ハートブレイカー

    作者:朝比奈万理

     少女は路地裏で座り込んでいる。
     汚れた服に乱れた髪に絶望が伺え、何かに怯え揺れる瞳は彼の一言で光を宿すのをやめてしまった。
    「もう、お前を愛してくれる人はいないんだ。みんなお前に死んでほしくてたまらねぇんだよ。友達も、兄弟も、親も。みぃんなお前みたいな粗悪品疎ましくてたまんねぇんだよ」
     彼女の頭上から声が振る氷柱のように冷たく鋭い言葉の刃。少女よりいくらか年上だろうその少年は、目を見開き口角をイヤらしく上げて笑んだ。
    「……死ねば、いいの? わたし、しねば……」
    「はっ、お前なんか死ぬ勇気もねぇだろ。おめおめと生き残って、醜態さらしてみっともなく生き続けるのがオチだ」
     少年は右手に鋏を構えると、少女の首に当てがった。
    「俺が楽にしてやるよ。喜んで受け入れろ、クズ女」
     少女は怯えることも、慄くこともせず。ただ、その運命を受け入れる。
    「――シネ」
     ただ一粒だけ。
     頬を伝う涙が、彼女の希望だったのか――。

    「……あの男……アリスが見つけた六六六人衆……」
     早春の風に金の髪を揺らしたアリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)。その青い瞳が捉えたのは、どこにでも居そうな大学生風の男。
     何か――いや、誰かを探しているのか、辺りをゆるりと見回している。
     まるで、獲物を探しているようだ。
    「……ああやって……ターゲットを探してる……」
     たとえば、一見仲がよさそうな女子高生の集団。スクールカースト下位の彼女は、上位の彼女の荷物を持たされている。
     たとえば、朝から公園のベンチに腰掛けて携帯電話を眺めている中年の男性。夕方になってやっと腰を上げ、仕事から帰宅したように家族にふるまう。
    「ああいう人たちの……心を折るの……」
     お前は一生カースト上位のパシリでしかない。
     お前は会社のお荷物だからリストラされた。もう、家にも居場所がないんだろ?
     ターゲットが心の奥底で抱えている心の傷を抉って抉って抉り切って絶望させ、屈服したターゲットを殺す。
     灼滅するには、一般人を犠牲にしなけばならないかもしれない。
    「……だけど……一般人より早く……アリスたちが……囮になれば……」
     これ以上の被害は防げるかもしれない。
     集まった仲間たちを見て静かに告げると、もう一度、男の動向を注視して。
    「……コードネーム・ハートブレイカー…………序列は不明……」
     ハートブレイカーは、六六六人衆と基本戦闘術、断斬鋏を使うという。現に鋏を玩びターゲットをあらかた見定めたようだ。
    「……アリスは……止めたいの……」
     あの男の殺戮を。
     足掻きもがく者が、絶望を見せられて殺されることを選ぶことを……。
     希望を告げるアリスの瞳は、強く輝いた。


    参加者
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    李白・御理(白角・d02346)
    犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)
    槌屋・透流(ミョルニール・d06177)
    神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)
    庵原・真珠(魚の夢・d19620)
    アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)

