●愛知県名古屋市近郊
洋館の一室。
執事服の男が一人、ソファに腰かけて眠っている。
その足元から、やがて全身を包み込むように黒い靄が現れる。しかし眉一つ動かすことなくその男は眠り続け、やがてその身全てが黒く塗りつぶされ―――た、瞬間、靄から、手刀が突き出した。
紙のように靄を裂く手。中から現れるのは、目付きの鋭い少年の姿をした人型のシャドウ。心臓に位置するところにはハートのスートが描かれている。
「お待ちしておりました」
同時、少年の後ろ、眠っていた執事服の男が声をかける。直前まで眠っていたとは微塵も思わせない声音と立ちあがったその姿勢、身だしなみ。
「よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
握手から手を離せば、シャドウは肩を回し、脚の調子を確かめる。執事が首を傾げた。
「どこか、調子が悪い所でも?」
「いや、現実世界は久しぶりだからな。……むしろ、好調とでもいうべきところだ」
「それは何より」
男は、にっこりとほほ笑んだ。
●教室
「コルネリウスとオルフェウスから得られた情報は大きかったね」
カップ麺を啜る田中・翔(普通のエクスブレイン・dn0109)。おかげで、シャドウ達が六六六人衆の協力を得て、現実世界で戦力を整えようとしているってことが分かったよ、と続ける。
「密室殺人鬼の見ている悪夢を通じて、殺人鬼の密室内に直接現れようとしている」
密室殺人鬼の密室の内部はエクスブレインの予知で感知する事は出来ないと予想して、現実世界への侵攻のためにアガメムノンが六六六人衆に連絡を取ったようだ。
だが、確かに密室内部はエクスブレインが感知することはできなくとも。シャドウそのものについては、サイキック・リベレイターの力によって感知できる。
即ち、シャドウがいるところが密室である、ということになるのだ。
「だから、そこに、突入して欲しい」
密室は名古屋近郊にある洋館だ。 最大で数十人ほどが一度に滞在できる程度の大きさである。中々に広いので、戦闘について部屋のことを考える必要はないだろう。灯りも確保されている。
そこに滞在している、目付きの鋭い少年の姿を模したシャドウと、密室の持ち主である執事の男、2体のダークネスを一度に相手にすることになる。
シャドウは強敵であるが、密室殺人鬼はダークネスとしては少し弱めのようだ。
「強さとしてはシャドウの方が圧倒的に高いんだけど、匿っている都合上、殺人鬼についても対等に接するようにしているみたいだね」
利害の一致しているビジネスライクの関係と言ったところだろうか。
それぞれ、シャドウはシャドウハンターと同じのサイキックを、密室殺人鬼は殺人鬼と同じサイキックを使用する。
また、共に立ち回りを重視して如何に攻め込んできた相手の妨害をするか、を念頭に動くだろう。
「できれば2体とも灼滅して欲しいけど、辛ければどちらか片方だけでも、で構わないから」
単純に強力なシャドウか、厄介な能力がある密室殺人鬼か、どちらを優先的に狙うかは任せるよ。
翔はそう言って、食べ終わったカップ麺に向かって手を合わせるのだった。
参加者 | |
---|---|
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) |
泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827) |
ロイド・テスタメント(無に帰す元暗殺者・d09213) |
シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038) |
灰色・ウサギ(グレイバック・d20519) |
ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124) |
貴夏・葉月(紫縁は勝利と希望の月華のイヴ・d34472) |
ニアラ・ラヴクラフト(死闇堕渇望之宇宙的恐怖崇拝物・d35780) |
●暴かれる密室
その部屋は、密室であるはずだった。窓が壊されるまでは。
ガラス片が部屋の中に撒き散る音が部屋の中にけたたましく響く。振り返るシャドウとその前に庇う様に素早く立つ執事。そこに襲い掛かるは影を纏い唸りを上げるチェンソーと、葡萄畑の丘とワイナリーが描かれた盾。
