対デスギガス朱雀門共闘交渉

    作者:春風わかな

    「朱雀門高校に、ついての話し合い、お疲れ様」
     教室に集まった灼滅者たちに向かい、久椚・來未(高校生エクスブレイン・dn0054)は普段と変わらぬ抑揚のない声で静かに語りだす。
    「蔵乃祐さんから、連絡、きた」
     話し合いの結果を受け、接触の窓口として選んだのは、朱雀門高校に合流している戒道・蔵乃祐(聖者の呪い・d06549)だった。
     手始めに、京都市内の新聞や雑誌などに連絡をお願いする広告を出したところ、指定した連絡先に彼から連絡があったのだという。
     蔵乃祐からの返答は、朱雀門側から武蔵坂学園を訪問することは出来ないが、少人数ならば朱雀門高校を訪問することは認めるという。
     先方が待ち合わせに指定した場所は、京都駅から少し離れた雑居ビル。
     このビルの指定された部屋に全員が入った後に迎えに行くとのことだった。

     今回の訪問は『少人数』という指定があるため、朱雀門高校についての話し合いに積極的に参加してくれた灼滅者達の中から代表者8名を選出することになる。
     代表者は、今回の話し合いの内容を踏まえた上で朱雀門高校を訪問し、より詳細な情報を得たり、或いは、こちらの要求に対する相手側の感触などを確かめるといった交渉が主な役割となる。
     状況によっては、朱雀門高校との協定について決断する必要があるかもしれない点も心に留めておいてほしい。
     注意すべき点としては、もし今回の話し合いで何らかの協定を結んだとしても、その内容が、武蔵坂学園の半数以上の灼滅者が認めなかった場合は、武蔵坂側から一方的に破棄することになってしまうということだ。
    「そうなったら、朱雀門高校との共闘の、可能性は大きく、下がると思う」
     しかし、だからといって『自分達には決定権は無い、話を聞くだけ聞いて持ち帰らせてもらいます』という姿勢では、朱雀門側も本気で交渉してこないというのは想像に難くない。
     また、話を聞いた後に得た情報を元に武蔵坂で話し合いを行い、もう一度朱雀門高校を訪問し……というようなことを繰り返していては、デスギガスの完全復活までに交渉がまとまることはないだろう。
     よって、交渉に赴く代表者には、武蔵坂学園の過半数の灼滅者が認めることができる範囲で、できるだけ有利な状況を作り出せるように、朱雀門との交渉を行ってきてもらいたいと來未は告げた。
    「交渉に参加しない、灼滅者の皆にも、お願い」
     交渉に参加しない灼滅者の皆には、代表者たちは多くの灼滅者の話し合いを元に交渉に向かっているという事実を踏まえて、交渉結果を評価するようにしてほしいと彼女は頭を下げる。
    「難しい、状況だけど、どうぞよろしく、お願いします」
     來未は、教室を後にする灼滅者達の背中を静かに見送るのだった。

     灼滅者たちは待ち合わせ場所である雑居ビルへとやってきた。
    「一般人は近づいてこないようです。人払いの結界がはられているのでしょう」
     黒絶・望(闇夜に咲く血華・d25986)が指定された部屋の扉をゆっくりと開ける。無人の室内に置かれたソファーなどの応接セットにはペットボトルのお茶、お菓子などが置いてあるのが見えた。
    「約束の時間の前に僕らが来ても大丈夫なように、用意してくれていたのでしょう」
     ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)はちらりとテーブルに視線を向けると、すたすたと窓へと近づいていく。
    「この部屋の窓、玄関の反対側だな。建物に入ってくる人を確認することは出来ないですね」
    「まあ、のーんびり待つとしようかー」
     持参した手土産をポンとテーブルの上に置き、仲村渠・弥勒 (マイトレイヤー・d00917) はどさりとソファーに腰を下ろした。

     10分程、時間が過ぎただろうか。
    「……誰か、来ました」
     侵入者の気配を感じた狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の言葉に、隣に座っていたリアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)もこくりと頷く。
     だが、その気配は1人ではなく――。
    「……10人、くらい?」
     確かに、蔵乃祐1人で来るという指定では無かったので護衛を連れて来るのは問題ない。だが、襲撃の可能性も否定はできない……。
     8人は素早く視線を交わし、いざという時には対応できるように身構え、扉をじっと見つめた。
     現れたのは、蔵乃祐を含めた9名のダークネス。
    (「蝶や狼……バラエティ豊かな一行でござるな」)
     ふむふむと阿久沢・木菟(彼女募集中・d12081)が一行を観察している傍らで、紫乃崎・謡 (紫鬼・d02208)は見知った顔を見つけ息を飲む。
    「柩さん……いや、あなたは天使教皇」
    「久しぶりだね、覚えててくれたんだ」
