暗殺武闘大会決戦~校舎に現れし者

    作者:るう

    ●緊急招集!
    「大変だぜエブリバディ!」
     自慢の髪型が乱れるのも構わずに、桜庭・照男(高校生エクスブレイン・dn0238)は教室に駆け込んでくるや否や灼滅者たちを見回した。
    「……っと、その前にこれだけは言わせて貰わないとな、第三次新宿防衛戦、勝利お疲れ様だったぜ。だけど早速で悪いんだが……六六六人衆に不穏な動きが見つかっちまった!」
     まだ、確かな事は判らない。しかし彼ら、暗殺武闘大会の予選を通過した六六六人衆、アンブレイカブル、その他のダークネス達は、エクスブレインの未来予測の外側で、確かに集結を始めているのだ。
    「試合、殺し合い、あるいはそれ以外の行動か……いずれにせよロクな事じゃないのは間違いないだろ? エブリバディ、そいつらの様子を偵察してきて、状況に応じて然るべき対処をしちゃあくれないか!」

     照男によれば、ダークネスの集結が確認できたのは日本全国の十五ヶ所。そのうち、ここに集まった灼滅者たちに向かって貰いたいのは、神奈川県内の閉校になった高校だ。
    「幸い、一般人はいなさそうだぜ! が……今のところ、集まってる数すら定かじゃなくってな。どんなに多くとも十人はいないとは思うが……どれも大会予選を勝ち抜いた、強力で狡猾なダークネスだ。複数を同時に相手取るのは、ヤバいはずだぜ?」
     これが暗殺武闘大会の続きであるのなら、必ず、彼らは何らかの形で戦い始めるはずだ。もしも介入するのなら、存分に彼らを観察し、勝者が決まった後、弱っているはずの勝者を灼滅したり、あるいはその他の必要な状況になった時、彼らの目論見を妨げたりする事になるだろう。
    「もちろん……考えたくない事じゃああるが……、何もせず、見たままの情報を持って帰っただけでも万々歳、なんて可能性もあるかもしれない。なぁに、何も恥じる事ぁないさ。それが次に繋がるっていうのなら、それもまた立派な成果ってやつなんだからな!」
     そこまで早口で説明を終えると、照男はようやく一安心し、ぼさぼさになった髪を整え始めた。
    「ま、オレから言いたいのはこういう事なんだ。
    『人間は、ビューティフォーだ』
     つまり……エブリバディが闇に抗い続ける限り、どんな形であれ勝つのはオレ達人間だって事さ」


    ●校舎内
     今は災害対策物資の倉庫となっている校舎の中を、予選参加者たちは互いに牽制しあいながら捜索していた。そんな彼らに見つからぬよう、斑目・立夏(双頭の烏・d01190)は物陰に身を潜める。
    「どういうこっちゃ? 殺し合うとる様子はあらへんなあ」
     別行動する班との相談のため、隣の霧月・詩音(凍月・d13352)へと連絡を頼む。詩音が片手を耳に当て、藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)と小声で囁き合うと、校舎内に闇堕ち灼滅者や大会運営側ダークネスの姿は認められず、予選通過者が全部で六名である事が明らかとなった。
    「そっちのダークネスの様子はどうやった?」
     横から確認する立夏。すると徹也からの返答は……奇妙な会話を聞いたいうものだった。
    『どこだ? もうじきのはずだ。そして俺が奴を殺る』
    『ハッ、その前にお前が奴に殺されなければな』
     マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の首が傾く。
    (「六人もの予選通過者を『殺す存在』なんているのかおっ?」)
     が……彼女がそれ以上考を進めるより早く!

