暗殺武闘大会決戦~彩色くマサクゥル・グラフィティ

    ●Emergency!
     熾烈を極めた第三次新宿防衛戦に勝利を果たし、学園へと帰還した灼滅者達を出迎えたのは白椛・花深(大学生エクスブレイン・dn0173)だった。
     青臭さの残るエクスブレインは彼等の顔を見留めるや否や、安心と共に破顔して労いの言葉を掛ける。
    「おっす、親愛なる学友諸君! お前さん達みな無事だよな。本当に……本当に、良かった。どうか心身ともに休んで欲しい所なんだが――すまない。先ほど、六六六人衆の不審な動きを、察知したんだ」
     言い淀む青二才の顔に、些か陰りが帯びる。
     どうやら休息の時間は充分に得られないらしい。遠慮がちに詫びを述べたのち、花深は得た情報を灼滅者達に伝える。
    「そう、暗殺武闘大会の件だ。予選を通過したダークネス達が、集結し始めている。現在判明してる地域は15ヶ所。その内の1ヶ所に、お前さん達も向かってもらいたい」

     暗殺武闘大会。

     それは、ミスター宍戸が高らかに発表した悪趣味な一大イベント。
     灼滅者達もルールに組み込まれながらも、様々なダークネスが参戦し――そして今、予選を勝ち抜いたダークネス達に動きが見受けられたのだ。
     しかし現状、サイキックアブソーバーの予知は不可能であるが故に、詳しい動向はエクスブレインでも判らない。
    「奴等がその地域で殺し合うのか、はたまた予選みてーにルールに則って試合を開始するのか。或いは、全く違う作戦なのか。憶測ばかり並べ立てりゃ、未知数に存在する……けどよ、少なくとも『嫌な予感』ってのは間違いなく在る訳だ。
     終戦直後ではあるが、先ずは現場に向かってダークネス達の偵察。
     そんで、状況に応じて適切な対処を頼みたい」
     ここまでを冷徹な面持ちで説明したのち――「難しい話だよな」と花深はくしゃりと申し訳なさそうに苦笑してみせた。
     そして教壇に置いた資料の中から、写真を取り出す。写真に映されていたのは美術館――それもかなり荒れ果てた、廃墟の様だ。
     内部の壁面には、色褪せたトリックアートや埃を被った美術品などが展示されたまま。
     だが壁面も床も剥がれかけ、あらわになったコンクリートには溢れんばかりの色彩で様々なアートが描かれていた。
    「お前さん達が向かうポイントは廃美術館、って云う奴だ。
     なかなか荘厳な建物だけどさ、昔は不良の溜まり場になってたみてーであちこちに描かれたグラフィティが存在を主張してんだ」
     彩色く退廃美。
     現代に息衝く美術館、とでも喩えるのが相応しいかもしれない。
     ――そんな場所へ土足で踏み込む輩(ダークネス)の数は?
     と、一人の灼滅者が訊ねると。
    「ひぃ、ふぅ、みぃ……5体以上8体以下、ってトコだな。正確には不明だ。だが、奴等は皆それぞれあの予選を突破したダークネスだ。1体ならともかく、複数を一度に相手取るってのは危険だから非推奨だな」
     指折り数えたのち、花深は怜悧な鳶色の眼差しを向けて言い切った。
     暗殺武闘大会が続行されているならば、奴等はどういう形であれ必ず戦い始めるだろう。
    「考えられるのは、状況を見た上で戦闘に介入。もしくは、奴等の勝敗が決した後に最後に残ったダークネスを灼滅、って対応とかだな。予知情報がない以上、今回重要になるのは現場での冷静な判断力――お前さん達の『目』に掛かってる。
     場合によっちゃあ、戦闘せず撤退を決断するのも念頭に置いておいた方がいい」
     重々しく注意を促した花深が、悔しげに眉根を寄せた。
     かつてのように正確な情報を吸収し、伝える事ができない己への無力さが、厭わしいとさえ思う。
     けれど自分が彼等に出来ることは、『言葉』を伝えること。
     それは今も、変わりない。
     一呼吸。間を置いて、最後に伝えるべきは心よりの信頼。

    「まあ、さ。小難しいこと並べちまったが、お前さん達でちょっと考えて一番いい! って思ったことをすればいいんだ。
     信じてるから、信じてるからさ。無事で帰ってきてくれよ。
     俺様もちゃんと――『お疲れ』って、お前さん達を労いたいんだ」
     ――だから、次もまた、無事で居てくれ、な。
     
