武蔵坂防衛戦~朱刃と黒厄の足音

    作者:御剣鋼

    ●年末年始の話し合いの結果
    「シャドウとの決戦を前に、武蔵坂が『朱雀門高校』との共闘を求めて交渉に赴いたことは、既にご存知の方も多いかと存じます」
     その結果、『爵位級ヴァンパイア』がシャドウとの決戦に合わせて、大軍を率いて武蔵坂に攻め込む計画をしていることが判明したと、里中・清政(高校生エクスブレイン・dn0122)は手元のバインダーに視線を落とす。
    「朱雀門の会長からは『武蔵坂学園がソウルボードで決戦を行う』という偽情報を流した上で、先鋒として朱雀門全軍を率いて攻めてくるという情報を得ることが出来ました」
     爵位級の軍勢は『朱雀門の軍勢が武蔵坂の奥まで侵攻する事』を確認すると、怒涛の如く攻め寄せる手筈になっているという。
    「その中で、わたくし達武蔵坂が取れる選択肢が、3つございました」
     1つ目は、先鋒である朱雀門全軍を撃退すること。
     先鋒である朱雀門を撃退すれば、爵位級ヴァンパイアの軍勢が攻めてくることは無くなるけれど、本物のシャドウとの決戦時に介入してくる可能性が高くなる。
    「2つめは、先鋒である朱雀門全軍を学園の奥まで侵攻させ、爵位級ヴァンパイアの軍勢を釣り出し、爵位級ヴァンパイアの軍勢をできるだけ多く撃破する作戦でございます」
     リスクはあるけれど、この作戦が成功すれば、シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアが介入してくるのを防ぐことができる。
    「3つめは、朱雀門高校の軍勢を引き入れた後にだまし討ちにし、その後、侵攻してくる爵位級ヴァンパイアを撃破する作戦でございます」
     成功すれば最大の戦果を得ることが出来るが、かなり危険な賭けになるだろう。
     この3つの選択について、年末年始に掛けて話し合い等を行なった結果――。
    「武蔵坂は朱雀門高校の提案を受け入れ、爵位級ヴァンパイアを誘き出して戦う方針を取ることになりました」
     
    ●朱刃と黒厄の足音
     年末年始に掛けて、皆で相談して選び取ったのは、2つ目の選択。
     シャドウとの決戦時に爵位級ヴァンパイアからの襲撃があった場合、防ぎきるのは不可能に近いといっても過言ではない。
     この選択は、止むを得ない所があると言えるだろう。
    「ですが、この戦いで多くの爵位級ヴァンパイアを灼滅することができれば、爵位級ヴァンパイアとの決戦でも、かなり優位に立つことが出来ましょう」
     爵位級ヴァンパイア側の有力な敵は、『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』の4人であると、想定されている。
     この有力な敵に、配下の吸血鬼や眷属などが従っているとのことだ。
    「爵位級ヴァンパイアを撃退するには、3~5チーム以上の戦力が力を合わせる必要がございます」
     爵位級ヴァンパイアを灼滅するには、更に倍以上の戦力が必要になるという。
     だが、作戦によっては、少ない人数でも灼滅に追い込むことは可能だと執事エクスブレンは付け加えると、バインダーから視線を上げた。
    「配下の軍勢につきましては、作戦に参加されない灼滅者の方々も迎撃に回りますので、皆様方は爵位級ヴァンパイアとその護衛達を相手取ることになります」
     チームでの連携はもちろん、護衛を減らす工夫もあるといいかもしれない。
     爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼戦力をいかに分断させることが出来るかが、成否のポイントになるのは、まず間違いはないのだから――。
    「ただ、朱雀門高校の戦力が裏切った場合は大変な危機に陥りますので、ある程度の警戒は必要になりましょう」
     警備に戦力を回すのも非常に厳しい状況だが、ダークネスは隙を見せれば裏切るもの。
     ある程度の監視は、必要かもしれない……。
    「黒の王も朱雀門の情報を疑っているという情報もございます。爵位級の中でも特に黒の王を撃破するためには、より相応の工夫が必要になると思われます」
     説明を一通り終えたのだろう、執事エクスブレインは口元を閉じる。
     そして、不意にコホンと軽く咳を払うと、柔らかく口元を緩めた。
    「新年の厄払いとかけて締めの挨拶と解きます……その心は、景気良くいってらっしゃいませ!」
     慣れないことをしたせいか、執事エクスブレインの頰はほんのりと赤く……。
     そして、何時もと同じ丁重な作法で、深々と頭を下げたのだった。


