●緊急連絡
集まった灼滅者達に、神童・瀞真(大学生エクスブレイン・dn0069)が落ち着いた笑顔で告げる。
「みんなのおかげで第三次新宿防衛戦に無事勝利する事が出来たよ」
しかし彼の笑顔はすぐに困ったような表情へと変わった。
「戦いに参加した皆にはゆっくり休んでほしいところなんだけど……六六六人衆に不穏な動きがあるという情報が得られたんだ」
サイキックアブソーバーの予知が行えない為、詳しいことはわからないが、暗殺武闘大会の予選を通過したダークネス達が、集結を始めているようなのだ。ダークネスが集結している地域は15ヶ所まで判明している。
「彼らがその場で殺し合いを始めるのか、ルールを設けて試合を始めるのか、或いは、全く別の作戦を遂行するのかは、現時点では判明していない。が、なにか良からぬ動きをするのは間違いないだろうね」
そう告げて瀞真はため息をつく。
「シャドウとの戦争の直後ではあるけれど、集結したダークネスの動きを偵察し、状況を確認後適切な対応を行えるように、現場に向かってほしい」
ダークネスが集結しているという現場は、兵庫県にある街外れの洋館だ。今はもう使われなくなって久しく、廃洋館となっているので近づく者はほとんどいない。周囲は林のように木々で囲まれていて、洋館の正門に至る道は車が一台通れるほど。
「集まっているダークネスは5~8体程度のようだけど、性格にはわからないんだ。このダークネス達はそれぞれが暗殺武闘大会予選を勝ち抜いているダークネスなので、複数のダークネスを相手取るのは危険だね」
暗殺武闘大会が続いているならば彼らは必ず戦い始める筈なので、状況を見て戦闘に介入するか、あるいは、勝敗が決定した後に勝ち残ったダークネスを灼滅するといった対応が考えられる。
「今回は予知情報がないから、現場での判断が重要となるよ。皆の目で確りと状況を確認して行動を決めるようにしてほしい。場合によっては、戦闘を仕掛けずに撤退する勇気も必要になるかも知しれない」
そう告げた瀞真は渋い顔をしていた。
「余地がない分、みんなに苦労をかけてしまうけれど……無事に帰ってきて欲しい」
瀞真は絞り出すように告げた。
●調査、そして
平地よりは見通しが悪く、森よりはまだ見通しがいい。廃洋館周辺を囲む林の中に八人の灼滅者達は集っていた。
エクスブレインはダークネスが全員洋館の中にいるとは言わなかった。ということは、ダークネスが全員洋館の中にいるとは限らない=洋館の外や林にいるダークネスもいるかもしれないと彼らが考えるのは当然のことで、そしてその点に目をつけたのは流石というべきだろう。彼らは隠された森の小路を使いつつ、双眼鏡を手にして林の中を警戒しながら動く。
「今のところ、視認できる範囲にダークネスの姿はないわ」
「そうだな。この辺りにはないが、他の方角もそうだと助かるが」
アリス・バークリー (ホワイトウィッシュ・d00814)の言葉に平・和守 (国防系メタルヒーロー・d31867)が答える。事前情報通り周囲が林に囲まれているので、今捜索した以外の方向にダークネスがいないとは言い切れない。
「潜入なさる方々は、そろそろ行かれますか?」
「そうですね。建物が古すぎるせいか、ネットで間取りは拾えませんでしたので、実際に入ってみるしかないでしょう」
御印・裏ツ花(望郷・d16914)の問いかけに、携帯を手にした姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)が息をつく。元々見つかればラッキー程度に思っていたのだ、深く落胆するほどではない。
「幸い、侵入経路には事欠かない状態だしな」
これまで林の中と洋館周辺を見回る間に、刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)ら潜入班は、目ぼしい侵入経路を探していた。建物がだいぶ古いようで、あちらこちらに少し崩れかけた箇所や穴の開いた箇所があり、動物変身をした状態ならば通れそうだった。
