Deep Unknown

    作者:那珂川未来

    ●好奇心は身を滅ぼす
     暗い洞窟。明りはない。つい先ほど、頼りのライターのオイルも切れたばかり。
     青年は頭を抱え蹲り、激しい震えに歯を鳴らして、完全に恐怖におののいていた。
    「助け……誰か助け……」
     青くなった唇から洩れる言葉も、壊れそうなほどか細く。
     腰は完全に抜けて、動くことすらままならない。
     先程殺された友人の、悲痛な叫びが耳から離れない。
     暗い岩壁に、歯を鳴らす音が反響する。
     止めろ。
     止めろ。
     居場所がばれる――。
     震えを押さえこもうとする意識はあれど、体は恐怖を刻まれ言うことをきかない。
     ――きりり、きりりり――。
    「ひっ!!」
     聞いたこともないような異音と異臭。
     嗚呼――次は自分の番。
     
    ●忘れ去られた防空壕
    「一般人が、誤ってはぐれ眷族の棲む防空壕に入ってしまったようだわ」
     とある県の山中に、忘れ去られた防空壕があるのだという。そこは一応県より立ち入り禁止の札が立っているようだが、もちろん強制力はない。数人の青年が好奇心より中に入り、餌食となったそうだ。
    「また犠牲者が出るとも限らないから、すぐに行って頂戴」
     灼滅者たちは、エクスブレインより現場までのくわしい地図を確認する。
    「防空壕は、西、北に入口があるわ」
     眷族は、ネズミバルカンが十四体。通路には三体ずつ群れを作って行動していて、残り八体は中央の開けた場所にいるのだという。一方から全員で突入した場合、相手に退路を与えてしまい、場合によっては逃がしてしまう。その際、近隣の集落での被害は甚大なものとなる可能性があるので、必ず退路を塞ぐ形で両方から攻めてほしい。
    「防空壕は曲がり道がいくつもある一本道。広くはないけれど少人数なら窮屈な思いはしないはずよ。戦闘の際は三体相手となるわけだから、班を二つに分けても十分撃破できる事が可能なのだけれど……」
     この依頼で難しいのは、ネズミバルカンは、あまりにも状況が不利だと判断した場合逃げ出す可能性が高いということ。
    「一体になったあと、次の行動で逃げ出すから、できる限り残った二体は同ターン撃破を目指した方が賢明よ」
     逃がせば、中央での戦いで数が多くなるので苦戦になるかもしれない。
    「パーティー分断の際は、自己の役割がしっかりしていないと危険よ。難しい依頼だけれど、頑張って頂戴ね」


    参加者
    赤舌・潤(禍の根・d00122)
    葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)
    織部・京(紡ぐ者・d02233)
    月森・世羅(虧月・d02528)
    鈴城・智景(ひまわり・d03159)
    鎮杜・玖耀(高校生神薙使い・d06759)
    言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420)
    八月朔・修也(色々とアレな人・d08618)

    ■リプレイ

    ●出発前
     防空壕の北の入口は、じめりとした空気が漂っている。
     少しカビ臭い入口から中を覗き込んだあと、鈴城・智景(ひまわり・d03159)はあたりをきょろきょろ。
    「どうした?」
     赤舌・潤(禍の根・d00122)はお気に入りのぴゃん吉ジャンパーのポケットに手突っ込みながら首傾げ、何かあったかとその方向を覗き込む。
     そういうわけじゃないんだけどと、智景はぷるぷると首を振りつつ、
    「山の中にある防空壕って何から隠れるんだろうね? それに防空壕ってよりもトンネルみたいだよねー。学校じゃ戦争で空襲の時に隠れるって教わったけど……同じなのかなー……」
     ふもとの方に小さく見える屋根。この距離じゃ、いざ空襲の時どうするんだろう。むむむと不思議そうに唸る智景へ、潤は、
    「昔はこの辺にも人が住んでたんじゃないの?」
     木こりなり、鉱山夫なり、山に営みを持つ人間が。
     葉月・玲(高校生シャドウハンター・d00588)は西班にいる言鈴・綺子(赤頭の魔・d07420)と通信手段の感度を確認し終えると、息をつく。現時点で携帯電話の電波は心許ないのだから、予想通り中で使えることはないだろう。それを見越して、中央戦での一斉突入のための打ち合わせも、彼等は様々な知恵を出し合い吟味した。通話を可能にするESPをこのために用意し、もしもそれが阻害される様な事があった場合でも対応できるように。
    (「あれだけ皆で頑張って打ち合わせしたんだもの……」)
     玲は短い時間ながらも知恵を出し合った努力が実るよう祈らずにはいられない。できれば一番安全かつ確実な方法――どうかハンドフォンが中でも通用すしますように。
     打ち合わせの時刻となり、織部・京(紡ぐ者・d02233)は緊張の入り混じった様子で防空壕へと。
    「このままネズミを放っておくわけにはいかないからね……行こう、けいちゃん」
     そう呟いた口元が、不敵に歪んだように見えた。

