暗殺武闘大会決戦~元素と弦蒼のレクイエム

    作者:那珂川未来

    ●15の忍び火
     冷たい風に、戦に火照った体を癒す間も無く。
     ただ、世界は常に動いているのだと思い知らされる。
     伝えられる新たな火種。辿ればそれは暗殺武闘大会を佳境へと結ぶものであった。
     戦いの激しさを物語るような、戦火と塵に汚れたその顔を見て。仙景・沙汰(大学生エクスブレイン・dn0101)は只居るだけしかできなかった悔しさを飲みこんで、まずは労いを。
    「皆のおかげで、第三次新宿防衛戦に無事勝利する事が出来きたよ。ありがとう。本当なら戦いに参加した皆にはゆっくり休んでほしいところだけど――六六六人衆に不穏な動きがあるという情報を掴んだんだ」
     サイキックアブソーバーの予知が行えない今、エクスブレインであっても詳しいことはわからないが、暗殺武闘大会の予選を通過したダークネス達が、集結を始めているという情報が得られたのである。
    「ダークネスが集結している地域が15ヶ所ほど判明しているんだ。けれど、ダークネス達がその場で殺し合いを始めるのか、ルールを設けて試合を始めるのか、或いは、全く別の作戦を遂行するのかは、現時点ではわからない。けれど何らかの目的があって集まっている事は間違いないから、碌でもないたくらみがあると見て間違いないと思う……」
     シャドウとの戦争の直後ではあるが、ダークネスの動きを偵察し、状況を確認後適切な対応を行ってもらえるよう、現場に向かってくれないかと、沙汰は頭を下げた。
    「ダークネスが集結している場所は、この地図の場所」
     昔、戦場であった場所。武士達が火花散らせて、時に散る。そんな合戦のあった場所。
     そして当時の慰霊碑もありながら、何故か歴史の表には大きく取り上げられない――何か、ダークネスの関与を感じずにはいられない場所だ。
    「周辺の町や村から離れた山の中腹付近、向かっても特に人の心配はないからその辺は大丈夫」
     辺りは木や岩が点在しているが、山の中腹といえど傾斜は少なく、戦闘に支障はない程度に開けているらしい。美しい稜線から日の出が臨めるくらいに。
     外灯の類はないが、辿り着く頃には東の空は少し白み始めているだろう。それまで、上手く闇と自然を利用しながら、程良く現場まで近づくことになるだろう。
    「そこに予選を勝ち抜いた5~8体のダークネスが集まるらしいんだけど、正確な数は行かなくちゃわからない。どういう理由で此処を暗殺武闘大会の舞台にしたのか――それも行けばわかるかもしれないね」
     勿論、予選通過した一体一体がつわもの達だ。まともに戦ったところで勝てない。彼等から気取られないように、こちらから無謀、迂闊な行動をしないよう気を付けた方がいいだろう。
    「暗殺武闘大会が続いているならば彼らは必ず戦い始めるはずだから、状況を見て戦闘に介入する、あるいは、勝敗が決定した後に勝ち残ったダークネスを灼滅するといった対応が必要だろうと、現時点で考えられるね」
     予知が無い為、現場での調査の仕方、そしてその後の判断は非常に重要になる。相手の目的を探る事も大事だが、場合によっては、撤退する覚悟も必要かもしれない。
    「こちらから有利な情報を探れなくて申し訳ない。全て託すことになっちゃって……」
     歯痒そうにしている沙汰であるが、それでも見えない先を託せると信頼しているから。
    「きっと経験と知恵で、無事に帰還してくれるって」
     そう、願っている。
     その言葉を最後に送って、その背にもう一度頭を下げた。
     
     
    ●黎明に奔る
    「とうとう決戦までいっちゃったみたいだけど、最終的な目的は何なんだろー?」
     今回でそれがわかればいいなぁと呟きながら、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)は、スーパーGPSで先導してくれる織部・霧夜(ロスト・d21820)のあとをついてゆく。
    「予知が無いことの不便さが身にしみるわね。せめて最低限の情報収集ができればいいんだけれど……決勝であるのが間違いないなら、これが最終段階。なら、私は特に『そこでの勝者がどうなるか』気になるのよ……」
