夜の校舎と講堂の舞姫

    作者:

    ●噂
     それは、どこの学校にもよくある噂話。
    「ねぇ、第二体育館の幽霊の話、聞いた?」
    「夜になると、暗闇のステージの上で誰かが歌ってるってやつでしょ?」
    「怖っ!」
    「幻聴じゃねぇの? あほらし」
    「演劇部じゃない? ……あっ、でも演劇部って言ったら2年前……」
     噂は噂を呼び、そこには、力が集う。

    ●講堂の舞姫
    「『夜の講堂で歌い踊る女子生徒の霊』。……たぶん、都市伝説だ」
     夜に微睡む或る校舎を前に、集った灼滅者達へ乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)がそう語るのには根拠があった。
    「2年近く前のことだけど、この高校の当時2年生だった演劇部の女子生徒が、交通事故で亡くなった。彼女は役者を夢見てて、文化祭の公演では主演が決定してたそうだよ」
     前向きで、努力家な少女だったらしい。夢についても熱意があって、周囲によく『大女優になる』と語っていたらしい彼女はしかし、晴れの日を前に命を落とした。
    「噂を辿れば、元々は『夜に第二体育館から足音が聞こえた』程度の話だったようだ。でも、彼女が亡くなった事実を知ってる生徒達の間で、噂が変に誇張されて広がった結果――」
    「2年経った今になって、その子が『幽霊で出てる』なんて言われてるわけか。……何か、悲しいね」
     そう呟いて僅かに視線を落としたのは荻島・宝(タイドライン・dn0175)。
     噂自体に、悪意などなかったかもしれない。語り部となった生徒達には、亡くなった少女を悼む心だってあったかも。
     しかし、理由はどうあれ人の想像が生み出した架空の物語は、力を持って世に顕現してしまった。
    「でも、このままにも出来ない。今の所何か被害が出ている様子は無いけど、何かあってからじゃ遅いんだ」
     このままにして、いつか誰かが偶然に夜の講堂で都市伝説と遭遇してしまったら。或いは興味を引かれて講堂を訪れる生徒が、この先出ないとも限らない。
     都市伝説とは、人の噂とサイキックエナジーとが融合した暴走体――噂そのものに危険な印象が無くとも、人に危害を加えない保証は無いのだ。
    「実際、噂の中には『歌に魅了されると連れて行かれる』とか『踊っているのは死の舞踏、囚われたら死ぬまで踊り続ける』なんて危険なものもあった。穏便に済めば良いけど、……戦う備えは必要だと思う」
     眼鏡の奥、知性を宿す聖太の瞳はありとあらゆる想定をして、仲間達を舞台へ誘う。
     さてさて、今宵の演目は――夜の校舎で、望まれない舞台が幕を開けようとしていた。


    参加者
    雨咲・ひより(フラワリー・d00252)
    宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)
    神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)
    篠村・希沙(暁降・d03465)
    水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)
    乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)
    小花衣・和泉(月喰蛇・d32836)
    榎・未知(浅紅色の詩・d37844)

