輝ける聖女の救済

    作者:六堂ぱるな

    ●死よ、招来せよ
     住宅地の一角に不自然にぽかりと空いた更地の空間がある。どこか焦げ臭い臭いが漂う立ち枯れた植木の奥で、彼女は座り込んでいた。虚ろな目はどこにも焦点を結んでいない。
     そぼ降る雨の中で身じろぎひとつしなかった彼女の前に、それは現れた。

    『辛いでしょう。苦しいでしょう』

     黒い修道服とヴェールは見慣れていた。
     仮面のように目元を覆う水晶。滑らかな陶器のような白い肌。輝く翼は透き通っていて、睥睨する眼のような紋様が見える。
     何か言いたげながらも沈黙を守り、寄り添っているのは神父だろうか。
     大抵の者が抱くだろう『悍ましい』という感想を、彼女は持たなかった。
     まるで心を読まれたようだったから。
     
    『周りの人間は無責任に『生きろ』と言うわ。家族の分まで生きろと』

     周りの人たちは優しい。
     でも、誰一人として、望む言葉をくれない。

    『ええ、わかるわ。あなたの気持ち。私もそうだったもの』

     生きようと思えないという想いを。
     家族と一緒に逝きたかったという願いを。
     どこまでも理解してもらえない。

    『希望も何も無い世界で生きるだなんて。文字通りの生き地獄』

     夢なんてない。
     希望なんてない。
     さびしくて、さむくて、むなしくて。
     でも優しくしてくれる人たちを裏切れなくて、たった一つの願いを言えない。

    『だから、あなたの望みを言ってみて?』

     そのひとは、喉から手が出るほど欲しい一言を言ってくれた。
     私があなたを、救って/殺してあげる。と。

    「おねがい、『かみさま』。あたしを――!」

     水晶に覆われていない口元はあくまで穏やかに微笑む。

     苦しむものに救済を。
     其は死を希い生に喘ぐ哀れなれば。

    ●慈愛の救済
     一人の少女が死を願った。
     ひとりのダークネスが願いを叶えんとした。
     埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)が灼滅者たちを招集したのは、それが闇堕ちした高倉・奏(二律背反・d10164)だったからだ。
    「高倉先輩は絶望に堕ちながらしがらみに囚われ死ねないものを労り、慰め、救済を施さんとしている」
    「救済?」
     灼滅者の問いに頷いて、玄乃はファイルへ目線を落とした。
    「現場には二年前の火災で父母と弟を失くした十五歳の少女がいる。現在は福祉施設で生活しているが、立ち直れていなかったようだ」
     周りの好意はわかる。深く感謝もしている。
     けれど家族と一緒に逝きたかった、という想いに囚われてもいる。
     そして周囲に感謝しているが故に自ら死を選べないでいる。
     だから、死という救済を与える。
    「だが一人殺したが最後、灼滅者には戻れない。完全なノーライフキングと化すだろう」
     実質、そうなる前の最後のチャンスとなる。
     闇堕ちは二度目。一度は引き戻された教訓なのか、多数の灼滅者を察知すればノーライフキングは脇目も振らず逃走を選ぶ。
    「最低限の人間しか近付くことはできない。八人だ。逃げられれば、次に誰かに『救済』を施す前に捕捉できないかもしれない」
     それは最悪の未来予想となる。

     高倉・奏の赤茶の髪は黒く変じている。肌は陶器のように滑らかで白く、貌は水晶で覆われて笑みを湛えた口元しか見えない。ビハインドである皮肉げな笑みを浮かべていた神父様は、今は無表情で付き従っている。
     エクソシストとクルセイドソードのサイキックを主な攻撃手段とし、除霊結界やグラインドファイア、閃光百裂拳も使うことがあるだろう。
    「注意して貰いたいのは、先輩は少女が望む限り、少女に死を与えるということだ。あとは不利とみれば迷わず逃走する点だな」
     灼滅者には相手が友人だろうと他人だろうと等しく殺そうとする。ノーライフキングは強力なダークネスだ。迷いがあれば灼滅者のほうが危険に晒される。
    「先輩を取り戻す術だが……すまない。高倉先輩の生きたいという強い意志や、抵抗が見つけられない。説得は極めて困難だと言わざるを得ない」
     運よく、あるいは運悪く生き残ってしまった、天涯孤独の絶望に終わりを与える。
     しかし逆を言えば、生きたいと願うものを殺したりはしない。
     彼女の裡へ届くものはあるのだろうか。それが言葉なのか、拳なのか、別の何かなのか判らないが、どのように相対するかは灼滅者次第となるだろう。
    「どうか皆が無事で、かなうなら高倉先輩も共に、戻ってきて貰いたい」
     深く一礼して、玄乃は灼滅者たちに全てを託した。

