武蔵坂防衛戦~血と過去を刻む鍵盤

    作者:那珂川未来

    ●紅の魔と
    「あけましておめでとう。今年もどうぞよろしくね。年をまたいでの相談、本当にお疲れさまだったね」
     仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は年初めの挨拶を終えた後、今まさに迫っている危機を灼滅者に託そうとしていた。
     シャドウとの決戦も近い予感を感じさせる中、ダークネス勢力の減少等に伴い当然の様に出てきた、他勢力との関係――牽制や探りだけならまだしも、背後を突かれる可能性は一番高い相手、朱雀門との共闘交渉にこぎつける。
     その結果、爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせて大軍を率いて武蔵坂に攻め込む計画があることが判明し、朱雀門の会長からは『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという情報を得る。
     そして『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認』すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せてくる手筈となっているのだ。
     武蔵坂の選択肢は3つ。
     1つ目は、先鋒である朱雀門全軍を撃退する作戦。
     2つ目は、先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出して、爵位級ヴァンパイアの軍勢をできるだけ多く撃破する作戦。
     最後は、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後にだまし討ちにして、その後、侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破する作戦。
     どの選択肢にも、大きなメリットとデメリットが共存し、きっと灼滅者達の頭を悩ませたことだろう。
     そして――。
     
    「開票の結果、朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアを誘き出して灼滅する作戦を取ることになったよ」
     来るべきデスギガスとの決戦時に、爵位級ヴァンパイアからの襲撃があれば、防ぎきることはおそらく不可能。危険でありながらも乗る。今まで互いに流した血を決して否定はしない。ただ今は過去を刻み、そこから未来を掴み取ろうとする、それは勇気ある決断だったと思うよ、と沙汰は言った。
    「この戦いで、数多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅する事ができれば、のちの爵位級ヴァンパイアとの決戦に挑んだ際、かなり優位に立つ事になると思う。――ただ、皆が懸念している通り、朱雀門高校の戦力が裏切った場合は、尋常じゃない被害を被るだろうしね……だから、警戒はしておくのはアリだと思うね」
     計画通り迎え撃つことになるだろう相手は、爵位級ヴァンパイアの有力な敵は、『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』であると想定される。
     この有力な敵に、配下の吸血鬼や眷属などが従っているらしい。
    「今ここに居る皆が、一つのチーム。皆で話し合って、作戦目標を決定して欲しいんだ」
     場合によっては他班との連携が必要になるだろう。
     何故なら、爵位級ヴァンパイアを撃退するには、3~5チーム以上のチームが力を合わせなければ撃退する事は出来ない。もちろん黒の王となれば5チーム必須と予想される。
     しかも灼滅を目指すなら、更に倍以上の戦力が必要だろう。勿論作戦によってはより少ない人数で灼滅に追い込む事が可能だろうが、それこそ他班との綿密なやりとりが必要になるかもしれない。
    「爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断できるか否か――それが成否のポイントになるかもしれないね。地の利は確実にこちらに在るわけだし――」
     上手く追い込むなり、隔離するなり出来れば、上々だ。
     
     沙汰は、この決断へと赴く一人一人の顔を見ながら、
    「きっと、この選択は間違いじゃなかったと言える様に。誰も後悔しないように」
     大丈夫、きっと君たちならできるって――そんな目を向けて。
     信頼を全て君達に預けて、言う。
    「また、ここで会おう」


    参加者
    秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    桜田・紋次郎(懶・d04712)
    神西・煌希(戴天の煌・d16768)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)

