新しき、幕開けを

    作者:カンナミユ


     白皙の肌がスポットライトに照らされ、彼女は歌う。
     夜の女王が紡ぐのはアリア。
     超絶技巧のコロラトゥーラとその美貌は人々を圧倒し魅了するが、見上げる人々は彼女がヒトならざる存在と気付ける者は誰一人としていない。
     
     ヒトならざる存在――ダークネスだと。
     
     ダークネスは歌う。
     復讐の歌を。
     バルコニーで歌う彼女は紅き瞳で見下ろせば、数え切れぬほどの人々が歌声に聞き入っていた。
     だが聞き入る人々の瞳とは対照的に、見下ろすそれは冷酷で。
     
     ゆま。
     お前を追い詰めたこの世界を、私は許さない。
     復讐を。
     この世界に、復讐を。
     
     歌い上げ、新たなる年の幕開けと共に花火が上がり。
     そして――、
     
     賞賛と歓喜の声は恐怖の悲鳴に変わり。
     世界への復讐という名の殺戮が、始まる。
       

    「……ああ、だからか」
     資料へ目を通していた結城・相馬(超真面目なエクスブレイン・dn0179)は、誰に言うでもなく口にした。
     相馬が見ているのは、水瀬・ゆまが闇落ちした時の報告書と、闇落ちしダークネスとなった現在の情報。
    「ガイオウガの力の化身と戦い、闇落ちしたゆまさんが見つかった。まだ完全ではないが、このままではダークネスとなってしまうだろう」
     そう言い、相馬は灼滅者達に現地へ向かってほしいと話せば、三国・マコト(正義のファイター・dn0160)が教室にそっと顔を出す。
    「相馬先輩、オレも行っていいですか?」
    「もちろん」
     人手は多い方がいいと相馬はマコトも加え、灼滅者達に説明をはじめる。
     場所は郊外にある美術館。大晦日という事で特別に解放されている。
    「洋館の美術館の2階のバルコニーに彼女はいる。中庭にいる人々の前で歌い、人々が殺戮されるのを見下ろし……そして、愛するゆまと一つになる」
     ゆまと一つになるという事。
     それは灼滅者としてのゆまが消滅し、完全なダークネスになる事を意味している。
    「接触できるのは彼女が2階バルコニーに出ようとするあたりからだ。歌いだす前に攻撃をかけるのもいいだろうし、歌っている最中でもいいだろう。もちろん、歌い終えた時を狙うのもね」
     中庭には新年と共に上がる花火を見ようとやって来た人々がいる。その中に眷属を潜伏させており、新たな年の幕開けと共に人々の命は失われるのだ。
    「彼女は高慢で冷酷な夜の女王だ。自らの手を汚さず命を奪う。自らの命に危機が及んだり、願いが叶わぬと悟れば逃げる可能性もあるだろう」
     手強い相手だと相馬は話し、資料をめくる。
    「相馬先輩、どうすれば水瀬先輩を助ける事ができますか?」
     マコトから問われた相馬は、資料へと視線を落とす表情は硬い。
    「正直、厳しいな」
     硬い表情のまま、相馬はゆまが積極的に戻る意思はないと告げる。
    「戻る意思がないって……あの、どういう事ですか?」
    「ゆまさんは自分に深く絶望をしている」
     そう言い相馬は資料の文面を指でなぞり言葉を続けた。
    「頑張ってはいたようだが、ゆまさんは自分の存在に絶望していたようだ。自分の存在は周囲を不快にし迷惑をかけるものだとね。依頼以外の場でもほぼ他人との交流をしていなかったらしい」
     ストラップがついた携帯電話に視線を落とすマコトは夏に見た彼女の姿を思い出し、相馬もまた依頼でのゆまの姿を思い出す。
     だが、人というものは外見や表だけでは計り知れぬものを内に秘める事もある。
    「ゆまさんは自分の存在に絶望し、灼滅される事を望んでいる。だから彼女はイフリートの力の化身との戦いの去り際に言ったんだろう。『ちゃんとわたしを灼滅してくださいね』……と」
     ゆまが闇落ちした際の資料をちらりと見やり、そこで言葉は途切れると、灼滅者達とエクスブレインとの間に静寂の時が流れ。
    「再度言うが、本人は灼滅される事を望んでいる。彼女が望むようにゆまさんを灼滅するか、もしくは救出するか。どちらが彼女にとっての救いとなるかは正直、俺にも判断がつかん。お前達でそれを選択して欲しい」
     真摯な瞳でエクスブレインは言い、灼滅者達は頷いた。
    「灼滅を望むゆまさんを助ける事は確かに厳しいが、可能性はゼロという訳じゃない。灼滅以外の道、新たな道を彼女が見出し踏み出す事が出来ればの話だが……」
     ダークネスとなった彼女は強敵であり、説得には嘲笑しかしないだろう。
     だが、奥底にある本当のゆまは疑い、そして信じようともするだろう。
    「お前達次第だ」
     教室の窓から外を見れば、黄昏に染まる空に、小さな星が瞬いた。
    「今年も色々な事があったと思う。そして新たな年も色々な事があるだろう」
     広げた資料をまとめた相馬は灼滅者達を見渡し、ふと、時計を見れば残りの時は多くなく。
    「悔いのない選択と結末を迎えらるよう頑張ってくれ。俺に言えるのはそれだけだ」


