武蔵坂防衛戦~氷面鏡

    作者:中川沙智

    ●罅
    「シャドウとの決戦に先立って、朱雀門との共闘を目指して交渉に赴いた皆の話は聞いたかしら」
     結果として、爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせ、大軍を率い武蔵坂に攻め込む計画がある事が判明したのだ。
     灼滅者達を前にして、小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)は慎重に言葉を紡いだ。
    「朱雀門の会長からの情報として、『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるそうよ。そして『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認』したら、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せてくるっていう手筈になっているってわけ」
     灼滅者達が取り得る選択肢は3つある。改めて確認するわね、と鞠花は指を折る。
     1つ目は、先鋒である朱雀門全軍を撃退する事。
    「朱雀門を撃退すれば、爵位級ヴァンパイアの軍勢は攻めてくることはない。でも本当のシャドウとの決戦時に介入してくる可能性が高くなるわ。まあこれは自明の理ね」
     2つ目は、先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出して、爵位級ヴァンパイアの軍勢をできるだけ多く撃破する事だ。
    「要は朱雀門の会長の策に乗る、って形ね。この作戦が成功すれば、シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアが介入してくるのを防ぐ事が出来るわ」
     3つ目は、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後に騙し討ちにして、その後、侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破する作戦となる。
    「成功すれば最大の戦果を得る事が出来るだろうけど、かなり危険な賭けになるわ。万全を期さないと難しいでしょうね」
     それぞれのメリット・デメリットを鑑み、灼滅者達は話し合いと選択を行っていた。そしてどの作戦を選んだのか――それは既に判明している。
     
    ●澱
    「そんなわけで、皆も承知の通り、朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアを誘き出して灼滅する作戦に決まったわ」
     さてここからが本論だ。来るべきデスギガスとの決戦時に爵位級ヴァンパイアからの襲撃があれば、防ぎきることはおそらく不可能。この選択は止むを得ないと言える。この戦いで、数多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅する事が出来れば、爵位級ヴァンパイアとの決戦でかなり優位に立つ事になるだろう。
    「ただ朱雀門高校の戦力が裏切った場合は、大変な危機に陥るわ。警戒は必要かもしれない。立ち位置の判断は慎重にね」
     爵位級ヴァンパイアの有力な敵は、『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』であると想定される。この有力な敵に、配下の吸血鬼や眷属などが従っているようだ。
     皆で話し合い、作戦目標を決定して欲しいと鞠花は告げた。
     爵位級ヴァンパイアを撃退する場合は、3~5チーム以上のチームが力を合わせなければ撃退する事は出来ないだろう。
    「撃退だけじゃなくて、爵位級ヴァンパイアを灼滅する事を目指すなら……更に倍以上の戦力が必要になるでしょうね。ただ作戦によってはより少ない人数で灼滅に追い込む事が可能になるわ。やり方次第よ」
     爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断できるか否かが成否のポイントになるかもしれない。しっかり考えてねと鞠花は警告した。
     灼滅者達の選択の積み重ねが、明日へ続く道筋となる。
     ならばどうか悔いのないように。鞠花は灼滅者達の顔を見渡した。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
     薄氷を踏むが如きの歩みの果て、眩く光るものを掴めますようにと。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)
    吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)
    天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)
    辻凪・示天(彼方の深淵・d31404)
    烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)

