●教室にて
灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(大学生エクスブレイン・dn0020)は、落ち着いた調子で説明を開始した。
「シャドウとの決戦を前に、朱雀門との共闘を求めて交渉に赴きました。その結果、爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせて、大群を率いて武蔵坂に攻め込む計画があることが判明しました」
朱雀門の会長からは、武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う、という偽情報を流した上で、戦法として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという情報を得た。そして、朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せてくる手筈である様子。
「選択肢は三つあります」
一つ目は、先鋒である朱雀門高校の軍勢を撃退すること。
朱雀門を撃退すれば、爵位級ヴァンパイアの軍勢が攻めてくることはない。一方、本当のシャドウとの決戦時に介入してくる可能性が高くなる。
二つ目は、先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出す。その上で、爵位級ヴァンパイアの軍勢を可能な限り撃破する事。この作戦が成功すれば、シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアが介入してくるのを防ぐ事ができるだろう。
最後の一つは、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後にだまし討ちにして、その後、侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破する作戦。成功すれば最大の戦果を得ることができる反面、危険な賭けになると予想される。
「そして、この三つの選択肢について、皆さんが年末年始を用いて話し合い選択して下さった結果……朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアをおびき出して灼滅する作戦を取ることになりました」
来るべきデスギガスとの決戦時に、爵位級ヴァンパイアからの襲撃があれば、防ぎきることはおそらく不可能。この選択は止むを得ないところだろう。
この戦いで数多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅する事ができれば、爵位級ヴァンパイアとの決戦でかなり優位に立つことになる。しかし、朱雀門の戦力が裏切った場合は、大変な危機に陥るため警戒は必要となる。
「爵位級ヴァンパイアの有力な敵は、バーバ・ヤーガ、殺竜卿ヴラド、無限婦人エリザベート、黒の王・朱雀門継人と予想されています」
この有力な敵に、配下の吸血鬼や眷属が従っている様子。
「この情報を元に、十分に話し合い目標を決定して下さい」
爵位級ヴァンパイアを撃退するには、三から五チーム以上のチームが力を合わせなければ、その兆しすら掴むことができないだろう。
そして、爵位旧ヴァンパイアを撃退するには、よほど良い作戦を立てない限りは更に倍以上の戦力が必要になる可能性が高い。おそらく、爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断できるか否かが成否のポイントとなるため、留意しておくと良いだろう。
「以上で説明を終了します」
葉月は静かな息を吐いた後、締めくくる。
「この戦いにより、再び情勢は動くかと思います。ですので、どうか……皆さんが選んだ道が、より良き未来への魁となりますように……。……何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
天峰・結城(全方位戦術師・d02939) |
アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392) |
緑風・玲那(忌血に染めし朱翼・d17507) |
宮武・佐那(極寒のカサート・d20032) |
ユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055) |
グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798) |
ルージュ・ジロドゥー(紅き血潮の華・d23851) |
四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781) |
●守護者たちの心の戦い
活気にあふれているべき学び舎が、常ならぬ喧騒に満たされて久しい頃。灼滅者たちは各々思いを胸に抱き、決戦の地へと向かっていく。
ある者は守るべき人を守るため、ある者は襲い来るヴァンパイアを倒すため、ある者は武蔵坂学園を守るため、ある者はよく知る人を取り戻すため。
切り札たるサイキックアブソーバーを守るのだと、二つの班が防衛任務についていた。彼らは大まかな面は連携しつつ、細かな所は各々の班で行動する……そのような形で、防衛の準備を行っていた。
進路を塞ぐバリケードを構築しながら、ルージュ・ジロドゥー(紅き血潮の華・d23851)は静かなため息一つ。
多少の無茶は辞さないつもりで、ここにいる。
けれど、決して無謀な手段に打って出るつもりはない。
一度は刃を交えた相手。その強さはよく知っている。もっとも……もし、その中に血縁がいたらと……と、複雑な気持ちを抱かないではないのだけれど……。
「……」
手を止め、サイキックアブソーバーへと視線を向けた。
次の物資を取りに向かおうとしていた四刻・悠花(高校生ダンピール・d24781)も足を止め、同様にサイキックアブソーバーを見つめていく。
「……アブソーバーを敵に奪われるわけにはいきません。最前線で戦っている方々の頑張りに応えるためにも、ここは絶対に守ってみせます!」
「そうですね、死力を尽くしましょう」
天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は軽く眼鏡を押さえ、頷いた。
――最優先事項は、サイキックアブソーバーを守ること。そのためには、心を闇に染めるのも……。
……多くの者が、最悪に対する覚悟を決めていた。
サイキックアブソーバーに害が及ばぬという結果さえ勝ち取れれば、それが最善の結末なのだから。
最前線に待つ仲間たちの喧騒も、班は違えど肩を並べ戦うことに違いはない仲間たちの会話すらも遠く聞こえるほどの静寂が、彼らの心を満たしていた。言葉交わさずとも思いは伝わると、滞りなく作業を進めていた。
できる限りの準備が終わったことを伝えるため、緑風・玲那(忌血に染めし朱翼・d17507)は天翔る自由をモチーフにしたかのような白と薄緑色の装束を身に纏い、黒猫のウイングキャット・イージアを呼び出していく。
刻一刻と近づいてくる決戦の時を前にして、青い軍服に袖を通した宮武・佐那(極寒のカサート・d20032)は拳をギュッと握りしめた。
いつも守られているばかりだから、いつかは恩返ししたいと考えている。ならば……もしも今日、最悪に近づく敵が現れたのなら……。
主の決意を感じ取ったか、ウイングキャットの王様が足元に寄り添っていく。
「……」
……決意を固めている恋人の背中を見つめ、軍服に袖を通しているユーリー・マニャーキン(天籟のミーシャ・d21055)は目を細めた。
もしも気負いすぎているのなら、佐那を正しい場所へと導こう。佐那と共に、全身全霊を持って最後の砦たるサイキックアブソーバーを守っていこう。
いつものように、いつものように……世界が壊れてしまわぬように……。
「……おや?」
何かが近づいてくる気配がした。
視線を向ければ、同様にサイキックアブソーバーを守護する役目を担う仙道・司が大きなレジ袋片手に歩いてくる。
瞳があった時、司がレジ袋を軽く持ち上げた。
「お菓子と飲み物です。腹が減っては戦はできぬ、ですしね」
中身はお菓子に飲み物と、緊張をほぐすには程よい品物。
「ありがとうございます。……共に、頑張りましょう」
「はい!」
精神力にも限りがある。気を張り続けていても、戦う前に疲れてしまう。
今は、束の間の休息を。
甘いお菓子と飲み物で、心と体に栄養を……。
――そして、決戦の火蓋が切って落とされた。
聞こえるは気高き剣戟に、肉体と肉体がぶつかる音。盛る炎、凍てつく冷気が生み出す氷。暖かな歌声、熱いヴォーカル。仲間に力を与え敵に害を差し向ける、八百万の物語。
今はまだ、全てが遠い場所の詩。
一分、二分と重ねても、さほど距離に変化はない。
三分、四分と重ねるたびに遠ざかっているようにすら思えるのは、きっと精神が研ぎ澄まされて行くから。サイキックアブソーバー周辺のみに集中できている証なのだろう。
