して、槍を振るい都市伝説の膝を切り裂いた!
    「……死角からの攻撃、どうだったかしら」
     瞳を細めながら振り向けば、わずかに姿勢を崩している都市伝説がそこにいる。
     膝に刻んだ傷も、直らぬまま残されていた。
     都市伝説に残る傷跡が刻んだ呪縛であると判断しつつ、灼滅者たちは戦い続けていく……。

     風が停滞した世界の中、髪を湿らせていく深い霧。足を濡らしていく水流に、都市伝説操る水しぶき……。
     厳しくなっていく冬の冷たさ。
     されど強い決意を抱いた心のまま、灼滅者たちは攻撃を重ねていく。
     水流から逃れるために跳躍したペペタンは、太陽を背負う形でジャンプキック。
     つま先が都市伝説の虚ろな体を貫いて、姿に僅かな歪みを発生させていく。
     よろめきながら、都市伝説は右へ、左へと体を揺さぶった。
     即座にリディアは踏み込みつつ、悪夢を思わせる漆黒霧状の影を右手側へと集めていく。
     襲い来る水しぶきを防ぎつつ、間合いの内側へと入り込んだ。
    「さぁ、この一撃を食らいなさい、防御を崩してあげるわ」
     槍をまっすぐに突き出して、体を貫くとともに上へと払う。
     半ばから切り開かれた都市伝説は、小さな悲鳴を上げながらも元の姿に戻ろうとした。
     全ては戻らない。
     深い深い傷跡が、胸の間に残された。
     星夜は左右に視線を送り、仲間たちの状態を確かめる。
     各々水しぶきに対処したのか、大きなダメージを負っている者はいない。
    「これなら……行くよ!」
     少しでも早い決着を望むため、深紅の薔薇の装飾が施されている大鎌を握り駆け出した。
     大自然に負けぬよう力強い足取りで都市伝説へと近づいて、大鎌を斜めに振り下ろしていく。
     肩から腰元まで引き裂いた時、イサカの放つ矢が都市伝説の左胸を貫いた。
     畳み掛けると、葉織は影を差し向けて……。
    「……来る」
     轟音を耳にして、上流へ向かって跳躍した。
     彼女が洪水を防いでいくだろうとの信頼のもと、瑠希は縛霊手で固めた拳で都市伝説に殴りかかっていく。
     読み通り、洪水は葉織が受け止め残るものたちへの影響を皆無にした。
     故に悠然と余裕を持って、リディアは都市伝説に近づいていく。
    「……さ、終わらせましょう。貴女の……悲しい物語を。……いえ」
     星夜を一瞥した後、まっすぐに槍を突き出した。
     穂先は両足を貫いて、都市伝説に膝をつかせていく。
     その体が、川に流されることはない。ただ、怨嗟のこもった声音が水流に混じり聞こえ始め……。

    ●せめて安らかに
     怨嗟の声が消える頃、都市伝説は霧の中に紛れるようにして消え去った。
     安堵の息を吐き出した星夜は川の中から離脱して、濃霧に陰らされた空を仰いでいく。
    「一緒に連れていければよかったんだけどね」
     ルーツが違う以上仕方ないことだけど……と、軽く肩をすくめていく。
     さなかには、他の灼滅者たちも川辺へと戻ってきた。
     各々が自由な方法で水気を払う中、もっとも濡れている……冷えているだろう葉織は表情を変えずに仲間たちへと視線を向けていく。
    「終わったな。皆、お疲れ様」
     労い合いながら、各々治療といった事後処理へと移行した。
     リディアは一人川辺に立ち、一輪の花を供えていく。
     都市伝説の元となった女性が、安らかに眠り続けられるように。
     返答の代わりに、川がまばゆくきらめいた。
     顔を上げれば、少しずつ霧が晴れ日差しが差し込んできているのが分かる。
     そんな一日の始まりが、願いを未来へといざなっているようで……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月21日
    難度:普通
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