武蔵坂防衛戦~守るものがあればこそ

    作者:篁みゆ


     教室へと入ると、いつもよりも少し緊張したような表情で神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が灼滅者達を出迎えた。
    「シャドウとの決戦を前に、灼滅者達が朱雀門との共闘を求めて交渉に赴いたことは知っていると思う。その結果、爵位級ヴァンパイアがシャドウとの決戦に合わせて大軍を率いて武蔵坂に攻め込む計画があることが判明したよ」
     朱雀門の会長からは『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという情報を得た。
     そして『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事を確認』すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻め寄せてくる手筈であるようだ。
     武蔵坂の選択肢は3つ。
     1つ目は、先鋒である朱雀門全軍を撃退する事。
     朱雀門を撃退すれば、爵位級ヴァンパイアの軍勢は攻めてくることはありませんが、本当のシャドウとの決戦時に介入してくる可能性が高くなる。
     2つ目は、先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出して、爵位級ヴァンパイアの軍勢をできるだけ多く撃破する事。
     この作戦が成功すれば、シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアが介入してくるのを防ぐ事ができるだろう。
     最後は、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後にだまし討ちにして、その後、侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破する作戦になる。
     成功すれば最大の戦果を得る事ができますが、かなり危険な賭けになるかもしれない。
     
    「この3つの選択について、皆には年末年始で話し合いと選択を行ってもらった。結果、朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアを誘き出して灼滅する作戦を取ることとなったよ」
     瀞真は和綴じのノートを繰り、説明を続ける。
    「来るべきデスギガスとの決戦時に爵位級ヴァンパイアからの襲撃があれば、防ぎきることはおそらく不可能なので、この選択は止むを得ない所だろうね。この戦いで、数多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅する事ができれば、爵位級ヴァンパイアとの決戦でかなり優位に立つ事になるだろう」
    「ただ……朱雀門高校の戦力が裏切った場合は、大変な危機に陥るので警戒は必要かもしれないね」
     爵位級ヴァンパイアの有力な敵は、『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』 であるとであると想定される。
     この有力な敵に、配下の吸血鬼や眷属などが従っているようだ。
     仲間同士で話し合い、作戦目標を決定してほしい。
    「爵位級ヴァンパイアを撃退するには、3~5チーム以上のチームが力を合わせることが必要だよ。そうしなければ撃退することはできない」
     さらに、と瀞真は付け加える。
    「爵位級ヴァンパイアを灼滅するには、更に倍以上の戦力が必要になるけど、作戦によってはより少ない人数で灼滅に追い込む事が可能になるね。爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力を分断できるか否かが成否のポイントになるかもしれないね」
     和綴じのノートを閉じて、瀞真は灼滅者達を見つめる。
    「厳しい戦いになるだろう。けれども相手を内部に引き入れる以上、隙を見せるわけにはいかない。戦えない身で願うのはおこがましいかもしれないけれど、どうか、頑張って欲しい」
     そう告げ、彼は頭を下げた。


    参加者
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    青和・イチ(藍色夜灯・d08927)
    白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)
    園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)
    ワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・d24609)
    迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)

    ■リプレイ

    ●待つ
     潜むのは1階の教室。そっと息を潜める。潜むのは易いように見えて、その実、難い。時間が1分にも1時間にも感じる。
    (「学園は、大切な場所……誰だろうと、壊させない」)
     教室内の時計を確認して、青和・イチ(藍色夜灯・d08927)は強く思う。偶然同じように時計を見上げたのは、白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)。
    (「学内が戦場になると複雑な気分だね……余計な犠牲は出ない代わりに平和な学校生活が脅かされるというか」)
     今回は学園内へとダークネスを引き入れる作戦だ。正直、不安も尽きない。だから。
    (「とにかく早く終わらせて、またみんなで笑えるようにしたいな」)
     より一層、いつもの時間が尊く思える。
    (「裏切られたら恐ろしいですが出来れば朱雀門高校を信じたいですね……」)
     裏切られたら――可能性を考えだしたらきりはない。杞憂で終わることを願うのは月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)だけではない。
    (「やー、作戦とはいえ学園の敷地へ敵さんが……あんまり気持ちの良いものじゃありませんねー。ん、頑張って吸血鬼退治しちゃいましょうっ」)
    (「なんて言うか、ヴァンパイアの襲撃って、これで3回めなんですよねぇ。とにかくとして、これ以上やらせてはなるものかって思うんですよぅ」)
     心中で強く誓うのは園観・遥香(天響のラピスラズリ・d14061)。ワーブ・シートン(とんでも田舎系灰色熊・d24609)もこれまでを思い返すようにして。
    (「だからこそ、戦力を削らせてもらうんですよぅ」)
     強い思いはここに集った皆も同じ。
    「! はい」
     声を潜めて無線に反応した狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)に視線が集まる。
     ――こちら屋上班。予想されるバーバ・ヤーガの軍勢の移動経路を割り出したよ。最適と思われる迎撃地点は……中庭だ。
    「はい、すぐに向かいます」
     連絡を受けた翡翠が、集まった視線に頷いて。
    「中庭です。行きましょう!」
     8人は中庭までの最短経路を思い描きつつ、教室を飛び出す。地の利はこちらにあるのだ。

