暗殺武闘大会決戦~厄災宿る地にて

    作者:六堂ぱるな

    ●闘いの果てに
     戦争集結の連絡を受けた校内で緊急招集のコールが鳴り響く。
     取るものもとりあえず、あるいは余裕をもって教室へやってきた灼滅者を迎えたのは、コールをかけた一人である埜楼・玄乃(高校生エクスブレイン・dn0167)だった。
    「第三次新宿防衛線は無事終結、勝利を得た。諸兄らの敢闘に心からの敬意を表する。是非にもゆっくり休んで貰いたい……ところだが、申し訳ない、それはできなくなった」
     六六六人衆に不穏な動きあり。
     暗殺武闘大会の予選通過者たちが終結を始めているという。
    「その集結地域が15か所あることはわかっている。だがサイキックアブソーバーの予知が行えない現状、それ以上の情報はない」
     集結して殺し合いをするのか、横浜の時よりも範囲を広げた事態になるのか。
     人間社会にとって歓迎すべからざる事態になることだけは確かだ。
    「予知が出来ない以上、集結するダークネスたちの動きを偵察し対応を決める必要がある。至急、現場に向かって貰いたい」

     集結場所は三重県の伊賀。終戦後しばらくして廃村となった山間の集落が、県道39号線から離れて山中を北に進んだ先にあるという。
     建物は古びて倒壊している所も多い。物件を管理している業者はあるが、付近にいるわけではないので接近は簡単だ。
    「中でも集落の北のはずれに二階建ての和風建物がある。ダークネスが終結してくるのはそこだ。数は五~八人といったところだろう」
     森を切り拓いてなんとか建物が建っていた村は、再び木々の侵食を受けて森に呑みこまれかけている。しかしその建物だけは苔這う朽ちた外観の割に屋根も無事で、引き戸や窓の落戸もしっかり閉まっているのだという。
     そんな建物の前に集まって、何をしようというのか。
     大会の一環であるなら、集結した彼らは戦い始めるはずだ。
     ならば状況を見て戦闘に介入するか、勝敗が決定した後に勝者のダークネスを灼滅する――取りうる対応としてはそのあたりだろう。
    「何が起ころうとしているのかわからん。くれぐれもいきなり乱入などはせんようにな。情報収集をしてダークネスたちの動向を見定め、方針を決めてくれ」
     集まっているのは暗殺武闘大会を勝ち抜いた猛者。
     一度に複数を相手取るとなると極めて危険だ、と玄乃は釘を刺した。
    「今回は詳細な予知をもって作戦提案が出来ない。その分、現場での諸兄らの判断が重要となってくる。勝てると判断したなら止めはしないが……」
     詳細な予知がない、という点が気がかりなようで口ごもる。
    「焦りも無茶も禁物だ。事と次第によっては戦いを挑まず、撤退してくるという判断も視野に入れてくれ」
     そこで何が起きるのか、未来は見通せていないのだから。
     念を押すと、玄乃は目的地の地図を配布して深く一礼した。
    「少しばかり変則的な事態だが、全員揃って必ず戻ってきて貰いたい。諸兄らの分析と対処を、信じている」
     
    ●死は羽化せり
     八人の予選通過者たちが姿を現したのは昼前だった。
     碧が緋鳴館で相対したヨレたスーツに無精ひげの男もいる。全員六六六人衆なのか武装はナイフや刀、銃などで、人質らしき者は連れていない。
     集落の北にある二階建ての前に着くと建物前の空き地に陣取った。時計を見、互いの動きを警戒しながら建物へ注意を向けている。
     すぐには戦わないらしい。
     建物自体が注視を浴びているので裏側からの接近も考えものだ。

     事態が動いたのは午後1時。
     時が止まったような建物の中から、突然強い光が漏れる。雨戸や引き戸が突然外へ吹き飛び、壁も倒壊し始めた。
    「……復活したな」
     誰かの囁きの後、建物の中から小柄な影が現れる。
     無精ひげの六六六人衆がガンナイフを手に飛びかかった――が。妙な音がして、彼の全身が引き裂け血が迸った。
    「ぐお!」
    「誰の差し金かの」
     倒れる男に歩み寄るのは浴衣の少女――否、少年か。
     乱雑に切られた黒髪は肩までもなく、耳のあるべき位置に輝く大きな昆虫の翅のようなものが見える。それは両手首、裾から見える両足首、浴衣が裂けた背中からも生えていた。
     一瞬怯んだ刃持つ者が襲いかかる。また不思議な音が響いて、彼は視えぬ刃に切り裂かれた。
     舞う血の中を歩く「それ」に後ろから銃弾が浴びせられる。無精ひげの六六六人衆が撃ったのだ。次の瞬間、彼の首は切り飛ばされていた。
     予選通過者の一人が斬りかかりながら咆哮する。
    「アンタら組織に邪魔なんだよ!」