「さあ、始めるよ!」
「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
ロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)と華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)が共に窓を乗り越え、密室殺人鬼とシャドウに斬撃と打撃を食らわせる。
突然のことに驚きを隠せないながらも執事は踏ん張り、そして盾の直撃を往なした少年が続けざまに飛び込んできたロイド・テスタメント(無に帰す元暗殺者・d09213)の振り被る炎に目を向ける。
「It's done in a sea of blood」
「どっちの血かは言ってないな?」
シャドウがその手に影を宿し真っ向から炎を殴りつけた瞬間、背後にある扉が乱雑に開けられた。
「我が従者、背後者たる少女には哄笑を。影と殺人鬼には嘲笑を。悪意を携え。憤怒を拳と成し、灼滅すべき。我が名は混沌。我が従者は隣人。愛を製作する『所業』に怖気、死の救済を受け入れよ」
「残念だったわね。我が武蔵坂学園が誇る諜報部隊は、もはや密室の壁を乗り越えた。けれど知られたからには……帰すつもりはないわ」
ニアラ・ラヴクラフト(死闇堕渇望之宇宙的恐怖崇拝物・d35780)とシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)が踏み込んでくる。ハッタリをかまし相手の様子を伺うシャルロッテの目には、互いに目くばせし、軽く苦い顔をする2人のダークネスの姿が映っていた。ある程度は信じた、ようだ。
その目線が、シャドウの胸元へ行く。
「……ハート」
「気になるところだよね」
呟いた言葉に後ろからガトリングを構えて踏み込む泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)が乗った。放たれる黒い殺気の霧にブラックフォームを発動するニアラが紛れて行き、更に黒い霧の中から放たれる弾丸の雨が、霧に惑わされて全て避けきることができないシャドウに数発突き刺さる。
執事のナイフが、その霧の中に突き刺さった。確かに服を裂く手応え。しかし、突如として吹いた風が霧を吹き飛ばせば、そこには傷の浅い火華流が立っていた。
「シャドウに六六六人衆、どっちも逃すつもりはないよ」
覚悟してもらおうか!
窓を乗り越えながら灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)が場にそぐわぬ朗らかささえ感じさせる様子で告げる。
吹く風はより強く。
「そこに居れ、貴様は我が盾だ」
扉の目の前に、ビハインドの菫さんを据え置いて。その後ろから、貴夏・葉月(紫縁は勝利と希望の月華のイヴ・d34472)が顔を覗かせていた。
●砕かれる密室
「執事の殺人鬼と聞いたら行かないワケにはいかないが」
執事としてどちらが上か、白黒はっきりさせたいところだが……。
ちらりと目線をロベリアへと斬りかかる密室殺人鬼へ向けるロイドは、すぐに目の前のシャドウへと意識を戻す。自分の役割はこちらだと。
「まぁ、客を守り切れ無ければ俺の勝ちということだ」
その前に逃がしはせんと言わんばかりに床に突きたてられた巨大な十字架。その全砲門が口を開き、部屋の中を光線が乱れ飛ぶ。訝しむ顔をするシャドウは光線を掻い潜り、漆黒の弾丸を拳から撃ち出して菫さんの身体を貫いた。
暴れ回る光線はロベリア、の前に割り込んだビハインドのアルルカンの肩を切り裂いた殺人鬼の脇腹を抉る。間髪置かず吹きすさぶ風と治癒の光がビハインド達の傷を塞ぎ、どの身を蝕むモノを治癒していった。
「回復、アリガト!」
アルルカンに代わりウインクを返すロベリア。再度影に包まれ振り回されるチェンソーから一歩、距離を置こうとした執事の背を幾条もの縄が受け止めた。
全力の切り裂きに血が噴き出すのを見やりながら己のダイダロスベルトを戻すシャルロッテは、一瞬視線がロベリアと交錯したのを認識しつつ、シャドウへと顔を向けた。縄が巻き付いた様子はない。それでも横からの奇襲に気を取られたのか、ビハインド達からの攻撃は往なしつつも火華流の放つブレイジングバーストには無理に避けようとせず、両腕を顔の前で交差して真っ向から受け止め、耐える。