    ■リプレイ

    ●夢の舞台
     開いた第二体育館の扉の先、あるべき姿とは大きく異なる光景に篠村・希沙(暁降・d03465)は目を見開いた。
     ステージに向かい整列するパイプ椅子。暗幕が月光すらも閉ざす中、中世の城の様なセットが組まれたステージを目指すスポットライトが、煌々と光の線を空に描いている。
     文化祭の様なセッティング――今宵それが意味する所を希沙も、隣に立つ宮瀬・冬人(イノセントキラー・d01830)も知っていた。
    (「これは『彼女』が立ちたかった舞台の再現なのかな」)
     冬人の双眸が捉える、場を照らす全ての光の交差点。そこで豪奢なドレスを身に纏い歌う人影は、今回乃木・聖太(影を継ぐ者・d10870)が調べ上げた噂が形作った存在。都市伝説『舞姫』だ。
     そして目の前に広がる光景は、噂の元となった或る少女――2年前、女優を志し生涯を終えた、無念の少女の夢見た舞台。
    (「悪意のない噂でも……人に害を為すような幽霊に勝手に仕立て上げられたら、あまり、いい気持ちしないかも」)
     思えば、雨咲・ひより(フラワリー・d00252)の翡翠の瞳にも微かに哀しい影が差す。
     噂に、例え死を悼む気持ちがあったとしても。こんな形で再現されてしまうことを、少女は果たして望んだだろうか。
     まして、誰かを傷つけてしまう可能性を孕む、都市伝説という形でなど。
    (「それは、噂の因となった少女の努力を、想いを汚してしまうことになる」)
     水瀬・ゆま(蒼空の鎮魂歌・d09774)は知っている。歌、踊り、そして演技、これらは誰かと想いを共有して共感し、感動を生み出すものだ。
     そんな素晴らしいものを目指し生きた少女の志――本人の預かり知らぬ所でそれが蹂躙されるのを、黙って見ていることなどゆまには出来なかった。
     だから、灼滅する。決意強く前を見つめるゆまの後方で、腕組み体育館の壁にもたれ立つ神威・天狼(十六夜の道化師・d02510)は、舞姫を見つめ思案する。
    (「晴れの日を前に、それも夢半ばって悲しいだろうなって思うけど」)
     亡くなった少女を哀れには思う。しかし、既に他界した彼女に対し、自分に出来ることはきっと無い。
    (「同情した所で噂に対して何も出来ないしね。最後の演目と思って、参加させてもらおっかな」)
     僅かに細めた灰の瞳は、絶えず舞台上の舞姫の動きと出方を伺っている――紡ぎ聞こえる歌声に、未だ悪意の魔力は感じない。
    「綺麗で、でも何だか悲しさも感じる歌声だな」
     榎・未知(浅紅色の詩・d37844)の唇からは、思いのかけらが零れ落ちた。
     体育館中、此処に至る夜の校舎の廊下にも渡っていた歌声は、危険など想像出来ぬほど無垢でのびやか。しかしどうしようもなく哀しく心に響いた。
    「来ることの無い晴れ舞台を夢見て歌い踊り続けてるって切ないな……せめてこの舞台、俺達だけでも見届けてあげたいね」
     舞姫を何かに重ねる様に見つめ、未知は手を握り込む。その様子に微笑んだ小花衣・和泉(月喰蛇・d32836)は、柔らかく漆黒の瞳を伏せた。
    「榎さんは、優しいね」
     予期せぬ賛辞に、そんなこと、と応える声には更に柔らな笑みを返して。和泉はそのまま白檀の香りを共に静かに前へと歩み出ると――誰にも聞こえぬ低音を、囁く様に闇へ溶かした。
    「……でも、俺はそうじゃないから」
     ざわり。新月の様な淡く密やかな気配が一転、和泉から、冬の夜の様な凍りつく殺気が放たれた。緩く安堵を誘う笑みはそのままに、しかし広がった殺界は、深い漆黒の瞳と同様に底知れぬ暗さを内包している。
    「最初で最期の一曲、お相手頂けるかい? お姫様」
     ――気付いた。和泉の声にか敷かれた殺界にか、歌を止め此方を向いた舞姫を見て、天狼は壁に預けていた体を起こす。
     見えた舞姫のその顔には、瞳や唇、表情が一切無い。鼻や口らしき凹凸があるだけで、肌には温度が無く、陶器か漆喰の様に真っ白だ。
     これが亡くなった少女である筈が無い。
     即座にスレイヤーカードを解放、その手に槍を顕現させる。一方、スカートの裾を優雅に摘まみ上品な礼をとる舞姫の姿を見れば、希沙の胸がちくりと痛んだ。
    (「豪華な舞台に優雅な踊り。拍手喝采が相応しいんかもやけど……ごめんね」)
     しかし、握り込んだ手に双指の白金と銀の存在を感じれば――過る愛しき記憶に、これが明日へ繋ぐ戦いと知る。
     未だ噂の域で済んでいる都市伝説・舞姫。誰かの明日を守るために――希沙はその決意を外界への歌声遮る天幕へと変え、戦場一体に張り巡らせた。
    「これが最後の一曲、アンコールは無いよ。――お相手いただきましょか」
     自分に仇なすものと認識したか、舞姫の纏う空気が張り付く殺気へ変わる。
     それが合図。灼滅者達は、一斉に舞台へ向けて駆け出した。

