暗殺武闘大会決戦~殉逢

    作者:菖蒲

     第三次新宿防衛戦――お疲れさま、と確かめる様に言う不破・真鶴(高校生エクスブレイン・dn0213)は笑みを溢した。
    「無事の勝利でとっても、安心したのよ!
     ゆっくり休んで欲しいけれど……でも、ごめんなさい、六六六人衆に動きがあったの」
     サイキックアブソーバーの予知が行えないため、詳細は分からない。
     情報では暗殺武闘大会の予選を通過したダークネスたちが集結し始めたのだそうだ。
    「今、15か所の地域に集まってることが判明してるのよ。
     どういう動きなのか……殺し合いなのか、ルールがあるのか、それとも……そういうのはわたしにはわからないのだけど、でも、あのね、悪いことが起こる気がするの」
     不安げに真鶴は言う。シャドウとの戦争後ではあるが、ダークネスの動きの偵察と共に、適切な動きで『悪いこと』が起こらないようにしてほしい。
     ダークネスが集結しているのは朽ちた外国人墓地だ。
     近くには廃墟と化した礼拝堂が存在し、墓石には罅や傷が入っている。
     周囲に人影はなく、断崖絶壁に存在するため海の香りが濃い場所だった。
    「集結してるダークネスは……ええっと、ごめんなさい、5人以上で、えっと……」
     わからないと真鶴は首を振る。場所の特定までは至ったが状況の正確な把握には至らなかった。
     集結しているダークネスはそれぞれが予選を勝ち抜いてきているため、複数のダークネスを相手とるのは危険だ。
    「暗殺武闘大会が続いてるなら、戦い始めるはずなの。
     状況を見て介入するとか、勝敗の決定後に最後に勝ち残ったダークネスを倒すか……そういうことが考えられると思うの」
     資料を懸命に目で追いながら真鶴は出来うる限りの対応を考える。
     それでも、予知が無い状態では取り得る選択肢は無限大だ。どれが正解であるのかはエクスブレインにもわからない。
    「皆が、現場に向かって、そこで見て聞いて、感じたことすべてが大事なの。
     何が起こるかわからないし、どうなるかもわからないの――だから、しっかりと状況を確認してきてほしいのよ。それから、考えたうえで行動してほしいの」
     震える声音で真鶴は言う。どのように動くのか、その場所が『危険』なのであれば――
    「……戦わずに撤退する、それだって大事なのよ。どうか、最善を探してほしいの」
     不安は堰無く溢れだす。ぎゅ、と資料を握りしめて真鶴は唇を震わせた。
     予知が無く、力になれないことが悔しいとエクスブレインは俯いて、灼滅者へと向き直った。
    「どうか、ご武運を――……どうか、無事で帰ってきてね……」
     