    「闘う以上は最終的な目的は勝ちでもあるのは間違いないだろう。その勝ちに得られる付加価値に、俺達灼滅者の有無が絡んでなければいいがな……」
     城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が不安を零すなら、確かにと頷く霧夜は今までの予選の経緯も踏まえて、罠でなければいいがと。周囲にその予兆が無いかへの警戒は鋭いまま。
     ひとまず、一般人の存在確認はないまま、冷たい山肌を進む。
     乃董・梟(夜響愛歌・d10966)は、冷たい夜風に混じる音を耳にしながら今は、あの星の輝きに、幸せを約束したあの子の方の成功も信じつつ。
    「そろそろ、だよな?」
     歩いた感覚でそう尋ねるなら。スーパーGPSにて現在地を確かめる興守・理利(竟の暁薙・d23317)は、ぐるりと実際の立地と照らし合わせながら、
    「ええ、あの岩の辺りで二手に分かれ時かもしれませんね」
    「じゃアドリアネの糸は、この辺りで設定しとくでいいかなー?」
    「そうですね。この辺りで合流できればいいと思います」
     糸を伸ばしながら、こてりと首を傾ける波織・志歩乃(繊月に揺蕩う声・d05812)。羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は合意を示す。
     短時間でみなさまと知恵の出しあったのだから、きっと――嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は、蛇さんに変身した千波耶と陽桜を抱えると、大好きな彼の二匹の天使を想像して。そして志歩乃の指先から流れる赤い糸に、イコあの時繋いでくれた約束と、絆や愛を重ね見たあと、北に輝く天狼を仰ぐ。
    「必ず、みなさま一緒に帰りましょうね」
     大切な人が待つあの場所へ。そう、自分にも言い聞かせるように。
    「ええ、必ず」
     理利も、北極星の輝きを見つめながら頷いた。


     人の密度を小さくし、どうにか付かず離れずの位置にある岩まで近づける。覗きこめばアンブレイカブル二体と、六六六人衆五体の姿を確認。慰霊碑を前に、予選通過の武勇伝などの会話を繰り広げていた。
     中央に穴が開いてしまっている慰霊碑は、冷たい風を通すと笛の様な音を鳴らしている。
     彼等は戦闘準備を整えているが、殺し合うというよりはチームを組んでいるという雰囲気の方が強い。とはいえ。
    「別に仲良しっていう雰囲気じゃないよねぇ」
     身を低くしつつ、梟は思ったままの感想を零す。自分達の様に共に依頼を達成しようというよりは、上手いこと互いを利用し合っているようで、信頼が築けているとは言い難い。
    『そろそろだな』
     道着姿のアンブレイカブルが東の空を一瞥すると、剣呑な笑みを浮かべた。ロン毛の六六六人衆は気だるげに首を回しつつ。しかしその瞬間を今か今かと待ちわびている様子が半端ない。
    「何を気にしてるんだろー?」
     彼らがとても時間を気にしている様子に疑問と警戒を感じずにはいられなくて、変身を一旦解いた一葉。
     一方イコは、穴のあいた慰霊碑に注目していた。
    (「……んん、慰霊碑に穴、なんて……何百年も昔の合戦なんですもの、ね? でざいん的にも、風化とも、違う気がするの」)
     人為的では――しかも、彼ら全員慰霊碑と正対しているのだから、何かあると予測を繋げていたとき、
    「えっ?」
    「……封印が、決壊するのか」
     急速に膨れ上がる気配に混じる狂気に息を飲む志歩乃。霧夜はいつもの通り冷静に構えているが――魔法使い二人は、目的があの中に封じられていた『高位のダークネス』であったのだと知る。
     そして暗殺武闘大会の最終目標は、この高位ダークネスを暗殺する為の精鋭集めであったのだとわかったのは、放電と共に呼吸を危ぶまれる程異様な空気が流れだし、中央に集まる粒子はあっという間に人の形を成したそれへと、容赦も作法もなく一斉に攻撃を仕掛けたからだ。
     巻き上がる雪はことごとく熱に消え、無残に削られた大地の塵に大気は淀む。
    『今の完全に入ったよなぁ? イギー』
     手応えに高揚するアンブレイカブル藤堂と、笑う六六六人衆イギー。
