眼鏡クラッシャーは夕暮れに

    作者:飛翔優

    ●黄昏時に、奴は……
     空が夕焼けに染まる中、人々は夜に向けて動き出す。
     夕食の買い物に勤しむ人々をかき分けるようにして歩く中、ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)は仲間たちに向けて語り始めた。
    「噂を聞いたの。今から向かう路地にまつわる、少しだけ不思議な噂よ」
     ――黄昏時の眼鏡クラッシャー。
     彼がどれほど強い恨みを抱いているのか、どうしてそんな恨みを持つようになったのか……それはわからない。
     わかっているのは、彼が眼鏡を恨んでいるということ。眼鏡を砕くことに魂を注いだ結果、命を落とし悪霊となってしまったこと。
     時は空も夕焼け色も失われ始める黄昏時。
     彼が眼鏡を砕く修行を行っていた……命を落とした場所と言われている裏通り。街灯の明かりも乏しきその場所に、眼鏡を持って近づいてはならない。
     眼鏡を砕くことだけを望む彼の手によって……否、力によって、眼鏡は砕かれてしまうから。
     所持してようがかけていようが関係なく、砕かれてしまうから。
     今日も彼は眼鏡を砕く。ただただ、魂に刻まれし思いのまま……。
    「色々と言いたいことは分かるわ。でも……きっと最初は面白おかしい作り話だったのだろうけど、語られるうちに信じる人が出てきて……それで、都市伝説と化してしまったみたいなの」
     故に、今からどんな形でも良いので眼鏡を所持し、その裏通りへ向かう。そして、出現してきた都市伝説を撃破する……それが大まかな流れとなるだろう。
    「戦うことになるのはその、眼鏡クラッシャーの姿をした都市伝説ね。姿は……彼と言われているし、おそらく男性型なんじゃないかしら?」
     後の、具体的な戦力などはわからない。故に、実際に相対してから色々と考えることになるだろう。
     以上で説明は終了と、ウィスタリアは締めくくる。
    「条件はとても簡単で、眼鏡をかけた状態なら砕かれる際の衝撃や破片で怪我をしかねない……危険な状態だと思うわ。だから、頑張りましょう」
     誰かが怪我をしてしまう、その前に……。


    参加者
    黒絶・望(闇夜に咲く血華・d25986)
    犬良・明(中学生人狼・d27428)
    白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)
    月影・黒(涙絆の想い・d33567)
    坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)
    ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)
    神無月・優(唯一願のラファエル・d36383)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)

    ■リプレイ

    ●眼鏡の未来を守るため
     レンズが自然と曇っていくよに、影の差し始めた街。人々は一夜の休息に向けて練り歩き、灼滅者たちは平和を守るために噂の現場へと向かっていく。
     今回の都市伝説、黄昏時の眼鏡クラッシャーの噂を反芻し、神無月・優(唯一願のラファエル・d36383)小さく肩をすくめた。
    「……ぁぁ、うん、悪ふざけの産物であるし、都市伝説はそういうものであるからこの際仕方ないのだけど……なぁにこれ。この都市伝説の発祥である者は……眼鏡に何の恨みがあったんだろう」
    「そうだねぇ……ってか林、お前なに変なのめっけてんだ」
     頷きながら、坂東・太郎(もう寮母さんでいいです・d33582)は見慣れぬ眼鏡をかけているウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)へと視線を送る。
     目線を外し、ウィスタリアは着物の袖口で口元を軽く隠した。
    「噂に尾鰭ってつくもんだわね……都市伝説ってなんでこうなった系のヤツ多いけど、毎度毎度リアリティがログアウトした噂が実体化するほど広まる過程が気になってしゃーないわ……っと」
     ふとした調子で、ウィスタリアは眼鏡をかけた白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)に抱き締められている太郎のウイングキャット、信夫さんを撫でようと手を伸ばした。
     尻尾で跳ね除けられていく光景を横目に、犬良・明(中学生人狼・d27428)は小首をかしげていく。
    「眼鏡はどの範囲まで破壊されるのでしょうか? コンタクトレンズとかは大丈夫なんでしょうか?」
    「どうなんでしょうね。コンタクトレンズだと特徴的な形状がありませんから、大丈夫だとは思いますが……」
     オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)は眼鏡を押し上げながら、不機嫌そうに眉根を寄せた。
     いずれにせよ……眼鏡を愛用する者として、見過ごす訳にはいかない都市伝説なのだから、と……。

