武蔵坂防衛戦~瀬戸際の賽の目

    作者:六堂ぱるな

    ●夜の一族の襲来
     新年あけてすぐのこと。
     教室で待っていた埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)は、灼滅者たちに椅子を勧め、資料に目を通しながら眉間を揉んだ。
    「シャドウとの決戦を前に、朱雀門側との交渉が行われたことは諸兄らも既に聞き及んでいることと思う」
     朱雀門高校生徒会長ルイス・フロイスから、『灼滅者とシャドウの決戦に合わせて、爵位級ヴァンパイアが大軍を率いて武蔵坂に攻め込む』という情報がもたらされた。朱雀門高校軍が武蔵坂学園の奥まで侵攻するのを確認すれば、爵位級の軍勢が怒涛のように攻めてくるという。
     その情報を伝えた上で、彼は言った。
     爵位級ヴァンパイアたちを除くため協力すると。
     『武蔵坂学園がソウルボードでシャドウと決戦を行う』という偽情報を流し、朱雀門高校全軍を率い武蔵坂学園を攻める。と見せかけ、武蔵坂学園は朱雀門高校軍を奥まで引き入れ、やってきた爵位級ヴァンパイアを協力して撃破する。

     この作戦を受け入れるかどうかが問題だった。
     先鋒としてくる朱雀門高校全軍を撃退するか。
     学園の奥まで朱雀門高校全軍を侵攻させ、釣られた爵位級を協力して灼滅するか。
     引き入れた朱雀門高校全軍を騙し討ちにし、釣られた爵位級も撃破するか。
    「年末年始、諸兄らには話し合いと投票をして貰った。その結果朱雀門高校の提案を受け入れるという形になったわけだが」
     デスギガスとの決戦のさなかに爵位級ヴァンパイアから襲撃を受ければ、どう考えても防ぎきることは難しい。無理もない選択だ。

     だがもし、ここで爵位級を灼滅でもできれば、爵位級ヴァンパイアとの決戦の時にかなりの優位を得ることができる。
     無論、簡単ではない。
     やってくる爵位級ヴァンパイアたちはおおよそ想定がされている。
     『バーバ・ヤーガ』『殺竜卿ヴラド』『無限婦人エリザベート』『黒の王・朱雀門継人』。
     3~5以上のチームが力を合わせなくては爵位級ヴァンパイアを撃退することすらできないだろう。と言って、全ての敵に均等に戦力を配分した場合、撃退は出来ても灼滅することは不可能だ。
     灼滅するとなれば更に倍以上の戦力が必要と考えられる――が、有効な作戦があればもっと少ない人数でも灼滅できるかもしれない。少ない戦力で撃退する作戦と、戦力を集中して灼滅する作戦を組み合わせて臨む必要がある。
    「あまり一度にお目にかかりたくないラインナップだな。彼らがそれぞれ、護衛の他に配下だ眷族だとぞろぞろ連れてくるわけだ」
     爵位級ヴァンパイアと配下の吸血鬼や眷族、両者をうまく分断することができるかどうかが作戦の成否を分けることになるだろう。
     一方で、朱雀門高校の勢力も完全スルーにはできない。万が一彼らが裏切った場合は、まさに学園未曾有の危機というべき事態となる。
     油断はせず、警戒を忘れず共に爵位級ヴァンパイアの軍勢を掃討せねばならない。
    「あれこれ並べていたら目眩がしそうだが……話し合って今回の作戦目標を決定してくれ。諸兄らのことだ、最善を狙っていくことは知っている」
     戦いの舞台はこの学園だ。灼滅者の中には無茶をする者もいるかもしれない。
     だから玄乃は言わずにいられない一言をつけた。
    「過酷な戦いになりそうだが、命あっての物種だ。身の安全を忘れず、無事に戦いを終えて貰いたい」
     そうして深々と一礼し、相談の始まった教室を後にした。


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    木津・実季(狩狼・d31826)
    月影・黒(涙絆の想い・d33567)

    ■リプレイ

    ●待ち伏せ
     無線機から流れてくるのは生々しい壊走の物音だった。
     苦痛の声と激しい息遣い、攻撃が着弾する音、破壊される廊下の軋み。
     それらに耳を傾けるしか、術がなかった。

