武蔵坂防衛戦~血路を翔る跫

    作者:夕狩こあら

    「このお正月は、何だか気が休まらなかったッス……」
     日下部・ノビル(三下エクスブレイン・dn0220)が緊張していたのは、この期間に『朱雀門高校からの共闘提案に関する投票』が行われていたからだろう。
     シャドウとの決戦を前に、武蔵坂学園の代表者が朱雀門との共闘を求めて交渉に赴いた結果、爵位級ヴァンパイアがこの決戦に乗じて武蔵坂に攻め込む計画がある事が判明した。
    「朱雀門高校の会長ルイス・フロイスからは、『武蔵坂がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を侵攻させる――という情報を得たんスよね」
     ノビルの言に灼滅者達は頷き、
    「えぇ、そして虚偽の情報を得た爵位級ヴァンパイアは、『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認』すれば、怒涛の如く進撃する手筈だそうね」
     得られた情報が正しければ、武蔵坂学園の存亡の危機とも言える状況に、その表情は固い。
     彼等に与えられた選択肢は3つあった。
    「1つ目は、先鋒である朱雀門全軍を撃退する作戦」
     朱雀門の戦力を殲滅すれば、爵位級ヴァンパイアの軍勢の侵攻は阻めるものの、歓喜のデスギガスとの決戦時に彼等が介入してくる可能性が高くなる。
    「2つ目は、先鋒である朱雀門全軍をわざと学園の奥まで侵攻させ、誘引した爵位級ヴァンパイアの軍勢を可能な限り削る作戦」
     この作戦が成功すれば、シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアが介入してくる危険を無くせる。
    「朱雀門高校の提案が罠という事もあるんスよね」
    「ああ」
     最後の選択肢は、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後に奇襲を仕掛け、その後に侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを迎撃する作戦だ。
     成功すれば最大の戦果を得られるが、かなり難易度の高い、危険な賭けとなる予想されていた。
    「それぞれの選択肢のメリットとリスクを考えた上で、兄貴と姉御は話し合い、そして投票したんスよね」
     ノビルは拳をグッと握り込めて言った。
    「あぁ、結果、俺達は朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアを誘き出して灼滅する作戦を取る事にした」
     朱雀門高校が提案通りに動けば、爵位級ヴァンパイアの戦力を大きく削る事ができる――。
    「……来るべきデスギガスとの決戦時に、爵位級ヴァンパイアから襲撃された場合、防ぎきることはおそらく不可能なんで、この選択は止むを得ない所っすね」
     この戦いで、数多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅する事ができれば、爵位級ヴァンパイアとの決戦でかなりの優位を得る事だろう。
    「ただ、朱雀門高校の戦力が裏切った場合、重大な危機に陥る可能性もある……警戒は必要だ」
     灼滅者の真剣にノビルは頷いて説明を加えた。
    「爵位級ヴァンパイアの有力敵は、『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』と想定されるッス」
     彼等に配下の吸血鬼や眷属などが従っているようだ。
    「作戦を成功させる為に、仲間同士で話し合い、作戦目標を決定して欲しいッス」
    「分かった」
     爵位級ヴァンパイアを撃退するには、3~5チーム以上のチームが力を合わせなければ撃退する事は出来ない。
    「爵位級ヴァンパイアを灼滅するには、更に倍以上の戦力が必要と思われるんスけど、作戦によってはより少ない人数で灼滅に追い込む事が可能ッス」
     爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断できるか――それが成否を分つポイントとなるだろう、とノビルはつけ加えた。
    「自分は兄貴と姉御の知恵と実力を信じてるッス! だから兄貴と姉御も……自分の力を信じて欲しいッス!」
     ノビルはそう言ってビシリと敬礼を捧げ、灼滅者を見送った――。


    参加者
    月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)
    ゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)
    赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)
    レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)
    蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)