    ●思いの行先
    「夜の講堂に女子学生の幽霊。……怪談の定番だけど、真相を知っているとなんだか悲しいな……」
     ステージからフロアへ飛び降りた舞姫の着地点。先廻りした冬人は、手元でキュル、と顕現させた槍を回して持ち替える。
     一瞬送れて聖太もまた顕現した槍を掴むと、2人同時、息を合わせて舞姫の体へ突き刺した。
    「――!」
     先の歌声には確かに詞が乗っていたが、どうやらこの都市伝説、歌う以外に声を発することは出来ない様だ。音にならない舞姫の叫びは、表情さえ無い以上、苦痛なのか怒りなのか察することも出来ない。
    「随分、哀しい声で歌うんだな。……客席もあるんだ、さっきの歌、最後まで聴かせてくれないか」
     後退した聖太の視界に、手の甲の光盾へ魔力を注ぐゆまの背が映る。戦闘の下準備中か、ならば――舞姫の注意を引く様、聖太は更に言葉を続けた。
    「そのかわり……今夜が、千秋楽だ」
     カン! カカン!
     まるで聖太の言葉に応える様に、舞姫の舞踏が早くなる。細やかにヒールを鳴らす足はやがてくるりと回転すると、まるで鎌鼬の様に前衛一帯へ風の刃を解き放った。
    「不運により努力が報われなかった辛さは、解ります。だからと言って、人を傷つけてはいけない!」
     直後、ゆまのエネルギー障壁が前列の仲間達を包み込む。即座の癒しはみるみる仲間達を回復し――希沙を次なる攻勢へと誘った。
    「行くよ!」
     最後の風刃を空中で避け、希沙が繰り出すは流星の蹴り。コンパスの様にすらりと伸びた足に、舞踏の勢いも殺しきれない舞姫はぐらりとバランスを崩して――。
    「俺たちは純粋な客にもキャストにもならないし、都市伝説に何かを語っても仕方ないしなー」
     何処か間延びした口調に反し、倒れ来る舞姫に向かって苛烈に槍を突き出したのは天狼だ。笑み浮かべ勢い良く差し出したその一撃は、倒れこむ重力も手伝って、深く舞姫の腹部に突き刺さる。
    「……!」
    「被害が出てからじゃ、亡くなった生徒の噂ももっと悪くなるかもしれないしね。さくっと幕を下ろそう」
     ニッ、と不敵な笑みを深め、天狼は今度は自身の体重を乗せ、勢い良く槍を引き抜いた。鮮血散らせたその穂先を見れば、表面に赤い霧を纏っている。
     業の直前、疾く密やかに広がった――和泉のヴァンパイアミスト。
    「あくまでも都市伝説。亡くなった彼女本人ではないのなら情は不要だね」
     闇へと融かすように囁く、その表情は柔らかい。しかしその言葉、静けさを纏い場に立つ姿には、あるようでいて隙が無かった。
     己を含めた前衛一帯に癒しと破壊の力を齎して、狙うは早々の敵の排除。再び和泉が戦場の闇中へ消えると、ひよりは掲げた標識から、注意を促す陽色の癒しを仲間達へと送り届ける。
    (「ここは、彼女の舞台で、今日のわたし達はお客さん」)
     鮮血に染まり行く舞姫の舞台衣装を、一瞬だけ悲しく見つめて。それでも今日の目的も役目もひよりは正しく理解していた。仲間を癒し、守るのだと。
    (「都市伝説だって解っているけど、『舞姫』が夢半ばで亡くなった女の子の幽霊なら、彼女の晴れ舞台を確りと見届けたいの」)
     せめてその最後の舞台を、自分は見届けたいと思う。対等に戦える自分達には、それが出来る筈だから。
    「本当に誰かを傷つけてしまう前に、早く解決しないと、ね」
     そんなひよりの光を受けて前へと飛び出したビハインド・大和に、後方から未知が連なった。
    (「歌しか、か。……好きな歌を歌い続けられるだけ幸せなのかな。誰にも聴いてもらえなくても」)
     歌う以外の言葉を知らない舞姫と知れば、此処へ来てからずっと抱く胸に燻る様な痛みが更に強く未知を襲う。
     ――大和も、歌うことが大好きだった。ビハインドである今は、もう歌えないけれど。
    「なぁ大和。それとも俺達が聞いて見届けたら、満足して消滅……とはいかないのか……!」
     ダン! 渦巻く思いを振り切る様に、或いは全ての思いを乗せて、未知は力強く地を蹴った。
     大和は答えを返せない。知っている――ますます痛むこの思いは、全て戦いに昇華する。舞姫の頭上高くから、未知は思い切り足を振り下ろした。
    「行くぞ大和!」
     ドン! 流星の重力を乗せて落とした蹴りに、床は波打つように軋む。
     強烈な一撃に、舞姫はフロアの端まで吹き飛んだ――確かめて着地姿勢から立ち上がった未知は、追って再び地を蹴った。
     戦いの果てに――きっと何かを掴めると今は信じて。