    参加者
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)
    セレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)
    ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)

    ■リプレイ

    ●朱刃と黒厄の足音
    「お、うまく敵前方部隊を分断させることができたな」
    「ああ、先端を切り開いてくれた2班の成果だ」
     咬山・千尋(夜を征く者・d07814)の眼下に、竜の旗印が飛び込んでくる。
     高ぶる心を抑えるように唇を引き結ぶと、地上の班から此処は任せてくれと促されたのだろう、ヘイズ・フォルク(青空のツバメ・d31821)も戦場に面した上階で、息を潜めていた。
    「敵本陣は隊列の後方か……後方も分断させないと厳しそうだな」
     ヴラド軍の進行に衰えは見られない。一度は踵を返そうとした前方部隊も、主人の命を受けてそのまま前進する。
     眼下の戦況をセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)達が静かに見守る中、突如無線がノイズを発した。
    『こ、これから後方へ突撃を開始します!』
    『同じく。最後尾、仕掛けるよ』
     他班からの連絡を受けた柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)は、仲間を見回す。
    「俺達が狙うのはヴラド本陣だな、皆それでいいか?」
    「ここまで入ったなら直接入場料いただきませんとね?」
     戦場から顔を上げた雪乃城・菖蒲(虚無放浪・d11444)の藍色の瞳は、強い意思が揺らめいて。
    「私としてもここは首級を獲りに行きたいところですね」
     眼鏡の端を光らせたオリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)にいたっては、柔和な物腰は消え失せ、殺意と憎悪を全身に漲らせている。
    「まずは目の前の事をやろう。殺竜卿ヴラドの灼滅、だね」
     ずっと過ごしてきた学び舎で戦うなら、誰が相手でも負けられない。
     元気よく返してくれたリリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305)に高明は口元を緩め、無線を取る。分断を買ってくれた2班の勇気に感謝とエールを籠めて。
    「了解、俺達も合わせて本陣に仕掛ける。頑張ろうな」
    「行くぜー、高兄!」
     ――目的は唯1つ、殺竜卿ヴラドの灼滅!
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)は高明を抱えると、後方に突撃する班のタイミングに合わせて、颯爽と飛び降りた。