     撃退に必要な班数以下で無限婦人エリザベート灼滅に挑む――一班が誘導をし、残り四班でその目的を果たすなら待ち伏せての包囲戦しかない。誘導に加われば戦力を削られる恐れがあるし、最悪だと残る三班での戦いとなる。
     結果として誘導班は一つとなり、残る班は体育館の四隅に伏せて待機していた。
    「あの朱雀門と共闘なんて……武蔵坂に来た当初は考えもしませんでしたね……」
     ミネット・シャノワ(白き森の旅猫・d02757)の言葉に、木津・実季(狩狼・d31826)が苦笑まじりに応じる。
    「防衛戦って防衛する側が普通有利なんですけど、今回は味方内に裏切るかも知れない人達がいますからもしもの対処が大変ですね」
    「……あぶねー橋を渡るたぁ、この事ですかね」
     表情を動かすことなく黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が応じる。
    「まあ、一種の背水の陣ね」
     愛用の真紅のリングコスチュームをまとった稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)も表情を引き締めざるを得ない。朱雀門の動向が気にかかるところだ。
     正直襲撃される立場にピンとこないアイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)だが、同じエリザベート対応班には知人も多い。頼もしいことだ。
    「来るというなら守るまで、だ」
    「あまり、力を借りたくない相手ではありますが……それでも、後のためには贅沢を言ってられませんしね……」
     気がかりそうなミネットを見上げて、無線のチューニングをする風宮・壱(ブザービーター・d00909)が口を開いた。
    「何を信じたらいいか疑心暗鬼になったら、あの生徒会長の思う壺な気がする」
     今度の戦いはダークネスに挟まれた状態で行うものだ。 
    「だから俺はここにいる仲間も、他の場所で戦う仲間も、朱雀門だって今は信じるよ。裏切られたってまた最初からやり直すだけだ。何度でも」
    「そうか……ところで」
     くすりと笑ったレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)が首を傾げた。
    「だいぶ重いんじゃないか?」
    「うんだいぶ」
    「ぶにゃおおお」
     デブ翼猫きなこにどっしりと頭に乗っかられた壱が頷く。
     月影・黒(涙絆の想い・d33567)は、会話には口を挟まなかった。今手にある大切なものを守り、敵を滅ぼす。それだけだ。
     無線が誘導班の接敵を告げた。

    ●崩壊の序章
     激しいダークネスの攻撃で誘導班は意識不明者を出したようだ。偽情報を掴ませるまでもなく敵は追ってきている。晴香が無線に向かって夢中で叫んだ。
    「お願い、頑張って。もうちょっとよ……!」
     震動と鬨の声は体育館の間近に迫ってくる。
    「わおん!」
     軽い足音をたてて、体育館にルーナ・カランテの霊犬モップが駆けこんできた。
     続いてくるはずの仲間を想い、入口へ向かうアイナーに黒が続く。ほぼ同時に、這う這うの体で誘導班が体育館へ到達した。仲間を抱えたルーナと蓬野・榛名だ。二人と意識を失った仲間を支えてきた荒谷・耀と最上川・耕平が攻撃を受け、力尽きて崩れ落ちる。殿を務めていた陽乃下・鳳花が最後の一撃を持ちこたえて入口をくぐった。
    「大丈夫か!」
     駆け寄った木嶋・キィンが倒れた耀を助け起こすが、意識を手放した彼女から返事は返ってこない。
    「ハルナ……!」
     アイナーが榛名を助け起こしたが、疲労困憊で激しく息を切らせている。彼女に手を貸し、耀と耕平を運ぶキィンと意識不明者たちを用具倉庫へ避難させた。意識を失った貴夏・葉月を担いで運びながら、黒の表情が微かに歪む。
     手を貸しに行ったミネットに、ルーナが息を切らせながらも声をかけた。
     敵であるモップを持った淫魔と蛇をはべらせた執事服の男について、戦ってわかった情報を詳しく伝える。癒し手の位置にいない彼らにはバッドステータスを解除することはできないのだと。
    「ポジションを変更すれば、その限りではないですが」
    「……ありがとうございます!」
     胸いっぱいの感謝をこめてミネットはルーナの手を握ると、思いきるように用具倉庫の扉を閉めた。