    ●終演
     軌道複雑な斬撃が、舞姫の痺れや毒素を、更に体奥深くへ刻み付けていく。
    「――みんな、粘り強くいこう」
     その攻勢から1度後退した聖太は、更に追って攻勢に出る和泉を目で追いながら、ここまでの戦況を分析する。
     戦いは、終始灼滅者側の完全優位だ。
     自身を自身でしか癒せぬ舞姫に対し、灼滅者達の手数は圧倒的。充分過ぎる回復に、互いに重ね合う強化――攻めなければ舞姫に勝利は無く、しかし攻めようとすればおびただしい数の状態異常がそれを阻んだ。
     ジャマーは聖太1人だけ。しかし、攻め手が総出で状態異常付与と自己強化を重視したサイキック編成で挑んだ。炎は時を経て更に深く激しく燃え盛り、自身が特に積極的に繰り出す凍結攻撃は、重ねるほどに舞姫の体力を奪っている。
    (「敵が一体であるならば、手堅く戦果を計算できる戦法だ。回復されても、それはそれで、攻撃の手を遅らせられる」)
     あと1歩――聖太の確信をより確かなものとするべく、冬人は前へ出た。
     駆ける体にふと、ふわりと赤い霧がかかる。気付いて見遣れば、榛の瞳が此方へ向いて微笑んだ。
    「援護する! 宮瀬くん、行って!」
     荻島・宝(タイドライン・dn0175)のヴァンパイアミストだ。溢れた力に冬人は笑むと、手にした槍を1度離し、足元から影を手繰った。
    「若干申し訳なさはあるけど、だからといって歌にも舞いにも乗ってあげられない。……戦うだけだよ」
     戦って『殺す』だけ――思えば、ざわりと心に黒い衝動が湧き上がる。それを律して冬人が掴むは、影の刃と連なる鎖。冬人が最も好んで使う、鎖ナイフの形態だ。
    「俺たちで良ければお相手を。これがラストステージだもんね」
    「――戦いの演目はいかがですかね?」
     その時、とん、と軽やかな足取りで、人影と声が冬人の隣を抜けた。金に一房、赤い髪が揺れる少年・天狼――冬人は笑むと、その一撃に合わすべく魔力を影へと集中させる。
     天狼もそんな冬人の意図に気付いて、しかし敢えてそこには触れない。
     目指すは舞姫、哀れを誘う都市伝説。しかし、それ以上でもなければ以下でもない。
    (「命も機会も平等に与えられてるからね。……残酷な程平等に」)
     秘める思いに蓋をすれば、すっと灰の瞳に冷たさが降りた。
    「悪いけど、君の出番はここまでかな」
     標的の前へと飛び出し、天狼が繰り出すは暴風伴う強烈な回し蹴り。冬人の鎖ナイフが舞姫を突き刺し捕えた所へ、ごう、と巻き起こった天狼の風と一蹴が、舞姫と舞台照らすスポットライトの1つを吹き飛ばした。
     ガシャン! 金属が床を叩く音がけたたましく体育館中に渡る。1つ灯りを失った戦場で、しかし舞姫は終演には未だ早いと開いたままの口を空へ向けた。
    「……歌や!」
     粒さに舞姫を注視していた希沙が、それを予備動作と見抜いた。警戒を叫んだ直後、狂気の魔力を孕んだ歌声が、積み重ねた状態異常のお返しとばかり聖太へ向けて解き放たれて――。
    「貴女の無念に、貴女が努力とともに培ったものを、傷つけさせはしません」
     しかし前へ飛び出たゆまが、全身にその衝撃を受け止めた。惑わしの歌声――生じた眩暈にぐらぐらと視界が揺れると、不快感にゆまは黄金の瞳を閉じる。
     感じるのは――事故で生命と共に夢を断ち切られた、無念の情。
    (「彼女の想いを全て理解することはできないけれど、片鱗なら解る気がする」)
     命こそ救われても、歌を、その夢を奪われたかつての自分が亡き少女に重なった。無論、自分はまだ歌えているし、目の前の舞姫は都市伝説であって噂の少女本人ではない。
     感じる無念は作り出された幻かもしれないけれど――夢を奪われた事実は同じ。
    (「歌や踊りは、彼女の夢。届くことはなかったけれど、それは美しいもの。だからこそ――」)
     ぐらりと後ろへ傾いだゆまの体を、トン、と背中で何かが支えた。目を開いて見れば、そこには聖太。
     支えると同時、彼の槍が生み出す魔力の氷塊は今、実に彼らしい――手裏剣の形を成して、中空で放たれる時を待っている。
     心が、温かいもので満たされる。仲間の支えに、体蝕む眩暈を振り切り、ゆまは足元の影へ全力の魔力を注ぎこんだ。
    「……彼女の夢を! 汚させはしない、決して!」
     叫ぶと同時、ゆまの影が一斉に舞姫へ襲い掛かった。蔦の様に伸縮する影がその体を捕えた時、聖太の氷の手裏剣も高速で回転しながら、一斉に狂気の歌姫へ降り注ぐ。
    (「――炎の花も冴える氷も、舞台の演出になるやろか」)
     ドドド、と音を立てて着弾する氷塊が砕け煌くのを見つめながら、希沙は静かにその手に炎を生み出した。
     燃え盛る、己が血が生み出す炎――その光にきらりと輝いた薬指の銀環に、切ない思いを託す様に希沙は静かに独言した。
    「亡くなられた女の子も、こんな形で話題になるのはきっと哀しい、と思う。……だからちゃんと、送るよ」
     それこそが舞姫へ、そして亡くなった少女への手向け。哀しく笑んで駆け出した希沙は、猛る炎を光剣に乗せ、舞姫の胸を貫いた。
     此処まで一貫して仲間を癒し続けてきたひよりは、その希沙の表情に、戦いの果てが近いと悟る。
    「綺麗な歌声も、ダンスも……大好きなんだね。大好きだったんだよね。それなら尚更、あなたの歌が、誰かを傷つけるのは嫌だなって思う……」
     ひよりは思う。舞姫は少女本人ではないけれど――元になった噂の少女が舞台を愛していたのなら、きっと舞姫だって、舞台を愛して歌っていた。
     だって、此処を訪れて最初に聞いた舞姫の歌声は、とてもとても哀しく綺麗だったから。
    「さあ。演目はもうお終い。……貴女が消えてしまっても、素敵な歌とダンスだったってちゃんと憶えてるからね」
     ふわりと、柔らかく微笑んで。これが最後と放たれたのは、今日初めてのひよりの攻勢。裁きの光条は一度空へ高く昇ると、弧を描いて舞姫へと降り注いだ。
    「人を魅了する歌……か」
     眩きひよりの放った光に、和泉は反射で細めた漆黒の瞳を、逆らわずそのまま伏せた。
     戦いの最中には禍つ物へと変貌しても、歌声も舞いも確かに美しかった。それは認めて――しかし和泉は穏やかな笑みの中にどこか深い闇を湛えて、低い月光の声で語る。
    「生憎、俺は誰より美しい音を紡ぐ華を知っている」
     静かに前へと差し出した手が、集まる魔力に仄かな熱と光を帯びた。その手首に絡む燻銀の荊へと対の手で愛しく触れれば、応える様に周囲のあらゆる闇の中から一斉に影が伸び、舞姫を覆い隠す。
    「――それに、囚われるより捕らえて壊す方が好みなんだ」
     これが終演。冬の朝の様な閑けさで、舞姫は言葉通りに囚われて――。
     闇の中へ沈んだまま、その姿は見えなくなった。