     愛想よく無邪気に手を振る少女を制し、蔵乃祐だったダークネスが一歩前へと出る。
    「約束通り少人数で来たようですね」
    「このたびは朱雀門高校への訪問許可をくださり、ありがとうございます……♪」
     スカートの裾をつまみ、ちょこんとお辞儀をするアリス・クインハート (灼滅者の国のアリス・d03765) を皮切りに、灼滅者たちは順番に自己紹介をする。
     最後に名乗った謡が右手を差し出すと、蔵乃祐も握手に応じてくれた。
    「それで、あなたのことはなんと呼べばいいかな?」
    「ソロモンの悪魔アハスヴェールとでも呼んでください。それでは、今度はこちら側の紹介をさせていただきましょう」
     まず、前に出たのは継ぎはぎだらけのローブを纏ったダークネス――銀夜目・右九兵衛(ミッドナイトアイ・d02632)だった。
     彼は、ダークネスの深遠を探求するものであり、そのために朱雀門高校に身を寄せているのだという。
     そして、一つ伝えなければならない情報があると言うと、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
    「その対価として、俺が知っている武蔵坂の全ての情報を会長に渡しているんや」
    「――――」
     思いがけない台詞に灼滅者たちは咄嗟に言葉に詰まる。
     ダークネスはサイキック・リベレイターのような価値ある情報を無償で晒すことは無いだろう。だが、対価があれば話は別だ。
    「君らが、情報を秘匿したつもりで無益な駆け引きに使おうとする前に、知っておくべきやろ?」
     にやぁと楽しそうに笑みを浮かべる右九兵衛とは対照的な表情を浮かべる灼滅者たち。
     翡翠は先日の話し合いの内容を思い出しながら、この後どう進めるべきかを必死に考えていた。
    「私は、『天使教皇』比良坂・柩だよ。灼滅者が交渉に来てくれて嬉しいな」
     人とダークネスと灼滅者の均衡による平和こそが重要であり、その為の話し合いに実りがあることを期待しているという彼女に初めて会った時のことを謡は思い出す。
    「それで、人とダークネスと灼滅者の均衡を生み出す方法だけど、『爵位級を含む強大なダークネスを灼滅した後、サイキックアブソーバーを破壊する』ことで、出来ると私は予測してるんだ」
    「サイキックアブソーバーを破壊、ですか……」
     彼女の思想を即座に否定することが出来ず、困惑を隠せないアリスの周りをひらひらと水晶の蝶が飛ぶ。
     この蝶は成瀬・樹媛(水晶の蝶・d10595)だと蔵乃祐は告げた。
    「彼女、人間を嫌っているようで人の言葉は喋らないんです」
     続いて前に歩み出たのは1体のデモノイドロード。彼は灰慈・バール(悪雷天闇王・d26901)だったダークネスだ。
    「バールくんは共にデモノイドロードの増産に尽くしてくれているんですよ」
     色々な人体実験をしたりね、と言う蔵乃祐の発言に木菟が反応を示す。
    「戒道殿はデモノイドロードの実験に興味がおありでござるか」
     それで朱雀門に身を寄せていたでござったか、と木菟は独りごちた。
    「…………」
     一歩離れたところでダークネスたちの自己紹介を聞いていたゲイルだったが、ふと顔をあげると虚ろな表情を浮かべた少年と視線があった。
     傍らの美女に耳打ちされつつ、少年は安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)だとぼそぼそと名を名乗る。
     何かを観察していたようにも見えた少年がゲイルは気になったが、のそりと立ち上がった巨大な狼が口を開くのに合わせて視線を向けた。
    「私から、話す事は特に無い。武蔵坂と朱雀門の話し合いを見せてもらうとしよう」
     傍観者のように振舞う狼の声は、月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)のもの。彼女もまた朱雀門に身を寄せていたのかと謡は考え込むように目を閉じる。
    「右九兵衛が全て話したゆえ、会長は、瑠架が武蔵坂にいることを知っている」
     詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)だと名乗った羅刹は灼滅者たちをぐるりと見渡して言葉を続ける。
    「だが、それが表ざたになれば、黒の王は瑠架奪回の作戦を行うように朱雀門に命じるだろう」
    「それを避けるために会長は知らない振りをしているのですね」
     なるほど、と頷く望を横目に沙月は再び口を開いた。
    「瑠架の身柄は交渉の材料にはならないが、利があれば、一時的に同盟を結ぶことは難しくない。共に戦える事を期待しているぞ」
    「『利があれば』……ですよね」
    「でも、それが一番難しいんだよなー」
     考え込むリアナ、むーと口を尖らせる弥勒に「まぁまぁ」と紅梅色の髪のヴァンパイアが話しかける。
    「僕は、武蔵坂の味方だと思ってるよ。交渉が決裂しても、最悪の事態にならないように、僕がなんとかしてあげるからね」