     情報の収集が目的――『収集段階』での無理は禁物と森田・依子 (焔時雨・d02777)は脳裏に考えを巡らせ、小さく息を吸う。
     胸の内に酸素が満ち溢れ、犬の姿に変わった彼女は無線を握りしめ、周囲を警戒する荒谷・耀 (一耀・d31795)はこの場所に誘い込まれたのではないかと喉を震わせた。
    「罠……ではないのですよね」
     確かめるようなその声に病葉・眠兎 (奏愁想月・d03104)は寧ろ六六六人衆が勝手に潰し合ってくれればいいのにと眠たげな赤い瞳を細めた。
    「それでも、小競合いをするでもなく、坦々と準備を進めているとなると奇妙ですね」
     依子が小さく首を傾げ、六六六人衆達が全員立ち上がり月を見上げたことを意図するように尻尾を揺らした。
     三班に分かれた灼滅者達。息を殺した戦城・橘花(なにもかも・d24111)は鈍色の月を眺め、目を細める。どこか気怠げな彼女はあくまでマイペースに過ごしているのだろう。狼は尻尾を揺らし、傍らのファム・フィーノ (太陽の爪・d26999)を見上げた
    「礼拝堂、キケンかも……」
     周辺警戒に当たるファムのすぐ近くに六六六人衆はいる――息を吸うだけでもこの場所が悟られるような錯覚が彼女を襲った。
    (「……どうして、皆は時間を気にしてるの……?」)
     首を傾げた猫、シャオ・フィルナート(性別シャオは合法ロリらしい・d36107)は集まった六六六人衆がたがいに殺し合う雰囲気を出していないことに気づいた。
     勿論、彼らが信頼し合っているわけではない事は理解できる。
     利用しあうというのが正しいか。ファムはちらりと見えた眠兎が頷くのを確かにその両眼に捉えた。
    「なんか来るよ」
     ぞ、と背筋を粟立たせた殺意。黒い髪を揺らした荒吹・千鳥(風立ちぬ・d29636)は冷静に『状況を把握した』。
     集合した六六六人衆の中から誰ぞかが起き上がる。起き上がったのは女であった。
     彼女を「サンタマリア」と呼んだ六六六人衆は先手必勝だという様に刃を手に飛び掛かる。
     修道女を思わす衣服をまとった女は妖艶に口元に笑みを浮かべ、澄んだ声音を響かせた。
    「嗚呼、愛おしい我が子――幸福なままに生き、幸福なままに死になさい」
     祈りながらロザリオを握りしめた女の唇は紫。死人を思わせる彼女は信仰に殉ずるようにその身に六六六人衆の一撃を受けた。
     ――受けた筈だった。
    「幸福でしょう」
     朗々と歌い上げる様に返された女の言葉。そして、返された凶刃に六六六人衆が骸と化した。
     その光景に茶倉・紫月(影縫い・d35017)は茫とした瞳を細める。
    「……強い」
     彼女は、強力な力を持っていた。
    「ハンドレッドナンバー……?」
    「上位の六六六人衆なんやろなあ……今回のお題目はなんや? あいつら、何が目的なんやろう」
     耳を澄ませた千鳥は確かに聞いた。
     彼らは、彼女を「サンタマリア」と呼ばれた六六六人衆を殺そうとしているのだと!

     ザザ――。

     無線越しに、「どうしますか」と耀は言った。
    「このまま此処で警戒して、消耗させて勝利した方を撃破しますか?」
    「コレ、オンナノヒト、殺すの目的? 邪魔する?」
     暗殺武闘会の目的がそうであるならミスター宍戸の目論見を崩すのだって手だ。紫月はどうしたものかと遠く見えた依子や眠兎、シャオ、橘花を確認する。
    (「いざとなれば抱えて逃げれば――……?」)
    「ハンドレッドナンバーなんやったら危険やし、倒せるかどうかもわからへん。……六六六人衆に加勢する?」
    「加勢、ムコウ、ミンナ、こっち攻撃する? 危ない、かも……」
     ファムのいう通り、下手に介入すればこちらが危険になるかもしれない――どう加勢すべきか。
     一つの言葉だって、己たちを窮地に陥れる。
     さあ、ここからがこの暗殺武闘大会の『本番』だ。


    参加者
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    病葉・眠兎(奏愁想月・d03104)
    戦城・橘花(なにもかも・d24111)
    ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)
    荒吹・千鳥(風立ちぬ・d29636)
    荒谷・耀(一耀・d31795)
    茶倉・紫月(影縫い・d35017)
    シャオ・フィルナート(性別シャオは合法ロリらしい・d36107)

