The Shadow of the Opera

    作者:飛角龍馬

    ●Epilogue
     もう、何度目になることだろう。
     大観衆が見守る舞台の上に、気付けば私は立っている。
     物語のヒロインである貴族の令嬢、マリア役として。
     絢爛豪華な劇場は、さながらウィーンの国立劇場か、パリのオペラ座。
     不思議なことに――物語の構成は、全て最初から知っていた。
     それも今となっては不思議でも何でもない。この展開は、もう幾度となく繰り返してきたものだから。
     物語は佳境を迎えようとしている。場面は綺羅びやかな仮面舞踏会の会場。
     賑やかな音楽の中、舞台に歩みを進めながら、私はこれまでの筋書きを思い返す。
     絶世の美女とされる貴族の令嬢マリアと、彼女に恋をした仮面の男。男の顔は生来醜く、その容姿を仮面で隠し、マリアに近付こうとする。しかし、周囲からの迫害に曝されて、会うこともままならない。ようやく出会えたかと思えば、その姿からマリアを怯えさせてしまう。男は狂気に陥り、悪魔に魂を売る。悪魔は男の身体を乗っ取り、自らをシャドウと名乗って、マリアの魂を奪う為に行動を開始した――。
     そして今宵の仮面舞踏会に、悪魔シャドウは現れる。
     命を狙われたマリアは、彼女を助けようとする勇士達と、敢えて舞踏会に足を踏み入れたのだ。シャドウを誘き寄せ、討ち滅ぼす為に。
     楽団による重厚な奏楽が、舞台を包み込んでいる。
     仮面と衣装を身に纏い、踊る紳士と淑女達。
     私は緩慢且つ不安げな足取りで、舞台中央にある石階段へと歩み寄る。
     不気味な笑い声が響いたのは、その時だ。
     絢爛な舞台が闇に染まる。急展開を知らせる音楽、そして、ざわめきと悲鳴。
     私は階段の上を見る。現れたのは不気味な仮面を付け、マントで身体を覆った怪人。 
    『オォ、マリア……斯様ナ場所ニ姿ヲ見セルトハ。ソノ魂、我ニ差シ出ス覚悟ガ出来タカ』
     声は重々しく響き渡る。
    「待て!」
     叫びと共に、私に駆け寄る勇士達。
     彼等は一斉に仮面を外し、剣を手に、シャドウに挑みかかる。
    『矮小ナ人間ドモガ――我ニ刃ヲ向ケルカ!』
     仮面の悪魔――シャドウの笑い声とともに、彼の周りから眷属達が現れる。鎧だけで出来た騎士達。そして漆黒のローブを被り、髑髏の仮面をつけた死神の群れ。
     怪物に挑んでいく者達を、私は引き止めたかった。
     しかし声は出せず、思わず差し出した手は、この物語を何一つ動かすことはない。
     やがて勇士達は殺され、無惨な亡骸となって転がった。
    『人間ドモノ何ト儚イコトカ……サア、マリア、ソノ魂ヲ我ガ手ニ』
     その声には、不思議な力があった。ここで従えば、楽になる。延々と続くこの舞台にも終止符を打てる――。
    「シャドウ……貴方の思い通りには、させないわ」
     しかし私は告げ、足元に倒れる亡骸の一つに歩み寄った。
     その腰にある短剣を抜き、手に取ると、私は切っ先を胸に擬しながら客席を向き、
    「たとえ我が身が滅ぶとも、この魂、悪魔などには捧げはしない……!」
     短刀はいつも鋭利で――胸に突き刺した痛みも、溢れ出る血も鮮烈で。
     純白のドレスが血に染まる。
     血溜まりに倒れこんだ私に、客席から拍手が鳴り響く。舞台の幕が降りる。
     こうして繰り返されるロングランの悪夢は、苦しみの中、ただ延々と続いて行く。
      