     体育館には忌わしいものたちがなだれこんできていた。
     海上都市ニライカナイでエリザベートが得た配下、淫魔の群れが傷ついた誘導班を追って続々とやってくる。
     そして爵位級ヴァンパイア、無限婦人エリザベート。
     憂いをたたえた美しい顔、黒いドレスをまとった優美な肢体――彼女は霧状ではなく、実体をもって進軍してきていた。朱雀門高校の攻撃が痛打を与えている。そう誤認しているが故の軍勢の勢いは簡単には止まらない。
     体育館へ軍勢が入り込んだとみた一瞬、体育館の入り口は灼滅者たちによって素早く封鎖された。
    『――まさか、罠ですか?』
     感情の読み取りにくい、淀んだ血色の瞳が辺りを睥睨する。四方に陣取った灼滅者が軍勢に襲いかかった。追われてきた誘導班から注意を逸らすべく、苛烈な攻撃が降りかかる。
    『成程。私たちは誘い込まれた様ですね』
     やるものですね、と呟くエリザベートの身体から霧が立ち上る。壱が晴香を、実季が黒を咄嗟に庇ったが、毒に蝕まれて苦痛の呻きをこぼした。
    「……さてと、殺りましょ。後にゃ引けません」
     蓮司の呟きと同時、晴香の放ったオーラの砲撃がエリザベートの肩をとらえた。咳き込みながらも壱の背中から炎の翼が広がり、仲間に加護を与える。ぶにゃあと鳴くきなこの尻尾のリングが光って、庇い手二人の傷を癒した。
    「とりあえず、削いどきましょーねぇ」
     無表情の蓮司が素早く床を蹴るのに続いて殺気を漲らせた黒が跳ね、共にエリザベートの死角から襲いかかる。苛烈な斬撃が血を撒いた。
    「相手を灼滅する気でこちらもガンガン防衛しましょー!」
     淫魔のモップ攻撃を躱しながら、実季が自身をダイダロスベルトで補強し傷を塞いだ。アイナーの操るダイダロスベルトが滑り抜けてエリザベートを狙ったが、飛びだしてきた執事じみた淫魔を切り裂く。
    「どんな悪名があろうと、どんな過去があろうと。……踏み越えるべき相手であることに変わりはありませんから!」
     エリザベートめがけたミネットの繰り出す雷光を帯びた拳は、やはり横あいから飛び出してきた淫魔の鳩尾を抉った。
     敵の数が多すぎる。そう感じつつもレイは影をエリザベートめがけて疾らせた。絡みつく影を厭わしそうに見下ろすエリザベートの身から、更に霧が広がる。

