武蔵坂防衛戦~選びし道は全て正しく

    作者:長野聖夜

    ●3つの選択
    「対シャドウに向けた朱雀門との交渉お疲れ様。皆が頑張ってくれたお陰で爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせて武蔵坂を襲撃してくることが判明したよ」
     北条・優希斗(思索するエクスブレイン・dn0230)が労う様に一つ息をつきながら話を続ける。
    「その結果として、朱雀門の生徒会長ルイスが、『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』と言う偽情報を流した上で先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという提案を持ち掛けてきた。彼の言葉によれば、『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認』すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せてくる手筈になっているらしい」
     このルイスから齎された情報に、武蔵坂学園が対応出来る方法は3つ。
    「先ず1つ目が先鋒である朱雀門全軍を撃退することだ」
     朱雀門全軍の撃退に成功すれば爵位級ヴァンパイアの軍勢が攻めてくることはない。
     しかし爵位級ヴァンパイアがデスギガスとの決戦時に介入してくる危険性が高くなる。
    「2つ目は先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出して、爵位級ヴァンパイアの軍勢をできるだけ多く撃破する事」
     つまり、ルイスが率いてくる朱雀門軍を、爵位級ヴァンパイア軍を灼滅する為に利用するということ。
     もしこれが上手く行けばシャドウとの決戦時の爵位級ヴァンパイアの介入を防ぐことが出来るだろう。
    「そして最後は、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後騙し討ちにして、その後侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破するという手段だ」
     ダークネスの灼滅という一点を目的とするならば、この作戦に成功すれば最大の戦果を得る事は出来る。
     しかし、朱雀門高校の軍勢及び爵位級ヴァンパイアの両軍を相手取ることになり、かなり危険な賭けであることは間違いなかった。
     そこまで説明したところで、優希斗が溜息を一つつく。
    「そこで、皆に年末年始で朱雀門に対してどう対応するか話し合ってもらい、その上で票決を取らせてもらった。その結果……」
     優希斗の言葉の続きを灼滅者達がそれぞれの表情で促した。

    ●利用するのはどちらなのか
    「……朱雀門高校の提案を受け入れて、爵位級ヴァンパイアを誘き出して灼滅する作戦を取ることになった」
     呟く優希斗の表情は複雑そうだ。
    「……デスギガスとの決戦の時に爵位級ヴァンパイアの襲撃があれば防ぎきることは恐らく不可能。そう捉えるならば、この選択肢もやむを得ない、といったところだろうな」
     溜息をつく優希斗であるが、程なくして軽く目を細める。
    「ただ……朱雀門高校の戦力が裏切る可能性はある。その場合、壊滅的な危機に陥る可能性が高いから、警戒は間違いなく必要になるだろうね」
     それから手元にあるレポートを捲り始めた。
    「朱雀門高校からの情報によれば、今回、爵位級ヴァンパイアとしての有力敵は4体と想定されている」
     ――バーバ・ヤーガ
     ――殺竜卿ヴラド
     ――無限婦人エリザベート
     ――黒の王・朱雀門継人
    「彼等其々に配下である吸血鬼や眷属が従い、軍として機能しているようだ。皆には朱雀門への警戒や、どの班が誰に攻撃を仕掛けるのかについてよく相談して決めて欲しい」
     尚、戦力的に見て、爵位級ヴァンパイアを撃退するためには1人につき、3班~5班が力を合わせる必要がある。
     灼滅の為には、1人につき、倍以上の戦力が必要になるだろう。
    「ただ……作戦によってはより少ない人数で灼滅に追い込むことが出来る可能性がある。その為には爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断出来るか否か……きっとそれが作戦成功の鍵になるだろうね」
     優希斗の呟きに灼滅者達が其々の表情で返事を返した。
    「今回の作戦は、多数決の結果だ。だから全員が納得しているとは少なくとも俺は思っていない」
     小さく溜息をつく優希斗。
    「ただ、相手はダークネスだ。警戒すべき相手であることは変わらない。ましてや、こちらの本陣に乗り込むと提案してくる相手なら尚更ね。それと……この学園の中で誰かが皆が無事に戻ってくるのを待っていることは忘れないで欲しい。……気をつけて」
     優希斗の呟きに背を押され、灼滅者達は静かにその場を後にした。