    ■リプレイ

    ●錯綜
     ――バーバ・ヤーガの灼滅。
     それが、この班の目標だった。爵位級吸血鬼は自分達だけで倒せる相手ではない。そのため同じバーバ・ヤーガを狙う灼滅者で集まり、迎え撃つ手筈になっている。先程から無線機片手に吉沢・昴(覚悟の剣客・d09361)が索敵を行っている屋上班の灼滅者と話している。
    「了解した。すぐに向かう」
    「どのような方針になりまして?」
     会話を終えた昴の表情を御印・裏ツ花(望郷・d16914)が窺う。返って来たのは端的な報告だ。
    「予想されるバーバ・ヤーガの軍勢の移動経路を割り出したらしい。最適と思われる迎撃地点は、あるキャンパスの中庭だ」
     魔女バーバ・ヤーガの配下である鶏の足の小屋は、今回の戦いでも尖兵として動いているという。その数は多く層も厚いが、何より図体が大きいのが特徴だ。込み入った通路や細い道は通れまい。
    「だから進軍経路の選択肢が少なく、絞り込みに成功したってわけですね。お見事です。では急いで向かいましょう」
     煌・朔眞(秘密の眠り姫・d05509)が促せば、異論のある者はいなかったようだ。駆けだす寸前、睦月・恵理(北の魔女・d00531)は背を向けた校舎を見遣る。校舎内に幾らか細工を施していたが、他の爵位級対応や防衛を担う仲間の邪魔をしないようにしていたため負担になる事はないだろう。
     集合場所に到着したなら、既に他の班も揃っているようだった。総勢7チーム程だろうか。撃退には恐らく十分、灼滅も作戦次第では望める人数だ。
     逆に言うと敵はそれだけの質量を準備して向かってくる。接敵する相手の数も多くなるのは必然だ。
    「……となると、最初からバーバと配下の分断を狙うのは難しそうだな。配下に先陣を切らせるだろうし」
    「確かに……下手に俺達だけで突貫したら敵に包囲されて、各個撃破されるかもしれない」
     天宮・黒斗(黒の残滓・d10986)が静かに敵意を凝らせると、真柴・櫟(シャンパンレインズ・d28302)も眉根を寄せた。これが他の班と同時に切り込むなら別だろうが、生憎その擦り合わせは出来ていない。
     隙を埋めるべく、幾人かは仲間と齟齬あれば多数に準拠するという方針を打ち立てていた。それは班内に限らずバーバ・ヤーガ担当班全体、ひいては防衛戦に臨む灼滅者すべてにも適当されよう。であれば今ここで班単独で動く理由はない。
     爵位級は武蔵坂の陣が薄手になっているとみている。つまり偵察を放ったり搦め手を用いる必要がないというわけだ。質量で蹂躙すればいい、そんな相手に立ち向かうならどうするべきか。
     各班が配置につく中、烏丸・海月(くらげのくらげ・d31486)は念のための確認ですが、と小さな唇を開いた。
    「えと……それでは、奇襲は控えるという事で、いいのでしょうか」
    「そうなるな。ヒットアンドアウェイを試みるならともかく、ただ突撃するだけでは潰される」
     もう少し具体的に人員配置が出来ていたらまた違ったかもしれない。だが今それを考えても無為だろう。辻凪・示天(彼方の深淵・d31404)は敵が来るとされた方角を見遣る。なかなか複雑で単純な状況だな、そう嘯いたなら、その果てに土煙が昇り始めた。
     爵位級が学園の敷地に踏み込んでいる。その違和感と嫌悪感に殺気を立ち昇らせたのは誰だったか。
     先陣を切るのは他班に任せ、その上で敵の横っ面を叩くくらいなら出来るだろうか。班内で短く情報共有を終え、裏ツ花は気丈に前を見据えた。
    「参りましょう。護るために、勝ち取るために」
     各々、一斉に攻撃を食らわせるため殲術道具を構える。
     冬風が頬を撫でれば、その冷たさに一層気が引き締まる気がする。