     混乱を極める戦闘の中、灼滅者たちは距離をとり一度集結した。
    「なんだよあれは?!」
    「あの子はハンドレッドナンバーだね。それも中位……あるいは上位かな」
     悠の押し殺した驚きの声に鏡花が応える。
    「彼らの目的はハンドレッドナンバーを倒すこと、だったんですね」
     静菜の呟きに頷きを返して、晴香と鶉が顔を寄せ合った。
    「予選通過者に手を貸して、ハンドレッドナンバーを倒してしまうのも手だけど」
    「仮に勝てても、予選通過者が私たちをそのまま帰すか、ですわね」
     和弥が腕を組んで考え込む横で、碧も必死で頭を働かせる。
    「今でも敵さん全部に一致団結して襲われかねないあたりが……ううむ」
    「このまま様子をみて、勝った方が消耗してるうちに倒せませんかね?」
     警戒観察を引き受けたアイナーの目の前で、また予選通過者の首が飛んだ。
     これからどうするか。
     選択は灼滅者たちに委ねられている。


    参加者
    稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)
    蒼月・碧(碧星の残光・d01734)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    アイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)

    ■リプレイ

    ●敵来たりなば
     目覚めたハンドレッドナンバーは六人を相手に互角、否、それ以上に渡りあっていた。
     挟撃位置へと動きながら、蒼月・碧(碧星の残光・d01734)の目はつい、緋鳴館で対峙した六六六人衆の骸へ引き寄せられる。
    (「予選で対峙したからわかる。あの髭のおじさんを簡単に仕留めるなんて……」)
     かすかな音が響くたびにジャージの男の腹が裂け、あるいは二、三人の肩や腕、脚が血を噴いた。一度ならず攻撃を受けながらハンドレッドナンバーが嘯く。
    「ひと眠りの間に何があったにせよ。この『まつむし』の前に立ったなら、散るものよ」
     ランキングの上位を占めるが故の実力と、横暴と、傲慢。
    (「大会側の思惑通りに行くのは少々癪だが、こんなのを野放しにするよりはマシだよな」)
     唇を噛みしめる東雲・悠(龍魂天志・d10024)も仲間と共に戦場を回りこむ。
     混乱しているのは若桜・和弥(山桜花・d31076)も同じだった。出した結論が正しい選択かどうかも今は分からない。それでも、覚悟は決まった。
     終わった時、恥ずべき事は無いと胸を張って言えるなら、多分それで正解だ。
     六六六人衆たちの攻撃を受け止め、あるいは躱す少年が、全身切り裂かれてふらつくジャージの男の横を抜けがてら首を撫でる。
    「こ、こんな強いなん、げはっ!?」
     言わせも果てず、男の首は胴体と離れて落ちた。
    「これが序列六八位の力か……!」
    「いかにも」
     闇雲に突き出されたナイフを素手で受け止めると手首で翅がぶれ、斬撃のような傷を与えて地を蹴る少年の顔が愉しげに綻ぶ。前線へ飛び込まれた六六六人衆の戦列が崩れた。
     殺し、殺される瞬間。今だ。
     稲垣・晴香(伝説の後継者・d00450)が迷彩柄のマントを脱ぎ捨てた。プロポーションを一際魅せるカットの真紅のリングコスチュームをまとって戦いに臨むなら、胸を占める不吉な予感を忘れられる。
    「気合入れて行きましょう!」
     乱戦ただ中の少年にエルボーで打ちかかった。わずかに目を瞠った顎へ、雷光の尾をひいて命中する。
    「ハンドレッドナンバーとの1本勝負、熱く戦いましょうか!」
     同じくマントを脱ぎ棄て、自慢のボディを青いツーピースで際立たせる赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)が標識を構えた。宿る光は仲間を加護する警戒色。
    「貴様ら、灼滅者……!」
     続いて標識で仲間に加護をかけ、結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)が六六六人衆たちに向き直った。
    「暗殺武闘大会の公式介入者、灼滅者です。こちらが規格外の強敵とお聞きし、倒しに来ました。共闘が嫌ならばお互い邪魔しないという事で如何でしょうか」
    「貴様らごときが何の役に立つと!」
    「協力した方がお互いの目的も達し易いだろう!」
     端的極まる言葉を叩きつけた悠の足元から影が疾り、ぎりぎりで少年……まつむしの脚を捕える。敵の渦中にある時を狙ったのがうまくいったようだ。跳び退るまつむしを追い、晴香も声を張り上げる。
    「今細かい事考えてる余裕あるの!? ひとまず敵の敵は味方ってことよ!」
    「僅かでも可能性を上げる。そう判断した、それだけだ」
     告げ、滑るように距離をつめたアイナー・フライハイト(フェルシュング・d08384)の炎を帯びた蹴りがしたたかにまつむしを捉え吹き飛ばす。応えたのはデニムにダウンジャケットで眼鏡をかけた、六六六人衆の中で唯一の女だった。
    「見栄を張れる立場じゃないね。いいさ、手を組もうか」
     相棒たる霊犬モラルを伴い、まつむしの前へ飛びだしながら合瀬・鏡花(鏡に映る虚構・d31209)が微笑んだ。
    「やろうか。やれる事を、全部」
     目の前で両の拳を打ち合わせ、和弥は一瞬だけ目を閉じた。
     いつも忘れない、暴力で事態を決することへの縛め――今日に限っては平常心を保つためでもあった。