「言うまでもないだろうけど、気をつけて」
丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)が手にした受信機を見せるようにして声をかけると、次々と動物に変身した潜入班の四人はそれぞれの姿で盗聴器を持ち、様子をうかがいながら建物へと近づいていく。
彼らが無事に洋館の中へと姿を消したのを確認して、残った四人は林の他の方角へと向かう。盗聴の受信機が拾う音に注意しながら、警戒と探索を続けるのだった。
(「ここは……風呂場みたいっすね」)
獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)ら四人が動物変身で侵入したのは、浴室の隣の脱衣所に当たる場所のようだった。
「ニャー」
仲間内にだけ聞こえるよう、小さく鳴いたのは、猫姿の貴夏・葉月 (紫縁は勝利と希望の月華のイヴ・d34472)だ。彼女が鼻先で示したところはうまい具合に隙間があり、廊下に出られそうだった。
警戒しながら廊下に出ると、厨房や洗濯場などがある界隈に出たのだとわかる。扉がずれていたり壁が一部崩れたりしていて、中を伺うのは容易だった。廊下を進んでいくとエントランスがあり、そこにたどり着くまで幾つかの小さい部屋があった。使用人用の部屋だろうか。
(「エントランスにも誰もいませんね……」)
兎姿のセカイが廊下の影から顔を出し、二階へ行く階段を確認する。間取りを確認するならば、ここから先に二階へ上がるのもありだが。
ガタッ。
何かが倒れるような音が聞こえて、一同は壁にピッタリとくっついて息を潜める。
「――、――」
「――、――、――」
詳細には聞き取れないが、声が聞こえた。四人は顔を見合わせる。蛇姿の渡里が、頭でエントランスの向こう側を指し示した。
エントランスを挟んだ向こう側にはどうやらこちら側と同じような廊下が広がっているようで。部屋の構成は違うだろうが音が聞こえたのは、エントランスの向こう側からだった。頷き合い、一気にエントランスを横切る。すると、少しずつ声が言葉の断片として聞こえるようになってきた。
はじめに異変に気がついたのは、和守だった。
「――聞こえなくなった」
林と館周辺の捜索が当初と合わせて三分の二近く終わった頃。最初の頃聞こえていた雑音や足音、葉月の発した合図のような鳴き声が聞こえなくなったのだ。
「本当だわ。盗聴器を落としたり壊されたりしたのなら、その音が聞こえるわよね」
アリスがそう確認するということは、それすら聞こえなかったということだ。まさか聴き逃した? 否。
「こちらは静かですから、いくら歩きながらでも聴き逃したとは考えにくいですわね」
「もしかしたら……」
裏ツ花の言葉に蓮二は考えるように口元に手を当てて。
「暗殺武闘大会の予選を突破するほどのダークネスが数体集まっているんだよね。もしかしたら、そのせいで通信不良になったとかって考えられないかな?」
「ないとは言い切れない」
和守が頷く。そして。
「情報を得次第、もしくは一定時間が経過したら集合することになっているんだ。俺達はそれまでに周囲の捜索を終えておこう」
「そうね」
中で何が起こっているのかわからない不安はある。それでも潜入した仲間たちを信じて、探索・警戒組の四人は残りの場所へと進んでいく。
潜入した四人は声のした方向へと向かった。そしてたどり着いたのは、かつては来客をもてなすために使われていたような応接間だ。館に見合った広さをしていて、そこに何体ものダークネスが集合しているのは扉が閉まっていても、朽ちた壁や扉の端から覗くことができた。
よく見ると、飾り棚の隣に不自然に切り取られた暗闇が見える。
(「先程の音は、あの棚を動かした音でしょうか」)
(「もしかして、地下室への隠し階段とかっすかね?」)
葉月や天摩と同じように、万里やセカイも低い位置から様子をうかがっている。ダークネスたちの足元の向こうの暗闇は、奥というよりも下へと続いているようにみえる。
