翡翠色の呪縛

    作者:るう

    ●繁華街にて
    「なあ、『ジェイド』を知らねェか?」
     何度繰り返したかも判らぬ言葉。口に出すだけでも苛立つその名を尋ね、女のように妖しく艶やかな青年は、心の底で呪いを紡ぐ。
     何時まで、俺を縛りやがる。
     左腕を這う青薔薇が、苛むように締めつける。ああ、ラピスめ。お前が無為な学園生活など送っていなければ、俺はとうの昔に自由だったのに。
     そんな恨み言が浮かんだ時だった。目の前の、鋲を打った革ジャケットに身を包んだ男らは、さも当然のようにこう答える。
    「ジェイドさんなら、今夜来るぜ」
     ほう――赤く、愉悦に歪む青年の目。どれだけ探しても見つからなかったあの吸血鬼の居場所が、こんな連中に聞いて判るとは!

     夜、指定されたビルの地下にやってきた青年。分厚い扉を開けた彼が見たものは……熱狂の渦に包まれだステージだった。
    「奴はどこだ?」
     見渡せど仇敵の姿は見つからず。代わりに彼に重低音を浴びせかけるのは、このライブハウスを拠点とする学生メタルバンドのベーシスト、『ジェイド』。
    「……奴じゃねぇ」
     やはり、期待するだけ無駄だったのだ。こんな不快な気分にさせられた時は……嘘吐きの害虫どもを駆除して気分を晴らすに限る!
     青薔薇は一層鮮やかに咲き、血潮を啜って紅く染まる……。

    ●武蔵坂学園、教室
    「ライブハウスを、ラピスティリア・ジュエルディライト(蒼い月は嗤う・d15728)さん──いえ、羅刹が襲撃する未来が見えました」
     園川・槙奈(大学生エクスブレイン・dn0053)の未来予測によれば、その羅刹は『ジェイド』なるヴァンパイアを探し、街を彷徨っているらしかった。が、呪いとも言うべき執着の先に起こるのは……同名のバンドマンのライブを襲撃し、多数の犠牲者を出すという結果。
     止めるなら、その前でなくては間に合わない。
     もっとも、灼滅者による妨害を警戒している彼は、人通りの多い道を選んで目的地に向かうだろう。人払いすれば察知され、しなければ人質を取るだろう敵から人々を守るには、いかに速やかに奇襲できるかにかかっている。
    「現場には、ドラッグストアなどの店々や雑居ビルが立ち並んでいます……奇襲自体は、そう難しくはないと思いますが……」
     そこで槙奈は言葉を置いた。
     吸血鬼ジェイドは、かつてラピスを狩りの標的とし、闇堕ちさせ、尊厳という尊厳を奪った張本人だ。それを倒す機会を妨害する者は、誰であれ許しはしないだろう。『ジェイド』が別人だなどと言われて耳を貸すはずもなければ、彼の元へゆくためならば、人の命すら顧みないのだ。
     銀の歯車と紫水晶の杖は、咲く青薔薇をもって術を生む。
     その羽衣は変幻自在に舞って、灼滅者たちを貫くはずだ。
     そして荊の影は伸び、近寄る敵を切り刻む。
    「危険な相手、と見て間違いありません……でも、ラピスティリアさんを助けるには、必ずやらなくてはいけないんです」
     何故なら槙奈の言によれば、彼はもう、ほとんど皆の声に応えられぬほど弱っているからだ。万が一、この機会を逃したならば、彼が戻ってくる事はないだろう。
    「それでも今は、彼を信じましょう……」
     唯一、羅刹の左腕に絡みつく青薔薇だけが、ラピスが闇を止めたいと願う意志。それは闇が祓われるまで強さを取り戻す事はないかもしれないけれど、確かに存在しているのだ。
     ならば……ラピスは何の力もないと思っている羅刹にそれを気づかせ、恐怖させれば、羅刹はそれに呑まれてゆくだろう。


    参加者
    偲咲・沙花(サイレントロア・d00369)
    瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)
    桃野・実(夜陰・d03786)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    イブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)
    高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    ブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)