    参加者
    神凪・朔夜(月読・d02935)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)
    大和・命(は遊んで欲しい・d05640)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    北條・薫(炎の隣で煌めく星片翼・d11808)
    ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ


     新たな年が近づいている。
     灼滅者達は歌声を耳に、それを感じていた。
    (「ゆまサン……」)
     住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)はシェアハウスで過ごした日々を思い出し、ガイオウガの力の化身との戦いで闇落ちした同居人の事を思い出す。
     脳裏に蘇るのは冗談にいつも笑ってくれた、おいしいゴハンを作ってくれた、楽しかった日々。
     だが、その日々はふつりと途切れ。
     そして、今。
    「こんなにたくさんの人が集まってくれるとはな……」
     大和・命(は遊んで欲しい・d05640)は言い、ここからは見えない仲間達との打ち合わせをの時を思い出す。
     今回、新たなる時を迎えようとダークネスが用意した舞台は一筋縄ではいかないものだ。
     だからこそ、沢山の仲間達がこの場所へやって来た。ダークネスとなった灼滅者を救う為に。
     だが、エクスブレインが言うには、闇落ちしダークネスとなった灼滅者――ゆまは戻る事を望んでいないという。
     戻る事を望まない。
     それは、灼滅され、消えるいう事。
     だが、灼滅者達はその頼みを聞く為にやって来た訳ではない。
    「必ず連れて帰りますよ、水瀬さん!」
    「お別れなんて、絶対に嫌です」
     相羽・龍之介(焔の宿命に挑む者・d04195)と北條・薫(炎の隣で煌めく星片翼・d11808)の声に、タイミングを待つ仲間達は頷いた。
     そう、ここにやって来た灼滅者達の中でゆまが望む結末を、誰一人として望んでいないのだから。
     ダークネスがいる2階バルコニーを見渡せる中庭に、その決意を強く持つ者がいた。
    「三国先輩、指示通りに」
    「分かりました、有城先輩」
     必ず助けるという強い決意、そして真摯な瞳の有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)に三国・マコト(正義のファイター・dn0160)は頷き、ダークネスが紡ぐコロラトゥーラに聞き入る人々を見やる。
     沢山の人々が中庭からバルコニーを見上げ、照らされ歌う姿に魅了されているが、この中にはヒトならざる存在が紛れている。
     ダークネスが歌い終え、花火が上がった時に紛れる眷属によって中庭に響く賞賛と歓喜の声を恐怖の悲鳴に変わるのだ。
     無関係な人々を誰一人として傷つけさせない。時折聞こえる感嘆の声を耳に神凪・朔夜(月読・d02935)と神凪・燐(伊邪那美・d06868)は、家族達と共にその時を待つ。
     響く歌声は終焉を迎え、そして。
    「そろそろです」
     美術館内に待機するペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)の声に緊張感はより一層、高まり――。
     