    ●双銃の竜騎兵
    「気合入れていくんでヨロシク!」
    「千尋さんじっとして下さい、身長差が……いえ、大丈夫です」
     孤立した本陣に狙い定めた千尋は、オリヴィアに抱えられて急降下する。
     その近くで鳥人姿のセレスが菖蒲に抱えられていたけれど、突っ込むのは無粋である。
    「さて、狡猾にやらせてもらいますかね……」
     地に足を付けたヘイズは浮き足立った二丁拳銃持ちの騎兵に狙い定め、漆黒の殺気を解き放つ。
     別方向からも2班が本陣に奇襲を仕掛けており、3班で首級を狙う形となった。
    「ッ、姑息な真似を!」
    「好き勝手させねー! てめーらはぶっ飛ばす!」
     反撃に転じた騎兵が撃ち出した弾丸がヘイズの守りを撃ち砕かんとするが、即座に弾道に割って入った康也が強烈な一撃を受け止める。
    「高兄!」
    「おう、任せろ」
     康也の腕に浸透する衝撃が並みの騎兵ではないことを証明するけれど、軽く目配せした高明が身を低くして距離を狭め、黒鋼の刃から強烈な白光の斬撃を繰り出す。
     同時に。戦場で吹き荒れる風の如く銀の髪を靡かせたオリヴィアも、紅い闘気を撃ち放った。
    「さあ、ボクらが相手だよ」
     着地と同時にビシッと指を突きつけたリリアナもナイフを煌めかせ、激しく渦巻く風の刃を生み出す。  
     態勢を立て直した騎兵も馬を巧みに操りながら拳銃で応戦、激しい火花が飛び交う。
    「博打に変わりありませんが……爵位クラスを直接摘み取るいい機会です」
     剣戟が高まる中、ゆるりと着地した菖蒲は前衛の守りを固めながら周囲を見回す。
     本陣に残るのは4体の竜騎兵とヴラドのみ。けれど、一兵の騎兵でも侮れない強さなのは、上階からの観察で把握済みだ。
    (「背水とはこのようなことをいうのだろうな」)
     互いに退路は断たれ、安全圏はない。
     ヴラドを灼滅するしか自分達には未来がないのだと、セレスも腹を括る。
    「勝った方が生き残る、か。わかりやすくていいねぇ」
     枯れ枝のごとく細い黒槍をくるりと旋回させた千尋は、槍先に螺旋の捻りを加える。
     ――一閃。肩に風穴を空けられた騎兵の表情が苦悶に歪む、が。
    「灼滅者如きが!」
     騎兵の激昂と同時に炎を纏った銃口がオリヴィアに向けられる。
     麻痺を帯びた強烈な火炎放射が前列を薙ぎ払い、血と土埃でぶわっとむせかえった。
    「強いですね」
    「ガゼル、カバーを頼む」
     味方の危機に菖蒲が即座にWOKシールドを掲げ、高明の視線を受けたライドキャリバーのガゼルも、戒めに捕らわれたリリアナと康也を守るように奔走する。
     互いを補うように放たれた癒しと力が前衛を包み、戒めから脱した前衛陣は――。
    「本命を前にここで倒れるわけにはいきませんね」
     煤と血がこびりついた胸の奥に渦巻くは、宿敵たるヴァンパイアへの殺意。
     金の瞳に闘志を燃やしたオリヴィアは素早く間合いを狭め、低い位置から破邪の白光を放つ強烈な斬撃を繰り出す。
    「コイツをただのワイヤーだと思うなよ……触れれば斬れる特注品だ!」
     ぐらりと足元が揺らいだ刹那、ヘイズの鋼糸が騎兵の体を拘束する。
     確かな手応えを感じたヘイズが強く腕を引くと、リリアナがジグザグに変形させたナイフを傷口に食い込ませた。
    「どんな敵でも全力でぶっ飛ばす!」
     取り巻きだろうが、首級だろうが関係ない。
     康也が力任せに振り下ろした銀爪が騎兵の右腕を裂き、反対側に回り込んだセレスが空いた胴目掛けて、螺旋の捻りを加えた木槍を突き刺す。
    「悪いな。ここで止まれないんだ」
     今はただ走るだけ。そして、これからも。
     ローラーダッシュの摩擦を利用して高く跳躍した千尋は、周囲にむせかえる血の香りを大きく吸い込む。
     昂ぶる心と漆黒のエアシューズに銀と炎の軌跡を乗せ、鋭く弧を描くように騎兵の脳天を蹴り上げた。
    「次はあいつだな」
     頭が離れた騎兵の胴体が馬と共にどうと倒れ伏すが、千尋の意識はそこにはない。
    「強敵ですね、注意していきましょう」
     千尋の視線を追った菖蒲の瞳も、一際強力なオーラを放つ銀髪の騎兵に止まる。
     緊張と共に僅かな興奮を抱いた、その時だった。
    「あの銀髪のは、俺たちが相手をするね。だから……ヴラドはお願い」
     声と同時に。一足先に騎兵を倒した1班が、まっすぐ銀髪の騎兵へと向かっていく。
     もう1体の騎兵を倒した班も向こうに軽く目配せをし、ヴラド目指して駆け出した。
    「了解、ありがたく頼らせて貰うぜ」
     飄々と返事を返した高明は速度をあげ、セレスはまっすぐ眼前を見据える。
    「名高き殺竜卿もお待ちかねのようだな」
     その先に姿を見せた、爵位級ヴァンパイアを、射抜くように――。