    ■リプレイ


     夜は静寂を忘れ、錆びた鉄のにおいをさせた。
     鈍くぶつかり合う音と共に響くのは女の謳った幸福論。子供達と戯れ遊ぶ聖女の如くその女は『殺し』を始めていた。
    「幸福でしょう」
     その言葉に眩暈を感じ、森田・依子(焔時雨・d02777)が僅かに眉を顰める。花時雨の日、眠りを妨げる雨の様に燃える焔を縮こまらせる記憶は体の筋をすぅと凍らせる感覚がする。
    「……シアワセ?」
     こてりと首を傾いだファム・フィーノ(太陽の爪・d26999)は奥歯を噛みしめ言葉を噛み砕く。幼いファムにとって理解できないの聖女の行いのひとつひとつ。サンタマリアと呼ばれた六六六人衆は幸福を謳う――それは、永劫の幸福を命を絶つことで与えると言う事なのであろうか。乾いた風の所為か、咽喉はからからに乾いていた。
    (「サンタマリアさん、シアワセ……?」)
     彼女の傍らで深く息をついた荒吹・千鳥(風立ちぬ・d29636)は背筋を奔る冷たい感覚を払うように深く息を吐く。サンタマリアの一挙手一投足見過ごすまいと凝らした金の瞳は僅かに揺らいでいた。
     墓石が脆く壊れる。ゴツと鈍い音立てぶつかった六六六人衆が低く呻いた。砂利が舞い上がり、混じる明確な殺意は女の外見からは想像もつかない。長いスカートをふわりと揺らし、サンタマリアは手にした十字を振り上げた。
    「鈍器なんて、神さまには似合わへんなぁ……」
    「ええ。神様――神様なんかじゃありません」
     苛立ちに、荒谷・耀(一耀・d31795)は唇を噛みしめる。胸の奥底から滾る殺意は六六六人衆にも劣らない。
     掌に滲んだ汗は、目先の欲求を抑え込まんとする耀の心を冷ましていった。その眼前にあるのは確かな敵なのだ。茶倉・紫月(影縫い・d)は直情的にも思えた六六六人衆の男がサンタマリアの足止めを成功したことを悟る。
     其々の得手不得手――サンタマリアだけではない、参加者たちのポジションや所有する固有の能力さえも、この戦場で『生き残る』ためには必要なものだ。
    「あのオッサンの掌に踊らされてる感がひしひしとする。あいつ、全部想定してる」
     思わず毒吐いた紫月は歯車と水晶がゆらりとゆらたその瞬間に茫とした瞳に光を灯した。伸びた髪先を擽った風に交じった錆鉄は鼻先に訴えかける。
    「……皆、いく……よね?」
     ゆっくりと、言葉を選びシャオ・フィルナート(性別シャオは合法ロリらしい・d36107)は緊張を混じらせた。睫が影落とし、不安げに震えていることが分かる。闇の中、己を弄ばれるが如く今は灼滅者が男の掌で踊らされているか――シャオは周囲をちらりと見つめ、この場の全員が生き残ればと祈る様に言った。
    「……だいじょうぶ……」
    「ああ、大丈夫だ。気に入らんが状況が状況か……いくぞ」
     ヘッドライトのスイッチをかちりと入れて、戦城・橘花(なにもかも・d24111)の一声が灼滅者を前線へと押し出した。
     靴先に当たった墓石の欠片。乗り越える様に身を投じ、白と黒を混ぜた彼岸花を細い指先で弄んだ橘花は六六六人衆へと放たれた一撃を逸らすように帯を噴射する。
     続き、小さな欠伸と共に兎の耳を模したリボンを揺らし病葉・眠兎(奏愁想月・d03104)は口元に笑み乗せる。
    「……宍戸某の意図は判りかねますが私たちが横やり入れるのも、おそらく計画のうちですよ」
     冷めきったその一言は、突如として『盾』を得た六六六人衆へと降り注ぐ。まさか、と表情を変えた男は灼滅者の姿にあんぐりと口を開けた。
    「灼滅者……だと?」
    「此度の目的は彼女の撃破です」
     淡々と告げた依子はやけに冷めた瞳の儘「宍戸の掌の上で踊るのは、御免です」と吐き捨てた。
     見れば、月は輝いている――冬の月はどうしてこうも鮮やかなのか。依子の瞳にはやけに明るく映った。