    ●大きな壁
     他の班も同様の連絡を受けたのだろう。こちらが中庭についた時にはすでに幾つかの班が時を待っていた。イチはその中に愛らしい北南・朋恵の姿を見つけた。見知った顔があるというのは心強い。
     と、重い足音と何かたくさんのものが駆けてくる振動が中庭にも伝わってきた。集まった灼滅者達は順に戦闘態勢に入る。
     ――敵の予想経路から中庭が防衛に最適な場所だと判断された理由が一瞬でわかった。
     それはまるでバッファローの群れ。敵の先鋒を務めるのは鶏の足の小屋たちだ。体躯の大きいそれらが一斉に駆けてくる姿は、妙に迫力がある。
    「まだバーバ・ヤーガの姿すら見えませんわね」
    「簡単にはやらせてくれないってことやな」
     アルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ジュテリピー・d08003)と迦具土・炎次郎(神の炎と歩む者・d24801)が一歩前へ出る。敵の護衛は他の班に任せてバーバヤーガを集中的に狙う予定だったが、この状況ではすぐにはそれが実行できそうにないことは誰もが分かっていた。
    「さぁさ、私たちと遊んで下さいな! 構ってくれないと――酷いですわよ?」
     百合ヶ丘・リィザが鶏の足の小屋の注意を引きつける。
    「先にあいつらを倒さないとダメそうなんですよぅ」
    「私達も行きましょう!」
     翡翠が他の班の狙った小屋へと迫るのに合わせて、ワーブが後を追う。まずは群れの先頭を潰す、話はそれからだ。

