私が私になるために

    作者:篁みゆ

    ●狙うのは
     北風吹く寒い冬の日、黒いローブを纏った女性が駅前にある大きなショッピングセンターのそばで、ショピングセンターに入ってゆく人々を見つめている。
     冷たい風がふわりとローブの袖口や裾を揺らすとちらりとその肌が覗いた。だがそれは見間違いだろうか、なんだかまるで人形の手足のように見えたのだが……。人形独特の色や質感を持ったそれに。
    「キャハハハッ」
     楽しそうに笑う少女の姿に女性はピクリと反応した。彼女と同い年か少し下くらいの、少女と女性の境目である年頃の人物たちが、楽しそうに言葉をかわしながらショッピングセンターへと入っていく。
    「……私……モ……」
     つい、口から漏れた言葉。心の中で首を振って、ショッピングセンターに入っていく人々の観察を始める。
     観察というよりは精査と言った方がいいだろうか。絆というものを知りたい彼女は探しているのだ、自分が絆を知るためのパーツを。
     

    「来てくれてありがとう。座ってくれるかな?」
     神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)は集まった灼滅者達の着席を確認すると、和綴じのノートを開いた。
    「六六六人衆の動きを察知したよ。おそらく、ガイオウガ決死戦で闇堕ちした八葉・文(不安定な暗殺人形・d12377)君に間違いないよ」
     文は黒いローブ姿で、球体関節人形のような手足を隠しながら、ショッピングセンターに入っていく人々を観察――否、精査している。
    「彼女は闇堕ち前、希薄だった自我を学園に来て、人と触れ合ったことで確立していったと聞いているよ。ダークネスの彼女は闇堕ち前の彼女と同じように、自我を得て絆を紡ごうとしているようなんだ」
     ただ、その方法が乱暴で。絆を知ろうとするもののその手段がまずは人を殺し、殺した人間の部位を自分のパーツと交換して、その人物に成り代わって自我強くしてを絆を得ようとしている。
    「幸い、今の彼女はまだ殺人を犯していない。成り代わりの精度を高めるためにターゲットを物色中といえばいいのかな。ダークネスの彼女にも勿論自我はあるのだけれど、今より自我が薄れてくるとターゲットを殺して成り代わり、その知り合いに近づいて殺すということを繰り返すようになるかもしれない」
     それは瀞真はもちろん、彼女を思う大切な人も望まないことだろう。
    「彼女は大きなショッピングセンターの、正面エントランスが見える位置でターゲットを精査しているよ。流石に黒いローブ姿は目立つからね、目立たないように離れたところから見ているよ」
     年末ということもあってショッピングセンターを訪れる人も多い。文がいるのはショッピングセンターに向かって左手にあるベンチだ。このショッピングセンターは左手側が海に面していて、海辺で休息ができるように飲食店のバルコニーが作られていたり、自由に休めるベンチが置かれているのだが、流石に寒いこの季節に海側で休む者はほとんどいない。飲食店もバルコニーを閉鎖しているくらいだ。
    「彼女に近づくのは難しくないと思うよ。彼女は灼滅者達が近づいても逃げないからね。ただ、彼女がいる場所はショッピングセンターのエントランスが見える位置だ。そのまま戦闘に入れば、ショッピングセンターにきた人々の気を引いてしまいかねないことを覚えておいて」
     彼女のいるベンチのそばは飲食店のバルコニーに近いが、バルコニーは内側から封鎖されていて人が出てくることはないだろう。ただ、子どもに海を見たいとせがまれた父親らしき人が、子どもを連れて近くのベンチに来ているから、最低でも彼らだけには対処が必要だろう。
    「彼女はダイダロスベルト、ウロボロスブレイドに殺人鬼相当のサイキックとシャウトを使ってくる。実際にどれを使うかは対峙してみないとわからない」
     瀞真はそこまで告げ、険しい表情のまま灼滅者達を見つめる。
    「……なんとか救出してもらいたけれど、それが無理な場合は灼滅も視野に入れて欲しい」
     瀞真が沈痛な面持ちで続ける。
    「彼女はもはやダークネスであるので、迷っていてはそれが致命的な隙になってしまうかもしれない」
     瀞真は言葉を切り、皆を見渡した。
    「また、今回助けることができなければ、完全に闇堕ちをしてしまい、もう助けることができなくなる可能性が高い。だから――」
     その先はきっと、言わずとも伝わっているだろう。瀞真は言葉を飲み込み、小さく息をついた。
    「彼女を助けるには、彼女が自我を確立していったこの学園での思い出とか、彼女の心に強く訴えかけるようなものも必要だろう。そういうのは僕よりも皆のほうがよく知っていると思う」
     一筋縄ではいかないだろうけれど……頼んだよ、と瀞真は告げて和綴じのノートを閉じた。