    ●死力を以て
     介入する前からの観察を経て、灼滅者たちはおおよそ『まつむし』の攻撃の術を見定めていた。手首や足首、耳や背にある翅から恐らく音波の刃を放っている。リングスラッシャーに似た発現だが、破壊力たるや手練れの六六六人衆の四肢すら飛ぶ。
    「戦争も終わり、穏やかに高校卒業までと思いましたが、こんな戦いが待ってましたとはね!」
     標識を振りかざし仲間の身体を蝕む麻痺を癒しながら、鶉は心から楽しげに笑った。
    「怖いけど、怯んでなんていられません。ここであれを止めないともっと酷いことになりそうですから!」
     碧が放つ意志ある帯が軌道を修正し、六六六人衆の上段からの斬り下ろしと同時にまつむしの肩を抉った。また六六六人衆の首が飛んだが、あちらの被害はある程度歓迎だ。
     まつむしの脚に深い斬撃を加えた女が、ひょいと晴香の傍へやってきた。声を潜めて問いただす。
    「で、ホントのとこどうなの? アンタたちに利益あるの?」
    「まぁ個人的には……貴方達に全滅されると困るのよ!」
     叫んで、晴香は雪の蹴散らされた地を駆けた。わずかな助走から、高い軌道のドロップキックがまつむしの頭を捉える。
     闇堕ちした恋人が暗殺武闘大会の最終予選参加者だったということを、先の戦争で知った。どこかにいる彼が追い詰められないよう祈って、戦うだけ。
     激しく入り乱れる敵味方の中、アイナーは指先に灯した霊力を鶉へ向けた。まつむしの攻撃は重い。庇い手たちの負担も大きいが故、回復を厚めに生存性を優先した布陣はどう出るか。
    「よくやったよ、モラル」
     晴香を捉えかけた音の斬撃から庇いきった相棒を労い、鏡花はまつむしを追う。六六六人衆の攻撃を受け彼の意識が集中した瞬間、斬りかかった。すれ違いざまの斬撃で眉を跳ね上げたまつむしの前に、悠が飛びだす。
     ひきつけるように駆け、崩壊寸前の家屋を蹴って木の幹へ、身を捻り空へ。
     まつむしが逃れた悠を狙い撃とうとした時、聖職服の裾を翻し、静菜が踏み込んで来ていた。蹴散らされた雪を照らす炎が跳ね上がる脚を追いかけ、翅を砕かんばかりの蹴撃が少年を仰向かせる。
     一突き。雷のごとく落ちかかった悠の槍は文字通り彼を串刺しにしていた。感に堪えぬといった顔で笑う。
    「天を翔る竜のようよな……!」
    「そりゃあどうも!」
     一息に血をまとう槍を抜き、お返しとばかり放たれる音の刃から素早く飛び退る。軌道に飛び込む形になった六六六人衆が苦鳴をあげ、まつむしも男の斬撃を背に受け駆けた。
     そろそろ脚にきているはずだ。咲き誇る桜の花びらのようなオーラを纏い、懐へ飛び込んだ和弥の拳がまともにまつむしの鳩尾を捉えて打ち抜く。わずかに息を詰まらせた少年が身を翻して雪を蹴散らし駆けた。
     すぐに追尾についた六六六人衆が、まつむしの背の翅の蠢動に気がついた。素早く距離を取る。しかし音は自身を包みこみ、傷を癒し麻痺や身を焼く炎、蝕む氷を打ち破った。
    「なぜ、貴方はそこに封じられていたのですか?」
    「愛い雛よな。成り損ないとは、惜しいの」
     まつむしは碧の問いを聞いてすらいない。
     殺戮の熱に浮かされた瞳は灼滅者が今どのような存在であるかを知らず、知ったとして受け入れはしない。今の六六六人衆にとっての旧き軛、なのだ。