    ■リプレイ


     今其処は、風の消えた場所。
     露払いに先行した班の戦闘音がびりびりと鉄骨に響いている。
    「――霧相手か」
     漆黒の瞳が落ちる斜光を映すなり、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)は独りごちる。ダークネスであるからには攻撃が全く効かない等と言う事はないだろうが、得体のしれない能力があると聞くなら必然と緊張感も増す。
     無言ながらも桜田・紋次郎(懶・d04712)が目張りされた通気口へ目を向けた意味も、まさに霧や霞の如く、予測できないものを警戒してのことだろう。
    「……先行班、壊走したかもしれません」
     莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は、無線機に繋いだイヤホンを押さえながら。切迫した茶飲み友達の蓬野・榛名の声――今は無念の撤退ながらも、あくまで奇襲作戦を生かそうと敵軍を誘い込んでくれている状況が、一方通行で送られてくる様子を、苦しげな声で周知した。
     はぅと息を飲んだフリル・インレアン(小学生人狼・d32564)だったが、ぐっと帽子を押さえて動揺を閉じ込めようとする。
     家鳴りに混じるように過去が啼く。レンズの向こう、遠い記憶の残照がちらついて、秋篠・誠士郎(夜蒼鬼・d00236)はゆっくりと息を吐いた。
    (「今までの何度も危機を経験した。今回も必ず乗り越えてみせるさ」)
     護るべき『場所』を『吸血鬼』の手から守るため、手に馴染んだ得物を握りしめる。
     そして、駆け抜ける旋風が引き連れてきたものは、血と、過去の亡霊。現代に目覚めし爵位級ヴァンパイアの一人、無限婦人エリザベート。ニライカナイで獲得したろう淫魔達と共に。
     彼女の軍勢は、朱雀門高校の攻撃が効いていると判断しているのだから、其処に完全なる油断もあったのだろう。進軍の勢いは、完全に奥へと向いている。
     ――今、と誠士郎が理解するよりもその身が動いたのは、全ては経験と勘がそうさせたと言ってもいい。
     先行班の傷にエリザベート軍の戦力を垣間見て。不安も気負いも、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は誤魔化すことなく胸の内に抱きながら。けれどいつものように輝く表情は曇らせることなく、
    「ヨウコソ、けどこれ以上は行かせへんヨ!」
     誠士郎の矛先が生み出す深い空の様な蒼い残影に、朱那の背後に幾重にも広がるベルトはまるで虹を描くが如く。そこへ漆黒の影を落とすのは、煉夜の解き放つ黒死の刃。
    『――まさか、罠ですか?』
     切り離された鮮血を見送ったあと。エリザベートは、霧に霞んだかのように思考の掴みにくい瞳を、ゆるりと周囲に巡らせた。
     四方から、囲む様に布陣してゆく灼滅者達。好機の瞬間を連携にて掴み続ける様に、間髪いれず繋げてゆくのは神西・煌希(戴天の煌・d16768)。ビハインドのニュイ・ブランシュ(以下ニュイ)が揺らす純白の気を霊障波へと変え、放つなら。
    「さあて、行かせてもらうぜえ!」
     弾丸の輝きに並走する、青味がかった影の狼。煌希が零す不敵な笑みの号令と共に、その爪が闇を喰らう。