    ●退けぬ戦い
     エリザベートの狙いは戦線としての撃破であり、灼滅者を生命の危険に晒すことではなかった。エリザベートを狙ったことで配下の数も減らず、灼滅者は体力を削ぐ霧と配下の軍勢に追い詰められていく。
    「……パッキパキに凍ってみますか?」
     『無哭兇冥 ‐穿‐』。蓮司の携える、鬼哭をも絶ち常闇へ堕とす槍が氷弾を放った。エリザベートを狙った呪いは執事に遮られる。受けた傷から血を滴らせて跳び退る蓮司を追ってメイド姿の淫魔――シルキーへ、晴香が鋭いドロップキックを浴びせた。吹き飛んで転がる背中へ晴香が叫ぶ。
    「プロレスラーは魅せる戦いしかできないわけじゃないんだからね!」
     今日ばかりは晴香も効率的に壊す、殺す技術を如何なく発揮していた。その向こうで、黒を狙った執事の攻撃を引き受けた実季が勢い余って床を転がる。
     実季へダイダロスベルトを疾らせて傷を癒し、シルキーのモップを赤い飾緒のついた軍刀で受け止めて壱は息をついた。きなこのリングで前衛の体力を回復するが、仲間を庇い通しの自分の体力も限界が近い。
    「通らないか」
     エリザベートへ放ったダイダロスベルトを淫魔に受け止められたアイナーは、焦りに胸を噛まれて呟いた。これではきりがない。
     エリザベートの霧が後列にも襲いかかる。癒し手であるミネットを庇った壱は、毒霧をまともに食らって足をふらつかせた。避けきれなかったきなこが消え去っていく一方で、蓮司が喉を押さえて膝をついた。
    「ちょいと、やばいですかね……」
     こんな時も淡々と呟いて、崩れ落ちる。振り返ろうとした壱の首に、執事めいた淫魔に絡みつく数匹の蛇が食いついた。ぎりりと喉が絞まる。
    「……ごめん」
     庇い手の自分が落ちては。そう思っても、意識は闇に呑みこまれていく。
     蓮司と壱に駆け寄るミネットの前で、アイナーが二人のシルキーのモップのフルスイングを受けて倒れこんだ。
     傲然たるエリザベートの呟きが聞こえる。
    『愚かね。引き際を心得ていないなんて』
     決して無傷ではない。けれど多くの攻撃は配下たちに遮られ、わずか届いたものだけではエリザベートを焦らせることすら出来ない。
     このままでは、敗北する。
     その時、シャオ・フィルナートが割り込みヴォイスを使った声をあげた。
    「闇堕ち……した、灼滅者の……一人が、増援として……来るよ!」
     学園内で灼滅者が堕ちたのか?
     灼滅者の間にも衝撃と困惑が広がったが、シャオの言葉の意味を飲み込めなかったエリザベートは紅い瞳をなかば隠して呟いた。
    『――あら?』
     誰かしくじったかしらと零した刹那。
     かすかな驚きを含んだ呟きが終わるより早く、体育館の扉を引き開けた何者かが体育館へ飛び込んできていた。同時に迸るカミの力を宿した風。
    『雑魚には興味が無い』
     通りすがりのついでに蛇執事の頭を蹴ると、体育館の壁まで撥ね飛ばされる。
    『エリザベートとやら、貴様の首を斬り落としてやる』
     詩夜・沙月(銀葬華・d03124)。
     朱雀門学園に身を置く、羅刹と化した彼女だった。

    ●混戦
     無表情に見えた彼女の唇から牙がのぞく。胸の裡に渦まくものが何かは知る術がないが、決して平静ではないらしい。しかし彼女は、朱雀門側に加わっていたのではなかったか。
     冷気が凝ったような刀を構えた彼女の蒼ざめた瞳が、ちらと灼滅者を一瞥した。
    『行くぞ』
     わずかな一言でその意が知れる。
     朱雀門の援軍だと悟られぬよう、増援として手を貸そうというのだ。
     闇堕ちしている沙月はこちらの回復を受け入れない、が。
    「……彼女のサポートをしましょう。これは転機になるはずです」
     ミネットは仲間に囁きかけた。ルーナから聞いた情報も役に立つはずだ。
    「それに何としても自分たちの戻る場所を守りきらなくては、ですね」
     血にまみれた実季がふふ、と笑うのへレイも微笑んだ。シャドウ大戦で闇堕ちし、生きて戻ることはないと思った、学園の仲間に救われた身だ。 
    「では、死力を尽くそうか」
    「……ええ、ここが正念場だもの」
     闇堕ちした灼滅者、と聞いて血が凍るような想いをしていた晴香は、なんとか仲間に笑顔を返した。
    (「ハルくんがこんなところに来るはずがないわね……」)
     もし現れても、接触は次の機会まで我慢するしかない。
    『エリザベート様をお守りしろ!』
     蛇執事の怒号があがる。
     苦痛をこらえて、晴香もシルキーへジャンピングニーを喰らわせた。追いすがる執事から距離をとり、実季の手が符を掴みだして放つ。符に貼りつかれた執事が茫然と立ち尽くし、エリザベートまでの射線が通ったレイは構えた槍から氷弾を撃ち放った。黒いドレスの表面を氷の呪いが這う。
     激情など感じさせない表情とは裏腹に、続く沙月の斬撃は苛烈の一言に尽きた。
    『貴様の霧ごと吹き飛ばしてくれる』
    『そのような風を操る程度で、それが出来るとお思いかしら?』
     蝋燭の炎でも吹き消すような艶やかな吐息が、灼滅者の生命力を削る霧を撒く。
     蝕まれる激痛を耐え、刃のような殺意を込めた黒の影、『幻影・闇夜』が迸った。漆黒のドレスとその下の白い肌を蝕んだ次の瞬間、執事の操る蛇が群がり黒を絞めあげる。
    「無茶が過ぎますよ!」
     叫ぶミネットのダイダロスベルトが蛇をかいくぐって、苦悶する黒に巻き付いた。いくらか傷が癒された。
     誰かが放った炎の弾丸が重い音をたててエリザベートに着弾しバランスを崩す。よろめいた細い体へ、霧を抜けた沙月から翻る帯が血の華を咲かせた。
    『闇堕ちした灼滅者……一人とはいえ厄介ですわね』
     白い頬に傷を受けたエリザベートの呟きは、乱戦の中に紛れた。