(「ダークネス達は……」)
セカイはダークネス達が隠し階段に注視していることに気がついた。だが、彼らは誰一人、その階段を降りていく様子はない。
(「戦闘準備を整えてはいるが、すぐに戦うわけではなさそうだ」)
渡里の思った通り、彼らはすぐに動く様子はない。そして互いに殺し合うような雰囲気でも無い。勿論、信頼しあっている様子では無い。どちらかといえば、互いに互いを利用しようとしているように見える。そして彼らは、頻繁に時刻を確認しているようだった。
しばらくダークネス達は何かを待っているようだった。そして、それは突然訪れた。
(「!」)
部屋の外にいる四人にもわかるほどの膨大な殺気が突然出現したのだ。
「来たぜ来たぜ来たぜ――がっ!?」
構えたダークネスの元へ飛来したのは、無数の短剣。それがガトリングガンの弾丸のように隠し階段の近くにいたダークネス達を襲う。
「盾になってくれてありがとねっ! 姿を現しなっ!」
鎖のような武器を持った女性ダークネスの要求を飲んだわけではないだろうが、隠し階段から姿を現したのは、ひとりの少女。古めかしいフリルの付いた服を着ていて、長い髪にリボンを付けたその可愛らしい姿からは想像できないほどの殺気を放っている。
「随分と可愛らしいお嬢ちゃんだな。だが俺達はお嬢ちゃんがどれだけ強いか知ってるんでな、手加減はしないぜ!」
巨体の男が拳を振るう。鎖の女が死角へとはいる。けれどもそれは軽々と避けられ、または相殺されてしまい。
「こんなに大勢でわたしをいじめるのね」
十代半ばくらいに見える少女は、ふわりと髪を浮かせるようにして、そしてそれを鞭のように振るって見せる。その一撃で数人のダークネスに深い傷が付いた。
「あんたを倒すために選ばれたんだ。簡単に倒れはしないぜ?」
最初こそ、統一されてはいないながらも士気は高かったダークネスたち。だが、気がつけばひとり、またひとりと少女によって消されていった。
多勢に無勢、それでも少女についた傷と比べれば、彼女が出てくるのを待っていたダークネスたちの傷のほうが深いのだ。
その状況を見て、渡里は動物変身を解いた。急を要すると判断したのだ。蛇のまま走るよりも、人の姿に戻ったほうが早い、と。彼は動物姿のままの葉月に天摩、セカイを抱き上げ、急ぎエントランスへと戻る。そして玄関から洋館の外へと出た。
「こっちだ」
ライドキャリバーのヒトマルに騎乗して洋館の入り口まで駆けつけた和守は仲間を抱いたままの渡里を乗せて仲間たちの待つ林の中へと向かう。盗聴器が使えなくなったこと、洋館内から戦闘音のようなものが聞こえたことでいつ彼らが出てきてもいいように待機していたのが功を奏した。
「何があったの?」
他の四人が変身を解いている間に、アリスに問われて渡里は手短に事情を説明する。
地下から出てきた少女は封印されていたこと、復活した彼女が強力な六六六人衆である事、集まったダークネスがこの強力な六六六人衆を暗殺する為に集まったであろう事はその場にいた四人とも理解していた。
「あの少女は強すぎる。おそらくはハンドレッドナンバー。それも中位から上位かもしれない」
「!」
渡里の言葉に裏ツ花が思わず息を呑んだ。それは他の三人も同じ。
「このまま放置するわけにはいかないっすよね」
「それはそうだな。このまま戦闘を最後まで行わせて、勝ち残った側が消耗しているうちに撃破るというのはどうだ?」
「暗殺武闘大会の目的がハンドレッドナンバーを暗殺する事であるというのならば、それを邪魔するのが良いのではない?」
天摩の言葉に和守とアリスが意見を出す。何にせよ、どう動くか方針を決めるなら早い方がいい。
「いえ、あのハンドレッドナンバーは危険すぎます。彼女が勝ち残った場合、わたくし達の力で対処は難しいのではないでしょうか」
「なら、奴らに助力してハンドレッドナンバーを撃破して、その後の事はその後に考えるのは?」
セカイと蓮二も思いを述べる。どれが正解なのか、それは誰にもわからない。
