いざや語れ罪人とシャドウは煽る

    作者:一縷野望

     左右に分けた前髪の下は最低限の化粧だけ……地味女というカテゴリーに入る彼女は自室で眠りうなされる。

    「だって……彼の奥さんったらひどいのよ? 彼のことをATM呼ばわり、子供たちにもそう吹き込んで……私だけが彼の救いなの」
     この悪夢、舞台は裏路地に立てられた小さな占いの店。
     彼女の住む傍、よく占い師が店をたてるのでそこに寄っていると、現実パーツを並べ替えた。
    『成程……』
     占者たるシャドウは開いたカードをぴたりと置いて、焦げ茶の髪を耳にかける。
    『それで『恋人』気取り? 厚かましいにも程があるね』
     頬杖つき見上げてくる眼差しはいたぶり塗れ。20代半ば男性風体の影は、逆さま位置の『恋人』つまみあげ嘲笑う。
    『所詮は浮気。彼は火遊びにしか考えてないよ。なぁにひとり浮かれちゃってんのさ』
     不安を増幅、悪意を実らせ、罪を抱える心を腐らせ殺ス。
    『あんた男性経験ないから足元みられたんだよ、ちょっとおだてりゃ遊べるって』
     例えば彼女の不安が『家族にバレないか』だったら『愚者』のカードで『あんたらはただの道化。どうやって心中に追い込むか企まれてるんだよ』なーんてホラを吹く。
     一番言われたくないコトを繰り返し繰り返し囁いて、心を折る。
    「そんなこと……ッ、ない……」
     見ない振りをしていた部分を抉られて、悲鳴混じりの嗚咽を漏らすソウルボードの主を前に、シャドウはカードの束に手を触れた。
    (『次のお客さんってわけには……あっれ?』)
     伸ばした指先、触れるは現実への道行き。
    『あはは、でーられちったぁ♪』
     へらへらと口元緩め降り立ったのは不倫女の家の前。
     素っ気ないワンルームマンションの角っこ。路上の占い師のお仲間のふりで行き交う人へ軽く声掛け。
    『ねぇ、占ってあげようか? 無料でいいよ』
     ――絶望しかでない占いで心が死んだら躰も殺してあげるね?
     

    「シャドウ大戦の残りカスがまた見つかったよ」
     灯道・標(中学生エクスブレイン・dn0085)の手に有るは珍しくタロットカード。ぽろりと取り落とし「永久のようにはいかないか」と苦笑する。
    「現実世界で自由に動けるのに浮かれてる」
    「占い師の皮を被って心をいたぶってから殺す、なんて……随分、歪んだ嗜好、ですね」
     機関・永久(リメンバランス・dn0072)の表情には棘がある。
    「誘導先はここ」
     戦うに支障なき広場を示し、標は添える。
    「占いを人に聞かれたくないとか……そんな適当な物言いで充分だよ。彼は喜んでついてくるから」
     むしろ連れてきてから逃げられぬよう注意せねばならない。
    「悪夢を見ている彼女を害する気はないんだけどね、逆に危なくなるとそのソウルボードに逃げ帰れるってコトだから」
     ぱたり。
     置いたカードは『悪魔』
    「誘惑。彼を面白がらせて、罠に嵌めろ……と?」
     永久の言葉にご名答と頷く標。
    「せいぜい逃げる気起こさないように、キミ達の罪を語っていたぶられてきてよ」
     残酷な指示だと分かった上で、エクスブレインは提示する。
     彼は相手の罪を聞き、それをネタにいたぶるのが非常に好みである。占い師気取りでタロットカードを引いて語る語る。
    「全員で罪を語らないと彼は逃げるよ、気を付けて」
     彼が使用するサイキックは、護符揃えの三種とトラウナックル。ポジションはジャマーだ。
    「罪は、嘘でもいいん……ですか?」
     永久の問いに、エクスブレインは希く笑い斯く答える。
    「まぁ、彼に嘘か本当か見抜く力はないからね。でも、興味を佚するような振る舞いは避けた方がいいと思うな」
     悪趣味な悦楽を貪らせねば、彼は何処へと放たれる。
     故に、己の罪を語れ。