     エリアル・リッグデルム(フラグメント・d11655)だったダークネスはにこやかに告げると立ち上がった。
    「それじゃ、そろそろ行こうか」
     エリアルに促され、灼滅者たちもゆっくり立ち上がる。
    「あ、そうだ。会長さんに手土産持ってきたんだけどー、持って行ってもいいー?」
     弥勒の問いにエリアルは「ご自由に」と応え、部屋を出て行った。

     そして、8人の灼滅者は蔵乃祐一行とともに、朱雀門高校を訪れる――。


    参加者
    仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    阿久沢・木菟(彼女募集中・d12081)
    リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)
    黒絶・望(闇夜に咲く血華・d25986)

    ■リプレイ


     闇堕ち灼滅者たちによる案内で8人の灼滅者は朱雀門高校へとやってきた。
     一行は戒道・蔵乃祐ことソロモンの悪魔アハスヴェールを先頭に校内を進んでいく。程なく彼は『生徒会室』と書かれた部屋の前で足を止めた。
    「こちらで生徒会長殿がお待ちです」
    「さーて、話の分かる相手だといいのですが」
     出来るだけ、今後が楽に動けるようにしたいものではあるが――。
     どうなることやら、と呟くゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)に続き、灼滅者たちは生徒会室に付属する会議室へと入る。
     室内には楕円形のテーブルがあり、正面には学生服を着た色白のヴァンパイアの青年が座っていた。彼が朱雀門高校の生徒会長だ。
    「ご案内ありがとうございました」
     アハスヴェールを会長が労い、闇堕ち灼滅者たちは生徒会長に軽く会釈し静かに左右の空いた席へと腰かけた。
    「………………」
     知人の動向が気にならないわけではない。
     だが、今、優先すべきことはこの交渉を成功させること。
     そう自分に言い聞かせ、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は視線を伏せる。
     一方、狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)は想定していなかった事態に思考を巡らせた。
    (「闇堕ち灼滅者も同席するんですね……」)
     これから始める交渉においても少し軌道修正が必要かもしれない。
     そんなことを考えていると、視界の端で生徒会長がゆっくりと立ち上がり、仰々しく頭を下げるのが見えた。
    「ようこそ、朱雀門高校へ」
    「この度はお招き頂きまして……ありがとうございます……」
     アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は優雅にお辞儀をし手作りのタルトを差し出すと、仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)も持参した手土産を生徒会長に渡す。
    「よかったら、皆さんでどうぞー」
    「これはご丁寧に、ありがたく頂くとしましょう。……おっと失礼、皆さんもどうぞおかけください」
     生徒会長に指示されるまま灼滅者たちが対面の席へと腰をおろすと、朱雀門高校の女生徒が入ってきてお茶を出してまわる。
     左手の中指にはめられたアンティーク調の指輪が彼女の動きにあわせてしゃらんと小さく揺れ、全員にお茶出しを終えた彼女は生徒会長の後ろに秘書然と立ち控えた。
    「――では、早速ですがお話をお伺いしましょう」
     生徒会長に促され、リアナ・ディミニ(不変のオラトリオ・d18549)は仲間たちを見回した後、ゆっくりと口を開く。
    「改めまして、交渉の場の用意と対応に感謝を。まずは、今回の訪問の目的からお話させていただきます」
    「もう、知ってるかもしれないけどー、確認も兼ねて話させてねー」
     弥勒はデスギガス軍が他の四大シャドウ軍を壊滅・吸収して大勢力化し既に現実世界への進出を開始していること、地上制圧の危機であることを告げた。
    「オレたち武蔵坂はデスギガス軍を撃破したいんだよね。だから、朱雀門に共闘あるいは休戦を依頼したいんだ」
    「……と、いうと?」
    「ようするに、朱雀門・爵位級勢力と武蔵坂との戦闘行為の禁止を提案したいなーって」
     弥勒の言葉に頷き、リアナは対面に座る生徒会長の反応を探りながら慎重に言葉を紡ぐ。
    「私たちが提供できるメリットは、爵位級を灼滅するための共闘体勢の約束です」
     もしも、デスギガス勢力が地上制圧を行なった場合、武蔵坂学園だけでなく朱雀門高校も不利益を被る可能性が高いと考える。
    「朱雀門にデスギガス軍との戦争時に協力を要請します。その見返りとして武蔵坂は朱雀門の対爵位級との態勢に協力することを提案します」