    ●Prologue
    「おおマリア、そなたは何と美しい。その宝石のようなきゃぁっ!」
     教壇の上で実演していた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は、案の定、足を踏み外して盛大にずっこけた。
    「やっぱり色々無理があるから普通に説明するよ!」
     拾った眼鏡をかけ直して開き直るまりん。
    「今回の敵はズバリ、演劇好きなシャドウだよ」
     説明事項が多めなのか、まりんは開いたメモに目を落としてから、
    「悪夢を見せられているのは、とある劇団の劇団員、姫宮マリアさん。皆にはまずマリアさんの部屋に向かって貰って、彼女の精神にソウルアクセスして欲しいの」
     悪夢に潜入した先は、舞台袖。そこから舞台上、即ち仮面舞踏会の会場に突入し、マリアを保護。その後に現れるシャドウやその配下とは、一戦を交えて貰うことになる。
    「そこで一つ、大事な条件があって」
     まりんは人差し指を立てて、
    「悪夢の舞台では、何よりもお芝居を演じることが大事だよ。お芝居しながら戦う、って感じかな。歌ったり踊ったりしても別に構わないみたい。ただ、気を付けて。演技を無視して殴りに行ったりすると、怒ったシャドウがソウルボードから出ちゃうからね」
     ソウルボードから出たシャドウは極めて強力だ。戦っても、勝ち目は薄い。
    「だからこの際、思いきり演じちゃって。たとえばマリアさんに成り代わってもいいし、彼女を助ける勇士役になってもOK。成り代わるタイミングは、マリアさんの場合、シャドウが登場する前。勇士役の場合は、彼等が仮面を外す前に登場してしまうこと。あ、他に自分で役を作ったりしてもいいみたいだよ」
     それで、シャドウのことだけど、とまりんはホワイトボードを指し示した。そこに描かれているのは、何やらデフォルメされた、皆も知ってる仮面の怪物。
    「このシャドウ、とにかく悪魔の役になり切っていて……舞台演出も全部操ってるみたいなの。とにかくお芝居が好きだから、皆の演技が気に入ったらライトを当てたり色々演出してくれると思う」
     そしてここが大事なんだけど、と、まりんは強調して、
    「良いお芝居をしている人には、その間だけ攻撃しないことがあるみたい。あと巧く演技を繋げて悪魔が倒される展開を作れれば、もしかしたら流れに乗って倒れてくれるかも」
     ホワイトボードには、コミカルな死神や鎧の騎士も描かれていた。
     まりんはそれらについても解説する。
    「シャドウの配下は、死神が三体と、鎧の騎士がニ体。死神は大鎌、騎士は剣で攻撃してくるよ。舞台上には同じような幻影が他にもいるけど、所詮は幻影だからすぐ見破れると思う。実体化しているのは、この五体だけだから、シャドウを含めて全部で六体ね」
     そしてまりんは灼滅者達に向き直り、
    「舞台のテーマは、きっと、光と闇。闇を象徴する悪魔と、その誘惑に立ち向かう人間達の物語だよ。ダークネスと、闇堕ちに抗う灼滅者達。そんな風にも取れるかも知れないね」
     まりんは灼滅者達を見据えて、
    「マリアさんは闇からの誘惑に抗い続けてる。彼女は一般人だから、誘惑に負ければ死しかないの。そんな酷い物語――貴方達ならきっと、書き換えられると思う」
     ――だから、救ってあげて。
     眼鏡の奥からの眼差しに力を込め、まりんは灼滅者達を悪夢の舞台へ送り出す。


    参加者
    西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)
    椿森・郁(カメリア・d00466)
    絲紙・絲絵(戀虚構・d01399)
    神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)
    黒水・蓮(無貌の蒼闇・d02187)
    リラ・シャンテ(花の匂い・d03464)
    三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)
    八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)