    ●Danger!!
     悪臭だ。
     老朽化による腐敗臭を掻き消す程に、この廃美術館からは余りに鋭い刺激臭が立ち籠めていた。
     喩えるならばそう、有機浴剤(シンナー)。
     鼻腔をから伝わり、脳髄を蕩かす有害な――。

    「……あゝ、この薫りは、」
    『蒼』が嗅ぎ取る不快な業の臭いに、唐都万・蓮爾 (亡郷・d16912)は目を眇める。
     蓮爾たち八名の灼滅者は、既に屋上への侵入に成功していた。
     確認の結果、廃美術館の周辺には誰も居ない。予選突破者も、運営サイドのダークネスもだ。
     睦月・恵理(北の魔女・d00531)の想定通り、屋上には天窓と内部まで続く換気ダクトが設置されていた。
     どちらとも、侵入は容易に行えるだろう。

     換気扇の隙間から、内部へ侵入した由井・京夜(道化の笑顔・d01650)とシエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)は様子を確認する。
     集結したダークネスの数は6人。しかもその多くが六六六人衆だ。
     奴等は黒の殺気を放ち、各々の得物を備えている。しかし、不思議な事に殺し合いは未だに発展していない。
    (「闇堕ち灼滅者らしき人物は――見当たらないね」)
     ぴん、と猫耳を立てて注意を払いながら、京夜はダークネスを1体ずつ注意深く観察する。
    (「一体何処へ行ったのですの……」)
     シエナ達が探す闇に堕ちた少年は、戦争直後のタイミングでの参戦は考え難い。
     恐らく、他の14ヶ所でも同様だろう。
     すると、ダークネス達が煩わしそうに口を開いた。
    「もうすぐ時間だろ? まだ封印は解かれねェってのか」
    「ああ、此処で間違いないのだろうが、早々に仕留めたいものだ」
     吐き捨てるような物言いは一様に、仲間同士の信頼とは別物の、己の利の為の一時的な共闘のように伺える。
     ダークネス達の一連の会話を、盗聴器が拾い上げた――その時。

     ――「Hey guys! ボク様の城(アトリエ)に、何か御用かい?」

     声変わり前特有の、幼さを残した少年の声が館内に響く。
     ダークネス達が背後を振り向く、その直前に。スプレー缶から噴出された鮮やかな赤の霧が、後方に位置する2体を襲う。
     藻掻き苦しむダークネス達。その様子を見やってカラカラと大笑いするのは、無骨なガスマスクで顔を覆う小柄な少年だった。
     両足に履いたインラインスケートを滑らせ、ダークネス達の周囲を楽しげに廻り続けている。
    「何がアトリエ……だ、この糞ガキ。てめぇら老いぼれの時代はもう終わったんだよ!」
    「え、ボク様ってガキなの爺なのどっちなの? 矛盾あふれるセンスの欠片もない罵倒だよね」
     口汚く吼えるダークネス1体の反撃を、少年は踊るように巧みに躱す。
    「まあ、どっちでもいんじゃない。ボク様はキミらより『上』なんだしさ」
     続けざまに少年が青色のスプレーを噴射すれば、ダークネスの身体は氷の結晶と化して無残にも砕け散った。
    「HAHAHA! これがボク様の芸術(アート)だよ。ひとつひとつ、真心こめて美しく殺すのさ」
     ――さあ、次は残る3人のうち、だあれ?
     得物のスプレー缶を掌で弄びながら、芸術家気取りの少年はゆっくりと歩み寄る。 

     直後、無機質な破裂音が受信機から鳴る。
     途轍もない殺気に耐えきれず、盗聴器がひとりでに通信不良を起こしたようだ。換気ダクトから2人が飛び出し、8人全員が此処で再合流する。
     仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)は大きな青い瞳を瞬かせた。
    「ダークネス達の目的って、この封印されてた男の子の暗殺ってこと?」
     その問いかけに頷いたのは、古室・智以子 (花笑う・d01029)だ。
     殺人鬼たる彼女は、奴の殺人技芸を注意深く見極めた上で、確信する。
    「おそらく、そうなの。それにあれはただの六六六人衆じゃなくて『ハンドレッドナンバー』」
     しかも100体のうちの中位、あるいは高位に位置する存在であると。
    「どうしましょう。最後まで戦わせて、勝った方が消耗している隙を突いて灼滅すべきでしょうか」
     血のアート。近い予想を言い当てていた十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)がそう思案すれば、
    「暗殺武闘大会の主目的が、ハンドレッドナンバーの暗殺。だとしたらそれを阻止するのは――いいえ、得策ではないですね」
     恵理がそっと目を伏せ、静かに告げる。
     圧倒的な殺気、卓越した殺人技芸。あの少年が勝ち残った場合、我々8人のみでの灼滅は無謀だ。
     夜伽・夜音(トギカセ・d22134)がううん、と小首を傾げながら、常の緩やかな声音で提案する。
    「えと、えと。ならダークネスさんに加勢して、いっしょにボク様くんを灼滅すればいいのかなぁ」
    「そだね。ただ、両者が徒党を組んで僕らを狙う可能性だってある」
     それでも加勢するならば、そうならない方法を考える必要があるだろう――そう断言し、京夜は眼鏡を掛け直した。