    「……ほう」
     リアナの提案に生徒会長は興味を示したかのような反応を見せた。
     好調と思われる滑り出しに安堵しつつ慎重に口を開いたのは黒絶・望(闇夜に咲く血華・d25986)。
    「ですが、現状の武蔵坂には爵位級を完全打倒する戦力がありません」
     学園の強みであるサイキック・リベレイターの照射対象に選ぶことは厳しいであろうこと、故に戦力的に準備が整うまでは朱雀門高校、及び爵位級ヴァンパイアとの直接対決を避けたいことを説明する。
    「完全打倒、とは……そうですか」
     望の言葉を繰り返し、目を閉じて何かを考え込むような仕草を見せる生徒会長に、阿久沢・木菟(彼女募集中・d12081)は射るような鋭い視線を向けた。
    「今回の会談で戦力と切り札が欲しいのはお主も同じでござろう」
     朱雀門高校との共闘が厳しいのであれば、デスギガス軍に注力するためのヴァンパイア勢との休戦の確約が欲しい。木菟は努めて冷静に語る。
    「武蔵坂はお主が爵位級に対する反逆の意思を持っていることは知っているでござる。だが、現在、朱雀門で大規模な作戦を実行する際の指揮官候補になりうる者はうずめ様、鞍馬天狗、ロードクロムの3名しかおらぬ」
     木菟の言葉に生徒会長は片眉をぴくりとあげた。
     翡翠は木菟を無言で制すると代わって話を繋ぐ。
    「そこで『デスギガスと爵位級をぶつけて互いの力を削る』という案はいかがでしょう?」
     先程も述べたように、現在の武蔵坂学園の戦力では爵位級ヴァンパイアとの直接対決は時期尚早と認識している。これは、武蔵坂・朱雀門の両者にとって望むことではないか、と翡翠は生徒会長に問いかけた。
    「爵位級が直接動くことで朱雀門の戦力も温存できますしね」
     もしも、この案に乗っていただけるのであれば、爵位級ヴァンパイアを動かすための策を共に考えます、と重ねて翡翠は言う。
    「例えば、『デスギガス軍が地上に出ると同時に動けない爵位級を潰そうと企んでいる』とか」
    「――なるほど」
     ここまで相槌をうつにとどめていた生徒会長はぐるりと灼滅者たちの顔を見回し、ゆっくりと口を開いた。
    「一つ、貴方がたは大きな勘違いをしている」
    「………………」
     生徒会長の言葉に謡は大きく息を飲む。
     やはり、ダークネスとの共闘や休戦はあり得ないのか……。
     無言で唇を噛む彼女に生徒会長は思いがけない台詞を投げかけた。
    「武蔵坂の灼滅者は、自分たちの力を随分と過小評価しているようだ」
    「な……っ!?」
     過小評価? 戸惑いの表情を浮かべる灼滅者をよそに、生徒会長は尚も言葉を続ける。
    「爵位級のお歴々が脅威を感じているのはシャドウなどではない……それは貴方がた、武蔵坂の灼滅者に対してだ」
    「!!」
     爵位級ヴァンパイアにとってシャドウは脅威ではないこと。
     また、シャドウと武蔵坂学園が戦えば武蔵坂学園が必ず勝つと爵位級ヴァンパイアは認識していることを生徒会長は淡々と語った。
    「『ダークネス単独組織の攻撃では武蔵坂学園には勝利できない』――それが、爵位級のヴァンパイアが出した答えです」
    「僕たちそんな大層な組織ではないと思いますけどねぇ。ちょっと過大評価しすぎじゃないですか?」
     ゲイルの反論に生徒会長は「そうでしょうか?」と逆に首を傾げる。
    「蒼の王コルベイン、白の王セイメイ、そして大淫魔サイレーンまでも貴方がたは灼滅した。最初こそ灼滅者たちへの侮りと油断があったのは事実でしょう。しかしサイレーンが灼滅された時点でもう手遅れだった……貴方がたは、ついにあのガイオウガさえも灼滅する程に力を得てしまったのだから……」
    「………………」
    「今この世界で一番の驚異にして脅威たる組織は武蔵坂学園であると、理解して頂けただろうか」
    「それは……」
     思わずリアナと謡は顔を見合わせた。
     サイレーン灼滅戦の敗北後に爵位級ヴァンパイアの勢力に合流した『無限婦人エリザベート』からの情報の影響もあったと思われるが、実際、爵位級ヴァンパイアも『サイキックアブソーバー強奪作戦』『黒翼卿迎撃戦』と二度に渡って敗北している。
     確かに、大きな犠牲を払ったとはいえ、ガイオウガを倒した武蔵坂学園の方がシャドウよりも脅威度が上だと言われれば、これ以上の反論はできない。
    「ボクたちは、大きな勘違いをしていたかもしれない……」
     生徒会長に聞こえぬよう、謡はぽそりと呟きを漏らした。
     爵位級ヴァンパイアが脅威を抱いている相手は武蔵坂学園。
     しかし、単独のダークネス勢力では勝利は厳しい。ならば。
     思わず脳裏に浮かんだ言葉がリアナの口から零れた。
    「まさか、爵位級ヴァンパイアと、他ダークネス組織の、共闘……?」


     リアナの呟きは灼滅者たち皆の心に浮かんだ懸念そのものだった。
    「え……そんな……」
     思わず口元を手で押さえ、アリスは生徒会長の顔を見つめる。
