バレンタインデー2017~チョコの音楽沿え、学園風

    作者:黒柴好人

     武蔵坂学園も寒さが厳しくなってきた頃、学内はある話題で盛り上がっていた。
    「バレンタイン、かぁ」
     観澄・りんね(高校生サウンドソルジャー・dn0007)は、廊下や教室で度々耳にする言葉を反芻するように呟いた。
     思えばりんねはこれまで生きてきて、ことバレンタインデーというイベントに関しては素人もいいところであった。
     バレンタインに関する歌は世の中にごまんと存在するものの、彼女は歌詞すら考えたこともない。
    「うーん、好きな人にチョコをあげるって気持ちがよくわからないんだよね」
     当然、意中の相手に本命を渡すドキドキ感とか、貰ったときのウキウキ感は理解できるし、友人同士で交換したこともある。
     ただ本気で取り組んだ経験がないのだから、曲を思い浮かばないのも仕方がない。
    「ううん、仕方がなくないよね! やったことがないならやってみればいいし!」
     そういえばこの時期はあちこちで人が集まってチョコを作っている話をよく聞く。
    「どうせなら私らしいチョコを作ってみたいよね。えーと」
     りんねは大体思いつきで物事を進めるが、
    「楽器のカタチの、とか?」
     大体それに至る過程は考えない主義だったりする。
     とてつもない名案を思いついてしまった、といった表情で顔を上げるりんね。
     心の中でベルが鳴り響いたような会心の答えだ!
     成功率? 勝算? それはチョコよりおいしいの?
     さっそく一緒にチョコ作りをしてくれる仲間を探しに出ようとしてりんねは――教師に捕まった。
    「せ、先生!?」
     昼休みの終わりを告げるチャイムが数秒前に鳴っていたのだ。
    「先生! 私、ちょっといいことを思いついて!」
     授業時間に廊下を駆けようとするのがいいハズもなかった。

     とにかくそういう流れでバレンタインチョコを作ることになりました。


    ■リプレイ

    ●チョコる
    「りんねさん、またインスピレーションダイナミックイベント、略してIDEを開催ですね!」
     足元に霊犬のコセイをちょこんと座らせた悠花は、目を輝かせながらりんねにガッツポーズを向ける。
     何やら無限の力を感じるが、きっと気のせいだろう。
    「んう? うん!」
     聞き覚えのない単語にやや首を傾げるりんね。
     しかしニュアンスは伝わったようだ。
    「それで、楽器型のチョコを作るとのことですが」
    「そうそう。普通のカタチっていうのもつまらないかなーって!」
    「いいと思うぜ、そういうチャレンジは!」
     周がニカッと笑いながらかき集めてきた調理道具を近くに置いた。
    「楽器といやあ、やっぱりりんねはアレか?」
    「うん、ギターだね!」
    「あ、それなら『私が考えた最強のバイオレンスギター』とか作ってみるのはどうでしょうか!」
    「それだよ悠花さん! そうしよう!」
     会議はスムースかつ迅速に、が彼女たちのモットーである。
    「じゃあオリジナルの型から作るか? アルミの板があれば簡単に――」
    「え?」
     持ってきた調理器具の中から使えそうな道具を探す周は、愛用のギターを取り出して採寸しているりんねと目が合った。
    「楽器そのものの型は難易度高いぞ!?」
     色々無理があるので普通サイズの最強ギター型チョコを作ることにしました。