    ●眼鏡を破壊する者
     夕焼けにさえも追い立てられた闇が集まりて、薄暗い静寂に沈んでいる噂の現場。車がギリギリすれ違えそうな空間へと、灼滅者たちは足を踏み入れた。
     束ねられたかのような突風が駆け抜けて、髪を上着をはためかせる。
     ウィスタリアの眼鏡は砕けた。
    「め、目がああああ!」
     慌ててフレームと顔の隙間に手を伸ばし、目を覆い隠していく。
     一方の、雪緒はどこかキョトンとした様子でウィスタリアとレンズが砕けた眼鏡を見比べていた。
    「眼鏡がクラッシュと聞いて、漫画みたいに突然パーン! と弾け飛ぶのを一瞬想像してしまいましたが……似ていますが、少々異なるのですね……」
     ともあれと信夫さんを地面に下ろし、道の先へと向き直る。
     ウィスタリアを除く灼滅者たちが視線を集中させる先。ジーンズにタンクトップ姿のたくましい男性が……都市伝説が、額に筋をたてながら拳を握りしめていて……。
     怒りに燃える瞳に、映り込んでいるのは雪緒とオリヴィア、そして太郎。
     生き残った眼鏡っ娘と、荷物に眼鏡を入れている男。
    「それでは、始めましょう」
     被害が広がる前に片付けると、雪緒は腕を肥大化させながら駆け寄った。
     視界を塞いでいる黒絶・望(闇夜に咲く血華・d25986)もまた、同様にげんこつを巨大化させながら距離を詰める。
    「何故こんなにも眼鏡を憎むんでしょうかね? 眼鏡を掛けた人ではなくて眼鏡をですもんね? 不思議な話です」
     いずれにせよ……と横に並び、呼吸を重ね……逃げ場を塞ぐためにタイミングを合わせて突き出した。
     雪緒を右腕で防ぎ、望を力を入れた腹筋で受けていく都市伝説。
     その僅かに止まった隙を見逃さず、月影・黒(涙絆の想い・d33567)は影にも似たオーラを放つ。
     二人を跳ね除けた瞬間に、都市伝説を後方へと押しのけた。
     が、すぐさま姿勢を整え直し、地面を蹴る。
     視線の先には、街灯に眼鏡を輝かせていたオリヴィア。憎らしげに歯と歯を勝ち合わせながら、どこからともなくハンマーに似た道具を取り出していく。
     道具が振り下ろされた時、オリヴィアは体を逸していく。
     更には体中をめぐる紅き闘気を伝わせて、力のすべてを受け流した。
    「眼鏡をかけているから頭脳派だと思いましたか? 残念ですが、どちらかと言えば肉体派なんです」
     流れるまま、鼻に裏拳を叩き込む。
     のけぞりふらついていくさまを観察しながら、雪緒は静かなため息を吐き出した。
    「しかし、なんでしょうね。今、こうして相対してみても、どうしてこの都市伝説が亡くなったのかわかりません」
     なにせ、真夏でもなければ冷たい風が吹き抜けていそうな場所であるというのに、タンクトップにジーンズ姿。体つきもまた相応に、たくましい。
    「彼の死因を探るネタだけで中編ミステリーとかできそうです。まあ、そんなことは措いといて……」
     力を注ぎ終えたと、刃状に形成した影を放つ。
     その頃には、元眼鏡っ子なウィスタリアも前を見れる程度に回復していた。
    「つつ……全く、危ないったらありゃしない」
     瞳の下に滲む血を拭い、眼鏡のフレームを投げ捨てる。
     大きな息を吐いた後、都市伝説に狙いを定め虚空に逆十字を描き記した。
    「PC用の安いのだったとはいえ……出費が痛いわ―……経費で落ちるかしら、コレ」
     小さな悩みを吐露するうちにも都市伝説には逆十字が刻まれて、小さな呪詛が存在そのものを蝕みだす。
     けれど、まだまだ討伐には程遠い。
     ゆるい会話とは裏腹に気は引き締め、ウィスタリアは次の攻撃へと供えていく……。

     攻撃対象として定められる他は常に厳しい視線を浴びながら、太郎は懐へと潜り込んだ。
     一瞬だけ動きを止め、鋼製の包丁を握りしめる。
     刹那、信夫さんの放つ魔法が都市伝説を軽く拘束してくれたから、悠々とした調子で縦横無尽に切り裂いた。
     眼力の強さが弱まることはなかったから、太郎は素早くバックステップ。
     入れ替わるように、明が割り込んでいく。
     高速を引きちぎった勢いのままに顔面を狙い放ってきた拳を、クロスした腕で受け止めていく。
    「残念、僕は眼鏡をかけていないんですよ」
     余裕含みの笑顔と共に、炎の足で蹴りのける。
     黒が、焔に蝕まれ始めた都市伝説の背後へと回り込む。
    「眼鏡を掛けてない奴に対しては、警戒すらしてないみたいだな」
     無防備な足へ、血色の刃を滑らせる。
     バランスを崩した瞬間に、雪緒がおぼろげに輝く焔を浴びせかけた。
    「わたくしのはおもちゃですし、お財布にはあまり痛くはないのですが……それ以上に、殴られたりするのが痛そうです」
     だから極力回避したい。
     オリヴィアのように、必要な眼鏡ならばなおさらだ。
     そのためにも早々なる幕引きを……と攻撃が重ねられていく中、眼鏡が砕ける音がする。
     太郎は立ち止まり、携えている荷物を確かめた。
    「……なんとなく感じていたけど、しまい込んでいても分かるの。なんと言おうか……すごい執念だね」
     小さなため息を吐く太郎の仇? を討つために、信夫さんが肉球を握り込んで空を駆ける。
     見守りながら、太郎もまた制止を促す交通標識を握りしめた。
     肉球が都市伝説の顎を捕らえた時、脳天を薄い鉄板がぶん殴る。
     都市伝説が膝をつく。
     優は太郎に、治療のための光を浴びせた。
    「……いやあ、持ってこなくてよかったよ。貰い物だし一品物だし」
     安堵の息を吐く優の横、ビハインドの海里が尻尾をなびかせながら都市伝説のもとへと向かっていく。
     力任せに得物を叩きつけていく。
     負けじと振り上げられたハンマーのような工具は明のライドキャリバー・鋼鉄の狼が受け止めた。
    「その調子です。皆さんの眼鏡を……もとい体を、守ってあげて下さい」
     賛辞を投げかけながら、明は剣片手に跳躍する。
     空を背負い、剣を振り下ろしていく。
     都市伝説の体を斜めに斬り裂き、勢いのまま肩を当て塀の傍へと追いやった。
     直後、都市伝説を影が食らう。
     闇の中へと閉じ込める。
     担い手たる黒は静かに瞳を細めた。
     随分と動きが鈍っている。この調子ならば……。