     しかし、生徒会長は涼しげな表情を浮かべたままあっさりリアナの言葉を否定した。曰く、ダークネスは悪であるから共闘などは考えない、と。その言葉に彼の思想の偏りを感じつつも、ゲイルは間髪入れずに問いかける。
    「ならば、爵位級のヴァンパイアはどんな作戦を考えているんです?」
    「『武蔵坂学園がサイレーンとの戦いのように、全力で決戦を挑む時期を確定し、その戦いの最中に武蔵坂学園に攻め込む手はずを整えよ』――これが我が朱雀門高校に下された命令です」
    「え、ちょっと、それマジ?」
     躊躇いを見せることなく答えた生徒会長に、弥勒は思わず身を乗り出した。
     ヴァンパイアと共闘してシャドウと戦おうとするつもりだったが、そのヴァンパイアはシャドウを利用して、武蔵坂学園と戦うつもりだったとは……。
     背後から別組織に攻め込まれるというリスクを軽減することが今回の交渉の目的だったわけだが、当の交渉相手がまさにその作戦を実行しようとしていたとは大誤算だ。
    「その情報、正しいものでござるか? お主が嘘をついていない証拠が欲しいでござる」
     冷静に問いかける木菟に、生徒会長は動じることなく小さく首を横に振った。
    「証拠を提示することは難しいですね」
     ですが、と彼は左右に座った闇堕ち灼滅者たちを指し示す。
    「彼らが同席していることが、私が正直に話していることの証拠になりませんか?」
     もしも、生徒会長が嘘をついて武蔵坂学園を騙そうとしていた場合、闇堕ち灼滅者がそのことを指摘するかもしれない。
     闇堕ち灼滅者たちも各々の目的を持ち朱雀門に合流している。中には会長が嘘を付いた場合に指摘する者がいてもおかしくない。
     もちろん、それは武蔵坂側が嘘を付いた時に誰かが指摘する可能性も含んでいる。
     武蔵坂学園がはったりで生徒会長を騙すことが難しいと感じたように、生徒会長もまた同じように考えているということだろう。
    (「ならば、やはりこの作戦は本当のこと……」)
     どうしたものかと翡翠は考え込んだ。
     生徒会長が爵位級ヴァンパイアの命令をリークしてくれたことはありがたいが、このまま作戦が実行されれば武蔵坂学園が敗北して滅亡することは避けられないだろう。
     何と言ったものかと灼滅者たちが考えあぐねている中、口火を切ったのはゲイルだった。
    「でも、もしもその作戦を遂行した結果、武蔵坂が滅亡してしまったら困るのは朱雀門なんじゃないですかね」
     何故? と問う生徒会長にゲイルはさらりと答える。
    「武蔵坂を利用して爵位級を処理する絶好の機会を逃すからですよ」
     武蔵坂学園と朱雀門高校それぞれにおいて、爵位級ヴァンパイアを倒したいという目的は共通している。
     この状況で不用意に武蔵坂の戦力を減らすことは、生徒会長にとって不利益となる、と指摘され会長は僅かに目を細める。
     やはり、わざわざ交渉に来るだけはあるようだ……。
    「……では、武蔵坂学園は私に何を望むと?」
    「改めて、爵位級ヴァンパイアを倒すために、朱雀門と武蔵坂で協定を結ぶことはできないでしょうか」
     リアナの問いかけに生徒会長は無言だった。が、否定しないということは脈がある――そう、判断した謡だったが、このまま協定を締結する前に言うべきことがある。
    「ただし『朱雀門による一般人を狙った作戦行動の中止』――これが条件だよ」
     武蔵坂学園の中で一般人守護の思想は強く、非人道活動は同盟に亀裂を生みかねない。よって、この点については事前にきちんと確約をとっておきたいと考えての発言だった。
    「例えば、デモノイド化等の戦力確保方法の方針変更。総意で動くボク達武蔵坂には非常に効くだろう。結果的に妨害が減り、灼滅者戦力を得ることになると思う」
     しかし、謡の説明を聞いた生徒会長は首を横に振ると大きく溜息をつく。
    「残念ですが、その提案は正しいとは言えないでしょう。――何故なら、ダークネスは人を襲うべきだからです」
    「……っ」
     その言葉に反論したい気持ちをぐっと抑え、翡翠はまっすぐに生徒会長を見つめた。
    「……続けてください」
    「これは、あくまで私の推論ですが――現在は、人間に対してダークネスの数が多すぎると思われます」
     その理由は『ダークネスが、世界を分割支配』してしまったからだ。
     本来は殺し合い数を減らす筈のダークネスが協定により数を減らさず、更に『一般人を効率的に闇堕ちさせる為の様々な方法』が確立されたのが原因であると生徒会長は語った。
    「食物連鎖を例に説明しましょう」
     彼は『一般人は草』であり『ダークネスは草食動物』に当たると言う。
     従来は、草食動物同士が殺し合って数を減らすことで、草が絶命することは無かった。
     しかし、分割支配によって『草食動物の数が増え』、草が絶滅する可能性が出てきてしまった。
     灼滅者は、ダークネスを灼滅するもの、つまり『肉食動物』に相当する。
     肉食動物である灼滅者がダークネスを間引く事で、生態系が安定するのでは無いだろうか。