     新たな年を迎え打ち上がる花火。
     中庭に響くのは、割れんばかりの歓声が上がろうとし――今だ!
    「ショーもない歌謡ショーをブチ壊しです」
     ウイングキャット・バーナーズ卿と共にペーニャがバルコニーに突入すれば、タイミングを見計らった仲間達も行動に出る。
    「ゆまサン!」
    「ゆま、助けに来た!」
     ライドキャリバー・ぶんぶん丸を伴う慧樹と命の声に、ダークネスは復讐の舞台への乱入者達の正体を知る。
    「……灼滅者か、不愉快な事をする」
    「不愉快? ええ、冬ですとも! 寒いとトイレも近くなって……」
     どず、ん!
     ペーニャとダークネスの間に割って入る護衛に龍之介のエアーシューズが叩き込まれ、変化させた腕を振り上げた薫は狙いを定め、ざぐりと腕を裂く。
    「私の復讐を邪魔するな!」
    「復讐? あ、便所ー! なんちゃって!」
     復讐者を意味するアベンジャーと便所を引っ掛けた寒いダジャレを言うが、ダークネスは眉根を寄せただけで、それ以上の反応を示さなかった。
     ペーニャとしては、何かを狙った上でのドヤ顔発言なのだろう。薫はダークネスの唇が小さく『下品な』と動いたのを見た。
    「この私を差し置いて、自分は迷惑をかけているですって? ふははは笑いが止まらないとはこの事! むしろ貴方は迷惑かけられてた側でしょう。貴方はそれが不愉快でしたか? いい機会ですからちゃんと思い出しましょう」
     畳みかけるようにペーニャは続けるが、護衛に戦いを任せたダークネスの瞳と耳はバルコニーに向けられている。
     何事かと中庭がざわめく中、新たな年を告げる花火が撃ち上がる。手筈通りなら潜伏する殺戮部隊が、中庭の人々を殺すのだが――、
    「させない!」
     ぎいん!
     一般人へと向けられる刃を防ぎ守るのは、雄哉をはじめとしたディフェンダー陣だ。
    「眷属対応は必ず1体につき2人以上でお願いします!」
     盾と刃が打ち合い火花を散らす中で言う雄哉に、仲間達は呼応する。
    「「「夢見る一家、参上!」」」
    「夢見る一家、参上……」
     聖也、蛍姫、流龍、そして少し恥ずかしそうなクラリスはびしっとポーズを決めると眷属めがけて駆けだした。
    「水瀬さあああん! 戻って来るのですううう!」
     叫ぶ聖也と共に一家の集中攻撃が眷属へと命中し、
    「燐姉」
    「ええ」
     朔夜の鬼神変によって飛ばされた体を燐の聖布が追うと陽和に避難誘導を頼み、避難誘導を担当する仲間達も頷いた。
    「なんやえらい雰囲気変わりましたなぁ」
     人払いにとムウと勇介がESPを展開させる中、記憶にあるゆまとは全く異なる姿を目にした伊織もESPを展開させようとするが、躓いた女性の姿と、それを狙う刃が視界に入り。
    「被害増やすんは姉さんの望んどったことやあらへんやろし、な」
     割り入り火花が散ると、機動力を活かした火華流が放つバベルインパクトが殺戮部隊を体を貫くと、眷属は崩れ落ちるように倒れこんだ。
    「大丈夫? ケガはない?」
    「ここは危ないよ、さあ、避難して」
     動けない女性を愛莉は支え、さくらえに促されると礼を言い他の人達と共に中庭から避難していった。
     沢山の人達が避難する中、国外から来たのだろう、外国人達が何事かと周囲をうかがっていたのを乃麻は見逃さなかった。ESPを用いて事情を説明し、
    「こっちに避難してくださいー! あ、そっちはちゃうよ、こっちやー!」
     持ち込んだ拡声器で避難を促した。
     まだ残る一般人に向こうとする攻撃にミシェルのマジックミサイルが飛ぶと、
    「そっちや!」
    「逃がしまセンヨ!」
     炎次郎に呼応するようにシャルロッテは動き、
    「双調さん!」
    「任せてください」
     空凛さんと絆のサポートを受けつつ戦い続ける双調の槍がは属の体を貫いた。
    「誰一人として傷つけさせないもん……」
    「俺の義妹が巻き込んで悪かった」
     ミシェルと共に倒した眷属はざあっと灰になり、律のつぶやきと共に消えていく。
     紛れていた眷属は一体、また一体と倒れ。
    「ゆまさんに伝えてくれ。出来の悪い息子達が――」
    「中庭に逃げるぞ!」
     得意とする手裏剣を放ち、最後の眷属を倒した聖太はバルコニーで戦う親友兼悪友へと叫ぶが、それはひっぱくした叫びに遮られ。戦いに流れた汗が伝うのを気にもせず、小次郎は聞こえた声と共に中庭に現れたその姿を注視する。
    「灼滅者達に殺されるとは、可哀想に」
     冷たいその声は中庭に静かに響き。
     美しく、優雅に、ダークネスの姿はふわりと中庭に舞い降りた。
     