    ■リプレイ

    ●ソウルアクセス
     マリアの住まいは、或るアパートの質素な一室だった。
     稽古に疲れた彼女がうっかり閉め忘れたものか、扉の鍵は開いていた。
     灼滅者達は部屋に入ると、程なく、ベッドに眠るマリアを発見。
     ソウルアクセスを試みるのは、八槻・十織(黙さぬ箱・d05764)だ。
    「テーマは光と闇。そしてダークネスと闇堕ちに抗う灼滅者かー」
     確認するように呟いたのは、椿森・郁(カメリア・d00466)。
     彼女がふと見ると、隣に立つ西田・葛西(迷い足掻く者・d00434)が、何やら本に目を落としていた。表紙には『演劇の心得』という文字。
    「ん? ああ。最後に基本だけでもと思ってな」
     思わず納得する郁も、某有名少女漫画で予習を済ませていたりする。
    「しっかしすげー依頼ッスよね。口調予習してきたけどヒヤヒヤっすわ自分」
     三条・美潮(高校生サウンドソルジャー・d03943)もまた、緊張は隠せない様子。
    「ま、いっちょお願いしますわ、伯爵殿」
     美潮の言葉に、おう、と応えた十織が、マリアの額に手を当てる。
    「安心しろ、もうお前を独りにはしない。今、俺達が迎えに行く」
     言葉に誓いを込めて、十織がソウルアクセスを発動。
     閉ざされていた精神世界に、皆が一斉に足を踏み入れる。
     そして気付けば――全員が薄暗い舞台袖に立っていた。
     舞台から華やかな楽団の演奏が聞こえてくる。
    「うふふ、一世一代の大舞台だねえ此は!」
     愉しげに言ったのは、絲紙・絲絵(戀虚構・d01399)。
    「まさか演技をしながら戦う事になるとはね」
     舞台を見据え、神夜・明日等(火撃のアスラ・d01914)は静かに闘志を燃やす。
    「ハッピーエンドに持っていくには厳しいかも知れんが」
     黒水・蓮(無貌の蒼闇・d02187)も腕組みして舞台の動向を注視する。
    「そ、そろそろですよね」
     刻一刻と迫るその時に、リラ・シャンテ(花の匂い・d03464)は緊張の面持ちだ。
    「大丈夫よ。何かあったら私達がフォローするわ」
     明日等が任せなさいと胸を張る。
    「さあ皆、時間だ」
     舞台を見遣っての葛西の言葉に、一同が頷きを見せた。
     光と闇――人間と悪魔の織り成す物語が、いまここに幕を開ける。
        
