0か100の生存率

    作者:さゆわらし

     少年はくすくす笑いながら、机に突っ伏している、あるいは床に倒れている死体を見渡した。交番にいた警官は3人。落とし物を届けに来た子供とその母親。そして道を教えてもらいに交番を訪ねてきた2人の外国人旅行者……。
    「あはははは、簡単だねぇ」
     どす黒い闇に変えた殺気を放ち、それで覆い尽くす。ただそれだけで、あっけなく7人の命が消えた。
    「おまわりさんって、拳銃を持ってるんじゃなかったけ?」
     そう言いながら交番の入り口を背に歩き去ろうとして、ふいに立ち止まった。
    「ああ、忘れてた」
     生者がいない交番に向けて、肩越しにぱちんと指を鳴らす。
    「時間を上げるよ。4、5日でまた死んじゃうけどね」
     人が立ち上がる気配を背中に感じながら、少年は笑顔でその場を立ち去った。
     六六六人衆の1人、NO.六四七。番号が付く前の彼はもう、どこにもいない。

    「分析の結果がそろいましたので、お知らせします」
     胸の前に紙を束を抱え持ち、少し舌足らずな口調で宇都木・那依(小学生エクスブレイン・dn0036)は灼滅者たちにそう告げた。
    「今回予知できたダークネスは六六六衆の一人です。そして犠牲となるのは偶々交番に居合わせた7人。お巡りさんが3人と、落とし物を届けに来た母娘づれ。それから道を聞きに来た外国人旅行者2人です。
     彼、六六六衆のNO.六四七は武器を持っている相手を殺すことが好きで、だからこの交番を今回の狩場にしたようです。大きな公園の近くにあって、偶々居合わせた人と一緒に殺すことができるから」
     那依はそう言って、都内にある音楽堂を持つ公園の名を告げた。
    「武器を持っている人間を、抵抗する時間も与えずに殺してします。そして、気まぐれに走馬灯使いの力を使って殺した人間を生き返らせているようです。……生き返らせても、数日で死んでしまいますが」
     小さく息を吐くと、那依は抱きしめるように持っていた紙の束を見た。そしてそこにプリントアウトされた事柄を読み直してから、話を続けた。
    「NO.六四七が武器を持つものを標的にすることが好きだというのが、今回のバベルの鎖の予知を出し抜くきっかけになります。普段はカードの中にしまっていると思いますが、灼滅者の皆さんは武器を持っています。その武器の中でも強そうな武器を持っているところをNO.六四七に見せたら、彼はお巡りさんより強そうな武器を持つ皆さんに標的を変えるでしょう。
     それでNO.六四七の戦闘能力ですが、殺人鬼の灼滅者が使うサイキックはすべて使えます。加えて彼はリングスラッシャーを使っての攻撃も行うようです。
     武器を持つものをまとめて殺すと言うのが、彼が殺すときのパターンのようですが、皆さんを一撃で殺すことはできません。だからそのまま戦いを長引かせて、NO.六四七の意識を交番からそらし続けて下さい。15分もあれば母娘づれも、外国人旅行者も交番から離れるでしょう。お巡りさんのうち1人か2人はパトロールで交番を離れるかもしれない。交番にいる人数が減れば、NO.六四七はそこを狙うのを止めるでしょう。
     それともう1つ。ダークネスの力はとても、強いです。今の私たちにNO.六四七を倒す力はありません。ただ、六六六衆はお互いに殺しあうダークネスです。彼を疲れさせることが出来れば、彼は戦いから撤退するはずです。交番も気にしないでしょう。無力な一般人への虐殺よりも、六六六衆同士の殺し合いの方で生き残るほうが彼には重要ですから」
     ここまで話すと、那依は机に広げた資料の紙を片付け始めた。
    「繰り返しますが、六六六衆の一人であるNO.六四七を灼滅する力は、今の私たちにはありません。今回できるのは犠牲者の数を減らすことだけです。彼が交番への攻撃を実行する前に、彼の意識を交番からそらし、彼と戦い疲労させる。そうするしか狙われた人たちを助ける方法はありません」
     それだけ言うと、再び胸に抱きしめるように書類の束を抱えた小学1年生は灼滅者たちに頭を下げた。
    「今ある精一杯の力で、悲しいことを止めて下さい。そして皆さんもどうか無事で……よろしくお願いします」


