暗殺武闘大会決戦~天使の階

    作者:中川沙智

    ●火急
    「皆のおかげで、第三次新宿防衛戦に無事勝利する事が出来たわ。お疲れ様でありがとう。……で、終わらせたいところなんだけど」
     そうも言っていられないのだと、小鳥居・鞠花(大学生エクスブレイン・dn0083)の真剣な眼差しが雄弁に語る。六六六人衆に不穏な動きがあるという情報が得られたと、告げたのだ。
    「サイキックアブソーバーの予知が行えないから、詳しい事はわからないんだけど……暗殺武闘大会の予選を通過したダークネス達が、集まり始めているみたいなの」
     現段階でダークネスが集結している地域は15ヶ所まで判明している。
     彼らがその場で殺し合いを始めるのか、ルールを設けて試合を始めるのか、或いは、全く別の作戦を遂行するのか。現時点では判明していないのが実情だ。
     だが、平穏に済むわけがない。それは間違いないだろう。
    「シャドウとの戦争の直後で、皆が傷つき疲れてるのは重々承知しているわ。でも集結したダークネスの動きを偵察し、状況を確認後適切な対応を行えるように、現場に向かってもらえないかしら」
     鞠花は灼滅者達に頭を深く下げた。続いて慎重に言葉を選び、口に上らせる。今の時点でわかっている情報だ。
    「今回向かって欲しいのは、高原にある教会よ。裏手には墓地が広がっている――厳粛でありながら、静謐な。そんな場所。周囲が拓けている割に住宅地とはかなり離れている分、人の気配もほぼないって考えて構わないわ。逆に言うと見通しが良すぎるから、もし身を潜めるなら何かしらの策を考えてね」
     人が訪れなくなって久しい、朽ちかけた教会。構造自体は単純で、入口を入ってすぐがそれなりの人数を収容出来る礼拝堂。その奥側にある扉を抜けて暫く進むと外に出て、墓地が広がっているという。その最奥には一際大きい墓標があり、聖人を祭ったような跡が見られるらしい。
     今から向かったなら時刻は夜半、月明かりで目視そのものは容易いが、逆に言えば相手からも見えてしまう可能性は高いだろう。
     集まっているダークネスは恐らく少なくて5体、多くて8体といったところ。分かり得るのはそこまで、正確な人数や種別も判明していないという。到着してすぐの段階では人員配置も不明だから、慎重に行動する必要がありそうだ。
     その上、集まっているのは暗殺武闘大会の予選を通過している猛者達だ。複数のダークネスを相手取るのは危険に過ぎると言っていい。
    「暗殺武闘大会が続いているなら、彼らは必ず戦い始める筈だわ。状況を見て戦闘に介入するか……あるいは、勝敗が決定した後に勝ち残ったダークネスを灼滅するといった対応が考えられるかしらね」
     注意すべきは、あくまで今回の作戦は予知情報に基づかないという点だ。現場での判断が重要となるため、皆の目で確りと状況を確認して行動を決めるようにして欲しいと鞠花は告げる。
     場合によっては、戦闘を仕掛けずに撤退する勇気も必要になるかもしれない。鞠花はその判断も含め、灼滅者達に一任すると続けた。
    「わからない事だらけで手探りだけど、皆なら大丈夫って信じてる。揃って帰還の報告をしてくれる事を待ってるわ」
     一息に言い切ったなら、檄を飛ばすように送り出す。
     そこには確かな信頼が滲んでいた。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
     
     月下。
     灼滅者達は三手に分かれ、ダークネス達の様子を伺っていた。教会の屋根に沿ってジンザ・オールドマン (ガンオウル・d06183)が空飛ぶ箒で空中浮揚状態で留まっている。その真下、教会の建物の陰に科戸・日方 (大学生自転車乗り・d00353)が蛇に変身した姿で潜んでいる。一見して一番人目に付きやすいのは直接墓地側に偵察しに向かった者達だ。三蔵・渚緒 (天つ凪風・d17115)とレイン・ティエラ (氷雪の華・d10887)は慎重に、息を潜めて様子を伺う。
     集まったダークネス達は、礼拝堂を抜けて墓地の奥へと進んでいた。日方が目を凝らして人数を数える。ダークネスは七体だ。
     ダークネスはそれぞれ武器を構え戦闘準備を整えているが、殺し合うような張り詰めた空気ではない。