    ■リプレイ


     最初に響いた喊声は、朱雀門高校による擬似侵攻。
     生徒会長ルイス・フロイス率いる軍勢が、誰も居ない校舎にサイキックを放ち、戦っている様に見せかけた陽動を展開する。
     それは、之より繰り広げられる全ての戦いの序開だった。
    「始まったか」
    「……えぇ」
     続いて、爵位級ヴァンパイア勢が灼滅者と接触する剣戟を聞く。
     タトゥーバットの羽撃きに覆われた黒叢に多くの灼滅者が雪崩込む――その勇往邁進は距離を隔てて地鳴りの如く足に伝わり、身は否応にも総毛立った。
    「黒の王の部隊が動き出したわ」
     各務・樹より伝令が入れば、愈々武者震いといった処。
     全軍の指揮官である黒の王・朱雀門継人を相手取ると決めた彼等は、爵位級ヴァンパイア勢が校舎に深く入り込むまで待機せねばならず、
    「そちらへ向かっている、みんな気を付けてくれ」
    「了解しました」
     無常・拓馬より戒心を受け取った蒼珈・瑠璃(光と闇のカウンセラー・d28631)は、連絡係として敵の接近を伝えつつ、透徹たる青瞳に凛然を覚醒させる。
    「皆さん、接敵の用意を」
    「また吸血鬼の面々がお目見えににゃったにゃ」
     胸元に構えた【にゃんこの手】を握り込めたのは、レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864)。朱雀門高校に爵位級ヴァンパイアと、入り込んだ獲物の大きさに双眸は光を増して猫の如く。
    「ついこの前までシャドウ大戦だった筈が、今は吸血鬼狩り……全く、武蔵坂はダークネスに大人気だねぇ」
     月詠・千尋(ソウルダイバー・d04249)は細指に眼鏡を押し上げながら、硝子を隔てた流し目をゲイル・ライトウィンド(カオシックコンダクター・d05576)に注ぎ、
    「中々と面倒な事になりましたね。切羽詰まっているというか」
     皮肉を受け取った本人も分かってか、
    「ま、持ち帰ったの僕らなんですけど」
     嫣然にそう添える――飄逸たる風にも、内なる思考は怜悧に敵の思惑を探っていた。
     ルイスの提案を受け入れたものの、信頼した訳ではないというのは、白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)も同じで、
    「裏切りの合図があれば、直ぐに動く……直ぐにだ」
     無線、伝令、火災報知機――仲間が使い得るあらゆる手段を想定しつつ、五感を研ぎ澄ませている。拠点を戦場に許す代わりの警戒は、同時に牽制にもなっていた。
     ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)は、この戦いで最も利する者を知る故の嫌味を零し、
    「朱雀門……我々と爵位級の連中とを戦わせ、漁夫の利を得んとするか。誠に癪だが、ここは乗るしかあるまいよ」
     そうは言うもの、「いずれ御礼参りはするとしてな」と不敵な笑みを忘れぬあたり、彼女らしい。
     斯くして様々な思いを裡に息を潜めた一同は、軅てその瞳に敵の先鋒を捉え、
    「――見えたぞ」
     同じく黒の王の軍勢を待ち受ける他班の声を聞く。
     敵軍の主幹とも言うべき要所を衝くに、多くの者が奇襲を想定していたのだが――、
    「まずいな」
    「確かにまずいですね」
     戦城・橘花の短く静かな呟きが、続く寺見・嘉月の首肯が難色を示した。
    「さて、困りましたわね……」
    「完全に不意打ち対策をしているみたいだ」
     翠眉を顰めるミルフィ・ラヴィットの隣、居木・久良も表情は硬く、
    「奇襲を仕掛けるつもりだったけど……隙なさそうだねー」
     赤星・緋色(朱に交わる赤・d05996)が、遂に小さく首を振る。
    「黒の王も、朱雀門を疑ってるみたい」
     最後方より進軍する黒の王の軍勢は、索敵も周密精倒――朱雀門の罠を警戒した動きに隙は無く、卒爾の槍は届くまい。
    「ならば、正面から戦うまでっす」
     獅子鳳・天摩がそう答えれば、安藤・ジェフも言を添え、
    「継人が最前線で指揮をとるタイプなら奇襲も狙い易いですが、後ろで動かないなら――」
     と、殲術道具を構えた。
     正面で対峙する事も想定に含めていた平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)は沈着を崩さぬ儘、
    「黒の王と対峙する五隊のうち、二隊は先に挟撃の為に動いている。此処に居る三隊は彩瑠の班を中央に、右翼に森田班、左翼に俺達が布陣して敵と正対し、挟撃班と合わせて三方から攻撃しないか」
     当初より五チームでは灼滅に至れぬ事を承知した上で、撃退の為の配置を提案する。
    「うん。それでいい」
    「爵位級が相手だものね。不満はないわ」
     琶咲・輝乃とエリノア・テルメッツが然諾すれば、
    「私も……、私達も異議ありません」
     仲間を見渡して意を確かめた森田・依子も肯を返す。
    『作戦変更、了解しました。引き続き挟撃のため待機します』
     挟撃班の海川・凛音より無線通信を受け取った雄渾は、【Bayonet Type-64】に視線を落とすと、
    「退路は塞がぬよう――押し返す」
     再び持ち上げた瞼の先に、陽炎にも似た闇の揺曳を視た。