「下手に戦闘に介入すれば、敵が一時協力して私達を先に攻撃してくる可能性があります。もし加勢する場合は、そうならないような方法を考えなければならないでしょう」
葉月のいうことももっともだ。
ハンドレットナンバーが復活してしまった以上、どう対処するべきか……。
参加者 | |
---|---|
アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) |
刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814) |
姫条・セカイ(黎明の響き・d03014) |
丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879) |
御印・裏ツ花(望郷・d16914) |
獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098) |
平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867) |
貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472) |
●再び、屋内へ
素早く方針を決めた一同は、潜入班だった者たちの先導で館の入り口から中へと入った。そして、応接間を目指す。建物に入ってからは誘導がなくとも戦闘音や怒号のような声が、目的地を示してくれていた。
(「どちらも一般人にとって厄介な存在には変わりない。だが、優先すべきは俺達だけでは対応しきれん奴からだろうな」)
すでに武装状態で獅子鳳・天摩(幻夜の銃声・d25098)の隣を、鎧の音を立てつつ走る平・和守(国防系メタルヒーロー・d31867)。強大な相手と対峙することに恐怖を感じているわけではないが、連鎖的に思い浮かんだのは――。
(「バレンタインデーも近いんだ。無事に帰らんと泣かせちまう」)
「生きて、帰るぞ」
口に出た低い呟きに、隣の天摩が頷いてみせた。
(「とんだ大物が湧いたものです」)
最後尾から一同を追いかける貴夏・葉月(紫縁は希望と勝利の月華のイヴ・d34472)の思考には、結果はともかく楽しめそうで良い、なんて思いも介在していて。その隣でドレスの裾を揺らしながら走る御印・裏ツ花(望郷・d16914)は突如出現したハンドレットナンバーのことを思う。
(「ハンドレッドナンバー。その性質は読めませんが、放置すれば人の脅威になるでしょう。此処で討ちますわ」)
放置していては間違いなく害になる、それだけはよく分かる。その思いは皆同じ。
(「ハンドレッドナンバー、『二桁』か。どうしようもない化物ね。私たちは、八人がかりでも、あの場のダークネスを精々二体までしか相手できないくらいなのに」)
走りながらアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の顔に浮かぶのは、苦笑に近い笑み。
(「それでもやるしかない。あんな化物を取り逃して野に放ったら、どれだけの災いとなるか。ここで終わらせる」)
守るものがあればこそ、思いは強くなって。
(「普通に考えれば勝ち目などない相手達。でもこれ以上学園を、大切な人達を危険に晒したくありません!」)
姫条・セカイ(黎明の響き・d03014)もまた、強い思いを掴み続けるかのように、武器を握りしめた。
「ダークネスの現在数は4……いや、3体ほど。随分減らされた」
「これ以上減ったら分が悪いだろうね。行くよ?」
足を止めて中の様子をうかがうようにしていた刻野・渡里(大学生殺人鬼・d02814)の報告を聞いて、丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)は突入するタイミングだと仲間たちへと知らせる。これ以上共闘するダークネスが減ってしまっては、厳しい戦いが更に厳しくなることが予想される。
バンッ!
