武蔵坂防衛線~果実は結ぶか

    作者:西灰三


    「みんな相談と投票お疲れ様!」
     有明・クロエ(高校生エクスブレイン・dn0027)は灼滅者たちを出迎えてそう口を開いた。彼女がそう言うということは、それに関する依頼がされるということだ。
    「改めて説明するね。シャドウとの決戦の前にヴァンパイア勢力の朱雀門との共闘の交渉に行ったんだけど、その結果は爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせて大軍で武蔵坂に攻め込んで来ることが分かったんだ」
     朱雀門の会長からは『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという情報ももたらしている。そして『朱雀門の軍勢が武蔵坂学園の奥まで侵攻する事を確認』すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せる手筈になっているようである。
    「こういったことを受けてみんなには話し合いと選択をしてもらったんだ。1つは先鋒の朱雀門の軍団を撃退する事。これを撃退すれば爵位級の軍勢が攻めてくることはなくなるけど、本当のシャドウとの決戦時に介入してくる可能性が高いんだ。2つ目は朱雀門の軍勢を学園の奥まで誘い出して、爵位級ヴァンパイアをできるだけ多く撃破する作戦。この作戦が成功すればシャドウとの決戦に爵位級たちが入ってくるのを防げるよ。3つ目は朱雀門を引き入れてだまし討ちして、そのあと爵位級も撃破しちゃう作戦。成功すれば一番戦果を出せるけど、リスクも高いだろうね」
     クロエは一息つくと、灼滅者たちを見た。
    「……この中からどれを選ぶのかをみんなに決めてもらったんだ」
     これまでの経緯を説明をして、選択の結果を受けた作戦を説明を始める。
    「みんなの投票の結果、朱雀門高校の提案を受け入れて爵位級ヴァンパイアを誘い出して灼滅する作戦になったんだよ。デスギガスとの戦いの時に爵位級との戦いは同時にできないから仕方ないよね。……この戦いで爵位級ヴァンパイア達を灼滅できれば、決戦の時に有利になると思うよ」
     クロエは「ただ朱雀門が裏切った場合は大ピンチになるから警戒はいるかも」と付け加える。
    「爵位級ヴァンパイアの有力な敵はバーバ・ヤーガ、殺竜卿ヴラド、無限婦人エリザベート、黒の王・朱雀門継人だと思うよ。あとこれに配下の吸血鬼とか眷属がついてくる感じ。みんなでよく話し合って何を目標にするのか決めてね」
     爵位級ヴァンパイアの撃退には3~5チーム以上の戦力が必要となり、灼滅ならその倍以上が求められる。もっともこれは護衛を含めた場合なので、うまく分断できる作戦を立てられれば灼滅に必要な戦力が少なくて済むかもしれない。
    「考えることの多い戦いになると思うけど、みんなならなんとかできるって信じてる。それじゃ行ってらっしゃい!」


    参加者
    ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)
    日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)
    椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)
    灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)
    十・七(コールドハート・d22973)
    灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)
    荒吹・千鳥(風立ちぬ・d29636)
    立花・誘(神薙の魔女・d37519)

    ■リプレイ


    「右舷、頼みます!」
     灯灯姫・ひみか(星降りシャララ・d23765)が紅血魔の攻撃をウィングキャットに受け止めさせて、すぐさまに回復する。
    「ランクマ、そっちから!」
     その間に灰色・ウサギ(グレイバック・d20519)が紅血魔に霊犬をけしかけつつ手傷を負った仲間達の傷を癒やす。その霊犬と挟み込むようにして十・七(コールドハート・d22973)は敵の死角から切り込んでいく、脚部を大きく切り裂かれた紅血魔はよろよろと足取りがおぼつかない。
    「そのままうごかんといて」
     荒吹・千鳥(風立ちぬ・d29636)が十字架を横から叩きつけることによって壁にぶつけられた紅血魔は床に倒れる。
    「これで!」
    「終わりです!」
     ミルドレッド・ウェルズ(吸血殲姫・d01019)の大鎌と日野森・翠(緩瀬の守り巫女・d03366)の御幣の一撃を受けて、紅血魔は倒れたまま消滅していく。
    「大したことが無いですね。……朱雀門が黒の王に情報を漏らしてないということなんでしょう」
     立花・誘(神薙の魔女・d37519)からするりと敵の印象がこぼれ落ちる。もし生徒会長ルイス・フロイスからこの情報が漏れ出ていたとしたらここには彼女らだけでは抗し得ない戦力が来ていただろう。
    「前線の方じゃ今頃激戦なんだろうけど……」
     瑠架の部屋で待機していた彼らが、気配を感じて戦った紅血魔は本隊からはぐれただけの存在だったようだ。後続の気配も感じないのを悟って椎葉・武流(ファイアフォージャー・d08137)は武器をしまい、瑠架の居る部屋へ仲間達とともに戻る。
     彼女のいる場所は他の護衛対象がいる場所とは別の校舎の奥まった行き止まりの一角である。仮に黒の王の目的が瑠架であった場合、他の要人も巻き込まれる可能性がありえたので意味のある一手であったろう。幸いなことに今のところその意味に大きな価値が発生する事態にはなっていない。
     教室の扉を開けて彼らは瑠架の居る部屋に戻った。


