外見よりも大切なもの

    作者:篁みゆ

    ●悪夢から現れるもの
    「う……んん……うー……」
     午睡もそろそろ終わりの頃。ベッドに寝ているのは、大学生くらいの女性だ。彼女がうなされているのは悪夢を見ているせいだろう。彼女の周囲には、不思議とその悪夢の内容らしいものが浮かび上がっている。
    『なあ、お前誰?』
    『みーなちゃんかな。お前は?』
    『そうだなー、でもさ、右端はなくね?』
    『ないない! 絶対ない~!』
     居酒屋の個室だろうか、恐らく合コンの会場。トイレに立った女性陣の中で一番に戻ってきた彼女は、そんな会話を聞いてしまって。
    (「右端って……私」)
     彼女はお世辞にも美人とはいえないが、愛嬌のある容貌だ。普段なら合コンなどには参加しないが人数合わせにより連れて行かれた合コンでこの仕打ち。
    「ん、うぅ……」
     それは悪夢となって彼女を傷つけていた――と。
     バリッ……まさにそんな引き裂くような音がしそうなくらい乱暴に悪夢の映像が斬り裂かれて、そして消えた。残ったのは、大学生くらいの美しくてスタイルのいいシャドウが一体。
    「すごいわ、本当に実体化できちゃったのね」
     今の己の姿を見て喜ぶシャドウ。そして。
    「私、外見で女を判断するような男って大嫌いなのよね。もちろん、女も」
     眠っている女性の部屋を出たシャドウは、駅前広場へと向かう。そして声をかけてきた男性たちを皮切りに、駅前広場にいる男女を皆殺しにすべく暴れるのであった。
     

    「よくきてくれたね。シャドウ対戦への介入、成功したね、お疲れ様」
     ねぎらいの言葉を述べた神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は和綴じのノートを手に、灼滅者達を見渡した。
    「もう知っていると思うけれど、サイキックリベレイターの影響で、デスギガス軍の中でも力の弱いシャドウ達が現実世界に実体化し始めようとしているんだ」
     実世界に現れたシャドウは現実世界で自由に行動できるという状況に浮かれて、周囲の人間を惨殺したり恐怖を与えるといった行為を行い始めるので、それを阻止してシャドウを灼滅して欲しと瀞真は言った。
    「今回現れるシャドウは『ラナ』と名乗り、大学生くらいの女性の姿をしているよ。美形でスタイルもよく、まあ、ナンパするような男がたくさんいそうな感じだね」
     ラナが現れるのはミズリという一人暮らしの女性の部屋。時間は15時を過ぎたあたり。出現する時間と場所がわかっているので、ラナが出現するのを待って戦闘を仕掛けることができる。
    「ラナは悪夢を見ているミズリさんを攻撃はしないようだ。これは、いざと言う時の退路と考えているからだろうね。夢の中に逃げ込まれると灼滅する事ができなくなるので、悪夢を見ているミズリさんからある程度離れた場所で戦闘を仕掛けるのが良いかもしれない」
     ラナは実体化したあと、ミズリの部屋の玄関からでてマンションを出て、そのまま駅前広場へと向かう。彼女はその駅前広場でナンパしてきた男たちを皮切りに、惨殺を始めるだろう。
    「今回は出現する時間などがわかっているから、その直前にソウルアクセスすれば悪夢の中でシャドウと相対する事もできるよ。ただこの場合、戦闘中にシャドウが実体化してしまうい、眠っている灼滅者の体が一方的に攻撃される危険がある事が予測される」
     その場合ソウルアクセスを中断して灼滅者が目を覚ましても、シャドウが撤退しやすい状態での戦闘となるので、不利になってしまうだろう。
     悪夢の中でうまく立ち回ればシャドウを実体化させずに追い払う事もできるかもしれないが、この場合も灼滅できないので、あまり意味はない。
    「ミズリさんのマンションから駅前広場までの道のりの途中に、廃業したばかりで家具や設備がそのままになっている喫茶店がある。ちょうど入口の鍵をかけ忘れているようでね……借用する準備や人払いやラナを連れ込む策は必要だが、参考にして欲しい」
     まあ、ラナがどうすれば釣れるかは、灼滅者たちにもすでにわかっているだろう。喫茶店は無断借用しても終わった後に元に戻すように心がければ問題ないだろう。
     ラナは実体化したシャドウだから弱いとはいえない。しかし雑魚でこの強さならば、タロット兵が現実に出てくれば大変な事になる。タロット兵を倒しておいて正解だったといえる。
    「悪夢から実体化したシャドウが悪夢を作り出すのを黙ってみているわけにはいかない。皆の活躍を期待しているよ」
     瀞真はそう告げ、和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)
    シャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)
    立花・誘(小学生魔法使い・d37519)