     勿論、信頼しあっている様子でもないが、互いに互いを利用しようとしているように見える。一時の休戦協定を結んでいるような、そんな。
     歩みを進めていたダークネスらが足を止めたのは、最奥の墓標だ。十字架が掲げられている。
     目的は何なのだろうか。
     ダークネスのうち数人が気にしているのは、恐らく腕時計。ダークネス達は時間を気にしているという事か。目視出来る者はその眼で、距離があり身動きが取れないものは双眼鏡で動きをつぶさに見つめる。
    「そろそろだ」
     最前にいたダークネスの呟きが引き金となったように、目の前に閃光が迸った。
     白い光が墓標に集中する。弾けたような音を立てた後、十字架が真っ二つに折れる。
     視界には、大きく広がる純白の翼。
    「あ、あれは……!」
     渚緒の口から驚きの声が漏れるも、ダークネス達は光注ぐそこに完全に意識を奪われている。
     降臨したるは一人の天使――のように、思えた。
     眉目秀麗という言葉が相応しいほど、美しい青年だった。透き通った白き肌には染みひとつなく、長い睫毛の下には水晶に似た瞳が瞬いた。全体的に色素が薄く、真珠色の長い髪を項で一つに纏めていた。こちらも塵ひとつない真白き装束はキャソックか。見目だけであれば紛う事なき聖人である。
     見目だけで、あれば。
     冴え渡る存在感だけで思い知る。奴は、六六六人衆だ。
    「私を呼び起こしたのはお前達か」
     透き通る声は問うようでもあり、認識するようでもある。その柔らかさに反比例する重圧に、喉を鳴らしたのは誰だったか。冷や汗を拭い、ダークネスは口を開く。
    「ああそうだ、アズラエル。俺達がお前を起こしたのは――」
    「そう、私はアズラエル。六六六人衆の第五十八位。すべての罪を見、語り、裁く者。……しかし」
     一瞬、沈黙が降りる。響き渡るは朗々たる讃美歌に似て。
    「私は会話をするつもりはない。お前達はもう少し殺気を抑える術を身につけた方がいい。私を殺しに来たと、一見してわかるのは困りものだぞ」
     その動きに、無駄など一切なかった。
     掌を一度閃かせた瞬間、最前にいたダークネスから数多の血飛沫が散った。腕が身体と分かたれたと気づいた時には、墓地に絶叫が響き渡る。
     アズラエルと呼ばれた六六六人衆は、薄い微笑みを刷いて囁く。まるで天使が祝福を齎すように。
    「刃を向けてくる者たちに従う道理はない。そうは思わないか」
     腕を揮う。よくよく注視していれば、その手に不可視の聖剣が握られている事がわかっただろう。だがそれを認識する前に、腕を落とされたダークネスに肉薄した。歴戦の異形が慄く中、白き天使は剣先を横一線に振り払う。鋭き剣閃は傷だらけのダークネスの首を落とす。遺体はすぐに地へと崩れ落ちて砂となる。
     アズラエルの真白いその姿には、一滴の血もついていない。決して穢れぬ不可侵領域、そんな風情で涼しい微笑みでそこに在る。進み出た別のダークネスが苦々しく言い捨てた。
    「チッ、序列を奪うにはかなり骨が折れそうだな」
     まさに一触即発。残った六体のダークネスも武器を構え、一定の距離を作った上で白き天使を睨みつける。
    「ちょっとばかり強すぎますね。もしかしなくても、……あれはハンドレッドナンバーですか」
     ジンザが眉を寄せて呟く。
     先に口にした序列が正しければ五十八位。文字通り桁違いだ。その実力は目の前で皮肉な形で提示されている。しかし先程の会話から察するに、集まったダークネスの目的はアズラエルの暗殺だったという事か。
     息を呑みながらも思考を巡らせる。分散した状態で動くのは危険すぎる。すぐに集合し、どう動くのかを決めなければならない。渚緒とレインが極小の声で意見を交わす。
    「……このまま戦闘を最後まで行わせて、勝ち残った側が消耗しているうちに撃破すればいいんじゃないか」
    「この暗殺武闘大会決戦の目的が、ハンドレッドナンバーを暗殺する事だってことなら、それを邪魔するほうが良くないかな?」
     意見がかち合う。迅速に最善を選ばねばならない。空井・玉(リンクス・d03686)の頬に一筋、汗が流れる。