     護衛が倒され、ダークネスは不利と悟ったのだろう。バルコニーで戦っていた灼滅者達は追うように中庭へと飛び降りた。
    「大丈夫か? 今回復を」
     ダメージを受けた仲間達へ警戒標識を手に回復サイキック展開させながら、命は見た。
     目前に立つダークネスその姿は、自分が知る姿ではない。
    「ゆまサン……」
     流れる血は止まり、慧樹の瞳の先にあるのはシェアハウスの同居人。だが――、
    「私はゆまに会いたかった、あって話がしたかった」
     あらんかぎりの声を振り絞り、声を上げる命を見据える瞳はあの人とは違う色。
    「お前達と話をするつもりはない」
     冷たい声、冷たい瞳。それは誰もが知らぬもの。
    「まさか灼滅者達に私の願いが妨げられるとはな」
    「そんなに世界が憎いか?」
     逃がさぬよう仲間達と動く龍之介はダークネスへと声を向ければ、返る言葉はない。
    「だから人を殺そうとしたのか? 貴女の愛する水瀬さんはそんなこと絶対に望んでいないのに」
     白い息と共に訴えかけるも、冷笑が返るだけで。
    「私が望んでいる」
     ゆっくりと言いダークネスは周囲を見渡せば、いつの間にか灼滅者達に囲まれていた。この人数を突破するのは、いくらダークネスとはいえ、容易ではないだろう。
     冷たい風に深紅のドレスが緩やかに揺れ。
    「ゆまを追い詰めたこの世界を、私は許さない」
     静かな声と共にダークネスはゆっくりと腕を動かすと、何も無かった筈なのに、白皙の手には紅の得物が握られているではないか。
    「ゆまサンには幸せになってもらうんだ。あんた抜きで!」
    「戻ってきてください、水瀬さん!」
    「戻ってきて下さい! 」
     慧樹と龍之介、そして雄哉の叫びをダークネスは一笑に付し、そして優雅な動きと共に得物を振り上げた。
    「ゆまは幸せになる、お前達抜きで!」
     
     澄み切った空に星が瞬き、戦いの音が響く。
     それは、ダークネスと灼滅者達の音。
     交わる刃の音が響き、仲間と交わされる声が響き。
     ダークネスを倒すという目的だけならば、取るべき行動は単純かつ明快だ。
     だが、ダークネスの内にある存在――救いたいと願うなら、その魂に声を届けなければ。
     