    参加者
    神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    鬼城・蒼香(青にして蒼雷・d00932)
    ストレリチア・ミセリコルデ(白影疾駆の呑天狼・d04238)
    氷上・鈴音(君の明日を救うためなら私は・d04638)
    天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)
    黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)
    三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)

    ■リプレイ

    ●潮の音に揺られて
     波が風に揺れる音が聞こえる。その風は肌に痛くて、ショッピングセンターを目指してきた者達は早足でその内部へと吸い込まれていく。そんな姿を離れた位置からじっと見つめている者がいることに気が付かずに。
    「パパー、おふねー」
    「ああ、船だなぁ」
     黒ローブの人物――文が腰を掛けているベンチとは少し距離を置いて、父親が子どもを抱き上げて海を見ていた。
    「いたわね」
     氷上・鈴音(君の明日を救うためなら私は・d04638)が文の姿を認めて呟く。そして右腕のブレスレットに触れて祈る。隣に立つ天渡・凜(その手をつないで未来まで・d05491)を見ると、彼女は髪を結うシュシュに触れていて。
    (「わたしにとっての絆を示すものはこれ……」)
     祈るのは、救出の成功。ふと感じる視線は鈴音のもの。それに応えるように頷く凜。
    「お願いします」
     向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)に告げられて、助力に駆けつけた双調と燐が頷いた。ユリアとふたりは、そっと父子に近づいて。ラブフェロモンを使いながら二言、三言かわすと、父子は双調と燐についてその場を離れ始めた。
     心配そうに見つめる黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)はふたりと視線を交わし、頷き合う。彼らなら、父子を安全なところまで送り届けてくれるはずだ。
     彼らとすれ違うように駆け出す灼滅者達。アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)が殺界形成を展開させると、文はそっと立ち上がった。