    ■リプレイ

    ●始まりを告げる鐘
     世間を賑わすジングル・ベル。楽しく奏でられるクリスマスソングの間を歩めども、彼の心は慰められやしない。
    「ジェイド……」
     青薔薇の印に呪われながら、呪いの主の名を呪う。けれど……ああ、どうしてこれほどまでに腹が立つのに、口許は自ずと笑むのだろう?
    「ここまでは、奴の手の者も武蔵坂の奴らも、現れた様子はねェみてェだな」
     慎重に周囲を見回して、羅刹は思わず小声で洩らす。今日は、何もかもが順調だ……あと一息、人で溢れたこの大通りを離れて指定のビルに辿りつければ奴がいる!
     今日くらい、神とやらに感謝してやってもいいと思った。何故ならクリスマスの連休は、彼が襲撃を懸念していた路地の中にも、少ないとはいえ幾人かの人影を残しておいてくれたのだから!
    (「近くに一般人の姿があれば、ジェイドの配下はともかく灼滅者どもは……」)
     ……そう、ほくそ笑もうとした瞬間。彼の耳は、奇妙な風切り音を捉えたのだった。

    ●空からの急襲者
     街灯りを映して明るむ空を、黒が覆って欠けさせる。それは見る間に大きくなって、羅刹の上空を支配せんとする。
    (「闇が広がる……? いいや、俺に『落ちて』きてんだろ? 『部長』」)
     アスファルトを貫く衝撃と音。一瞬前まで小夜のいた場所に着地した男こそ、彼がラピスの記憶を通じて知る『C.o.S』部長、瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)だった。
     恢は目だけを小夜へと向けた。が、その時には既に、相手は一番近くにいた通行人に向けて、鬼の鉤爪を伸ばさんとしている。
     直後……通行人と彼との間に、一人の女が片膝をついた。顔の前で横一文字に構える剣と同じで、危険な鋭さを醸し出す女。偲咲・沙花(サイレントロア・d00369)は刃のように嗤うと、背中にいる人物に向けて、とっとと逃げるんだ、と一言。
    「邪魔すんのか?」
     羅刹は訊いた。
    「けど、今日の俺は気分がいいんだ。今すぐどけば見逃してやる」
     けれども灼滅者たちの彼への回答は、さらに続けて響く着地音だった。
    「そういう恫喝まがいの言い方は、ラピスさんには似合いませんよ!」
     一つめ。まるで叱るように言い聞かせるブリジット・カンパネルラ(金の弾丸・d24187)の全身からは、小夜へのただならぬ憤りが発せられ。その気にて周囲で戸惑う人々の足を、知らぬ間に彼女から遠ざける。
     そして二つめ。
    「ラピスさん、お久しぶりです……ああ、今は小夜さんでしたか」
     対照的にうっとりと目を蕩けさせるイブ・コンスタンティーヌ(愛執エデン・d08460)の赤薔薇の剣は、彼の頬に一筋の赤い線を生み出していた。だって……彼がどんな姿になっても、彼が『愛』すべき友人の一人である事に変わりはないのだから。
     垂れてきた自らの血液を、小夜は艶っぽい仕草で舐め取った。そして吸血鬼のように赤い目を光らせて、得体の知れぬ恍惚を浮かべてみせる。
    「ああ……この上なく最悪の気分だ」
     すると三つめの着地音がすぐ傍で響き、彼を結界の中に閉じ込めた!
    「ハロー、小夜ちゃん、お困りみてーですね。探し人は見つかりましたか?」
     どうやら、最悪はさらに最悪になるらしい。猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)も武蔵坂の灼滅者ならば、当然、彼の探し人の話も知っているはずだ。なのにこの女は平然と邪魔をして、「見つかりましたか?」ときたものだ!
     ここまで奴に近づいているというのに、それに辿りつくのが許されない。
     そんな小夜の憤懣は、きっとラピスをも苦しめているのだろう。彼をそれから解放するには、今すぐ自分も行かなければ……。
     そう意気込みはしたけれど、高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)はどうしても、ビルの屋上から下を覗けない。羅刹の杖の歯車が、乱暴に軋みを立てる音。膨れ上がった鬼の霊力が、冬の空気を爆ぜさせた音。恐らくは包囲網が突破されかけたのだろう、させない、という桃野・実(夜陰・d03786)の声が寒空に響き、敵の履いた靴の底が、押し戻されてアスファルトを擦って唸るのに!
     その時紫姫の指先を、暖かな手がぎゅっと包んだ。
    「紫姫ちゃん、怖い? 大丈夫?」
     はっとして紫姫は隣を見る。同い年で、身長も同じはずの城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)の微笑が、いつもよりずっと頼もしく見える。
    「一緒に降りれば怖くない」
     息を止め、一足先にパラペットに足をかけた千波耶の表情は、直前に紫姫に見せたのよりずっと強張ってはいたけれど。
     紫姫も同じように隣に立つ。そして……この頼もしい友人とともに、息を合わせて飛び降りた!