    「いや、あのハンドレッドナンバーは危険すぎる。奴が勝ち残った場合、私達の力で対処は難しいだろう。ならばダークネスらに助力してアズラエルを撃破し、その後の事はその後に考えよう」
    「下手に戦闘に介入すれば、敵が一時協力してこちらを先に攻撃してくる可能性があります。加勢するなら、そうならないような方法を考えなければなりません」
     リュシール・オーギュスト (お姉ちゃんだから・d04213)が唇を噛んだ。
     どのような戦略を採るか。現在の立ち位置をどう捉え、どう生かし、どうカバーするか。
     決断は、目の前に迫られている。


    参加者
    科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)
    空井・玉(リンクス・d03686)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    レイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)
    三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)
    月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)
    オリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)

    ■リプレイ

    ●歪
     今宵の月は些か禍々しい。
     墓地にてアズラエルと暗殺武闘大会参加者であるダークネスらが睨み合いを利かせているからだろうか。既に臨戦態勢の双方を尻目に、灼滅者達はひとまず礼拝堂へと集合する。伏兵などはいなかったから、ある意味存分に語り合う事が可能になっている。
     教会の屋根、教会の建物の陰、そして墓地側。戦闘が開始されたからかそれぞれで偵察していた仲間達が合流するのは容易かった。孤立を避けるため、敢えて墓地側にいた仲間も一度集まっている。収集し得た情報を共有化する。
     整合性を取ったなら、空井・玉(リンクス・d03686)は小さくため息を吐く。
    「成程、情報の行き違いがないのは僥倖だ。ただ……もう少しアズラエルと大会参加者達両方の情報が得られたら尚良かったかもしれない」
    「確かにそうですね……どんなサイキックを使うかやポジションを知る事が出来ていたら、より作戦が盤石になったでしょうし」
     リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)が頷き、眉根を寄せた。すなわち偵察時により具体的に情報を獲得するよう策を練っていればという事なのだが、それを今鑑みたとて無為と言えよう。
     最低限の情報は拾えている。その上で灼滅者達が採った選択は。
    「ハンドレッドナンバーであるアズラエルの灼滅を狙おう」
     仲間を見渡しレイン・ティエラ(氷雪の華・d10887)が宣言すれば、それぞれが了承の首肯を返す。短い時間ながら綿密な戦術を構築したならば、後はそれを実行に移すだけ。
     アズラエルも大会参加者も強力な相手なのは間違いない。それを如何に自分達に有利な方向に持っていくか。大会参加者に共闘を持ち掛ける内容を打ち合わせた後、礼拝堂を後にする。
     耳に届くは剣戟の音。一体対多数のためか混戦めいた状況の最奥に至るのは難しくない。三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)がビハインドのカルラと共に到着した頃には、大会参加者であるダークネスは数こそ減っていないものの先程より目に見えて疲弊していた。
     大会参加者六体がハンドレッドナンバーに対峙しているそこに、灼滅者達は一気に雪崩れ込む。科戸・日方(大学生自転車乗り・d00353)が参加者の対角線越しの足元に滑り込んだなら、アズラエルの真白き衣ごと斬り上げる。
     想定外だったのだろう。ダークネスらにざわめきが起こった。アズラエルも目を瞠っている。
    「何奴!?」
    「ふうん、灼滅者か。虫が何匹も迷い込んだようだな」
     ハンドレッドナンバーが小さく笑んだ間に、灼滅者達は大会参加者側に駆け寄る。