     刹那も置かず、想々は赤のリボンたなびかせ、夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の放つ影の獅子の背を渡るが如くエリザベートへと迫りながら。
    (「今の私が、やり遂げなくちゃいけないこと――」)
     例えそれが無茶であろうと目の前にあるなら全力を尽くすのみ。前方の班の繰り出す連携が決まったなら、攻撃の波を止めぬよう、踊る獣と赤の一閃。
    『成程。私たちは誘い込まれた様ですね』
     やるものです、と零す彼女から立ち上る霧のようなサイキックが、瞬く間に体育館の中を飲み込んだ。エリザベートの指示のもと、配下の軍勢もまた、四方に別れて反撃に繰り出す。
     霧を払うように庇い立った治胡の腕に、肌を溶かすかのような痛みが広がる。
    「この霧、命を喰らうってか」
    「そのようですね」
     治胡は傷口をさすりながら、涼しげな顔をしているエリザベートを見据え。頷く誠士郎は腕の血を払いつつ低く声を響かせる。
    「次、来るぞ」
     先とは違う色の霧の発生に、端的に注意を飛ばす紋次郎。毒に当てられた朱那へと、即座に無聊の青き炎の先端から、障壁のリング飛ばして。
    「毒とドレイン、しかも広範囲。完全に集団を想定しているな」
     重厚な得物を構えなおす煉夜は、ひしひしと感じる爵位級の脅威を如何に追い込むか、その隙間を見つける様に鋭い目つきで現状を把握してゆく。
    「攻撃と同時に回復するってなら、長期戦にもつれ込む前に決めなくちゃならないかもしンねー」
     治胡はシルキーたちのモップの一つを上手くいなしつつ、気張るぜと、同じポジションの煌希と誠士郎へ視線送る。
     撤退のみに甘んじず、優先的にエリザベート本人を狙うのがこの四班の全体方針。
     露払いに向かった先行班の討ち残した配下はまだたくさんいるが、決して攻撃がエリザベートに届かぬことはない。抜けて、近接もできる。奇襲も成功しているなら、全班優先順位そのままのとおりエリザベートだ。
    「望むところってなあ!」
    「傷は、お任せください」
     ストリートファイターの生きがいを見せる様に煌希は不敵に笑う。先程までは緊張で強張っていたフリルも、今は熱き白焔で霧を払うように掲げる両手は凛として。
     愛らしく吠える花の浄霊眼、駆ける朱那のworld of colorが描く美しい極彩色が曇らぬように、その身を支える。
     優美に漂う霧の世界は幻想であるが。急速に命を喰い潰してゆく様は、化け物そのものだろう。
     しかし今のところ、ニライカナイで見せた霧化などの類はしてこない。
    「……戦闘向きではないんか? すでに晒してるんやもの、隠す意味なんて……」
     六花の弾丸放ちながらも、想々の思考は警戒も怠らない。
    「ウン、まったくない。きっと惑わせる為のもんやろね。不意打ちや潜入向けなんだヨ!」
     目張りは無駄じゃない、朱那は自分たちの対策に間違いはなかったんだと。
     しかし少しずつ疲弊が溜まってきている灼滅者達。少しでも活力を取り戻せるように。空を駆けながら、美しい雪色の弾丸撃ち出した。