    「ここにいる眷属のように、世に絶望し自ら命を絶たなかったということは、まだこっちに戻ってきたいのではないのですか……?」
     仲間達が戦う中、薫は訴える。
    「自分が他人にとって不快で迷惑だって貴女は思っている。その考えを変えろとは言いません。でも、だからって貴女はいなくなりたいとは思っていないはずだ。皆と一緒にいたいって思っているはずだ」
    「水瀬さんがご不在の間、みなさんと刹那の幻想曲を守ってきました。貴女がいなくなったら、誰が主旋律を奏でるのです?」
     攻撃しつつ話す龍之介を目に、ゆまが作った場所を守り続けた薫は言葉を続けるが、ダークネスの表情は変わらない。
     捌き、受け、
    「主旋律? お前が守ってきたのなら、お前が一人で勝手に奏でていろ」
     向けられる一撃をふわりとかわすダークネスへ新たに向けられるのは、その旋律と共にある者達だ。
    「私が『刹那の幻想曲』に入った時、ゆま先輩がクラブの皆に私のこと紹介してくれて、お料理やお菓子を作ってくれて、そういうのがとっても嬉しかったんだ。だから私、先輩に戻ってきて欲しいんです!」
    「ゆまさん、帰って来てぇな! 言うとることは難しいからよく分からへんけど、ゆまさんおらんかったら、寂しいねん! わたしらの事嫌いになってもうたん? もう話もしたないん? それやったら、はっきり言うてよ! ゆまさんの言葉で、ゆまさんの姿で、はっきり言うてよぉ……!」
     ミシェルの訴えにぼろぼろと涙を零す乃麻の声が続き、
    「水瀬さん、聞こえるかしら……? どうか、戻ってきてほしいの……あなたを必要としている人がこんなにもいるんだから……」
    「水瀬さん! 戻って来るんだ! 皆が必要としているんだ! 貴方の事を! 絶対に逃がしはしない! 絶望させはしないから!」「絶対に水瀬さんを失いはしないです!」
    「さぁ、水瀬さん後もう少し! 諦めずに、戻ってきて!」
     クラリスと流龍、聖也と蛍姫も訴える。
    「うるさい声だ」
     ずぶん!
     紅の一閃が走り、それを受け止めるのは、シェアハウスの同居人。
    「今ならあの頃よりはわかってあげられるかもしれない。もう一度話をしよう、ゆまサンの手作りのお菓子と一緒に」
    「出来の悪い息子達をこれ以上、腹空かせて待たせないでくれ」
     痛みなど気にする余裕はない。慧樹と聖太は母親代わりのような存在への思いを叫ぶ中、仲間達の傷を癒すさくらえの脳裏に浮かぶのは、皆を気遣い戦うあの姿。
     星空の元、ゆまは自分よりも皆の願いが叶うよう、短冊に願いを込めていた。
    「今度は僕にもキミの未来を願わせて。ミは、キミが思う以上に、皆に想ってもらってるよ。もっと皆に甘えても大丈夫なんだよ」
    「一般人も敵の事も想えるような『お節介』は生きなきゃ、幸せにならなきゃいけないんだよ。大丈夫、先輩を想ってこれだけの人が集まるんだ。絶望する理由なんて、どこにもないよ」
     他人を、ダークネスさえも助けたいというゆまの思いに勇介は訴え、
    「水瀬さん、あんたは恩を返さなあかん人、ありがとうを言わなあかん人が何人もおるはずやろ! それを全部ほったらかして逃げようなんて間違っとる! だから、戻ってくるべきなんや!」
    「先輩も、もう誰も失いたくないんじゃないですか?」
     炎次郎が叫ぶ中、雄哉は訴える。闇落ちしたゆまが残した言葉の意味を。
    「今でも、後悔している。おそらく一生、自分を責め続ける。あの時の悔しさを、ここにいる皆さんには味わってほしくないんだ! 戻ってきて下さい!」
    「皆さん、ゆまさんに戻ってきてほしいって願っているわよ」
     依頼で闇落ちした仲間を名古屋で手にかけたあの光景が鮮明に蘇る。雄哉の訴えを耳に、愛莉は言い、
    「これは私のエゴかもしれん、だがあえてエゴを通させて貰う。ゆま話すのが怖いなら話すまで待つ。一人で話すのが心細いなら手を繋ぐ。居場所がないのなら私が、私たちが居場所になろう」
     命もまた声を振り絞り、戦いは続く。
     