    ●月光の下の『バケモノ』

     絵本でみた『かみさま』は、夜みたいな髪色だった。
     肌は白くて雪のよう、翼はきらきら輝いて。
     もし母がいるなら、こんな風に綺麗な人がいいと思ったの。

     もう大丈夫。
     もう苦しまなくていい。
     望みを、叶えてあげるからね。


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)
    瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)
    小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    楯無・聖羅(天罰執行人・d33961)
    ペーター・クライン(殺人美学の求道者・d36594)

    ■リプレイ

    ●ねがい
     雷が鳴る。
     ひととき暗くなるほどの雨の中、少女が望みを口にしかけた一瞬。

     ばらばらっと彼らの周りにケミカルライトが数本転がった。身を乗り出していた少女が身体を強張らせ、『聖女』の唇が歪む。
    「全く、ままならない、ものですねぇ……」
     区画へ入ってきた紅羽・流希(挑戦者・d10975)が間延びした口調で嘆いた。『聖女』と少女のちょうど間で足を止める。
    「死の聖女とでもいえばいいのかしら? 死ねばすむって考え方が、気に入らないわね。その『救済』、力ずくでも止めさせてもらうわよ」
     従弟がダークネスの襲撃で家族を全て失っているアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)にとって、あながち他人事でもない。
    (「完全に無縁というわけでもなし。自分に酔ってる勘違いさんが、手を血に染める前に止めなくちゃね」)
    『灼滅者……!』
     『聖女』の背後に控える神父様へちらと視線を投げて、ケミカルライトをばらまいたレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)が歩み寄った。魂の片割れたるギンも寄りそう。
    「こうして相対するのはなんだか不思議なカンジだね。君に話したいことがあるんだ」
     沈黙する『聖女』とは対照的に、つき従う神父様が何か言いたげだ。
    「その娘が生きるか死ぬかは娘自身が決めることだ。貴様にその資格があるのか? その娘が本気で死を望んでいるかどうかもわからんだろう?」
     殺気を放って人払いをかけながら、楯無・聖羅(天罰執行人・d33961)もまた、少女とダークネスの間へ立ち塞がる。言葉を失くしていた少女が叫んだ。
    「ちが……あたし、『かみさま』に殺してほしいの!」
    『救いが望みなら、叶えましょう』
     翼が光を放つ。
     灼滅者も見慣れた裁きの光――しかし、少女を跡形もなく灼き尽くすはずのそれは、朝比奈・夏蓮(アサヒニャーレ・d02410)が受け止めていた。
    「奏せんぱい……」
     身代わりに夏蓮が負った傷を、続いて姿を現したペーター・クライン(殺人美学の求道者・d36594)がダイダロスベルトを滑らせて塞ぐ。
    「死ねば救われるとか、いっそ死んでしまいたいとか……死の誘惑はいつでも甘美だけれど、殺人鬼から言わせてもらえば、それは随分と甘い考えだ」
     『聖女』の背後から声をかけたのは瑠璃垣・恢(フューネラル・d03192)。
     その間に少女の身体をバスタオルで包み、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)は蒼白の顔や濡れた髪を拭い始めた。

