武蔵坂防衛戦～アフター・ダーク

■リプレイ

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　酷く、眩暈した。
　焦燥に駆られながらも若桜・和弥（山桜花・d31076）は深く息をつく。まずは――両の拳を打ち付けた。じん、と感じた痛みが腕を伝う。暴力は痛みを伴う。それが『解決』の道筋であったとしても、だ。
「やろうか。勝たなきゃ我を通せないって言うなら、そうしよう」
　動乱の気配が濃い。喧騒が近づき全てを呑みこまんとしながらこの場所までその刃を届けようとしている。
『――こ、これから後方へ突撃を開始します！』
　この手薄な時にと地団駄を踏むようなミカエラ・アプリコット（弾ける柘榴・d03125）の声に後方の進軍を示唆する源野・晶子（うっかりライダー・d00352）の声が混ざり込む。覇気はなく、しかし、芯のしっかりした声で晶子に続くと報告を告げる蒼間・舜（脱力系殺人鬼・d04381）らが中庭へと飛び出してゆく。
　窓を背に、息を吐き出す和弥に視線を向けて、ノイズが混ざり込む無線機に指先を這わせた御門・心（日溜まりの嘘・d13160）は了解とだけ、返した。
　迫りくる数多の軍勢。脳裏を過った愛しい人。嘘をつくように――決意を胸に彼女の体は窓の枠を飛び越えた。
「キャッホー！」
　風がその身に僅かな抵抗を感じさせる。凍て付く冬の空気が鼻先を擽り、ファム・フィーノ（太陽の爪・d26999）の陽の色の瞳を細めさせる。軸足に力を込めて祖霊を振り仰いだ彼女の身は宙を仰いだ。
　鈍く、ぶつかり合う音。
　そして――「灼滅者！」
　呼ばれた言葉に「何か」とだけ小さく返して村山・一途（硝子細工のような・d04649）が夜明け色を伸ばす。ポケットからこぼれ出た禍々しいぽっけちゃんに頓着することなく彼女の躰は騎兵へと向いていた。
「あの銀髪のは、俺たちが相手をするね。だから……ヴラドはお願い」
　銀の髪を振り乱した騎兵のその姿から実力が高いことは一途にも分かる。背に奔った僅かな興奮を隠すように口元を引き結び、聞こえる明日・八雲（追憶の鳴き声・d08290） の声にちらと視線を向けた。
「はい。遠慮なく殺しますよ、私は――殺人鬼ですから」
　聴こえる連絡は何れも鬼気迫るものだ。ステップを踏んでひゅ、と息を吐いた狼幻・隼人（紅超特急・d11438）は赤いバンダナを揺らし、振り翳された一撃を受け止めた。
「晴れ時々灼滅者、ってな。血の雨降るのはそっちだけにしてほしいもんやが」
　にぃ、と唇を歪めた隼人の足元であらかた丸がぐるると喉を鳴らす。任せろと胸張り敵陣に向かう柳瀬・高明（スパロウホーク・d04232）の了解の声は混戦状態のこの場所では頼もしく感じられた。
　ヴラドが見えているのに『届かない』事がどうにも歯痒いと怨霊をその身に寄せて御伽・百々（人造百鬼夜行・d33264）は小さく唸る。
（「――ここは圧し通すしかあるまい」）
　幼さ感じさせる百々の表情に影を落とす。頬を撫でた冬風を物ともせず前線に飛び出した彼女の視界には確かに敵が存在した。
　宙より現れた己たちを相手取ったのが親衛隊と呼ぶに相応しい四騎であることなど、その振舞から十分に推測できた。無線から聞こえた出陣の声はこの場所で彼らを打倒し吸血鬼(てき)の頸元に刃を突き付けろと後押しするかのように八人の灼滅者達を鼓舞した。