     ――封印が解かれた、前衛芸術家を騙るハンドレットナンバー。
     皆殺し(マサクゥル)の彩を塗り替えるのは、灼滅者達以外有り得ない。


    参加者
    睦月・恵理(北の魔女・d00531)
    古室・智以子(花笑う・d01029)
    由井・京夜(道化の笑顔・d01650)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    夜伽・夜音(トギカセ・d22134)
    仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)
    十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)

    ■リプレイ


     ガシャン、と硝子が派手に割れた。
     1人、また1人と天井から飛び降りてくる影。その数は8つ。
    「……ふうん。灼滅者、かい?」
     いったい何者なのかと注意が逸れるダークネス達に対し、ガスマスクの少年は余裕綽々といった口ぶりで独りごちる。奴にとって、今更来客が何人現れようと何の驚愕もないのだ。
    「お邪魔しますですの!」
     開口一番、シエナ・デヴィアトレ(治療魔で露出狂な大食い娘・d33905)のリュジスモンヴィエルが爪弾くは再生の旋律。咆哮の名を冠するに相応しい擦弦楽器は力強く響き、生存するダークネス3体の傷を癒やす。
     地に臥していたダークネス達の蘇生は不可能であった。灼滅者達が集結する頃には、その体はどろりと蕩けて黒の液体と化している。
    「咲け、初烏」
     古室・智以子(花笑う・d01029)が解除コードを囁いたと同時、彼女専用の武装が次々に展開する。挨拶代わりにと桔梗の花を形どるオーラで少年へ拳を見舞ったのち、由井・京夜(道化の笑顔・d01650)らと共にすぐさま包囲を始めた。
    「テメェら、邪魔にしに来たのか? 何のつもーー」
    「君らの事はどうでもいい! 用事があるのはそこのガキだけだ」
     ダークネス1体の言葉を封殺しながら、京夜は標的たる少年へと帯を射出する。
    「あなた達も勝ちたいならマサクゥルのみ狙うですの!」
    「べつに、無理に協力をしろだなんて言わないの。本音を言えば、こちらとしては、貴方達利用する気満々なの」
     シエナや智以子が付け加えるように、目的を簡潔に告げる。灼滅者達が選んだのは『ハンドレッドナンバーの灼滅』。その為にはダークネス達の助力は必要不可欠だ。
    「僕達をご利用ください、僕達も共闘出来るなら戦力的に心強い」
     雅やかに、舞うように、前へ躍り出るは唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)。傍らのビハインド・ゐづみもまた紅差す艶やかな唇を綻ばせ、主と共に守護を担う。
     彼女等の言葉を受けてもなお「信じられるかってんだ……」と一時的共闘を渋るダークネス達へ、夜伽・夜音(トギカセ・d22134)は柘榴石の眸を細めて。
    「仲良しさんに共闘してとは言わないけど、僕達を攻撃してる暇はないと思うよぉ」
     ーー僕達も、ね。
     戒めは胸の内に零し、夜音もまた仲間達の説得を後押しする。強敵が目の前にいる以上、自分達も、そして奴等にも猶予などない筈だ。
    「利用できるものは利用すればいいのですよ」
     一言、十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)も軽く加える。お互い利害も一致するなら、考えなしに殲滅を重んじる必要は今はないだろう。
    「僕等を利用し決勝進むか、僕らと無駄にドンパチして今までの事棒に振るか。好きな方を選びなよ。――さぁ、どうするの?」
     京夜の挑発的な言葉は、ダークネス達の心理を激しく揺さぶる。目的を遂行するならばやはり、この場は猫の手……否、灼滅者の手も借りたいところだ。
    「チッ……肉壁にでも使ってやんよ。どうなっても知らねェぞ!」
     ダークネスの1体が押し負け、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
     一先ず、説得は成功と見て良いだろう。仮夢乃・蛍姫(小さな夢のお姫様・d27171)はほっと胸を撫で下ろし、黄金色に輝く剣を大きく振り上げる。
    「そうと決まったら、マサクゥルを撃破するよ!」
     蛍姫がそう宣言すれば蝶の幻影が舞い飛び、蛇腹の刃が少年へと迫る。
     スケートの車輪を滑らせて軽々と躱しては、少年は愉快そうに笑い声を発する。
    「HAHA! マサクゥル――皆殺し、ねえ。ボク様をそう呼び始めたのがキミらのうち誰なのかは知らないけどさ、気に入ったよ」
     カラカラ、とスプレー缶をシェイクする。噴射された色彩は、青。標的として定められた睦月・恵理(北の魔女・d00531)はロングスカートを翻し、宛ら壇上の踊り手のごとく優美に舞う。
     コンクリートの床には、鮮やかな青の筆記体で『Mr.Massacre』と綴られていた。
    「無作法お許しを、ミスター。女の子は老人よりも子供よりも狡いものですので」
     箒から飛び降り、華麗に着地。スカートの裾を摘み、お辞儀をひとつ。
     敵と云えど礼儀を重んじるその振る舞いに、マサクゥルは関心を抱いたのか「へぇ」と漏らす。
    「『出来損ない』の子供達が、ボク様に噛みつくわけか。大人しくボク様の芸術に見蕩れていればいいのにさ」