     そして、生徒会長は背後に立っていた女生徒に指示をして一つの資料を提示した。
    「最近5年間でダークネスによって殺された一般人の全人口比に対する割合は、最近5年間で灼滅者が灼滅したダークネスの割合よりも相当少ないのですよ」
     現時点では『世界の分割支配により、ダークネスの数が増えすぎている』ため、灼滅者が多少ダークネスを虐殺しても『生態系のバランス的には良いこと』の範疇となる。
     しかし、このままの勢いで武蔵坂学園が戦い続ければ、最終的にダークネスの数が減りすぎて生態系のバランスは崩壊してしまう。
     この生徒会長の仮説を聞き、弥勒は首を傾げた。
    「ダークネスが滅びれば、一般人の被害がなくなるでしょー? 良いことだと思うけどなー」
     だが、生徒会長は「そうでしょうか?」と疑問をはさみ話を続ける。
    「では、この先の未来、灼滅者が勝利しダークネスが滅びたと仮定しましょう。ダークネスが滅びた世界で、灼滅者はどうやって癒しを得るつもりですか?」
     灼滅すべきダークネスがいない世界……灼滅者は癒しを得られず次々に闇堕ちしていくことになるだろう。
    「武蔵坂の灼滅者たちは、闇堕ちした同胞を灼滅しなければ、逆に自分たちが闇堕ちする状況に追い込まれるわけです」
    「そ、そんなことって……」
     生徒会長の言葉にアリスは絶句し、望は俯き強く唇を噛んだ。
     大切な人を喪うあの辛さをまた味わう、もしかしたら自分の大切な人にも同じ辛い経験をさせることになるのではないか。
     言葉を失う灼滅者たちを前に生徒会長は淡々と語り続ける。
    「もちろん、自然発生するダークネスを灼滅すればこれは免れるかもしれません。しかし、一度ダークネスが絶滅した世界で、つまり、一般人を闇堕ちさせようとする悪がない世界では、闇堕ちする人間自体が減少していくでしょう」
     さらに、武蔵坂学園は闇堕ちした仲間や新たに闇堕ちした一般人に対しても『救えるものならば救出して灼滅者にしたい』と考えるのは明白。よって、ただでさえ発生しづらいダークネスなのに、そのダークネスの半数が灼滅者になってしまえば、状況は更に悪化するのは目に見えている、と。
    「それを防ぐためには『ダークネスに代わり、灼滅者が一般人の闇堕ちを促すような悪を意図的に行う』しかありません」
     ダークネスを滅ぼした灼滅者の行く末は『闇堕ちした灼滅者を灼滅し続ける仲間殺し』の道か、或いは『世界の悪として、一般人が闇堕ちするような世界を構築する』かのどちらかしかないのだ。
    「――――」
     そう告げる生徒会長を前に、灼滅者たちは各々生徒会長の理論を反芻し、反論の糸口を探す。
     灼滅者が闇堕ちを防ぐ為にダークネスを灼滅する必要があるのならば、仲間の闇堕ちを防ぐ為には『ダークネスを発生させて灼滅』しなければならない。
     それは、ダークネスが行っている『人々を苦しめて闇堕ちさせる』行為と、同じではないだろうか。
     それどころか、ダークネスが『自分の仲間を増やす』という自然な行為であるのに対して、灼滅者の行いは『生まれたばかりのダークネスを殺す為に、ダークネスを生み出す』のだから、より罪が深いかもしれない。
    「灼滅者が一般人を虐げることは、ありません……」
     喉から振り絞るように声を発した望に生徒会長は冷ややかな視線を向けた。
    「それは、愛する恋人の闇堕ちを救う為でも、一般人を虐げませんか? その結果、愛する恋人をダークネスとして滅ぼすとしても」
    「………………」
     その言葉には望だけでなく皆押し黙った。
     愛する恋人やかけがえのない友人、大切な仲間。
     彼らの命と天秤にかけたとき、果たして――。


     考え込んでしまった灼滅者たちに、尚も畳み掛けるように生徒会長は言う。
    「もちろん、貴方がたに本当に高潔な意思があれば、ダークネスを滅ぼした後に全ての灼滅者が自殺して灼滅者を滅ぼすということもあるかもしれません」
    「……それでも解決にならないですよね」
     ダークネスと灼滅者がいなくなっても、新たに生まれたダークネスがまた同じことを繰り返すだけになるということに翡翠は気づいていた。
     彼女の言葉に頷き、生徒会長は「そこで」と口を開く。
    「ダークネスと灼滅者と一般人が最大幸福を得る方法として、次の提案をします」
    「ふぅん、どんな提案ですか?」
     促すゲイルに生徒会長は次の様な説明をした。
     灼滅者は『自分達が癒しを得るに充分な数のダークネス』を灼滅する。
     ダークネスは『灼滅者に灼滅される程度の数のダークネスが闇堕ちする』ように一般人を虐げる。
     この均衡を作り出した上で、灼滅者が灼滅者の判断で『1人の闇堕ち者を得る為に、より一般人を苦しませる方法を取るダークネス』を優先的に灼滅するように行動すれば、結果的に『一般人の被害が軽減』するだろう――。
    「さすがに、それは……」
     生徒会長の提案を聞いた謡は溜息をつき頭を抱えた。
     理屈としては合っているかもしれないが、とても共感できる内容ではない。