    『……あー洒落になんない……』
     そして塵の中から青年の声。
    『光を遮らないでほしいな。綺麗な色が撮れなくなるんだから』
     ヴン、と。梟は聞きなれたコードを耳にする。
     刹那、あれだけ舞い上がっていた塵が、全部低空へと押さえこまれ――まるで、上から勢いゆく見えない蓋をされた様に――そして暗殺を狙うダークネス達は、身にかかる重みにその攻撃の動きを鈍くしていて。
    『お前が、六六六人衆序列七二のクリプトンだな?』
     道着は列攻撃で受けたプレッシャーも、今腕に宿す抗雷撃で剥がさんとしながら、
    『そうだけど?』
     冷たく答える封印されていたハンドレットナンバーのクリプトンは、エレクトリック・アップライト・ベースを手にしている、アイスブルーの髪を持つ男だった。弦は青白く発光し、黒い衣装はどこかしら前衛的である。
    「あれが、ハンドレッドナンバーなのか?」
     離れていても感じる狂気を身に浴びながら、理利は無意識に言葉を零した。全てかわしたわけではないだろうが、傷らしい傷は受けていないという事に陽桜も、驚きを隠せないどころか――。
     強い、です。とてつもなく。
     その言葉が、喉から出ることさえ怖がっているかのようで。
    『アナタの序列はこの私、アメリアが頂くわ』
     グラマラスなドレスに身を包む六六六人衆は、妖の槍を構えながら笑う。
    『序列奪いに来るにしても、互いが互いを利用して数人がかりとか……群れる六六六人衆というのは見ていて情けないよ。そもそも、七人でないと殺せる自信がないわけでしょ?』
     只のクズが。そんな目で、アイスブルーの髪を揺らしつつ挑発する。
    『ハッ、おねんねしている間に時代は変わったんだよ! 六六六人衆の新たな時代の為、老害ジジィは淘汰されるべきなのさ!』
     半裸のアンブレイカブルが襲いかかるが、
    『――兵どもが、夢の跡。この黎明臨む景色に相応しい輝きを君は持ち合わせていないね』
     逆に黒死斬を打ち込んでやったクリプトンの手から、何かが落ちる。
     それが何なのかわかったのは、暗殺側のダークネス達がくだらねぇ写真撮りやがってと騒ぎ立てたからであるが――志歩乃は思わず顔をしかめた。たぶん頭数合わせ程度の強さだったのかもしれないが、ものの数分で六六六人衆の一人が事切れたからだ。
    「どうしよー? このまま最後まで戦ってもらってー、勝ち残った方を消耗しているうちに撃破しちゃう?」
     行き当たりばったりだし、漁夫の利みたいだけど――と、もう一方の班の仲間たちも交えつつ提案するものの、正直先が見えな過ぎて決断に迷う様子の志歩乃。
    「暗殺武闘大会の目的が、ハンドレッドナンバーを暗殺する事であるというのならば、それを邪魔するのが良いのでは?」
     序列を奪うことによって展開する六六六人衆の新たな時代とか言う主張が、酷く厄介な出来事を起こしそうで、理利はつい言ったが。
    「けれど、あのハンドレッドナンバーは危険すぎると思う……。勝ち残った場合、私達の力で対処は難しいかもしれないわ。逆に暗殺に助力して、ハンドレッドナンバーを灼滅するのもありなのかもしれない」
     そう言って。でも組織だっていない相手ならなんとかなるのかも、と千波耶もその方法がいいのか今すぐに判断できない。
    「ですが、下手に戦闘に介入するとなりますと……ダークネスさん達が一時的に協力しまして、わたしたちを先に攻撃してくる可能性も、あると思うの」
     複雑な状況。天狼から託されたものを成し遂げるためにはどうするのがよいのか――イコはくるくると思考を巡らせながら。
     そして止まることのない戦闘に、さらに半裸のアンブレイカブルが死した瞬間を垣間見て、決断の時間がそうない事を感じながら。
    「加勢する場合は、そうならないような方法を考えなければならないですよね。うまく性格を掴み、協力を得られればいいのですけれど」
     陽桜は、残っている暗殺チームを見る。
     もともと協調性はない。ハンドレットナンバーを奪う事が目的だ。前衛は、アンブレイカブルでバトルオーラを操る藤堂、六六六人衆は解体ナイフを得意とするイギー、妖の槍を操るアメリア、断斬鋏を操るマヤ。ガトリングガンを後衛から撃ちまくるザムも六六六人衆らしい。皆自信家で、協調性が無いぶんかき乱しやすい半面、しっかり協力が出来ればハンドレットナンバーも倒せるだろう。ただ、序列はそのまま彼等の誰かに移動する。