    ●突入
    「どうだ、繋がったか?」
     防空壕西口、時間管理に自ら責任を架しているように、手元の時計に集中していた八月朔・修也(色々とアレな人・d08618)だけれども、後に控える作業の難易は気になるのは当然。ESPを使い電話をかける綺子へと尋ねたら、
    「あ、問題なく繋がったっす」
     綺子は玲とハンドフォンの感度を確かめ合い、電話を切った。
     まあ、中でどうなるかわからんからこのまま時間管理継続だなと、修也は時計をしっかり握りしめたまま立ち上がる。
    「それじゃあ行きますかねぇ……?」
     冷たい北風が通り抜けておうおうと哭く洞窟の音を聞きながら、何とも言えない顔で空を見上げていた鎮杜・玖耀(高校生神薙使い・d06759)は、時の合図に微かに頷いた。
    (「もう骨ぐらいしか残っていないかもしれませんね……」)
     犠牲者の遺体。もしかしたら欠片すらないかもしれない。だから、せめてその魂が安らかに返る様。
    「参りましょう」
     ゆるりと身を翻す。
     皆を守るのがディフェンダーの役目と、修也は先頭を買って出、警戒しながら奥へと。
    (「よく猫の様だと言われる身には色々と心騒ぐ仕事だ……」)
     暗闇の中を右に左にと踊る光に映る世界の中を興味深げに観察しながら、月森・世羅(虧月・d02528)は心の中で独りごちる。
     音も無くしなやかに歩を進め、いつでも獲物の喉笛を狙う猫のように鋭く辺りを警戒していた世羅の目に、瞬間的に光を反射した存在が映る。
     きりり――きりり――。
     鳴き声なのか、それともその背に異物を植え付けられた異音なのか。
    「お出ましっすねぇ!」
     前衛クラッシャーを受け持つ綺子はヤル気満々目をキラキラさせながら、散々手に馴染んだマテリアルロッドをくるりと回す。一方同じく前衛ディフェンダーの修也のほうはというとちょっぴり元気はつらつな綺子に気後れしつつ。けれど誰よりも早くあまり使いこんでいないWOKシールドでワイドガード展開して、砲撃を開始した敵の攻撃に備えて。
    「……新たな犠牲を出さぬ様、そして私自身も斃れぬ様、心して掛かろう」
     前の一体から飛んでくる炎を、柔らかに跳躍しながら世羅はかした。続けざまに横のネズミバルカンの砲口も火を吹く。前衛陣へと落ちた炎は火柱を上げた。
    (「素早さは私と互角」)
     個体によって多少の差はあれど、少なくても前の二体の敏捷性は侮れない。目まぐるしく動く戦局を冷静に分析しながら相手の力量を計り、そして味方にも注意を払いつつ、灼熱に包まれた綺子へは、すぐに癒しを届けるべく。舞うように厳かに縛霊手を掲げれば、神聖な輝きが敵前衛へ一気に距離を詰める綺子を後押しするように。
    「バリバリいくっすよぉ!」
     綺子は勢いよく懐に飛び込むとマテリアルロッドで鳩尾一発。打ち込まれたフォースブレイクの衝撃に仰け反る一体。
    「一匹たりとも逃しはしない――全て、狩り取らせて貰うよ」
     世羅の足元よりわき上がる黒猫の影。その背に寄り添う、世羅が兄と呼ぶビハインドは、応える様に頷き、そして――。
     符が舞い、世羅の指先が紡ぐ影の籠。兄が零す表情は禁断の闇。それらが交互にネズミバルカンたちを捕えこんでゆく。
     足をもがれ、忘れかけた恐怖にまとわりつかれ、ネズミたちは悲鳴を上げる。
     呻く彼らの一体の間合いへと、修也は臆することなく飛び込んで。
    『ギギッ!』
     ネズミバルカンは咄嗟にブレイジングバースト。ほぼ近距離でのカウンター。
    「ちぃ」
     咄嗟に攻撃緩和に使用したのが縛霊手なのは、やはり使い込んだ信用性ゆえか。飛んでくる爆炎を弾き返し、その衝撃を押しきって――振り上げるのは、少しは馴染み出したWOKシールド。生み出された障壁のエネルギーならば攻撃範囲も広い。一気に叩きつける。
    『ギピャァ!!』
     頭を潰され絶命する一体。
    (「耐久力はさほどでもない……ならば」)
     四、五発喰らわせれば果てる。此処にいるネズミバルカンの耐久力の低さを分析した玖耀は、残り三分程度で片付けられると判断する。
    「次は後方狙いでよろしいか?」
     ここで逃がさぬためにも。スナイパー位置でしたたかに分析をしていた世羅は、自身の結果と照合をするべく玖耀へと問いかける。
     玖耀はバレットストームで軋んだ前衛の空気を打破するように、清浄なる風をこの淀んだ防空壕内へと引き寄せながら、
    「はい。それで行きましょう」
     核心の面持ちで頷いた。
     それから、二体のネズミバルカンの悲鳴が上がるのは、間もなくのことだった。