非日常の中でも変わらない水道管の活動音すら耳に留めながら、グラジュ・メユパール(暗闇照らす花・d23798)は得物を固く握りしめる。
赤い二つの角が示す先、サイキックアブソーバーへと至ることのできる通路の一つを赤い赤い瞳に写し。
もしも敵の姿を見つけたなら、見敵必殺を旨とし全力の技を叩き込む。
複数ならばより倒しやすそうな相手を見極めて、数を減らす事を優先する。
今もなお、シミュレートし続けているその戦い。
全てはサイキックアブソーバーを守るため。この作戦を成功させるため。
気づけば十分を越えていた。
なおも戦いの喧騒や冷めやらず、けれど大きく押されている気配はない。
何かが近づいてくる気配も、同様に……。
「……」
周囲一体に警戒のアンテナを張り巡らせ、佐那は音を選り分ける。
近く聞こえるのは自分の鼓動、仲間の鼓動。稼働し続けている日常の証、肩を並べて戦う別働隊。後は、遠くに聞こえる戦いの詩ばかり。間を埋めるような不協和音は、どこにもない。
何かが近づいてくる気配は、ない。
隠密に優れた者がいるのか、はたまた本当に近づいてきていないだけなのか。前者である可能性を考慮し、ギュッと拳を握りしめ……。
「っ……」
手に痛みを感じ、拳を開いた。。
小さな爪痕がそこにはあった。
「……あ」
深く息を吐き出して、少しだけ緊張の糸を緩めていく。
気を張り詰めていなければならないことに違いはないけれど、不必要なほどに力をいれてしまえばいざという時に動けない。
必要なのは静寂と、程よい緊張。
佐那の横顔から自然と力が抜けていくさまを見つめながら玲那もまた静かな息を吐き出した。
他の戦場で戦う者たちとの連絡役を担うため、仲間たちよりも少しだけ警戒のアンテナを緩めている玲那。一歩引いた視線から眺めているからこそ、時が経つに連れて行き場のない気合が表情のこわばりなどを招いている者がいる事を見つけていた。
もっとも、彼女が声をかけるまでもなく、各々が各々の手段で緊張を適正なものへと戻している。
万全の状態を保ち続けていた。
……問題ない。敵がこの場へ現れたら、すぐに討伐へと迎える。速やかに排除し、サイキックアブソーバーを守ることができるだろう。
後は、全体的な戦況次第。願わくば、戦いが優位に運んでいることを……。
「っ!」
不意に、連絡を告げる音色が響いた。
誰ひとりとして、音の発生源に視線を向ける者はいない。
きっと、玲那を信用しているから。
玲那は素早く操作を行い、他班との連絡回線を開けていく……。
「はい。こちら――」
●固き決意、強き意志
連絡回線を開けたまま、玲那は仲間たちに語りかけた。
「提案がありました。他班が同行している、ルイス・フロイスからの提案です」
内容は、増援。
朱雀門が爵位級ヴァンパイアとの戦闘において前面に立つことができないが故、戦力を融通。その戦力は武蔵坂学園の部隊の半数以下、更には武蔵坂から来ている闇落ち灼滅者を必ず部隊に入れるというものだ。
生まれたのは沈黙。
呼び起こされたのは、ルージュの紡いだため息か。
「聞くまでもないとは思うけど……どういたします?」
「私は、皆さんに従います」
いち早く結城が意見を述べ、視線で仲間たちの返答を促した。
迷う素振りを見せること無く、グラジュが声を上げていく。
「みんなで守る、作戦を成功させるために。そう決めた。でも……朱雀門の人達は……闇落ち者たちと肩を並べて戦うのは……違うと思う」
もしも対峙する事があるならば、戻れるよう説得する構えはあった。けれど、それはあくまで対峙した時……肩を並べて戦う際に、そのような余裕はない。
何よりも……。
「懸念を捨てきれません。最悪を考え、行動すべきだと思います」
言外に真意を含めつつ、悠花が首を横に振る。
残る者たちも、同じ答え。
班内の意見は纏まった。
後は……と、ルージュが別働隊に視線を向けていく。
「……」
自然と、饗庭・樹斉との視線が合った。
「こちらは断る方向で行きたいと考えていますが、あなた方は」
「同様です」
頷き合い、ルージュは視線を外していく。
玲那へと向き直っている。
「意見は固まりました。そのように伝えてください」
作戦を共にしているとはいえ、朱雀門に全面的な信頼を置くことなどできない。守るべきものがサイキックアブソーバーならばなおさらだ。
連絡が終わるのを待ち、ルージュたちは場の警戒へと戻っていく。
戦いの音色は、変わることなく遠く高く響いていた。
それから、どれだけの時間が経っただろう?