     砂埃が立ち昇る。凍て付く風を切り裂いて耀は黒雷で宙を舞う。背後で彼女の背を見つめる六六六人衆に感じる憎悪をひた隠しに彼女は奥歯に強く力を込めた。
    「サンタマリア―――!」
     鬼の如く『アラヤ』の如く、少女の瞳には強い光が灯る。結った髪が大きく揺れ、相対した女から発せられる殺意に膝が振るえた。
    「お客様ね。嗚呼、なんて素敵な夜かしら。
     幸福になりましょう? わたくしは愛おしい我が子を決して不運には致しませんわ」
     ロザリオを握りしめ、女の拳が振り上げられる。その力強さにシャオは驚いたように目を見開いた。
     前線で攻撃を受け止めたダークネスに感じられる疲労の色は濃い。まるで狐の尾のようにふわりと揺れたベルトを撓らせて彼が放ったのは癒しの光。
     ダークネスたちを包み込んだそれに周囲はざわめき、サンタマリアも小さく首を傾ぐ。深い眠りについていた彼女には『灼滅者』の存在や現状を理解しているわけでもないのだろうが――ひどく、浮世離れしたものに見えたのだろう。
    「な、何……」
    「利用するの……申し訳ない、けど……倒したい……」
     サンタマリアを指さして、シャオは丸い瞳でダークネスを見つめる。情勢をよく理解するダークネスにとっても、灼滅者に癒しを受けるなど違和感を感じずにはいられなかった。
    (「ダークネスに任せてたら、サンタマリアの圧勝じゃねーですか……」)
     多勢で倒せばもしかすれば。一縷の望みを抱いて、ケッテンラビット号を駆る眠兎の笑みは引き攣る。小さな少女の肢体にかかる負担は、前門の虎後門の狼と称するに相応しいほどの災難に見舞われている。
     己を勇気づけた眠兎は、ちらりとファムを振り仰いだ。癒し手を担った彼女に言うは「長期戦は向かねー相手みたいですよ」の言葉。
    「アタシ、ガンバル! ミンナ、勝つ、……ガンバロ?」
    「勿論」
     眠兎の脳裏に浮かんだのは暗殺武闘大会の決戦が行われると聞き、現場へと急行していった愛しい人。
     彼が無事であれば、そう願った彼女の眼前で聖女はヴェール越しに瞳を歪ませた。地面を蹴った鈍い音が鼓膜を叩く。咄嗟に構えた盾へとぶつかった一撃は確かに重い。
    (「これが、ハンドレッドナンバー……!」)
     眠兎を狙ったその隙を好機と捉えたのかダークネスがサンタマリアへと飛び掛かる。障害物ではなく、予期せぬ『アイテム』と捉えたのだろうか、眠兎に庇われた男は何事もなく攻撃を続けている。
    「私たちの目的と貴方達の目的は合致しています。現状……貴方達を利用するのが最良。
     彼のように私たちを盾として、刃として利用してください。私達とてそうするのみです」
     瞳に冷ややかな色乗せて依子は蔓花を模した守護をしかと握りしめる。宍戸の意図と己が此処に居る意味を依子は重々承知していると『味方』とは口にしない。
    「一時的な停戦? 灼滅者とだと?」
    「停戦? 利用できるものは利用するべきだろう?」
     状況は余りに気にくわないと獣の耳尻尾を生やした橘花は咎人灼く地獄の業火を纏わせて宙を駆る。
     その表情には何処か恍惚としたものが宿り、六六六人衆の問い掛けに吐き捨てる様に言った。
    「ウン、アタシ達、アナタ利用する。アナタ、アタシ達利用したい。アナタ達、ドウスル?」
     癒しを送ってファムは首傾ぐ。その行為こそが『利用』の証だと幼さを感じさせる表情は僅かに強張った。
     祖霊へ祈る様に、聖夜の加護宿すネックレスに指先触れる。凍て付く寒さであるのに、太陽のような少女は笑みを曇らせまいと唇を震わせた。
    「ガンバル、……キッカーさん、ちどりんさん、ガンバロ」
    「がんろなぁ……まずは、此処が正念場や」
     式神に指先で触れ、くま太郎とそれを呼んだ千鳥はファムを凝視したままのダークネスが彼女の言葉に迷いを感じているのだと理解する。予選までは障害物だったのだ――背後から狙われる可能性も彼らは考えたのだろう。
    「うちらの目的はサンタマリアとかいうのを倒したいだけ。あんたらも同じやろ?
     ここはひとまず呉越同舟ってことでどやろか。……うちらとあんたらやったら倒せるかもしれんよ」
     灼滅者、ダークネス、そしてハンドレッドナンバー。
     動きとめることなく闘うサンタマリアの行動パターンはしっかりと理解できた。彼女は高い威力を放ち前線で戦うアタッカー。長期戦も向かないが、短期決戦も望めない。最適解を繰り出すべく、千鳥は癒しを弾きながらゆっくりと仲間を見回した。
     狙うは彼女の灼滅。一時的な協定は言葉にするでもなく静かに結ばれた。