    ●動乱
     襲い来るバーバ・ヤーガ軍の姿が次第に鮮明になってくる。
     鶏の足の小屋の姿はその名の通り、機械仕掛けの小屋に鶏の足が生えたもの。軍勢の進軍は怒涛、例えるなら獰猛なバッファローが群れを成して向かってくる様に似ている。恐らく魔女バーバ・ヤーガ自身は奥に陣しているのだろう。配下の数が潤沢であるなら、わざわざ前に出てくるわけもない。
     動く鉄壁のような勢いに海月は知らず息を呑んだが、臆する事無く凛と見定める。
     こちらにも多くの仲間がいるのだ。取り乱しはしない。息を潜める。まずは何体もいる鶏の足の小屋を駆逐しなければバーバ・ヤーガに肉薄出来ないと理解しているため、機を待った。一斉に敵軍に雪崩れ込む瞬間を、待った。
     勢いよく突出してきた小屋が一声高く鳴いた。
     応えるように他班の誰かが土を踏む。
     眩く道を照らすはサイキックの光。最前の小屋を襲ったそれを知らしめるように、朗々と声が響く。
    「さぁさ、私たちと遊んで下さいな! 構ってくれないと――酷いですわよ?」
     それが合図だった。進路を抑えた上でこちらが攻勢に転じれば、敵とて足踏みするだろう。何せ武蔵坂は戦力をシャドウに向けていたはずだったのだから。
    「……馬鹿が何処で暴れようがどーでも良いけど、ヒトのテリトリーに入ってくるなら話は別」
     殲術道具に指をかける。彼は地面を踏み締める。化け物――灼滅者である己を疎み、切り離す為学園でのみ使う名が『真柴・櫟』だ。
     そいつが愛着を持ってしまった場所と、忌むべき力を以てでも守りたいと思ってしまった、誰かを。
     護るべき時は、今。
    「行きましょう!」
     朔眞がしなやかに戦場を馳せる。狙うは敵の先頭集団からやや左方、風穴を開けるべく少女が掲げるはガトリングガン。無数の連射に鶏の足の小屋が叫びを上げた。
     続けざまに裏ツ花が飛び込む。槍に螺旋の捻りを加え体重を乗せて貫いた。その刹那、鶏の足の小屋のその奥に、もう一体――。
    「下がれ!!」
     昴が声を震わせると同時、飛んできたのは歯車だった。裏ツ花が体勢を整える間際を狙ったそれは、まさに首の皮一枚で遮られる。前に立ったのは、示天だ。身に着けた装甲に罅が入る音がする。
     前列すべてを薙ぎ払ったそれに対抗すべく、恵理は白き焔を展開させた。傷を埋めると同時に妨害能力を高めながら、静かに眉を顰める。
    「後列からも攻撃が飛んでくるなんて、厄介ですね」
     灼滅者達はサイキックの選定にも気を配ったため勿論後列にも攻撃は可能だ。しかし優先順位の策定を考えると、一体ずつ集中して倒すのがベストなのは間違いない。
     後列の攻撃は甘んじて受けて前衛の一体を倒すのに全力を尽くす、悔しいがそれが最善だった。
    「上等。小手先の諍い程度で終わるなんて思っちゃいない」
     黒斗がが手向けるは憎悪。冷ややかに燃えるそれを鋭利な刃として構える。ヴァンパイアという種を憎んで研ぎ続けてきた牙、防衛戦なのは残念だが――ここで一度、剥かせてもらおうか。
     一足飛びで駆ける。鶏足の足元に滑り込み、鋭角に斬り上げる。重い身体が揺らいだ隙を、櫟が踏みつけ蹴り上げる。摩擦によって迸る業火をもう一度踏み抜けば、ひときわ高く蒼焔が猛ける。
     しかし鶏の足の小屋も黙ってはいない。その逞しい足を櫟へ向け思い切り突き出してきた。攻撃直後の硬直を狙ったそれを避けきれず、鷲掴むように地面に叩きつけられる。喉から乾いた音が漏れた。
    「ぐっ……!」
    「い、今回復します……!」
     海月が祈るように指先を向けたなら、癒しの帯が疾走する。痛みごと包み込むように包んで、鎧と化して強化を齎す。
     こんな攻撃を連続で浴びたなら戦線が崩壊してしまう。迷う間はなかった。昴は中段に構えた刃を真っ直ぐに振り下ろして敵の足元まで到達させる。内側の歯車が欠けた。少しは攻撃を鈍らせられるだろうか。
    「……一体倒すだけでも一苦労だな」
    「本当に。こんなところで手間取ってはいられないんですけれど」
     昴の呟きに朔眞が唇を噛む。押されてはいない、だがまだ配下だけでも数多い。
     冬風は戦陣を駆け抜ける。まだこれからだと、誰もが理解する。