     六六六人衆が四体、アンブレイカブルが一体、羅刹が一体。大会参加者である六体のダークネスの内訳はこんなところか。清らかな風を敢えて彼らに向けながら、月影・木乃葉(人狼生まれ人育ち・d34599)が先頭に立つ赤髪の六六六人衆に告げる。
    「ボク達の目的はアズラエルの灼滅です。――共闘しませんか。ボク達は貴方達の妨害をするつもりはありません」
     目的は共通しているはず、暗にそう言い含めたならオリヴィア・ローゼンタール(蹴撃のクルースニク・d37448)も言葉を続ける。闇を宿す眼を見据えたなら声は真直ぐだ。
    「重ねて言いますが、私たちの目的は、この天使を騙るアズラエルの灼滅です。信用などできないでしょうが、肩を並べることも、背中を預けることも不要です。ただ都合がいいから、利用し合うだけでいいのです」
     相互不干渉を掲げたその言葉。オリヴィアは銀の髪を靡かせ、他に立ち並ぶダークネス達も見渡して提案する。
    「少なくとも、あれを滅ぼすまではそれでいきませんか?」
    「どこで俺達の目的を聞きかじったんだ。……まあ、それを追及する間はなさそうだがな」
     赤髪の六六六人衆の視線の先にはアズラエル。戦闘中に介入したこともあり言質を取り付ける余裕はない。リュシールは視線をハンドレッドナンバーに向け、大会参加者に更に言い募る。
    「私達の狙いはそっちよ。死の天使に背中を見せてまで、私達と無駄に先に戦うならどうぞ」
     その言葉に呼応したかのように、アズラエルは不可視の聖剣を翳し、光を収縮し爆発させた。突風が吹き荒れる。衝撃をいなしたジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)は静謐たる消音拳銃を死を告げる天使に向け、ダークネスらに言い放つ。
    「――Quiet、片手間で済む状況は過ぎたでしょう。ほら前ですよ、前」
     視線で射貫くは真白きハンドレッドナンバー。神敵たる悪魔を討っているというのに告死天使が舞い降りるとはと苦笑を刷く。相手を集中攻撃するよう促しながらも、不意に胃の底に滴る苦みを飲み干した。
     波紋を広げる不穏な違和感を、飼い馴らす。

    ●鋭
     丁々発止。
     戦いは激しく、一部の隙も見出せぬ。油断は致命傷になり得ると誰もが理解する。
    「させるか!」
     霊犬のギンと共にレインが後衛陣の前に立ち塞がる。広がりゆくは白くも厳かな殺気の波。アズラエルの立ち位置故か破魔の力も持ち得たそれは、渚緒やカルラ、ライドキャリバーのクオリアと手分けして傷を引き受けるも、余裕らしい余裕など既になくなっていた。
     だが臆する心算は毛頭ない。顔を上げる。
     命中率や防御属性を考慮し細やかな戦法を採っていた成果だろう。大幅に体力を奪う事は出来なくとも、着実に削る事に成功している。
     先程まで余裕綽々といった様子だったアズラエルが、笑みを浮かべなくなった事がその証明だ。
    「私の記憶では灼滅者がここまで熟達している事はなかったのだが……随分小癪になったものよ」
     可能な限り注視していたなら、アズラエルが振るう剣が聖剣とサイキックエナジーの剣を融合したような獲物だと見抜く者も出てきただろう。
     玉が地を踏み締める。成程相手は強敵だ。想定外には違いない。
     であれば、失敗しても仕方ない?
    「いかにも無能の言い分だ。受け容れられる筈も無い」
     決意を殲術道具に乗せ、生み出したのは影の触手。疾走し敵を絡め捕ったのなら、続いたのは六六六人衆の死角からの一撃だ。迷惑そうに眉をひそめたその隙間を見過ごさない。
     攻撃力と命中率の双方を考慮して、日方は両手に霊光を集中させた。それを砲撃として放つのは目の前に立つハンドレッドナンバー。
     宿敵。それ以上に心がざわつく。
    「今アズラエルを、野放しにするのもダークネスに倒させるのも、きっとダメだ」
     予感めいた呟きに頷いて、木乃葉が布の集合体たる帯を迸らせる。
    「お願いします機尋!」
     向かわせたのは後衛で、後々撤退が必要になった際の要となるジンザだ。傷を埋めたそれに対し短く口の端に感謝を乗せ、制約齎す魔法の弾丸を相手の眉間に穿った。