    参加者
    寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    戦城・橘花(なにもかも・d24111)
    琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)
    獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)
    エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)

    ■リプレイ

    ●開戦
    「黒の王部隊が動き出したわ」
    「分かったよ」
     偵察の為に先行していた各務・樹の無線連絡に顔の右半分をお面で覆った琶咲・輝乃(紡ぎし絆を想い守護を誓う者・d24803)が返す。
    「輝乃、今の……」
    「うん。黒の王軍、入って来たって」
     物陰に隠れていた鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の問いに輝乃が頷く。
    「これで武蔵坂防衛戦も、3回目ね。……何時も吸血鬼相手の気がするけれど、気のせいかしら」
     エリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)が瞳に宿した決意と共に呟いた。
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)が見やると自然目が合い、僅かに微笑みが零れた。
     ――以前、武蔵坂を共に防衛した時は。
     口説いてくれた女の子という縁だったのだが。
     今では、一生を共にすると誓った愛しい人。
    (「護れたらいい」)
     彼女が常に自分らしく在れる様に。
     そのさくらえが彼女に向ける視線が、かつて死に別れた一対の夫婦の姿と重なり、獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)は、無意識にその足に装着する罪を背負って前に進む覚悟を示すOath of Thornsを見つめていた。
     その時……。
    「まずいな」
    「確かにまずいですね」
     姿を現しつつある黒の王の軍勢を見つめながらそっと呟く戦城・橘花(なにもかも・d24111)に同意するように、寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)が目を細めて首肯した。
    「さて、困りましたわね……」
    「完全に不意打ち対策をしているみたいだ」
     ミルフィ・ラヴィットが眉根に皺を寄せると、居木・久良も表情も硬くなる。
    「奇襲を仕掛けるつもりだったけど……隙なさそうだねー」
     赤星・緋色が小さく首を横に振る。
    「ならば、正面から戦うまでっす」
     緋色の囁きに天摩が答えると、安藤・ジェフも、
    「ドイツの名将ロンメルのように、継人が最前線で指揮をとるタイプなら奇襲も狙いやすいですが……後ろで動かないなら、大阪夏の陣のように急襲するまでです」
     と、殲術道具を構え。
     正面で対峙する事も想定に含めていた平・和守は沈着を崩さず、
    「黒の王と対峙する五隊のうち、2隊は先に挟撃の為に動いている。此処に居る3隊は彩瑠の班を中央に、右翼に森田班、左翼に俺達が布陣して敵と正対し、挟撃班と合わせて三方から攻撃しないか」
     当初より5班では灼滅に至れぬ事を承知した上での配置の提案。
    「うん。それでいい」
    「爵位級が相手だものね。不満はないわ」
     輝乃とエリノアが当然の様に応じ、
    「私も……。私達も提案に異存はありません」
     森田・依子のはっきりとした返答に、では、と和守が頷き返す。
     程なくして、黒の王の軍勢がその姿を現した。
    (「今っす!」)
     天摩が、左翼班の戦友、白石・明日香へとアイコンタクトを送る。
     右翼班の依子も2人と目線を合わせ、微かに、だけど確りと頷いた。
     上空から俯瞰すれば羽を広げた不死鳥の様に見える布陣を敷いた灼滅者達が、エリノアを先頭に、雄叫びを上げて戦場へと駆ける。