    ●伝心
    「さっさと倒しちゃおー!」
     西班の戦闘も順調だった。智景が拳に帯電する破壊力を一気に撃ちつければ、ネズミバルカンの腹に大きな穴を開けて。ばりばりと走る電気に身を震わせながら、崩れゆく身体。
    「よし、やった!」
     ぐっと拳を握る智景。
     見てくれの割には、思ったよりも体力は高くない。初手は様子見しながら力量を計った結果、此処にいるネズミバルカンたちはレベルが低いと確信づける。
    「使い物にならなくて捨てられたんだろ」
    「全く……面倒見切れなくなったからポイなんて、責任感ってものが無いわ」
     付与されたパラライズにもがくネズミバルカンへ京は嘲笑を投げ、そして玲はダークネスへの憤りを露わにして。
     すると、後衛ネズミバルカンの砲口が京へと。
    「おっと、馬鹿にされたことくらい分かる頭はあったんだな」
     空間を埋め尽くすほどの弾丸。しかし潤よりもたらされた障壁が、確実に京と智景を守っていた。飛んできたバレットストームのダメージも僅か。
     京の毒舌に、いいぞもっと言ってやれと思っているのか定かではないが、きゅっと上がる潤の口角。張り付けた笑みが更に際立ったかのように。
    「はいよー」
     力の抜けた様な声だけれども、吹く風は力強い。浄化を伴う風が周囲に軋む力を洗いきる。
    「攻撃喰らってこその前衛だっ! 後ろの皆さんまで通しませんよ!」
     くるりと口調を変えた京が、契約の指輪を構えて後ろを狙う。玲も共に照準を合わせる。
     どちらの班にも、中央戦の戦力低下の責が掛かっている。
    (「決して撃ち漏らしたりはしません」)
     強い決意と共に迸る毒を伴う光弾。
     ブレイジングバーストで反撃して玲を火炎に呑みこむも、勢いづいている灼滅者を止める力にはならない。
     前衛ネズミバルカンに縛霊撃で穿つ。後方でもんどり打つネズミバルカンと、疲弊具合を見比べる智景。
    「これでわりと均等かな?」
    「ええ」
     シャウトを使わず撃ってきたことを確認し、いけそうねと頷く玲。なら最後の仕上げに行っとこうかといった様子で、潤が護符揃えをパンと振って。
     みるみる巨大化する潤の右腕。それが狭い防空壕内を揺るがすほどの勢いで振られた。
     みしりと骨の折れる音がして、潰れるネズミバルカン。そして――。
    「あたしの影から逃げられると思うな!」
     鉄罠のように鋭く食らいつく京の影が、完全に異形の獣を飲み込んだ。