    「黙れ! お前達の戯言など……!」
     戦いと声が響く中庭で、空凛と双調は気付く。攻撃の手に微かな、だがしかし確実な変化が表れている事を。
     ダークネス、いや、ゆまへかけられる沢山の声。彼女が優しいと知っている知己を得ている小次郎としては、彼女がそれに反応する事を信じていた。
     だからこそ、ダークネスの動きに変化が表れているのだろう。
    「ゆまさん、君が迷惑な存在じゃない事はここに来た人達が物語ってる。貴女を必要として、受け入れてくれてくれる人はこんなにいる。怖いなら、背を押してあげる。帰って来て、皆の待つ所へ!!」
    「今のままのゆまさんでいいんです。人は、誰も他人に迷惑を掛けるものです。貴女を必要としている方は沢山います。苦しいなら、いくらだって吐き出していいんですよ?受け入れてくれる方はいますから。さあ、帰って来て!!」
     朔夜と燐の思いを陽和は攻撃で支援し、
    「何馬鹿な事考えてるのよっ!!」
     実の兄が自分の事を想い、守ってくれるその思いを火華流は叫ぶ。
    「義理でもお兄さんがどれだけの想いをすると思ってるのっ!!」
    「戻ってきてくれないと、義兄さんがちゃんと笑えないデスシ、私もいっぱいまだまだお話ししたいことあるんデスヨ!」
     その叫びにシャルロッテは続き、
    「生きとったらえぇ事ある、やなんてオレには言われへん。けどな、あんた、はそれでほんまにえぇん?」
    「ここにいる全員はお前の味方だ、何かあったら頼ってくれよ。それと正月と一緒になっちまうがクリスマスパーティーをやり直すぞ、水瀬。お前の分も用意してるからとっとと帰ってこい」
     伊織の声にムウは言い、ちらりと見れば、律の声はない。
    「先輩……」
     何一つ声をかけぬ背にマコトは小さく訴える。
     こんなに沢山の仲間達が戻ることを望み、訴えているのに、最も近しい声が届かぬ訳がない。
     いや、近しいからこそ届かぬというのか。
     
     戻る事を願う声と刃が交差し、そして。
    「本当に迷惑な人間とは、綺麗事を口にしながら人に不都合を笑顔で押し付ける輩の事です。概してそれを偽善者と言います。他人に心を砕き、苦労を重ねた貴方の事ではありません」
     元『氷の魔女』の瞳に映るのは、一撃を受け、それが致命傷となったダークネスの姿だった。
     

     白皙の肌を紅が伝い、ぽたりと落ちる。
    「……っ、く……、……」
     傷口を庇いよろめくダークネスは口の端から血を流し、そして、崩れ落ちる。
    「ゆまさん!」
     燐は声をあげ、仲間達と共に駆ければ倒れたダークネスの命のともしびは、消えゆこうとしていた。
     消えゆく命はひとつか、それとも。
    「水瀬先輩!」
     額を伝う血を拭いもせず、雄哉は叫ぶ。
     必ず助ける。そう心に決めていた。もう誰も失いたくないのだ。
    「帰ってきてください。ゆまさん」
     涙を浮かべ、薫が見れば、ダークネスの唇が微かに動いている。聞き取ろうとすれば、
    「……ゆま。……それも……。……、……」
     紡ぐ全てを聞き取ることは叶わない。ダークネスは最後まで愛するゆまの事を口にした。
     紅の瞳は閉じ、ともしびは消える。
     闇夜の如く染まる髪は紅に戻り、そして、灼滅者達は切に、願う。
    「戻ってきてください、水瀬さん!」
    「貴方は迷惑な人間ではありません」
     拳を握り龍之介は訴え、ペーニャの真摯な瞳は大切な仲間を見据え――、
     静寂の中、灼滅者達は結末を知る。
     灼滅者達から吐き出される白い息にそれぞれの思いと感情が混ざり。
    「行って来い」
     ムウから渡された魔法瓶を手に律は躊躇うが、それも一瞬。礼を口にし義妹の元へ向かえば、どこか遠くで新年を祝う音が聞こえ。
    「帰ろう、お前が作った私達の居場所、刹那の幻想曲へ」
    「楽しい未来が今からスタートだぜっ!」
     優しくゆまの頭を撫でる命はいたずらっぽくテストの事を口にし、慧樹は最高の笑みと共にもう一度話が出来る事を心から喜んだ。
     
     遠くから聞こえる音は灼滅者達を祝福する。
     全員が一丸となってとった行動が無駄ではなかった事。
     そして、望むべき結末と共に新しき幕開けを迎えられた事を。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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