    ●私は誰
    「懐かしい風に吹かれて戻ってきましたよっ! リャーナ、ここに推参で……」
     文と距離を置いた状態でポーズを決めようとした三雨・リャーナ(森は生きている・d14909)だったが、転んでしまい、慌てて駆けつけたユリアに手を借りて立ち上がる。その間に文を逃さぬように展開した灼滅者達。文の表情はフードの下にあって、あまりうかがうことはできない。たまりかねたかのように口を開いたのは、神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)だった。
    「文ちゃん、やっと見つけた! ねぇ、文ちゃんのこと、ずっと待ってたんだよ。ゆきたちが全力で文ちゃんを連れ戻すから!」
     その横に立つのは、ストレリチア・ミセリコルデ(白影疾駆の呑天狼・d04238)。
    「……文さんと最初に出会った頃は、今よりもずっと口数が少なかったですわよね。訥々と、呟くような風に……でも、色んな事柄を聞かれたりもして」
     語って聞かせるのは、『文』のこと。否、語って聞かせるというよりも、友達と思い出話をするように言葉を紡ぐストレリチア。
    「それで段々と、馬鹿なことをして遊んだりや、ゆったりとした触れ合いもするようになっていって、ふふ……結構早い内に、皆さまの戯れに乗ったりするようにもなってましたわね?」
     思い出し、優しく金の瞳を細める。差し伸べた手は、己の部位で誘いつつも「この手を取って戻ってきて欲しい」との思いも込められていて。
    「ええ、これからだって一緒にいたら、心も言葉も、もっともっと豊かになっていきますわ。だから、ね、文さん……」
     文のフードの下から覗く表情には変化が見えない。それでも、諦めなどしない。
    「どうか負けないで、私達の元へ帰ってきて下さいな!」
    「大丈夫、文ちゃんは空っぽじゃないよ。そのことは、ゆきがちゃんと知ってるし、覚えてる!」
     願いを、言葉を引き継いだ結月が、その声を言葉として紡ぐ。
    「ねぇ、文ちゃんは覚えてる? クラブでたくさんお話して遊んだよね」
     ひとつひとつ、思い出を巡るように。
    「学園祭のこと、覚えてる? その時はまだゆき同じクラブじゃなかったけど、文ちゃんたち、カレー屋さんしてたよね」
    「……、……」
    「売れ行き予想してて、文ちゃん、見事に当てたんだよね」
     語りきれないほどの思い出がある。それを思い出して欲しい。
    「……ウルサイ、……黙レ……」
     しかし返ってきたのはぽつぽつと呟かれる語句と振り回された剣。剣は後衛を狙ったが、アリスや空凛、結月のナノナノのソレイユが庇いに入った。文と絆の深い者達が言葉を届けられることを第一に――そんな思いが一部の灼滅者たちにはあった。
    「文さんお久しぶりですね、鬼城・蒼香ですが憶えていらっしゃいますか?」
     伸縮する剣が収まったのを確認して鬼城・蒼香(青にして蒼雷・d00932)が口を開いたが、文の反応はない。それでも。
    「クラブで色々やりましたがどれか一つでも憶えていらっしゃいますか?」
     望みを捨てずに言葉を紡ぎつつ、蒼香は帯を放つ。言葉と同じで今は届かなくても、重ねれば届くと信じて。
    「学園での楽しく過ごしていた姿を思い出してください、きっと千影さんも待っていますよ」
    「えっと、まずはお久しぶりです! 八葉さんには色々お世話になりました」
     体勢を立て直したリャーナが振るった『諸刃刀「春一番」』は避けられてしまった。けれども言葉なら――彼女は懸命に言葉を紡ぐ。
    「えーと、まだ森から出たてで、学園の右も左も分からない……微妙に今もですけど、そんな頃に灼滅者として色々教えてもらいました」
     説得って難しい。空回りしていたり、ちょっとずれているかもしれない。けれどもリャーナはリャーナなりに懸命に。それが、彼女なのだ。
    「えっと、ですね。……やっぱり説得だってリャーナはまだまだです。だからもっと色々教えて貰いたいです。だから、帰ってきてくださいね!」
    「……」
     やはり黙する文。心まで人形のようになってしまったのだろうか――否。
    (「自分を強く出すのが苦手な人はいますよね。私もそのタイプですから気持ちは良く分かります。だからこそ放って置けない」)
     自分と彼女は似た部分がある気がする……だからこそ。
    「文さん、文さん自身の存在は他人からの借り物で補えるものではありません。大切なのは文さん、貴方自身です」
     空凛が放った『天の絹織』。文がこちらを狙ってくれれば、他の人が言葉を届ける時間を取れる。その意図を汲み取ってか、霊犬の絆も文を狙って。
    「そんな事をしなくても、貴女と絆を紡いだご友人方がここにいます。不器用でもいいんですよ。さあ、戻ってきて下さい!!」
     言葉が届いているのか目に見えないのは少しつらい。手応えがあれば次へ繋げる判断ができるから。
    (「ならば、手応えを引き出せるまで粘るだけよね」)
     アリスは言葉より先に魔法の矢を放ち、文の意識を自分に向けさせる。
    「初めまして、文さん。あなたと絆を結びに来たわ。私とあなたは初対面。でもこうして話すことで縁ができた」
     矢を受けた文が、フードの下からアリスを見つめる。
    「思い出して。あなたが学園に来てから、どうやって絆を作っていったかを。六六六人衆の自我程度に押し潰されるようなものじゃないでしょ、それは!」
     この場に来た縁ある者だけでも、語りきれないほどの思い出と絆を持っているはず。それに――。
    「はじめましてですね……八葉さん。あなたと絆を結びたくて来ました」
     新たに絆を結びたいと思い集まった者達だっているのだ!
     凜は空凛に帯を遣わせ、傷を癒やしてそ守りを固める。そして視線を文に固定した。
    「あなたがあなたであるための証は、誰かから無理に奪うものじゃない。自分がもともと持ってる感情と、みんなから受け取った記憶や想いが、合わさって初めて「自分」が出来るの」
    「貴女とは初めましてになるわね。私も学園に来て多くの出会いを経て絆を結んで来た一人よ。でも今の貴女は間違ってるわ」
     凜の言葉を次ぐように、断罪するように鈴音は告げて、文の死角へ入り斬りつける。そして再び文から距離を取った。
    「部位を置き換えて成り代わったとしても、自我を得る事も絆を結ぶ事も出来ないの」
     それは、誰かが『ダークネスである文』に教えてあげなくてはならないこと。
    「自分が今迄築いてきた時間と、八葉さんが出会った人達の想い。それが合わさって「八葉・文」は形成されているの!」
    「……、……」
     相変わらず文は無表情だ。だがフードの下の視線は鈴音の方を向いている。
    「武蔵坂に来る前の八葉さんの過ごしてきた時間、それは彼女にしかわからないけど、心の奥底にはきっと計り知れない孤独が有った筈」
    「……」
    「それでも此処に来て数多の出会いの中で、彼女は自分らしさを見つけたのかも。そうでなきゃ、仲間達の為に対価を支払う事なんて出来ないわ」
    「文ちゃん……」
     結月が赤い標識を振り下ろす。文を、取り戻すために。ストレリチアが、蹴撃を決めて文の前に舞い降りる。
    「文さん、あのバベルブレイカー……アインハンダーはどうしましたの? 専用のものが出来たって、嬉しそうにされていたではありませんか……!」
     嫌でも文の視界に入るのは、ストレリチアが装備しているバベルブレイカー。これまで蓄積された傷と言葉が、文の中の『本物の文』を揺らす。
    「よもや元ちょーほー部の仲間とこのような形で出会うとは夢にも思わなんだ」
     後押しをするのはシルビアの声。
    「そなたは誰で、そなたの前にいる者達が誰なのか思い出すのじゃ! 忘れたとはいわせぬし、思い出させてやるのじゃ。あのちょーほー部での輝かしい日々をといつつトナカイキィィィック!」
     シルビアの一撃に続くようにユリアが呪いを放ち、陽和や朔夜が攻撃を当てていった。