壊れかけの扉を勢い良く開けて、灼滅者達は応接間へとなだれ込んだ。自分を害するダークネス達に向けられていた少女の視線が一瞬、灼滅者達に注がれた。
「風よ、行ってください」
葉月が喚んだ清浄なる風が、少女に対峙しているダークネス達を包み込み、癒やし清める。渡里と霊犬のサフィアも、それぞれ別々のダークネスを癒やした。
「なん、だ……!?」
突然の癒やしにダークネス達が戸惑う。その隙をついた少女の攻撃をアリスは庇ってみせようとしたが、上手くタイミングが掴めなかった。
「大変そうね、手伝いましょうか?」
「助太刀に参りました」
アリスとセカイがダークネス達に接近し、声をかける。
「まさか、灼滅者?」
「灼滅者が俺たちを助けるだと!?」
ここで少女だけでなくダークネス達からも攻撃されたら話にならない。簡潔に共闘の約定を済ませる必要があるが、言葉をかわすのは仲間に任せて蓮二は態度で示す。巨大な十字架でもって少女を狙う彼を見れば、ダークネスたちにもこちらが本気であることが伝わるであろうから。
「信じて欲しい……とまでは申しませんが、『彼女』と我々の双方を、同時に相手するほど貴方方も愚かではないでしょう。ここは暫しの共闘を」
「っ……だが灼滅者など信じられるか!」
セカイの言葉に反発を見せるダークネス。それも当然の反応だろう。だが、灼滅者達は言葉を続ける。
「あんた達も倒したいが、あっちの方が『ヤバい』のが判ってる。俺達はあんた達より弱いが、自分たちより圧倒的に強い相手との戦い方は、あんた達より心得ている」
「わたくしたちの目的は彼女の撃破で、序列狙いでもありませんわ。利害は一致しています」
渡里に続けて裏ツ花も言葉を重ねる。
「それにわたくし達に構っていて彼女を撃破できなければ、あなた達も困るのではありませんか? 戦力が増えるのはお互い喜ばしいことですし、勝てる確率も上がることでしょう」
裏ツ花が理を説く。仲間たちが話をつけている間に、サフィアと葉月のビハインドの菫さん、天摩と和守のライドキャリバーであるミドガルドとヒトマルが少女に攻撃をしている。
「目的は同じだ。最低限こちらを攻撃してくれなければそれでいい。後はこちらで勝手に合わせよう」
「とりあえずこいつを倒すのに協力するっすよ。馴れ合わなくていいからしばらくお互い利用しあうって事でどうすか」
和守と天摩の言葉に、ダークネス達は戸惑うように視線を交わし合う。だがこのままでは、自分たちが倒されるのも時間の問題だと、彼らもわかっているはずだ。
「難しい話をしてる暇はないでしょ。私達もあの化物を倒したいの。お互いの戦力だけじゃ厳しいのは分かるでしょ? だからここは一時手を組みましょう。あいつの序列も譲るわ」
アリスが強制的に話を終わらせようと強く出た。序列を譲るというのは、まあある意味口車の一種でもあるが。
「わ、わかったわ。互いに目標はあの子の撃破。それでいいわ」
承諾の決断をした女性の衣服はところどころ破れていて、肌が覗いている。その肌も、したたかに傷付いている場所ばかりだ。
「ちなみに第何位なの、あれ?」
アリスが問う。しかし女性が口を開く前に――。
「私をいじめる相談は終わったみたいね? 名乗ることくらい、自分でできるわ。灼滅者ごときに名乗るのはもったいないけれど」
少女が微かに微笑んだ。それは確かな余裕の笑み。封印されていた彼女は、今の灼滅者の実力を知らないのだ。否、知っていてもなお、ということだろうか。
「俺は獅子鳳・天摩。よろしくっす。それでキミは何位の何ちゃんなんすか? 殺しあう相手の名前知ってるかどうかでまた気分違ってくるっしょ。名乗ってくれるんっすよね?」
天摩の言葉に少女は、フリルの付いたスカートの裾を摘んだ。
「私は序列七〇位、エイリーン・ナトよ」
そしてエイリーンと名乗った彼女は、丁寧な所作で恭しくお辞儀をしてみせた。
●共闘、それから
彼女がお辞儀から体勢を戻す前に、筋肉質の男性ダークネスが接近して拳を振るった。だが。
「無粋ね」
エイリーンはそれをさっと髪でガードすると、刃物のように鋭くなったその先で男の腕を貫いた。
「いつまでもやられっぱなしじゃいられねぇ!」
ダークネスの少年が死角に入り込んで獲物で彼女を斬りつける。古めかしいスカートに亀裂が入った。負けじとダークネスの女性が弾丸を放つ。
「嫌だわ、このお洋服、お気に入りなのに」
拗ねたように呟いた彼女の周囲に浮かび上がった無数の短剣が、前衛を目指して飛来する。ダークネス達は勿論、灼滅者たちをも的にしたその攻撃は、鋭く、そして勢い良く彼らを傷つけた。後方にいた葉月は素早くダークネス達を盾にするように後ろに回り込み、そして前衛を風で癒やす。菫さんの攻撃は避けられてしまった。ならばとその様子を見ていた蓮二が、十字架を構えた。