    ●転換
     ウイングキャットのリオが、海月の眼前で歯車を受け止めた。
     瞬いたのち感謝を込めて撫でたなら、癒しの鎧でさらに護りを付与してあげよう。その合間を縫いビハインドのイツツバが霊気を障害波にして鶏の足の小屋にぶつけて、櫟が踵から青い火花を迸らせた回し蹴りを見舞う。燃え上がる蒼炎に手応えを感じたその時、更に追撃が入る事となる。
    「無茶するなよ」
    「……ああ、わかってる」
     静かな闘志を戴くのはお互い様。昴が治癒の矢を黒斗に穿てば、黒斗がサイキックエナジーの剣で強化の膜ごと圧し斬る。
     相手がよろめく姿を見過ごしたりはしない。即座に敵前に舞い降りたのは朔眞だ。微笑みに仄かに潜ませる、哀しみ。
    「……大丈夫、次はいい夢を見られるわ」
     閃くは魔力の輝き、束ねたそれを小屋の中央目がけて叩きつける。破裂音が響いたなら、眼前の鶏の足の小屋が崩壊し、地に還った。
     回復の層が厚いため、敵の多段攻撃を容易に凌ぐ事が出来た。他の班より少し攻撃手が足りていない気もするが、このままのペースでいけば打倒も叶う、そう考えた時だった。
    「どういうことだ?」
     裏ツ花に霊光で癒しを注いでいた示天が顔を上げる。
     鶏の足の小屋が勢いを削り、突撃するのをやめたのだ。櫟が牽制も兼ねて十字架碑文から光の砲弾を放つ。氷結を齎すそれを小屋が受け止め、歯車を鳴らす。ギアチェンジで傷を塞ごうとしているようだ。
    「無理に突破するのはやめたって事か。頭を使わずにいてくれたほうがよかったんだけど」
     櫟の言葉で、敵が防御を固めた上で戦うスタイルにシフトしたのを各々が理解する。仲間に回復を万遍なく注ぎながら戦局を見渡していた恵理が、低く呟く。
    「このままではジリ損です。向こうに爵位級バーバ・ヤーガがいる以上、粘られたならこちらが不利になります」
     戦力的には拮抗していても、互いに消耗したのちに刈り取られたなら目も当てられない。ならば、と淡紫色の髪の少女が眼鏡越しに敵を見据え、前に踏み出した。
    「わざわざ朱雀門と取引してまで作った状況デース。成果を上げなければ何の為かわからんでゴザろう?」
     灼滅者達は顔を見合わせる。その間にも少女は刃を構え、切っ先でバーバ・ヤーガの喉元を指し示す。
    「狙うは敵将の首一つ!」
    「なら、いこうか。『歌え、サイレーン』。俺たちの道を、切り開きやがれ」
     黒髪を翻した青年が小屋に魔力を叩きこめば、一瞬敵の戦線が瓦解する。
     生まれた亀裂。
     それを逃して、なるものか。
     何としても倒す。こちらの本陣に攻め入った事を、後悔させてみせる。
    「バーバ・ヤーガを仕留めて差し上げます。いざ!」
     裏ツ花は巻き髪を靡かせ魔力を紡ぐ。そのすべてを凝縮して生み出したるは鋭き氷柱、槍を振り下ろせば空気を風を敵を裂く。傷口を凍らせればその後の手数が多いほど体力を奪えるはず。他の班も団結し、一斉に遠距離攻撃が轟く。
     攻勢は止まない。朔眞が伸ばした影で飲み込み、黒斗が放った光刃で切り刻む。回復に回っていた海月や恵理も攻撃に転じた。無数の光線や斬撃が縦横無尽に炸裂する。
    「やったか……!?」
     昴が吹き荒れる砂塵に目を細める。鶏の足の小屋も相当庇っているだろうが、すべてを防ぎきれるものではなかったはずだ。
     最奥の影が、揺れる。
     だが倒れない。
     血に塗れた魔女の声は歪まない。
    「またしても計算違いですか。いえ、これは裏切りですね」
     冷静な判断、そして迅速に下される決断。
    「ならば、これ以上の戦闘に意味はありません。撤退します」
    「――――!」
     歯を食いしばったのは誰だったか。長い髪を風に乗せ、バーバ・ヤーガは灼滅者達に背を向ける。