    ■リプレイ


    「そこの道に入ると面白いものがあります、一緒に行きましょうか」
     アリス・ドール(断罪の人形姫・d32721)の腕を強引につかんで、薄暗い路地の入り口へと誘う李白・御理(白角・d02346)は、いじわるそうに嗤う。
     丁寧な物言いとは裏腹に、彼女の扱いは粗野だ。
    「……みこと……なんでこんなこと……」
    「気やすく名前を呼ばないでもらえます?」
     御理は笑みながら怯える彼女を壁際に追いやった。
    「ひっ……ご、ごめんなさい……」
     路地の入り口は一気に仄暗く、あっという間に暗い方へ圧されてしまった。
    「――お金に困ってるんだよね。ちょっとだけ、貸してくれない?」
     庵原・真珠(魚の夢・d19620)は、さっきまでの笑顔をすべて消して右手を差し出す。
     真珠の切れ長の瞳はさらに冷たく、怯えたアリスの青い瞳は揺れた。
    「トモダチ、だよねっ」
     と、漫画で予習したとおりにさらに手を差し出しつつも、
    (「こんな可愛い子を虐めるとか……」)
     事前の打ち合わせで演技であり本心ではないことを伝えてあるとしても、真珠の内心はチクチクと痛み、その辛さ苦しさ故にさらに表情が不機嫌になる。
     アリスは真珠の表情を怯える様に伺いながら、震える手でバッグから財布を取り出すと、札入れに指を入れる。
     それを乱暴にふんだくったのはギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)。
    「いっぱい入ってるじゃないっすか」
     慌てて手を伸ばそうとする彼女を肘で抑え、自分の背後に控えて不気味に笑んでいた犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)に手渡した。
    「……っ」
     小さく顔を上げたアリスを、沙雪は眼光鋭く睨み付ける。
     普段から仲の良い彼女を演技とは言え虐めるのは、やはり良心が痛む。だけど、これも作戦のため。徹底的に追い込む。
    「こうなることを解ってて俺たちについてきたんだろ? バカ女が。自業自得だ」
     札入れを強引に開いて入っていた札をすべて抜き出すと、無造作に自分のポケットに捻じ込む。
    「行くぞ」
     踵を返した沙雪が捨てたそれをキャッチしたのはギィ。
    「ありがとう、アリスちゃん。またお願いね」
    「アリスさんの怖がる姿、とっても面白かったです――また一緒に遊びに行きましょうね」
     真珠と御理が嗤いながら捨て台詞をはいて沙雪の背を追う中。ギィは如何にも三下っぽく、沙雪が手を付けなかった小銭入れに手を付けると、空になった財布をアリスに投げつけて三人の後を追った。
     人ごみの中を消えていく四人を目で追うこともできず、アリスは震えながらその場にへたり込む。
     行き交う人は皆、見て見ぬふり。心配そうに彼女を見る者もあるが、通り過ぎていく者がほとんどだ。
    「……演技とはいえ、見ていてあまり良い気分ではないですね。でも六六六はその逆なのでしょうか」
    「……あの人たちは殺せればいいって考えですから」
     雑居ビルの屋上では、神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)と十七夜・奏(吊るし人・d00869)が、座り込むアリスを見守りながら『その時』を待つ。
    「サドいのは嫌いではないですが、ハートブレイクさせるサドは嫌いですね」
     柚羽はポツリ呟いて、間を置いて素に戻る。
    「……何言っているのでしょうね私」
     アリスはというと、その場に座り込んだまま。
    「……どうして……どうしてアリスが……こんな目に……」
     震える体に、流れる涙が止まらない。
    「……お母さんに……怒られる……」
    「だろうなぁ。金遣いの荒い娘なんて、母親に怒られて当然。ゆくゆくは捨てられるかもな」
     俯くアリスの視界に飛び込んだのは、黒い革靴。
    「言い返せもしない、はっきり抵抗もできない。怯えているだけ。ずっと見てたぜ? お前の周りにはあんなトモダチしかいないんだなぁ。可哀想に」
    「……かわいそう……?」
    「そ。可哀想。友達はあんなだし、母親からは見限られる。そして通り過ぎる奴らはだぁれもお前を助けちゃくれない。可哀想だから、俺が希望を見せてやるよ」
     ――絶望という名前の希望だけどな。
     アリスの腕をつかんで無理やりに立たせたのは、ハートブレイカー。彼は抵抗しないアリスを裏路地の奥に引きずり込んでいく。
    「……」
     物陰に隠れていた御理が裏路地を覗き込んでサウンドシャッターを展開させると、白い仮面を装着しながら沙雪も同時に殺界を形成させ。
     瞬時に異変を感じたハートブレイカーよりも先に――。
     全てを集中を弦を引く己の指先に預けた柚羽の放つ矢は、弧を描いて彗星のよう。
    「……っ」
     突然の衝撃に怯んだハートブレイカーを頭上から襲うのは、
    「……経験則から言えば口舌の徒は舌を引っこ抜くか、首を斬れば黙ります」
     オススメです。と、陰鬱な表情を少しも変えない奏の、燃え盛る炎を纏ったナイフの乱舞。
     寸でのところで火の粉を払い、得物を見やるハートブレイカーの目前には今しがた蛇から姿を変えた槌屋・透流(ミョルニール・d06177)が、得物を構え。
    「……心を折る、か」
     倒したはずなのに、いるもんだな。と、明らかに不快な表情で目前の敵を睨み付けた。
     透流の脳裏には、何時ぞや戦った六六六人衆の面影がちらつく。今思い出しても、透流の胸をかき乱す――。
    「貴様のような奴は気にくわないんだ。――ぶち抜いてやる。覚悟しろ」
     敵の背後から駆けつけてくる仲間を確認しながら、刃の影で敵を斬り刻む。
    「……その隙……致命的だよ……」
     先ほどまでの気弱な少女は何処に。静かに見据えるアリスのまなざしはまるで別人のよう。心の奥で燃えるのは、怒り。
     人の心を踏みにじる殺人鬼。
     自分も闇堕ちした時、こんな醜く笑っていた。そう思うと、居ても立っても居られない。
     日本刀『絶刀「Alice the Ripper」』を引き抜き跳ぶ。
    「……その歪んだ笑顔ごと……斬り裂く……」
     次の瞬間には、もうハートブレイカーの後ろ。息を小さく呑む音も聞こえる距離で、自分の身長よりも長い大太刀で一気に斬り裂く。
    「……っ、この俺をだましたのか……! 虫けらが!」
     得物を構えるなり斬り付けんと振り回した鋭い刃を身の受けたのは、アリスを後ろに庇った御理。一瞬苦痛に顔をゆがめたが、すぐさまウロボロスブレイド『RapidRabbit』を大きく振るってウサギ型の刃で盾を築きつつ、傷を癒す。
    「僕たちがアリスさんを虐めるわけないじゃないですか」
    「それに鋏程度でどうにかなるほど、世の中甘くないっすよ」
     六六六人衆と鋏。まるで何時ぞやに灼滅した密室殺人鬼のようだとハートブレイカーを侮蔑し、ギィは己の黒い炎を宿した無敵斬艦刀『剥守割砕』で敵をぶった斬る。
    「心が弱っている人を追い詰める……ある種死体蹴りじゃないか」
     戦士の如く重厚感のある雰囲気を纏う沙雪は、静かに怒りに満ちていた。
    「くだらない。刈り取ってやる」
     妖の槍『紅蜂』を激しく唸らせると仮面の奥の瞳をぎろりと光らせて、沙雪はハートブレイカーの腹部目がけて槍の穂を突き立てた。
    「傷ついた人たちを食い物にするなんて、絶対に赦さない」
     縛霊手でハートブレイカーに殴り掛かった真珠。同時にウイングキャットのくろは、尻尾のリングをきらりと光らせて攻撃手と守り手に回復と力を与える。
    「……死体蹴り? 食い物? 元から弱い奴がこの世に未練を遺す事無く逝かせてやってんだよ。奴らには感謝してほしいくらいだ」
     逆手で握り込んだ鋏を狂気に満ちた笑顔で玩び。
    「一番最高の瞬間を教えてやるよ。心を完膚なきまで粉砕してやると、すっと、目から光が消えるんだ」
     そう言って、ふと、笑顔が消える。
     変わるのは、鬼気迫る真顔。
    「お前らの心も、踏みにじってやるよ!」