     横開きの扉を静かに開けると、部屋の奥の椅子に座っている人物にかかっている布が揺れた。それはその人物が身動ぎしたせいではなく、単に空気が吹き込んできただけだ。
    「瑠架様、はぐれていた敵を倒してきました」
    「………そう」
     ひみかの言葉に瑠架は聞こえないほど微かな声で返した。果たして灼滅者達に届いたかどうか。
    「瑠架ちゃん、何か飲み物でも用意しようか?」
     千鳥の言葉にも無言で首を横に振る。このような彼女の様子は彼らが会った時から何一つ変わらない。
    「………」
     そんな彼女を見たミルドレッドの表情は複雑だ。宿敵と呼べるだけの因縁のあるヴァンパイア。だが今目の前にいるその種族の重要人物からはまるで強い意志を感じない。
    「ミリーさん……」
     翠は彼女の表情を見、そして虚ろな瑠架の顔も見やる。今の彼女にはどの言葉を使うべきかと思いながらミルドレッドに触れる。七はそれらに冷静な視線を向けている。
    (「……このまま何もなければいいのだけれど」)
     今のところ肩透かしを食らうほどに大きな事は起きていない。せいぜいが先程倒したはぐれ吸血鬼ぐらいだ。そして少なくとも目の前の瑠架が敵意を向けてくることは無さそうだ。
    「なぁ、瑠架。あんたはこれからどうしたい?」
     武流は静かに座っているだけの彼女に聞く。それは彼だけではなくミルドレッドも同じ問いを考えていた。
    「何も、ありません」
     瑠架の言葉は虚ろだ。信頼できる侍従長デボネアも、大きな力であり彼女の理想に必要不可欠だった黒翼卿メイヨールも既に存在していない。そしてその身の自由ももはや無いのだ。彼女の望みも支えも既に潰えている以上、彼女自身は自らをただ生き残っているだけとしか認識していないだろう。
     誘はふうと息を吐く。これでは敵意を向ける気どころか警戒する必要すら無さそうに思える。目の前に居るのは心の折れた哀れな存在だ。
    「ん、連絡だ。――ええっとルイス・フロイスから?」
     ウサギが連絡の内容をかいつまんで説明すれば、『爵位級との戦闘の前面に朱雀門が立つことは罠が露見するため出来ない』『だがサイキックアブソーバーや要人の防衛に戦力として闇堕ち灼滅者を融通することができるかどうか』という問いかけがもたらされる。
    「断る、って回答でいいよね」
     ウサギは灼滅者達の顔を見回して返答する。朱雀門や闇堕ち灼滅者を信頼しきれないのもそうだが、今のところ大きく戦力を求めているような状態でもない。少なくとも雑談をするくらいの余裕はある。
    「瑠架ちゃん、よかったらいくつか教えてくれへん? 血の玉座のこととか黒の王のこととか」
     千鳥の発言した『黒の王』と言う言葉に瑠架はかけられた布をぎゅっと握りしめる。
    「……恐ろしい方、です」
     振り絞るように、あるいは漏れ出るように現れた言葉を吐いたきり彼女は押し黙ってしまう。千鳥はその様子にばつの悪い表情を浮かべ、武流は手櫛で髪を弄る。そんな中再びウサギに連絡が入る。
    「……爵位級の軍勢が撤退したって」
     一同に安堵の雰囲気が現れる。大過なく任務を終わらせることができそうだ。
    「なんか疲れちゃったよ……少しだけ寄りかからせてね」
    「ミリーさん、おつかれさまでしたのです」
     ミルドレッドが翠にもたれかかり、力を抜いていく。だがその時。
    「あ、あああぁぁっ!」
     突如瑠架が叫び声を上げる、誘がいち早く布を振り払いながら恐慌状態に陥っている彼女に駆け寄り、ひみかも続く。
    「どうかなされたのですか瑠架様! お気を確かに!」
    「……やっぱり何かが……!」
     七はすぐに振り返り、周囲を見回す。すぐさまに扉が破壊されて何者かが部屋に入ってくる。
    「どうぞ入ってくださいな。この俺にかかれば、朱雀門瑠架の救出などこの程度の事や」
    「……その声は、まさか……そんな……!?」
    「お、武流君もいるんかいな、お久」
     現れたのは、炎獄の楔で闇堕ちした右九兵衛であった。増援を断った朱雀門の客将である彼がここに居る訳がないのだ。……不測の事態が無ければ。
    「……っと、挨拶してる時やなかった。こちらへどうぞ、『黒の王』サマ」
     右九兵衛が言い終わるよりも早く、姿を表したのは『黒の王』朱雀門・継人その人であった。