    ●歯止
     バーバ・ヤーガ離脱の時間を稼ぐように、殿の鶏の足の小屋達が再び突進を始めた。その攻撃を身を挺して受け止めた示天の肩を黒斗が飛び越える。
    「逃がすか……!」
    「ここまで身を切らせておきながら、逃げられ終りでは甲斐がありません!!」
     裏ツ花の顔から常の余裕が消えている。黒斗と裏ツ花はバーバ・ヤーガが逃げる事も想定に入れていた。出入口になる所を塞ぐ、退路に割込む、攻撃で押し戻す――そう思い描いていたが、それはバーバ・ヤーガ軍が小規模だった場合に可能となるもの。配下が未だ多く残っている状態では、少人数での逃走防止は現実的ではない。
     事前に数班で役割分担出来ていれば別だったかもしれない。悔しさに恵理が表情を曇らせるが、魔女と相対する魔女としてはここで諦めるわけにはいかなかった。
     絶体絶命の危機に陥ってはいないため、闇に身を委ねる事も出来ない。負った傷故か中庭に残る班に残敵を任せ、先に追跡している仲間の背を追う。駆ける、駆ける、駆ける。
     ようやく視界に入ったのは、先程対峙していた鶏の足の小屋よりさらに巨大な小屋が一体。さしずめバーバ・ヤーガの小屋といったところか。それと普通サイズの小屋も少数。
     足止め要員だと確信する。
    「どいてください……!」
     朔眞は影から数多の触手を生み出した。絡み取ったところで昴が横手に近づき、箱の下から斬り上げる。バーバ・ヤーガの小屋が強力なのは明白だ、他の班と連携して倒さなければ。
    「後ろは、大丈夫です! 支えます!」
     海月が清々しくも優しい風を巡らせる。皆を守るために出来る事はまだある。重い攻撃を示天や櫟が庇う事で攻撃手が即座に動けるように連携する。
     追撃するのは自分達だけではないから、まだ前を見据え続ける。恵理が相手に肉薄し、気を吐いた。
    「遅れを取るものですか。覚悟なさい!」
     伸ばした鞭剣が影の上から小屋に巻き付いた。斬り裂きながら動きを戒める。更に味方からの多段攻撃が小屋を叩き伏せる。
     敵の攻撃も凶悪だ。やはり普通の小屋よりは格段に逞しい。その蹴りは苛立ちを齎すようだが、櫟が身体の重心を低く置いて衝撃をいなす。その間に示天が生んだ盾が付与され、更に守りを固めていく。
     裏ツ花が馳せた。帯を射出し小屋そのものを力づくで貫く。巨躯がぐらついた。その隙を見過ごす者など、この場には存在しない。
    「――斬る!」
     一瞬、敵前から黒斗の姿が掻き消える。
     気が付けば彼女は小屋の側面、死角になる位置から斬りこんだ。たまらずバーバ・ヤーガの小屋が浮足立ったところを、捉えたのは他班の少女。
    「魔女に追いついてみせます!」
     一筋黒が入った灰色の髪を翻し、炎を纏う蹴撃を食らわせる。
     断末魔の叫びを上げ、魔女の小屋が消滅した。
     だが。
    「逃しました、か」
     朔眞が睫毛を伏せたのは、既にバーバ・ヤーガと側近の小屋達が姿を消していたから。撃退という成果は上げた、けれど灼滅に届かぬ無念さで項垂れたのは一人ではない。
     他の戦場は大丈夫だろうか。
     爵位級は勿論要人警護、あるいは朱雀門の監視やアブソーバーの防衛まで、割り振られた役目はどれもが重要だが、果たして。

    「……どうか皆さん、無事で」
     海月が祈る。
     どうかこの一歩さえ、未来を示す指針となりますようにと。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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