     女の動きは、ハンドレッドナンバーの呼び名に相応しい。攻撃を放ち、ダークネス達の壁とはならぬように、すぐに後方へと移動する紫月は焦燥感を感じていた。
    (「サンタマリアにとって俺達もあいつらも区別はないんだな……幸福バカだ」)
     幸福の儘に死になさいと謳いあげ、十字を軋ませた女の一撃にダークネスが小さく呻く。実力者であるはずのダークネスたちも深追いをし過ぎたものから消えたのだろう、残るは4名となっていた。
    「六人いて、もう二人もいないのか……」
     雪のような髪を揺らして、眠る間もなく紫月は奔る。ダークネス達と主に苛烈な勢いで責め立てた女の表情が、楽しげに笑っていることを直に見つめてしまったその瞬間に彼は眠りを醒まされる感覚を覚えた。
    「笑ってる……? 何の冗談ですか……」
     無感情を装って、唇を噛みしめていた耀が苛立ったように吐き捨てる。叢雲引き裂き、刃を振るい上げた彼女の踏んだステップは僅かな焦りを覚えていた。
     サンタマリアが放った一撃が前線の彼女へとぶつかる。小さく呻き、華奢な腕に力を込めた耀が体を逸らしたその隙に六六六人衆が飛び込んだ。
    「ハンドレッドナンバー・サンタマリアァッ!」
     苛立ちに声を荒げた男を追いかけて、千鳥が式を呼び寄せた。袖を大きく揺らし、現れた『くま』は楽し気に腕を振り上げる。
     墓石を足場に使い、聖女はスカートを大きく揺らす。小振りな十字を指先で弄び、後方に立った紫月の瞳を覗き込む。
    「幸福の儘――どうか、神様(かれ)の身許へと! わたくしが誘いませう。わたくしが救いませう。
     俗世の穢れた空気(いのち)の中で、蝕まれる魂を、魂(あなた)の幸福をわたくしが与えませう」
    「――――ッ」
     それが幸福か、と出掛かった言葉を飲み込んで、跳ね上がったシャオが深海の色を宿した髪をふわりと揺らし、サンタマリアの前へと飛び込んだ。
     言葉少なに、彼は影と踊りながら身を捩る。掠める一撃に奔った痛みが表情を歪ませて、彼はそのまま女の身体を切り裂いた。
    「……逃がさない、から……」
     己がどうなろうとも、喩え己が己でなくなりそうでも――誰かが救えるならそれでいい。
     捨て身のシャオに「イタイ、アタシ、治す!」とファムは唇を噛みしめる。自己犠牲の少年にサンタマリアは首をごきりと鳴らして小さく笑った。
    「叛逆だわ、わたくしに、神に、幸福に……嗚呼……」
     直立したまま笑う女を狙ったダークネスの一撃に、彼女の躰が僅かに軋む。ダメージが蓄積していることは見て取れた。
    「サンタマリアさん、シアワセ大事する、わかった。……でも、サンタマリアさん『は』シアワセ?」
     不安げに、少女は問い掛ける。ファムのその言葉に奇妙な程に首を曲げて聖女と呼ばれた女は唇を弧に歪ませた。
    「神と共に愛しい子を幸福に誘う……わたくしは幸福。嗚呼、なんて素敵なのでしょう!」
     彼女の言葉に苛立ったように依子が杭を振り翳した。その落ち着き払った思いからあふれ出した焔の色はやはり紅。
    「幸福な生も死も……少なくとも『此処』、奪い合うだけの戦いの中には、在りません」
     決意は固まっていた。序列システムに穴開ける――その為には、奪うことも厭わない。
     護ることが出来るなら。依子の表情に鬼気迫るものを感じて橘花は肩を竦める。
    「あまり、生き急ぐなよ」
     彼女の言葉に感じられたのは少しの余裕。歌を終わらせんと爆薬を周囲にけちらせて彼女は唇に笑み浮かべる。
    「耳障りだ」
     只、その一言だけで破裂した。文字通りに片腕がだらりと下がる。笑い続ける女は歌を止めず、只、くるりくるりと身を揺らがせる。
    「これで決める……ッ! 私はまだ――ッ!」
     前線に身を投じた耀が唇噛みしめた。脳裏に過った愛しい人、友人たちの姿。超えなく名前を呼んで彼女は首を振る。
     傍らで飛び込む千鳥の表情も僅かに曇る。此処からはダークネスの動向にも気を付けなければならない。
     周囲のダークネスの数は減り、サンタマリアが傷を負っていようとも、狙いがこちらに集まり始めて居ることを悟る。
    (「どんな形でもいい……生きて、生きて帰りたい……!」)
     どうか、もう一度日溜りに戻りたいのだと紫月が首を振る。
     その思いを汲むようにサンタマリアの一撃を受け止めたシャオの躰が鈍く墓石へとぶつかった。
    「……『やっぱり』強敵じゃねーですか……」
     予想以上の相手だと身震い見せた眠兎はそれでも尚、果敢に前線へと飛び込んだ。己が相棒はとうに消え失せ、身一つとなれば――あとは、その身を使うだけ。
     橘花がくるりと身を捻り、タロットを手繰るが如く、一撃一撃をサンタマリアへと浴びせかける。
    「今だッ!」
     六六六人衆は『序列』を奪い合う。勿論、それを橘花はよく知っていた。
     脳裏に過ったのは、灼滅者達が闇堕ちした状況で止めをさしたら――その序列は『自分』にくる。
     ぞ、と背筋に過ったのは度し難いほどの不安。「ダメ」と鋭く声上げたファムの刃は鈍く音立てる。
     ぶつかり合った六六六人衆とファム。ガイオウガの焔はまだ朽ちてはいない。
    「今度はこちらが!」
     鋭い声上げて、橘花の呼びかけに答えるが如く。
     突き立てた刃一つ。
     依子の息が僅かに上がる。己は堕ちてはいない、今はまだ、大丈夫――まだ。