    ●苦悶の底で
     水筒から温かいミルクティーを注ぎ、少女に渡しながら優雨はテレパスを発動させた。彼女の考えが伝わってくる。武器を持つ者への戸惑いや恐怖、そして。
    (「救ってくれるって言った。殺してくれるって」)
     そんな気持ちを読んだように、夏蓮が少女に訴えた。
    「……想像してみてほしいの、あなたがいなくなった世界を。それは今日と同じ日じゃない。あなたがいなくなった時、悲しむ人たちが必ずいる」
    「それは……」
    「あなたがつくった縁だよね。皆に感謝しているのなら、悲しませて今の自分と同じ気持ちを抱かせてもいいの?」
     必死に訴える夏蓮から目をそらす少女へ、『聖女』が慈愛に満ちた声をかけた。
    「それこそ現世に縛りつける首枷でしょう」
    「生存者(サバイバー)が辛く苦しいのはよく分かるわ。大切な人たちを一度に失って、一人残されるんだものね」
     次いでアリスが、敢えて強い口調で告げる。
    「だからこそ、生存者には生きて幸福になる義務がある。間違えないで、権利じゃない。『義務』よ。あなた達は、先に逝った人たちから生命と未来の可能性を託されたの」
     少女が身を震わせる。
    「なら、可能な限り人生を幸福で満たしてから人生を終えないと、向こう側で大切な人たちに顔向けできないでしょう? あっさり生命を手放したら、なんて言い訳するの?」
    「今は希望がなくてもいつか見つけれるよ。死んでしまったら『その先』はなくなっちゃう。今が辛くとも、いつか思い出話にできる日がきっとくる、わたしはそう信じてる!」
    「いつかって、いつ?」
     再びの夏蓮の言葉を聞いて、少女が震える声を張り上げた。
    「本当に見つかる? ううん、その前に、もう、頑張れないの……!」
     悲鳴のような声が閉ざされた空間に響く。
     ひとたび『救い』を見つけてしまった心は、『今』の絶望を耐えきれない。

    「じゃあ、死ねばいいじゃないですか」
     断じたのはペーターだった。
     茫然と見上げる少女の視線を振り切り、『聖女』へ鋭い視線を投げつける。
    「それが救済だと言うなら、何故あなたは問いかけるのでしょう?」
    「周囲への感謝あらばこそ悩み苦しむのなら、救うべきでは?」
    「綺麗事は抜きにしましょう。行いはただの殺人、主の意に従わない穢れたもの、厭うべき事です。俺にはその感謝が、誰に対する言い訳なのかが理解できません」
     自分でも感情に偏っているとわかっている。それでも死を選ばせ、生命を摘み取ろうという『聖女』がペーターには許し難い。
    「自死出来ない自分に対する、ただの言い訳にしか聞こえない。死への恐怖を超越出来る程、強い死への渇望ではない、それだけです」
    「奏さん、だったわね。あなたに生を託してくれた人の思いは、そんなに軽いの? どの程度の覚悟で『救済』なんて口にするのか、ここからは力で試させてもらうわ」
     決然と告げたアリスが、カードの封印を解いた。
    「Slayer Card,Awaken!」

    ●求めた救い、求める想い
     聖羅の構えたアクセラレーターAM500が光条を放った。胸を貫くはずだった光は立ち塞がる神父様に遮られる。
    「人ならざる異形の姿になるのは貴様も勘弁だろう? この娘から離れろ。さもなくば無念の死が待っているだけだ。大人しく投降しろ!」
    「アナタ達から見れば異形かしらね」
    「死が救いでなんてあるものか。ただの終わりだ。それ以上でもそれ以下でもない……きみたちはそれを理解しているのか? その先には何もないんだ。こんな空っぽな俺でさえ、それがおそろしくてならないのに」
     足元から伸びあがった影を両手で掴み、短槍のように携えた恢が素早く穿ちをかける。避け損ねた『聖女』は苛立たしげな声をあげたが。
    「……お願い……殺して、下さい!」
     血を吐くような少女の願いに、一転穏やかな微笑みを浮かべた。手にした杖の十字架がプリズムの十字を生みだすと、目もくらむような光を放つ。
    「させるかよ!」
     流希が少女の前に立ちはだかって傷を引き受けた。愛用の刀を手に距離を詰め、抜き打ちで一閃。それにも躊躇なく、神父服のサーヴァントが割って入った。
    「死にたければ、自分で死んで下さい」
     少女を一顧だにせず、ペーターはガンナイフを構えた。躊躇うのならその程度の思いでしかない。――そうであって欲しい。
     『救済』を突然取り上げられた少女を、優雨は笑顔で抱き寄せた。
    「誰からも忘れられてしまうことが、本当の死なのだと思うんですよ」
     少女がゆるゆると振り返る。
    「貴女が居なくなったら貴女の父も母も弟も本当に居なくなってしまいます。彼らは貴女の中には、まだ残っているのですから」
    「私が、居なくなったら……」
     茫然と繰り返す少女の前で、『聖女』の展開する結界から逃れながら恢が言い募った。
    「死ねば救われるなんて、そんなインスタントな教義で人を誑かすものじゃない。さっきも言ったが、死んだら終わりだ。何も感じなくなることが救いな訳がない」
    「最期まであがいて、貪欲に幸福を求めなさい」
     告げるアリスの足元で『汎魔殿』が開くや、銀色の魔物の腕が『聖女』に掴みかかる。
     少女の幼い絶望が揺らぐのが聞こえる。
    「私は、死を、願っちゃいけないの?」
     少女にどこまでも優しい微笑みで応え、優雨は傘を握らせた。
     世界は不平等で。
     運命は無慈悲で。
     苦しんでいる人は他にもいて。
    「――私は悪い悪魔ですから、こんな生き地獄で生きろっていうんですよ」
     水筒とチョコレートも持たせると、背中をぽんと押す。
     少女は一度だけ振り返ったけれど前を――敷地の外を向いた。足のもつれる彼女をペーターが素早く抱えて駆け出す。