    参加者
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)
    神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)
    六条・深々見(螺旋意識・d21623)
    赤藤・粋世(臆病者のロートケープヒェン・d23868)
    荒谷・耀(一耀・d31795)

    ■リプレイ

    ●檻
    「占って欲しいの」
     其れは夜風に飛ばされる程の囁き。しかし彼には近江谷・由衛(貝砂の器・d02564)の抑揚のない声が確りと届いた。
    『今晩は、お嬢さん』
     彼が見せたカードの束は占い師だとの身分証明、何処かシニカルめいた笑み含めまるで『ひと』のよう。
    「人には聞かれたくなくて……」
     由衛は伏し目をちらと寂しげな路へ向け罠籠へと誘う。
    『カードを広げられるスペースあるなら何処へでもついてくよ』
     声を掛けられるはずだった女性が手相占いの前で足を止めるのを横目に、二人は『立ち入り禁止』の先の広場へ。
     振り返った彼女は狐のお面。
    「はぁい」
    『はぁい?』
     更には妙に明るく手を振る六条・深々見(螺旋意識・d21623)に出迎えられて、同類の彩で返す。
     そこへわざと足音を立て張り付いたのは鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)だ。罪の源たる殺意にて人避け施す脇差の両隣から広がり、零さぬように囲いを作る。
    『なんだか物々しいね』
     罠に堕ちたと悟り煙草投げ棄てて、遊ぶ前に帰るだなんてつまらないコトになってしまった。
     が。
    「罪をお聞きになりたいのでしょう?」
     闇に熔けるシスター服の裾を揺らす深海・水花(鮮血の使徒・d20595)の台詞にそそられ足を止めた。
    「折角だから聞いていけばいい」
     土で息絶え絶えな煙草を見据える神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)が吐いたのは破棄物めいた声。
    『まぁ、口にすれば楽になるよねぇ』
    「――ッ」
     嘲りに荒谷・耀(一耀・d31795)は奥歯を噛み柄へ置いた手が僅かに震わせた。
    『神の使徒、カウンセラー、あとは占い師なんてそのためにいるようなモンだしさ』
    「そのどれでもないよね、ただ下世話なだけ」
    『厳しいねぇ』
     躱されるのは含み済みと男を睥睨する神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)の脇、機関・永久(リメンバランス・dn0072)はカードの束に嫌悪を向けた。
    「……」
     或る名は口ずさまぬと唇を結んだ赤藤・粋世(臆病者のロートケープヒェン・d23868)の内面が広がるように、檻は罪という音を綴じ込める。

    ●ある雨の日の暗殺者
     自分なぞ、極々平凡な育ちの男だと思っている――暗殺者としては。
     脇差の淀みない太刀筋に切られたのは咥えたばかりの煙草。他の攻撃も軽くいなしシャドウの横顔へ彼は口火を切る。
    「人を殺し得られる金が俺を作った」
     人の血に塗れ糊口を凌ぐ。
    『魂が完成したのに戻っちゃった?』
     闇に堕ちた男の曖昧な笑みと容易く避ける所作に脇差は灰髪を揺らし否定した。
    「俺の意志だ」
    『ふうん』
    「懺悔などする気は無いけどな」
     修験者めいた揺らぎ無い眼差しにシャドウはつまみあげたカードを眼前に翳す。
    『でもターゲットになった人はたまらないよねぇ』
    「……」
     絵を確認する前に鳩尾に来た拳を避け遠ざかる己が身。
    『運命の輪・逆――からりと巡って命が堕ちた、最悪の変化』
     口元だけを見せたまま影は語る。
    『あんたはさぁ、もうケリつけたつもりなんだろうけど』
     身勝手と続けて示す『皇帝・逆』の影で男は煙草を吹かす。
    「確かに、今更お前に殺されるはずだった命を救った所で死んだ人間は生き返らない」
     深々見の蹴打に続き刺し込む刃、伝う肉の纏い付きは今宵もまた命の重みを知らせてくる。人だろうがダークネスだろうが、己の都合で殺めるは今も昔も、同じ。
     揺らぎが無かろうが胸が傷むかどうかはまた別の話だ。
    『ふうん、俺を殺したら申し訳がたつって?』
     肩口押さえる問いかけは痛みで震えている。
    「否」
     贖罪ではない。
    「ましてや正義なんて胡散臭い物の為でもない」
    『じゃあなに?』
     運命覗き見人が悪くて心を玩具にせせら笑う影の声は、なのに……純粋、で。
    「理不尽だらけの世の中に納得出来る何かを探し足掻き続けるだけだ」
     だから暗殺者も同じ純度の声音で返す。