    ●死闘
    「慄け咎人、今宵はお前が串刺しよ!」
     先陣を切ったエリノアの槍が螺旋状の渦を巻いて目の前のミストレスブラッドを突き刺す。
     彼女たちの前にいるのは、3体のダークネス。
     2体は右腕を血の色を帯びた銃に変えた、翼をもつ女。
     1体は、全身を真紅に染めた巨漢。
    「こちらの防御を犠牲にしてまでの爵位級の撃破作戦……指揮官である黒の王は灼滅は難しいゆえ撃破優先度は下がりますが……放置するわけにはいきません……。わたしたちがなんとか撃退してほかの爵位級を撃退する方々の楽になるよう努力しましょう!」
     宮代・庵(中学生神薙使い・d15709)が声を上げながらダイダロスベルトを射出、天摩の守りを固める。
    「行くよ」
     さくらえが寂静でエリノアに貫かれた女を袈裟懸けに斬り裂き自らの身に聖戦士の力を宿した。
    「さあ行くぞ!」
     橘花がさくらえに続いて彼女の周囲に爆薬を展開。
     爆発による火傷に臆することなく女が狙いを定めて庵を撃つが、ミドガルドがその攻撃を受け止め機銃で応戦。
     天摩がほぼ同時に、援護射撃を放っている。
     その攻撃から彼女を庇った巨漢がその腕を大きく振り上げエリノアに叩きつけようとするが、さくらえがその攻撃を受け止める。
     ――今度こそ、闇に頼らず護り抜く。
     心中に誓った想いと共に。
    「火線を集中させるぞ!」
     脇差が指示を出しながら、巨漢の死角から飛び出し女性を穿つ。
     輝乃の放った虹翼の守護帯がさくらえの体を覆い、傷を癒しながら守りを固めた。
    「そこ、失礼します!」
     すかさず嘉月が流星の如き線を描いた回し蹴りを叩きつけ、攻撃の集中していた彼女の足を砕く。
    (「他の各爵位級班が彼らを撃退或いは、灼滅するまでの時間を稼がなければ……!」)
     後退しながら思う嘉月に向けて、足を砕かれた吸血鬼が銃撃を放つ。
     その一撃にはスロットルを全開にしたミドガルドが防御するが、巨漢がミドガルドへと紅色をした爪を叩きつけた。
     更にもう一人のミストレスブラッドが、漆黒の弾丸を撃ちだすが……それは庵のダイダロスベルトが巻き取った。
    「流石、わたしですね!」
     当然といった表情のままラビリンスアーマーで天摩を癒す庵。
     エリノアが閃光百裂拳を傷だらけの彼女に叩きつけようとするが、それには巨漢が対応し前に飛び出した。
    「脇差、橘花」
     エリノアの攻撃に巨漢が割り込んだ隙をついて、輝乃がシールドリングでさくらえを癒し、脇差が巨漢の懐に潜り込んで、彼に守られた傷だらけの彼女を月夜蛍火で斬り裂き、橘花が、対六六六式抹殺用軍様式居合刀で逆袈裟に斬り裂いた。
     更にさくらえが膝蹴りを叩きつけ、天摩がOath of Thornsで星の力を籠めた踵落とし。
    「打ち払います!」
     嘉月がその隙を逃さず腕を変貌させ、強烈な一撃を叩きつけた。
     度重なる連携攻撃に膝をつく女を、もう一人の女が深紅の鎧を生み出し回復。
     傷を癒された女は、反撃とばかりに深紅の弾丸をエリノアに向けて放ち、容赦なくその身を射抜こうとする。
     咄嗟に庇おうとするさくらえの前に巨漢が立ち塞がり、血の様に紅い竜巻を撃ちだし、彼の守りと体勢を崩させた。
    「そう何度も守れると思うな」
    「くっ……」
     連携に連携で応戦してくる巨漢達に、さくらえが僅かに眉を顰める。
    「こっちだ!」
     脇差が彼の頭上を飛び、上空から刺すような殺気を叩きつけた。
     放たれた殺気が刃となり、吸血鬼たちを貫いていく。
    「輝乃、頼むぜ!」
     脇差の指示に輝乃が星輝扇に込められた魔力を放出し、大爆発を起こす。
     突然の大爆発に、傷を負った女がよろけたその隙をついて、エリノアが蹂躙のバベルインパクト。
     放たれた杭に貫かれ、地面に串刺しにされたところに橘花が火車でグラインドファイア。
     そこに天摩が詰め寄り建速守剣でその身を薙ぎ払う。
     ミドガルドが体当たりを巨漢へと敢行して生まれた隙をついてさくらえがその場を離脱、滑るように加速して彼女に接近、摩擦によって帯びた炎の蹴りを叩きつけた。
    「ぎゃぁぁぁ!」
     炎によって傷だらけの女が焼き尽くされる。
     ……まるで、その悲鳴に呼応するように。
     後方で強大な闇を纏った雷が落ちた。
     恐らく、継人と奇襲班が交戦したのだろう。
    「急ぎましょう!」
     庵がさくらえを癒しながら叫ぶ。
     この防衛線を突破して奇襲班と継人を挟撃出来なければ、これまでの努力は水泡に帰する。
     しかし、一体を灼滅されても尚、先鋒として派遣された彼女達の勢いは衰えることなく、ジリジリと体力を消耗させられていく。
    「ちっ……!」
     長期戦で足がもつれて転びかけたエリノアに傷だらけの巨漢が襲い掛かり、ミドガルドがその盾となって消滅。
    「そこだね」
     消滅していくミドガルドに一礼し、幾度かの凌駕を経験したさくらえが星の力を帯びた膝蹴りを叩き込み、脇差が彼の背後から飛び出し死角から急所を斬り裂き、橘花がグラインドファイア。
    「そこっすね!」
     天摩が幾度目かのグラインドファイア。
     全身を炎に焼かれる巨漢の急所をエリノアが螺穿槍が貫いた。
    「この、俺が……」
     槍に串刺しにされ、巨漢が遂に倒れ伏す。
    「荒ぶる壁よ……!」
     一方で、まだ生き残っていたミストレスブラッドも嘉月が五芒星の攻勢防壁を作り出して女の自由を奪い、庵が勢いよく獣化した腕を振るって叩き潰した。
    「これで完璧ですね!」
     ミストレスブラッドに止めを刺した、庵がえへん、と胸を張る。
     ――だが……。
    「まだまだいるぞ……!」
     迫りくる軍勢に脇差が叫んだ。