     そしてクリプトンはジャマーの様だ。六六六人衆のサイキックは勿論シャウトも使っているらしい。得物からの放電で穿ったり、特殊な気体を音で振動させ周囲にプレッシャーをかけてきてもいる。
     野放しにする危険性は高いが、組織的な行動はしないだろう。傭兵に流れる可能性も否めないが……。

     未来は誰にもわからない。
     けれど、先行きを変える運命の輪を回す事が今出来るのは、灼滅者なのだ。


    参加者
    羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    波織・志歩乃(繊月に揺蕩う声・d05812)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    乃董・梟(夜響愛歌・d10966)
    高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)
    織部・霧夜(ロスト・d21820)
    興守・理利(竟の暁薙・d23317)

    ■リプレイ

    ●潜めて
     世界に弾ける光と炎。氷結の欠片に跳ね返る金属音。
     空気に圧迫感を伴う鏖殺領域が、大会参加者へと迸ってゆく。
    「残る手段は鏖殺領域だったようだな。シャウト、プレッシャーの範囲攻撃に放電……最初に倒された六六六人衆が確か黒死斬で事切れていた――これがクリプトンの手の内全て、といったところか」
    「どちらも想定していましたが、完全搦め手の戦法ですか」
     織部・霧夜(ロスト・d21820)と興守・理利(竟の暁薙・d23317)は介入に至るまで間、少しでも情報を手に入れようと、岩場の影から戦局を見つめていた。
     今、大会参加者の後方位置に集結している。接触時、彼等の後ろを陣取るために。
    「さっき藤堂が動けなかったみたいだねっ。きっと穿たれた時に電気が体内に残ってて痺れたカンジ?」
    「あ、それは俺も思った」
     それっぽい攻撃っちゃーそうかもねーと、高柳・一葉(ビビッドダーク・d20301)は思ったことを確かめるように尋ねるなら。乃董・梟(夜響愛歌・d10966)は同感を示す。
    「つーか、EUB(エレクトリック・アップライト・ベース)とはまたマニアックなモノを……」
    「音楽に貴賎無しとは言いますが」
     独創的な低音を耳にしながら、梟と理利は零す。熱狂や感動など動を予感させる音から、それを取り除いてゆくように制限させる音に、異質さや不気味さを覚え。クリプトン希ガス元素は空気より重く、音速が衰えると言うが――攻撃はそれを予感させる。
     現状をまとめるのが得意な嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)は先の調査で手に入れた情報を頭の中で整理し、んんと唸りながら、
    「キュアをお持ちの方が藤堂さんお一人なのは、厳しい、ですね。ブレイクをお持ちなのも藤堂さん……」
    「マヤさんのEN破壊がうまく機能すればいいのですけど」
     それでも術式に偏る手の内では厳しそうに見え、羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)は息をつく。
    「その藤堂が丁度狙われているし、彼が厳しくなれば聞く耳は持ってくれそう」
     クリプトンが先に潰しにかかる理由もそういう事なのだろう。介入する余地は確実に増えていると、城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)は感じた。
    「じゃ、いくよー。敵認定されなければいいんだけど、ねー?」
     奔った青白い電光が藤堂の肩に炸裂したのを見て、波織・志歩乃(繊月に揺蕩う声・d05812)は星の様な光芒を黒き夢のステラ・マリスの先端に灯しながら、清浄な風の音を響かせる。

    ●交渉
     吹き抜けた風。振り向けば背後に陣取る灼滅者の顔を見て、ザムが声をあげた。