     集中砲火を受けた先鋒の小屋達が撃破された後に立ちはだかったのは、1体の鶏の足の小屋。たとえ突進してくるそれを避けても、後方に立ちはだかる小屋達が魔女への道の邪魔をする。
    「まだ届かないわね。とりあえず目の前の小屋を倒すわよ」
     後方の小屋から援護射撃として発された歯車を遥香に庇ってもらったアルベルティーヌが割り込みヴォイスを使って仲間たちへと伝える。後衛にいる小屋への攻撃手段を持たぬわけではなかったが、今は目の前の敵をまず屠ることが最善、と判断したのだ。仲間たちの返事は、目の前の小屋への攻撃で示される。
    「魔女にこの刃を届かせましょう!」
     巨大な刀に炎を纏わせて、翡翠が跳ぶ。スカートの裾が気になりはするものの、重い一撃をと刀を振り下ろす。追うように飛び出したワーブは、翡翠の与えた傷を抉るように槍を突き刺した。
     的は、大きい。跳んだジュンの流星の煌めきは常以上の威力で小屋の体部分を蹴りつけ、穴を開ける。合わせかのように遥香の影とイチの影が小屋の巨体を覆っていった。霊犬のくろ丸は、遥香にリングの盾を与えつつ癒やす木乃葉と手分けをするように、それまでに負ったイチの傷を癒やす。小屋がその鶏の足で炎次郎を蹴りつけた。
    「これくらいで倒れてられへんわ」
     巨大で重量のある体躯から放たれた重い一撃。だが炎次郎はそれに耐え、ニヤリと笑ってみせると先の二人と同じように小屋を影で覆い尽くした。霊犬のミナカタが距離を取るように動こうとする小屋に追いすがり、刀を振るった。アルベルティーヌの『砕けたコウモリの指輪』から放たれるのは、石化の呪い。
     チラリ他の班の状況を確認すれば、各班とも迫ってきた小屋を相手取って戦っているようだった。魔女に攻撃が届いている班はまだいない。
     後方の小屋たちからの援護射撃は続いている。鬱陶しくもあるが、盾役が目端を利かせて他の者達に歯車が到達する前に、その身体でそれを防いでいた。
    「前衛の回復をします!」
     木乃葉が周知するように宣言し、清らかな風を喚ぶ。ミナカタとくろ丸は木乃葉を補助するように、傷の深い者を回復するべく動く。
     アルベルティーヌの石化の呪いに苛まれる小屋に、畳み掛けるように迫ったジュンが手にした武器を叩きつける。ふらり、たたらを踏んだ小屋を貫いたのは、ワーブの槍だった。小屋部分を貫かれた鶏の足の小屋は、倒れながら霧のように消えていく。
     次はバーバ・ヤーガだ――誰もがそう思った。けれども魔女の前には、まだ複数の小屋が陣取っている。そしてこの班の者も含めて、突進してきた小屋達を倒し終えた他の班たちもそれに気がついた。
    「守りを、固めているようですー」
     そう、遥香の言うとおり、先程までの無理矢理突破しようとする動きはなくなり、残りの小屋達は守りを固めつつ、こちらを突破しようと攻撃を仕掛けてくるようになったのだ。
     打ち込まれる歯車はできるだけ盾役が受ける。戦力的には拮抗しているように思える。だが、あちらには爵位級のバーバ・ヤーガがいるのだ。
    「このままだと、こちらが消耗するのが先な気がするんだよぅ」
     そう、ワーブの言うとおり。こちらが消耗しきったところを狙われないとも限らない。理想的なのは、その前に魔女を討ち取ることだけれど、この状況では――ならば。
    「わざわざ朱雀門と取引してまで作った状況デース。成果を上げなければ何の為かわからんでゴザろう?」
     天鈴・ウルスラが声を上げる。その意図を汲み取った者達は、それぞれの武器を握り直して。
    「狙うは敵将の首一つ!」
     ウルスラの掲げる刃が魔女の喉元を指し示す。それに応じるように、各班、狙いを定めて。
    「バーバ・ヤーガ……いい加減灼滅者を見下すのはやめた方がええで! 俺達の結束力……しかとその目ん玉に焼き付けや!」
     炎次郎は影の刃を巧みに操り、狙い通り魔女へと向かう。ミナカタは炎次郎の指示なくとも、最初の命通りに治療に動いていた。
    「みんなの明日を守ります!」
     ジュンの帯が、アルベルティーヌの石化の呪いが、遥香とイチの影が――言葉にせずともそれぞれのが最適と思える判断で魔女を狙う。翡翠の帯とワーブの影が後を追ったのに続いて、この時ばかりはと木乃葉も笠の下の瞳を魔女に据えて『管狐』を放つ。
     すべての班による、魔女狙いの総攻撃――盾役の小屋が庇い受けたものや狙いがずれてしまったものもある故に全弾命中とはいかなかったが、魔女の白い肌にいくらかの傷が、離れた位置からでも見て取れた。だがどれも致命的なものではない。攻撃の続行を――誰もがそう考えたその時。
    「またしても計算違いですか。いえ、これは裏切りですね」
     魔女の声が、戦場を渡っていく。それほど大きな声を張り上げているわけではないのに、不思議とその声は灼滅者たちの元まで届いた。