    「いたぞ、『EG』だ……ぎゃあっ!?」
     雷鳴のような音が轟いたかと思うと、予選通過者の悲鳴が辺りに響く! 騒然となった彼らは校舎の『外壁に立ち』観察していた咬山・千尋(夜を征く者・d07814)に気づく事もなく、一目散に声の元へと駆けつける。
     ……が。
    「『エターナル・ジーニアス』よ、我が武を受けよ……何っ!?」
     悲鳴の出元、『進路指導室』と書かれた部屋の前に飛び込んだ、一人の凶暴そうなアンブレイカブルの顔が、驚愕の表情に変化した。直後……部屋から飛び出してきた小鉄球が、彼の屈強な肉体を貫通する!
    「放電殺人物理実験に引き続き、運動エネルギー殺人物理実験の結果も『殺人参考書』の通りでしたね……。では次は、何を実験してみましょう? 人間解剖生物学実習? それとも致死性ガス合成化学実験がいいでしょうか?」
     それは、一冊の参考書を読み耽る、ぐるぐる眼鏡の受験生だった。だが……本当に?
    (「他の『想定外』は全部クリアしたってーのに、何だよ、この化け物は」)
     木崎・シン(黒き終末論・d13789)の見立てでは、彼は強力な六六六人衆……恐らくは、ハンドレッドナンバーと呼ばれる上位者だろう。
     全員に再集合を呼びかけるマリナ。
    「これが予選通過者に殺されたなら、ミスター宍戸の思惑通りになるんだおっ。でも、これを野放しにするのはさらに危険なんだおっ」
     漁夫の利狙いか、共闘か。あるいは一旦撤退か。何にせよ最も避けねばならぬのは、予選通過者とハンドレッドナンバーに、灼滅者狙いの一時的な協力を許す事だ。


    参加者
    斑目・立夏(双頭の烏・d01190)
    藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)
    咬山・千尋(夜を征く者・d07814)
    霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    木崎・シン(黒き終末論・d13789)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)

    ■リプレイ

    ●EG
     空気が凍るような緊張感。ただ、無造作に歩いているだけのハンドレッドナンバーの足の動きが、感覚の上では数分にも引き伸ばされているのが判る。
    「こいつが……『エターナル・ジーニアス』……」
     ナイフの六六六人衆が身構えたのが、灼滅者たちの場所からも見えた。続いて、残る三人のダークネスも。
     そしてEGの右手には、いつの間にか一本の試験管。その中の毒々しい色の液体を、彼は殺人参考書と共に左手で支えるビーカーの中へ、静かに注ぎ込んでゆく。
    「やはり、化学実験が一番ワクワクしますね……」
     EGの目が細まり、毒煙が立ち込めた。反射的に鼻と口を腕で覆った息を止めた予選通過者らが聞いた音は、敗北を嘆く葬送歌か……否!

    「自分らの回復もわいがしてやるさかい、気張ってや!」
     斑目・立夏(双頭の烏・d01190)が奏でるは戦いの序曲。戦神を宿すかのごとき勇壮な声が、闇の者らをすら奮わせん。
     次に、闇が聞くのは強敵の悲鳴。EGの足元を抉ったコインは、コンピューター制御を思わせる軌道で床と壁に反射すると、一度だけ立夏に目を遣って戻した藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)の手の中へと舞い戻った。
    「テメェら……横取りか!」
     喚く一人の予選通過者。けれど、まるでそれを宥めるかのように、ひらひらと手を振って木崎・シン(黒き終末論・d13789)が訊いた。
    「お前らも、このハンドレッドナンバーを倒しに来たんだろ? だったら、ここは一時休戦といこうぜ?」
    「勝手な事を……」
    「ああ、勝手だ」
     憤る男を半ば掠めて、咬山・千尋(夜を征く者・d07814)の百合の十字がEGを打つ。
    「あたしらはあたしらの目的で援護する……だから、そっちはそっちでそれを利用して、奴を攻撃してくれりゃいい……それが宍戸の思惑なんだろ?」
    「ユーたちなら、乱入者も利用して素晴らしいショーにしてくれる!」
     ミスター宍戸の声色を真似た後、可笑しそうなマリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)の声が辺りに響いた。
    「……なーんて、宍戸ならきっと言う事だおっ」
     予選通過者らの顔が渋そうに歪みを帯びる。けれども、その誰よりも頬の筋肉を吊り上げて、眉間に皺を作り歯を剥き出しにするのは、その誰でもなく今回の『獲物』……エターナル・ジーニアス。
    「成る程……このボクを敵に回すなどという愚かな判断をしたのは、その宍戸とかいう輩ですか……」
     その指先が猛然と、殺人参考書のページをめくる。
    「そんな愚か者と、哀れなその手先どもには……順番に、ボクの実験の素材になって貰いましょう!」