     ――『出来損ない』。

     それは学園設立初期、六六六人衆から散々揶揄された蔑称だ。
     けれど、今は違う。流行に乗り遅れた少年へと、北の魔女は不敵な眼差しを向けて。
    「あなたが描くのはあなたの可能性。私が描き続けるのは、人間の可能性。さあ、勝負しましょう」
     勝つのはどちらか。
     廃美術館というキャンバスにて、灼滅者達は灼滅と云う筆を執った。


     ――喩えるならそれは文字通り、『色彩の暴力』だ。

     交戦が続くにつれ、壁や床へ幾度もぶち撒けられる。
     嗅覚を刺激する業の悪臭は、館内に一層籠もるばかりだ。己の『蒼』がいつにもまして蠢き、悦んでいると蓮爾は感じる。
    (「見目も言動も幼くとも、ナカは邪悪で強き闇そのもの――油断など、どうして出来ませう」)
     楚々とした所作で音もなく迫り、繰り出す蹴撃。次いでゐづみが赤衣の袖で顔を隠したのち、目元の帯を解いて見顕す。二人の舞姿は、舞台を彩る一幕のよう。
     連撃を受けてもなおマサクゥルは諸共せず、ペースを崩さない。パチパチ、と蓮爾へ拍手を送っては大袈裟な口ぶりで茶々を入れる。
    「Beautiful! 実に美しいね。このアトリエを出たならば、日本の芸術にも触れたいものだ」
     マサクゥルが放つ緑の霧が、灼滅者とダークネスを襲う。その効果は行動麻痺か。
     マサクゥルの圧倒的破壊力は攻撃手であるが故の効果だ。しかも自分自身の恩恵より、事前に観察した際のような相手の妨害や、弱体化を主とした手法を駆使するためにタチが悪い。
     救いがあるとすれば、灼滅者のうち何名かが妨害を解除する術を持ち得ていたことだ。すぐさまシエナや朋萌が仲間の支援にまわる。だがダークネスへの回復は些か追いつかず、仲間が受ける大きな傷を癒やすのに精一杯だ。
     その脅威を目の当たりにし、朋萌の顔色はさらに濁る。自分を鼓舞すべく、武器を掲げながら一声。
    「アートなんて怖くなーい!」
     黄色標識から放たれるは、癒しと耐性。それを受け、恵理が立ち上がりながらふてぶてしくも美しい笑みを浮かべる。
    「っ、まだまだ……レディの端くれですからね、アートにはうるさいですよ」
     芸術には芸術で対抗すべく、此度の自分が演ずるはギターのミュージカルダンサー。
     箒に乗り、弾き語る調べは威風堂々と。
    「惑わせてあげるよ!」
     恵理が奏でるバックミュージックにのせて、蛍姫は惑いの歌を唄い上げる。
     耳朶から根源を揺さぶる旋律で神経を削られながらも、マサクゥルは苦しむ素振りすら見せない。寧ろ久方ぶりの死合を、楽しんでいるかのような気迫だ。
     やはり、油断は出来ない相手だ。夜音もまた、更なる一手を打つ。
    「あらためて、こんばんはさん。さっそくだけれど……その芸術はいただけない、だよぉ」
     だから――もう一度、おやすみなさい。
     夜音が紡ぐは寝物語。夜音の意志はひとのゆめを、こころをまもること。
     故にそれを脅かす、悪夢のような災いなど許せない。絵本の挿絵が恐怖を煽るものならば、子供が寝つけなくなるのと同じように。
     黒髪黒目の少女が観た夢は、影の枷との戯れ。伽枷奇譚の黒を塗りつぶすように、マサクゥルは青を振り撒く。
    「ボク様、圧倒的夜型なんだ。悪いね、おねーさん」
     へらへらと悪びれもなく笑う。夜音めがけて放たれた青の色彩は、ヴァグノジャルムが代わりに受ける。既に幾度もの傷を受けたヴァグノジャルムは、回復する間も与えられず消えてゆく。
    (「やっぱり、手強い……でも、いざという時の覚悟はできていますの」)
     ヴィオロンテを展開しながら、シエナの想いは既に定まっていた。
     そもそも発端は自分である、ならばこの場に集ってくれた彼女等は無事に帰さねばならない。
     たとえ、自分の身を犠牲にしても。
    「その赤色も、青色も、わたしの黒がすべて塗りつぶすの」