    ●勝鬨なき終わり
     灼滅者の攻撃で姿勢を崩したエリザベートの後背から、黒が『血獄刀・涙絆』の血色の斬撃を見舞った。しぶく血は彼女自身の発する霧にまぎれる。
     黒めがけて疾る蛇を斬り捨てて、実季は蛇を操る執事へ影の刃を走らせた。深々と切り裂かれた彼の腕をとった晴香が、容赦なくバックドロップで床へ叩きつける。ごきりと鈍い音がして、執事は動かなくなった。
    『いーただーきでーす♪』
     ひとつ息をついた晴香が立ち上がるより早く、シルキーが尻尾をくねらせて飛びかかった。上段から振り下ろされるモップをかわしきれない――一瞬。
    「動くな、晴香!」
     狙いすましたレイのオーラが火線となって淫魔を貫く。悲鳴をあげた淫魔が倒れるのと入れ替わりに、晴香はレイにウインクをひとつ飛ばして跳ね起きた。
     振り回されるモップや思わぬところから顔を出す蛇から身をかわし、ミネットは黒へオーラの光を放つ。彼の怪我が目下一番ひどい。
     と、エリザベートが波状攻撃に押されるように退いた。畳みかけようと灼滅者たちが更に全身する、も。
    『これ以上は無意味』
     エリザベートの言葉を合図に周囲の淫魔たちが動きを変えた。
     侵攻は不可能と判断したのだ。なれば一転、軍勢は撤退し始める。
    『逃げるか?』
    「まて、詩夜」
     エリザベートを追おうとする沙月を森本・煉夜が止めた。
    「流石に、これ以上は」
     莫原・想々が無謀だと訴える。
     潮が引くような動きを押しとどめようがない。被害を避ける上でも深追いは禁物だ。
     ダークネスたちはあっというまに引き揚げて行った。
     張り詰めていた気の抜けた晴香がよろけるように腰を下ろした。長い溜息をついた実季が、自身の傷を塞ぎながら疲れきった声をあげる。
    「なんとかなりましたね」
    「悔しいけど、私たちだけでは足りなかったみたいね……」
    「本当に紙一重だったな。君たち、怪我は大丈夫なのか?」
     晴香のぼやきに、自身も相当な怪我のレイが女性二人を気遣う。倒れた壱とアイナー、蓮司は意識はないが、治療すれば後に響くような怪我ではない。
     やっと立っているほどの傷を追った黒が、体育館の出口、その先を睨みつけていた。恩人と思う仲間を傷つけられた怒りは、いまだ胸の中で渦を巻いている。
     拳を握りしめる黒の傷を、ミネットは自身の怪我を省みず癒し続けた。
     かろうじての撃退、本意ならぬ共闘だが、ともあれ学園は守りきったのだ。

     学園を戦場とした瀬戸際の戦いは幕を下ろした。
     ダークネスとの共闘、迫るデスギガスの復活、『武蔵坂学園の灼滅者』へのダークネスの評価――賽は今もどこかで、人知れず振られている。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月20日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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