    「ならば、これ以上の戦闘に意味はありません。撤退します」
     それは、即座に状況を分析して導かれた決断だった。小屋達に告げるが早いか、魔女は守られながら素早く撤退していく。
    「――っ」
     逃げられる――考える暇は一瞬。躊躇いが命取りとなる。けれども。
     何としてでもバーバ・ヤーガを――それはこの班が託された役目。ならば追撃するのは当然。誰一人、ためらわなかった。
     だが、戦況は予定していたとおりに動かないもの。追撃をかける彼らと他の班の前に立ちはだかったのは、数体の鶏の足の小屋と、それよりも一回り大きな小屋。オーラを纏ったその大きな小屋は、バーバ・ヤーガの小屋とでも呼ぶべきか。
    「何としてでも通してもらわなければなりませんわ」
     アルベルティーヌの魔法弾が放たれるのを契機に、翡翠やワーブ、ジュンも同じ小屋を狙う。
     追撃を掛けた班の中でも自然と分担が別れたのは、共に役割分担を考え、共に戦ってきた経験と信頼ゆえだろう。数体の鶏の足の小屋を他の班に任せ、この班は同じ意図の班とともにひときわ大きな小屋を狙う。
    「……、っ……」
     大きな小屋の蹴撃は、やはり他の小屋のものより重く、強くイチの腹部に食い込んだ。それでも、イチは下肢に力を入れ、踏みとどまる。そしてお返しとばかりに非物質化させた剣で大きな小屋を斬りつける。
    「回復します!」
     周知のために声を上げてイチの傷を癒やす木乃葉と、回復行動を取るくろ丸。
    「こうなったら追いかけるしかありませんよねっ」
     遥香の影の刃が、大きな小屋を襲う。だがやはり先程まで戦っていた小屋とは得られる手応えも違って。けれども共に戦ってくれる班があることから、絶望するには至らない。むしろ、希望を持ち続けることができる。
    「ただ撤退させるだけやと、俺たちは気ぃ済まんのや!」
     炎次郎が握りしめた『金錫』を勢い付けて突き出す。合わせるようにアルベルティーヌの狙い定めた呪いが放たれ、常以上の威力でもって大きな小屋を傷つけ、蝕む。炎色に染まった巨大な刀を取り出し、翡翠は先程したのと同じように跳んだ。重力に従って、更に全体重を乗せるようにしてそれを振り下ろす。
    「バーバ・ヤーガは前にもいたんですよねぇ。今回で終わらせますよっ!!」
     強い意気込みを込めて、ワーブが槍で小屋の中枢を突く。
    「邪魔しないでください!」
     ジュンの蹴撃が大きな小屋を狙う。すると小屋の中から鶏の足の小屋のものより大きな歯車が射出された。
    「危ない!」
     狙われたジュンを突き飛ばすようにして、炎次郎が歯車を身に受ける。回転するそれが脇腹を抉るが、炎次郎は倒れない。ミナカタが心配そうにその傷を癒やしにかかる。
    「誰も、倒れさせません」
     木乃葉の、癒し手としての強い意志。彼が炎次郎を癒やしている間に、イチはくろ丸と共に彼我の距離を詰め、攻撃を仕掛ける。大きな小屋を覆った遥香の影に飛び込むようにして、炎次郎は再び槍を振るう。
     多勢に無勢。このまま他班と連携をして攻撃していれば、近いうちにこの大きな小屋を倒せるはずだ。けれども『近いうちに』では遅いのだ。今すぐにでも倒し、魔女を追いかけたいのは皆、同じ。
     しかしこの、バーバ・ヤーガの小屋とてただ足止めに捨て置かれたわけではない。他の小屋と比べて、明らかに――強い。
     体躯に似合った重い攻撃から翡翠を庇ったイチを、木乃葉の遣わせた風が即座に癒やしにかかる。癒やしきれぬダメージは蓄積しているものの、まだ、まだ立っていられると、イチは大きな小屋へと剣を振り下ろす。
    「――斬る!」
     近くにいたはずの天宮・黒斗の姿が消えた――ように見えた。彼女は一瞬のうちに大きな小屋の死角に入り込み、斬りつけたのだ。たまらずに、バーバ・ヤーガの小屋が浮足立つ。その瞬間を、翡翠は見逃さなかった。
    「魔女に追いついてみせます!」
     翡翠の炎を纏った重い蹴撃が、大きな小屋の中枢に打ち込まれる。ひときわ大きく何かが折れるような音が響き、ドンッと倒れた大きな小屋は、霧のように消えた。
     更に追撃を、そう思って小屋の板先へと視線を向けた灼滅者達だったが、小屋達を撃破して見晴らしの良くなった先には、バーバ・ヤーガの姿はなかった。
    「逃げられてしまいましたか……」
     項垂れたのはジュンだけではない。
     バーバ・ヤーガを撃退できたのは朗報だ。けれども出来れば灼滅をと狙ったものの届かなかったのは、彼らにとっては無念すぎる結果でしかなかった。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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