バレンタインデー2017~恋ぞつもりて

    作者:菖蒲

     街はざわめきと共に。鮮やかな気配を纏う。
     甘い香りに誘われて、カレンダーを指先でなぞればそこには『バレンタイン』と踊る文字。
     和カフェ 花散里では今年もバレンタインの特別イベントが開催されていた。

     普段より和服だけれど、少し違う雰囲気で。そう笑った不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は袴姿にエプロンをつけてチラシを『あなた』へと手渡した。
    「和カフェ『花散里』なの!」
     昨年のバレンタインにも小さなイベントを行った和風カフェ。
     アンティークの飾られた店内は柔らかな白熱灯で照らされ、木目調の椅子に並んだ座布団がどこか懐かしさを感じさせた。
     猫をモチーフにしたマグカップのホットチョコレイトはこの期間だけの特別なのだと彼女は言う。
    「そういえば軽食とかもあったよな。チョコレートばっかりじゃなくって、抹茶とかもあるんだっけか」
     タルトに餡蜜、抹茶パフェやシフォンケーキ。浮かぶスイーツを指折り数えた海島・汐(潮騒・dn0214)はサンドウィッチやオムライスを思い出し、ふと、首を傾ぐ。
    「キッシュとか、えーと、ガレット? とか始めたんだっけ?」
    「メニューの考案もお待ちしてます、ってことらしいのよ」
     ころころと笑った真鶴はチラシに書かれていたバレンタインイベントに視線を落とし笑みを溢す。
     花散里は少し外れた場所にある小さなカフェだ。小物屋を併設し、温かみのある手作り雑貨の他にスペースを一般の人に貸し出して商品を並べることが出来るらしい。
    「御給仕のお手伝いに、小物やさんのお買い物に、あとは――」
     昨年度は匂い袋。勿論そちらも行うことが出来るが、今年は。
    「オリジナルのアクセサリー作りらしいのよ」
     小さなビーズを合わせて作った携帯電話のストラップ。
     ルビーを模した小さな石を使用して誕生石をあしらった髪飾り。
     この世に一つだけのオリジナル――特別な日は、誰にだって訪れるから。
    「せっかくのバレンタインなの! お友達とかクラスメイトとか、それから、好きな人とか……みんなで楽しい一日にしましょうね!」
     皆のしあわせでいっぱいな一日になりますように。
     そう笑って真鶴は「是非いらしてなの」とひらりと手を振った。


    ■リプレイ


     からんからんと軽やかになったベルの音。
     桜色の袖揺らし、振り仰いだ臙脂の袴の少女――耀は「いらっしゃいませー」と声かける。
    「って、威司さんだ。来てくださったんですね♪」
     常よりも華やぐ笑みを溢した彼女に最愛の旦那様、威司は小さく瞬いた。
    「――綺麗だよ。耀が給仕さんをしてる店なら、何か毎日来たくなるな」
     切れ長の瞳に照れを滲ませた彼は耀に手招かれて店内を進む。珈琲の香りの沁み込んだウッドテーブルには『Valentine』と楽し気に踊ったメニューが置かれている。
     今日も元気に営業中の和カフェ『花散里』はバレンタインメニューを展開し、イベントが大好きな店主のおかげで今日も繁盛している。
     給仕として手伝う彼女に紅茶とオススメケーキを指定する威司はいつもと違った雰囲気の耀に新鮮だと口元を緩ませた。
    「お待たせしました。……私も丁度休憩なので」
     そっと隣に腰かけて、囁いた言葉は『特別サービス』――「あーん」と笑み綻ばせ伸ばされたその手に威司の頬が赤く染まった。
    「少し照れくさいな……ぁ、あーん……。
     とてもおいしいよ。耀が食べさせてくれたから尚のことな。ほら、お返しに――」

     流れる音楽は心を落ち着かせる。クッションに腰を落ち着かせ、修太郎はメニューへと視線を落とす。
     こうして花散里に来るのは二度目だ。同じ場所に来ることが出来るのは嬉しいと彼の口元に僅かに浮くんだ笑み。
    「ごはん系、うーん、甘いものもいいよねー」
     瞳を輝かせる郁はオムライスとキッシュの上で行ったり来たり。サンドウィッチにしようという修太郎へと「ガレットって食べたことない」と郁は瞬く。
     美味しいものを作れる人はすごい。尊敬できると、笑み溢した郁は「修太郎君も色々作れるよね」とフォークでガレットをつつく。
    「今度うちに遊びにくる? 御馳走するから」
     それじゃあ、別腹を始めよう。チョコレートソースのかかった生クリームたっぷりのパンケーキと紅茶。シフォンケーキには勿論生クリームが添えられる。
    「じゃあ、交換しよう、あーん」
     2人で分け合って、共に過ごして――そんな時間が愛おしい。