    ●The Shadow of the Opera 
     舞台では、仮面を付けた紳士淑女が華麗な音楽に合わせて踊っていた。
     中央の石階段に歩むマリアの表情は、不安と、それに立ち向かう決意を含んでいる。
    「マリア!」
     その声は、闇を打ち破る光明の先触れか。
     男装をした郁が、紳士淑女を押し退け、マリアに走り寄ったのだ。
     マリアを救う為に馳せ参じた幼馴染。それが郁の念じた役柄である。
    「カメリア! どうしてここに」
     精神世界への干渉は、脚本に新たな配役を加えていた。 
     マリアは思い出したかのように、郁の役名を口にする。
     椿森・郁。故に、カメリアである。
    「必ず守る。兄弟のように育った、大事な君を」
     告げると、カメリアは階段を見上げた。
     その時、突如として舞台が暗転。不気味な哄笑が石階段の上から轟き渡り、舞踏に興じていた人々が悲鳴を挙げて逃げ走る。
     仮面の悪魔、シャドウの登場である。
     漆黒のマントを纏った悪魔は階下の二人を睥睨して、
    『オォ、マリア……頼モシキ味方ヲ得タカ。然シ、ソレモタダ一振リノ剣』
     シャドウの言葉を裏切るように、複数の靴音が響く。
     一斉に登場する勇士達。
    「我が名はウェスト! 騎士の誇りにかけて、マリア嬢には指一本触れさせん!」
     真っ先に名乗ったのは、サーコートと白いマントを纏った、騎士然とした青年。
     ウェスト、即ち、葛西である。
     続いてライトを浴びたのは、シルクハットとロングコートを纏った長身痩躯の麗人。
    「おお、マリア!」
     駆け寄るその姿に、マリアは思わず声を挙げる。
    「シエル!」
     マリアの婚約者役である事を念じた絲絵――シエルはマリアの手を取って、
    「君は此のシエルが護ってみせる。二人の愛に誓って!」
    『愛ダト……! 矮小ナ人間ガ詰マラヌ世迷言ヲ!』
    「それは違うな、シャドウよ。小さきが故、人は手を取り合うのだ」
     言ったのは、梟を模した仮面の男。立派な黒髭を蓄え、髪を後ろへ撫で付けた紳士だ。
    「御父上!」
     シエルが声を張る。
     彼こそが十織扮するマリアの父――娘を溺愛する強き伯爵である。
    「恋とは時に儘ならぬもの。狂う程、マリアに焦がれていたならば」
     悠然と話すのは、黒の礼服に黒外套、そして白き仮面を付けた蓮――勇士ロータス。
    「このロータス、貴公がこれ以上の過ちを犯す前に止めてみせよう」
    『無駄ダ……彼ノ男ハ既ニ亡キ者』
     シャドウが手をかざすと、彼の周囲、そして階下に眷属達が出現する。
     死神は大鎌を振り被り、居並ぶ鎧騎士は揃って勇士達に刃を向けた。
     その時――剣戟、打撃音。
     舞台袖から現れた一人の騎士が、眷属達を次々に斬り、馳せて来たのだ。
    「我が名は騎士ライン。我が王が従僕、ただ今ここに」
     客席に名乗りを上げると、ラインこと三条・美潮は、伯爵の足下に跪いた。
    『弱キ者共ガ幾ラ徒党ヲ組モウトモ、我ガ闇ヲ打チ破ルコト能ワズ!』
     シャドウの言葉に、勇士達が武器を取り、仮面を外す。
    『サァ、今宵ノ宴ヲ始メヨウゾ!』
     声に応じて、勇士達の仮面が一斉に投げられ宙を舞う。
     それを合図に、楽団の勇壮な演奏が始まった。
     戦闘が幕を開ける。
     白いマントを翻しながら、敵の囲みに斬り込むウェスト。幻影の敵を斬り伏せながら、狙いを付けた鎧騎士に真紅に輝く刃を振るう。
    「闇の眷属が影に囚われるとは、何とも皮肉な話だが」
     ロータスの伸ばした影が死神の自由を奪い、
    「心なき者に、大切な娘は渡さぬ!」
     身動きの取れない敵に、伯爵が銃を構える。銃そのものは小道具だが、銃口から飛び出した漆黒の弾丸は、死神の身体を貫いた。
     味方を襲おうとしている敵には、九紡がしゃぼん玉で挑発。
     その連携で、死神が次々と倒れていく。
     ――調子いいっすねぇ。
     ラインは十織と背中合わせに立つと、言いかけた言葉を飲み込んで、
    「流石は我が王。それがしも負けては居れぬ!」
     剣を手に、敵の群れに飛び込んでいく。舞うように剣を振るい、指揮を取っていた鎧の騎士を見つけると、大上段に振り被った痛烈な一撃を見舞った。
    「愛する者の為に、倒れられるものか!」
     シエルもマリアを庇いながら剣を振るう。
     ところが、乱戦を抜けた死神が、マリアの頭上から細首を跳ねようと急降下。
     その身体を、眩い光条が刺し貫いた。 
     会場全体に轟くエンジン音。そして連発される銃弾、銃声、空薬莢。
     宙に躍ったのは、ライドキャリバーに乗った少女だ。
     機銃掃射で敵を掃討しながら、彼女は相棒を着地させる。ドリフト音を響かせて、ライドキャリバーは半円を描き舞台を滑った。
    「我が名はアース。待たせたわね!」
     仮面を宙に投げた明日等が高らかに名乗りを挙げる。
     絶妙なタイミングで演奏が終わり、静寂が訪れる。
     シャドウの手下は軒並み倒れている。残るは仮面の悪魔ただ一人。
    『我ガ眷属ヲ倒シタノハ褒メテヤロウ。ダガ、真ノ宴ハコレカラゾ』
     シャドウの前に、漆黒の渦が生じる。それは間もなく弾丸となって九紡を襲った。
    「させるものか!」
     その攻撃を、間に割って入ったウエスト――葛西が身代わりに受ける。
     耐え切った彼だったが、膝を突き、その威力に呻いた。
     楽団が重厚かつ不気味な旋律を奏で始める。そして悪魔の哄笑。
    『コノ身ニ宿ル、深キ闇ノ威力ヲ知レ!』
     演技をしながらの戦い――勇士達は漸く、その難しさを痛感する。
     シャドウは、攻撃にも微動だにせず、圧倒的な反撃を繰り返した。
     黒いマントから伸びる影は、さながら魔獣の爪。
     伯爵の銃による援護を受けながら、果敢にも突撃を仕掛けるライン。襲来する影の爪を剣で幾度も防いだ彼は、しかし遂に弾き飛ばされ、階下に墜落してしまう。
    「馬鹿な、先ほどの連中とは格が違う。これが悪魔の力だというのか!」
     痛む胸を押さえて、ウェストが慨嘆。
     風を起こして皆の回復を助けたカメリアも、自らの疲労によろめいた。
     アースは肩を押さえ、斬撃を受けたライドキャリバーも損傷部から火花を散らす。
    「まさか、これ程とは」
     ロータスの言葉は、蓮が発した本心からの呟きでもあった。
    「約束したのに!」
     婚約者として、それ以上に、救うべき人間として。シエル――絲絵は力を振り絞ろうとするが、その場に膝をついてしまう。口惜しさに唇を噛む。
     マリアにはその顔は見えない。彼女はただ、襲い来る不安に耐えていた。
     今までとは違う展開を見せた脚本。それが再び、同じ結末に帰着しようとしている。
     果たしてこの戦いは、繰り返されてきた悪夢の、ほんの一幕に過ぎないのだろうか。
       