     ましてや、学園に持ち帰っても武蔵坂学園の生徒たちが賛成するとは到底思えなかった。
    「肉食動物と草食動物は知恵が無い為、自然の摂理に任せるしかない。しかし私たちには知恵がある。その知恵により、自然の摂理を越え自らで生態系のバランスが保たれた状況を作り出す事ができる筈です」
    「……それでも、この提案を受け入れることは難しいと思うなー」
     苦笑を浮かべ弥勒は首を横に振った。
     その反応を見て、生徒会長はわかっていたと言いたげな表情で頷く。
    「今の段階で理解してもらえるとは思ってはいません。ただ、知識として知っておいて欲しいのです。いつか、全てのダークネスを滅ぼせるという状況が来た時、この事を思い出し、考えていただければ……」
    「………………」
     いずれ、決断しなければいけない時が来るということか――。
     生徒会長の言葉は灼滅者たちの上に重くのしかかった。
    「……やはり、灼滅者とダークネス、相容れぬ存在ゆえ、協定を結ぶなどは夢物語でござったか」
     交渉もここまでか、と溜息をつく木菟に生徒会長は意外そうな視線を向ける。
    「武蔵坂と朱雀門の協定を否定した記憶はありませんが」
    「だが、今、拙者たちの提案を否定したではござらぬか」
    「それは、貴方がたの提案が『正しいとはいえない』と言っただけです。私たちが共闘することは私にとってもメリットが大きい」
     武蔵坂学園と朱雀門高校が共闘する最大のメリット、それは朱雀門高校が武蔵坂学園という最大にして最強の切り札を手に入れることだと生徒会長は言った。
     だが、まずはそれ以前に、武蔵坂学園とシャドウとの決戦中の、爵位級ヴァンパイアによる武蔵坂学園襲撃を阻止せねばならない。
    「この後、私たちは爵位級の御方にとある報告をしようと考えています」
     生徒会長は、その内容を語った。
    『灼滅者はソウルボード内でシャドウとの決戦を行う予定であり、この決戦中は武蔵坂学園の防御は薄くなると思われる。
     このタイミングで朱雀門が全戦力で攻め込めば、武蔵坂学園のかなり奥まで攻め込める筈であろう。
     その好機を生かすべく増援の軍勢を武蔵坂学園に送り込んでほしい』と報告するのだ。
    「決戦のタイミングは……出来るだけ早い方が良いでしょう。来月としましょうか」
     時期は1月の上旬。生徒会長が言うことが本当なら、朱雀門高校の全軍が武蔵坂学園に攻めてくると言う。
    「武蔵坂にお願いすることは『朱雀門の全軍の攻撃に対して、あたかも、主力が決戦に出向いており対応できない』ように装って、朱雀門の軍勢を武蔵坂の奥に誘導することです」
     朱雀門高校軍が武蔵坂学園の奥まで攻め込めば、爵位級ヴァンパイアの軍勢が攻め込んでくるので、そこで爵位級ヴァンパイア軍を壊滅させるのが生徒会長の作戦だ。
     この作戦に不利益はないか。リアナは考えを巡らせながら慎重に口を開く。
    「なるほど……これでシャドウとの決戦の隙を突こうとする爵位級の目論見を外し、武蔵坂が全力で迎撃することが出来るということですね」
     本当に、生徒会長を、朱雀門高校を信用してよいのだろうか。
     灼滅者たちは対面の席で悠々とお茶を飲む生徒会長を見つめながら、各々考えていた。
    「朱雀門の方々も爵位級撃破を協力して下さるでござるな?」
     木菟の問いに、生徒会長は「もちろん」と大きく頷く。
    「ただし、あまり早く戦闘を開始すると、騙されたことを知った爵位級が撤退する可能性が高くなります。よって、朱雀門は、武蔵坂の灼滅者の防御を抜けてきた爵位級の軍勢を撃破するという形で協力いたしましょう」
    「でも……やはり、この作戦は一方的過ぎではないでしょうか。武蔵坂の皆が納得できる証拠……のようなものを提示いただけませんか」
     顎に手を当て考えていた望が反論をするが、生徒会長は首を横に振る。
    「そこは我々を信頼していただくしかありませんね。ですが、もしも信頼できないというのであれば朱雀門全軍が武蔵坂に攻め寄せた時に全力で撃退すれば良いでしょう」
    「それでは……朱雀門さんが……」
     心配そうな顔で生徒会長を見つめるアリスだったが、当の生徒会長はけろりとしている。
    「武蔵坂の迎撃で朱雀門が大被害を受けたとしても、爵位級に損害がなければこの敗戦は偽情報に踊らされた朱雀門の失態で済みます。裏切りの罪で朱雀門が皆殺しにされることはないでしょう」
    「……もしも、オレたちが『朱雀門は武蔵坂と内通してて、一緒に爵位級を討伐する約束だった』って爵位級の人たちに言ったとしたらー?」
     弥勒の問いにも、生徒会長は「ご自由にどうぞ」と答えた。
    「その場合は朱雀門軍を撃退した後の話となるでしょう。撃退した後ならば、信じる者はいないと思いますよ」
     他には? と促す生徒会長にゲイルも質問を投げかける。
    「貴方がたの作戦に乗って爵位級を迎撃する作戦をとった場合、爵位級の陣容は教えてもらえますよね?」