    ■リプレイ

    ●外見よりも?
     そっとあたりを見渡して、なるべく人目を避けるように――けれども堂々とした態度で廃業した喫茶店へと入るのは華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)と立花・誘(小学生魔法使い・d37519)。人目がなるべく少ないときを狙ったが、おどおどしていれば怪しまれる。逆に堂々として店内へ入ったほうが、怪しまれないこともあるのだ。まあ最近の人々は、自分の目的地や懇意にしている店でもなければ、通りすがりの店に入る人のことなど気にしない可能性の方が高いかもしれないが。
    「合コンねえ……わたくしはよくわかりませんが、別にそれだけが出会いや縁でもないでしょう」
    「ミズリさんは出会いを求めていったわけではないようですが、無理矢理連れて行かれた場所で悪口のようなものを聞かされたら、気分は良くないですよね」
    「そうですね。それでも、気になるものは気になるもの」
     灰色のおかっぱ頭に赤い瞳が印象的な可愛らしい紅緋と、流れるような黒髪に憂いを帯びた瞳という誰もが振り返る美少女である誘。ふたりは言葉をかわしつつ、喫茶店の奥へと進んでいく。
    「あ、これって、瓶のコーラとかが入ってそうなドリンククーラーね。昔ながらの飲食店なんかによくあるけど、趣があるわ」
    「結構家具や調理器具もそのままになっているようですね。配置を覚えてあとで戻せるようにしましょう」
    「壊さないようにもしないと」
     紅緋と誘でなるべく物の配置を頭のなかにメモをして。そっと一番奥の席に座して待つ。待つのは仲間が誘導してくれるはずの――シャドウだ。
    (「スタイル、ですか。自信ないなぁ。いま口説いてる方にも、魅力ないって見られてるだろうし」)
     相手にするのは外見の美しいシャドウ。それを思い、紅緋は心の中でつぶやく。
    (「いえ、あの人はそんなことで人に評価をする人じゃないんでした。だからこそ、好きになったんですし」)
    「! 大丈夫ですか?」
     いきなり自分の両頬を叩いた紅緋に驚いて誘が問う。
    「大丈夫ですよ。驚かせてしまってすみません」
     紅緋がそう返したその時。喫茶店の扉を開けて入ってきたのはシャルロッテ・カキザキ(幻夢界の執行者・d16038)だった。。視線だけでふたりに頷いいみせる。それはナンパをする役目の刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)がラナと接触したという合図。うまく行けばふたりはこの喫茶店へ来るはずだ。シャルロッテは入口に近い席について窓の外をじっと見つめる。
    (「彫りの深いこのゲルマン顔は、彼女にはどうミエルのかしら……まぁ、本来どうでもいいことだけど」)
     彫りの深い美人であるシャルロッテを、どちらかと言えば東洋人顔の美人であるラナはどう思うのだろうか。本来シャルロッテにはどうでもいいことだが、ラナが美醜を気にかけているならば、こちらもそれを頭に入れておくべきだろう。