     シックなワンピースはこの日のためのもの。緊張に身を固くしたエリノアは視線をうろつかせた。
    「なんだろ、こんな風にしてるとまさにデートって感じ」
     幸せと、口にしたさくらえに「そ、そうね」と髪先を指で弄るエリノアの頬が赤く染まる。
     他愛もないおしゃべりの中、この後はどこに行こうかと考えるさくらえの前に運ばれたのは抹茶パフェ。
    「ね、エリノア、折角だし僕の味見しない?」
     こてりと首を傾げて、『デートの定番』を楽しもうと掬ったクリーム。彼女へと近づければ、状況が把握できないとエリノアは瞬き――瞬時に頬をこれでもかと言うほどに紅潮させる。
    「――そ、そうね。せ、折角、だし……あ、あーん」
     スプーンの先が唇に擽ったい。その行為がどうしようもなく恥ずかしいものに思えるから。
    「美味しいわよ」ととぎれとぎれに言った彼女のスプーンは次はさくらえの口元へと運ばれた。


     作業用にと据え置かれたトレイにムーンストーンを中心に『二個』分の材料を並べた朔之助の口元は緩む。
     ムーンストーンは恋人たちの石――だから、それを隣の彼と……。
     彼女の思惑を知ってか知らぬか、史明は「何を作るの?」と楽し気に問いかける。贈る相手の隣で作るなんて、どこか擽ったい。
    「まだ見ちゃダメだ! 内緒!」
     覗き込むことも、内容を教えることも、秘密だと真剣な表情で言う朔之助にどこか拗ねた様に「僕も秘密」と史明は手元のストラップを見つめながら、小さく、聞こえない様に呟いた。
    「……僕に、くれるんだよね?」
     彼が作るのは白と青の石を灰の糸でつないだストラップ。勿論それも2つ分だ。お互いの目の色の糸に髪の色の石を通して――『髪が白くなるまで一緒にいよう』と意味を込め、白を多くしたのは小さな秘密。
    「できた! 史、ブレスレット。ほら、お揃いだ!」
    「僕に? いや、知ってた。ありがとうね。それに僕からも」
     嬉しそうな朔之助にお揃いのストラップを差し出して。照れ臭そうに笑った彼女の鞄にそれはよく似合う。

     彩が溢れるテーブルから視線を揺らがせればバレンタインだと笑みを浮かべる少女たちの姿が見える。
     瞬く繭子の唇は『甘い一日が苦手な彼』を思う様に弧を描く。
    「思い出はより佳く在りたい主義ですもの」
    「……そか、次は繭子ちゃんの我儘を聞いてあげよう」
     これが我儘だとはにかむ彼女に咲桜は頬を掻いた。そんな彼女に問われたのはコレからの事。
     彼女の白い指先ならば小さなビーズを繰るに向くけれど、自分はと。悩まし気に指先で大きめの石を転がして咲桜は「繭子ちゃんは?」と首を傾いだ。
     ゆっくりと小指を指して、「サイズは幾つ?」と楽し気に彼女は問い掛けた。
     作るものを描くか、用途を想うか、贈り主を想うか――物作りはいろいろあるけれど、そのすべてを込めて、繭子は紅色を転がした。
    「……したことないからなぁ。ちゃんと測ってね」
     ピンクオパールを中心にサクラソウのデザインで、シルバーのピンキーリングをゆっくりと作り上げる。
     自分はどうしようと悩む咲桜の記憶にはらりと散った青空に咲いた淡い色。
    「ね、受け取って下さいます?」
     勿論だと口元に笑み溢し、咲桜と並んだ指先に繭子は男の子だと小さく笑み溢した。
     それなら、こちらだって。不格好な出来でもきみなら笑ってくれるはず――だから、特別をあげよう。