    『そうやって押しつけて……! 苦しむ者を、もっと苦しめる!!』
     怒りの叫びが『聖女』の喉から迸った。
     生きることを選んだ少女を狙うことは、『聖女』にはできない。
    「君の考えてる事はあんまりよく分かんないけど。少なくとも、過ごした時間は大切なものだと思ってるよ」
     ギンに流希の傷を癒させながら、問う。
    「ねえ。……奏は、死にたいと思っていたの?」
     美しく輝く翼が一つはばたいて、目のような模様がレインの方を向いた。
    「そうだと言ったら死なせるの?」
     水晶で覆われた貌が凍った言葉をこぼす。

     これは高倉・奏より出でたダークネス。
     高倉・奏を裡より知る、奏ではないもの。

     黙っていた流希の手が、ぎしりと刀の柄を握りしめる。
    「やはりそう簡単に説得はできんか。ならば……」
     聖羅の刀が首を落とさんと一撃を見舞ったが、主を庇った神父様が直撃を受けて揺らいだ。耐えかねた彼が消え去る中、恢が『聖女』に向き直る。
    「俺は高倉、きみと、あの子を救いに来た」
     蹴撃が噴き上げた明々とあがる炎は、宣戦布告。
    「俺はきみを殺さない。その死を愛しむ心を殺す。俺達には――そしてレインには、きみが必要なんだから!」