     灼滅者達は言葉を失う、無理もない。明らかに想定外のことが起きている。そんな灼滅者達に目もくれず黒の王は口を開いた。
    「姉上、お久しぶりです」
     静かに黒の王が歩き出したところで、灼滅者達はやっと身じろぎをできるほどの余裕を取り戻す。
    「おっとやる気かい。けど無駄なことはせえへん事や。お前らくらい俺一人で相手できるんやで? そこに、黒の王までいてはる。これ以上ないオーバーキルや、クヒャヒャヒャ!」
    「……!」
     ひみかが険しい眼差しを右九兵衛に向ける。
    「おっと、闇堕ちしてでも止めるつもり? ええね、それなら瑠架はんを守れるかも知れへんなあ。まあ堕ちたらお仲間やね」
     ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる右九兵衛を睨むひみかに、七は小さく袖を引く。
    「あれは挑発、相手にしないで」
    「目ざといなァ。まあ俺らには殺る気ないしな」
     ちらりと右九兵衛は黒の王を見遣り軽い口調で話す。
    「やってもええけど、まさか勝てるとは思ってへんよな?」
    「……瑠架が望みかい」
    「そや、瑠架はんをこちらに渡すんや、そうすればお前らには傷一つつけん。逆らっても、戦闘不能にするだけで命はとらへん。絶対にや」
    「あなたは……!」
     ミルドレッドと翠はこのどうしようもない状態の中でも何か手はないかを探している。
    「戦うてみる? 痛い目見たいっちゅうなら止めはせへえんが、まあお互いに無駄やろ」
    「……そうですね。今のわたくしたちには選択肢は無いのでしょう」
     誘の言葉は冷静だ、冷たすぎて凍傷を負う程に。彼らがやり取りしている間に、黒の王はついに瑠架の前に立ち手を差し出す。
    「さぁ、帰りましょうか」
    「い、嫌……!」
     引きつるような叫び声を上げる瑠架に思わず近づこうとした千鳥だが、黒の王の射竦めるような眼差しに止められる。すぐさまに彼女から興味を失うと黒の王は瑠架を連れて部屋を後にする。まるでもう用は無いというように。
    「……どうしてだよ、右九兵衛……!」
     色々なものを押し込めた声で武流が問う。
    「堕ちてみれば分かるかもなあ」
    「……覚えておきなよ」
    「おお怖、そいじゃあまたな」
     ウサギの言葉を背に右九兵衛も部屋を出ていった。


     灼滅者を除く全てがいなくなった後、残されたのは言い様のない無力さだけだった。ひみかは悔しそうに唇を噛み拳を握りしめている。ミルドレッドと翠は疲れた体を互いに支え合うように寄り添っている、かすかな言葉のやり取りすら出来ず、手を重ねることしか出来ない。
    「……ごめん、黒の王と闇落ちした右九兵衛から瑠架を守りきれなかった」
     ウサギはぼそぼそと事の顛末を連絡している。だが、もう黒の王達を補足することは出来ないだろう。
    「……動くこともできひんかった」
     黒の王を間近で見た千鳥は声を震わせる。その名に相応しい実力を持っていた。それでも戦いを予期して待ち構えられたら、もしかしたらとも言えるかも知れないが。
    「せめて、自分たちが他の足を引っ張らないようにはしたいと思っていたけれど」
     七は小さく息を吐く。ダークネスの中にも悪辣さには差があると彼女は知る。
    (「……渦、か」)
     武流は開いた手を見る。多くの意思が唸るように絡み合い、そして色々なものを飲み込んで砕きそして出会わせる。当然のようにそこには別れも含まれている。
    「……ともあれ、学園としては勝利と言っていいでしょう」
     誘はぽつりと呟いた。少なくとも爵位級はいなくなり、リベレイターも壊されたという報告もなく、瑠架を除く要人に何かあったという情報もない。
    「そうね。……今後情勢がどうなるかは気にしなければならないだろうけど」
     大きなイレギュラーが果たして何を今後招くのか。七は誘の言葉に頷いた。こうして無念さと共に彼らの武蔵坂防衛線は幕を閉じるのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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