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　迫り来る騎兵の前で迷いは、のんびりと『引き籠る』ことも許されない。聊か面倒だと感じてしまうのは性分なのだろうかとアイスバーン・サマータイム（精神世界警備員・d11770）は現実世界の警備の為に幼さを残したかんばせを歪め息をつく。
（「えっと、ピーマンみたいですよね……こんなの」）
　言葉にすることなくオブラートに包んだ嫌い。精神世界の警備員はのんびりとした昼寝を邪魔されたことを厭うのだ。
　騎兵の腕に手をついて、ぐるりと体を反転させたアイスバーンの影がふわりと羊を作る。『羊長』は主の性格を反映させるように僅かに気怠けな仕草を見せた。
「んと、空から失礼します。よろしくお願い致します……」
　仔羊がぴょんと跳ねると同時に、アイスバーンは極力『動かない』ように地へと降り立つ。彼女と擦れ違う様に焔を宿して飛び込んだ真柴・遵（憧哭ディスコ・d24389）は心躍った状況に僅かに物足りないと身を揺らがす。
「ちぇ、俺もヴラド凹ましに行きてーけど今日は回復役だからなー……っ」
　攻撃に参加したいの赤い炎を燻らせて、遵は騎兵を見上げる。文字通り、前線に飛び出してしまいそうな勢いの彼はくるりと慣れた様に交通標識を回し、夏駆けで地面を踏んだ。
「ヴラド様のもとに辿り着けると？」
「ハッ、大団円をお約束してる遵サマにできねー事はねーっての！」
　にぃ、と唇を歪める遵の言葉に背を押されるようにファムが「イッショにいっぱい遊ぼ！」と瞳を煌めかせた。
　ひらりひらりと体を躱し、猫のように靭やかにファムは動き回る。トーテムポールが騎兵たちとぶつかった。
　その一撃は確かに重い。何れにしてもここで倒れればヴラドが止められないことなど心には嫌と言うほど分かっていた。敵対する騎兵を捩じ伏せるのにも時間がかかる。
（「邪魔しおって……！」）
　相手取った騎兵の向こうに見えるヴラド。流星を纏いながら鎧武者は唇を噛む。狙い穿つその一撃を受け止めて、彼女は小さな呻きをあげる。
　磔の騎士を描いた曰くつきの武器を抱え上げたアイスバーンが「えっと」と小さく声を漏らす。ぽん、とファンシーな音を鳴らし騎兵を狙った一撃が鈍い音と共に弾かれた。
（「えっと……リボンさんも、お願いします……！」）
　豪奢なリボンを身に纏い、アイスバーンは願う様に己の武器に声をかける。ジャージの袖をくい、と引っ張った彼女の躰は夢の世界にあるように自在に動いた。
　ヴラドの放つ一撃に、アイスバーンがひらりと躱せば、女の子を支援するのは俺の役目と遵が喉鳴らして小さく笑う。
「女の子狙うなんてかっこ悪いと思わねーの？　オッサン」
「まあ、弱い者いじめって感じですかね」
　桃色の瞳を細め、小さく揺れた夏空のお守りに指先触れた和弥が冗句めかして小さく笑った。
　力で他者を捩じ伏せる事。それは自分にも相手にも『禁じたい』ような嫌悪を感じさせる行為だ。
　しかし、百々やアイスバーンが受け止めた痛みのように、遵の言葉の通り、仲間が狙われるのは余りに受け入れがたい。
　自分が背負うのはこの場の仲間の痛みだけではない――背後にいる友人たちすべてだ。
（「些細な事だ――ここで私が受け止めればいいんだから」）