    ●厄災朽ちゆく
     ひどく傷ついても、まつむしは逃走する素振りを見せなかった。ハンドレッドナンバーの矜持どうこうより、そもそも下位の者と灼滅者相手に、撤退など考えもしないのだろう。
     それでももう二人の六六六人衆の首をもぎとったまつむしの息はあがり始めていた。
    「なるべく倒れて欲しくなかったのですが、如何ともしがたいですね」
     ため息をつく静菜の指先で霊力が輝く。見たところ傷が浅い方の女の六六六人衆の傷を塞ぐと、陽気に手を挙げて応えた。
    「助かるよ! さあちゃっちゃと働いて!」
    「いやあ元気だなあ。元気すぎるなあ」
     追尾してくるまつむしを視認し、乾いた笑いを浮かべて和弥は標識を振りかぶった。まだ自分はもつけれど、アイナーと鏡花の限界が近い。あと少し、もっと強く。
     和弥の渾身の殴打でのけぞったまつむし目がけ、悠が上空から躍りかかった。迎撃に放たれた見えない刃をかいくぐって着地。
     その瞬間を狙い澄まし、まつむしの音刃が後衛めがけて迸った。咄嗟に鏡花のモラルが碧の前へ、傷の嵩んだ鏡花は静菜が庇いにゆく。
    「おおおおっ!」
     避けられないならば。肩から胸へとざっくりと切り裂かれながら、悠は渾身の気力をこめてオーラの砲撃を食らわせた。まつむしも避けず――あるいは裂けられず、その直撃を受けて右の胸に穴が開いた。悠の凄絶な笑みにまつむしが笑いを返す。
    「そうでなくてはの」
    「簡単には終わらないぜ。地獄の底まで喰らいついてやるさ」
     どうせ戦うなら強い方がいい。ここまで強ければいっそ面白い。
     互いに傷は浅からず、決着もそう遠くないだろう。
     もちろんそんな心境には至れない者の方が多いのは確かで、紙一重でモラルに守られた碧は思わず詰まった息をやっとのことで吐き出した。身代わりにモラルは吹き飛んでしまっている。
    「もたなかったか」
     渋面の鏡花が呟きながら鋼の糸を繰った。六六六人衆を六人屠り、なお二人と灼滅者八人を相手に渡り合う力には呆れてものも言えない。
     だがこちらも意識不明者がいないのは、生存性を優先したのが正解だったということ。
     賽の目に刻む気合いで糸を引けば、鋭い糸に裂かれてまつむしの白い肌が血を噴いた。
    「ぎ、い……!」
     重ねてもう一度、和弥が渾身の力で絞る糸はまつむしの体に幾つもの傷をつけ、更なる麻痺や炎、氷を刻みつけて抜ける。血を散らしたまつむしがたたらを踏む間に、晴香と鶉が頷きあった。
    「さすがにいつもの『受けて返す』余裕はないかな。大丈夫、プロレスラーは普通に戦っても強いわ! ツープラトンといきましょ!」
    「いいですわね、了解ですわ!」
    「なんと?!」
     まつむしがプロレスを知っていたかは謎だが、脚が死んで来たが故、二人の挟撃を受けたのは間違いない。網状結界を展開しながら爆霊手を掲げる鶉と鋼すら打ち砕く力をこめた晴香が同時に仕掛けた。
     右からは縛霊手の殴打。左からはラリアート。
     首が吹き飛んでも不思議のないコンビネーションを食らい、まつむしは吹き飛んで地で二回転ほどした。それでも起き上ってくる彼に、碧は言い知れない恐怖を覚える。
    「ここで闇堕ちしたら、宍戸の思い通りになりそうですし……なにより、人として、生き残りたいっ!」
     戦いの終わりまで、どうか皆もって欲しい。祝福の言葉は風となり、仲間を包んで傷を癒し、あらゆる侵食を無に帰す。
     碧が目をあけると、バックステップしながらの静菜の放ったダイダロスベルトがまつむしの胸を穿っていた。よろけた彼を追った六六六人衆のナイフが深々と腹に突き立つ。止まらぬ血は癒しきれぬ傷の深さを知らせていた。
    「アンタ面白いわ。そういうのも悪くないわね」
     切断せんばかりの女の斬撃を受け、骨を断たれた右腕がぐらりと揺れる。六六六人衆の男を避けようと身を翻したその前に、鏡花が回り込んでいた。
    「おっと、逃がさないよ?」
     かわす暇も与えないハイキック。摩擦が生んだ炎は髪を焦がし肉を焼く。
     ぐらりとおよぐ体は無防備で、軋む音をたてて駆動する縛霊手の拳を固め、アイナーは横あいから思い切り殴りつけた。呼吸をあわせた悠の槍が冷気を宿し、氷弾として撃ち放つ。それは遂にまつむしの胸を撃ち抜いて、ばきばきと音をたて体を蝕む。
    「……明日は我が身とはよう言うたもの。追いつかれたか」
     血にまみれ、消えぬ炎に身を焼かれ、声はひび割れ。
     翅が細かく揺れている。
     それが攻撃のためでも、治癒のためでもないことは明らかだった。
     黒かった髪も血にまみれた浴衣も白く変じ、末端から崩れ始めていたからだ。彼の翅は死をもって自身を崩壊させていく。