「俺たちも一方的にやられるわけにはいかないからね」
その先端から放たれる光の砲弾は、少女の上半身を貫いて。ひやり冷たいその攻撃に、傷ついた箇所に触れてエイリーンは蓮二を見た。
「意外とやるのね、灼滅者」
「よそ見している余裕は与えません!」
セカイもまた、十字架を構えて接敵して。それを振るうが目の前で少女の姿が消えて。
「っ……!!」
気がつけば、死角から斬りつけられた痛みがセカイを襲っていた。素早く反応した渡里が、能力の向上と癒やしを兼ねてセカイへと矢を放つ。サフィアは傷の深そうな少年を癒やしにかかった。
裏ツ花が帯を放つ。だがそれも当たらない。しかしそれでもいいのだ、彼女の目的は別にあるのだから。
「受けてもらおう!」
軽々と『灼罪の慰霊碑』を担いだ和守が、重い鎧を装備しているとは思えない動きで少女へと迫る。そして振り下ろされた十字架は、重き攻撃となって少女を打った。ヒトマルが追うように少女を狙う。
「行くっすよ!」
和守が少女から離れるのと入れ替わるようにして、『トリニティダークXX』を担いだ天摩がそれを振り下ろす。ミドガルドもまた、彼を追う。
「当ててみせる!」
アリスの放った魔法の矢を、少女は避けようとした。だが避けきれずにそれを太腿に受け、不機嫌そうな表情をしてみせた。
「ふぅん……そう、なんでいじめられるのかわからないけれど、それなら」
少女は呟いて、鋭さを増した髪先でダークネスの男性の胸を突き刺した。貫通したそれを抜き終わる前に即座に後衛へと殺気を放つ。
「菫さん!」
「ミドガルド!」
葉月と天摩は己のサーヴァントを呼んだが、間に合わなかった。蓮二はアリスに庇われたが、それ以外はどす黒い殺気に包まれる。
少女が自身の髪を引き抜く――と、明らかに致命傷である傷を受けた男性は、どすんと床に臥して黒い靄となって消えた。
「あなたたちは私をいじめて楽しんでるのだから、私だって楽しくなってもいいわよね?」
エイリーンは血に染まった髪の一房を気にする様子もなく、可愛らしく笑った。だがその笑みは、背筋を指でなぞられたかのような気味の悪さを感じさせた。
●対峙、終局
「面白いわ。灼滅者がこんなに楽しませてくれる存在だなんて!」
楽しげなのはエイリーンひとり。だが、こちらの攻撃も段々とまともに当たるようになっていた。時間はかかってしまったが、彼女も傷はついていて。
けれども。そうなる前にこちらの払った犠牲も大きかった。まず先にやられたのは、共闘していたダークネス3体だった。封印されていた少女としては、灼滅者よりもダークネスの方が強く、脅威だと思っていたからかもしれない。或いはすでに傷を負っていたから、数を減らすのを優先したのかもしれない。少女の本心は分からないが、彼女を倒したあとで灼滅する予定だった彼らだ。ある意味盾になってくれた上に手間が省けたといえば省けたのだが。
次にサーヴァント達が消滅した。そして、灼滅者たちも勿論、無傷で済んではいなかった。特に盾役として仲間を庇うことを心がけていたアリスの傷が深い。次に前衛に立っているセカイや裏ツ花、そして回復役の葉月がよく狙われていて、蓄積したダメージが多い。他の者も大なり小なり傷を受けていて、自己回復を行わなくてはいけない場面もあった。声掛けが功を奏して回復がかぶることはなかったが、それでもきつい局面だ。
「楽しいわ。楽しませてくれて有難う」
にっこり笑った少女が、鋭さを増した髪を放つ。狙いは葉月だ。だが。
「させない!」
アリスがその身で髪の刺突を受ける。そして、それが抜かれるより早く、彼我の距離を詰めた。
「せめて少しだけでも……!」
深く傷つけられた身体がギシギシと悲鳴を上げている。だが、少しでも爪痕を残したい。だから――『光剣『白夜光』』を振るった。
ザシュッ……少女の右側の髪を掴んで切り、そのまま倒れる勢いで少女の肩口を傷つける。
「アリス!」
誰かが名を呼んだのが聞こえた。けれどもそれ以上は意識が落ちて、何もアリスの耳には届かなかった。
「強敵だろうと負ける心算は有りません。わたくしには帰るべき所があるのです!」
裏ツ花が声を上げて少女に氷柱を放つ。蓮二も、セカイも、渡里も、和守も、入れ代わり立ち代わり少女を攻撃していく。天摩は盾役となるべく前へ出る。葉月は的確に回復対象を選んで癒やしていった。だが。
「髪、折角、伸ばしていたのに」
少女の目つきが変わった。残った側の髪が鋭い刃物になって、葉月を貫く!