     渡里は喫茶店より少し離れた場所で、ガードレールに寄りかかってラナを待っていた。ゆっくりと向こうから歩いてくる女性がいる。それがラナであることはすぐにわかった。遠くからでも人目を引く女性が歩いてきたからだ。すれ違う前に気づけばつい見つめてしまいそうで、すれ違って気がつけば、振り返ってしまいそう。そんな美しい女性の接近に、渡里はタイミングをはかる。あと少し、あと少し――。
    「そこの美人のお姉さん、一緒にお茶をしない?」
    「私のこと?」
    「そうそう、この先に、すごく美味しいコーヒーや紅茶を入れてくれる喫茶店があるんだ。お姉さんみたいな美人となら、もっと美味しくなりそうだな」
     あからさまなナンパだ。しかしラナがこれに食いついてくることは想像に難くない。こうした外見だけで判断する者を憎んでいるようなのだから。
    「私なんかでいいの?」
    「もちろん。綺麗な人と、飲むお茶は格別、だからね」
    「そこまで言うなら……じゃあ、少しだけね」
     案の定、ラナは簡単にナンパに乗ってきた。笑顔を浮かべてはいるが、内心は渡里のことをどう思っているのだろうか。
    「ここだよ。ちょっとレトロな感じでいいだろ?」
     渡里が扉を開けるとカランコロンと音が鳴る。レディーファーストとばかりに扉を抑えていると、ラナはありがとう、と告げて店内へと足を踏み入れる。
    「奥の席でいいかな?」
     渡里が告げた瞬間、シャルロッテは扉の前に立って出口を封じ、誘は殺界形成を展開させる。
    「ああ、奥の席には先客がいるみたいだ」
    「……そう、そういうことなの」
     流石にラナも事態を把握したようで、素早く作り出した漆黒の弾丸を至近距離から渡里へと撃ち込む。すぐに紅緋によって展開されたサウンドシャッター。彼女はラナの動きをしっかりと見ている。
    「ハーイ、平たい顔族の美人さん?」
    「ひ、平たい顔……?」
     声をかけたシャルロッテはラナが若干の困惑を見せている間にスタイリッシュモードで更に素敵に変身してみせる。ラナも馬鹿にされたことはわかったのだろう、シャルロッテを睨みつけるが、西洋人特有の美人であるシャルロッテが更に美しくなって目の前にいる以上、彼女を美しいと認めざるをえないという心境だろう。
    「上には上がいるわ。追いかけてもキリがないわよ。諦めなさい」
    「西洋系の美人だからって東洋系を見下していいことにはならないわっ。第一、顔で人間を判断するなんてっ……」
     ラナが憤慨と狼狽えの混じった表情をしているその間に、渡里は素早く彼女の死角へと入った。そしてスパッと斬りつける。追うように霊犬のサフィアが射撃でラナを攻撃する。
    「シャドウって言うのが残念なぐらい美人だよな。学園でもなかなか見ないレベルだ」
     確かに学園には美人が多い。その中でもラナは美しい方だろう。でも。
    「……俺の好みは、美人よりもうちょっと愛嬌があるタイプだ」
    「っ……!」
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
     ラナが張り巡らせたのは糸の結界。前衛の動きを封じようとするそれに抗いつつ、紅緋が影を放つ。
    「ラナと名乗りましたか。見事に人間に化けていますね、シャドウ。そんなに、本性が醜いんですか? 低俗な人間に身を落とさなければならないほどに」
    「なっ……醜く、なん、て……」
     紅緋の刃のような言葉。シャドウハンターとして必ずラナを灼滅する、その思いが垣間見える。
    「殺し殺されは、私たちが共有する唯一のこと。覚悟を決めてください」
     ラナを縛る紅緋の『影業『モンラッシェ』』。動きの鈍る彼女へと、誘が生成した魔法の矢が放たれる。それが狙い過たなかったことを確認すると、ふわりと黒髪を揺らして誘は告げる。
    「外見? 上辺だけにしか興味がない奴は、貴女じゃなくて貴女の上っ面にしか興味ないんですよ?」
    「くっ……そんなことっ……」
     わかってる、とでもいいたいのだろうか。だから彼女は上辺だけを見て声をかけてくるナンパな男たちを殺すつもりだったのかもしれない。けれどもそれを小学生である誘に言われてしまっては、立つ瀬がない。
    「ほらほら、のっぺり美人さん?」
     シャルロッテが『Axtcalibur』を手に、龍の翼の如き高速移動でラナの意識を自分へと向けようとした。キッ、と睨みつけるラナの視線に、シャルロッテは大仰にリアクションを見せる。
    「おお、怖い顔……ハンニャ、だったかしら」
    「流石に般若は……いや、一理あるか?」
     シャルロッテの言葉に、渡里は糸を繰りながらラナをじっと見つめる。サフィアはそんな彼の傷を、癒して。
    「……そんなに顔が気になるの? やっぱり顔がいちばん大事なのね?」
     ラナは胸元にスートを出現させ、傷を回復しながら自らを強化する。
     本当を言えばここに集った灼滅者達は、主にラナを挑発するために外見について触れているのであって、皆が外見が一番と思っているわけではない。誰よりもそう思っているのはラナ自身であると、誰もが思っていた。