    ●合意と殺意
     ページの立てる音が止み、EGの顔に興味の色が浮かんだ。
    「次は、その弱さでボクを殺そうと考える脳の構造を、解剖研究するとしましょうか」
    「……そんな事まで書いてあるのですか? ……随分と悪趣味な参考書を愛読しているようですね」
     霧月・詩音(凍月・d13352)の銀の月の指輪からばら撒かれる呪縛。けれど敵は、学生服の袖から出したメスを振り、そのことごとくを切り裂いてゆく。
    「この程度」
    「……果たして、そうでしょうか?」
     詩音は眉根を寄せてみせた。すると、直後。
     クハハッ、という哄笑と共に振り下ろされる、大上段からの刀筋!
     鈍い金属音を立て、EGのメスが半ばで曲がった。刀を振り下ろした霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)は、ニィ、と口角を左右に引き。
    「アナタとは違い、ワタクシ達には目的がありましてネ」
     もう一度金属音。
    「特に、ボクは『予選参加者だった』からね。この後、最後まで見届けたいんだよ」
     瞳に五芒星の魔力を宿し、黒と赤の戦闘魔術師、黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)は妖刀を片手に、ハンドレッドナンバーへと苛烈な灼滅の意思を向ける。
    「予選?」
     EGの表情に怪訝さが浮かんだが、それ以上を考える余裕は与えられなかった。
    「つまり……そいつらはともかく俺たちは、テメェを殺すために選ばれたって事だ!」
     予選通過者らが動き出した。刃が、拳が、あるいはその他……個の強さだけなら灼滅者を上回るそれらが、ここぞとばかりにEGを襲う!
    「おい灼滅者! テメェらが協力してぇって言うなら協力してやらぁ! ただし……妙なマネしやがったらテメェらからぶっ殺すぞ!」
    「我々の任務は『ハンドレッドナンバーが灼滅される事』だ。過程は問わない」
     ダークネスらと肩を並べ、徹也の無感情な瞳が横を向いた。
    「手柄は全てそちらのものだ」
     それから標的へと視線を戻すと、軽々と武器としている標識を振るってEGを殴る!
     予選通過者らの警戒が灼滅者らから逸れる。共闘成立……それが宍戸の目論見に乗る事だと思えば詩音にとって愉快ではないが、それでハンドレッドナンバーをこの世から消せるのなら悪くない。
    「コイツらが灼滅者? ボクが封印されている間に、ダークネスは弱くなり、灼滅者は強くなる……一体何が起こっているのか、ますますアナタ達の脳に直接訊いてみたくなりましたね……」
    「……私たちを侮りすぎて、せいぜい足を滑らせない事ですね」
    「生憎、ボクは『滑る』ようなヘマはしませんのでね!」
     が、音を立てたチェーンソー剣は、今度はEGにも受けきれない! 完全に折れ曲がったメスを不機嫌そうに手近なアンブレイカブルの頭に突き立てると、彼はすぐに別の実験を探して殺人参考書をめくる。
    「そういえば放電殺人物理実験、灼滅者で試してみた事はなかったですね……。一分後、ボクの殺人ヴァンデグラーフに電気が溜まりきった時が楽しみです」
    「そして、その一分が命取りって事や」
     立夏の声。僅か遅れ、それを掻き消す咆哮が校舎を振るわせた……たった今、メスを刺されたばかりのはずの男だった。
     男の猛反撃を見送って、立夏は男の額から零れ落ちたメスを拾い上げる。こんなに変形した刃では、立夏の戦歌に後押しされた戦闘狂を、止める事などできるわけもない。
     いや、止まらないのは彼だけじゃない。当面の後顧の憂いを断った事で、全てをEGにのみ傾けられるようになった灼滅者たちも!
     けれどもハンドレッドナンバーは……笑みを崩したりはしないのだ。
     電離した空気が爆ぜる音。眩い閃光が止んだ時には、辺りには肉の焦げる匂いが漂っている。
    「さて……実験結果はどうなったでしょう?」
     EGが眼鏡の裏で目をぎらつかせると……きょとんとしたマリナの瞳が見つめ返した。
    「おっ? マリナの髪が逆立っているんだおっ?」
     何でもないように振舞ってみせる。子猫のように毛繕いすれば、針山のように広がっていた藍色の毛は困難の末ようやく元通りになる。
     でも、それが彼女なりの皆の戦意への配慮である事が、千尋には身にしみて感じられるのだった。
    「見た目はヒョロダサ眼鏡のくせに……今までの六六六人衆とは格が違うな!」
     黒十字の砲塔を自らの腕のデモノイドに呑ませ、紫色の光をEGへと放ち。
     実際は、余裕なんてあるわけじゃない。それ自体は、皆、解っているから、誰もが本来以上の力を発揮せずにはいられない。
    「へっ……こ、これがお前の実験かよ! ぜんっぜん大した事ねえな!」
     自身を奮い立たせて立ちはだかるシン。勝てるかどうかなんて悩んでも仕方ない。やれるだけやる以外の道などないんだから。
    「こんなとこで負けてられっかよ!」
     マリナの事は立夏に任せ、真正面からEGへと挑んだ。それを後ろから支えるように、何かが空気を切り裂き飛んでゆく!
    「チッ……」
     不可視の攻撃にもかかわらず、EGは読んだかのように跳び退いた。
     けれども指を振るラルフ。
    「成る程、相手として不足はありマセン……しかしながら『奇術』では、ワタクシに多少の分があるようデス」
     絶対確実に避けたはずが、足首を掴んでいる極細の糸。それが床に繋ぎ止めたハンドレッドナンバーの肉体を、巨大な五芒星が取り囲む。
    「『灼滅』はボクの十八番だよっ!」
     柘榴の展開した魔法陣の上で、手の中の村雨が敵の血を啜った。舞い散る血の香に刺激されたか、ダークネスらも持ち前の凶悪さを遺憾なく発揮しEGを襲う。
    (「できるなら、このまま潰しあってほしいところだね」)
     そんな事を柘榴は思うのだった。今は利害が一致したとしても、予選通過者らがダークネスである事には変わりない。
     けれど、そんな事はEGにとって無関係なのだ。等しく殺人実験対象でしかない当面の敵を、纏めて殺人毒に曝すのみ!
    「来るよ! 毒だ!」
    「さて、どれくらいで致死量に到達するのでしょうか?」
     柘榴の警告が行き渡ったのも意に介さずに、EGの眼鏡が冷たく光った。でも、そんな彼の目論見を、一迅の風が吹き飛ばしてゆく……。