    ●荊の檻
     それは優雅でありながら、邪悪な激しさに彩られた舞い。小夜の青薔薇は咲き乱れ、囲む邪魔者らを誅さんと欲す。
     しかし、その中から飛び出す華は、同じ……いやそれ以上に鋭い赤薔薇の棘!
    「イケてるメンズのお顔を攻撃するのは躊躇われますね」
    「そりゃぁいい……けど俺は、顔を傷つけられていい声で鳴くお前が見てみてェ」
     数度、互いに武器を打ちつけた後、弾かれるように別れるイブと小夜。が……直後。小夜だけは再び接近戦に戻される。
    「同じクラスになったと思ったらいなくなるんだもの。さあ、さっさと返りましょ――女の子を待たせるものじゃないわ」
     情熱の炎を燃やす千波耶の蹴り。すると小夜は蔑むように。
    「ああ……ジェイドの奴とのケリをつけたら学園に戻ってやるさ。それなら文句はねェだろう?」
    「大アリね」
     そう千波耶。
    「名前一つでヴァンパイアを探せるなんて、本気で思ってるの?」
    「それに、だ」
     渦巻く影が小夜に迫る。恢の放つ一撃は、舞い踊る羽衣との間で火花を散らす。
    「それを待てば、二度とラピスは戻らない。少し手荒にはするが――返せ。ここで終わりなんて、絶対に許さない」
     刹那、嵐のごとく放たれた連打は、紛う事なく羅刹を穿ち。けれど羅刹はただ嗤い、鈴の音のような哄笑を響かせるのだ。
    「此奴は『死んだ』――いや、最初から生きちゃいねェんだ。そんな体、俺が貰ったって構わねェだろ? それは武蔵坂にとっても同じはずだ。あんな奴より俺の方が、よっぽど愉快で有益な友人だろうに……」
    「……そこまでだ」
     お喋りを続ける小夜の喉元に、実の『徒姫』が突きつけられた。
    「小夜さん。他人の悪口は自分を貶めるからやめとけ」
    「事実だぜ? それともお望みなら、俺がどれだけ奴より強いのか、この場で証明してみせようか」
     払い退け、逆に実に鬼の拳を叩きつけようとする小夜……けれどもその動きは途中で止まり、彼は左腕を押さえて跳び退いた。
    「ジェイドめ……こんな時に」
    「どうやら、その荊が腕に食い込んでいるようですね」
     冷や汗を浮かべる小夜の上に、紫姫の投げた霊力の網が落ちた。それを避けようともできなかった羅刹はきっと、よほどの苦しみに苛まれているのだろう。
    「けれど、その束縛がジェイドだけのものでなく、アナタが無為に過ごしたと言っているラピスさんの力である事に気づいていますか?」
    「よくできたハッタリだ」
    「君がそう思い込みてー気持ちは山々ですけど、にえには解っちゃうんですよ、ラピスはメル友ですからね」
     仁恵もラピスを取り戻すため、自らを贄として羊角を振るう。ラピスを喰らえば良くなれる……そんな幻想を打ち砕くために。
    「オトモダチをテメーにあげる気はねーんです。いらねえ被害増やそうとしてんじゃねーですよ」
    「そういう解ったような口は……縫いつけてやらねェとな」
     小夜は羽衣を飛ばそうとした。が、荊は空中にも伸びて、その棘にて薄布を絡めとらんとす。
    「ほら、やっぱり縛られてるじゃないですか」
     ブリジットの放った布帯は、羅刹が放った技と同じであるはずながらより強烈に。
    「小夜さん、あなた一人では復讐なんて夢のまた夢です。私たちに苦戦してるあなた一人ではね!」
    「ああ、五月蝿ェ……だから、邪魔しなけりゃ仲間になってやるって言ってんだろ?」
     力任せに荊ごと腕を振るう。けれどブリジットは宙を舞い、体操のように街灯に跳び乗るばかりだ。
    「小夜さんが思っているよりも、ラピスさんはずっと強い」
     もう一度、諭すように実は語る。
    「俺はクラブで、ラピスさんがちゃんと強くなろうって頑張ってるのを見てたんだ。そのラピスさんのダークネスである小夜さんが強いなら、それがそのまま証明だ」
    「ラピスが一体、どれだけ長い間僕たちと戦ってきたと思っているのさ」
     沙花の剣もまたひるがえった。
    「彼は、ずっと強いんだよ。君が思っているよりも。いや、君の心より」
     青薔薇の杖が沙花を打つけれど、彼女は何事もなかったかのように振舞って、強く、小夜の中の魂へと呼びかける。
    「だからラピス。君も自分の強さを信じてほしい。君は強い。君自身が思っているよりも、ずっと、ずっと……」