    ●鮮血の使徒
     このシャドウには、懺悔を受け止めるだなんて慈悲は欠片もない――。
    「神の名の下に、断罪します……!」
    『そんなコト言うなら帰ろっかなぁ』
     スプリングで踊るカードでからかう様に帯を弾かれて、水花は肩を強張らせる。
    「……私には神父様や、多くの弟妹が居ました」
     血が繋がらなくても姉として彼らを愛し、守りたいと……願った。
    『ふうん、過去形なんだ』
     耳ざとく言葉尻を捉え、まるで占う時のように虚空にカードを配置する。描かれた陣は前衛を襲うも、予め神秘攻撃への耐性を高めてきた彼らは皆容易く避けた。
    「はい。私はダークネスに殺されていく彼らを前に、涙しながら見ている事しか出来ませんでした」
     然れど、かつての罪を告白する方が数十倍もの毒となりて心を苛む、何故なら相対する男には慈悲がない。
    『罪はそれだけ?』
     カードを手繰る男へ歌の前に水花は紡ぐ。
    「いいえ。それどころか絶望に負け、神の教えに背き――」
     示された、片脚折り曲げ立つ男のカードを前に水花は今も自身を鞭打つ罪を吐露。
    「屍王と化して彼らの屍を、アンデットにして穢しました」
    『そう、尽くすコトもできず、耐えられもしなかったんだ』
     吊られた男の逆さま、その向こう側で影は嘲笑う。
    「祈りだけでは誰も救えない」
     だから戦場に身を投じたとシスターは謳う。刻まれたメロディに血肉散らすも未だ余裕綽々。
    『それだけ? おかしいなぁ……あんたのカードこれしか出ないんだよね』
     影は吊られた男を正位置に。
    『『吊られた男』は自己犠牲――あんたさ、誰かの命を喰ってひとに戻ったんじゃないの?』
    「――」
     傍目には充分疵を穿てた、だから嘔は終わった。
     でも本当は、
     疵を突き刺されて謳えない。

    ●貝砂の器
    「そうね、私達は闇や死と隣り合わせ」
     堕ちきっているシャドウの心へ、由衛は言葉を送り込む。
    「昔、親友が堕ちた」
     淡々とした声音、だが狐面ごしの口元は自嘲という弧を描く。
    『それが聞かれたくない悩み?』
    「続きがあるわ」
     今更なやりとりと共に交差して、彼女の桜は横腹を刮ぎ、彼の拳は頬を腫らした。根をはる如く痛みが巡りあの日の罪を喚きだした。
     ……回復してくれた粋世が弓をつま弾く音とムトの啼き声が酷く遠い。
    「喪う悲しみは底なし沼のようだった」
     もがけばそれだけ堕ちていくのよと語る女へ、
    『わからんでもないよ』
     カードを繰る男は煙草を咥えなおしつまみあげたカードを見せた。
    『だから、お母さんになにかしたの?』
     ――女帝は母性も示す。
     狐のつり目から同じ闇を抱える男を見据え吐いた息は面に封じられ生ぬるく戻る。
    「私を最初からいなかった事にした」
     言葉はなく紫煙だけが漂い纏い付く。それが却って心を毟った。
    「善意(エゴ)を振り翳し、他者の心、人生を捻曲げたのよ」
     自分のような想いをして欲しく無いだなんて綺麗事。
     赦されないと叫びながら逃れたかった、だから私は未だ無様に生き延びている、闇に堕ちる事すら出来ず。
    『それは酷く寂しいねぇ』
     でもシャドウの声は酷く優しくて、挟み持つカードは『隠者・逆』
     反対の指で煙草を支え持ち星空を見上げる横顔――ああ、こいつ、一番疵つけるんだとわかってやってる!
    『罪なんてないよ、わかり合えないって悔しいね』
    「私の罪を勝手に赦さないで」
     うっすら笑う男へ蘇芳の双眸がすと細まる。対する男の目元は影に覆い隠されて、でも満足気に嗤う――其れが腹立たしい。
    「私を殺すのは貴方じゃない」