    参加者
    黒洲・智慧(九十六種外道・d00816)
    斎賀・なを(オブセッション・d00890)
    古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)
    大業物・断(一刀両断・d03902)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    巴・詩乃(待降の祈り・d09452)

    ■リプレイ


     交番は人の流れのある場所に作られることが多い。用がある者、或いは後ろ暗いところがある者以外は気に留めることは無い。その交番はスレイヤーカードから取り出した武器を手にした灼滅者たちは、二手に分かれて見張っていた。
     お互いが視認できるように、交番を点の一つとした正三角形の陣形。その中で最初に彼に気が付いたのは、交番付近や交番までの道を注意深く見張っていた巴・詩乃(待降の祈り・d09452)だった。幼い女の子を連れた女性が交番の入口に立っていた警官に何かを話し、交番の中に入っていく。その様子を1人の少年が面白そうに見つめていた。
    「大業物さん……」
     巴が同じ小学生の大業物・断(一刀両断・d03902)に声をかける。その声に、誰に聞かせるともなく武器談義をしていた黒洲・智慧(九十六種外道・d00816)と刻野・渡里(高校生殺人鬼・d02814)も視線を巴の見ている方に向けた。
     刻野は一瞬、背中を何かがざわりと駆け上るののを感じた。かつて、刻野を殺人ゲームに巻き込んだ存在とよく似た空気をまとう少年。同じ先を見つめる大業物の普段は硝子のような瞳に一つの感情が宿る。
     それは強い殺意。
     その視線に気が付いた少年は、殺意の宿った幼い顔とその手に握られる日本刀を面白そうに見た。そして黒洲の手にある妖の槍とバスターライフルに目をやると、楽しそうに笑った。
    「へぇ。ずいぶん物騒なもの、持ってんじゃん」
    「……見つけた……六六六衆……。……汚い殺しをやる下衆ども……」
     大業物の言葉に、少年は再び笑った。とても楽しそうに。その笑い声を聞いて、巴は思う。
    (「人を殺すことを笑いながら行う人……」)
     学園の灼滅者たちに救われる前。まだ完全に闇堕ちする前の闇の入口に巴がいた頃。姉を1人待ち、1人闇に侵されていった日々の中でも、巴は人を殺すことだけはこらえていた。それは姉への思慕に支えられてのことではあったが、巴の思いでもあった。
    (「何故こんな酷いことをするのかな? どうして死者に鞭で打つようなことをするのかな?」)
     刻野が携帯電話をいじる音がする。視認できるとは言え、離れた場所にいる仲間にNO.六四七を見つけたと知らせているのだ。NO.六四七は黒洲の挑発の言葉を聞きながら笑っている。
    (「NO.六四七を止めなくちゃ」)
     巴が思った時、大業物が六四七をにらみつけたまま言った。
    「……ここは狭い……。……あっちに公園がある……。……自慢の範囲攻撃でそれがし達を殺して……出来るならな……」
    「狭い?」
     大業物の言葉に、六四七は再び笑った。
    「ここ、充分広いけど?」
     突然生まれた闇が、大業物と巴を襲った。