     オニキスとルビー。黒と赤を麻の紐で結んで傘用のタッセルを作ると桐人はテーブルに向かう。
     工程は複雑だ。一つのミスも許されないかと桐人はどこか緊張したように作業を進め、汐の姿を見つけて「少し『手を貸して』いただけますか?」と問い掛けた。
     文字通り、両手首を借りて、くるりくるりと糸をゆるくゆるく巻き付ける。
    「妹に贈り物をしようと思いまして」
     途中から見る工程ではどこか不思議で仕方がない。首傾いだ汐は「成程」と大きく頷き、巻かれていく麻の紐に瞬いた。
    「妹さんにか。喜んでもらえるといいなあ。……どんな子?」
    「喜んでくれるといいなって、そう思います。妹は――……」
     この場では顕現しないが彼の傍にいるビハインドがそうであると霧江の名を呼んで。
     兄妹のバレンタインが楽しいものだといいなと汐は桐人の作業を見守った。

     大切な人に渡すプレゼント。折角なら渡すまで秘密にしたい。
     水晶と透明のビーズをベースにストラップを作ると悩まし気な愛莉の姿に真鶴は「愛莉さん」と笑み溢す。
    「あ、マナさん! ちょっと相談に乗ってくれない? 幼馴染に上げるプレゼントを作りたいのだけど」
     色の好みは分からないと困った様に言う愛莉の姿が微笑ましくて。真鶴は「んー」と首を傾いだ。
    「『幼馴染』さんなら……んー、これとか?」
    「これね、ありがとう!」
     水晶より一回り大きなラピスラズリ。ビーズを数個組み込む愛莉の手つきは慣れたもので。
     器用に組み合わされたそれは完成間近。シンプルながらも手の込んだそれに「かわいいの!」と真鶴は手を打ち合わせた。
    「喜んでくれると嬉しいのね」
    「うん。明日、チョコと一緒に渡すつもりよ」
     楽しみだと少女二人は楽しげに笑い合った。


     ふんわりと桃色の髪を揺らして、『愛らしい少女』のようにふるまう黒曜は今日は書生姿。
     彼の隣で、緊張しきった藍晶は上手くできるだろうかと、不安げに首をふるりと振った。
    「こ、これで大丈夫かしら……?」
     袴で、給仕で、それから――……こういったことは初めてだからと、藍晶の釣り目がちの藍の瞳には不安が滲む。
    「笑顔、笑顔、リラックスだよ。藍晶。せっかくの機会だし楽しもう」
     ぽんぽん、と背を叩き不安げな藍晶を励ます黒曜は慣れた手付きで給仕を行っている。
     ぎこちない笑みを浮かべ、まだまだ緊張のとれぬ藍晶は彼のアドバイスを実行するように大きく息をついた。
     さあ、ここからもうひと頑張り。ぎこちなくてもいい、あと少しだけ頑張ってみよう。

     慣れた雰囲気で給仕を行いながらも厨房でメニューの考案に勤しむ陽桜は花散里の看板メニューとも名高いシフォンケーキの種類を眺める。
    「この中に、黄な粉や小豆も加えていただければと♪」
     小さな司令塔のように「こんな感じで」と続ける陽桜の次のメニューはシフォン生地のロールケーキだ。
    「小豆のシフォン生地にゆずクリームを巻き込むのです。絶品ですよ」
     彼女の言う通りに作成された和風ロールケーキにスタッフたちは「おいしい」と採用の声をあげた。
     手書きで加えられたメニューの隣には可愛らしい桜のイラストが描かれていた。

     和服に袴。大正浪漫だと楽し気な杏子に「わらわ、いつも和服なんじゃけど」と心桜は頬を掻く。
    「こっこ先輩、いつもと全然違うの! かわいい300%アップ(当社比)なのー!」
    「キョン嬢、一緒に写真撮ろう、写真!」
    「えへへ、記念写真ー! はい、ポーズ!」
     頬寄せて、幸せそうに笑った二人が『宝物』となって収まった。
     勿論、お手伝いも頑張るとやる気十分な杏子に心桜も頷いた。二人でデートは久しぶり――もちろん、休憩には新メニューのスイーツを賄いとしていただこう。
     杏子の新緑色の瞳が揺れる。去年は動乱に塗れていて大切な人たちが闇に堕ち、ツイナ――紅色の毛を持つ大狼はガイオウガの尾となった。
    「こっこ先輩が帰ってきてくれて、あたし、うれしいんだ。おかえりなさい!」
    「……うん、ただいまなのじゃよ」
     こっこ先輩と泣き出しそうな声で名前を呼んでくれるから。寂しがりの彼女がずっと待って居てくれたことを心桜は知っている。
    「ほら、こっこ先輩、あーん!」
     これからは、寂しくなんてないから――今日は楽しく過ごそう。