     シエナからの癒しを得て、智以子が振るうは漆黒の縛霊手。握り潰すべく広げられた智以子の巨大な縛霊手めがけて、マサクゥルは空のスプレー缶を投げつけて相殺する。
     回避される確率が高いとはいえ、灼滅者やダークネス達の連撃は確実に当たっている筈だ。それでもなお余力を残しているマサクゥルに、灼滅者達は改めて底の知れない『闇』を感じる。
    「成程ねぇ。ボク様が寝ている間に、灼滅者もある程度スキルが磨かれた感じ? 今のこの気分、ウラシマ・タロー状態って奴だよね」
     ケラケラと笑いながら、「もたもたしてるとキミら燃やされちゃうよ? いいのかい?」と続いたのはダークネス達への問いかけだ。着々と勢力をあげている武蔵坂の功績を知るダークネス達の顔には、焦りが垣間見える。
     その様子を観察しながら、京夜は興味深げに目を細める。
    (「ここで学園側の介入も、ハンドレットナンバー倒すのも、宍戸の掌の上なんだろうね~」)
     全ては仕組まれたこと。
     あのやたらとお耳が立派なプロデューサーの意図を解し、京夜は心なしか笑みを湛えた。
    「――さて、ボク様も早くお出かけしたいからね。どっちも手慣らしに付き合ってくれよ」
     その宣告は、遊びにでも誘うかのような気軽さだ。
     灼滅者達の視界が、身体が、再び極彩色に冒されていった。


     ゐづみ、と蓮爾が女の名を呼ぶには時既に遅く。
     緑の色彩を受けたビハインドは花が散るようにふわり儚く消滅し、続けざまにダークネス1体の身体がどろどろに溶けて跡形もなく灼滅される。
     じりじりと灼滅者全体の体力が消耗してゆく中、灼滅者達は攻撃から耐久へと方針を変え、回復に追われる。貴重な一手が削られ、もはやダークネスへの支援どころではない。
     しかし奴等の方も残り2体という不利な立ち位置に対し、焦燥感に駆られている。
    「絶対……絶対ここで負けるわけには、いかないんです……!」
     帯の鎧を恵理を守りながら、マサクゥルを睥睨する朋萌。次々と守護を担うサーヴァント達が力尽きたことで、中後衛へも攻撃が押し寄せてきたのだ。
     灼滅者が倒れ始めたら、もう、後はない。
     しかし、六六六人衆――それも中位、或いは高位に値するハンドレッドナンバーに一片の慈悲などない。
    「完成品にしてあげるよ。ボク様の力で、ね」
     ガスマスクの奥で、マサクゥルが不気味に笑った気がした。背筋に走る恐怖と共に、朋萌に襲い掛かる青の色。
     か細い声で「後は、お願いします……」と囁いたのち、朋萌はその場に力なく倒れ伏す。
     朋萌ちゃん! と蛍姫が呼びかけながら、彼女を安全な後衛へと運ぶ。
    「さ……流石強いね……でも私だってこれでも数々の修羅場をくぐってきたんだよ……!」
     だからこそ、やられる訳にはいかない。決意を固めた蛍姫の咆哮は、自身に癒しを呼び寄せる。
     次いでシエナが最前線を務める灼滅者達へとギターを掻き鳴らした。
     彼女の支援が行き届き、奮闘したのも束の間。放たれた赤の霧――それを庇ったのは、恵理だ。
    「……断言、しましょう。あなたは勝てない。人間の、灼滅者の可能性を知らないあなたには――」
     力尽きてもなお微笑みながら告げた宣言は、実るか。それとも。
     灼滅者3名の戦闘不能。それは仲間内で決めた撤退条件だ。守護の担い手が蓮爾のみとなったことで前衛が手薄となったことは事実。マサクゥルは、後方に布陣する灼滅者達に狙いをつける。
     真っ先にターゲットとなったのは、支援の要たるシエナだ。いざとなれば闇へ身を投じる決意を固めていた彼女だが、幾度もの青の霧を受ければたちまち回復も追いつかない。ヴィオロンテの赤薔薇ははらりと散り、残り5人の灼滅者に勝利を託した。
    「皆……生きて、帰って」
     夜音の痛切な囁きが、撤退の合図となった。力尽きた仲間を保護し、守るべく包囲しながら背を向けようとする――が、