     発声の合図なく息が揃うとは妙々。
     中央より天摩が視線を送れば、それを受け取った明日香が左翼より爪先を弾き、
    「――」
     赫き慧眼が、右翼より踏み出る依子の、微かな、それでいて頼もしい頷きを捉えた刹那、高みより撃ち出した白帯に紅血が滲んだ。
     同時に突き上がる叫声と衝撃が三つ、波動となって肌を掠める。
     ――開戦だ。
    「此方は紅血魔一体に、ミストレスブラッド二体。一班につき三体を送り込んだか」
    「個体として難敵とは言えませんが、同時に相手取るとなれば厄介ですね」
    「黒の王の采配か」
    「或いは、大いに」
     音もなく着地した彼女に代わり、間を置かず帯撃を繰り出した瑠璃は、先に抉られた部位を更に穿つ――その恐ろしく精確な腕前に、ミストレスブラッドの赫き装甲が砕けた。
     その瞬間を見逃す千尋ではない。
    「慣れない位置だけどやる事は明確だ、お任せあれ!」
     飛燕の如く風を切った彼女は、【カオシックコンダクター】の切先を素早く疾らせ、攻防一体を誇る血の戦闘装甲を容赦なく削いでいく。
     その間にも、他の二体は前衛に同時攻撃を浴びせるが、後方支援が自陣の崩壊を防いだ。
    「アテにされてますからね。相応の仕事はさせて貰います」
     ゲイルである。
     先ずはご挨拶にと弾いた弦が不協和音に連携を崩した記憶も褪せぬ裡、繊麗なる指は次に極上の音色を奏でて負の効果を打ち消す――敵にとっては腹立たしかろう。
     戦闘中にも狼狽を見せて陽動するワルゼーも中々の老獪で、
    「このタイミングで仕掛けてくるだと……? しかも何故、深入りできる!」
     継人がルイスを疑っていようとも、真実を知らぬ今は詐り続ける――畢竟それは、全軍の指揮官をこの場に留める狡猾な上策であった。
     唯、最も御し難い敵を相手取るリスクは相応にある。
    「うにゃ……敵も、大将直々に来てるからニャア……」
     継人は徹底した同時攻撃を命じ、
    「にゃにゃっ!」
     本能か戦闘勘か、咄嗟に異形化した鬼神の腕が防禦に出ねば、レナはブラッドランページとレッドバレットの連撃に、一瞬で死を見舞われていただろう。
     すかさずアオとヒトマルが壁を増やすが、執拗かつ残忍な追撃が、庇い出た二枚盾をも淘汰せんと迫った。
     その――刻下。
     左右より現れた二班が敵陣を強襲し、またも戦場が軋み、呻る。
    「それいけー! はさみうちー!」
     胸を押し上げるような衝撃に、肌を灼くような熱気に、久々の昂揚を得るは緋色。
     彼女は灼罪の光条を放ちながら、今ここで戦線を維持する事が灼滅を狙う他チームの助力になると、佳声を張った。
    「あたれー。ぱにっしゅぱにっしゅ!」
     但し、掛け声はちょい雑。
     三方向からの攻撃を確認した和守は、大きくうねる戦陣に一条の光芒を射ながら鉄脚を踏み締め、
    「ここを抑えきれなければ、結局後は無い」
     思考は飽くまで冷静ながら、冴ゆる灰色の脳細胞の一つ一つが、世界一大切な……恋人の笑顔を手放さぬのは、死や闇堕ちが肉薄するからであろう。
     事実、彼が感じ得た不穏は、烈風の中で膨張し――爆ぜる事となる。