    ●大切なもの、分かりました?
    「スタイルがいいって、そんなに嬉しいことですか。所詮、外見が目当てなだけの連中が寄ってくるだけでしょう」
    「でもある程度外見が良くなければ、選択肢にすら入れてもらえないじゃない」
     紅緋の言葉に反論するラナ。けれどもその選択肢にはいるということは、彼女の嫌ってる『外見で選ばれる』ということであるのだが……。
     ラナの重くなった攻撃を受けた仲間を見て、渡里はサフィアと共に回復へと回った。その分攻撃手が減りはしたかが、渡里もサフィアのみで手が足りる時は攻撃をしているので、実質4対1であることは殆ど変わっていない。
     ラナの強化は紅緋やシャルロッテが随時解除をしていく。誘は確実にラナの傷を深くしていき、ラナが手番を回復に使う頻度を高めていった。
     相手は実体化したシャドウなだけあって、戦闘は想定していたよりも長引いた。だが長引けば長引くほど、灼滅者の数を減らせねばラナの癒やしきれぬ傷が溜まっていくばかり。それは彼女自身も感じているようで、乱れた服、乱れた髪の下から覗く瞳から焦りが伺えた。
    「外見で判断する相手を嫌っているようなあなたが、一番外見を気にしているように見えますが」
     誘の言葉と十字碑文から放たれる光の砲弾がラナを抉る。
    「どんなに美しく着飾っても、内面は顔に出る……らしいわ。私はそれを読み取れるまで老成してないけどね」
     シャルロッテの『Doppel Typhoon』による蹴撃を受けて身体を折ったラナを見下ろして、彼女は告げる。確かにいくら隠そうとしても内面はにじみ出てしまうもの。それを見抜けない者と見抜ける者の二者がいるのも事実。
    「内面……? 私の内面はもちろん……」
    「外見で判断する人たちを殺してしまおうなんて考えている者の内面が、美しいはずはないでしょう」
    「っ……!」
     冷静に告げられた紅緋の言葉は正しいだろう。それを指摘されたラナは、弾かれたように顔を上げて。
    「本当の所、恋人とか、そう言った相手は、心美人で料理が美味しい人が一番さ」
     なにも外見の美醜を気にする者ばかりではない。渡里はラナの死角へと入り込み、斬りつけて彼女から離れる時にそう囁いた。
    「それでもっ……私はっ……!」
     もはやそれは悪あがきにすぎない。それは誰の目から見ても明らかだった。ラナが放った糸。それを紅緋が喚んだ風の刃で切断するように相殺して。
    「あなたから広がる死の糸は、ここで断ち切らせてもらいます」
     異形巨大化させた腕でラナへと迫り、紅緋はそれを振るう。
    「いや、いやよ、やめてっ……」
     今更懇願してももう遅い。もっとも、もっと早く同じことをされても灼滅者達の決断は変わらなかったが。
    「やあぁぁぁぁぁぁぁ……」
     断末魔の声が室内に響く。後引いたそれはついに途切れ、黒い靄となったラナは空気に溶けるように消えた。

    ●後片付けは綺麗に
     それぞれ負っていた傷を治せる部分は治し、店内の片付けを始める。
    「あ、それはあの角です。その椅子はその絵の下です」
    「これはここでしたよね」
     喫茶店の元の状態を記憶にとどめておいた誘と紅緋が中心となって、指示を出す。シャルロッテは店の裏手にあった箒とチリトリで床を綺麗にし、渡里は主に家具を移動させていた。
    「ルーレット式おみくじ器もあるのね。家電じゃないけど、喫茶店の定番よね」
    「まだ動くの?」
    「中におみくじがのこっていれば……」
     シャルロッテの問いに、答えた誘。シャルロッテが試しにお金を入れるとひゅっと丸まったおみくじが出てきたから、まだ遊ぶのは可能だろう。上部のルーレットに球が止まるのを待つ。星座やルーレットで止まった数字で運勢を占うのだ。
    「折角だしやってく?」
    「面白そうだ」
    「折角だし、やってみましょうか」
     渡里や紅緋も興味を示したようで、順番におみくじを引いてルーレットの数字が決まるのを待つ。
    「いい結果でるといいですね」
     そう告げつつ、誘は自分もおみくじの順番を待っていた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月3日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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