    「えーと、まずはチョコをゆせん? して溶かす、と」
     お湯を使って溶かすというのはさすがに知っているが、問題はその方法。
     湯に直接入れるのか。湯を徐々にかけるのか。いや、湯というのはブラフで火炙りにするのが正解か……?
    「あまり熱すぎない程度のお湯をお鍋に入れて、その内側にチョコを入れたボウルを置くんですよ」
     あれこれ逡巡するりんねに手を差し伸べる翡翠。
    「湯煎する前にはこうして砕いた方が良いですよー?」
    「なるほど! さっすが翡翠さん!」
    「お料理なら得意分野ですから♪ いつもとは逆ですね」
     いつもお菓子を作ってきてくれる頼もしい後輩が、今日はさらに眩しく見えるりんねだった。
    「温度は上げすぎたらダメですよ? 大体50度くらいで……あんまり混ぜ過ぎもよくないので、そう、そんな感じに……」
     翡翠は自分の作業の手を止めずに、的確なアドバイスを飛ばしていく。
     実は湯煎こそ疎かにすると後の結果に大きく影響してしまうのだ。
    「それにしても、チョコを作る理由がりんねさんらしいわね」
     本末転倒だけれど、と少し頬を緩ませるアリス。
     アリスはりんねの手伝いも兼ねて、次の工程の準備をしているようだ。
    「そうかな? 高校生の間にこういうことをしてみたかったっていうのもあるかなー」
     そう言いながらチョコを混ぜるりんねの手が少しだけ早くなった。
    「アリスさんは作ったチョコ、渡す人いるんだもんね」
    「ええ。本当はね、息子の離乳食にチョコレートをと思ったんだけど、育児の本には『幼児には不適』って書かれていて」
    「え、そうなんだ」
    「だからこれは夫用」
     子の、そして夫の話をするときのアリスはとても優しそうで、幸せそうなのだ。
    「ところで。ギターの形にするとして、弦はどうしましょうか」
    「そっか、弦! うーん、重要な部分だよね」
     アリスの言葉は完全にりんねの虚をついたようだ。
    「何かアイデアある?」
    「ない!」
     即答にも程があった。
    「それなら溶かしたキャンディを細く固めるのはどうかしら」
    「まさかそんな方法が!? アリスさん、天才のそれだよ!」
     どれだろうと思いながらも、アイディアを形にすべく材料に目をやる。
     どのようなものを作るのか想定していなかったので、色々なものを持ち込んできていたはずだが……。
    「これを使うのはどうでしょうか。固まってもあまり硬くなりすぎずにいいアクセントになるかもしれません」
     翡翠が手にしたのはグラニュー糖。
    「お水と一緒に熱して、先の細いお箸ですくい上げれば簡単に『弦』が作れますよ♪」
    「なるほど、それなら時間や手間もさほどかからずにできそうね」
     いまいちピンときていないりんねに、周が端末で検索したものを見せる。
    「お、あった。こういうやつだな」
    「あっ、すごい。本当に弦とか糸みたい!」
     高級そうなお菓子の上にふわっと載っているイメージだ。
    「そのアイディア、わたしもいただきです!」
     同じく、ギター――いつも自分が練習で使っている愛用の形の――チョコを作ろうと思っていた悠花も、急遽その手法を取り入れてみることに。
     暖かい室内にうとうとしていたコセイは悠花の声にはっと目覚め、あらためておすわりし直している。
     そうこうしている内に湯煎していたチョコも完全に溶け、そろそろ次の段階へと進む頃合となった。
    「りんねさん、作り方大丈夫ですかー?」
    「お、りんねちゃんは自分で型を作ったみたいだね?」
    「いちごさんに由希奈さん! そうなんだけど、一気に流していいのかなって」
     腕を組んで思案顔のりんねに、いちごと由希奈が様子を見に来たようだ。
    「なるほど、ここからの作業は大体同じなので一緒に作りましょう。型もたくさん用意したので、よければいくつか使ってくださいね」
     そう言いながら多様な楽器のミニチュアのような型を卓上に広げていくいちご。
    「わ、すごく助かるよー!」
    「由希奈さんは教えたりしなくても大丈夫ですよね?」
    「私は大丈夫、自分で大体のことはできるよ」
     逆に何かあれば手伝うよ、と袖をまくりながら微笑む由希奈。
     いちご監修の下、ムラが出ないようにチョコを型に流し込んでいくりんね。
     よくマンガなどでは何センチもあるような分厚いチョコを作りがちだが、それを真似すると噛み砕けないくらい硬く食べ難い、もはや鈍器にも近い何かと化すので油断は大敵。
    「よし、と。これでオッケーかな!」
    「はい、いい出来だと思います♪」
     ――そうしてどうにか難所を乗り越えたりんねは周囲を見る余裕ができたらしく、何か気になることをしている朔耶へと話しかけた。
    「朔耶さんは型に入れるんじゃないんだね」
     朔耶はクッキングシートの上に絞り器を使って円状にしたホワイトチョコレートを次々と生み出している最中のようだ。
    「丸い形だからな。ただ、ここから一工夫を加えていくつもりだ」
     そうして作ったホワイトチョコレートの土台の上に少量の普通のチョコレートを載せ、さらに取り出したのは。
    「爪楊枝?」
    「ああ。これを軽くチョコに当てて……こう!」
     白と黒、互いが固まる前に素早く斬る。
     するとどうだろう、ただの丸に過ぎなかった黒チョコが流れるようなハートの形になったではないか!
    「おおっ、きれい!」
    「やりますねぇ、朔耶さん!」
     クラスメイトの技にりんねと悠花が釘付けになっている。
    「マーブリングというんだ。練習してコツを掴めばいい感じの模様を描くことができるようになるぞ」
     解説を挟みつつ、朔耶は迷いのない慣れた手つきで模様を刻んでいく。
    「朔耶さんもだけど、こうして見ると私のまわりって結構料理とかお菓子作りできる人多いよね」
    「言われてみればそうかもしれませんねー。そういえば朔耶さんは技術家庭のテストの成績もいいんでしたっけ?」
    「俺はまぁ、確かにそこそこできるな」
     ふと、周が過去の記憶を辿りだす。
    「そういやりんねって菓子作りやったの見たことないような……?」
    「う。周さんも手際いいし、『こっち側』じゃないんだもんね」
    「なんだその意外って顔は! まあ、教科書通りにならな」
     周も楽器チョコに取り組んでいるが、その手捌きから普通以上の技量を持っていることが伺える。
     そんなやり取りを見聞きしていた由希奈は、今しがた型に流し終えたばかりの自分たちのチョコに視線を落とす。
    「模様、かぁ……」
    「うーん、黒一色では寂しいですねぇ……」
     そんないちごの呟きが聞こえた瞬間、由希奈に電流が奔った。
    「ねぇ、ちょっと型を貸してくれる?」
    「はい?」
     いちごの手元から型を拝借した由希奈は、完成品のワンポイントとして存在していた窪みにペン型の道具でホワイトチョコを注入していく。
    「どうかな、これで二色になるから、完成品に彩りを添えられるんじゃない?」
    「あ、由希奈さん、それナイスです♪」
     少しの工夫で明るく賑やかになったチョコを持ち上げ嬉しそうに微笑んでいるいちごに、由希奈は小さく拳を握り込んだ。
     このとき。
    (「よかった、いちごくん喜んでくれて。この調子で本命チョコも頑張らなきゃね♪」)
    (「今度は私からの本命で由希奈さんを喜ばせてあげられたらいいですね♪」)
     2人は同じことを考えていたと知るのは、バレンタイン当日のことである。

