悪魔教団の末路

    作者:るう

    ●住宅街の一角
     こそこそと暗躍を繰り広げ、支配の手を広げんとしているうちに、いつの間にか魔力の源にしていたガイオウガを武蔵坂学園に滅ぼされて没落したダークネス、ソロモンの悪魔。
     けれども彼ら配下の強化一般人たちは、そんな事もいざ知らず、今も主人に背徳を捧げるために、必死で信者を増やそうと悪戦苦闘しているのだ!

    「たぁ~たぁ~りぃ~じゃぁ~!」
     奇声を上げて御幣を振り回す、白装束の老婆の言葉に、道ゆく人々は耳を貸したりはしない。傍目には哀れみを誘う光景ではあるが……アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の調べによると、老婆はソロモンの悪魔の教団の教祖であり、同情の余地などほとんどないという。
    「あの老婆、かつては配下を引き連れて、他人の不幸につけ込んだ商売をしていたわ。『霊視の結果、あなたの不幸の原因は先祖の悪行だ。その祟りを祓うため、大金を支払って祈禱を受けろ』……とね」
     が、仕えていた悪魔が力を失ったためか、はたまたそれ以外の理由でか、教団は求心力を失いいつの間にか瓦解。今や老婆一人がこのようにして、金を求めて活動している。
    「配下のいない強化一般人なんて、私たちの敵ではないわ」
     慎重なアリスがそう言うのだから、老婆は多少しぶとい事こそあれど、決して危険にはなりえまい。そればかりか……相当の困難は必要であろうが、上手く老婆に欲望を忘れさせてやれば、彼女自身も悪魔の力から解放されて、普通の一般人に戻るかもしれない。
    「もっとも……それが本当に良い事なのかは、悩ましいところだけれどね。教団に人生を狂わされた人々の事を思えば、その主犯がのうのうと生きるほど許し難い事なんてないのだから」


    参加者
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    本田・優太朗(歩む者・d11395)
    枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)
    赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)
    秋山・梨乃(理系女子・d33017)
    月影・黒(涙絆の想い・d33567)
    神華憑・無音誓(厄夜の千両役者・d37160)

    ■リプレイ

    ●哀れな老婆
     道ゆく人の前に立ち塞がっては、避けて去られて、を繰り返す老婆。その妄執に取り憑かれたがごとき振る舞いは、紅羽・流希(挑戦者・d10975)にはまるで、行き先を見失ってしまったように見える。
    (「悪魔に魅入られていながら彷徨うとは……」)
     老婆は、信ずる悪魔に見放されてしまったのか。そういえば悪魔で思い出したが、ちょうど去年のこの時期に戦った大悪魔サレオスは今頃どうしているだろうかと、敵の事ながら赤城・碧(強さを求むその根源は・d23118)は心配になる。あの時はサレオス、めっちゃ強者の余裕感出しまくってたのに。
     が……懐かしいからといって手は抜かない。碧の放った殺気が老婆から人々を遠ざけて、古海・真琴(占術魔少女・d00740)の結界が老婆の求める声をも彼らから隠す。
     それでもまだ、老婆は獲物を探して歩くのだ。アリスに託されて来てはみたが……真琴は老婆を救うため、一体何ができるだろうか? その気持ちが真に老婆を思ってのもので、かつて大淫魔サイレーンに惑わされた人々を見殺しにせねばならなかった事への罪滅ぼしのつもりではないのだとは、彼女自身も言い切れなかったが。
    「あの人も……悪魔の犠牲者なのよね……」
     枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)の瞳にも戸惑いが浮かぶ。無理はない。ここにいる灼滅者たちの中で、最も多くの悪魔の信徒を見てきた少女から見ても、これほど哀れみを誘う悪魔信者はないのだから。
     その時、老婆が振り返り、灼滅者たちの姿に気がついた。そして、各々が浮かべる表情を見て、近づいてこんな事を喚き始めるのだ。
    「子供たち……表情が暗いぞえ。しかしワシには視えておる……お主らの不幸は全て、お主らの先祖の悪行のせいじゃーーー!!」