     灼滅者と、六六六人衆が苛立ちを声に表した。
     サンタマリアを撃破した以上、この場所には用事がない。しかし、ダークネスたちにとって、獲物を狩られた屈辱は度し難いものだったのだろう。
     飛び込ん彼を受け止めた眠兎の骨が軋みをあげる。シャオと眠兎。庇うことを主とした護り手たちの疲労の色にファムは確かな感覚を覚えた。
    「アタシ、ミンナ、大事。ミンナ、大変だから、アタシ――」
     10歳は炎を使えるんだ。
     大人だから――だから、ダイジな人も護ることが出来るはず。
     多少の無茶をしたって全てを蹴散らせることが出来たなら。傷だらけの仲間をかばうようにファムが前線へと飛び込んだ。
     サンタマリアを撃破した以上、両者共に疲労の色は濃い。その中に飛び込みゆくは『獣』の少女。
     腕を振り上げた彼女の姿に千鳥が「あかん」と声上げた。紫月が理解したのは彼女はこの場所で全てを終わらせるのだという事。
    「ミンナ、先に行って? アタシ、ミンナ、追いかける」
     大切なお友達を護る為。にこりと笑ったファムの表情に、橘花はこくりと頷いた。
     見上げれば、月は雲に隠されていた。

    作者:菖蒲 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:ファム・フィーノ(太陽の爪・d26999) 
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