    『奇襲は見事なものでした』
     けれどそれでだけでは勝てませんよと言いたげに淡く笑うエリザベートが命を蝕む霧を放てば。
    「勝つ、とは倒すだけが全てではない」
    『ええ、勿論そうです』
     したたかに狙ってゆく煉夜の刃と、霧の様に笑う婦人が血の生まれる音を鳴らす。
    「貴女のお気に召したようでなによりですが」
     霧散しろと言いたげに連なる想々が聖歌響かせ放つ砲弾、脇を掠めて行くものの。着地ざまを狙う蛇執事の攻撃が、初めて想々に膝をつかせた。
    「きゃんっ」
     花が心配げに送る癒しの眼差しに想々は礼を言うと、エリザベートを見る。奇襲を身に受け、更に狙い定められようとも、余裕を見せながら、毒霧をゆらめかせる様こそ――。
    (「これが、爵位持ちである、ということなんやな……」)
     この身に流れる血。口の中いっぱいに広がる。
     想々は、『なにものにもなれなかった』あの時の悔しさが何故か重なって、唇噛みしめる。
    「うう……!」
     再び生まれる毒霧に苛まれ、フリルは思わず口元押さえた。けれど、この後のデスギガスとの戦いを機に襲撃されるものを考えれば、けっして負けられないから。
     必死に立ち、仲間を支えるフリル。只管白き癒しの炎を燃やすが、術を向上させたが故に、輝きはまるで自分の命を削っているかのようにも見えた。
    「しっかりしろフリル! ――ってうっせー、指示されなくてもなくてもわかってンだ」
     只管縛霊手の祭壇より癒しの光を生みだす治胡の横で、右から来るぞと顎しゃくりつつ、しょうがないからこっちのフォローはしてやるみたいな体でリングを飛ばしている相棒のウイングキャットに悪態付きつつ、その身でシルキーの一撃を止めて。
     ぜいぜいと肩を揺らし、治胡は血を拭う。ダメージ分散し、なんとか皆立っているものの、あくまで頭数はいるというだけだ。
    (「疲弊は、深いか――」)
     そう自覚しながら、冷静に得物を構える煉夜の、愛用のインバネスコートの中で密やかに零れる血は、もう軽視できないほどなのだ。
     一班は先行してすでに決壊。残る四班でできることは撃退以外ない。しかし奇襲からエリザベート軍を攻撃するのではなく、エリザベート本人の優先度を上げた結果、確かにエリザベートには着実にダメージを重ねているものの、こちらの疲弊の方が大きい。
    (「どのみち配下潰しをしたところで悪手、かね……」)
     全体の足並み乱すわけにはいかんかと、紋次郎の予感は誰もが感じているもことだ。このままエリザベートに深手を負わせる方が、撃退の確率は高い。
    「可能性があるなら、諦めへんヨ!」
     血が出ていない部位を探す方が難しい。けれど。
     いつも通り、笑おう。
     どんな時だって。
     朱那はそうやって自分を奮い起し、自分で在り続け、自分の大事な場所に極彩色の煌めきを描き続けたから。
    「勝ちましょう!」
     フリルは意志だけがこもった声を上げ、鼓舞する様にと誇り高き白狼の命の炎を霧に押し負けないように広げる。
    「モンジロー」
     朱那が跳躍しながら打ち出す七色ベルト、無言で一瞥返す紋次郎は赤から青へと変じる炎を前へとかざし。
     天使の梯子の様に、幾重ものベルトが振り落ちる中。青く燃える円環が肉薄する。
    『小賢しいですこと』
     喰らった一撃に鼻を鳴らし。次なる連携を払いのける様に、全体へと向けられる捕食の霧。心許無い灼滅者の体力を一気に貪ろうとしている。
     か細い悲鳴が上がる。
     ――花。
     目の前で自身を庇い、霧の中に溶けてゆく相棒を想いながら。誠士郎は宵の夜蒼に瞬く彗星のように、爪先を奔らせる。
     追走する赤色の輝きは、想々の放つベルトの先端。それは鮮烈な手応えを感じたものの。
    『愚かね。引き際を心得ていないなんて』
     斬撃に滲む赤にすら意に返さない瞳。
    「……これでも、まだなのか」
     冷静に相手を計るものの、肩を上下させる誠士郎の脳裏に浮かぶのは――敗北。
    「は、うっ……!」
     毒蛇に噛みつかれ、フリルの落ちゆく意識を受け止める煌希だが、再び噴き上がる霧は待ってくれない。
     煌希は喝を入れる様に癒しの風で何とか繋ぐものの。目的の遂行を淡々と狙うエリザベートは、灼滅者を命の危険に追いこむ様な事はせず、ただ生命力を奪い取る霧で灼滅者達を更に追い詰めてゆく――そんな時。
    「闇堕ち……した、灼滅者の……一人が、増援として……来るよ!」
     シャオ・フィルナートの割り込みヴォイスからの伝達が届いて。
     その意味を飲みこめなかったエリザベートはすっと目を細め、
    『――あら?』
     誰かしくじったかしらと零した刹那。
     灼滅者は、よく知るカミの風を体感する。
     しかしそれは、ヒトではなく。
    『雑魚には興味が無い』
     暴風が如く其処へと現れた羅刹は、ただ通り道にいた石ころでも蹴飛ばすかの如き勢いで、蛇執事の頭を壁まで刎ね飛ばし――。
    『エリザベートとやら、貴様の首を斬り落としてやる』
     朱雀門学園に下った詩夜・沙月(銀葬華・d03124)が、援軍として現れたのだ。