    ●虚言の価値
     何も知らないとは哀れな事だ。灼滅者たちの沈痛な面持ちの原因は、まさに当の老婆自身にあるのだというに。
     誰よりも早く、老婆を助けてやりたいと望んだ流希。その想いに灼滅者たちは皆、そうできるのなら越した事はないと合意したのだ――ダークネスを激しく憎み、それに加担する者は誰であれ許しておく事のできない神華憑・無音誓(厄夜の千両役者・d37160)でさえも、その怒りが出てこぬよう沈黙し。
     なのに、実際に老婆の虚言を目の当たりにすると、本田・優太朗(歩む者・d11395)は本当に彼女を悪魔の手から取り戻せるのかという不安に駆られるのだった。無論、そうすると一度決めた以上……彼は、いや彼らは今、全ての手を尽くして老婆を救う方策つもりでいるのだが。
     月影・黒(涙絆の想い・d33567)は年相応の少年らしさを演じて、老婆に朗らかな笑みを向けてみせていた。
    「いいや、別に『俺らは』不幸じゃないさ」
     黒の言葉は言外に、不幸なのは老婆自身なのだと指摘する。が……もし、彼女がその隠された意味にも気づかぬのなら、あるいは逆に、自らの不幸に胡坐をかいて、自らの悪行を正当化するのなら……密かに黒の手に巻きつく鎌『怨嗟』が伸びて、老い先短い生の終焉を少しばかり早めるだろう。
     けれども、もし老婆がそのどちらも選ばず、自らの不幸と罪に向き合えるのだとしても、秋山・梨乃(理系女子・d33017)にはどうしても、今すぐに楽にしてやる方が慈悲なのではないかという懸念を拭えぬのだった。
    (「今までの罪に苛まれ、世間や被害者からの冷たい目とも向き合ってゆかねばならず。その苦しみを私たちは負いきれるだろうか?」)
     無言で巡らされる正反対の思想。が、それらの思索が巡らされている間も、老婆のお喋りは止まる事がない。
    「ほうれ、隠したってワシにはお見通しじゃて。祟りを祓うなら早い方がええ……大人になれば難しゅうなるで、安く済ますなら今のうちじゃ!」
     灼滅者たちが立ち去らぬのをいい事に、勝手な理由をつけて金を騙し取ろうとする老婆。下は中学生の子供から取れる金など、大した額にもなるまいに!
     老婆の妄言を聞いているだけで、無音誓は自身の老婆と戦いたくないと堪える気持ちが、みるみる萎れてゆくのを感じ取っていた。
     こんなにみすぼらしい姿になってなお悪魔の教えにすがりつく老婆は、悪魔の協力者と見なすより、何らかの哀れな理由で協力を余儀なくされた被害者と考える方が自然なのだ。それは頭でも判ってるし信じたいとも思っているのに、無音誓の心を食い荒らしている、老婆を引き裂けと命ずる狼を、老婆は自ら揺り起こそうとする。
    「五分経ったら起きる。話はそれまでに終わらせておいて」
     言い残し、その辺の花壇を掘って眠りに就く無音誓。けれども他の灼滅者たちも、このまま、老婆の好き放題な妄言を聞き続けたいとは毛頭思わなかった。
    「そうですか……では」
    「ヒェッ!?」
     流希が懐から取り出した金の束を見て、老婆は仰天せざるを得ない。
     一体、幾らほどあるだろう? 老婆の話を信じた様子もない子供が取り出した、大人顔負けの札束に、老婆はまるで畏れるかのように、震える手をそっと伸ばしてゆく……。
     ……が、その手が金に触れる直前、優太朗がそれを遮った。
    「まだ、差し上げるとは言っていません。貴女がこれを手にできるかは、貴女自身にかかっているのです……今渡しても、それはただ暗闇にお金を放り投げるのと同じですから」