    ●十六夜の道化師
     永久の糸が執拗にカードを狙うのを疎ましげに祓えば、天狼の焔が間近まで迫る。
    『ちっ』
     カードを抱え込みその身を紅蓮にくべるシャドウを見もせずに、
    「聞きたいんだよね、俺の罪」
     響いた声は何処までも冷めていた。
     簡単だよと語られる話は、1月と少し前に聞いた話と符号していて永久は気遣わしげに紫苑を眇める。
     ――親身に保護してきれたサーカス団をダークネスの事件に巻き込んだ。感情発露が不器用な少年に居場所をくれた人々は、少年を欲した屍王に無残に命を踏みにじられた。
    「俺を預かれば、敵に狙われることなんて簡単に予想付いたのにね」
    『自分が招いた自覚はあるのね』
     お前が禍と突きつけるカードは『塔』……痛みはない、躱したから。
    『これさぁ、最悪のカードでね』
     でもこのシャドウが貪るのは心だ。
    『正位置は避けられないトラブル。逆位置は――あんたを抱きこまなけりゃ誰も死ななかったって、言ってる』
    「そうだね」
     でも躓いたままでいるつもりはない、遺言は前へ前へと肩を押す。
    『ふーん』
     折れぬ気配が気に喰わなくて、シャドウは透かすように『塔』を空へ翳し紫煙をはきかける。
    『ねぇ――なんで、あんた生きてんの?』
     黙ってやり過ごさせないよと男は悪意に塗れた闇を向ける。
    「隠す気なんてないよ、見捨てたんだ。自分を優先した……」
     露悪的な内容、だが天狼の面差しは淡々と澄んでいる全て抱えあるがまま立つ。
     悔悟も、
     慟哭も、
     ……罪の意識も。
    『あのさぁ……』
     カードを弄びシャドウは肩を竦めた。
    『あんたの中では最初から答え決まってんのね』
    「そりゃあね、蹲ってるなんて格好悪いもの」
     ならば罪に指を刺し込んで動かしたってつまらないと影は背を向ける。

    ●臆病者のロートケープヒェン
     霊犬の刃に胸刻ませるシャドウは疲労が濃く、一方彼のカードが与える肉体的損傷は対策打たれたため微少だ。
     このシャドウを仕損じるとしたら、逃走。故に粋世は罪の匣をあける。
    「両親がちょっと狂っててさ……」
     いつものように笑って誤魔化しかける。
     何故、
    「その影響か、姉に殺されそうになって……逆に双子の姉を、殺した」
     その『姉』がこの場にいるのか――。
    「……?」
     同級生の前にカードが翳されたのに、唯世はその場に足を縫い止める。
     一瞬横切った焦燥と、眠たげなくせに物言いたげな2人の眼差しで悟ったか、咥えていた煙草を消してより明確に口元に弧を描く影。
    『続きがあるんだよねぇ?』
    「……生き延びたんだって。俺も家族も何があったかも全て忘れてるみたいだ」
     ――『死』の逆位置。
    『つまりお姉さんは新しい人生をやり直してるわけか。一度殺された』
     挿された毒に粋世は笑顔のまま。
    「よかったって思ってる」
    『そりゃあね。自分可愛さでお姉ちゃんを殺したわけだし、忘れてくれた方がほっとするよねぇ』
    「本当に、そうなのかな」
     背を震わせないのが精一杯の粋世と、誘いが奔ったと得意げなシャドウの内心など一切気づかず、唯世は続けた。
    「思い出せない事がしあわせなのか、わからない」
    「……」
     何も言えない、言ってはならない――この微笑みは仮面だ。
    「ぼくも忘れてしまってるけれど」
     だが、胸の埋まらぬ穴を撫でるような仕草に弟の笑顔が強張った。
    『『生きてる』って残酷だよね』
     喋るなと口を塞ぎたい焦燥に駆られるも、辛うじて一息。招聘した魔力を肩口に彷徨わせて距離を取る。
    「うん、粋世は悪くない、親とお姉さんのせいだよ……辛かったね」
     上辺にかけた砂糖のような優しい顔は、自分の笑顔と同じ穴のムジナ。
     その笑顔が、消えた。
    「俺を赦すな」
     迸る魔力に蝕まれる中、持ち上がった指が翳したのは『審判』――絆の復活を謳うカード。
    『占いは希望を手繰るもんだからね』
    「どの口で言うんだよ」