    ● 
     攻守の役割をしっかりと分担したこと、そしてハートブレイカーの誘き出しから密に連携が取れていたことが、この戦いを灼滅者有利に運ぶ一手になっていた。
     心を踏みにじってやる。
     ハートブレイカーはそう豪語したが、ダメージの蓄積は顕著だ。
     それでもダークネスは格上だということを知らしめるかの如く、一瞬でギィの背後に回り込むと得物の鋏で斬り裂いた。
     六六六人衆の殺戮は、序列上位に挑むため己の殺人技芸を磨くもの。
     痛みに耐えるギィには、それだけでも許しがたい行為だが――。
    「一般人の心を折ってから殺すとか、闇堕ち狙いでなければただの屑っす。辻斬り燕斬ほどの邪悪でも、二桁のような絶対でもない、ただの屑」
    「……何だっ――!」
     反論を聞くのもそこそこに、ハートブレイカーの体に現れたのは、赤い逆十字。
    「いいっしょ。自分達でこの救いがたい屑を始末するっす」
     引き裂かれる身と精神。赤く染まりゆくハートブレイカーの叫びが響く。
     すぐさま御理が、ダイタロスベルト『八岐』を用いて黒くて滑らかな鎧を築いてギィに回復を施すと、
    「くろ、回復してあげて」
     真珠の指示にひと鳴き、くろは御理の補助に回る。
    「そう、あなたはここで灼滅されるの」
     人の心を折る行為がどれほど醜くて残酷か。おびき寄せのための演技で改めて知った。
     それを自分の序列を上げるため、快楽のため行っている――。
     真珠は足にありったけの力を籠めると、ローラー部分から炎が吹き上がる。まるで怒りを具現化したよう。
     蹴りだした炎は業火となり、咄嗟に防御態勢をとったハートブレイカーの身を焦がす。
     怒りや軽蔑を露わにする仲間たちとは裏腹に。
    「……絶望の担い手が絶望に染まるとは面白そうです」
     面白いとは言ってみているものの、奏の表情は普段通りで。
     自身の心の奥底に潜む暗き想念から生み出された漆黒の弾丸を打ち出すと、ハートブレイカーを闇の毒が蝕んでいく。
    「……時に、序列は何番だったんですか? その様子を見るに、かなり下位なのでしょうけど」
     ハートブレイカーには奏は笑んで見えた。
    「くそがっ! ひとりじゃ俺の足元にも及ばないゴミのくせに!」
    「そのゴミに追い込まれる気分はどうだ?」
     吠えるハートブレイカーに銃口を向けて、金色の髪を揺らした透流が嗤う。同時に得物のガトリングガンも銃声を上げて敵を蜂の巣にする。
    「炎一閃!」
     沙雪は紅の槍に炎を纏わせ。ハートブレイカーに炎を叩きつけると、その横からしなやかに飛びだしたアリスは、片手を半獣化させて跳びかかる。
    「っけんなよ……!」
     交そうと横に飛ぶハートブレイカーを確実に捕らえるのは、銀色に光る鋭い爪。
    「……好きなだけしゃべればいいよ……その薄汚い口……今から…永遠に黙らせるから……」
     力の下限なんて知らない。知っていたとしても、加減なんかしない。ありったけの力を込めて引き裂くと、今まで回復を一手に担ってきた柚羽も、久しぶりに握る解体ナイフの感覚を楽しみながら敵の死角に回り込む。
    「相手を追い込んで追い込んで追い込むのって、楽しいですものね」
     黒髪の向こうで微かに笑んだか。
     ハートブレイカーの何もかもを斬り裂きながら、悶える敵に言ってやる。
    「追い込まれる立場の気持ち、わかります?」
     今。今ですよ。
    「ぐっ……はっ……!」
     血を吐いて崩れ落ちるハートブレイカーの目前には、かつてのターゲットが自分を見下ろしている。
    「……自分の絶望……楽しかったでしょ……」
    「……クソがっ……」
     ハートブレイカーの言葉はこれ以上、続くことはなかった。