    ●欺瞞の連鎖
    「誰も、タダで貰おうなんぞ言っとらんわい! これだけありゃあ、立派な祈禱が上げてやれると思うただけで……」
     老婆は憤慨したフリをして手を引っ込める。が、梨乃はこの金は祈禱より、幾つかの質問に答えて貰いたいからだと明かした。
    「一体、こんな事をして集めたお金は何に使ったのだ?」
    「そりゃあ決まっとるじゃろて、祈禱には道具も材料も揃えんといかん……」
    「そんな事を訊きたいんじゃないのだ。何故、こんな詐欺などしようと思った。お金を騙し取って、あなたは幸せになれたのか? 今、幸せか? あなたは心底は、詐欺師になどなりたくなかったのではないか?」
     言葉に詰まる老婆。追い詰められた彼女がいつ、やぶれかぶれになって襲いかかってきてもいいよう身構えつつも、慎重に様子を探りながら黒が説く。
    「罪を認め、償うのは、とても辛いものかもしれない……。けど……それから逃げる罪深さと比べれば、赦されて然るべきだとは思わないかい?」
     その問いにも、老婆は口をヘの字に曲げたまま立ち尽くし、何も答えられなかった。視線を左右に泳がせて、ぶつぶつと何やら口ごもるばかりの姿に、思わず真琴は戦慄する。かつては幾人もの配下を抱え、左団扇で生活していたはずの悪魔教団の教祖も、『依って立つ』ものが自身の中になければ、かくも脆くなるものか。
     でも、それが何より恐ろしいのは、それが、決してダークネスに負けた人間だけのものだとは思えなかったからだ。地元で、サッカークラブに所属していた時……監督が変わった途端に急に弱体化したライバルチームを知っているから。
    「……仮に、お前さん方が言うように、ワシが詐欺を働いているんじゃとしよう」
     老婆は、ようやく声を振り絞った。
    「だとしたら一体全体、お前さん方はどうして金なんぞ用意して、わざわざワシなんぞに声をかける……? 警察でも呼びゃぁ解決じゃろて。お前さん方はワシから何を奪おうと企んでるんだい!」
     そんな老婆へと碧は説く。
    「金を求め続けた結果、あんたは何が得られた? 何が残った? 仲間はいなくなり誰にも見向きもされず……その愚鈍なまでの欲望と孤独しか残りえてないじゃないか。いくらあんたが悪行を積んだとはいえ、最後に残ったものがそれだけというのは余りに哀しいぞ」
     すると、泡も吹かんばかりに老婆は喚いた。
    「そうさ! 誰も彼も、金さえ手に入れたらどこかへ行っちまうじゃないかい! ワシが目をかけてやった信者たちだってそうだ、それに……」
     けれど……そこまでまくし立てたた後、老婆は思わず両手で顔を覆い、半ば嗚咽するように声を搾り出したのだ。
    「……あの人だって……アタシは本気で結婚しようと思っていたんだよ……それを……事業のために金を貸してくれと言ってきて……」
    「それって……結婚詐欺!?」
     瞬間、水織の憤りの先は老婆でも悪魔でもなく、老婆を騙した男へと向いていた。
    「だったら、みおがその男にお仕置きしてあげるっ!! だからお婆ちゃんは、今からでもいいからやり直して!!!」
    「無茶を言うんじゃないよ! もう、五十年も前の話だよ……大方、あの男はアタシみたいな娘を何人も騙して、さぞいい暮らしをして大往生したんだろうさ……」
     だとしても水織は諦めたくない。老婆が可哀想だってだけじゃない、その男のせいで同じような人が、同じような事件を起こしているかもしれないのだから。
    「それに……その男、実は元から悪魔の一味だったかもしれない」
    「わあ!?」
     その時、急に後ろから耳元に囁いた無音誓の声に、水織は思わず驚いて振り向いた。
    「でも、それは確かにありうるかも……」
     ひそひそと想像しあう二人に代わり、流希は改めて老婆の前に立つと説いた。
    「その時の貴女の心中は、私には解りません……。けれど、このまま、悪魔に魂を売り続けてはいけませんよ……。貴女よりも、かなり若輩ですが、これだけは解ります……」
     老婆は、確かに愛と信頼を裏切られたかもしれない。でも、それだけで大切なものを全て失うほど老婆には何もなかったのだとは、流希には思えない。
     真琴も、知った口になるとは思いつつも言わずにはいられない。
    「お金はあった方がいいに決まっていますけど、なくなったら、誰もいなくなっちゃった。結局は皆、お金についてきただけで『おばあさんに』ついて来たという人はいなかった……それって、ものすごく寂しいことでは?」
     もう一度、流希は言葉を重ねた。
    「ご家族、ご友人……今まで出会った人たちの全員が、貴女のこのような姿を望んでいるのでしょうか……?」
    「その事件が起こる前に貴女が大切にしていた人は、貴女に何を望んでいたんですか?」
     優太朗の口調は優しく、けれども隠し切れぬほどの熱が宿り。
    「たぶん……そうやって満足しているのは貴女一人だけです。そういう人たちはこんな復讐じみた生き方じゃない、きっとただ普通に生きてほしかったんだと思いますよ」
     でも……老婆は小刻みに首を振るのだ。
    「だとしても、今更アタシにどう生きろって言うんだい……。アタシはもう、奪う事でしか生きてけない女なのさ」
     ああ、それこそが悪魔の呪縛。正しい事を為したいという願望を、悪魔は妄執にて絡め取る。
     けれど、優太朗は老婆の瞳を見れば判る……それさえ打ち砕く事ができれば、今の老婆は人のあるべき姿に戻れるのだと!