     刻野のメールで、駆け寄ろうとしていた西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)たち4人の目の前で闇が生まれ、先に対峙していた仲間のうち2人を覆った。
    「殺したいから殺す。相変わらず胸糞悪い連中じゃ」
     鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)は走りながら吐き捨てるように言った。鷹森自身、元は六六六衆の1人だった。今回そろった灼滅者たちの中では一番、六六六衆の心の動きを理屈抜きで予測できる人物かもしれない。だからもし自分が先に接触したら、即戦闘にならないように気を付けて挑発するつもりだった。だが……。
    「殺そうと思ったら待ったなしか」
     走りながら悔しそうに呟く斎賀・なを(オブセッション・d00890)の言葉に、西院鬼は唇を噛みしめた。殺人衝動の危うさや強さなら、彼はよく知っている。今は亡き家族の今際の言葉だけが、狂気のふちにいるような彼の殺人衝動を縛る鎖となっている。だが、相手が六六六衆ならそれを抑える必要は無い。西院鬼は彼の中にある、狂気にも等しい殺気をその場に解き放った。
     西院鬼の殺気がこの場所からダークネスに抗う力を持たない人たちを遠ざけていく。黒洲がサウンドシャッターで戦いの音を周囲から遮断する。刻野と彼の霊犬サフィアが、傷ついた大業物と巴を癒していく。そんな仲間たちの動きを感じながら、古室・智以子(小学生殺人鬼・d01029)はNO.六四七に駆け寄りざまに日本刀を振り下ろした。その古室の刃を、NO.六四七の作った光輪が受け止める。
     ―今の私たちに、NO.六四七を灼滅する力はありません―
     幼いエクスブレインの言葉が、古室の脳裏をよぎった。
    「灼滅する力が無い……そんな自分が、情けないの……」
     それでも今ある精一杯の力でできることがあるのだ。刻野がリングスラッシャーを使っての攻撃で、黒洲がスパイナーの特性を利用しての部位攻撃でNO.六四七を挑発している。古室は西院鬼と共にNO.六四七の背後に回り込むと再び握りしめた日本刀を振り下ろした。


     鋭い音が響いて、2つの刃が光輪に止められる。
    「後ろから来るならもうちょっと上手くやれば?」
     NO.六四七はわずかに頭を動かして、視線だけを後ろから来た2人に向けている。ポケットに両手を入れたまま、大業物の黒死斬をわずかな動きでかわし、巴の刃を持つ黒い鞭のような影業をいなしている。そしてその合間に、今度は7つにかれた光輪が、西院鬼と古室に襲いかかった。
    「させるかっ!」
     斎賀が五星の護符を放り、刃の光輪への結界を張る。護りの星の結界と殺しの光輪の力がぶつかり合い、斎賀の星をすり抜けた光輪が咎人の大鎌と日本刀を持つ2人を切り裂いた。
    「っ! サフィア!」
     その一言だけで、刻野のポテンシャルの化身である霊犬は刻野の意思を理解し、傷ついた西院鬼のほうに駆けていく。嵐のような闇堕ちの危機の中で全ての一族を失った西院鬼は、六六六衆に対して狂気に等しい憎悪の感情を持っている。NO.六四七との戦いの中でも己の身を守るという意識が希薄な彼はその分、傷も深い。
    「へぇ? そんな強そうな武器を持ってて自分の身も守れないの? そういうの、宝の持ち腐れって……」
     そこでNO.六四七の言葉は黒洲がバスターライフルで放ったデッドブラスターに遮られた。直撃したわけではない。だが、バスターライフルから撃ち出された漆黒の弾丸はNO.六四七の頬をかすめ、うっすらと赤い筋を残した。
    「何だ。リングスラッシャーの扱いならオレの方が上手いんじゃないか?」
    「目立つ場所に傷がついてしまいましたねぇ」
     刻野と黒洲が嘲りの言葉でNO.六四七を挑発する。NO.六四七は無言のまあリングスラッシャーで大業物の日本刀を受け、鷹森の制約の弾丸をそらした。そして手の甲で頬の血をぬぐうと呟いた。
    「なるほど……リングだけじゃ護りが足りないか……」
     顔は相変わらず笑っていた。だがその目からは笑みが消えている。
    「じゃぁ、教えてくれた礼をしよう!」
     叫び声とともにNO.六四七の体についた傷が消える。それと同時に、7つに分かれた光輪が刻野と黒洲に襲いかかる。それは灼滅者たちの目標の一つが達成した証だった。NO.六四七の意識の中に、交番の7人のことはもう無い。