    ●DATA DELETED
     ハンドレッドナンバーの邪悪な目元が、憎々しげに立夏を睨みつけていた。
    「先程から見ていれば……アナタのせいで、折角のボクの実験が台無しです」
    「そりゃ光栄や」
     吹かせていた聖なる風を止め、立夏は指先で鼻の下を擦る。
     自分の弱さは知っている。常に力を振るい続け、淡々と事を運ぶ友、徹也の姿が、実に眩しく見えるほどに。
     でも、そんな自分でも敵に脅威として映ったのだ。ならば立夏はこの戦い……友に負けぬ仕事をしたに違いない!
     EGの口許が醜く歪んだ。片側の歯を剥き出しにして、憎悪に満ちた片目と片腕を立夏へと向ける。
    「ですので……次は、アナタで運動エネルギー殺人物理実験をするとしましょうか」
     その言葉が敵の口から発せられた瞬間……何故だろう、武器を振るうためだけに生まれた殺人機械の心の臓から、鋼の精神を突き破るほどの熱が込み上げる!
    「お前を護る事は、最優先任務と認識している」
     情熱的な突撃を敢行する徹也。手の中の標識が、違わず殺人参考書へと命中し、その背を真っ二つに叩き割る。
     バラバラになって舞い散る殺人参考書。
    「……そのデータと手順は削除した。実験の中止を勧告する」
     けれど、EGの表情は変わらない。
    「まさかボクが……この程度の本を暗記してないとでも?」
     真っ直ぐに伸ばした袖からは、凶暴な小鉄球が飛び出すのだろう。EGがその気になったなら、それを徹也を避けて行なうなど容易いであろう……だから。
    「おいおい、あんな事言ってるぜ! 本当に言葉通りか確かめてみようぜ予選通過者っ!」
     シンは予選通過者らを煽ってみるのだった。けれども、彼らが動く素振りは見られない。
    「勘違いすんじゃねぇぞ灼滅者。テメェらの助けは有り難ぇけどよ、どうしてオレまでがテメェらを助けるんだ?」
     そして殊更歪むEGの顔。マリナが次の致命的な攻撃を受けるため、語尾に音符マークでもつけるかの調子で立夏の前に踊りこんだが……既に、彼女は相当の手負いのはずだ。
     叫ぶシン。
    「おいおい! あんなの受けたらタダじゃ済まねえだろ! なのに……なんでマリナ、お前はそんな顔をしてるんだよ!」
    「それは、マリナがマリナだからだおっ?」
     この、シンより三つも年下の少女の中に、どれほどの覚悟が宿っているものか。実年齢よりも遥かに子供っぽいこの少女の精神性は、年相応の発達をしなかったというよりむしろ、余生を過ごす老人のそれに近いのではあるまいか。
     恐ろしい想像の答えを知りたくなくて、シンは思わず駆け出していた。破裂音と共に飛び出す小鉄球。折れる肋、吐息に混じる血。
    「やっぱり……大した事ねえな!」
     気を振り絞って強がってみせる。けれど、シンの記憶に残っていたのは……その後二本目のメスを取り出して迫りくるEGの姿までだ。
    「非科学的な行動ですね」
     そう、EGは吐き捨てた。けれど、その顔は何故だか満悦そうで。
    「とはいえ……興味深いデータは取れました」
    「……ですが、そのデータを使う機会はありません」
     刹那、横あいより放たれる凍月の呪縛。戦闘不能者が出た以上、詩音はこの戦いの直後に予選参加者らと戦いながら、暗殺武闘大会について『尋問』するのは困難だと判断せざるを得ない。ゆえに、EGのデータをその償いとして、永久に消滅させるのだ!
    「ぐうっ!?」
     EGはメスを取り落とす。するとその鋭利な刃物は床まで落ちるよりも早く、不可視の何かにより切断された。
    「ようやく……底が見えてきましたネ、ハンドレッドナンバー」
     切れていたのはメスだけではなかった。ラルフの操る不可視の糸は、EGの腕ごと学生服の袖を斬り刻み、秘められた幾つもの殺人実験機材を明らかにする。
     EGの顔が歪むのは、今や愉悦ではなく苦痛のせいに違いない。そればかりかその表情は次の瞬間、驚愕と恐怖へと変化する。
     EGの体と殺人実験機材が、天井を焦がすほど大きく燃え上がった。忌々しい、といった風に、EGは彼の周囲に炎の魔法陣を描いた柘榴を睨みつける。
    「おのれ三下ども……このボクをここまで追い詰めるなど……」
     その台詞がEGの運命を物語っていた。
    「アアン!? 誰が三下だクソヤロウ!」
    「よくも好き放題してくれたじゃないか……」
     殺意満々でEGを取り囲む予選通過者たちの様子から、千尋は、EGの運命の灯が消えかけている事を感じ取る。
     だから一度、その輪に入って浴びるほど血を浴びたいと願う自らの闇から、真っ赤な衝動だけを抜き出して。練り上げて。
     それを彼らの獲物へと放り投げ、もたもたしていると奪っていくぞと狩人らに警告し。
    「それじゃ、ダークネスの皆さんのお手並み拝見だ」
     競い合うようにEGへと殺到した中で、一人の首が宙を舞った。けれど、狩人らがそれで止まる事はない。
     ハンドレッドナンバーの悲鳴が響き、再び校舎内を静寂が支配するのは、それから数分も経たない頃だった。