    ●ラピスティリアの『強さ』
     どんなに元の人格を封じ込めても、灼滅者はその魂に呼びかける。たとえその封印が確実に思えても、魂を完全に打ち砕かぬ限り、その絆はどんなに狭い隙間にも入り込んでこじ開ける。
    「僕達の力はダークネスを倒すだけじゃない。仲間を救うための力でもあるんだ」
     まるで、自身にも言い聞かせるように断じる沙花の言葉は、小夜自身も十分に承知し、警戒していたはずのものの一つだ。
    「ラピス。君には個としての強さもあるけれど、僕たちという仲間もいる。僕たちが、君の力の一部なんだ。君がこいつを黙らせるんだ」
     こちらに向けて手を伸ばす沙花。今、そこに刃はないはずなのに、何故だかそれが恐ろしい。
     それが灼滅者のやり方だとは知っていた。だから、あんな奴は取り戻さなくたっていいと言ってやったのに、灼滅者どもの往生際の悪いの何の!
    「なら、こうすりゃいいじゃねェか。これから、一緒にジェイドを潰しに行く。彼奴を倒して、俺の呪いを解いた後は……そうだな、そんなに俺の中の屑が好きなら、俺から力ずくで奪ってみりゃあいい」
     我ながらいい案を思いついたと、小夜は端整に微笑んだ。ジェイドと会ったなら解呪を迫り、彼奴が何もせぬのなら今言った通り。が、渋々印を消したなら無論……二人で灼滅者どもを返り討ちにするのだ! 復讐は十分には果たせぬけれど、自由を謳歌できるようになるならそれでいい。
     そこまで計画を組んだというのに……実の首は、けれども静かに横に振られた。
    「残念だが、小夜さんが向かう先にいるのは、同じ名前の別人だ」
     物静かだけれど強い意思が生む清らかなる光が、羅刹の悪意の痕を掻き消すように。彼の言葉は闇の思惑を、その根底から覆さんとするのか。
    「証拠は?」
    「貴方こそ、名前を聞いただけで判断できると思ってるなら、随分と理性がイッちゃってない?」
     羅刹の襟元を千波耶が掴む。
    「それってつまり――自覚がないだけで、ラピスくんの抵抗に、貴方はかなり飲まれてるってコトよね?」
     小夜の左腕をラピスが縛めるのならば、右手は千波耶が縛めた。
    「もし、違うと言ったら……?」
    「違うわけねーですよ」
     仁恵、跳んできて後ろに回って膝カックン。冷たいアスファルトの上に転がして、呆れたように溜め息を吐いた。
    「大体、本当にジェイドとやらを倒したいなら、闇雲に動くより学園でそうやって寝転がってる方が賢いでしょうて。情報が寝てても入ってくるんですよ?」
     なのに……何故、それを小夜はできなかったのか。
     そんなもの、決まってる。
    (「俺が……あの抜け殻が力を取り戻すのを、恐れてるのか?」)
     その時小夜の視界が一瞬、ほんの僅かな時間だけ暗転する。一体、何事が起こったのかと警戒を新たにする彼が気づいた変化は……とても大切な何かに出逢った時のように、いっそうの悦楽を浮かべるようになったイブの顔。
    「随分と長い時間を『-Epitaph-』でご一緒させて頂きましたね」
     小夜は最初、それが茶番じみた呼びかけに違いないと考えていた。
     けれど彼女の瞳に宿るのは、それでは説明のつかない愛の色。
    「いつも貴方の強さに、その青紫の真っ直ぐな瞳に、憧れておりました」
     青紫? 違う……小夜の目は紅いはずなのに。
    「まさか……ラピス……死に損ないの癖に」
     自らの視界が奪われた一瞬、自分の目がどんな変化を起こしていたのかに思い至って、小夜は恐怖に目を見開いた。
    「本当に、まだ生きてやがったのか……もう、すっかり心が折れてちまってるって思ったのによ……!」
     するとまるで、ラピスの心が燃え上がるかのように、羅刹は炎に包まれた。もっとも、その炎を生んだのは……再びまどろみの中に沈んでいってしまったラピスではなく、天狐を思わせる紫姫の靴であったが。
    「私だって闇に囚われていた時、心が折れていたんです」
     紫姫はそう語る。なのに彼女が今ここにいる理由は……きっとラピス自身がよく知っている。それに、呉羽・律希(d03629)の時だって。
    「その時は、あんまり知らなかったはずじゃないですか。なのに気にかけてくれた、優しい先輩……そんな先輩のことを、もっともっと知りたいんです!」
     紫姫も、そう呼びかける律希と全く同じ気持ち。
     だから、皆、信じるのだ……彼は、自分のことだって救えるはずだ、と。
    「聞こえるか」
     恢の声は低く響いて、羅刹を心の奥から震わせた。
    「きみがいない分、部室が広く見えてかなわない」
     それから彼が影を変形させて構えれば、ブリジットも魔力を篭めた指先を羅刹に向ける。
    「沙花さんだって言ってたじゃないですか。今こうして私たちが駆けつけていること、ここにいない人たちも、たくさん帰りを待っていること。それこそがラピスさん……あなたが身につけた本当の強さですよ!」
     恢の影が大きく変化した。
    「一人で全部背負い込まないで、俺たちにも少し持たせてくれないか」
    「結局最後は力技になるけれど……」
     ブリジットの魔力が風の刃へと変わり、同時、恢の影が羅刹を呑み込んでゆく……。
    「……前よりは、俺も、支える力をつけたつもりだから」