    ●殺竜卿ヴラド
     ――殺竜卿。
     その名の如く、竜の意匠を凝らした武装で身を固めた美髭の武人は、そこにいるだけで己を包囲したリリアナや康也達を圧倒する存在感を放っている。
     何よりも特徴的なのは、槍のようにも見える大きな剣だろうか。
    「――殺してやるぞ、吸血鬼ッ!」
     間合いに入るや否や、全身に殺意と憎悪を漲らせたオリヴィアの紅い闘気が、戦場を裂くようにヴラド目掛けて放たれる。
     しかし、前のめりに近い一撃をヴラドは剣を横にしただけで、軽く受け流した。
    「成程、罠とはいえ、ここまで攻め入るとは……実に面白い」
    「一度捕まえた以上、逃がすわけねぇだろっ!?」
    「笑止、この状況で引き際を探るのは、互いに愚策」
     仲間に合わせてヘイズが高速で操った鋼糸を繰り出すものの、手応えは浅い。
     ヴラドに撤退の意思は感じられない。激しい闘争心に駆られた鷹の如き双眸が、灼滅者達を威圧する。
    「ここからは言葉は無粋! さあ武蔵坂の灼滅者よ、このヴラドを失望させるな!!」
     生きるか死ぬか。この戦場の選択肢は二択しかない。
     ヴラドは精悍な体から想像もつかない速さで大剣を振り上げ、そして振り下ろす。
    「高兄!」
    「ああ、可能な限り抑えていくか」
     リリアナ、千尋、オリヴィアが攻撃に集中できるよう、康也と高明が即座に前に出る。
     ――刹那。只振り下ろしただけなのに一列が軒並み薙ぎ倒され、その振動は瞳にバベルの鎖を集中させていたセレスにも届いた。
    「ここで好き放題させるわけにいかないよ、ヴラド」
     竜をも砕かんとする強烈な一撃を前に、恐怖がないといえば嘘になる。
     それでも。仲間を守りたい一心で物怖じせずに距離を狭めたリリアナは、勢いを乗せた激しい蹴りを見舞う。
     その間に菖蒲が片膝を付いたヘイズを、毒に蝕まれて苦渋を浮かべるセレスには高明が素早く癒しを施す。癒し手も全力で挑まねば即仲間の死に繋がるからだ。
    「あたしにも殴らせろ」
     激しい吸血衝動に駆られながらも千尋は右腕と槍を融合させ、真っ直ぐストレートを打ち込む。
     対するヴラドも別班の灼滅者を相手にしながらも巧みに剣を操り、瞬時に攻撃を捌く荒業を見せつけた。
    「2班合わせても火力が足りませんね」
     炎と毒を帯びた列攻撃を交互に繰り出すヴラドに、菖蒲が攻撃を挟む余裕はない。
     その時だった。傷だらけのリリアナが半歩前に踏み出し、只ならぬ殺気を纏ったのは。
    (「このままじゃ、みんなを守れない」)
     これがどういう結果になるのか。そして、これからどうなるのかは、わからない。
     不安を胸の内に押し込んだリリアナは叫ぶ。それでも構わない。守りたいから、と。
    「ボクの全力で! 打ち抜く!」
     激昂と同時にリリアナの健康的な長い手足が、妖艶な漆黒の甲冑に覆われていく。
     スポーツ好きの少女の面影は消え、そこに在るのは金髪を艶やかに靡かせる、羅刹。
    「クソッ!」
     誰も堕としたくはなかった。
     眼前でリリアナに闇堕ちされた康也は、たまらず怒りと共に短い言葉を吐き捨てる。
     その肩に、横からぽんと手が置かれた。
    「どうした、もうヘバったか?」
    「高兄こそボロボロじゃんか、寝たらぶっ飛ばすからな!」
     傍で並走していたガゼルも消滅しているのに、高明は変わらぬ調子で軽口を叩く。
     兄貴分の心遣いに康也は感謝しながらも軽口を返すと、気持ちが少しだけ和らいだ。
    「そうだな、私達はここで終わらない」
     護りたいものを護るためにも負けられない。そのためにも――勝つ。
     一瞬の隙を見出したセレスは繊細な蜂雀の意匠が施されたナイフを手の平で一回転させると瞬時に肉薄し、正確な斬撃で斬りつける。
     誰も退かず、臆すこともなく。菖蒲とヘイズも前を向いて支援に徹していて。
    (「シスター失格ですね、私は」)
     耐久力に不安があったオリヴィアは前に出過ぎないように注意していたものの、ヴラドの攻撃は熾烈で耐え切れるものではない。
     それでも、だ。
     聖書の教えに反して怒りと憎しみを抱いたまま討ちたい敵が、目の前にいるのなら。
    「せめて、一当てくらいは」
     果敢に飛び出したオリヴィアは、ヴラド目掛けて凄まじい連打を繰り出す。
     オリヴィアの怒涛の攻撃にヴラドは面白そうに口元を歪め、業火を纏う一閃を振った。