     イコの敵意の無いことを示す為、即座に藤堂へと回復を。千波耶の響く歌声と踊る様にベルトの障壁を編み込みながら、
    「高位序列の方が復活なさると伺い参りました。旧い時代の脅威を除くため……ご支援します!」
    「クリプトン狙いでキミ達と戦う心算は無い。私達と戦って消耗するのは避けた方が良いんじゃないかな? 利害一致してるだろうしココは共闘出来ればお互いお得でしょ」
     一葉はキャリーカート君と一緒に牽制入れて、味方であると示す。
    『とか何とか言って、後ろからイイところ掻ッ攫う魂胆じゃねーよな?』
     訝しむイギー。言っている事はわかるが、共闘しようと言いつついきなり背後に陣取られては、今まで敵対し合っているぶん、いくら自信家の彼らでも闘い終わって消耗したところを狙ってくるつもりかと勘繰って、あまりいい反応を示さない。
    「なーんか不審に思われちゃった感じ?」
    「……んー共闘らしく横並びくらいでー、よかったのかもー」
     いらぬ不信感を与えてしまったと、梟と志歩乃は思ったが。まだ様子見の姿勢らしく、聞く耳はある模様。
    「今はクリプトンを倒す事が大事でしょう? わたし達の事は、今は利用して後で考えればいいんじゃない?」
    「それに回復と支援あれば、もっと確実に倒せれるっしょー? その辺りは数だけ多いわたしたちさ任せてほしいなっ!」
     言っている間にもクリプトンの鏖殺領域が来る。千波耶はこの緊迫した状況で猶予はあまりないという声で促し、志歩乃は敵意が無いことをアピール。
    「勝つためには力の強さ以外にも必要なものがあります。勝機を逃さないために『使えるものも徹底的に利用すること』です。あたし達はクリプトンを倒しにきました。目的を同じくするあなた達への支援もさせていただきます」
    「おれ達だけでは無理なので貴方達を援護します。強者たるもの、格下を上手く利用してみてはどうでしょう」
     陽桜も、理利も、相手を持ちあげつつ共闘の利を説いた。そう思っていた。
     どうすると、マヤが視線を流すなら。
    『つまり、徹底的に利用していいってことはこっちの要請に従ってくれるってことだよな?』
    『そういうことでしょう。では確実に仕留める為、まずは最優先で私達に回復とエンチャントをしてもらいましょう』
     イギーとアメリアは賛成の方向だが、まずは身内よりもダークネス優先で支援しろと言ってくる。確実に序列を取る為に、利用していいという言葉を最大限生かすつもりだ。
     クリプトン灼滅を成功させるために、支援もするので共闘しようではなく、支援もするので利用したらいいという少々遜っているように感じる内容が目立ち、相手に都合のいい利用価値を押しつけられる隙を与えてしまった。
     けれどこちらは宍戸の企みを阻止する為にも、序列は彼らに渡したくない。その為ダークネスに対する支援の加減はするつもりだが、今の相手の理解のまま戦おうものなら確実に途中崩壊の危険を陽桜は予感して、
    「いえ、流石に仲間が倒れる危険は回避したいです。支援はさせていただきますが、行動はあたしたちの判断に任せ――」
    『利用しろと言いつつ意見するな。俺らに強化を集中させた方が倒せる確率上がるにきまってんだろ?』
     陽桜の言い分遮る、苛立ち露わのザム。そんな彼を制する藤堂の目は、言われんでも利用する価値観の奴らに自ら利用していいなんてはっきり言うからだと言いたげな目。
    『要望聞けないなら、そっちはそっちでやってな。さっきの回復の礼だ。こっちに手出さねぇって言うんなら、こっちもそうしてやる』
     これでも予選通過した自負があると、藤堂はクリプトンへと向かってゆく。もったいないとマヤは呆れているが、先程の回復で戒めの幾つかが吹き飛んでいるため、彼等はここで上手くひっくり返そうとしていた。
     事前調査で武器や編成などたくさんの情報を得るに至っていただけに。こちらで大会参加者の分まで回復に手数を使う労力を担う分、そちらは攻撃に集中できるよと具体的に言える交渉材料を、毅然と提示すれば違ったろうか。背後からの緊張感さえ与えなければ説得力が高まったろうか――。
     もう一人倒れそうな危険な状態で、共闘交渉に説得力を持たせられる、タイミングとしては良かったが、それを生かせなかった悔しさは誰もが持っている事。