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　騒然とした戦闘で、倒し切った騎兵の向こう側――掻き消えた景色の向こうには彼が存在している。この死地にその身で飛び込むことがどれ程の事か。
　百々はその危機をその体で受け止めていた。その視線に背筋までもがびびりと痺れる。
　友人たちに視線をくべて、地面を蹴った。同時に、飛び込む灼滅者が彼女の視界に入る。
　ダークネスであるかどうか。それも関係なく心は只、心の底から熱望した――強者との戦いを。
　彼の名を、呼んだのは誰だったか。
　その視線は背を凍らせ、その姿は見るものを圧倒する。
「成程、罠とはいえ、ここまで攻め入るとは……実に面白い」
　投げ掛けられたヴラドのその声が彼に灼滅者の存在を認めさせたのだと幼いながら百々は理解した。
　ヴラドを狙った氷の一撃。弾かれ、飛ばされたそれが複数人の攻撃を物ともしない吸血鬼の本懐であるか。
　指先一つ、飛び込む一撃を受け止めたあらかた丸がひどく傷付いたように声を漏らす。名を呼んで、癒しを受ける相棒の姿に隼人は小さく舌打ちを漏らした。
「ここからは言葉は無粋！　さあ武蔵坂の灼滅者よ、このヴラドを失望させるな！！」
　ぐん、と肉薄する心が身を捩る。咄嗟に体を滑り込ませた隼人の体がびりりと痺れを帯びる。刃が軋み眼前で目を伏せる吸血鬼の口元の笑みに彼は気づいた。
「よっし、今日はちゃんと服着てるみたいやけど痛いのはこっちでもらっとくから、はよ終わらせよな」
「はい。倒しましょう」
　ふん、と僅かに鼻で笑ったヴラドを狙った他班の攻撃に吸血鬼はステップ踏んで後退する。寸での所で一撃を浴びせる百々から体を逸らしたヴラドの前で少女はするりと間合いに入り込んだ。
「いらっしゃいませ、殺し間にようこそ」
　その表情に変化はなく、己のペースを崩さぬままに一途が飛び込んでゆく。
　彼女に続き明るく笑ったファムがトーテムポールを振り翳し瞳を丸くさせ小さく笑った。
「フフッ！　アナタ、楽しい？」
　その言葉は幼さを感じさせ、少女は余裕さえも感じさせる様に戦場を飛び回る。強敵を物ともせずにトーテムポールをどすん、と地面につけて彼女は嗤った。
「アタシ、ホンキ！　アナタもホンキ？　全力出す……タノシイ！」
　それはまるで鬼ごっこだ。霞のように避ける相手を足止めすると百々が「回避されては話にならぬ」と毒吐き、縫い止めればファムがキャッホーと声をあげて飛び込んでゆく。
　和弥が擦れ違う様に癒しを送り、聴こえる喧騒の中で彼女は確信した。
　――あと、少しだ。

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　その場所に逃げ場などなかった。敵も味方も何もなく――只、その場所には濃い死の気配がした。無論、それは柔な覚悟ではなかった、このままでは誰かが死ぬ、そう脳が警告をあげているのだから。
　村山一途は只、衝動に駆られていた。善も悪もなく、甲乙つけるわけでもなく、敵(ヴラド)を見据えていた。
「死んでください」
　淡々と、一途は言う。その言葉の意味を隼人はよく知っている気がして「待ちや」と低く声をかけた、かけただけだった。
　只、彼女はこの学校（ばしょ）が心地よかったのだ。陽だまりの様な大切な場所。遠く、友人の姿が見えた。言葉にせずとも、彼女は決めていた。
「さようなら、ヴラド」
「――笑止」
　闇の色が白く染まる。アカと呼ばれた少女のマントが鮮やかに翻る。重苦しい空気も切り裂くように白と黒、二対の刃が光を返した。
　足りないと。彼女は悔し気に歯噛みする。振り仰いだ少女の背後、咄嗟に身を投じた和弥が傷だらけの体を押して、護る為にと拳を固めた。
　傷つく少女から散った赤に目を奪われる――いたいと、だれも言うことはしなかった。
　唇を噛みしめて、和弥は拳に力を籠める。障害は高ければ高いほどに面白い、けれど。癒しを乞うたそれが万全な状態を取り戻せずに悔しい。
「ヴラドッ」
　名を呼んで、鷹の様な男の視線に射貫かれる感覚に彼女は恐れることなく拳を固める。和弥を狙った一撃を隼人が受け止め、歯を見せ笑う。
「しぶといとでも言うか？　吸血鬼よ」
　喉の底から吐き出した様に百々が声を漏らす。その武者の如き形相で闇を絡んだ影の中、戦武者は飛び込んだ。
「貴公の物語もここで終焉だ。如何な強者といえど――策を巡らし連携を重ねれば倒せぬ道理は無い」
　くつくつと喉を鳴らした百々は状況が変化した事をよく知っている。死の気配が濃いのだ。『怨霊』姫はそれをその肌で実感している。
「覚悟はしたか？　殺竜卿殿」