    ●睡氷煉
     本当の気持ちなんて何時だって殺している――自己意志に蓋をする亡霊。
    『おっとこれはあげらんない』
     カードの代わりに二の腕を鋏に喰わすシャドウへ柚羽は口火を切る。
    「あなたの命も大事……でしょうか」
    『救ってくれんの?』
    「……」
     震える華奢な唇は即座に一文字。
     束を口元に疵を塞いだシャドウは一番上のカードを表に返す。
     ――『星』
    『助けてくれんならあんたは俺の希望だねぇ。だってもう、いつ死んでもおかしくないし』
    「私に何を望んでいるのですか?」
     多数派のフリをして本音は――全て救えないから切り捨ててしまえ、なんて抱く私に。
    『希望になりたかったんでしょ? でもなれなかった』
     あの子は目の前で蛾に食い破られた。
     満足のいく最期なんて欺瞞で自分を騙したあの日、心は諦観に喰われきった。
    『逆位置にはしてあげないよ?』
     そう、此は最高の悪意だ!
    『あんたは願ってたんだ『星』の示す希望になりたいってね』
    「そんな事はありません。私は厄介を減らす為に命の選定を行いました」
     いっそ責め苛まれば……どうなっていたというのだ。
    『あんたはさ何処に行きたいの? 誰も信用できず、本当は従いたくない多数派のフリ』
     満身創痍で紫煙塗れなシャドウは、こうまでなってもマトモな占い師の顔をしている。
     ――自分が思うが儘にやりたい事をやっている。
    「何が悪い……ッ」
     それがいたく柚羽の劣等感を刺激する、組み敷いて剣を突き立てたって消えない、消せやしない。
    「綺麗事や愛と友情でさっぱり解決出来たら苦労しないのです」
    『そうね、過去はもう変えられない』
     それでとシャドウはもう一度問う。
    『何処に行きたいの?』
     答えなんて出ない。
     でも、
     ……抱えて生きていく。