    「灼滅完了」
     武装を解いたギィが気になっていることと言えば。
    「奴の犠牲になった方々っすけど、流石に。……っすよね」
     六六六人衆に狙われたら最後。静かに祈りをささげた。
     透流はアリスの財布を拾い上げて彼女に手渡すと、真珠はパンと顔の前で手を合わせ。
    「アリスちゃん、演技とは言えひどいこと言ってごめんね」
     敵を倒し終えても真珠の心に刺さるのは、演技だろうと怯え切ったアリスの顔だった。
    「俺もごめんな」
     仮面をはずしてすっかり普段の沙雪も謝罪も、アリスは微かに笑んで受け入れた。
     その傍らで柚羽は思案していた。
    「落ちて行くその経過を見るのが良いのか、それと落ち切ったその時なのか。もしくはどっちも好きなのか。ハートブレイクさえしなければいい話が聞けそうな気がして」
     長い呟きを経て素に戻る。
    「……また何言ってるんでしょう」
     と打ち消してみても、最終的に思うことはひとつで。
    「何かおいしいものでも食べに行きましょうかね」
     御理のこの提案に反対する者はいなかった。
    「今日はアリスさんを恫喝してしまいましたし、アリスさんの分僕が奢りますよ」
     裏路地を抜けた灼滅者を向かえたのは、柔らかい夜の始まりの色。
    「……大きな絶望もほんの少しの希望があれば人は生きられます。……私のように」
     皆の後ろにつき、誰に言うのでもない奏の独り言は、この生きにくい世界に生きる人たちに贈る言葉のようだった。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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