静寂の中、精神を削りながら警戒を続けている灼滅者たち。誰かが近づいてくる気配もない状態に終止符を与えたのは、音の変化。
結城は耳をそばだてて、何が変化したのかを探っていく。
物語が続いていることに違いはなく、歌声も熱く優しく響いている。冷気は砕け炎は散り、肉体も剣戟もまた色褪せない。
ただ、減っていた。
音の総量が、数分前とは格段に。
さりとて、何かが近づいてくる様子もない。ならば……。
――再び、連絡を告げる音色が鳴り響く。
他班よりもたらされた情報は、爵位級ヴァンパイアの撤退。
実質的な、収束宣言。
サイキックアブソーバーに攻め込まれる危険性は、低下した。
「さて、どうします。私は皆さんに」
サイキックアブソーバーを離れ救援に向かうという選択肢も生まれたと、結城は警戒を解くことなく尋ねていく。
同様に身構えたまま、ユーリーが落ち着いた調子で語り始めた。
「おそらく、私も天峰殿と……皆と同じ考えです」
確かに爵位級ヴァンパイアは撤退を始め、攻め込まれる危険性は著しく低下した。
先に朱雀門の提案を断っている……朱雀門と爵位級ヴァンパイアがつながっていると仮定するのなら、その情報から攻めることを諦めたのかもしれない。
「しかし、現段階で攻め込まれる可能性も皆無ではありません」
こちらの防衛が緩んだ所で、なけなしの戦力をぶつけてくるかもしれない。ずっと機を伺っていた者たちが、行動を起こしてしまうかもしれない。
「私たちは、学園最後の砦。もし、ここが破られれば世界が壊れてしまう。ゆえに、全てが終わるまで役目を変えるわけにはいきません」
「……そうですね」
警戒のアンテナは緩めぬまま、悠花が静かに頷いた。
「決したいという程ではなくても、破れかぶれになった敵が背中への追撃を無視して突撃してくる可能性もあります。その際、防衛の数を減らしてしまえば……バリケードがあるとはいえ、危険は増えます」
あくまで、考えるのは最悪のパターン。
サイキックアブソーバーへの接近を許してしまうという状況だ。
「私たちは、最後まで役目を果たしましょう。いらぬ心配を生み出さないためにも、敵にいらぬ気を起こさせないためにも……」
決意は堅い。
共に戦う者、皆。
確信めいた想いと共に、悠花は別働隊へと視線を向けた。
守護。
自らに課した役目を果たす重いに、揺らぎはない。
十六名の灼滅者たちは迷いなく、サイキックアブソーバーを守り続けていく……。
●全てはあるべき日常へ
炎が消えた、氷が砕けた。歌も詩も潰えれば、剣戟など生まれない。
作戦完了の連絡を受け取って、アレクサンダー・ガーシュウィン(カツヲライダータタキ・d07392)は安堵の息を吐いていく。
「無事、終わったな」
「流石に、常に詰めている者が十六人もいては……戦線を抜ける際の被害も重なり、諦めざるを得なかったのでしょうね……っと」
玲那は肩の力を抜いた直後、飛び込んできたイージアを抱き止めた。
各々が緊張を解き始める中、佐那は少しだけ肩を落としていた。
サイキックアブソーバーが被害に合わなかったことはもちろん、戦いが起きることさえ……敵が入り込んでくることさえなかったこの戦い。
全体的な結果だけを見てみれば、サイキックアブソーバーにとっては最高の結末と呼んでいいだろう。
そう、最高の結末なのだ……と、佐那は貯めに貯めていた気合を胸の内側へ押し込もうと試みる。
その右肩に、ユーリーが優しく手を乗せていく。
見上げるように向けられた視線を、まっすぐに見つめ返していく。
「まだまだ、戦いは続いてきます。その時のために力を温存できたと思えば良い。そう思います」
「それに、今やるべきことはまだあるわよ」
ルージュもまた微笑みながら、ゆっくりと歩きだしていく。
「もう、この場所は問題ない。なら、手伝いに行きましょう。治療に片付け……手は、いくら合っても足りないでしょうから」
明日になれば、日常が戻ってくる。
滞りなく日常を過ごすためにも、万全な形を整えなければならないのだから……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年1月20日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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