     攻勢は止む事がない。祝福の言葉を風に乗せて仲間の背を押すレインの後に続いて、リュシールは神秘的な歌姫の歌声響かせる。癒しを受け取ったのはオリヴィアだ。
    「死を司る天使とは大きく出ましたね。教会で戯けたことを嘯いた罪、私が裁いて差し上げましょう」
     疾走させるは赤き霊光の逆十字。神経をも蝕む事が出来たかどうか。更に攻撃を重ねるべく灼滅者達は一歩、前に出た。
     視線はいつしかアズラエルに釘付けになっている。
     共闘の均衡が頭から抜けかけたその時、変化は起こった。
     連携を留意し挙動を気にかけていた玉が、誰より先に息を呑む。
     灼滅者達の眼前から、共に戦っているはずの大会参加者の影が見えなくなっていたのだ。
    「――――!? なっ」
     背中に受けた予想外の衝撃に、レインはたまらず二・三歩前に進み出た。気が付けばアズラエルの眼前に突き出されたと知り、胸裏に動揺が走る。
     視線を流せば、片足を下す赤髪の六六六人衆がいた。背を蹴り飛ばされたのだと理解するのは容易い。他のダークネス達は隊列を変え、灼滅者達の後方へと陣取っている。
    「攻撃がお留守になってないか?」
     羅刹の男が指先でハンドレッドナンバーを指し示すも、渚緒は胸中で渦巻く混乱を宥めるのに必死だ。努めて冷静に霊光を癒しの力に転じさせ、せめてもと己の傷に注いでいく。
     そうして、考える。
     戦術は堅実に検討されていたが、――戦略はどうか。不足していたのではと。
     灼滅者達はアズラエルを倒しあわよくば参加者をも掃討する心算だった。が、二兎を追うならそれなりの覚悟と綿密な作戦が必要だっただろうと今なら思う。
     参加者らの信用を得られたのか、それだけの行動は伴っていたのか。相互不干渉とするだけの利点を、相手に提示出来ていたのか。現状を思えば否としか言いようがあるまい。敵の敵は味方というのは、戦況次第でバランスが崩壊し得る、実に危うい関係であると理解する必要があっただろう。
    「『ただ都合がいいから、利用し合うだけでいい』って言ってたな」
     オリヴィアの言葉を反芻する赤髪の六六六人衆のかんばせに、感情は浮かんでいない。ただの戦闘狂ではないと、その落ち着いた立ち振る舞いで思い知る。
    「存分に利用させてもらうさ。お前達だってそのつもりだったんだろう?」
     唇を噛むのは誰だったか。図星を突かれたなら反論は出来そうにない。仮に共闘戦線が成り立たなくなった場合を想定していた者は誰もいなかったのだ。
    「……今はアズラエルを攻撃し続けるしかない。ここでアズラエルと大会参加者を相手取るのはあまりに無謀だ」
    「甘くはないですね、こりゃ。何とも遺憾ですけど」
     日方が低く呟いたなら、ジンザが顎を引く。ここで参加者達に突っかかって敵を増やしては致命的だ。利用されていると理解しつつも、今は当初の目的通りハンドレッドナンバーの灼滅に徹するしかないだろう。
    「どうにせよ頭数が多いのは面倒だな。まずはお前達から潰してやろう」
     刃を構え直したアズラエルの切っ先は灼滅者に向かう。着実に追い詰めつつあるとはいえ未だ余裕を失わない死告天使は、大会参加者らを興味の範疇から外したようだ。改めて周囲を見渡し立ち位置を整えたジンザが、歯がゆさに厳しい表情を浮かべる。
     仮にダークネス同士を極限まで消耗させたかったのなら、戦闘を最後まで行わせて、どちらかが限界となった時に初めて介入すればよかったのだろう。その間にも敵戦力の見極め等を行っていれば、潜伏も決して無駄な時間にはならなかったに違いない。
     眩暈がする。
    「あるいはあくまでアズラエルの撃破を至上命題にするのなら、本腰を据えて大会参加者と手を組まなきゃいけなかったかも、な」
     連携や声掛けを意識していた渚緒の笑みが、強張る。それ故に仲間を護り続けていた彼の献身を敵は見過ごさなかった。白光を放つ斬撃が彼の肩口を予想以上に重く穿った。先程癒した傷さえ根こそぎ貫き、地へ伏せさせる。
     初手で回復するのみならずそれを続行し、常に連携を意識させる。此方もあわよくばと欲を出さないよう努めるべきだっただろう。場合によってはハンドレッドナンバーを倒してすぐに撤退する決断を下す必要もあったかもしれない。