    ●まどろみながら
     生きようという強い願いは、ない。
     闇の中へ沈みゆく魂へいくつも声が届く。
     ――それでも、魂の目覚めは、遠い。

     刃を、白炎まとう牙を交えて。彼女の傍に寄り添う神父様へ複雑な想いを抱くレインが、傷を重ねながら問いかける。
    「俺たちと過ごして来た時間は全部無駄だったのかな。それが死にたいと望んだ人の希望にもなり得るって知ってるよ、俺は」 「私はなり得なかった者の為の救いよ」
     『聖女』の杖が輝きを放った。精神を傷つける斬撃がレインを襲う一方、軽々と宙を舞った優雨が星落ちる如きAranrhodの蹴撃を食らわせる。
    「俺も、一度全てを失った。父母を、家財を……けれど生きてきた。また新しい仲間と出会えたからだ。あるかもしれないそんな出会いを、死で塗りつぶすのは傲慢だ!」
    「死に等しい苦しみを与えるのは傲慢ではないの?」
     懐へ飛び込んだ恢の拳が加速。百もあるかに見える連撃に肉と骨を擦り潰され、跳び退りながら『聖女』が叫んだ。劣らぬ怒声で追いすがる流希が苛烈な刃を揮う。
    「高倉ぁ! Santa Muerte気取るんじゃねぇ!」
     肉と同時に護身の加護を切り裂かれ、逃れる道を探す『聖女』はアリスに回りこまれた。
    「悪いわね!」
     放たれるオーラは銀の粒子。銀河のようにきらめいて『聖女』の肩を貫く。仲間の傷を癒す祝福の風を放ちながら、夏蓮は精一杯の声をあげた。
    「残された人はどうすればいいの? 私は大切な人を最近弔ったけれど、こんな気持ちもうしたくない!」
    「只今戻りました!」
     少女を避難させたペーターが駆け戻ってきた。ガトリングガンを構えると炎弾を雨のごとく『聖女』に浴びせ、聖羅のライフルが放つ光弾が胸を撃ちぬくと左の翼を粉々に砕いた。
    「ふふ。俺が死にたがりだったのは君もよく知ってるでしょ。そんな奴を残して逃げるの?」
     レインの黒い茨が地を這い、黒き薔薇を咲かせながら『聖女』を捉えて締め上げると再び包囲の中央へ戻した。
    「私たちと一緒にいた時間は奏せんぱいにとってどうだった? 私は……とても楽しかったよ。奏せんぱいも同じ気持ちだったって信じたいよ。誰一人欠けて欲しくない、一緒に帰ろう……?」
    「どいて!!」
     囲みを突破しようとする奏の翼に影が絡みつく。風にもそよぐ可憐な影の花影は、夏蓮の意志のように強い。
    「くっ……!」
     身を捻りざま、地から跳ね上がる『聖女』の脚が炎をまとう。
     夏蓮――ではなくペーターへ。癒し手を潰し、突破口を開こうとしたその一手を、立ち塞がったギンが阻んだ。小さな体は消し飛んだが、包囲は破られず。
    「覚悟して貰おうか!」
     聖羅が上段に構えた烈火村正が、裂帛の気合とともに振り下ろされる。避け損なった『聖女』へ、Cocytus――裏切り者が落ちる地獄の名を冠した優雨の槍が氷の弾を捻じこんだ。
     苦鳴をあげた隙を見逃すアリスではなく、純度を高めた純白の魔力の矢が、残った翼を砕いて背へ突き立った。
    「くあっ!」
     叫びながらも『聖女』が杖を振りかぶったが、夏蓮は避けなかった。
    「私は奏せんぱいの事大切な仲間だって思ってる。どっかに行ったら私が悲しいの! 私はせんぱいの生きたいって切欠になりたい!」
     破邪の光を放つ杖の、槍のような先端の一撃をまともに食らうと同時に、十字架を渾身の力で細い体へ叩きつける。夏蓮の横殴りのもう一撃で、『聖女』は地面を転がった。
    「……っ!」
    「また、一緒に笑いたいの……!」 
    「それ以上は無茶です」
     膝をついた夏蓮の身体を、ペーターの放ったダイダロスベルトが覆って癒す。
     無名の刀を携えた流希の低い姿勢からの居合斬りが一閃。『聖女』が血を撒いてよろけるのとレインと恢が挟撃を仕掛けたのは同時だった。
    「だって約束だからね」
     血にまみれたレインの呟きは、彼女だけに届くほど小さく。
     それは、先ほどの問いへの答え。
    「君が好きだと言ってくれる限りは、傍にいるよ」
     恢の影槍が穿たんばかりに背を打ち、レインの爪が『聖女』を躊躇なく引き裂いた。

     目を覆う美しい水晶が砕け散る。
     黒い衣装を、ヴェールの白い縁飾りを血に染めて、『聖女』が斃れた。

    ●手をとりあって
     少女は俯いたまま歩いていた。今世話になっているという施設の前まで灼滅者に送られ、足を止める。施設の前では年配のシスターが、人待ち顔で佇んでいた。
     突然、少女が灼滅者たちにぺこりと頭を下げた。
    「……庇ってくれて、ありがとう」
    「もう、大丈夫でしょうかねぇ……?」
     労わるような流希の問いに、俯きかける。
    「……まだあんまり自信ない、けど。ちょっとぐらい、生きてみようって……」
     そう言うと、彼女は優雨を見上げた。優雨が微笑みを返す。
    「――お帰りなさい。今日は遅かったのね」
     彼女にかけられる柔らかい声を聞きながら、灼滅者たちはその場を後にした。
     そして。
     雨のやんだ空き地で、レインは奏を抱えて座りこんでいた。
     軒並み傷は癒されて二人きり。奏の瞼が震えて開き、瞳が自分を捉えるのを見てやっと、レインは苦笑を浮かべた。
    「おかえり。いろいろ言いたい事はあるけど……ま、いずれね」

     この世に『救済』などはない。傷ついた魂からは血が流れ続ける。
     けれど誰かと共に過ごす時間と、重ねていく想いがあるなら。寄り添う人の手がいつか傷口を塞ぎ、背負った荷を下ろす日が来るのかもしれない。
     それは『かみさま』にも『バケモノ』にも為せない、ひとの奇蹟なのだから。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年1月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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