「ごふっ……」
葉月の口から真紅が溢れた。見事に突き刺さったそれは、致命傷かもしれないと感じるほど。その上もう一房の刃物が、とどめを刺そうとするかのように葉月を斬りつけた。
「……っ……」
回復を、と思ったが指の先すら動かせない。立っていられずに崩れ落ち、指先が冷たくなっていくのを感じつつ、葉月は意識を手放した。
「ヤバイっすね……」
天摩は立っている仲間の傷を癒やしつつ、じっとエイリーンを観察する。こちらはふたり倒れた。だが、彼女もまた、癒やしきれぬ傷や悪い効果が蓄積されているはずだ。勝機が見えないとも思えない。
「このままやられてばかりもいられないんだよね」
「勿論」
蓮二の放った砲弾とともに渡里が少女へと接近する。砲弾が着弾した直後に渡里が中段の構えから刀で斬りつけた。
「お前の攻撃を真似るようで不本意だが」
和守が放ったのは鋭く変化した『無明』だ。その刃が服ごと少女を斬りつけるのに合わせて、逆の方向から裏ツ花が槍を手に迫る。
「っ!」
少女が一瞬、驚いたような表情を見せた。裏ツ花の槍は、少女の脇腹を抉った。セカイが追い打ちをかけるように光の砲弾を撃ち込む。
「嫌なことばっかり!」
駄々をこねるように吐き捨てた少女は、喚び出した無数の短剣を前衛へと放つ。天摩は近くにいたセカイを庇い、その短剣を体中に受けた。だが、致命的な傷を負ったのは裏ツ花だった。セカイも裏ツ花も同じくらいの傷を負っていた。どちらも庇えなければどちらも倒れていただろう。
「ぐっ……」
ドレスを貫いて体中に刺さる短剣。思わず膝をついた。血が、流れる。体中が、もう酷い痛みで満ちていて。
「後は、おね……」
裏ツ花はそのまま、床へと崩れ落ちた。
「御印さん!」
天摩の後ろからセカイが声を上げた。自分が守られたのならば――。
「姫条!」
「姫条センパイ!」
男性陣が声を上げたのは、セカイの纏うものが明らかに変わったからだ。
「ごめんなさい……さん……神気、発勝!」
詫びるように呟いた後、凛とした表情で告げた彼女は、明らかに強くなっていた。
「わたくしが押さえているうちに、お願いします!」
セカイが少女に張り付く。他の四人は彼女に起こった変化を理解していたが、それに触れている余裕がないことは知っていた。折角彼女が作ってくれた機会なのだから。
天摩、蓮二、渡里、和守が続けて攻撃を仕掛ける。それでも今のセカイの一撃には敵わない。少女に次々と深い傷がついていって。
「今です!」
少女がふらついたのを合図に四人が再び畳み掛ける。
「いや、いや、いやなのっ……!」
涙を流しながら、少女は人ならざる証である黒い靄となって消えていった。
作者:篁みゆ |
重傷:アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814) 御印・裏ツ花(望郷・d16914) 貴夏・葉月(勝利の盾携えし希望の華槍イヴ・d34472) 死亡:なし 闇堕ち:姫条・セカイ(黎明の響き・d03014) |
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種類:
公開:2017年2月13日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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