     斎賀の五星の護りを砕き、7つの光輪は何度も刻野と黒洲に襲い掛かった。西院鬼や古室、そして巴の猛攻を意に介さず繰り返される攻撃は、集中攻撃を受ける2人をかばう大業物と鷹森にも深手を負わせている。
    「何の。本命はこっちじゃ。黒髪縛り―大蟷螂!」
     鷹森の長い黒髪に仕込まれた鋼糸が空気を切り裂いてNO.六四七に襲い掛かった。NO.六四七はそれを素手で受け止め、握りしめる。
    「くっ!」
     力と力が拮抗していたのはわずかな時間だった。すぐにNO.六四七は鋼糸離した。鋼糸を引いていた鷹森はバランスを崩し、後ろによろけた。そこを今度は刻野と黒洲を巻き込んでどす黒い闇が覆った。重く、果てがないような殺気の闇に刻野が意識を失った。動かない刻野を守るようにサフィアが立ち、NO.六四七を威嚇して唸っている。
    「闇に堕ちたもの……滅せよ……っ! 消えろーーーーっ!」
     満身創痍の西院鬼が振り下ろした咎人の大鎌を再び光輪がはじいた。
    「あんたさー。そのあるんだかないんだからビミョーな正気は、さっさと手放した方が楽なんじゃないの?」
    「余計なお世話なの……」
    「下衆の分際でほざくな! 死ねーっ!」
     古室と大業物の攻撃をわずかな動きでかわすと、NO.六四七はため息をついた。
    「今度はこっちか……。うっとうしいなぁ、もう……」
     肩を落としたところで襲ってきた刃の形をした巴の影業を避けるようにNO.六四七は高く跳躍し、灼滅者たちから離れた所に着地した。
    「どうした、かつての同胞殺したいのじゃろう? 存分にやりあおうぞ」
     鷹森は誘うように鋼糸を振るった。わざとすれすれで外し、空気を切る音だけを立てて挑発する。だが、NO.六四七は肩をすくめて言った。
    「やだよ、お前ら面倒くさいんだもん。僕、もう帰る」
    「どうして人を殺すの? こんなひどいことをするの?」
     灼滅者たちに背を向けて歩き出したNO.六四七に、巴は思わず叫んだ。斎賀とサフィアの必死の治癒にも関わらず、刻野の意識は戻らない。挑発した鷹森も、前衛として戦っている大業物も古室も深い傷を負っているし、西院鬼に至っては立っているのが不思議なくらいだ。その戦いを面倒くさいの一言で投げ捨てる……。どうして?
    「あなたは、人間に戻るつもりはないの?」
    「なんで人間にならなきゃならないわけ?」
     振り向きもせずに返された冷たい言葉に、巴は凍りついたように固まった。そうしているうちにNO.六四七の姿は風景の中ににじむようにして消えている。俯いて両手を固く握りしめる巴の頭を、斎賀が慰めるようにそっと撫ぜた。NO.六四七の姿が消えた途端に西院鬼は意識を失っている。
    「……終わった……それがしお腹減った……お蕎麦が食べたい……」
     殺意だけではなく全ても感情も消した表情で空腹を訴える大業物も、杖の代わりにした日本刀にすがりつくようにしながら座り込んでいる。同じく座り込んだ古室は武器を収めると、静かに交番を見た。金髪の体の大きな2人の男性が、入口の警官に頭を下げると、再び地図を見ながら歩き去っていく。狙われた交番が何も知らないまま日常の中に戻っていた。

    作者:さゆわらし 重傷:古室・智以子(花笑う・d01029) 刻野・渡里(殺人鬼・d02814) 大業物・断(一刀両断・d03902) 西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月3日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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