     よい子のみんなー!
     リュシールとまことのおかしづくりのうた、はじまるよー♪
    「んー、これ歌って踊る必要あるか?」
    「ほら一、行くわよ! 歌のおねえさんもお願いします!」
    「おっけーだよっ!」
     とんとことん、とリュシールがおなべをたたくりずむで一もしゃっきり、おめめがさめたようにおどりだす!
     2人にあわせてりんねもうたっておどっちゃうよ!
    『さくさく刻むの わくわく乗せて』
    『急いで刻むの 不安をごまかし』
     リュシールは板チョコをこんこんきざんで、ついでにボウルもひとたたき♪
     ウィンクといっしょに鳴るよおとが、かんとね。
    『チョコを刻んで 込める想いはどんな味?』
    『甘いミルク? それともちょっぴり苦目なビターかも?』
     お味のことしかかんがえないくいしんぼうな一。
     でもでも、くるくるどうぐのじゅんび。おてつだいはわすれない♪
    『慌てちゃだめだめ 湯煎で優しく』
    『チョコが女心なら 乱暴じゃ壊れる 当り前』
     かた方のうでをおおきく広げながらボウルにおんどけいを入れるよリュシール!
     あつすぎもだめ、さめすぎもだめ。
     せんさいなところがやっぱりにてるかな?(女心がわからなかったらおとうさんにきいてみよう! 仔細は母上殿には内緒だぞ)
    『大事なのはタイミング 後は思い切ってぐーるぐる』
    『女心は山の天気とよく似てる 男にゃわからんみすてりー』
     まぜるのだっておてのもの♪
     一はおてつだいをかくれみのにひょいぱくひょいぱく、つかっていないチョコをいただきます♪
    『こらそこ、つまみ食いしない♪ 後でちゃんとあげるから♪』
     だけどリュシールにはぜんぶつつぬけ。
     たべるのはできてから。
     いたずらばかりしているとおこられちゃうぞ!
    「……歯磨きは忘れちゃダメだからね?」
     ――子供向け番組で突如始まるミュージカル風にチョコ作りの工程を進めてきたリュシールと一。
     2人が大仰にお辞儀をしたところでチョコも完成し、場は歓声に包まれた。