    「間に合え!」
     ヘイズの鋼糸よりも早く、竜を屠る強烈な一撃がオリヴィアの小柄な体ごと前列を吹き飛ばし、熱風と炎が視界を覆う。
     地に伏したオリヴィアの銀細工の十字架が紅に染まり、投げ出された四肢は力無く。
    「いいねえ、相打ち上等!」
     その一瞬に肉薄した千尋の大鋏が、ヴラドの利き手の血肉を抉り取る。
     それで気力を補いながらも熾烈な攻撃を受け続けていた千尋もまた、疲労の色を濃くしていて……。
    「三竜包囲陣を仕掛ける様子はなさそうだが」
    「それでも状況は厳しいですね」
     セレスと菖蒲の瞳に死兵と化したヴラドに追い詰められていく仲間が、はっきり映る。
     そして、死地に追い込まれた灼滅者が取る、切り札のことも――。
    「ゆるせねえ、絶対ぶっ飛ばす!」
     激しい怒りに駆られた康也は断斬鋏を振う手を決して緩めず、一瞬だけ高明を見やる。
     彼は倒れたオリヴィアを避難させようとするものの、今はそれが叶う状況ではない。
     そして、終始壁に徹していた2人は揃って満身創痍。――覚悟は、決まった。
    「高兄、あとは任せた」
     ゴメンな。康也の指先が焼け焦げて壊れた髪留めに、そっと触れる。
    「おい、何こんな時に笑って……――ッ!!」
     兄を案じるような場違いな康也の笑顔に高明はハッと顔をあげ、すぐに凍りつく。
     同時に。炎が康也の体を覆い、現れたスサノオにリリアナだった羅刹は軽薄に微笑む。
     誰かを守るために戦う少女はもういない。今は、凄まじい膂力で殴り続けるだけだ。
    (「闇堕ちが5人も、ですか……」)
     菖蒲が別班に視線を向けると、向こうは闇堕ちを3人出していて。
     灼滅者に加えて闇堕ち5人を相手取るヴラドは脅威といえるが、火力が底上げしている今、灼滅者側が押しているのも、事実――!
    「相手は爵位級だ、連携を意識していこう」
     毅然とした眼差しで木槍の柄を握ったセレスは仲間の攻撃が届きやすくなるよう、螺旋の如き捻りを織り交ぜる。
     その気魄の一閃が緑竜の鎧を掠めた時だった。
    「……今だっ!」
     攻撃は仲間に託し、ひたすら妨害に徹していたヘイズの鋼糸が初めてヴラドを捉える。
     誰でもいい。ヴラドに攻撃を与え続けることさえできれば――。
    「必ず倒せます」
     迎え撃つヴラドが毒を帯びた一閃で周囲を薙ぎ払えば、菖蒲と高明が傷ついた仲間の背を支え、闇堕ちしたリリアナと康也が圧倒的な火力で攻撃を後押しする。
     ただがむしゃらに千尋は右腕と大鋏を交互に振い、繋げるようにセレスが冷気のつららを撃ち込んだ。
    「ここで立ち止まれるか!」
    「癒しだけと思わないで下さい」
     しかしヴラドは倒れない。眼前の男は満身創痍ながらも余裕と欺瞞に満ちていて。
     戦いで高揚した千尋が、腕に血を滲ませた菖蒲が、ほぼ同時に半歩踏み出して深淵に体を明け渡そうとした時だった。
     ――怒涛の猛攻の中。
     共に戦っていた別班の中から、1人の少女が駆け抜ける。
     死にに来たのか。と、嘲笑うヴラドの赤き双眸と少女の視線が交錯する。
    「いいえ、『生きましょう』」
     戦場に疾る言の葉と一閃。それが、殺竜卿と呼ばれた男の最後を告げることになる。

    「終わりました、か……」
    「はい、この目で確かに見届けました」
     半身を起こしたオリヴィアは呆然と空を見上げ、菖蒲が血と煤で乾いた唇でゆるりと言葉を紡ぐ。
    「俺達が勝ったのか……?」
    「はは、全然実感が沸いてこないな」
     ヘイズが膝をつくと、千尋は昂った心身を落ち着かせるように、周囲を見回す。
     歴史的な一幕に敵味方共に多くが心あらずという中、セレスは割り込みヴォイスで高らかに声を張り上げた。
    「ヴラドを灼滅した! 私達の勝利だ!」
     相手が撤退する状況を封じ、灼滅者側も背水の陣で挑んだからこそ得た勝利。
     高明は一度だけ携帯無線機をぎゅっと握ると、力強くはっきりと告げる。
    「こちら高明班……殺竜卿ヴラド、灼滅完了!」

    作者:御剣鋼 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877) リリアナ・エイジスタ(オーロラカーテン・d07305) 
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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