     やがてごそりと音をたて、『まつむし』はこの世から消え去った。

    ●春遠からじ
     なんとか掴みとった勝利――というよりは生を、実感する暇はなかった。六六六人衆の男が今度は灼滅者の方を向いたからだ。表情を引き締め、静菜が穏やかに口を開く。
    「お互い連戦は避けたいのではありませんか。私たちは闇堕ちというカードを残しているのですよ」
    「これ以上の戦闘は、お前達の利にはならないぞ」
     槍を握りしめた悠が出血も構わず前に出た。窮鼠猫を噛むとばかり晴香も並んでいつでも仕掛けられる素振りを見せ、鶉も悠然と構える。
    「私たちはまだ戦えますわよ」
    「そちらも満身創痍、今でいいのかな?」
     少なからぬ傷を負った男は、和弥の言葉を払うように頭を振った。
    「こっちは2人いるんだ。灼滅者ぐらい片づけられなくてどうする?」
     瞬間、まるで中身が別物にでも変わったように静菜の雰囲気は一変した。
    「もし退いて頂けなければ――必ずたおします。おどしじゃないと知りたいですか?」
    「……やるなら貴方達も無事では済ませませんよ」
     眼光鋭く敵を睨みつけるアイナーの傷を癒し、碧も精一杯の威嚇をする。
     ぱん。
     緊張を破ったのは、眼鏡の女が手を叩く音だった。
    「あたしは手伝わないわよ?」
    「う、裏切る気か?!」
    「寒いしもう充分よ。帰って一杯やらせてもらうわ」
     言い捨てると血まみれの体を翻し歩きだす。やむなく男は、刺すような敵意を向けながら構えを解いた。警戒を続けながら遠ざかる。
     彼らの姿が見えなくなってやっと、どっと悠が座りこみ、晴香も出来たばかりの切り株に腰を下ろした。かろうじて立てるほどの怪我を負ったアイナーが荒い息を吐いて呟く。
    「……なんとか、僅かな可能性を拾ったよう、だ」
    「よく生きてるよね、我々」
     奇蹟的に崩れも巻き添えもくらわなかった濡れ縁に、鏡花がひょいとかける。
    「胸を張りましょう、確かに私達があの強敵を倒したのです!」
     傷だらけの鶉の力強く明るい言葉に、疲れ切った仲間たちも笑みを浮かべた。
     そう、勝ったのだ。

     ミスター宍戸の狙い通りの結末、とはいえ、ダークネスに危険視されつつある灼滅者たちは事態に介入し、今や無事帰還する力すらある。
     ――世界の趨勢は、変わるのだろうか。

    作者:六堂ぱるな 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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