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　赤い炎を弾けさせ、伸びた髪先に頓着せずに彼は嗤った。
「闇堕ちだァ？　うっせー、どーせ来月の14日にはセルフで堕ちてんだよ！」
　声を張り上げ、焔を纏う。しゃん、と音鳴らし踊る様に飛び込む遵の脳裏には魔女狩りへ向かった弟の事が浮かんだ。
　こちらは必ず『取って』みせると彼が飛び込めばファムが太陽の色をした瞳を見張る。
「マッテ」
　少女の無垢なる言葉に「活躍した俺はモテて困るよな」と彼はからりと笑う。死ぬまで笑っていると決めた――なら、ファムが言うように楽しまなければ。
「俺は楽しいーよ」
「……アタシも、タノシイ」
　濃い死の気配の中でも曇ることなく祖霊を振るったファムの前に彼は堕ちればイケると、倒せると確信していた。
　ぐん、と飛び込み体を捻る。ステップ踏んで遵が手を伸ばせば――その眼前に彼は居た。
「やっと殴れた」
　口元に浮かんだ笑み。拳が音を立てる。カッコイイ俺と笑った遵の笑みに重なったのは一途のただまっすぐな一撃。
「言ったろ。ヴラドのおっさん。カッコイイ俺がお前を倒すって決まってんだよ」
「そして、貴方が死ぬことも既定路線ですね」
　二つの赤が交錯しあう。それでも、届かない。あと少し、されど――
「ずっと――ずっと、大好きだよ―――」
　その言葉が僅かに振れる。偽善で命を捨てるなどあまりにも莫迦らしいのかもしれない。
　それでも、心は偽善に身を投じて、言うのだ。終縁（おわり）を与えて見せようと。
　眼前に男がいる。彼の振るった一撃が心の頬を掠める。
　紫苑の衣は揺れ、巨大化した腕はその重みに微かな罅を落としてゆく。
「死にに来たのか。灼滅者」
　嘲笑うように降った男の声は余裕と欺瞞に満ちている。心は何と愚かな男なのだろうと胸の底、笑った。無論、それは自嘲の意味も含んでいた――なんて、偽善でなんて欺瞞で、なんて愚かなのだろう。
　それでも、

「いいえ、『生きましょう』」

　少女の視線が吸血鬼と交錯する。
「貴様」
　死に往くものに言葉を掛けるなど無粋だと遵は感じていた。だからこそ、喉の奥から出掛かった言葉は飲み込んだ。命の奪い合いに『言葉の隙間』などはなかったのだ。
「ッ――ヤロッ」
　焔を纏った遵が焔を放つ。ヴラドの視線が赤に眩んだ隙に飛び込む一途はステップを踏んで切り裂いた。
「いける……！」
　このまま圧し通したなら――ぐらりと視界が眩む。隼人はその体に感じる痛みを堪える様に吼えた。
　掻き消えた相棒の分までも。誰も堕ちるなと放った言葉の先に自分が守ると決めたそれも。
　彼の言葉を支援するようにアイスバーンはジンギスカンさん、と声を震わせる。嗚呼、学校（あんぜんちたい）であるはずなのに、どうしてももどかしい。
　相手が逃げないというなら、自分たちが弾かないならば此処にあるのは二択だけだ。生きるか死ぬか。
　彼女は選び取る。彼女にとっての最善を。
「―――さようなら、吸血鬼」
　からん、と無線機が転がっていく。聞こえる声は勝利を告げるものか、それとも。
　肩で息をし傷付く体を引き摺りながら隼人は顔をあげる。心の白い帯は確かにその吸血鬼を貫いていた。
　退くことなく、臆することもなく、只、直向きに力を奮った。
　アイスバーンはよく分かっていた。死すら超越するほどに思いを架したからこそ勝利したのだと。
　この場所を窮地に追い込み両者ともに命を架して、そして勝利の女神が笑ったのは灼滅者側。その事実だけで百々は安堵した。そして、その勝利がどれ程尊いのかを和弥は理解していた。
　聞こえる声は確かにその現状を告げていた。勝ったのだと。
　殺竜卿と灼滅者との間の勝利なのだと――今はまだ、実感がないファムはゆっくりと無線機を掻き抱く。
　ファムが手にした無線機はまだ、通信が繋がっていた。

　――殺竜卿ヴラド、灼滅完了！

作者：菖蒲	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：村山・一途（普通の殺人鬼・d04649） 御門・心（日溜まりの嘘・d13160） 真柴・遵（オールドゴールド・d24389）
種類： 公開：2017年1月20日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 2
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