     袴姿なんて、滅多なことではないからと、興味本位で給仕の手伝いを――なんて思っていた百花ののんびりとした休日は思わぬ形で崩された。
    「先輩?」
     気が向いたからと行った散歩の結果、出会えたと思えば侑二郎もうれしいわけだ。
    「袴姿、すごく似合ってます。新鮮なのに意外じゃないっていうか。
     ……すみません。今、先輩の恥ずかしそうな顔、期待してました」
     緩みかけた頬を引き締めて、常と変わらぬように平静な表情をたもとうとする百花はふい、と顔を逸らす。
     こんな場所で、そんなこと言うから悪いとぷい、と顔を逸らした百花に「無反応はひどいですよ」と侑二郎はどこかおかしそうに笑った。
    「先輩、この後、よければ付き合ってもらえませんか? お手伝い終わるまで待ってますから」
     構わないけれど、と瞬く百花は彼の手にしたメニューを見つめた後、僅かに視線を逸らした。
    「そこで催促されてもチョコはあげられないわよ?」
     チョコケーキでも頼めば、と告げられた言葉に頼んでやりますと挑戦的に彼は笑う。

     花散里への誘いに乞事を躍らせて、夕月は「どんなのだろう?」と猫のモチーフと言われたカフェを頼む。
     暖かい飲み物を注文して、それからメニューを眺めて迷おうと提案したアヅマの前に運ばれたのは猫のラテアートが描かれたカフェモカ。カップは猫の尻尾を取ってにし、二つ合わせればハートを描いている。
    「わあ! 新商品とか限定商品ってついつい試したくなるよねぇ」
     同意すると大きく頷くアヅマは「店員さんのおすすめとかも試したくならない?」と夕月へと優しく微笑む。
    「えへへ、アヅマくん、これ美味しいよー? それはー?」
     写真をぱしゃり、ぱしゃりと撮りながら幸福そうに食べ続ける彼女。
     いつも通りの楽し気な夕月が微笑ましいと口元を緩めたアヅマは食べる手を止めて彼女の瞳が『一口くれ』と語っていることをひしひしと感じた。
    「ほら」
    「わーい! ありがとー、えへへ、美味しいよねー」
     しあわせ、と口めいっぱいに頬張った彼女と、今日をゆったりと過ごそう。

    「ひみか君、元気にしてたか?」
     甘いものでも如何かなと彼女に声かけた顕人の表情が僅かに曇る。
     店内の和の装いに、和紙であしらわれた小さなランプもひみかの心を躍らせる――驚させるが顕人には卿と言う日を何と言い表すかがわからない。
     乗り気のひみかはぐいぐいと先に進む。楽し気に「さ、さ、こちらです」と手招く彼女に促されるまま顕人は席に着いた。
    「猫のマグカップにホットチョコレイト……どちらも期間限定のもので、素敵です」
     瞳を輝かせ、淑やかな雰囲気でメニューを眺めたひみかに「ふむ」と顕人は目を丸くする。
     ホットチョコレイト――初めてのメニューだ。幾つか選び、運ばれてくる其れの愛らしさに彼は再度首を傾いだ。
     その空間が素敵だと、頬を緩めるひみかを眺め、つい笑みを溢した顕人に彼女は満足げに微笑んだ。
     甘くておいしい『はじめて』だから、とても嬉しい。


    「うわあ……かわいいもの、たくさん……」
     ぱちくりと瞬く水鳥はふわりと袖揺らし、和服を身に纏ってゆっくりと店内を進む。
     折角だから何か一つと手招くマサムネに水鳥も自分も何かと迷う様にアクセサリーの棚を眺める。
    「水鳥、これは? 和物のラピスラズリつきイヤリング! 宝石言葉は幸運だから幸せになって欲しい水鳥にぴったり!」
     どうかな、と差し出されたそれに瞳を輝かせ、「私に……?」と彼女は首を傾げる。
     水鳥が手にしていたのはマサムネの瞳色のシトリンを音符の形に飾ったペンダント。銀のチェインに揺れるそれをマサムネに差し出して彼女は照れくさそうに笑みを溢した。
    「……似合うと思うけど、どうかな……?」
    「オレに……? うわぁ、ありがと! 一生大切にするな!」
     瞳を輝かせたマサムネはペンダントを付け、水鳥の耳朶に触れ「これつけてみ?」と笑みを溢した。