    ●光と闇
    『恐レヨ人間。湧キ出ズル闇ニ呑マレルガ良イ。衝動ノ赴ク儘、醜キ本性ヲ曝ケ出セ!』
     仮面の悪魔、シャドウが虚空に影なる手をかざす。
     漆黒が渦を巻き、舞台の随所に再び眷属達が現れた。
     鎧の騎士は膝つく勇士を群れで囲み、死神達がカタカタ嗤う。
     そんな中、アースは一人、静かに祈りを捧げていた。
     緊張していたあの子が、無事やり遂げられるようにと。
     そう、此処から先は、彼女の出番。
     月光。
     それと見紛うばかりの光が、何の前触れもなく舞台上に降り注いだ。
     月明かりに導かれ、やがて舞台上に一人の少女が現れる。
    「あの声、この匂い……間違いない、あの人だわ!」
     光の羽を背に、最後の登場人物――リラが姿を見せたのだ。
     ビハインドの虧月が守るように彼女に添う。
     少女は、シャドウを目にすると、短く悲嘆の声を挙げた。
    「ああ、なんということ」
     光に照らされた少女は舞台中央に歩み、遠く客席に視線を投げる。
    「私は、かの人に飼われていた一羽の小鳥。あの人が居ないと、そう言って泣き止まぬ私を哀み、月の女神が、こうして会いに来ることを許したのです」
     かの人――それはシャドウに魂を売った、仮面の男に他ならない。
    「……月神の使いと共に悪魔を滅ぼすと言う、役目と引き換えに」
     楽団が、弦楽器を始めとした叙情的な旋律を奏で始める。
     そして小鳥は、歌を唄う。