    「はい。出陣してくる爵位級の情報については、私達が武蔵坂に攻め込む前に可能な限り伝達できるようにするつもりです」
     生徒会長は「さらに」と付け加える。
    「この作戦で多数の爵位級ヴァンパイアを灼滅することができれば、サイキックリベレイターを使用せずに爵位級ヴァンパイアの拠点に攻め込んで撃破することも可能になると思いますよ」
     武蔵坂学園の提案は受け入れて貰えなかったが、替わりに朱雀門高校の生殺与奪の権利がこちら側にある。
     かつ、今回の作戦が成功すれば爵位級ヴァンパイアを撃破する絶好のチャンスだ。
    「……ボクたちに有利すぎるように思えるが、貴方は何が目的なのかい?」
     じっと見つめる謡の問いに、生徒会長は迷う素振りを見せることなく答えた。
    「既に説明している通りですよ。灼滅者と一般人とダークネスが最大幸福を得られる未来の為に、爵位級のような強力なダークネスは除かねばなりませんし、灼滅者は生き延びなければならない。私は、そう考えています」
    「そうか……」
     謡はこくりと頷くと仲間たちの顔をぐるりと見回す。皆、同じ意見であることを確認し、再び彼女は口を開いた。
    「この提案について、ボクたちだけでこの場で答えることはできない。だが、この会談の内容は正確に皆に伝えるよ」
     そして、武蔵坂学園の決断は『全力で攻め寄せてくる朱雀門の軍勢に対する対応』をもって答えさせてもらうと告げる。
    「それでは、本日の話し合いの内容を確認させてもらいますね」
     望が読み上げた会談内容について、生徒会長も齟齬がないことを確認した。
    「では、会談は以上でしょうか――」
     確認し忘れたことはないか、リアナが仲間たちに視線を向けると、アリスがおずおずと手をあげる。
    「あの……瑠架さんに伝言とか、ありますか……?」
     何かあれば伝えようとアリスは申し出たが、生徒会長は黙って首を横に振った。
    「……いいえ、特にありません。お心遣いありがとうございます」
    「では、これで終わりかな」
     随分と長い間、話をしていた気がする。
     謡は立ち上がり、生徒会長の隣へ立つと右手を差し出した。
    「今日の会談は有意義だったと思うよ。よかったら貴方の名前を教えてくれないかな」
     生徒会長は謡の握手に応じ、『ルイス・フロイス』と名乗る。
    「貴方がた武蔵坂が善き選択をしてくれることを祈っています」


     闇堕ち灼滅者たちとともに、待ち合わせ場所の廃ビルへと戻ってきた。
    「では、私たちはこれで失礼します」
     朱雀門高校へと帰って行くアハスヴェールを見送り、弥勒は大きく息を吐く。
    「あー、疲れたー。みんな、お疲れ様―」
     ふぅと同様に息を吐く仲間たちの顔にも疲労の色が強く浮かんでいた。
    「それにしても、あの会長は異端すぎですね」
     ゲイルの言葉に木菟も頷く。
     ダークネスとして異端なだけではない。灼滅者としても、一般人としても異端な考えだ。
    「校長と同じ匂いを感じるでござる。敵にまわすと厄介だが、味方にすると危険かもでござるな」
    「でも、朱雀門軍の襲撃を撃退してしまえば、爵位級の軍勢がデスギガスとの決戦と同時に攻めてくるんですよね」
     やれやれ、と肩をすくめるリアナに翡翠はこめかみに手をあてて溜息をついた。
    「それを防ぐ為には、デスギガスとの決戦よりも先に爵位級の軍勢に打撃を与える今回の作戦は有効なんですけどね……」
     問題は生徒会長の言葉を信じられるかどうか。
     溜息をつく仲間たちに、望は「でも」と話しかける。
    「この情報を入手できたことは大きな収穫だったと思います」
     確かに、生徒会長から爵位級ヴァンパイアの作戦を聞き出すだけでなく、彼の描く未来像まで引き出せた。
     想定通りに話は進まなかったが、冷静に交渉に挑むことを徹底したおかげでこの結果を――及第点以上の成功を導き出せたと言ってよいだろう。
     灼滅者たちの顔に安堵の表情が浮かぶ中、アリスは学園に囚われている瑠架のことが気がかりだった。
     もしも、瑠架が生きているということを、武蔵坂に囚われていることを爵位級ヴァンパイアに公表したらどうなるだろうか――。
     (「瑠架さんにとって……一番良いことは……」)
     瑠架の身を案じ、悩むアリスの肩をポンと叩き、謡は口を開いた。
    「何にせよ、選択権はボクたち武蔵坂にある。学園の皆と決めよう」
     どのような結論になろうと世界を、未来を守るために戦うだけだ。

     そして、灼滅者たちは帰路につく。
     来る襲撃にどのように応じるか、答えを出すまでに残された時間は長くはない。

    作者:春風わかな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月27日
    難度:難しい
    参加:8人
    結果:成功!
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