     ――あの髪の色。
     ――あの瞳の色。
     ――嗚呼、思い出すは一族の……。
     沙月は無表情でエリザベートを見据えながら。しかし内に湧き上がる不愉快さを噛み砕くかのように、その桜色の唇から牙を覗かせると、雪降る夜を思わせる磨かれた刀を構え。
    『行くぞ』
     蒼き瞳で一瞥する程度で、はっきりと態度に表れたわけではないが。それは爵位級との戦いを援護しようという強い意志。朱雀門の援軍だと悟られぬよう、少ない言葉数で伝える真意。
    「ああ」
     煉夜は咄嗟、雪花纏い吹雪の如き勢いで踏み込んでゆく沙月に合わせる様に、砲口から氷結の弾丸を打ち放ち、
    「詩夜を援護しよう」
    「ニュイ、いくぜえ!」
     血を拭いながら飄と笑い、煌希は彼女からの輝きを背にして――。
    『エリザベート様をお守りしろ!』
     そう怒号を上げる蛇執事の顔面へと、自身の足を模したかのような斬影刃で深々と切裂いて。
     今できる事は、気持を完全に合わせることできずとも、遮二無二攻撃を繰り出す彼女のフォローをする様にこちらも適所へ攻撃をする事。
     せめて、その傷の手当てを受け持つこと。
    『貴様の霧ごと吹き飛ばしてくれる』
     一閃、二閃、打打発止と斬り結ぶ。沙月の銀盤のように凪いだ表情から想像できない、刃に乗った鮮烈な殺意は、身を切る極寒に等しき鋭さ。
    『そのような風を操る程度で、それが出来るとお思いかしら?』
     エリザベートは優雅にドレスを翻しながらかわしてゆくと、毒を含む霧をふっと吹きかけるようにして。
    「させねえ」
     咄嗟、味方へ庇い入る煌希だが――手放す意識、ただ任せたぜと最後まで瓢とした態度のまま。
     その意思を受け取る、死角突く様に奔る煉夜の漆黒の孤。
     妖艶に身を捻るエリザベートであるが。短いながらも重厚な音程響かせる、紋次郎の左手より巻き上がる無聊の炎の弾丸――逃がさんという意志そのものが、霧の様にゆらめく右肩に炸裂する。
     くらりと一歩足をよろめかせたエリザベートへ、すかさず低く、滑りこむようにして霧を抜けた沙月は、綻ぶ帯で霧ごと斬るかのように艶やかにたなびかせた。
    『闇堕ちした灼滅者……一人とはいえ厄介ですわね』
     頬に傷を貰い、エリザベートは呟く。
     そしてしぶとい貴方達も、そう言わんげな目へ治胡は挑発的に笑い、癒しの光を展開しながら、
    「俺達の居場所と仲間を、テメーらに奪わせねーよ」
    「ええ、失わない為にも――」
     灼滅出来ない悔しさを噛みしめつつも、誠士郎の放つ原初の夜霧は攻撃手を鼓舞して。
     今度こそ命を食いつぶす程の勢いで前衛に霧が噴き、ディフェンダー陣は決壊する。
    「オイ、最後まで役に立ってみせねーと……」
     承知しねーと、治胡が腐れ縁のような相手に最後に零す生意気な顔。
     四方に残る灼滅者達の波が、暴風と共に荒々しく肉薄するならば。獅子の如く猛るウイングキャットが、捕縛の焔の魔法を。
    「やらせんよ」
     それを助けに、想々から伸びあがる赤が、暁の大地を描く。
    「霧の上で、空は輝くんだ!」
     そして朱那が振り上げた矛先、まるで太陽の様に光を放ち――!
    『これ以上は無意味』
     すっと、暴風の勢いに逆らわずまるで利用するかのように、霧は急に退きの姿勢に転じて。
    『逃げるか?』
    「まて、詩夜」
     侵攻は不可能であると判断したエリザベートを追おうとする沙月を、すかさず煉夜が止める。
    「流石に、これ以上は」
     無謀であると訴える想々。配下もまだ残っているのだ。だから、敢えて無理に退路を塞がなかった。
     今いる全員で追ったところで、返討ちだろう。悔しい思いは皆一緒。
     けれど撃退は成功し、最低限の目標は完遂しているのだから、これはちゃんとした成果。
    「……他は、どうなったかね」
     ぽつり、紋次郎が呟く。
     霧の晴れた窓から見える空は、とても美しく感じた。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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