    ●破邪のための戦い
    「だから……お前さん方もアタシに大切な金を奪われたくなけりゃ、せいぜい気張って守るこった!」
     老婆が髪を乱して御幣を振ると、雷光がその顔を化け物のように映す。無音誓の狼の耳と尾が生え、国広を握った流希から殺意が奔る!
     碧も『黒百合』と銘打たれた妖刀を抜いて、魔力の稲妻を断ち斬りつつ走る。
    「正直に言って、もう残り少ない人生だろ……だったら、そいつをもっとマシに使おうとは思わないのかよ!」
     が……その切っ先が老婆の首を刎ねようとした瞬間!
    「待つのだ!」
     梨乃が叫び、そして止める。金を奪うという点は同じでも、強盗は詐欺師のやる事ではない……やぶれかぶれのように見える老婆の行動には何か、今までとは違う意味があるはずなのだ!
     そして、その正体は多分、優太朗が知っている。
    「きっと、僕たちに止めて欲しいのでしょう」
    「……ああ。つまり、自分を操る悪魔の力を滅ぼして欲しいのだな」
     ほっとした顔になる梨乃。漆黒の刃は辛うじて、老婆をその背で叩くだけで留まった……老婆に、最後の蜘蛛の糸ほどのチャンスを遣るために。
    「やれるだけの事をやってみましょう!」
     真琴の符が老婆の罪を封じ。
    「ちょっと痛いと思うけど、我慢してね……」
     水織の魔導書の背が魔の力を叩く。
     それでも必死に拝むような仕草を続ける老婆は……もう、黒にとって慈悲なく裁くべき存在ではありえない。
    「お金が欲しいなら遣り方はあるし、お金以外にも大切なものはあるよ。それが判っているのなら……」
     それから黒は、鎌でも、刀でもなく拳で突いて。
    「……俺が殺さないといけないのは、婆さんを唆した悪魔の方だって事だ」

    ●人間の尊厳
    「お前さん方みたいな子に、もっと早くに出会いたかったよ……!」
     おいおいと泣き崩れる老婆の前で、静かに黒はその拳を解いた。今、老婆に願うのは……自身が拳を再び握らずに済む事だ。
    「でも、罪がなくなるわけじゃない」
     無音誓は誰にともなくぶっきらぼうに言った。もう、老婆は悪魔の手先じゃない……でも彼女の罪を赦せたわけでもないから、自身の爪まで罪に穢れぬように、逃げるようにその場から去ってゆく。
     すると、老婆はがっくりとうなだれて。
    「その通りだよ。気持ちの上じゃ、アタシだってやり直すつもりでいるよ……だけど、一体どうやって償えばいいんだい? アタシゃ、どこの誰を騙したかなんて、塵ほども憶えていないんだ」
     やはり、梨乃が心配した通りだったのだ。間違いなく、この老婆は悪魔の力を借りねば詐欺になど向かない。だから悪魔の力を失った今、老婆は罪の重みに潰されてしまうのだ……もう一度、別の悪魔の力を借りぬ限り……。
     けれど、自分たちなら老婆の力になれるかもしれない。そう、水織は語気を強めた。
    「お婆ちゃんの教団……関わった悪魔のことを教えて。きっと、お婆ちゃんの償いになるから」
    「どうして……そんなに親切にするんだい?」
    「一人の悪人が改心するためでしたら……このお金だって惜しくはありませんとも。再出発には入り用でしょうからねぇ」
    「ええ、おばあさん。今の貴女に差し上げるのであれば、きっと、無駄にはならないでしょう」
     流希と優太朗がそう言って最初の金を見せると……けれども老婆は首を振った。
    「いいよ、持って帰っとくれ。汚い金で手に入れたもんとはいえ、まだ、住む場所くらいは残ってるんだ。アタシがこう言うのもおかしな話だけど……アタシを、子供に金をせびるような大人にはさせないどくれ」
     老婆がそれをはっきりと口に出したという事は、灼滅者たちは単なる建前としてでなく、本当に老婆の心を救えたのだろう。
    「ええ、あとは、おばあさんの心がけですよ」
     ようやく老婆が手に入れた大切なものに、真琴は敬意を表する思いだった。
     そしてその尊厳は何人も――それこそ、どんな大悪魔にも踏みにじれないのだと、碧は信じて疑わない。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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