    「おい。利用しても良い――つったのは何処の誰だっけか?」
    「……ッ!?」
     夜音の小さな背中に刃を突き立てたのは、ダークネスだった。
     いつの間に、死角へ回り込んでいたのだろう。奴等はあくまで灼滅者を利用し尽くす気らしい。
     その光景を目の当たりにした智以子の身体から、黒の殺気が放たれる。
    「もとより、信用していなかったの。やっぱり六六六人衆は――、」
     退場させねば。ハンドレッドナンバーも、何もかも、すべて。
     彼女の内に潜むもう一つの人格が、殺意と共に引きずり出されかける――。
    「智以子ちゃん、駄目だよ。探したい人がいるなら、その人にどうかおかえりって言ってあげる為にも……皆は、帰らなきゃ」
     眠たげな夜音の瞳が、そっと伏せられる。夜音の胸にあらわれたのは、影色の蕾。それがゆっくりと、綻び始める。
     闇の片鱗。そしてダークネスとの亀裂。その様子を楽しげに傍観するマサクゥルが、新たな色彩を放った。

     ――しかし、ダークネス達は、灼滅者の彼女等は知らなかった。
     マサクゥルの背後に立つ、脅威。新たなシャドウの存在に。

    「――――おやおやまぁまぁ。丁度、退屈していたところだよ」

     シャドウは、戯れのように呟いた。手にする和綴じの魔導書が、静かに開かれる。
     彼――先程まで由井・京夜であった筈の存在が常人には聞き取れぬ呪文を詠唱した直後、マサクゥルの持つスプレー缶が音を立てて凹み、只の鉄屑と化したのだ。
    「こりゃ驚いた。キミは……佳い、眼をしてるね」
     常に身に着けていた眼鏡も、彼の顔にはない。
     其処に在るのは底知れぬ闇を憶える無機質な瞳と、不気味に嗤う三日月。そして右頬に浮かぶ、シャドウの象徴たる逆さまハートだけだ。
    「そんな……ど、どうしよう……! 今ここで撤退したら、まずい気がする」
     蛍姫が、驚愕に満ちた声を漏らす。闇に沈みかけた者は元へと戻るがそれも束の間。
     シャドウがマサクゥルと交戦する中、灼滅者達もまた其処へ飛び込んでゆく。
     シャドウが加勢したことで、形勢が逆転している。今ならば、マサクゥルを仕留められる筈だ。
    「畜生、ふざけんな!」
    「やっぱテメェら、序列の横取りが目的かよ!」
     逆上したダークネス達が、負けじとマサクゥルへ襲い掛かる。
     せめて最後の一手は奪わねばならない。蓮爾の『蒼』が悦びのままに、死の光線を撃ち放った。
    「此れにて幕引きを。舞台が穢れようとも、せめて美しく――」
    「HAHAHA……最期に傑作を拝めたよ。その素敵な瞳で、満足するまでこの世を俯瞰して……おいで……」
     ガスマスクが砕け散る。その無邪気な少年が紡いだ言葉は、誰に宛てたものか。
     マサクゥルの灼滅を見届けた時には、既にシャドウも予選突破者達も、その場から忽然と消えていた。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:由井・京夜(道化は嗤う・d01650) 
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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