     抹茶スイーツを眺める葉月に真火は「どれにしようか……」と悩まし気にメニューを捲る。
    「水野は何食べたい? もし迷っているなら両方頼んで半分こにしないか?」
     申し訳ないと感じるものの、その提案がうれしいから、素直に甘えてしまったのは特別な日だからだろうか。
     紅茶と抹茶パフェ。珈琲とシフォンケーキ。机に並んだそれを眺めた真火の表情が綻ぶ。
    「この抹茶パフェ美味しいな」
    「シフォンケーキ、ふわっふわしてて美味しいです! あっ、パフェ……」
     行き交う店員たちを見ていれば、給仕の手伝いも楽しそうで。
     甘いお菓子をたらふく食べたら次はそちらに興味が移る。「楽しそうですね」と瞬く彼に葉月は「面白そうだな」と笑い掛けた。
    「水野の和装姿見てみたいな、なんて。今度機会があったらやってみようか?」
     きっと北条さんの方が似合いますよ、と小さく返して、真火は頷いた。


     バレンタインにぴったりな名前の友人は「カレカノっぽくしておいでよ」と楽し気に笑っていた。
     そういわれて誘ったはいいけれど――どうしようと蒼空は給仕姿のまま盆を抱える。
    「蒼空ちゃん!?」
     来ていないかと思ったけれど、と瞬く深隼は驚いたように彼女の姿を見つめる。
     あんまりにも美人さんな恰好と彼女を褒めれば、蒼空は恥ずかし気に髪先をくるりと指先で弄る。 
    「一緒にお茶できへんのは残念やけど、普段見れん姿をわざわざ見してくれるんは嬉しいなぁ」
     彼の言葉がうれしいから、緊張と恥ずかしさを混ぜ込んだ表情で給仕を続ける蒼空はちらと彼を見やる。
    (「……なんだか私も食べたくなっちゃった」)
     小さく笑った深隼は彼女を手招いて「一瞬やったらバレんから」とフォークにシフォンケーキを乗せた。
     顔に出てた、と頬を赤く染めた彼女に運ばれた一口。頑張る彼女に一口のおすそ分けは、何処かとても気恥ずかしい。

    「たまには聡士に給仕してもらおうかなと思ったケド」
     時兎は一緒の方がうれしと抹茶パフェにスプーンを差し込んだ。
     ならば、今回はおとなしく客で居ようと甘さ控えめのシフォンケーキを注文した聡士は彼の視線を感じ口元を緩める。
    「そっち、おいし?」
    「うん、美味しいよ。食べる?」
     身を乗り出した彼に、一口サイズのおすそ分け。ぱくりと食べた彼の仕草を見つめて、聡士は小さく笑った。
     抹茶クリームをたっぷり乗せたパフェ。それも美味しいと笑う聡士が感じたのは時兎の視線。
     時兎にとってこの時期はトラウマで。今年は聡士がずっといますようにと彼は右手首にちょんと触れた。
    「……?」
     触れた指先に小さく笑った聡士は壱年前にはなかったそれを撫でる。
    「ね、夕飯おいしーの作るから。家帰ったらちょとだけ、給仕……してほし」
     しょうがないなぁ、なんて笑って。今晩の献立は何にしようか。

     閉店も間近、茫と照らす明かりの下で雄哉は一人座っていた。
     柔らかなバニラの香りと謳われた紅茶の名を並べたメニューをなぞる彼に「雄哉さん?」と掛ったのは彼にとっても聞き慣れた声。
    「あ、不破先輩。お久しぶり……です」
     ひょっとして僕を探してましたか、と小さく呟く彼に真鶴は曖昧に笑い「元気?」とだけ声がかかる。
    「……心配おかけして、すみません。どうしても……納得できなくて」
     隣に腰かけ、ココアのカップを眺める真鶴は「それでいいと思うの」と呟いた。
    「わたしもわかんないことも不安なこともたくさん。それって、人間なのよ」
     首傾いだ彼女に雄哉はカップを見つめる。その中ではまだ、茶色の水面が揺れていた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:簡単
    参加:32人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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