    ●それはキラキラと輝いて
     眼鏡を砕かれずとも、衝撃による痛みは蓄積する。
     万全の状態を保つため、抗い続ける力を与えるため、優は警告を促す交通標識を振り上げた。
    「眼鏡注意……いや、眼鏡破壊注意、ってところかな」
    「そうですね……それも、すぐに必要なくなりますが」
     受け取りながら、望は魔力の矢を撃ち込んでいく。
     合間を海里が駆け抜けていくのを感じながら、小さく肩をすくめていく。
    「それにしても、何故そんなにも眼鏡を憎むのでしょうね。眼鏡に、そんな憎む様子ありますかね?」
     返答はない。
     代わりとばかりに振るわれた拳を、オリヴィアは闘気を集めた左手で掴み取った。
    「させませんよ、決して。例えさせたって、第二第三の眼鏡があなたを……」
     手前側へと引きずり寄せ、土手っ腹に右の拳を打ち込んだ。
     苦悶の声を上げながら足元をふらつかせていく都市伝説を、太郎の影が閉じ込めていく。
    「さ、そろろろ終わらせてしまおう」
     頷き、信夫さんが魔法を放った。
     影の内側で都市伝説が動きを止めていく気配を感じ取り、背後へ回り込もうとしていた黒は立ち止まる。
     固めたオーラを解き放つ。
    「続け」
     都市伝説が影を突き破る形で吹っ飛んだ時、黒は望に視線を送った。
     音を頼りに、望は赤いアネモネが装飾されている純白の大鎌で虚空を裂く。
     風刃が、たくましい右腕を切り飛ばした。
     苦悶の表情を浮かべながらも、都市伝説はオリヴィアに向けて左手を伸ばす。
     一人の風が吹き抜け、眼鏡が砕けた。
     用意していた、予備の眼鏡が。
    「第二第三の眼鏡を先に砕くとは……しかし……!」
     問題ないと距離を詰め、足を大きく振り上げかかとを落とす。
     脳天を捕らえ、地面に引き倒す。
     なおも立ち上がろうとした体は凍りつく。
     ウィスタリアの放った氷の塊に蝕まれ。
    「今よ」
    「ああ」
     好機は逃さぬと、優が手元に集めつリカラを切り替える。
     海里が霊障を放った瞬間に、オーラの塊を撃ち出した。
     灼滅者たちが見つける中、都市伝説はキラキラと輝きながら砕け散る。
     それはまるで、都市伝説の嫌っていた眼鏡のレンズが砕けたときのようで……。

     戦いの後に訪れた静寂の中。冷たい風を感じながら、静かな息を吐き出していた望。
     優に気遣われ、口元に笑みを浮かべながら返答した。
    「はい、大丈夫です。しかし……」
     やはりわからないと、肩をすくめていく。
    「今回みたいに、時々、どうしてそうなったってツッコミたくなるような都市伝説、見ますよね。変な噂話から出るものとか……」
     もっとも、考えていても答えは出ない。
    「まぁ、よいです。今日も寒いですし、帰りにお鍋でも食べませんか?」
    「そうですね。とても寒いので、温かいものを食べたいです……」
     雪緒は信夫さんをモフったまま、コクリと小さく頷いていく。
     他にも眼鏡を直しに行かなければ……などの目的もくわえられ、一つずつこなしていく流れに相成った。
     雪緒が抱いても撫で回しても腹に顔を埋めても無抵抗な信夫さんに小さなツッコミを入れながら、灼滅者たちは街の雑踏へと紛れていく。
     もう、眼鏡が砕けることはない。当たり前の平和を、瞬き始めた星が見守る中……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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