    ●螺旋意識
    「きゅーちー、あまり仕事ないね」
     青髪を指に巻き付ける深々見の足元には巨大祭壇の下で痙攣するシャドウ。土を搔く指を踏みつけて、実験者は『最初の罪』を無邪気に告白する。
    「親友だった子1人をなんというかー……生きてるだけの状態にしちゃったんだよねー」
     その喋りは、内容に反して余りに軽い。
    『人ひとり壊すって中々難しいはずだけどなぁ』
     よろけ立つシャドウはカードをつまみ疵を塞ぐ。
     ……全員分、聞けりゃいいんだけど。
    「悪気はなくてさー」
     言い訳めいた不純物がないのが却って病んでいる。それを壊すのは――まさに難しい。
    「ちょっとだけ監禁して、二週間くらい同じ音楽聞いてもらったんだよねー」
     明らかな逸脱。
    「わたしの大好きな曲をさー、わかってほしかったの」
    『そりゃまた随分と相手を身勝手に振り回したもんだね』
     回復で引いた『女教皇』を逆さまに、きょとんと瞳瞬かせる彼女へシャドウは真顔で確認する。
    『あんた、もう堕ちてるんじゃないの?』
    「なんで? わたしは灼滅者だよー」
    『だって親友の心を殺しちゃったんでしょ?』
     何を言われているかわからないという深々見へ、男は子供に言い聞かせるようにゆっくりと。
    『悪意がない方が却って酷いって気づいてる?』
    「わたし、悪いのかな? だって、好きな曲を共有したいだけだよー」
     ぐるぐる。
     メビウスの輪のように一周り。辛うじての欠片が引っかかり、あれれ? まわらなくなった?
    『俺は誰かの罪を内側から膿ませて一生消えない疵痕にしたい。なんでそんなコトするかって? 罪への悔悟と一緒に俺を思い出して欲しいだけー』
     これって、悪いコトなのかなぁ?

    ●一耀
    「私の力が足りなくて、お義父様を救えなかった」
     耀の告白は一番素直だったかもしれない。
    「私が自分の力を過信したから、先輩を闇に……死に追いやった」
     ガイオウガの化身を取り逃がしたのもなんて、私が私がと背負い込む。
     非力、過信、慢心――。
    「わかりやすいねぇ、占いの腕なんて必要ないぐらいだわ」
     ――『塔』の逆位置は永久も引いた過信を示す不吉なカード。
    「どこまでもいっても……私は……」
     蹲っている自分を幻視し、断ち切るように振り下ろした刃の先にはシャドウがいた。ただ其れだけの話だ。ただ其れだけの話で斬られた彼は口元の血を拭いちらと見据える。
     抉ってしまいたい。
     でも引き金を引いたら、多分殺される。
    『塔ってさぁ、もうどうしようもないカードでね……例えばこんな意味もあんのよ――不幸の運び手』
     天狼の元で語った意味をもう一度口にしてうっそりと瞳を眇める。
    「あんたの力が足りないっていうのだけじゃなくて」
     ――あんたが周囲を不幸に巻き込んでんの。
    「!」
     義父が先輩が死んだのも、ガイオウガの化身を取り逃がし更なる死を招いたのも……。
    「あんたがいたから。そうね、例えばさその指に繋がる誰か……」
     左薬指を見る眼差しに怖気だった。
    「やだ……嫌だ……私の罪に、みんなは……彼は関係ない!」
     庇うように隠す耀にふつりふつりと腸灼くような怒りが、ともる。
    「彼もそんな風に死ぬかもね」
    「あああああああッ!!! 黙れ、お前が何を知っていると言うの!?」
     この占師は救いを嘯かない。
     彼から得るモノはなにもない。
     ……彼は命を賭してそれを為す、最大級の嫌がらせ。
    「し、ね。しんで、しまえ……!」
     堪えられぬ怒気を吐き耀は握り持った剣を額へ突き刺した。

    ●疵
     耀にボロクズのように刺され、惑う深々見も自動的に踊り蹴る。もはや斬る場所がないと思いながら柚羽は膝を裂いた。
     弱々しい拳はムトに阻まれ粋世には届かない。
    『はは……ッ、そろそろ帰ろうかなぁ』
     でも天狼に打たれた楔のせいでカードを取り落とした彼は、もはや此までと隙だらけでしゃがみカードを拾う。
     がづり。
     拾ってから十字架で叩きのめしたのは水花のせめてもの優しさか。
     ――そう、もはや介錯が慈悲だ。
     今宵も命の重みを刃にのせて脇差は胴と足を泣き別れとし彼を終わらせる。
    「ねぇ、名前は?」
     思いだして欲しいなら――由衛の問いに彼は満足したように口元を緩める。
    『どっちを憶えててもらおっかなぁ……』
     闇かひとか、然れど彼にそんな時間はもうなくて――名を残せぬまま塵となり夜風に散る。
     もう、あとかたも、ない。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