     守りに厚い敵軍に切り込み、首魁に迫ったのは挟撃班の凛音。
     仲間より援護を得て、僅かな隙にねじ込んだ小躯が、渾身の一撃を見舞わんとする。
    「届け……!」
     小さな、然し鋭き鏃が光を放つ瞬間を遠目に捉えた明日香が、躱しようのない冴撃に言を添えた――その時だった。
    「……う、そ……!」
    「一撃、ですか……」
     緋色が息を飲み、ゲイルが辛うじて眼前の景に言を零す。
     継人の薄笑いが強烈な閃光に浮き立った瞬刻、闇の雷が華奢を貫き、転がしたのだ。
     圧倒的力量差に灼滅者が沈黙した瞬間を逃さず、継人は攻勢を仕掛け、
    「直々に手を下すのはそれだけか……!」
    「戦闘を配下に任せて余裕綽々、こちらはジリ貧……苦しいねぇ」
     ワルゼーと千尋が眉一つ動かぬ敵の冷徹を睨めた瞬間、惨澹たる連撃が陣を屠った。
    「――にゃあ、っ!」
    「レナ!」
     儚き花弁の如く躯が宙を舞い、可憐が、沈む。
     熾烈なる角逐を繰り広げる軍庭にあって、負傷者を運ぶ余裕は無く――アオとヒトマルが牽制を敷きながら守るので精一杯。
     戦局は更に動く。加速する。
    「――今、闇堕ち灼滅者の一人が此方に駆け付けると」
     朱雀門監視班の不動峰・明より連絡を受け取った瑠璃が増援を知らせれば、迷彩柄の装甲を血に染めた和守が唇を引き結んだ。
    「……それ迄は耐えるしかないな」
     誰が斃れてもおかしくない状況下、闘志と狂気が渦巻く戦場に届いた西の抑揚は、希望の光を差す筈……であった。

    「助けに来たでぇ!」

     焦眉の急に現れたのは、銀夜目・右九兵衛。
     闇堕ち灼滅者が敵と正対する中央軍に合流した事で、灼滅者達は士気を取り戻す。
     後衛にて戦局を見据えていたゲイルは空気に敏感だ。
    「形勢を変える好機が他に多くあるとは思えませんから、ここが正念場ですね」
     時宜を逃すまいと堅牢を敷けば、帯の鎧を受け取ったワルゼーが、先に耐性を得た明日香と共に天翔ける双翼と成る。
    「我がそう好き勝手を許すと思うか」
    「戦友の帰る場所は守らないとな」
     連携で苦しめる相手に対し、同じ連携で遣り返すとは小気味良い。
     流石は教祖と教団広報室長補佐――阿吽の呼吸で繰り出た斬撃は、ミストレスブラッドを十字に結んで断罪する。
     夥しい血煙を抜けて突貫する紅血魔には、千尋がマタドールの如く華麗に身躱し、
    「そんな動きじゃ捕まらないさ!」
    「助太刀いたーす!」
     カウンターアタックに躍り出た彼女に合わせ、緋色も蹴撃を墜下させた。
     二筋の流星が軌跡に虹色を散らした時には、醜き肉塊が血の海に沈み、

     ――行ける! これなら押し切れる!
     ――右九兵衛の支援があれば、黒の王に一矢報いる事さえ、或いは……!

     誰もが活路を見出した、その時であった。
    「ガ……ハッ……!」
     須臾。
     鈍・脇差の苦しげな呻きが残酷な静寂を齎し、時を殺す。
     腹部を貫く裁きの光条が血飛沫を噴かせ、ぐらり……彼を沈めたのだ。
    「脇差!」
    「どういうつもりですか、銀夜目さん!」
     輝乃が悲鳴にも似た声を上げ、嘉月の叫びが瑠璃と和守を突き動かす。
    「ッ……まさか……!」
    「そこを退け!」
     危急を察した黒影が敵躯を聢と攫めば、紫電一閃――破邪の燦光が胴を別つ。
     視界を遮る最後の一体を怒涛の勢いで駆逐した二人は、深紅に染まる視界に飛び込んだ光景に、声を失った。