    ●灯の行方
     苦戦を強いられながらも3体の先鋒を灼滅した嘉月達の前進を止めるべく次から次へと継人の軍勢が襲い掛かって来る。
     他班も善戦しているが、統率された継人の軍勢による攻撃に一進一退の様だ。
     如何に地の利があろうとも、このままでは戦力を削り取られ力尽きるのは必定。
    (「打開する方法は……」)
     内心、手をこまねいていた脇差の無線に連絡が入ったのはその時だった。
    「不動峰だ。闇堕ち灼滅者の一人が増援としてそちらに向かった」
     それは、朱雀門監視班の不動峰・明の声。
    「了解だ!」
     【黙】から光刃を放ち敵の一体を斬り裂きながら、脇差が応える。
    「皆! もうすぐ増援が来る! 絶対に護り抜くぞ!」
     灼滅者と、ダークネスの共闘。
     それは、ダークネスとの共存を望む自分にとっては、願ってもないことだ。
    (「イヌガミヤシキ……あの時お前と結んだ絆は、この手の中に……!」)
     かつて武蔵坂学園に保護されたイフリートと援軍として駆けつけてくれる朱雀門勢力の闇堕ち灼滅者を想い、全身に熱が灯る脇差。
    「了解っす!」
     脇差の声に疲れ切った表情の天摩が返した。
     黒の王へとその手を届かせるには、まだ遠い。
     けれども、朱雀門からの増援が来るのであれば、或いは……。
    「清らかなる風よ……!」
     嘉月が、幾度目になるか分からない清めの風を吹かせ前衛を癒す。
    「ボクが皆を必ず守る」
     輝乃が煌めく星の様な光を帯びた茶色の扇を広げて雷を叩きつけ、一体を撃退。
    「弱音は吐かんぞ。お前達だけは絶対に通さん」
     黒の王の軍勢にサイキックを叩きこまれながらも橘花が呟き、小型爆弾を敵の周囲にばら撒き爆発させる。
    「まだよ!」
     爆発によろける敵を、エリノアがバベルブレイカーで貫き灼滅した。
     だが、その程度で臆するような軍ではない。
     敵部隊が巨大な腕を叩きつけてエリノアをなぎ倒さうとし、更に無数の深紅の弾丸が彼女を襲う。
    「護りぬく……」
     さくらえがエリノアを庇う。
     本来であれば、とうに限界が来て倒れている筈のその身を、ただ『護る』という意志のみで支えながら。
     立っているのもやっとのさくらえの為に苛烈な攻撃を続けるエリノアを庵の癒しの矢が回復。
    「此処で退くものですか……!」
     その様は、正に修羅。
     そして……。
    「助けに来たでぇ!」
     背後から関西弁の混じった声がかかる。
    「! 来てくれたか!」
     後方から現れた右九兵衛の姿に、喜びを隠せぬ表情の脇差。
    「まだ、負けられないっすね……!」
     増援にその背を押され天摩が辛うじて動く右足でスターゲイザー。
    「打ち払います!」
     蹴りを叩きこまれよろける敵に嘉月がその腕を獣へと変貌させ強烈な一撃を叩きつけた。
     継人の周囲に控えていた後衛の部隊が深紅の弾丸を一斉に嘉月へと撃ち出す。
    「させないっす!」
     天摩が、最後の力を籠めて両手を広げて仁王立ち。
     銃弾にその身を貫かれて倒れ伏した。
    「まだだ!」
     橘花が倒れた彼を飛び越えて、対六六六抹殺用軍葉式居合刀で、天摩を倒した相手を斬り裂き止めを刺し、僅かに空いた隙にねじ込む様に、輝乃が右腕を龍の腕へと変貌させて別の敵の身を引き裂いた。
     ――その時……。
    「黒の王……」
     目の前の敵を、残された力を振り絞って放ったクルセイドスラッシュで斬り倒したさくらえが声を上げる。
    「これなら、行けますね!」
     庵が元気づけるように声を張り上げ、傷だらけの輝乃を癒した。
    「もう少し……!」
     敵の攻撃を辛うじて捌きながらのエリノアの呟き。
     