ニアラが左手に金を、右手に黒を宿しながら踏み込む。明滅する百裂拳が殺人鬼の随所に突き刺さり、渦巻いていた。
「大丈夫か」
「最優先は、貴方様です……っ」
短く交わされる言葉。客人を最優先とするその言葉に短くそうか、と返したシャドウの身が黒くなる。覇気が増したのを見た瞬間、火華流の身体が跳ねた。
「でりゃああっ!」
暴風を伴う強烈な回し蹴りがその身を叩くが、覇気までは吹き飛ばせない。
「ランクマ!」
清めの風に忙しいウサギの声に応え、霊犬のランクマが斬りかかるが、僅かに身体をずらされ数mm横の中を刃が跳ねる。更に頭を屈めれば、頭上を彗星の矢が通りすぎ、壁を穿っていった。
逡巡するロベリアに向けられる、弓を降ろすシャルロッテと腕を異形化させる紅緋の目。頷き、自分の仕事を優先とロイドと共に踏み込んだ。
駆けて行く気弾、そして迸る炎に従い走るニアラの身体。目線の先にシャドウ。炎の紋様が描かれたガンナイフが手の中で翻る。
突きを首を振って避け、鳩尾に向かう膝を掌で受け止める。ならばと翻ったニアラの身体。放たれる裏拳は後ろに跳んだシャドウの目の前を横切る。着地するシャドウの身体を、死角から飛来した気弾が穿った。
「我に気づかず、油断していたな」
剥がれ落ちてく黒い覇気を冷ややかに見下ろす、葉月の姿があった。
●崩れる密室
回復が間に合っているとしても、回復できない傷は蓄積していく。
「あっ!?」
シャドウの手刀が貫き、アルルカンの身体が掻き消えた。ウサギの声に、ここまで耐えさせてくれてありがとうと主の目が返す間、シャドウの目が灼滅者達を一瞥し、少女へと向けられる。睨み付けられればその茶色の髪が震え、手に持ったナイフを一度強く握りしめた。
その前視界を割ってロイドが入る。獲物に炎を纏い、全力をもって振りかぶる。
「灰へと帰せ!」
全力の炎の一撃を受け止める、その視界の端に走る赤茶色の髪。目の前で燃える炎に、更に横合いから炎の雨が降りそそがれれば流石のシャドウも火に包まれる。
狙いを宣言されたような物だとウサギはソーサルガーダーで少女の守りを固める中、少女は主と共に執事へと攻撃を仕掛けていた。
腕に纏う虹色の流動を突き出すニアラ。トラウナックルの直撃を受けてよろけ、踏みとどまり、歯を食いしばりながら顔を正面に戻せば目の前には顔を晒すビハインドが2人。精神的なダメージとして十重二重と殴りつけてくる。
とは言え、シャドウを相手している方と比較してまだ傷が浅いと言えども、殺人鬼の攻撃をその身に受けているサーヴァント達も無視できない傷を負っていた。幸いにも灼滅者そのものにはそこまで深い怪我はないが―――。
殺人鬼から噴き出した、視界を覆う殺気を葉月の清めの風が吹き飛ばす。しかしその一瞬の間にシャドウの姿が消えていた。
隣から音。見れば少女が消える、まさにその瞬間。ランクマの目が消えゆく少女から離れ、ロイドへと向かう。
殺到する灼滅者の攻撃。直撃を避け続けるシャドウに紅緋の盾を纏う拳がついに直撃した。明らかに不満げな目付きが笑顔の紅緋を睨み付ける。
「あいつ、やれるか?」
「っ……ぜ、んしょします」
交わされるダークネスの会話に、シャルロッテが来るわよと耳打ちをする。頷く紅緋の目線の先にはロベリアの煩く響くチェンソーの一撃を受け、膝をつく殺人鬼の姿。あちらはもう少しと言ったところか。
と、殺人鬼が動いた瞬間、紅緋の背後に回っていた。繰り出される刃が突き刺さり、火華流の腹から刃を伝い血が流れる。
「流石にそれだけ分かりやすければ……ね!」
深い一撃ではあったが、それでも狙いは防げた。ついで放たれる漆黒の弾丸が背中合わせの紅緋の身体を穿つが、致命傷には至らない。
「泉さん! 華宮さん!」
「ランクマ! 全力でだよっ!」
光と風、そして眼が2人の傷を癒すものの、それでもなお塞がり切らない傷口からは血が流れ続ける。
ならばとシャルロッテが動いた。数度目の部屋の中を駆けまわる縄の群れが殺人鬼を捉える。
狙いすましたように、一瞬遅れて踏み込んだのは、ニアラだった。
「我が掌で踊り狂うが好い。混沌の沼で溺れるが好い。破滅を悦べ。未知こそが至高。既知たる敵は糧と成すべき」
両腕から放たれる黄金色と黒の流動が幾重にも渦巻き。執事の身体を飲み込んだ。
倒れ伏し、消えゆくその身体を一瞥し、視線を残るシャドウへと向ける。