     傷を癒しながら歩けば、空気に強い腐臭が混じってくる。中央が近いと予想された。
     全員気取られないよう、最低限に明かりを落とし、気配を殺しながら挟み撃ちできる位置まで。
     玲は携帯を取り出す。そして教えてもらった番号を検索。
     この防空壕は強力なダークネスのテリトリーではない。サイキックならば、きっと繋がる。
     だから必ず、安全に合流できる。
     玲は高なる心臓の音を整える様に呼吸して、番号を発信した。
     果たして、呼び出し音は鳴るのか――。
     緊張の一瞬が辺りを包んだ。

    ●中央にて
     そこは奥深い防空壕の最深部。其処に息衝く者たちが、異変を察知した。
     きりり――きりりりり――!
     その異変をここにいる全ての仲間に伝えようと鳴く。
     時、すでに遅し。
     爆破音、そして絶叫がこだまする。
     きりり、きりりりりり――!!?
     五星が織りなす光に囚われ、揺れる大地に動きを奪わる。浮かび上がる顔に恐怖を刻まれ、中はちょっとした混乱状態に陥った。シャウトで受けたダメージを回復しつつ右往左往。浮足立つ者へ容赦なく襲う、デッドブラスターの一撃。
    「いやったぁぁぁ!」
    「成功ね」
     思わずガッツポーズの智景。さあ次のターゲットはと玲はダメージの深そうな相手を目で追いつつ。様々な提案出した苦労も報われると、潤の笑みにも安堵が混じったように見えた。
     初撃が華麗に決まり、速攻で沈んでゆく二体のネズミバルカン。列攻撃もほぼ綺麗に炸裂したおかげか、数のうえでも圧倒的有利に立つ。
     ハンドフォンは問題なく使えた。どちらかというとトランシーバーの様な特性を持つこのESPは、分断というこの状況下で一番有効だったというべきだろう。
    「一番安全な方法で合流出来て何よりだ」
     心配は取り越し苦労で終わり、このまま勢いで押しちまえと修也はシールドバッシュで的確に前衛一体を撃破。玖耀も安堵の吐息をつくと、シールドリングを展開。仲間の傷が少ないことは、喜ばしいことであるのだから。
    「さあさあ! お次のネズミはこちらへどうぞーッ!」
    「次にくたばりたいのはどいつだッ!?」
     ふっ飛ばされて事切れたネズミバルカンを見送ったあと、綺子は嬉々としながらマテリアルロッドを軽快に振り回し、京は口調をころころ変えながらネズミたちを追いこんだ。
     修也がシールドを展開させながら突撃を繰り返し、よろけた瞬間を潤が神薙刃で確実に切り落とす。
     世羅の兄に植え付けられたトラウマをシャウトで振り払うと、次は揃って前衛陣にバレットストームを浴びせてきた。ネズミバルカンたちも、生きようと必死なのである。
     潤に清めの風を頂き、智景は礼を言うと、
    「結界発動ー!」
     手を掲げれば、悪しきものに戒めをもたらす輝きが局所的に降り注ぎ、疲弊していたネズミバルカンを一体消滅させる。
     残り二体。
     二つの逃げ場は完全に灼滅者達が押さえている。それでも万が一に備え、確実に二体同時攻略を目指す灼滅者たち。
     ネズミバルカンたちは、威嚇だけは一丁前に行っているけれども、じりじりと後退している姿は情けないものだ。
    「もう仕舞いにしよう――」
     狩ることすら興味の失せる様な醜態に、世羅は興味が失せた様な視線を送る。手より舞う結界符。星の輝きが神聖な空間を編み出して。
     続く、兄の手で振り下ろされる終焉に、
    「お休み」
     世羅の艶やかな唇がそう結ぶ。
     それは目の前で転がるネズミバルカンの首と――玖耀のリングスラッシャーによって討ち取られたネズミバルカンへと向けられたものだった。

    ●鎮魂
     玖耀の思った通り、遺体は見つかることはなかった。
     あれだけの数だ、迷い込んだ人間を無駄にすることはないだろう。骨まで貪り尽くされたに違いなかった。
     玲はそっと花を供える。
    「せめて、皆様方に祈りを……」
     何もない世界に、玖耀の鎮魂の言葉が響き渡る。
     せめてこの場所で亡くなったものたちへ、安息が訪れますよう――。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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