     ――そうだ、やれる。

     右九兵衛の支援があれば、黒の王に一矢報いることが出来る。
     
     嘉月達が希望を見出した、その時。

    「ガ……ハッ……!」

     苦しげな呻きが、戦場に響いた。
     
    ●道の果てには
    「右九兵衛……?!」
     目を見開き、自分の後ろに立つ男への脇差の問い。
     その腹部を裁きの光条が貫いている。
     ――ボタ、ボタ。
     夥しい量の血が地面を叩く音。  
    「脇差!」
     状況に気が付いた輝乃の悲鳴の様な叫び。
    「どういうつもりですか、銀夜目さん!」
     血溜りの中に倒れた脇差に応急処置を行いながら叫ぶ嘉月。
    「朱雀門の裏切りか?!」
     問い詰めるような、橘花の言葉。
    「クヒャヒャヒャ!」
     右九兵衛の不気味な笑い声。
     その笑い声が、戦場全体に響き渡り、それまでの剣戟の音も何もかもを遮断するような、奇妙な静けさを生む。
     その静寂を、右九兵衛が駆けていく。
     その勢いに呑まれるように敵の軍勢もまた、彼の為に道を開けていた。
     そして、彼は辿り着く。
     ――黒の王、継人の下へ。
    「お前は一体、何だ?」
     目の前に現れた其れへの継人の問い。
     それに邪悪な笑みを浮かべる、右九兵衛。
    「黒の王さん、俺を雇ってくれへんやろか?」
    「ほう?」
     右九兵衛の言葉に、眉を動かす継人。
    「勿論、ただでとは言わへん。見返りは朱雀門瑠架の居場所も含めた武蔵坂の情報。手始めに、あんたのところの朱雀門、裏切ってるわ。このまま進めば、無傷の朱雀門全軍と戦う事になるで」
    「!」
     右九兵衛が告げたそれに、エリノアが思わず息を呑む。
    「右九兵衛さん、あなた!」
     庵の反応が、彼の言葉の何よりの証明。
     他の灼滅者達も其々に怒声を上げている。
     継人が……薄っすらと笑みを浮かべた。
    「お前の存在は不愉快だな、だが愉快な男でもあるようだ。よかろう、配下の末席に加えてやろう。皆のもの、この場より撤退せよ」
     継人の号令と共に軍勢が整然と、決して列を乱すことなく退いていく。
     右九兵衛もまた、してやったりと言った笑みを浮かべながら、継人と共に悠然とその場を立ち去った。
    「……撤退した……か……」
     敵の軍勢が退いていくのを見送りながら呟き倒れるさくらえをエリノアが支えた。
    「脇差! 脇差!」
    「私がいる限り、絶対に大丈夫です!」
     輝乃の嗚咽に呻く脇差に心霊手術を施す庵。
     嘉月の手当てで意識を取り戻した天摩が橘花に支えられたまま首を横に振る。
    「……流石にこれ以上は、無理っすね……」
    「それでも、役目は果たせましたから。任務は……成功です……」
     嘉月の自分自身に言い聞かせるようなそれに、橘花が頷く。
    「そうだな。……闇堕ち灼滅者個人の警戒、もっと厳重にしておくべきだったか」

     橘花の呟きが、敵のいなくなった戦場で、虚ろに響いた。


    作者:長野聖夜 重傷:彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131) 鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382) 獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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