    「クヒャヒャヒャ!」
     不気味な笑声が一切を攫う。
     脇差に手を下した右九兵衛は、天を仰ぐ様に嗤笑を響かせると、そのまま黒の王の軍勢へと歩み寄った。
    「――お前は一体、何だ?」
     後方より投げ掛かる声にヴァンパイアの軍勢は道を開け、右九兵衛と継人の視線が繫がる。
     右九兵衛はその問いには答えず、ひらり翻した手を胸元に置き、
    「黒の王さん、俺を雇ってくれへんやろか?」
     僅かに眉を動かした継人に対し、間を置かず言を重ねた。
    「勿論、ただでとは言わへん」
     相応の手土産は用意していると、その細められた眼は取引をよく心得ている。
    「見返りは朱雀門瑠架の居場所も含めた武蔵坂の情報や」
    「――!」
     灼滅者の胸がザワつく。
     懸念が苛立ちに、不安が怒りへと変貌していく。
    「手始めに、あんたのところの朱雀門、裏切ってるわ。このまま進めば、無傷の朱雀門全軍と戦う事になるで」
    「!」
    「右九兵衛、お前!」
     重大な機密を披瀝され、ある者は息を呑み、ある者は怒声を放ち。
     灼滅者の反応に全てを知った継人が、漸う口角を持ち上げた。
    「お前の存在は不愉快だな、だが愉快な男でもあるようだ。……よかろう、配下の末席に加えてやる」
     その言に爪先を弾く間もない。
    「皆のもの、この場より撤退せよ」
     号令が掛かると同時、彼の軍勢は一斉に踵を返し、潮の引く如く退いていく。
    「ほな、さいなら」
     右九兵衛は挙措を奪われた灼滅者に嘲笑を遺して、去った――。

     漸く時を動かしたのは、握り込めた拳を「畜生!」と壁に叩き付けた明日香。
    「奴が朱雀門から増援として切り離された時点では、翻意に気付かなかったか……!」
     苦境にあっても他班からの通信に常に注意を払っていた彼女である。
     右九兵衛の背反は不測の事態だったとはいえ、防ぎきれなかった後悔が佳顔を曇らせていた。
    「……彼が配下の部隊を連れてなかった事も原因にあると思います」
     大勢に影響なしと読んだのは、朱雀門も同じであったか――受信した連絡の全てを振り返りながら瑠璃が悔しさを滲ませれば、和守の背で意識を取り戻したレナが徐に口を開き、
    「単身にゃらサイキックアブソーバーへの破壊工作もできにゃいし……朱雀門も武蔵坂も、この展開は想定外だったにゃ……」
     その言を受け取った和守が強く唇を噛む。
    「闇堕ち灼滅者への対策を行う班が無かったのが痛手となったか」
     考えていなかった訳ではない。寧ろ彼等は全体のバランスを見て細心に事を運んでいた――視野の広さを持ち合わせていた面子だ。
     それ故に尚の事、右九兵衛の裏切り行為が重く鋭く突き刺さる。
    「どうします? 今なら迷わず灼滅を選べますが」
     現実を飲み込むに早いゲイルは、右九兵衛が更に最悪の事態を招くのではと既に懸念を抱えており、慎重ではあるがワルゼーも首肯を添え、
    「取引に朱雀門瑠架の居場所を含めていたのが引っ掛かる。追うべきか――」
     殲術道具を握り直した時、千尋がそっと手を置いて労った。
    「今回はあくまで対シャドウ戦争の前哨戦だ。深追いはせず、現況を確認しよう」
     深手を負った者もおり、今の戦力で狙えるものは少なかろう。
     何より、重大な『事実』を視た者として、皆々に伝えねばならぬ事がある。
    「この場で黒の王を追い返したことと……朱雀門からじゃなくて、武蔵坂の灼滅者から裏切りが出たって……言わなくちゃ……」
     言葉を紡ぐにも痛々しく。
     緋色の言を聞いた仲間とて、胸に針は刺さった儘だ。

     ――嗚呼。歩む理(みち)はまた血に濡れて。

     一同は苦々しい勝利を手に、いつもと変わらぬ空の色を見せる学窓を眺めたのだった。
     

    作者:夕狩こあら 重傷:レナ・フォレストキャット(山猫狂詩曲・d12864) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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