    「それなりに努力はしてきたから、きっとそれなりのものができるはず!」
     料理があまり得意ではないと自他共に認める彦麻呂。
     チョコを刻む手を震わせながら自分に暗示をかけるように力強く独りごちる。
    「彦麻呂、ここは適度に歪な形に仕上げて女子力をアピールでしょう」
     マドレーヌを焼く準備を整えるためにオーブンの温度を調節している仁恵のワンポイントアドバイスが飛ぶ。
    「え、歪? 普通は綺麗な方が高女子力を叩き出せるのでは?」
    「普段料理をしないのに、バレンタインとかそういう期間限定で料理に挑戦して頑張ってみました……なんて女子に食いつかない男はいないんですよ」
    「そ、そうですか」
     仁恵の言葉には妙な含蓄があった。
    「でも今回は友チョコですし、普通に作りますよ普通に!」
     ふと、一足先にココアスポンジを焼き上げ、球体状のそれをホワイトチョコでスポンジの表面を覆う作業に取り掛かっている雷が目に入る。
    「全部真っ白になったらチョコの耳をつけて――彦ちゃん?」
    「雷ちゃんのチョコはお肉入りなの? 今日は誰のお肉?」
    「雷、まさか今日も? チョコだから大丈夫ですよね。肉、用意してませんね?」
     作りかけのケーキポップスを穴が開くほど見つめている彦麻呂と仁恵に、雷はきょとんとしている。
    「お肉? お肉ナンデ? お肉ナイヨ?」
     怪しいことこの上ない返答だった。
     しかし、今回に限っては衛生や倫理的、あるいは爆発四散するような問題はないだろう。
    「さーて、続き続きっとー」
     気を取り直した雷は、白い球に耳様の突起が生えたポップスに今度は黒いチョコを使って顔を描いていく。
    「あっ、それって!」
    「仕上げにスティックにこうしてピンクのリボンを付けたら……ほら、すっごい可愛くなァい?」
     リボンのマフラーを巻いたうさぎちゃんの出来上がりだ!
    「物凄くかわいいじゃないですか!」
    「やだもーあたしの女子力が天井知らずで困るゥー」
    「ははーん、これはポイント高いですね。肉も入ってないようですし」
    「彦ちゃんにえちゃん進捗状況どうですかー? 美味しく出来てるゥ?」
     今度は雷が2人の出来栄えを確認する番だが。
    「にえは量産性を重視したチョココーティングを施したマドレーヌです。メッセージ付きの」
     仁恵が作ったのはふわふわの生地の上に甘いチョコを纏わせた一品。
     とても良い、そこまでは良いのだが……。
    「『彼氏と別れろ』って……」
     マドレーヌにホワイトチョコで刻まれたメッセージ、もとい呪詛のおかげで残念度が尋常ではなくなっていた。
    「彼氏かぁ、この世界が終わるまでに彼氏ができることがあるんでしょうかね……」
    「すっごーい、おいしそーだねー! 彼氏いないけどあたし」
    「あっ……」
     それを見て遠い目をする彦麻呂と、比較的どうでもよさそうな雷。
     何かを察した仁恵は、チョコを上塗りして元のメッセージを消し、新たに『良く頑張りました』と綴った。
    「と、とにかく……付き合ってもすぐ別れて気まずくなるカップルをたくさん見てきましたし! 友達が居ればそれで十分です!」
    「そんな強がってる彦麻呂のチョコはどんな……。彦麻呂、それは……それは……?」
    「それはほら、ちゃんと……味は! 味はそんなに悪くないですよ!」
     なんなら味見しますか! と差し出してきたチョコを一口頬張る仁恵。
    「ウグー」
    「ウグーじゃないですよウグーじゃ! そんな声普段出さないじゃないですか!」
    「うぐー」
    「雷ちゃんまで!?」

    ●チョコったー
    「作りすぎたので、ちょっと交換しませんか?」
     ちいさく可愛いウサギ型のホワイトチョコをどっさりと広げた翡翠の一言により、ちょっとした試食アンド交換会が開催されることに。
    「じゃあ交換っこしーましょ! どれもおいしそーっ、すっごーい!」
    「雷ちゃん、露骨に私の避けてません!?」
    「あ、お茶も用意しましょう」
    「りんねさんも無事に完成したみたいね」
    「アリスさんもありがとう! 立派に弦が付いた素敵なギターができたよ!」
    「わたしもです! やっぱり愛着わくとチョコにしたくなる気もわかりますね」
    「メイン以外にもいくつか作ったし、交換してみようぜ!」
     甘い香りが漂う家庭科室は賑々しく、そして本番のバレンタインに向けてそれぞれ英気を養うのであった。

    作者:黒柴好人 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:簡単
    参加:12人
    結果:成功!
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