    ●休戦の終わり
     再び、緊張が辺りを支配した。
     共闘すべき敵が失われた時点で、灼滅者と凶悪なダークネスが手を取る理由などないのだから。
    (「一度関わってしまった以上、このまま、宍戸の企みは潰したいね」)
     気取られぬよう拳を握りしめる柘榴。千尋も小さく頷いて、仲間たちと敵の様子を見る。
    (「もう、共闘する必要はなくなった……けど、流石にもう一戦は辛そうか?」)
     詩音は不愉快そうに口を曲げていた。ラルフも、ちらちらと視線で逃げ道を追っている。
     そんな中、マリナが予選通過者たちに呼びかけるのだった。
    「勝利を捨てる危険を冒すより、次のショーの事を考える方がいいんじゃないのかおっ?」
     鼻白むダークネス。だが、灼滅者を必要以上に追い詰め闇堕ちさせれば、彼らとて敗北を避け得ぬ事もまた事実。
     一歩距離を取ったのは、果たしてどちらからであったろうか。
    「ここが、落としどころやろな」
     大怪我しているシンを指し、立夏は担いでくれるよう徹也に頼む。
    「その言葉、任務指令と理解した」
     シンを抱え上げた殺人機械を先頭にして、灼滅者たちは人のいない校舎を後にする……。

    作者:るう 重傷:木崎・シン(黒き終末論・d13789) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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