    ●あなたがあなたであるために
     徐々に、こちらの攻撃も当たるようになった。その分、文の攻撃も容赦なく灼滅者達を傷つけたが、文と絆で結ばれている者を支援するように新たに絆を結びに来た者達が動くことで全体が保たれていた。
    「八葉さん!」
    「文さん!」
     リャーナや空凛が、道標となるように名を呼びながら攻撃を続けている。
    「絆。絆ねぇ。別個の両者がある限り、そこには絆が生まれる。関係性と言い換えてもいいかしら? 感情、利害、衝動、計算。皆、誰もとつながって動いている」
     文の攻撃を受け止めて、アリスが語り始める。
    「自我が薄いというのなら、きっと誰かの操り人形だったのね。そこにだって、支配と従属という絆があるわ」
    「……」
    「私は、家族と作った絆が一番大事。文さんにもそういう絆があったんでしょう? なら、取り戻さなくちゃ」
     アリスの『光剣『白夜光』』が文を強化ごと断ち切る。
    「貴女のやり方では記憶など得られないし、成り代われもしませんわ。文さんの中で、今一度考え直してはいかが?」
     告げて文の身体に杭を打ち込んだストレリチア。文の変化に一番初めに気づいたのも、接近していた彼女だ。
    「文さん……」
    「……羨マシイ……」
     表情のないフードの下のその瞳からは涙が流れ落ち、頬を伝う。キラリと陽に反射したことで、全員がその涙に気がついた。そして、呟かれた言葉も。
     届いているのだ、今までの自分たちの思いが。初めてその実感を得ることができて、嬉しくないはずがない。
    「今まで直接の関わりがなかったとしても、その人を思う気持ちが強ければ、新しい絆を作ることは出来るはず……今までわたしが助けてきた人たちもそうだったように。だから八葉さん、あなたにも還ってきてほしい」
     新たな絆を紡ごうとする凜は、アリスを癒やしながらも言葉を止めはしない。
    「絆を示すものはあなたの中に既にあるはず。八葉さん、あなたの中の「八葉・文」を思いだして!」
    「八葉さん! 貴女と絆を結んできた仲間達の事をどうか思い出して! そして私も、貴女と絆を結びたい!」
     叫びのような鈴音の願い。漆黒の弾丸が黒いローブに吸い込まれるようにして文の身体を穿つ。ユリアが紡いだ旋律を文へと向ける。
    「これからも素敵な思い出を作る為にも戻ってきてください!」
     彼我の距離を詰めた蒼香の、豊かな胸が揺れる。それほどに勢いをつけて、蒼香は影を宿した拳を振るった。
    「文ちゃん、これからもいっぱい思い出詰めていこう。この手を取って。もっといろんな文ちゃんを見つけよう?」
     差し出した手をそのままに、結月は甘く誘うような歌声を文へと。
     涙を流しながら戦っていた文の身体が、ぐらりと揺らいだ。
    「あ、わ、わっ」
     慌てるリャーナと素早く反応した蒼香が崩れ落ちる文の身体をすんでのところで抱きかかえる。
     文の瞼がぴくりと動く頃には全員が彼女の顔を覗き込んでいた――そして。
    「お帰りなさい!」
     それは一番告げたかった言葉。瞳を開けた彼女が何か口にするより先に、誰からともなくその言葉を口にしていた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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