     だが此処は鏖殺領域迸る、戦闘未だ激しい場所。霧夜はそれらを、蒼銀の輝きを持つWOKシールドで受け止めつつ、
    「当初の目的とは違うが、ある意味共闘には近い状況だ。最初の回復の対価なのだろうな。向こうが手を出してこないなら、こちらもやる事は一つ」
     叶わなかった共闘に対してなんとも複雑な思いを霧夜は抱きながらも。冷静に判断すれば、そういうことだ。かざした腕に揺れる、自身の従者から貰ったブレスレットへ、帰還を約束する様に触れて。
    「はい。幸い私たちは長期戦に適した編成ですが、けれど巧く戦線維持できるよう目標とされた時注意しませんと、ね」
    「だねー。途中敗退は避けときたいしー」
     白銀の焔を纏う矢を番え、凛とした声で注意を促すイコ。尤もだと志歩乃は頷きつつ、スノードロップの花弁のように柔らかなベルトで障壁生んで。
    (「わたしならできると信じてくださったの。誰も失わず、人の儘で、それを叶えること――」)
     だから、それに恥じぬよう。
     イコは思う。全てをいっぺんに全てを手に入れられなくても。例え悔しい思いをすることがあっても。今できること。見届けるべきもの。あの時紡いだ絆の様に、この邪悪な糸の一つと、奇なる運命結ぶように。
    「みなさまは、わたし自身が――護ります」
     イコは赫墨蔓の輝きを額に当て、黎明に溶け込む星の輝きに祈りながら、ベルトを陽炎のように広げるなら。
    「さて、ちょいとハードな対バンと洒落込もうか。上手くやれればいいねぇ」
     それを受け取る梟は、久方ぶりの緊張感に覚悟を決めた微笑を浮かべていた。

    ●燦
     ――そう、諦めない事。
     常にそう心に抱いている陽桜は、こんなことで挫けていられないと、信じる力を貰ったあの場所に触れたあと。ぐっと構えたさくら・くるすの先端から、まるで雪桜のように薄紅と薄青が舞い散る氷弾発射して。あまおとの斬魔刀が月の孤を描く様に奔る。
    『何? まさか向かってくるつもり?』
     クリプトンは射線から身を反らしながら、驚きとも呆れともとれる声でそう言った。
    「何もせずにただチャンスを逃すのだけは嫌です」
     陽桜はそのまま踏み込んで、十字架の先端を繰り出したなら。
    「例え今は不利な状況でも、ギリギリまで諦めたくないわ」
     千波耶から淡く巻き上がる、アイビーの様に優美なベルトが、カミの風と踊る。
     旋風に紛れ肉薄した理利であったが。青白い弦に風の刃は弾かれてしまう。
    『残念』
     クリプトンは笑う。
     力量の差をまざまざと感じさせる瞬間、湧き上がる衝動。形見の陽炎幽契刃が震動したのは、決してクリプトンの音の波動の所為じゃないと漠然と感じて。
    『けど今まで見た中でかなり手練の部類だよ』
     クリプトンは今と武蔵坂学園の事を知らぬ無知ゆえに、攻撃の矛先は最初に喧嘩吹っ掛けてきた、あちらの方にまだ集中している。
     クリプトンの黒死斬にとうとう藤堂が崩れ落ち。大会参加者はどうにか攻撃を当てていたが、一気に流れが悪くなったのが、重い空気の振動の中鈍くなった動きに表れている。
    「藤堂さんが……」
     イコは呟きながら、次に狙われているマヤへと視線を映した。たぶん彼女が倒れたら、あちらに勝てる見込みはない。
    「相手がこっち侮ってるならー、きっとチャンスはあるよー」
     なんとか大会参加者が生きているうちに灼滅したいと、鼓舞する志歩乃の顔付きは真剣そのもの。今何が必要か、仲間に何を届けるか、明確な指針は彼女に迷いをもたらすことはない。
    「その間に、なんとか私が増加を留めておくよ」
     一葉はぽいと口にスナックを放り込むと、アメリアの妖冷弾が炸裂したところをしたたかに狙って十字架振るう。
    「眠ってた割には今風っぽいキャラだね? 寝てても世界は見渡せたりしていたのかな?」
    『は? なに、今の時代このスタイル流行ってんの?』
     顰め顔する程度に独特なこだわりがあるらしいが正直どうでもいい。しかし無視できないのはスナイパーの一葉でも、黒死斬を狙ってゆくのは厳しい確率であるという事。
    「一葉先輩……!」