「影よ、貴様も直ぐに混沌の沼に沈むが好い。貴様等纏めて死の救済を知るが好い」
告げる言葉は冷酷に。
しかしシャドウの目線は、なおも怒りの矛先に向けられたまま、スートを強く光らせていた。
●密室開放
「六六六人衆、片付きました? じゃ、手伝ってください。悪夢を無に還しましょう」
紅緋がその立ち方を変える。構えが防御を重視した物から、それを捨てて攻撃一辺倒のものへ。
「ここからも本番っ! 気合入れていくよ!」
「ええ、頭数は減ったとは言え油断大敵です」
清らかな風にウサギと葉月の言葉が乗る。さらに葉月は視線をシャドウに移し―――その口元が、歪む。
「まぁ、現時点でも我のストレス解消としては十分な働きをしてくれておるがな。後はそのまま貴様も消えてくれれば満点の誉れを付けてやろう」
挑発などではなく本心そのものの言葉。しかしシャドウの視線は動かない。あくまでも狙いは一人だけと手に影を纏う。
「現実に出てきて何をするつもり―――」
殺人鬼よりもよほど早い踏み込み。火華流の言葉が通りすぎる風に掻き消される。間に合わない、と思考をよぎった目の前で、菫さんが影の拳をその身に受け、悔しがるように唇を噛み締めながら霧散していた。己のサーヴァントが消える姿に葉月の顔も僅かに歪む。
「骨の髄まで、燃やすっ!」
炎の軌跡を残しながらロイドが蹴りを放った。下から掬い上げるその威力を両腕で受け止めるが、天井にまで蹴り飛ばされる少年の身体。しかし宙で反転し、天井を蹴って地面に飛べばシャルロッテのレイザースラストが一歩遅れて天井に穴を開けた。
着地点にニアラが駆け込み拳を、蹴りを、刃を繰り出すがそれら全てを掌と足裏で受け止め、逆に足場として力を加え床に転がりながら着地。着地の瞬間、伸びてきたロベリア影に勘付きバク転をして逃れる。
「紅緋ちゃん!」
「はい!」
肩膝をついて勢いを殺したシャドウの頭上に落ちる影。紅緋が巨大で異形な拳と共に飛びかかってきていた。
「どちらの拳が強いか、勝負です!」
「望む、ところだぁっ!!」
拳と拳がぶつかり合う。肉が潰れ、骨が砕ける音。互いに真反対に吹き飛び、轟音と煙を上げて壁にひびを入れる。
「だっ、大丈夫!?」
メディックがかけよるが、項垂れる少女からの返事はない。
そして、その逆側では瓦礫がどかされる音がしていた。
苦鳴を上げながらも立ち上がろうとする少年。
その前に立つ、3つの影。
ガトリングの銃口を回し、矢を番えた弓を構え、そして巨大な炎を纏っていた。
「まぁ、答えてくれるとは思ってなかったけれども」
「逃しはせん。俺の勝ちだな」
「言ったでしょう、帰すつもりはないわ、と」
三条の奔流が、影を掻き消していった。
―――。
「既知は失せよ。我は未知を崇拝する存在だ。影や密室殺人鬼など陳腐の極み」
「皆さん、お疲れ様です。お菓子でもどうぞ」
ニアラが部屋に背を向ける中、ロイドがお菓子を配り始める。ウサギがありがと! と元気よく受け取り、大事無くて良かったねー、と火華流の肩を借りて歩く紅緋に声をかけた。
「あはは、格好悪いところ見せちゃいましたね。これでお仕舞いってしたかったんですけど」
「いやいやぜーんぜん! むしろあの一撃、効いてたよねー?」
「そうそう、やったか!? って思っちゃったもん」
ロベリアもうんうんと頷く。
シャルロッテはそんな光景から目を離し、一人そっと、小さくため息を吐いていた。
「そうは言っても、このまま密室を暴いていけば策士アガメムノンには感づかれる可能性が高いわ。六六六人衆も吸血鬼同様、上位勢力への対抗策が見えてないから後回しになってる……のよね」
早く状況が動いてくれればいいんだけれど……。
ぼやき、再び溜息を付く。
密室を去る灼滅者達の最後尾、葉月が己のスレイヤーカードを、正確にはその中で肉体を休ませている菫さんを見る。
「―――大義であったな」
カードに囁かれた言葉を聞いた者は、はたしていたか。
何の気もないようにカードを戻し、葉月は皆に付いて行った。
作者:柿茸 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年12月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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