    ●当たり前の毎日へ
    「終わった、か」
    「最後の舞台、存分に踊れたやろか……」
     静けさを取り戻した体育館、天狼と希沙の呟きは一瞬で空へ融けた。
     豪奢だった舞台は、暗幕さえ跡形も無い。今は窓から差し込む月光だけが辺りを照らし、都市伝説・舞姫の終焉を確かなものとして伝えてくれていた。
     ――見届けて尚、未知の胸には痛みが残る。
    「!」
     強く握った未知の手に、そっと優しく何かが触れた。まるで心ごと解く様な温かいそれは大和の手。
     舞姫は幸せだったか。それを確かめる術は灼滅者達には無い。大和のこの手に、何か彼の思いがあるのかどうかも。
     しかし触れて伝わる確かな温かさに――未知はその手を握り返すと、泣きそうな顔で微笑んだ。

    「幕が下りた後は、夢から覚めた様な気分になるね。今回のは、少し悲しい夢だったけれど」
     帰り際の扉の前。不意にそう語った聖太に、灼滅者達はもう一度、今は月光のみが照らす体育館を見回した。
     あれもこれも消えてしまった。悲しい夢も歌声も。明日から体育館にはまた生徒達が訪れて、当たり前の学校生活を送っていくだろう。
     噂を追った聖太が守りたかったのは、そんな生きる人の営みだ。
    「帰ろう。俺達も、当たり前の日常に」
     ――喪われた命は戻らない。その切なさを知っている。
     だからこそ。今を生きる人々の営みを、これからも灼滅者達は守っていく。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年11月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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