     一挙両得は些か至難に過ぎると気づき、オリヴィアは焦燥感を抑える。だがまだ諦めるわけには、折れるわけにはいかない。
     脳裏に幾つも浮かび上がるイフの世界線に、手を伸ばす事は出来ない。
     ――ダークネスは隙を見せれば裏切るもの。
     いつか耳にしたその言葉が、脳裏で反響する。

    ●涯
     矢面に立たされて攻撃を食らえば、傷が増えるのは必定。
     アズラエルにも確実に傷を負わせてはいるものの共闘が瓦解したのが痛い。だがそれでも格上相手に食らいついているのは、灼滅者達の緻密な戦術と細やかな連携の功績だ。
     しかし。
    「く、そっ……!」
     開戦以降ずっと攻撃を肩代わりしてきた護り手のレインがとうとう膝をつく。守護役についたサーヴァントももはや残っていない。
     前衛陣が瓦解したなら、より奥まで敵が踏み込んでくるのは明白だった。癒しきれぬ傷も増える中、厄介者とみなされたのは懸命に癒しの術を振舞っていた木乃葉。そして陣の真ん中でかすがいとして前線を支え続けたリュシールだ。
     玉は彼女らの消耗を気にかけ、攻撃する事で気を逸らそうと努める。
    「そう易々とやりたいようにやらせてたまるか」
     あらゆる手を以て、この焦燥ごと轢いて潰す。
     既に消滅したライドキャリバーに思いを馳せ、その分まで叩いてやる。聖歌と共に打ち出すは業を凍らせる光の砲弾、鳩尾を穿ったならば氷結が傷口に広がる。
     だが癒しを施せば氷も融け、更に攻撃を加えられたなら。
    「このまま野放しにする……わけには……!」
     ついには木乃葉も意識を手放した。その姿に、心を動かされぬ者はいない。
     リュシールは残った精魂すべてを拳に籠め、超硬度の一撃を振りかざす。走る、走る。防護の盾も全部壊して貫いてやる。
    「どうせ生きるも殺すも苦しい癖に死ぬ訳に行かない身よ! 罪があろうと道理がなかろうと無理を押通す!」
     アズラエルの心臓を壊す勢いで撃ち抜く。乾いた空気が死告天使の肺から零れた直後、カウンターとして見舞われたのは破邪の斬撃。真正面から打ち砕いたが故に避ける事も出来ず、少女は金糸の髪を震わせ地に落ちた。血痕が広がる。
     残った面々が顔を見合わせる。
     事前に打ち合わせていた撤退条件に合致したからだ。
     その気配を悟ったのか、背後に道が開けられる。大会参加者の動きだ。体力は損なわれているものの、残りは大会参加者でとどめを刺し得るという判断だろう。
    「多少は役に立ったぞ」
     皮肉を吐かれて日方が歯ぎしりをする。だが退路を示されたが故に、『絶対絶命のピンチ』として闇に身を委ねるほどの窮地になり得ない。
    「すみません、プランEに移行。援護頼みます」
     ジンザがレインを抱え、箒に載せたなら墓地の最奥から脱出する。他の灼滅者も倒れた仲間を一人ずつ抱えて脱出を試みた。正念場だったから見逃されたという一面もあったに違いない。追撃を受けることなく戦場から離れる。
     戦闘の影響が及ばない距離での観測が可能であれば情報を得たかったが、既にこちらの存在が把握されている以上、下手を打てば戦闘不能者も含め流れ弾を食らう危険性がある。そのため苦渋の決断ながら偵察を諦め、距離を取るしかなかった。
     ひとまず礼拝堂まで急ぎ戻り、応急処置を行う。最後に凄絶な一撃を食らったリュシールの傷は重いが、命に別状はない。他の面々は気を失っているだけのようだ。
     その刹那、窓の外に清浄たる光が閃く。
    「あれは……!」
     玉が瞠目する。鋭い白光が迸り、最も大きく場を支配していた殺気が消えうせる。大会参加者が死告天使たるハンドレッドナンバーの息の根を止めたのだと、その場にいる全員が理解する。
    「……無念ですね」
     オリヴィアが睫毛を伏せる。最低限の成果は得たものの、悔しさを胸に抱くのは彼女だけではない。

     夜が明けるまで、もうしばらく。
     この時間には天使の梯子など、降りるはずもない。

    作者:中川沙智 重傷:リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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