     キャリーカート君が巻きあげる雪の煙幕の中をサイドエアリアルで翻りながら、一葉はイコから放たれる先読みの鏃の勢いを背に受けると続けざま流星の一矢。初めて灼滅者の攻撃によって、重い空気の層の一部をぶっ飛ばす。
    「つーかEUBがマニアックなチョイスってのはかわんないけど」
     梟は雪崩のように荒ぶる白のステージを、軽快な足さばきで渡りながら。
    「命懸けのヘビィサウンドを聴かせてあげるよ! モチロン出し惜しみはナシでね!」
     指先が弦を引っ張り、うねらせ、跳ねる様な重低音を響かせる。その音符をしたためる様に奔る、千波耶の細い輝きの先端は。理利の刃に力を与え、今度こそ荘厳な風の音を奏でる。
     その音を聞きながら、クリプトンは楽しげに。
    『いいね。いいよ。じゃ……』
     放電で黒焦げになったイギーの頭を蹴り飛ばしながら、
     ――音ごと潰れろ。
     そんな勢いで解き放つグラビティサウンド。後衛陣を潰すべく、重く圧し掛かってくる。
     まだ後衛に満足な防御が行き渡っていない状態。咄嗟飛び出す霧夜のシールドは、氷の結晶のように美しい波紋を描きながら揺れる。
     銀色の瞳は鋭くクリプトンを射抜きながらも、腕に揺れるToad lilyの感触に思うのは、自分がいかに護られているのかということ。そういう意味でも、彼だけには見せたくない傷を負った姿であるが、しかし誇り高く在ろうという気持の方が強くなるのも、目の前の強大な敵を前にしてだろうか。
     梟は流れる額からの血を払い、
    「うーん、やっぱり一撃がキツイねぇ」
     いつものように軽い口調であっても。目は真剣、愛機を振るうその手は旋律を乱しはしない。
     相手の力量からいえば、列とはいえども痛みは必至。すでに重なっているジャマー効果が非常に危険なままであるが、プレッシャー受けても剥がすだけなら灼滅者達の編成は有利。
    「わわっ。とうとう向こうの前衛、全滅してるしー!」
     アメリアの首が飛び、もう猶予が無いことに志歩乃は声をあげ。
    「……マズイわね」
     千波耶は唇噛みしめる。
     相性の悪さから予選通過組が思った以上にダメージを与えられなかった事。
     間もなく、クリプトンのEUBのエンドピンに喉を貫かれたザムがずるりと崩れ落ちる。
    『思った以上にしぶとかったよ。いや、戦い慣れてると言うべきか。最近の灼滅者というものはどうも封印前とは違うのかな? 役割分担された綺麗な戦い方だし』
     ザムの塵灰から得物を引き抜くと、遊びの続きをするかいとでも言う様に、うっすらと笑みを浮かべた。

    ●いつか
     クリプトンは手負いだ。けれどもしかしたら灼滅出来るかもしれないという予感が梟の中に閃くものの、相応の代償を払う可能性が高いのもわかっていた。
    「退くぞ」
    「……はい」
     霧夜の声が緊迫感を響かせる。頷く陽桜は悔しげに拳握りしめた。
     もとより序列争いの決着がついた時点での撤退。全員で情報を持ちかえることも大事な決断。
    「……次に会う時は、必ず……」
     悔しさが拭えない。
     力が足りない己を呪うかのように、辛そうに吐き出す理利の声が、酷く重たく響く。
    『まあ深入りしないのも賢明だと思うよ?』
     生かす理由もないけど、逃げるなら追わないよ――自分も消耗しているくせに、そう言わんげなところもまた悔しい。
    『けれど、次会うまで生きているかな?』
     灼滅者を馬鹿にして言ったのか。それとも寝ても覚めても序列を奪う為に殺し続ける六六六人衆故の運命を言ってか。或はその両方か。
     誰に問うでもない空漠の呟きは、先程映していたのだろう戦闘中の写真と一緒に風に浚われる。
    「生きてるわ。そうでしょう?」
     千波耶がその何の変哲もない一枚を受け取り、確信とも、切望ともとれる、そんな言葉を最後に言って。
     踵返し、山を下る。
     そう、いつか。
     生きて奏でるレクイエム。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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