     なぜ悲しい顔をするの
     あなたの苦しみ 嘆き
     何も分からぬ小鳥でした

     瞳を閉じれば帰れるの
     あたたかな時間 失くした楽園の夢……

    「巣からこぼれ、親鳥にも見限られた私を救ってくれたのは、貴方でした」
     唄い終えた少女が、シャドウに告げる。いや、彼に魂を売った仮面の男に。
     少女の言葉と同時、月光が一瞬、掃くように舞台を照らした。
     光に撫でられ、悪魔の眷属達が消えて行く。
     動揺し、後ずさるシャドウ。
    「愛しき人を守る為、傷つくことも厭わぬ優しき方達。どうか、貴方達に月神の加護がありますように」
     少女が告げると、勇士達に天から光が降り注いだ。
    「力が漲るぞ……おお、神よ!」
     祈りを捧げるかのように、伯爵が立ち上がる。
    「何て清らかな唄だろう。そうだ――僕は愛に誓って倒れる訳にはいかない!」
     紅きハートを胸に宿し、勇士シエルも再起する。
    「小さく儚くとも意地はある! 悪魔の思い通りにさせるものか!」
     カメリアが手にした護符で、勇士達を癒して行く。
    『我ガ内ナル深淵ガ……此ノ程度ノ事デ……!』
     怨嗟を力に変えて、シャドウが巨大な影の刃を発生させる。
     それは大鎌のように勇士達めがけて襲来するが、
    「一人一人は及ばずとも、絆によって束ねた力は悪魔すら超える!」
     ウェストが宣言し、巨大な盾を発生させる。
     それは月光を受けて輝きを放ち、襲い来る影の刃さえ四散させた。
    「闇に巣食う悪魔よ、今こそ終焉の時ぞ!」
     アースがライドキャリバーに機銃掃射を命じ、自らも二対の巨砲で集中攻撃を敢行。
    「見よ、お前自身の闇を! そして闇を打ち破る愛の強さを!」
     伯爵が手にした小箱から影を生み出し、シャドウに放つ。
     その影に包まれた悪魔に、立て続けに躍りかかったのは、ラインだ。
    「正道を歩まぬ者よ。我が主と我が剣の前に果てよ!」
     刃が閃き、シャドウを斜めに斬り下げる。
    「悪魔に、マリアまで連れて行かれてなるものか!」
     内なる闇に呑まれ、悪魔に魂を売った男――そんな彼に誰より憐憫を寄せる者の、それは叫びだった。思いを込めたロータスの黒き弾丸は、シャドウの中心に深く食い込み、
     階段を駆け上がるシエルが剣を手に、最後の段で階を蹴った。 
    「御前に似合うのは、葬送曲さ!」
     真紅のオーラを纏った刃がシャドウの胸に突き立てられる。
     絶叫を上げるシャドウ。
    『馬鹿ナ……我ガ闇ガ、矮小ナ人間共ニ……!』
     月光を浴びて崩れ去るように、シャドウは黒い霧となって、
    『ああ……私は何ものをも顧みずに……済まなかっ、た……』
     それは、悪魔に魂を売り渡した男の、最期の言葉だ。
     影の手が飼い鳥だったという少女に向けられ、やがてそれも宙に溶けた。
    「せめて、安らかに眠れ」
     影の消えていく先を目で負いながら、ロータスが告げる。
     カメリアもまた虚空を見上げ、犠牲となった男に語りかけた。
    「貴方がマリアに惹かれたのは――姿かたちではなく、きっと強い心にだろう」
    「マリア! よく無事で」
     シエルがマリアに駆け寄り、手を取る。
    「実は……君に、渡したいものがあるんだ」
     そう言って懐から取り出したのは、小箱。開ければ、中には輝く指輪がある。
     婚約者が差し出した指輪である。
     マリアも泣き笑いのような表情で頷き、それに応えた。
    「御父上!」
    「うむ。良かろう」
     シエルに呼ばれた伯爵も、満足気な笑みを見せて許可する。
     マリアの指に、指輪が嵌められる。
    「ありがとう、愛しい人。そして勇敢な方々――」
    「おおマリア! 僕はもう決して君を離しはしない」
     たとえこの世が闇に満ちようとも、必ずや打ち破り、守り通してみせる。
     指輪をかかげるマリア。その輝きを見守るシエルと勇士達。
     楽団の壮麗なエンディングテーマが余韻を残して終わる。
     同時に客席から万雷の拍手が轟き、静かに幕が下りて行く。
     かくして悪夢の舞台は、大団円の中で、その幕を閉じたのだった。

    ●夢の続き
     灼滅者達は、無事、マリアを悪夢から解放することに成功した。
     目覚めたマリアは彼等に心からの礼を告げると共に、自らの心に巣食っていた闇を告白した。それは、演劇を続けること、未来に希望を持つこと――その理想が為の、明日への不安だったのだ。
    「悪夢が終わればマリア、新しいお前の物語の始まりだ」
     奇しくも十織は目覚めた彼女に語り、
    「何時かの君の舞台、愉しみにして居るぜ」
     絲絵の言葉に、マリアは決意するように頷いた。
     光あるところに影がある。心の闇が完全に消えることは有り得ない。
     だが、マリアはその闇に抗い抜けるだろう。
     影は去り、いま彼女の心を支えるのは、灼滅者達が気付かせた、希望という名の光明だ。
      

    作者:飛角龍馬 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 2
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