    ●灼滅者の帰還
    「ラピスさん!!」
     いても立ってもいられず飛んでいったブリジットに抱きつかれ、ラピスティリア・ジュエルディライトは思わず目を白黒させた。
     何が起こったのかは解らない。でも……言わねばならない事だけは解る。
    「ただいま……そして、ありがとうございます」

     まるで堰を切ったようにラピスに話しかける紫姫は、最初の高所の恐怖など、どこかへと飛んでいってしまったかのようだった。
     沙花が伝えたかった「頑張ったね」の一言は、そんな彼女にも言いたいけれど……その前に、やっぱりラピスが一番最初。
     すると、皆のおかげです、とラピスは答えた。けれど、いいえと首を振る千波耶。
    「ラピスくんが手を伸ばしていたから、貴方は帰ってこれたんだよ」
    「きみにそのつもりがあるのなら、これからも、きみが過去を振りきるための力になろう」
     恢の右手は力強く、ラピスの右手を握りしめる。
     次いで、実も彼の瞳を見つめ。
    「もちろんラピスさんが望むなら、俺がこの戦いを通して知った過去は、全て羅刹の妄想にすぎなかったと信じるのもできる。ラピスさんは今までどおりのラピスさんだ」
     どちらが険しい道かはわからない。けれど、ラピスがいずれの道を選んだとしても、彼らはその道をともに歩むのだろう。
     今や、彼を苦しめる羅刹は去った。
    「さぁ、帰りましょう。皆さんでお祝いですね」
     そんなイブは言葉だけでなく、率先して悦んで包丁を振るい、ケーキなり料理なりを作るのだろう。
    「そうですよラピス、戻りましょう。そろそろお腹も空いたでしょう」
     無理矢理ラピスを立たせると、仁恵はその背を帰り道に向けて押した。

     誰かに救われた者が、必ず幸せになるとは限らない。それは確かではあるけれど。
     願わくば彼らの選択の先に……佳き未来の在らん事を。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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